10.おのぼりさん
把握していくほどに、力が抜けていく。
「がん、つ…」
一度は持ち直したスマートフォンが、呆気なく床に落ちた。液晶に、やや傷がつく。もし本当に壊れてしまえば一大事なのに、シロナはまるでその心配をしていなかった。息を浅く吸い込んでから、ゆっくりと前へ進む。
「ガンツ、やめて。何をするの?」
不思議そうな他の者達にも構わず、球体の画面に両手をついた。
思えば最初から、これはシロナにとって冗談としか思えないことを課してきた。今回も、その一部なのだと仮定する。甘やかしたかと思えば、たちの悪い嘘でかき乱してくる。まさに悪質な悪戯だ。シロナは確信する。これを操作している何かは、間違いなく意思を持った存在だ。そうに、決まっている。
「姉さん? どうしたん?」
杏の声も、今は届かなかった。
「表示を、切り替えて。そんな嘘はやめて。ガンツ、やめなさい!」
「おいおい、なんなんや」
室谷が言ってくる。他の者達もまた、まるで他人事のように見物していた。シロナは少しの間呆けてから、思い出す。そうだ、彼らは、わからないのだ。ポケモンを知らない。そしてその神話についても。
ディアルガ。
じかんポケモン。
それが生まれたことで、時間が動き出したという伝説を持つポケモン。
パルキア。
くうかんポケモン。
並行して並ぶ空間の狭間に住むと言われている。それが呼吸する度に、空間は安定するとされている。
どちらも、シンオウ地方を創造したとされる、神話のポケモンだった。世界そのものを創造したアルセウスの子供達でもあり、その姿と逸話は古くから畏怖と感謝をもって伝えられている。もはや、ポケモンという名称の枠で収まるかどうかも疑問だった。
彼らは、神に等しい。
かつてシロナも、テンガン山においてその力の一端を見た。利用しようとしていたギンガ団を率いる男と、自分を初めて打ち負かした優秀なトレーナーと共に。
「ふざけてるの? 無理よ! できるわけがない! 今すぐに、対象を変えて。どうして、そんなことをするの!」
「やかましいわ。急にとち狂ったか?」
めんどくさそうに、ジョージが割り込んできた。球体に爪を立てようとしているシロナの手を引きはがすと、無理やり後ろへ投げ捨てるように押していく。
自らを身下ろしてくる者達を見ながら、シロナは何とかして呼吸を整えた。だが、血が全て抜き取られたような顔の白さは変わっていない。腰が抜けて、まだ立ち上がることができない。酷い吐き気がしたが、増すのは捻じれるような胸の痛みだけだった。
「ど、どうしたんや…」
すっかり恐怖しきっているシロナを見て、杏もまた同じ感情が大きくなっているようだった。数瞬前まで頼もしかったはずの相手が、急にこんな様子になったら誰だって衝撃を受けるだろう。その泣きそうな瞳を認識して、少しだけ調子を取り戻した。
「聞いて」
そう言葉を出して、実際に顔を向けてきたのはほんの一部だった。岡や桑原などは、ガンツに表示されている画像を観察している。
「絶対に、勝てないわ。負ける。全員死ぬ。本物なら、無理」
「あん? この星人、知ってんのか」
訪ねてきた室谷に対して、震えながら頷く。
「神話に出てくる、存在よ。戦うなんて…」
「マジかいな!」
場違いなほど、能天気な声が発せられた。
サングラスをかけている三人組が、歓声を上げている。
「何点になるんや? 百超えたりして」
「うひょおっ、特典一個確定やんけ」
「待て待て。二匹いるんやぞ。二個や」
言葉すら、出なかった。彼らは恐れるどころか、むしろとても喜んでいるようだ。まるで素晴らしい獲物がやって来たとでも言わんばかりだった。
そしてそれは信じられないことに、他でも同じだった。室谷達も、シロナほど深刻に受け取っている様子はない。挑戦的な笑みを浮かべていた。これからの戦いを、期待しているかのように。
大きな溝を、感じた。今までで一番、別世界に来たのだという感じがした。元の世界の人達なら、決してそんな感情は抱かない。圧倒的な力を持つ神に対して、どう抗しえるのか。どうして、まともな敵として戦意を向けられるのか。
