くろの、という男の容体が落ち着くのを待って、シロナは顔を上げる。
「何なんだ、あんたら」
彼はもはやはっきりと言葉を発することができている。だが、まともに歩くことはまだ無理だろう。上から降ってくる光によって、徐々に再生が始まっているものの、正常に動作するには時間がいる。
「私達も、よくわかってないの。気がついたらここに飛ばされていた」
「どこから、来たんだ?」
「大阪。知ってる?」
「知ってる。けど、わけが…」
くろのは目を閉じて、体を完全に横にさせた。呼吸は維持されている。一旦、脳が体を休ませるべきだと判断したのだろう。今くらいの段階になれば、意識を失っても死ぬことはない。
シロナは、相手を細かく観察した。自分達と、同じようなことに巻き込まれている男。見た所、学生のようだ。京より少し年上かもしれない。こんな者も容赦なく戦いに行かせるガンツは、やはりろくでもないと再認識した。
別のチーム、ということなのだろう。ここは東京だ。つまり、そういうことになる。岡の話によれば、東京チームは何度も全滅しているはずだった。今まさに、そうなるところだった。
おかしいのは、東京には二つのチームが存在しているという可能性が生まれたことだった。前のイケブクロ、という所でも星人と戦っている存在がいた。どういうことなのだろう。やはり首都だけあって、担当がいくつかに分かれているのだろうか。
あるいは。
ジョージの言っていたこと。
そして、ディアルガの力。
諸々を考慮して、別の仮説も出来上がってきた。だが、シロナにはわからない。一体あの伝説のポケモン達はどうして、自分達を殺すこともなく飛ばしたのか。そこにどのような意思があるのか、今は推測すら出てこなかった。
始まった戦闘に意識を向けると、まだ門の外に残っている者がいた。
「ええか?」
ついていてくれた杏が、後ずさる。シロナもまた、微妙な顔をしながら体の前に構えを作った。
非常に警戒されている桑原は、大して気にすることもなく言ってくる。
「提案があるんや」
「なに?」
「やめた方がええよ。変態の言葉を耳に入れると、腐るで」
「なんやねん。俺なんかしたか? ずけずけ言われると傷つくんやが」
桑原に微笑まれると、杏はさらに怯えるようにしてシロナの後ろに回った。シロナ自身としても、あまりこの男との会話は望んでいない。できれば、視界にも入らないでほしかった。
「別に、普通のことや。俺も、治してくれんか? 地面擦ってな。肩と腕痛いねん」
自業自得だと、すぐに思った。
確かに桑原は軽い怪我をしている。あの、角の星人に吹き飛ばされた時にできたのだろう。だがそれは、スーツをちゃんと全身に身に着けていれば防げたものだった。普段余裕をこいているから、足元をすくわれる。
しかし拒否をしてさらに話がこじれるのも嫌だったので、シロナは頷いた。
「アクアリング」
ミロカロスの口から、中量の水が吐き出される。それは空中に留まり、綺麗な輪を作っていった。それはゆっくりと桑原の方へと動いていき、彼の体にかかっていく。
勢いよく、変態が立ち上がった。
「お? なんや、求愛行動か?」
直後のれいとうビームをさっとかわして、自分の傷が治りかけていることに気がついたようだ。素直にシロナへお礼を言ってきた。彼女自身も、実験ができて良かったと思っている。本来このアクアリングはミロカロス自身へ行使するためだけのものだ。だが工夫をすれば、他者も癒せるのだとわかった。
そこで満足すると思いきや、桑原はまだ門へ向かおうとしなかった。
「提案があるんやけど」
「お金なんて、いくら積まれても…」
「違う違う。俺もさすがに馬鹿やない。学んだんや。俺な、実はもうすぐでクリアできそうやねん」
何やら自信満々の顔で続ける。
「まあ今回でサクッと百点にいけるやろうし、特典は何がいいか考えた」
「そう」
「思いついたんや。お前の、何だっけ? ルリオカとガブアリスのどっちか、生き返らせたる」
