シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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 勢いで始めました。
 並行で連載している作品もあるので、こちらの方の更新は不定期になる可能性が高いです。


サナダ星人
1.黒いボール


 時代の変遷を、感じられずにはいられなかった。

 

「よくやったわ。ガブリアス、戻って」

 

 傷つき、瀕死になっている対象へボールをかざす。すぐにその体が光となって、開いたモンスターボールの口に吸い込まれていった。

 シロナは、勝利を喜んでいる対戦相手のトレーナーを、感慨深く見つめた。

 私も、あれくらいの頃だったかしら。

 図鑑をもらって、旅をして。チャンピオンになった。それから十年ほど、確かな実力を備えた幾人もの挑戦者を、退けてきた。苦戦もあった。それでも、完敗を喫したのは、これが初めてだった。

 彼を、案内しなくちゃ。時代に名を刻む、トレーナーを。

 自分と同じくらい、いや、それ以上に、共に歩んできたパートナー達への愛に溢れた人。

 この人ならば、チャンピオンにふさわしい。

 祝福の笑みを相手へ向けながら、これからのことを考えた。

 考古学者としての仕事は、もちろんまだまだ残っている。彼と共にあの異質な世界で出会った、異質なポケモン。その解明にも尽力する必要がある。ポケモンの歴史と神話には謎が未だ数多くある。だから、たとえ一つの責務が自分の背から降ろされたとしても、暇になるわけではないのだ。

 でも、少しくらい。

 彼女は案内をしながら、自分を打ち破ったトレーナーに見えないよう、顔を緩ませた。

 少しくらい休むのは、許されてもいいんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 手に持っていたトランクが、床に落ちた。その音で、部屋にいる全員の視線が向かってくる。彼らはシロナがぼうっとしているのを少し観察した後、各々の反応を示し始めた。

 彼女を遠慮なく見て、口笛を吹く者。

 何かしら諦観のこもった目を向けてくる、捨て鉢な者。

 反対に、期待のまなざしを向けてくる者。

 一度見ただけで、すぐに興味を失った様子の男。

 そもそも彼女の存在を一切気にしていなく、床にうずくまっている人達。

 

「ええな、今度はガイジンさんか」

 

 髪をほとんど刈り上げている色黒の男が、声を出した。シロナの全身をじろじろと観察している。

 

「日本語、わかるか? キャンユースピークジャパニーズ?」

 

 後ろの方の壁によりかかり、煙草を吸っている長髪の男が笑った。

 

「順序、逆やないか。先に英語で話せや」

「細かいこと気にせんと。死ぬで」

「やかまし」

 

 シロナはとんとん、と自分の太腿を人差し指で叩いた。思考を整理するときの癖だ。

 こういう時こそ、博士の教えが役に立つ。

 事象には、受容、整理、分析の順で、臨むこと。

 受容。

 自分は今、確かにここにいる、わけのわからない所に。いや、どこかの一室には間違いないのだろう。だが、全く知らない者達が周りにはいる。そのほとんどが、妙な黒い服装をしていた。体にぴったりとはまっていて、所々にくぼみのようなものがある。

 モンスターボール?

 一瞬そう思いかけた。最も目を引く、中央にある黒い大きな球体。中に何かが入っているのか。しかし、開閉のためのボタンは見当たらず、表面から得られる手掛かりは全くない。保留。

 整理。

 明らかに、おかしい。確か、休暇を楽しんでいたはずだ。サザナミタウンで海底遺跡の調査を名目に、海水浴を楽しんでいたはずなのだ。それなのに気が付けば、こんなところにいる。順序の断絶。時系列に齟齬(そご)がある。

 分析。

 ここにいる彼らは、同じ人間ではあるようだ。しかし、何かが違う。まるで、自分と違う次元に生きているかのような。そう言った空気の違いが、シロナの警戒心を高めていた。男たちの話し方も、どこかおかしい。どこかの地方に、こんな喋り方があったかと、少しだけ調べてみる気になった。

 今得られる情報での思考は終わった。後は、収集に励むべきだ。

 

「すみません、よくわからなくて」

 

 シロナは頭にかけていたサングラスを外した。

 丸刈りの男は、虚を突かれたような顔をした。

 

「なんや、日本語ごっつ上手いやんけ。そのなりして、日本生まれ日本住まいってオチかいな」

 

 二ホン?