「違う! まだ、わかってないの? 私達でも、貴方達でも勝てないの。そういう話が通用する次元じゃない」
確かに、彼らの持つ武器は強力だ。シロナでも見たことのないような技術が結集されて作られたのだとわかる。だかどんなに高機能だとしても、結局使うのは人間だ。スーツで強化されていたとしても、限界がある。
室谷が薄く笑いながら、肩をすくめてみせる。
「落ち着けや。まだ戦ってもないのに」
「わかるわ。貴方達じゃ、どうしようもできない。私のポケモン達にすら勝ててないのに。どういう根拠があってそんなに自信があるの?」
「なんやと?」
「おい、ちょっと待て」
空気が緊張を孕みかけた所で、桑原がようやく声を発した。彼は首を傾げながら、ガンツに表示されている文字列を見る。
「そもそもこいつら、星人なんか? 最近、おかしいやろ。シロナ、お前が来てからずっと変わり続けてる。よく見てみろや。どこにも、いつものやっつけろみたいな文がない」
室谷との睨み合いも忘れて、彼女は顔を向けた。事実、表示されているのは名前だけだった。そういえば、前置きのような文も流れていなかった気がする。
まるで状況がつかめないまま、シロナは自分の手が欠けていることに気がついた。
「アンズ、」
不安そうに見上げてくる彼女へと、素早く言う。
「私のそばを、離れないで。何が起きるのわからない。守るから。絶対に、そばにいて」
「わ、わかった…」
同じくボール達も固く抱きしめる。スマホを拾っていないことに気がついたが、放置しておくことにした。既に体のほとんどが消えていっている。杏の顔が消失するのを見届けてから、シロナもまた完全に転送された。
周りの景色が認識できるようになると、すぐに行動をした。
手早くポケモン達を出していく。五匹全てが、目の前に揃った。
そして、違和感を覚える。
「あ…?」
かなり建物が密集している場所のようだった。住宅街ではなさそうだ。雑多なビルには、看板がいくつも掲げられている。
どこかの広場に、シロナ達は立っていた。人通りがかなり多い。正面にあるビルの上に、巨大なテレビが取り付けられていた。
その映像では、ちょうどニュースが流れている。最近ブレイクしていたレイカという若い女優が、行方不明になっているという事件。その捜査を、警察はじきに打ち切ると発表した。アナウンサーの背後には、そのレイカらしき女性が笑う宣材写真が表示されていた。とても綺麗だったが、今はそれを気にしている余裕などない。
「おい、ここ…」
意外だったのは、他の者達も戸惑っていることだった。しきりに周囲を見回して、確認をしている。まるで馴染みのない場所に放り出されたかのような。
転送されたバイクに触れながら、京が地名らしき字が刻まれている看板を指差した。
「は? 東京やんけ。しかも、池袋」
「マジ? でも確かに見たことあるわ」
「俺、初やわ。へええ、都会って感じやなあ」
イケブクロというのは初めて聞いたが、東京は知っている。つい最近、話題に出ていた都市だった。
日本の首都。人の流れと物流の頂点。
その話をした岡の姿は、既に消えている。
大阪と、かなり離れていることは既に学んでいた。地理は興味深い題材の一つだ。ガンツによる転送は、想像よりもはるかに強力なようだった。一瞬で、日本の東の都市にやってきた。
そして、予想外の事態はさらに続いた。
「うわ、なんだこいつら」
「コスプレか?」
「急に現れたぞ。人間?」
おいおい、と桑原が辛うじて漏らした。
明らかに、周りの通行人はシロナ達を認識しているようだった。スマホを向けて撮影している者もたくさんいる。やがて来るはずの脅威を一瞬忘れて、シロナも呆然とした。彼女はまだ経験が浅いが、ルールの一つとして理解していた。ミッション中の自分達は、誰からも見えないはずだったのだ。
「俺ら、見られとるぞ」
「なんかヒーローみたいやな」
「ガンツ、ぶっ壊れたんか?」
「え、戻れないってこと?」
「じゃあ、帰るついでに観光してくか」
「うち、つけ麺食べたいわ。ブログで見たやつ。魚介系の」
呑気な会話も長くは続かない。