たいして嬉しいとは感じなかった。予想外なのは確かだが。
相手が何を考えているのか、手に取るようにわかった。
「その代わりに、な? ええやろ?」
「はあ…」
「命一つと、一発やぞ。破格や」
「いい? 私に頼むのがまず、間違ってるわ。ちゃんとこの子に直接意思を確認して。それが礼儀でしょ」
「なるほどな。これで親の公認は得られた。ちょろいわ」
桑原は、ミロカロスへとずんずん歩いていく。その長い胴体部分を舐めるように見つめてから、腰に両手を当てた。
「約束や。これ終わったら、まずは口でな。あ! つめたっ! いきなり乳首責めかいな。おい! どこいくんや。照れてんのか?」
トゲキッスと顔を合わせてから、戦いの場へとシロナは向かった。
今までの経験で、ある程度惨状には慣れていた。
とはいえ、門内の光景は酷いものだった。
死体が、いくつか転がっている。どれも体の一部がちぎられていたり、頭が丸ごと潰されていたりと、残虐以外の感想を抱きようにない。
シロナをぞっとさせたのは、死体にはスーツを着ている者も含まれていることだった。かなり体格がいい男らしきものもある。他にも、黒髪を後ろにまとめた背の高い女性や、可愛らしい茶髪の若い女性もスーツを着ながら息絶えている。彼らに共通しているのが、どれもスーツのくぼみから液体が漏れ出していることだった。
つまり。
彼女は目を逸らさないようにしながら、冷静を保とうとする。スーツにも、やはり限界がある。夢の内容でもあった。その力を失った瞬間、ああいう液体がこぼれだすのだ。
自分達と同じような装備を持った者達がほぼ全滅しているのを見ても、シロナはそれほど緊張が増すということはなかった。
なぜなら周りで起きている戦いは、はっきりと室谷達の方が優勢になっていたからだ。
「邪魔やって言うとるやろ!」
室谷が文句を吐くのも構わず、トリトドンが石像を凍らせていく。それは数瞬前まで、室谷が狙っていた個体だった。彼の方は舌打ちをしながら、側面から向かってくるもう一体を両断する。
あの刀は、かなり性能が良いらしい。相手が石の塊であっても、容易く斬れる。スーツの増強と合わさって、かなりの効果を発揮しているようだ。シロナはその武器も使ってみる価値があると考えたが、今は別の武器しか持ってきていないことを思い出した。
バツ印と、Y字の武器を両手に持つ。
Xガンと、Yガン。そう、呼ばれているらしい。ガン、という部分がどこから来ているのかは、杏に教えてもらった。どうやらのこの世界にはそういう名称の武器が元からあるらしい。金属の弾を打ち出す筒のようなもの。日本語では銃と言う。
移動している石像に向かって、何発かXガンを撃ち込んだ。だが、当たっていない。先ほどもそうだったが、どうやら自分はこの武器に対する適正がまるでないらしい。
「おい」
若い声が聞こえて、振り返った。ちょうど京が、バイクを止めている。倒れた細長い姿の石像にとどめを刺すと、挑むようにシロナを見てきた。
「下手くそやな。ペットは使えるのに、本人はだめだめやん」
シロナは苦笑いをする。
「そうね。私にはちょっと、難しいみたい。きみは凄いね。よく当たる」
虚を突かれたような顔をした後、京はなぜか歯ぎしりをした。シロナを一瞬見た後、指で彼女のXガンを示してきた。
「同時に引くなや」
「うん?」
「だから、トリガー同時に引いたら、狙いずれやすくなる。上のロックオンしてから、下で撃て。要領悪いな」
言われたとおりにして、接近してくる一体を狙った。少しの間が空いてから、相手は内部から破裂していく。周りで、それを狙っていた者はいない。シロナの攻撃だけでそうなったのは明らかだった。
「本当ね。ありがとう」
向き直ってお礼を言うと、既に京の姿はなかった。エンジン音を鳴らしながら、黒い円のバイクで端まで移動している。少し目で追って、もう薬を使っていないことを確認した。そのせいか、彼はどこか落ち着かない様子に見える。克服を助けた立場上、相談に乗る必要があるかもしれない。