 

「ガイジンの姉ちゃんは、関東出身か? イントネーションがそんな感じやわ」

 

 カントー!

 思わず相手の男に詰め寄る。ここにきて初めて、聞きおぼえのある言葉が出てきた。正直言って、かなりほっとした気分だ。今のわけのわからない状況に一本、芯が通った気がしたからだ。

 

「オーキド博士を、知っていますか?」

「あん?」

「これは、おそらく、非常に強い力をもった、ポケモンの仕業だと思うんです。私だけでは手が足りない。誰か、博士に連絡できる手段を持っている人はいませんか?」

 

 反応は非常に鈍かった。

 ほとんどの者が何を言っているんだという顔で、シロナを眺めていた。

 

「なんやねん、こいつ」

 

 目つきの鋭い短髪の男が、あくびをする。

 

「ですから……」

「まあ、落ち着けや姉ちゃん」

 

 丸刈りの男がにやにや笑っている。

 

「またまたクセの強い奴が入ってきたもんやな。死因は何や? 薬でも、やりすぎたか?」

「…死因?」

 

 嫌な言葉を聞いた気がした。聞こえた言葉が、考えた通りの意味なら。

 

「ここには、一度死んだもんが集まる。姉ちゃんも、そうなったからここに来たんや」

 

 今度はシロナが、怪訝な顔をする番だった。死? それは、先ほどまでの心情とはあまりにかけ離れているものだった。サザナミの砂浜でのびのびと休暇を満喫していただけだ。その記憶はしっかりとある。急に自分が死んだと言われても、たちの悪い冗談にしか聞こえなかった。

 しかし、それは相手にとっても同じようだった。どうやら、自分の言葉はまるで本気で受け止められていないようだ。

 確かに自分でも信じられない。これだけの人数を同じ場所に集めるだけの力を持ったポケモン。可能性があるとしたら、まさに伝説級の存在としか考えられない。一般市民にとっては、おとぎ話も同然だろう。だから、彼らは信じようとしない。急にこちらが仮説を示しても、受け止められないのは当たり前だ。

 という、考えもあるが。

 シロナは、妙な予感がした。何かが、ずれているような感じがする。

 確かめる術はある。その方法は床に転がるトランクが持っている。

 それを拾おうと、視線を向けた時だった。

 

 ~♪

 

 突然球体の方から、陽気な音楽が流れ始めた。今の状況にそぐわない、ちぐはぐなメロディ。それは一通りのパターンのなぞっていきながら、徐々にフェードダウンしていった。

 

「新喜劇や。始まったなあ」

 

 誰かの悲鳴が聞こえた気がして、シロナは素早く顔を動かした。そうだ、この部屋が異質な理由。丸刈りの男のように張り切っている者もいる一方で、部屋の隅で泣きじゃくっている者もいる。明らかに、異常だ。違いは何なのだろう。興奮と恐怖が同居している。

 徐々にシロナは、嫌な予感を覚え始めていた。

 皆が、一様にして、黒い球体へと視線を集める。

 

 

 『てめえ達の命は、

 

  なくなリました。

 

  新しイ命を

 

  どう使おうと

 

  私の勝手

  

  という理屈なわけだス。』

 

 

 これで。と、冷静な部分は言う。これで、男の言っていたことの現実味が増した。この部屋にいる者は皆、そういうことになっているのだと。しかし一方で、まだ納得しきれない自分もいる。これが何か悪質な、悪戯なのではないかと、そう思いたがっている自分が。

 しかし、球体の声と文字は、それで終わりではなかった。

 

 

 『てめえ達は今から

 

  この方をヤッつけに行ってくだちい。

 

  サナダ星人

 

 

 妙な名称の下に、画像が表示される。

 ごく普通の、人間の男の顔だった。三十代ほどの男性。特にこれと言って目立った特徴はない。そこそこ使い古した様子のスーツを着ていて、目の下にはわずかにクマができていた。