シロナ達を囲んでいる人だかりに、動きがあった。大きく波打ち、人が走り始めている。どうやら、逃げているようだった。何かを見たのだろう。ほとんどが悲鳴を上げて、この場から離脱しようとしていた。
シロナは、振り返る。同時に大きな衝撃音が鳴った。
バスが、飛んでくるところだった。だが、シロナは少し後ずさるだけで逃げようとはしない。彼女達の大分手前に落ちたからだ。
既に場は、喧騒で溢れていた。遠くからサイレンも聞こえてくる。横転したバスの窓から、何人かが転がり落ちていた。誰もが、酷い怪我をしている。血だまりの中で、誰かを助け出そうとする者もいた。
運転席の部分から、誰かが飛び出してくる。その姿を見て、シロナはさらに混乱した。黒いスーツを身に着けている。自分達と、同じだ。
その長い黒髪の男は、刀を握っていた。とても疲労している様子だったが、何かに向けて強い意思のこもった視線を向けている。
だが、その彼は走り出すと同時に、もう捕まっていた。大きな手によって。
「同胞は、苦しんだだろう…。報いを受けろ」
助けなきゃ、と思った直後、男の顔が弾ける。
立っているのは、巨大な人型の生物だった。筋骨隆々の体以上に、その恐ろしさを増幅させているのが、顔の周りに生えている角だ。口からも歪曲した牙が長く伸びていて、凶暴性を疑うまでもなかった。かろうじて人間の要素が含まれていそうな両目は、既にそれが潰した男のことを捉えてはいない。
「よく聞け! 野次馬ども」
地の底から響くような声が、発せられた。
怪物はこの場にいる全員に向けて、憎悪を垂れ流している。
「俺はこれからこの街の人間を一人残らず殺す!!この街の人間がいなくなれば、次の街だ!!」
牙の先から、涎が滴り落ちる。
「俺は止まらない!! 止められるなら止めてみろ!! 虫ケラ共! 俺は、一人でもおまえら全体相手に勝ってみせる!! 全人類が相手でも、俺は勝ってみせるっ!!」
その邪悪を、シロナはしっかりと直視していた。
あれもまた、おそらく星人なのだ。自分達が倒すべき敵。これに対しては、文句がなかった。確かに排除されるべき存在だ。そう、確信できた。
既に辺りは静まり返っている。嗚咽が漏れる音だけが、その静寂を破っている。周りの者達は、全員が絶望しているようだった。もう望みはないと、思い込んでいる。
おそらく薬が染み込んでいるであろう煙草をふかしたあと、室谷はバスの上に立っている角の星人を見上げた。
「なにイキっとんねんあいつ。だっさ」
そして彼らは、じゃんけんを始めた。
シロナにはもう諦めがついている。どううやらあれに挑む者を一人、決めるらしい。どうせいくら強く指摘したとしても、改めないのはわかりきっていた。それほど彼らと共に長く戦ってきたわけではないが、最善の方法が何なのか、思いついていた。
あれが今回の対象ということなのだろうか。だとしたら、本当にガンツは故障している。星人の名前を、あえて間違えて伝えた? シロナをからかうために。
それが正しい推測であることを願いながら、ポケモン達へ目配せをする。既に準備は終わっていた。心の切り替えも。
彼女はあいこが続いて声を上げている集団に向けて、高らかに言った。
「早い者勝ちね」
走り出すと同時に、相手もこちらに気付いたようだった。バスから飛び降りると、牙同士をかみ合わせる。
「まだ、残りがいたか。関係ない。死ね、ハンタァァァ」
「そういうことなら、いただきぃ!」
パーマのサングラスが、武器を構える。既にじゃんけんから抜け出して、真っ先に星人へと狙いを定めた。シロナの呼びかけに他も反応している。既に、そういう空気ができつつあった。全員が撃ち始める。
だが、一発も当たらなかった。
星人の動きがかすむ。シロナもまた、戦慄した。
速すぎる。その残像はまるで線のように伸びていた。速さだけ見るなら、うちのポケモン達のほとんどはついていけないだろう。当然シロナ自身の動体視力では到底捉えきれなかった。
「当たらんわ」
「Zガン…いや」
「よっしゃ。首狩りじゃあ!」
男たちは皆、刀を展開させる。それぞれが思い思いの構えをしながら、走ってくる角の星人へ向かい始めた。