ただ、ずっとミカルゲについてこられているのは、不安そうだった。ミカルゲは、京を驚かせることに楽しみを見出し始めたらしい。バイクにくっつくなと叫んでるのを最後に見てから、シロナは他に集中した。
あっという間に、向かってくる石像は数を減らしていった。中には、かなり大きな個体もいた。腰布のような形の石を巻いており、長い棒を振り回していた。同じようでいて少し違う見た目のもう一体も暴れていたが、後ろから伸ばされた刀によって首を飛ばされる。
最後まで戦っているのは、ジョージだ。相手はかなり速い個体のようで、捉えるのに苦労している。
彼の前を走りながら、ロズレイドがマジカルリーフを繰り出した。鋭い葉っぱ達が飛んでいき、石像の体に到達する。だが、刺さりはせずに落ちていった。
「引っ込んでろ。軽いんやお前のは」
ロズレイドは、ジョージに向かって怒るように鳴いた。両者のやり取りを見て、シロナは少し意外に感じている。彼女、ロズレイドは、自分のポケモン達の中でもかなり気難しい方だと思っている。シロナには素直な面をたくさん見せてくれるのだが、他人に対しては少し壁を作る傾向があった。だが、あの黒い肌の男とは正面から接しているようだ。
喜べばいいのか、心配すればいいのか。複雑な気持ちが渦巻いていた。
ジョージの斬撃と、ロズレイドのエナジーボールが同時に当たる。耐えられるはずもなく、最後の石像は破壊されていった。内部は普通の肉みたいで、血を散らせているのがどこか不気味だった。
「なんやねんその顔。失せろ」
ロズレイドの得意げな表情に向かって、ぞんざいにジョージは手を振っている。
これで、一応の区切りがついたことになる。シロナはあの倒れている男の所まで戻るべきかどうか考えた。くろのが目を覚まして、勝手に動かれたら心配だ。
しかし、その考えはすぐに消えた。
周りの者達も、怪訝そうにあたりを見る。
光の線が、あちこちに伸びていた。かなりの数だ。それらは転がっている星人の死骸へと注がれていく。
変化は、すぐに起こった。
見る見るうちに、石像全てが修復されていく。例外はない。門の両側にいた大きい個体も、再び動き始めた。シロナは言葉を失って、無意識のうちに後ずさっていた。
おかしいとは思った。これらは、お世辞にも強いとは思えなかった。あの死んでいる東京チームの者達が対応できなかったのは、やや不思議に思っていたのだ。
中央にある堂が、崩れていく。
短髪のサングラスが、嬉しそうな叫び声を上げた。
「これ、もしかして稼ぎ場所か?」
優に十メートルはありそうな、石像だった。頭の部分に、いくつもの丸い粒が重ねられている。前に構えている手や、その表情からは柔和な印象を受けるが、向かってくる巨大な足は明らかにシロナ達を潰す意思で動いていた。
「はー、大仏様ぶっ壊せるなんて、黒飴も粋なことするなあ」
Xガンが、何度か撃ち込まれる。だが、その巨大な像の足に少しの傷をつけただけだった。あまりにも、体積が大きすぎる。少し破裂させたくらいでは意味がないだろう。
さらに。
シロナはようやく、これを乗り越えるのが難題だと把握した。
大仏の傷は、すぐに治されていく。どこからともなくやってきた光線が、それを可能にさせていた。普通に処理することでさえ困難なのに、再生されたら勝てるわけがない。
周りを囲む像を睨む。おそらくこうして、東京チームは削られていったのだ。一体一体がそれほど強くはないとはいえ、無限に向かってこられれば必ず限界が来る。シロナもまた、怯みかけた。どうしろというのだろう。
だが、室谷は呑気に叫んだ。
「やれやれ。点数稼ぎや! 削れ」
彼も言ったあと、すぐに石像の一体を切り伏せる。他のほとんどの者達も、さして動揺することなく戦闘を再開させた。