 さらに、特徴という項目が続く。そこには、大した情報は書かれていなかった。小さいとか、弱いとか。それに、気持ち悪いとか。それはただの主観的な感想なのでは? という思いがした。

 

「小物くさいなあ。箸休めみたいなもんか」

 

 短髪の男が球体の側による。

 シロナは、質問したいことがたくさんあった。どうやらここの何人かは、何かしらの情報を持っているようだ。未だ死だの何だのは受け入れがたいが、とにかく疑問を解消した方がいいのは分かりきっていた。

 だが、またしても彼女の行動は中断される。

 球体の左右から、急に何かが飛び出してきた。思わずびくりとした。少し離れた所にいる。若い女性もまた同じ反応をした。シロナの方に目を合わせてきて、恥ずかしそうにする。

 飛び出したのは、簡易的な収容棚のようだった。そこには、いくつものアタッシュケースが詰め込まれている。あまり冷静ではない頭でも、その数が部屋の人数と一致していることは分かった。銀色の表面に、濃く文字が彫られている。

 慣れている様子の者達が、そこに群がり始めた。次々にケースを取り出し、中を検分している。それに続いて、第二派の者達が忙しなげに向かい始めた。そこまで来て、ようやくこの行動を自分もした方がいいのではないかと、思考が追いつく。

 だが、選ぼうにも途方に暮れた。ほとんどのケースには、具体的な名前が書かれていなかったからだ。何やら適当な言葉で、持ち主の特徴を揶揄しているものや、短いあだ名のようなものが使われている。それ故に一つの方法をとらざるおえなかった。最後の一つを、取るのだ。

 幸い二つ分もっていこうとするような輩はいなかった。他の全員がとったのを確認してから、シロナはぽつんと残されたケースを持った。あまり、納得のしていない気分で。

 

 アラサー猛獣使い(哀)

 

「あらさー?」

「思ったより、大人なんやね」

 

 横を見ると、先ほど一緒にびっくりした可愛らしい女性が微笑みかけてくる。

 

「これ、どういう意味?」

「アラウンドサーティ。ほぼ三十歳って意味や。姉さん、サーカスの一員か何か?」

「別に、そういうわけじゃないけど」

 

 考えるほど、この名称は気に食わないと思った。

 まだ、自分は二十七歳なのに。

 

「あ、私は」

  

 隣の女性が自己紹介をしようとしたところで、異変が起きる。彼女は悲鳴を上げて、消えかけている両腕を見た。

 シロナも、自分の体を確認する。手や腕に何も異常はない。しかし、腰のあたりが徐々に消失し始めているのが分かった。この光景は、どこか、憶えがある。そのおかげか、最後の冷静さまで失うことはなかった。

 床に転がるトランクを、即座につかむ。自分の体の感覚がなくなりかけていても、それをしっかりと握っていた。たとえ手が消えてしまったとしても、離しはしないと。

 腰の次に消えたのは、顔のあたりのようだった。視界が移り変わっていっても、シロナは、大事な荷物を握り続けた。

 

 

 全身が正常に戻ったころには、自分が屋外に出ていることを自覚した。

 はっきり言って、まるで、理解ができていない。

 部屋から出た記憶などない。一瞬で、別の場所、どこかの外へと、移動したのだ。他の者達の一部も、きょろきょろと落ち着かなさそうにあたりを確認していた。

 どこかの、駐車場。車やトラックが幾台か止まっている。日常の風景。

 アタッシュケースを置いて、中に何が入っているのか確認することに思い当たった。だがその直後に、何よりも確認すべきことがあることを思い出す。

 右手に握っていたトランクを、地面に置く。手が少しだけ震えていたので、開けるのに手間がかかった。その慌てようが実際に開く勢いにも表れてしまったようだ。勢い良く二つに開き、詰め込んでいたものが飛び出してきてしまった。

 

 「もう」

 

 中には、水着もある。白いものと黒いもの。自分にどちらが似合うかわからず、結局どちらも購入してしまったいわくつき。

 そして。

 まだ中身を確認していないのに、シロナは全身に安堵が広がるのを感じた。

 とりあえずは、彼らを外に出してあげよう。

 そうして、トランク内にある、七つのボールを取り出した。




 
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