最初に斬り込んだのは、ジョージだ。その刃を避け、星人は彼の背後に一瞬で回る。その背中へと拳を構えた。
鋭い気合と共に、室谷がその腕を切断した。だが攻撃はそこで終わり、反撃としてもう片方の拳が直撃する。
「ぎゃはは、ノブやん吹っ飛ばされてやんの」
「おらおら、こっちこいこっち! 俺にとどめさされてや、お願い~」
星人は、轟くような咆哮を上げた。
「ハンタアアアアアアアア!」
全員が、後ろへと飛ぶ。
直後、星人の周囲で轟音が鳴った。宙から電撃が走り、地面を抉っていく。一瞬前までその着弾点にいた彼らは、好き勝手に騒いでいた。
「魔法やん」
「接近すんのむずそうやな」
「伸ばして使うかあ」
「順番に斬りかかろうや。お前らの刃に巻き込まれたら元も子も、ぶっ」
冷静に言っていたジョージが、殴り飛ばされる。星人はさらに側面に回り込もうとしていた桑原へと、ひじ打ちをかました。彼はそれをぎりぎり刀で受け止めたが、衝撃は殺しきれない。上半身裸の変態も転がっていく。
さらに正面の室谷へ向かっていこうとした所で、相手の動きは停止した。
観察をして、星人の性質を理解する。最も脅威なのは、そのスピードだ。体が特別硬いというわけでもない。動きを制限させてしまえば、一気に弱る。
という考えに沿って、既にシロナはポケモンへ指示を出していた。星人の両足が、凍っていく。トリトドンとミロカロスのれいとうビームが、見事に直撃していた。
「ぬぅうう」
星人が、顔だけ振り返ってくる。その形相と目を合わせないようにしながら、次の段階へと移行しようとした。
「お前か!」
だが、その前に相手の攻撃が始まる。星人はトリトドンに視線を定めると、拳を動かした。殴りつけるためではない。その動きと連動して、電撃が走る。星人自身の速度をも凌駕して、トリトドンに到達した。
「ぽぽ?」
だが、効果はない。彼女は、じめんタイプも含んでいる。雷に対して、絶対的な耐性を持っているのだ。
「はどうだん、シャドーボール」
トゲキッスが飛び上がる。
ロズレイドは、両方の花を合わせながら、狙いを定めた。
二匹から放たれた弾が、相手の胸と喉に炸裂した。
「キサマカアアアアアアアアアアアアアアア!」
足の氷が、砕ける。
シロナは当然、抜け出されるのも読んでいた。相手はもはや大量の血を流し、満身創痍だ。だから最後に自分の手で決めることにした。
バツ印の武器を構える。ガンツから支給されたもの。今まで使ったことのないタイプの道具だったが、検証を重ねることでその利用法を解明していた。
二つのトリガーを、同時に引く。上が標的を指定し、下で発射する。その瞬間、口の部分が光りながら展開した。
直後、自分の体が持ち上げられるのが分かった。相手の状態は何も変わっていない。どうやら狙いを外したとわかったシロナは、一瞬パニックになった。
星人の手によって、彼女の細い体が覆われている。スーツの力によって耐えられているが、わかりきっていることだった。必ず、限界がある。早く抜け出さなければ、潰されるのはそう遠くないだろう。
「死ねぇぇぇぇ」
角と牙がおぞましい迫力を伝えてくる。シロナは歯を食いしばり、抵抗を試みた。
星人の顔が半分、はじけ飛ぶ。
手の力が緩み、シロナは下に落ちた。膝をつきながら、武器を構えている杏を認識する。
同時に、星人の腰や肩も内部から破裂した。山田と金髪の女性、中山の攻撃も受けた相手は、既に息絶えているようだ。ゆらりと体を揺らしてから、前のめりに倒れていった。
「大丈夫?」
杏の声が、二重になって聞こえる。
シロナは、初めて知った。これが、自分の身で戦線に立つということ。強大な相手に接近して、命の取り合いをするということ。彼女は駆け寄ってくるポケモン達の方を見た。まだ、痛いほどの心臓の動きが止まらなかった。
こういう、気持ちだったのだろうか。
一番近くにいる、ロズレイドの瞳を見る。一見、彼女にも他のポケモンにも、怯えは感じ取れない。しかし、それは自分のエゴなのかもしれなかった。思い込みにすぎないかもしれない。今までも、もしかすれば。