「待って。おかしいわ。このままじゃ、こっちがやられる。どうにかして、攻略法を見つけないと…」
彼らとの関わりが、まだ浅いのは事実だった。シロナも十分、この戦いの恐ろしさが実感できている。だが、まだわかっていなかった。シロナより何倍もの時間、ガンツの戦いを生き残ってきた者達。一度はほぼ全員相手に自分のポケモン達が生き残った。そのせいで、多少彼らを過小評価していた面もあったのだ。
「あれやわ」
ジョージが指差す。
建物の上に付いている、灯だった。その中に、光が含まれている。注目したと同時に、そこから光線が飛び出した。桑原が倒した個体に振っていき、その再生を行う。
「全部撃て」
言いながら、室谷もXガンを使用していた。男達が、次々とあちこちの灯を破壊していく。その行動が正解なのはすぐにわかった。石像たちが今までよりも明らかに勢いづいて、その妨害をしてきたからだ。
「あと、二、三回湧かせた方がええんとちゃう?」
「どうせまだ奥にいるやろ。反応がある。温存しとこうや」
シロナは少し黙った後、まだ自分にもやるべきことがあるのを思い出した。既に再生できなくなりつつある石像達を破壊していきながら、呼びかける。
「トゲキッス、ロズレイド!」
二匹はすぐに近づいてくる。シロナの指示を仰ぐような目をしていた。
桑原を潰そうとしていた、大仏を腕で示す。たとえ相手の回復が封じられたとしても、厄介な相手なのは確かだ。Xガンなどでは、ほとんど効果がない。望みがありそうなZガンも、持ってきていないようだった。刀も同様に、有効打を与えるのは厳しそうだ。
だから、ポケモン達の力に頼るべきだった。
既にミロカロスが、大仏の足を凍らせようとしている。だが固定される前に、氷が割れてしまう。大きさとその膨大な力で、上手く足止めできていない。
「頼んだわ。お願いね」
指示を出した後、トゲキッスは飛び立った。その上には、ロズレイドを乗せている。彼らはすぐに大仏の頭付近まで到達していた。
当然、相手もまたそれを認識している。表情を少し引き締めて、片腕を構えた。彼らを一気に張り飛ばそうとしてくる。
トゲキッスは少し汗をかきながらも、軌道を変えて避けていた。二撃目も、かわしていく。それなりに厳しそうではあった。その速度より、攻撃範囲の広さで脅威となっている。徐々に速度も上がりつつあった。大仏は、今やはっきりと怒りの顔で動いている。
彼らにかなりの意識が向けられてしまっている。このままでは、溜める隙もないだろう。上手く放ったとしても、かわされる可能性がある。
だからシロナは、踏ん張る準備をした。既に周りの石像はほとんど片付けられている。だから、今影響が及んでも問題ないと断定した。
「トリトドン、じしん!」
地面が、大きく揺れていく。味方も巻き込む可能性のある強力なわざだ。シロナは少し頑張っていたが、結局耐え切れず転んでしまう。
だがそれは、大仏も同じようだった。動きが止まっている。倒れるまでは行かないが、完全にトゲキッス達への攻撃はやめていた。
ミロカロスのれいとうビームが、重ねられていく。たとえ片足の部分だけだとしても、大仏が容易に抜け出せないほどの氷になった。その上で、地面が未だに横に揺れている。そのバランスが崩れるのは、もう時間の問題だった。
そうして相手が四苦八苦している間に、ロズレイドは集中していた。半分目をつぶりながら、両手の花を構えている。徐々に、そこへ光が集まりつつあった。太陽の光にも、似たものが。
もし今が夜だったのなら、別の案を考えなくてはいけなかった。もっと時間がかかったかもしれない。生憎、天気を変えるわざを彼女のポケモン達は憶えていない。
大仏が気付いた時には、既に完了されていた。
太陽の力が凝縮された光。
ロズレイドから放たれたソーラービームが、一瞬で到達していた。
「すっげ…」
桑原が興味深そうに見上げている。
