嫉妬の炎で暖を取る   作:大葉景華

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君の味は

カルデアの設備は一部サーヴァントの助力によって成り立っており、前医療スタッフ最高責任者がいなくなってからは医務室は殆ど医療系サーヴァントが仕切っている。 元より魔術設備のメンテナンスはダヴィンチちゃん(大きい方)が管理していた事もあり、それ自体は問題はなかった。

しかし、それは管理するサーヴァントがまともで現代に即した思考回路を持っている場合である。 具体的にどういう事かというと……。

 

「待ちなさい! 今日こそ診察を受けてもらいます! 最低で舌の切除! 最悪の場合肺を摘出しなければ……」

 

「断る! そんなことをすれば余程のサーヴァントでなければ死ぬだろう馬鹿!」

 

「む、坊主。 そんなに急いでどこに向かうんだ?」

 

「丁度良いです。 そこのサーヴァント。 彼を抑えて下さい!」

 

「ふむ、承った。 おい、坊主。 大人しろ。 背だけ伸びてもまだまだ坊主のままだな」

 

「離せよライダー! それに、僕はお前と戦った時から10年も……。 うわあ!」

 

 

 

 

「いい加減にこの予防接種を受けるんだ! この愚患者め!」

 

「うわあああああああ! おかーさん! 蛇が追ってくるううううう!」

 

 

 

 

「先生! 俺は不死身なんだから治療とかはいらないって……」

 

「いけませんよ。 皆受けているのです。 それに、あなたの不死は後付けによるもの。 定期的に検査しとかないと」

 

「じゃあその拳は何ですか!?」

 

「不死かどうか殴って確かめるのです。 動いても構いませんけど痛いですよ」

 

 等の事件が発生している。 基本自由奔放なサーヴァント達にとって健康診断なんて迷惑千万、素直に従う方が珍しい。 定期健康診断はさながら戦争だった。

 逃げるもの。 戦う者。 賄賂を贈るもの。 等々人それぞれだ。

 そんな中、人類最後のマスター。 藤丸立香が検診を終え、自室に帰ろうとしている。

 

(ふう……。 やっと終わったなぁ。 丸一日かかったしもう今日は寝ちゃおうか)

 

 そう思いながら自室のドアを開けようとカードキーでロックを解除しようとする。

 

(あれ? 開いてる?)

 

 侵入者を疑い、咄嗟に誰かを呼び出せるように令呪を構え部屋を開ける。 しかし、そこにいたのは敵の侵入者ではなく、布団に包まってブルブル震えてる何かだった。

 

「えっと……。 誰?」

 

 布団から視線だけを出して俺を視認すると、安心したように何か。ジャンヌ・ダルク・オルタ。 ジャンヌ・ダルクの作られた悪の側面として生まれたものが彼女だ。 ジャンヌは俺に扉を閉めるようにジェスチャーをする。 言われたように扉絵を閉めてついでに気づかれないように鍵も掛ける。

 

「こんなところでどうしたの?」

 

「あんた、マスターならもう少しサーヴァントの制御くらいしなさいよ。 あのバーサーカー、人の話を聞く気ないわよ」

 

たった今自分の言葉を無視された藤丸からすれば愉快な物だろう。 改めて彼女の話を聞くに、彼女は健康診断をしているナイチンゲールから逃げるために藤丸の部屋に来たはいいが、肝心の藤丸本人がいない。 しょうがないから持っている合鍵で入り、隠れていたという事らしい。

 

「それがこの結果ってことね……。 あの竜の魔女と言われたジャンヌがこのありさまとはね……」

 

ジャンヌが涙目になりながらも藤丸を睨み付ける。 しかし、その気の強さも庇護欲をそそるスパイスの様な物でしかない。

 

「ところで、なんでジャンヌは婦長から逃げていたの? 特に問題ない人には優しいよ?」

 

事実。 日ごろから健康には人一倍気を使っている藤丸はスタッフの中でも一番の健康体だと言われ、ご褒美にと子供サーヴァント用の飴玉をもらった。

ジャンヌは藤丸から奪い取った飴玉を口で転がしながらポケットの中身を放り出す。 銀製のライターとポケットに入れていたせいで少し潰れている煙草の箱だった。

 

「何よ。 文句ある?」

 

「いや、サーヴァントなんだから別にいいけど……」

 

藤丸がそう言うと、ジャンヌは少し拗ねた様な顔をする。 椅子に座っている藤丸を無理やり自分の隣に座らせ、煙草が美味しいからしょうがないだの、サーヴァントは煙草で体が悪くなったりしないだのブツブツ文句を言っている。

 

「でも俺はジャンヌにはあんまり煙草を吸ってほしくはないかなぁ」

 

「ふん。 なんでアンタが私の心配をするのよ」

 

「だってジャンヌは俺の恋人だしね」

 

「……ふん」

 

ジャンヌは恋人という単語を聞いて満足そうに鼻を鳴らした。

 

「なら、泣いて私の物に成りたいと懇願した哀れなマスターに免じて少しは減らしてあげましょうかね」

 

無論。 恋人になりたいと涙目で言ってきたのはジャンヌの方なのだが、それを言うと数時間は口を聞いてくれなくなる(その後、自室に一人でいる藤丸の所にオズオズと入ってくる)ので決してそのことを言わない藤丸なのである。

 

「それに……煙草って少し臭くない? 美味しいの?」

 

「気になるなら吸ってみる?」

 

そう言いながら渡してくるが、藤丸は苦笑いしながら首を振る。 ジャンヌは分かっていたように煙草をポケットにしまおうとする。 その手を笑顔のまま藤丸が掴む。

 

「ジャンヌ?」

 

「……」

 

「……」

 

「…………。 はぁ。わかったわよ」

 

観念したように煙草を手渡すと藤丸の笑顔がより満面になり、そのままジャンヌを抱きしめる。 ジャンヌもいつもの事と抵抗なく彼の腕の中に納まる。

 

「ふふっ。 そういえばジャンヌはどうして煙草を吸うようになったの?」

 

藤丸は自分におとなしく抱かれているジャンヌに問う。 全身を藤丸に預け安心しきった表情を見せているジャンヌはその問いを聞いて少し思案顔になるがすぐに目を閉じて再び藤丸にもたれかかる。

 

「さあね、忘れてしまったわ。 大した理由なんて無いわ。 所詮嗜好品なんてそんなものね」

 

でも、とジャンヌがジャンヌが藤丸の首に手を回しながら続ける。

 

「貴方が恋人になってからは本数は減ったわね」

 

そう言いながら唇を重ねる。 煙草の苦みと、飴玉の安い甘みが溶け合っている。

 

「……ん……」

 

「……はぁ。 どう? これが煙草の味よ」

 

「なんか、あっまいね」

 

「大人の味よ」

 

「おかわりはある?」

 

「しょうがないわね。 おいで」

 

そのままどちらともなくベッドになだれ込む。 そのままお互い見つめあいながら布団をかぶる。

お互いを誰にも見せないように。


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