揺れる心情は、どっと沸いた歓声によって流された。
中には、涙を流しながら喜びを爆発させている者もいる。今まで固唾を呑んで見守っていた全ての人々が、シロナ達を讃えていた。
杏に立たせてもらったシロナは、少しの間黙って周りを見る。
「すげえよ、アンタ。やっつけちまった」
「助かった…」
「ありがとう、ありがとう」
向けられる感謝に慣れていないのは、他の者達も同じようだ。今まで、ガンツにやらされていた戦いは秘されていた。誰にも、認識されない出来事だった。もはや違う。これがこの先どのような影響を与えるのかはわからないが、決して悪い面ばかりではないと、沈んでいた心が戻ってくる心地だった。
「わお、マジでヒーローやん」
「テレビ出れるんかな」
「流行る一言考えな」
まんざらでもなさそうな顔で、長髪ストレートのサングラスが頭をかいた。そして、背伸びをしながら手を振り始める。その浮かれようは、そのまま天へと昇っていきそうだった。調子に乗るのも仕方がない状況とはいえ。
そして、実際に彼の体が浮き始めた。
群衆がざわめく。全員の視線が、上がっていく。
他のシロナ達も同様だった。不可視の力が彼女達の動きを完全に封じ、徐々に上へと運んでいた。天へと、向かっている。
例外なく、抵抗できないようだった。すぐ横に、弾ける音を出しながら岡が出現する。透明になってずっと潜んでいたようだったが、同じくこれは防げていなかった。彼らの中では比較的落ち着いている様子で、武器を離さずにいた。
「どうなってん?」
「やばっ、たっか」
「落ちたらどうする? 耐えられるん?」
「言わないで!」
「姉さん…」
杏が見てくるが、シロナはどうすることもできない。
ただ、この運ぶ力には心当たりがあった。サイコキネシスの作用と似ている。だが、この人数を同時に浮かせられるほどのものは、ミカルゲでも難しかった。かなめいしごと引っ張られているミカルゲは、心細そうに鳴いている。
そして、さらに上空において、巨大な存在が出現した。
シロナは、血の気が引いていくのを感じる。
どちらも、五メートルは優に超えているだろう。
全体的に深い藍色のような色調。四足を空中に伸ばし、顔や背中、胸部に鎧のような装甲を持っている。胸部の中心には、ダイヤモンド型の格が存在していた。
もう一体の方は、二足で宙に固定されている。体の多くは白色になっていて、首や尻尾、下半身の真ん中のあたりは紫色の線が走っていた。背中から翼にも似た
本物だ、とシロナは確信した。
ディアルガとパルキアは、東京の上空でシロナ達を待ち構えていた。パルキアの方が、口を動かしている。どうやら、サイコキネシスはそれが行使しているようだった。
先ほどまでの感情が、しぼんでいった。
ガンツは、こんな存在と戦わせようとしているのか。実際に見てわかった。やはり、無理だ。事実、こうしてなすすべなくそばまで運ばれている。どうなるのだろう。彼らの力で、呆気なく殺されるのだろうか。
ディアルガの方が、圧倒的な咆哮を上げた。先ほどの星人のそれとは、比べ物にならない。このまま拘束が衝撃で外れ、地面まで吹き飛ばされるのではないかと思いかけた。杏もまた悲鳴すら上げることができず、目を閉じかけている。シロナは、意識だけは手放さないよう、多大な努力をした。
その体のすぐ横に、穴が生じる。中身は青く光っていた。黒いうねりも、混ざっている。他のどんなポケモンでも作ることのできないものだと、直感した。
「やばない? やばない?」
「す、吸い込まれとる!」
「おいガンツ、転送しろ! 仕切り直しや!」
「やばいてぇ」
穴は、引力を持っていた。誰も逃れることができずに、そこへと引きこまれていく。次々と前の者達が飲み込まれていくのを見て、シロナもついに目をつぶった。未知への恐怖が、彼女に現実の拒絶を強制させていた。
うねりが、目の前に迫る。ポケモン達も悲鳴を上げる。
そして頭が絞られる心地になって、意識が暗闇に落ちていった。
「きゅう…」
頬をくすぐる羽の感触で、意識が覚醒した。