既に大仏は、倒れようとしていた。頭の上半分が一気に削られれば、どんな生物もひとたまりもないだろう。じしんの揺れから立ち直りつつあったサングラス達が、慌てて逃げていく。
石階段の所へ、大仏は転がった。
その死骸に、全員が集まる。
「天罰下るんかな」
「こいつら、星人やろ。仏教って、まさかそういうことだったん?」
「なわけないやろ…」
今度こそ、区切りがついた。シロナはほっと息をつく。連続で戦いが続いていて、段々と精神の負担が大きくなってきていた。
だが、室谷達はまだ元気のようだ。
「南にたくさんいるわ。まだ残っとる」
レーダーを見ている京に対して、室谷が不思議そうに言った。
「キョウ、お前薬やめたんか? よく症状でないな」
「ど、どうでもええやろ」
もう一度彼をそういう道に引き込むのはやめてほしいと、釘を刺そうとした。だがその旨を喋ろうとしたところで、京と目が合う。彼は全力でさりげなく口を動かしていた。声は出していない。ただ、やめろと伝えてきているのはわかった。
首を傾げてから、降りてきたトゲキッスとロズレイドを迎えた。
「もう一つ、反応あるやん。北西か?」
「でも、よくわからん。固まってて。数は、そんなに多くないと思う」
「めんどくさいな。分かれて同時にやるか」
彼らの多くは、数の多い方に行きたがっているようだ。少しでも多くの点を稼ぎたいらしい。シロナは、あえて少ない方を選んだ。まだ自分が戦いに慣れていないのは明らかだったし、もっと集中してポケモン達との連携を鍛えたいと思っていたからだ。この先に待っている、戦いのためにも。
杏も、ついてくると言ってきた。彼女もまた、不慣れな身だ。何かがあっても自分が側についていればいいと、シロナは考えた。
そして、別の考えもあった。南の方へ行くつもりのジョージ達へ、一部のポケモンも付いていかせることにした。ロズレイドとトリトドン、ミカルゲだ。
シロナは将来に対しての不安を、少しでもなくそうとしていた。彼らが自分から、このチームの結束をちゃんとしたものにしようとするとは思わない。期待もしていない。だから、こちら側が勝手に歩み寄ることにした。
「この人達に負けないよう、頑張って」
「おぉ」
「ぼわわ!」
相手の反応はほとんど芳しくなかったが、構わない。別に、仲良くしなくてもいいのだ。最低限共に戦うということをどちらも理解してほしかった。そうすれば多少は、チームとしての力も増していくと思うのだ。
北西の方へ向かい始めたシロナは、室谷を見た。
「どうしてこっちを?」
「わかっとらんな」
どこか得意げな顔で言う。
「あっちは、多分雑魚しかおらん。匂うんや。あの堂の中。ボスはさっきの大仏かもしれんが、そこそこの奴がいるかもしれん」
「あたしも、そろそろ大量得点したいな」
室谷の隣で、中山が歩いていた。
「お前、ついていけるんか?」
「何言っとんの。もうちょっと頑張れば一回クリアできるよ」
それから、シロナを少しきつく見てきた。さすがにわかってきている。この中山という女性は、明らかにシロナをよく思っていないようだ。思い当たる節も少しあるので、仕方がないと受け入れていた。
「まだ、聞いてないんやけど」
「え?」
「さっき、オニの星人に捕まった時。助けたやろ。うちが撃たなければ、死んでたやん」
「そうね。ありがとう。本当に助かったわ」
実際に思っている通りのことを言っても、相手は微妙そうに押し黙るだけだった。こういう時、シロナも別に無理をして踏み込んでいこうとはしない。おそらくこちらがお礼を言うのを渋れば、さらに責めるつもりだったのだろう。だが今は、これ以上言い争いをしている時でもない。
そして、警戒すべき対象もいた。
半目になりながら嫌そうにしているミロカロスに向かって、桑原は色々とろくでもないことを言っている。彼も、こっち側についてきたようだ。その目的はだいたいわかっているので、さらに注意を強めた。