半身を一気に起こす。本来なら体を痛めてもおかしくはないが、あふれ出てくる力によって制御されていた。スーツの力は、こういう所にも作用する。
トゲキッスの頭を撫でながら、シロナは立ち上がった。
「どこやねん、ここ」
少なくとも、異質な世界に飛ばされたなどというわけではなさそうだった。空はちゃんと青く、所々に雲が広がっている。
石の地面が、広がっていた。それは一種の道となり、横に広い階段へと続いている。
シロナは、周りの建物が先ほどまでの場所とは違っていることに気がついた。あちらとは違い、これらは大体が木造だ。薄い赤の柱がいくつが経っていて、その意匠はかつて他の地方で見た形式と酷似している。
ジョウト地方の、エンジュシティを思い出せた。古風とも言える造りになっている。
既に他の者達も意識を取り戻している。シロナと同じくらい、今の状況に困惑している様子だった。
「見たことあんな」
室谷がぽつりとこぼす。
すると、他の者達も同意し始めた。
「そうやな」
「なんだっけ?」
「俺は、知らねえぞ」
「寺なんかに興味ないねん」
「確か、ニュースで…」
あ、と杏が声を上げる。注目されると、やや気まずそうに続きを話した。
「ここ、
「ラテイイン?」
「うんとな、寺や。いや、神社? とにかく、こっちのな、宗教に関係する建物やねん」
「そうなんだ」
自分がいた世界でもこのような雰囲気を持つシティが、あるポケモンを信仰していた。思考が似ると、建物の形式まで寄っていくものなのだろうか。
「でも…」
「おかしいやろ」
杏が俯いたところで、ジョージが刀で門を指す。彼はまるで、冗談でも目にしているような顔をしていた。
「ここは、確かにニュースになってた。でも、映像だとかなり破壊されてたはずや。しかもそれ、一か月以上前のニュースやで」
静まり返った空気の中で、開いている門から何かが飛び出してきた。
シロナは、既視感を覚える。先ほどの、バスのことが思い出された。あの時も、同じだった。かなり傷ついている様子の、知らない黒スーツの男が。
あの角の星人に殺された人とは違う、もっと若い外見の男が、階段を転がり落ちてきた。誰も動かない中、シロナは走る。既に危険は承知していたが、その男の状態は酷かったのだ。片足を潰されていて、かなりの出血をしていた。
「トゲキッス!」
言われなくても、自分の出番だとわかってくれていたらしい。彼がすぐさま飛んできて、いのちのしずくを傷口に向かって垂らした。あくまで出血を止める程度にしかこれほどの傷には効果がないが、それでも男は喋る元気を取り戻したようだった。
「ちく、しょう」
「今、治すから」
シロナが声をかけると、童顔の男はわずかに呻き始めた。思わず、息を呑む。その表情は悲痛にまみれていた。涙が次々とこぼれてくる。
「みんな、みんな殺された。俺が馬鹿だった…。ちょうしに、乗ってたんだ」
「またかい。連戦ばっかやなあ」
声に反応して顔を上げると、門から続々と何かが出てきていた。石像、と言えるようなものだ。だが、その造りの雰囲気には共通点がある。表情は違えど、同じ形式に沿って作られているとわかった。
拳だけの個体もいれば、先端が三つに分かれた槍を持つ個体もいる。それらは全て、はっきりとシロナ達に戦意を示してきていた。人間、ではないのなら。シロナは整理をする。これもまた、星人なのか。先ほどの角の星人とは、また違った不気味さがあった。
穴に吸い込まれるまで離さなかった武器を構えて、室谷達が走っていく。その流れを横目に、シロナは少しずつ傷ついた男の体を運んでいた。戦闘に巻き込まれないようにある程度の距離まで続ける。
まだ、男の意識は混濁しているようだ。とにかく、トゲキッスのねがいごとが効力を発揮するまで、気絶させてはいけなかった。最悪、戻ってこれない可能性がある。だからシロナは、相手の意識を保たせるために質問をした。
「頑張って! いい? 私達が、何とかするから。聞いて。貴方の名前は?」
声をかけると、相手は身じろぎした。額からかなりの量の汗を出しながら、薄く目を開ける。
かすれる声で、答えてきた。
それでも確かな芯を持っているような印象を受けた。
「くろの、けい」