その建物は、あまり大きくはなかった。だが、装飾はかなり豪華に施されている。まるで何かを丁重に祀っているような雰囲気があった。シロナもまた、実感していく。確かにこちらの方が油断できないかもしれない。
中に入ると、石像達が並んでいた。
全部で、五体いる。外にいた個体とは雰囲気が違っていた。サイズはそれほど変わらないのだが、身に着けている装備が豪華になっている。兜を被っている像もある。そのほとんどが武器を持っておらず、そこだけは拍子抜けする部分もあった。
だが、シロナは圧倒される。
中央の一体。明らかに異質な姿をしていた。何本もの腕が、背中から生えている。それぞれの手には、様々な道具が握られていた。中には短めの剣もある。他とは、雰囲気からして何かが違っていた。
「ちっさいなあ。当てが外れたか」
室谷が文句を言った直後、その大量の腕を持つ石像がいきなり声を出した。
「君達も、そうなのかい?」
ぞっとする。その声は、普通の男のものだったからだ。それが異質な石像から発せられているというだけで、不気味さが増大していく。
真ん中の石像が、片目を開けていた。
「驚かせてしまったのなら、申し訳ない。一応、伝わってはいるかな? まだ慣れていないんだ。一応誰かの脳を読み取ってみたんだけど、これが普通なのかはわからなくてね。意味を、理解できてるかい?」
桑原と室谷が、同時にXガンを使った。
狂いなく、その石像に命中する。
かに、思えた。
「ふうん。やっぱりそうなんだね。災難は、続くものだ」
その石像の前に、別の個体が立ちふさがっている。少しの間の後、それらは破裂した。まるで主人を守るような動きをした個体達は、血らしき液体を垂れ流して転倒する。
そして続々と残りの二体の兜をした石像が飛び出してきた。
反射的に、シロナは堂の外まで出ていた。Xガンを受けて倒れたはずの像が、再び立ち上がるのも見えていた。とにかく狭い場所で多くの敵と戦うのは、避けたかった。
灯は、全て潰したはずだ。何かの光線が注がれた様子もない。直感する。彼らは、今まで処理してきた相手とは、明らかに違っている。その違いを理解しなければ、勝てない。
他の者達も、上手く逃げられたようだった。そして、全員が外に出てきた石像達に注目をする。
「悲しいよ。私達は、何もしていないはずなのに」
反応が、できなかった。
並んでいる手の一つが、光った。そして放たれた光線がシロナの顔の横を通り過ぎて、誰かの悲鳴を上げさせる。
室谷が振り向いて、叫んだ。
「おい、美保!」
中山は呆然と、自分の腹に開いた穴を見ている。そして後ろへと倒れていった。
シロナは躊躇わなかった。すぐにその体を抱きとめ、トゲキッスへ指示を出す。まずいのちのしずくで少しでも止血に専念する。そしてねがいごとで時間をかけて治療をする。
もちろん、そんな余裕が残されていればの話だった。
「集中して! 彼女は、トゲキッスが治す!」
それだけを聞いて、室谷は前を向いた。向かってくる二体を相手する。同時に桑原も、もう片方の組にXガンを向けた。杏は、震えながら多手の石像に武器を構える。
「どうして、滅ぼされなければならない? 君達のやっていることは立派な虐殺だよ。抵抗の権利が、こちらにはあるはずだ。だろ?」
来る、と直感した。
手の一つが、シロナへと定められている。その指先が光ったのを見た瞬間、既に言葉を発していた。
「ミラーコート!」
ミロカロスが前に出て、透明な板を形成させる。果たして成功するかどうかは正直賭けだったが、上手くいった。板に光線が直撃するも、貫通はしない。シロナ達の前で止められたそれは、すぐに反転する。ミロカロスの強力なカウンターわざは、相手の不意をつけたようだ。
撃ってきた石像に、光線が走る。右の手達の一部が、破壊された。
杏と同時に、Xガンを使う。石像は素早く接近を試みたが、ミロカロスのれいとうビームによって止められた。
手が、動く。握られた剣が飛ばされた。シロナはそれをはっきりと認識して、汗をかきながら横に転がった。
腕に熱の感触。見れば、スーツの部分が綺麗に裂かれている。一瞬、頭が真っ白になった。これは、攻撃を防いでくれるものではなかったのか。あるいは、その剣は思っている以上に強力なのかもしれない。
さらに何かをしようとしていた多手の石像は、一気に破裂した。
同時に室谷達が、やや疲労しながら他の個体を破壊する。
「さっきの集団とは、ちょっと違うみたいだね」
それで終わってくれるとは期待していない。
その石像も、他のものも、全て立ち上がってきた。内側から肉が盛り上がるようにして、完全に体を再生させていく。おぞましい光景だった。もしかすれば終わりはないのかもしれないという恐れが、徐々に大きくなってきていた。
冷静になれ、と自分に言い聞かせる。撃っても、斬っても一見効果がないように思える。ならば、別の手段で攻撃すればいい。
既に中山の治療を終わらせたトゲキッスが、でんげきはを放った。それをかわした石像の軌道に合わせて、ミロカロスが氷を吐き出していく。それに見事、相手ははまった。シロナは武器をそれに向ける。
Yガンから、光の縄が放出される。いい思い出のある武器ではない。本当に何か効果があるのか、疑問でもあった。だが、これならもしかすれば。
正確に石像へと巻き付き、現象が始まった。
「うっ」
その呻き声は、途中で消えていった。石像の頭は既にほとんど消えていっている。それはまるで、転送される時のシロナ達と同じだった。一体どこに運ばれるのかはわからないが、武器として支給されている以上、完了されれば討伐扱いになるはずだ。
「やっ、た…」
杏が息を吐き出す。
シロナもほとんど、勝ちを確信していた。その像の上半身全てが、欠けてきている。それが下にも到達し、やがて全身を消してくれるのはもうじきだった。
「うぅん……」
その断面から、肉が盛り上がっていく。ただそれを眺めていることしかできなかった。敵が、復活していくのを。
石像の体から完全に分離した肉の塊は、最初地面に転がっているだけだった。だが、徐々に蠢き始める。背中から太い腕を何本も生やしていきながら、ゆっくりと立ち上がった。頭の欠けている部分も徐々に埋められていき、やがて人の顔らしきものが出てきた。大量の顔面が、出来上がっていく。
「もしかして、弱いと思ってた?」
「気持ちわりーな。そういうとこだよ」
「俺は強者。お前らは、弱者だ」
「くろのクン、あの時どういう思いで私を…」
「加藤くんは私が守る。だから、貴方達は死んで」
「ふぅうぅう」
「ケイちゃん、逃げるんだ……」
「お前達の行き先は、地獄だ。如来様は全て見ておられる」
「わかるかい?」
複数の顔が、同時にシロナを向いた。肥大した全身が動き始める。気持ちの悪い露出した肉のような色の体が、迫ってくる。
「君達も、一部になるんだ」
トゲキッスの放ったはどうだんが、光線によって破壊される。続くでんげきはも、それが拾い上げた剣に吸収されていった。
シロナは固まった意識を何とか動かして、XガンとYガンを同時に撃った。
だが、その時には目の前の光景が変わっていた。
「思うに、厄介なのはこれだね」
ミロカロスは、腕の一本に捕まれている。指の部分が膨らんで、大きな彼女の体を捕らえている。シロナは懸命に狙いをつけるが、相手はそのポケモンを盾にしてくる。そのせいで、迂闊に撃てなくなった。
「ふむ。興味深い。手足を持たない生物、特に蛇なんかはこうして捕らえられると抵抗のしようがない。これにも、適用されるみたいだね」
桑原が、こちらを見てくる。そのせいで相手をしている兜の石像に殴られた。が、体に当たる前に辛うじてスーツの一部が付いている手を盾にできたようだ。
シロナは叫びながら、同時に酷く困惑していた。自分の頭がおかしくなっているのだろうか。追いつめられて、妙な幻覚が視界に入っていた。
ミロカロスは、抜け出せるはずなのだ。彼女がもっと積極的に動けば、あれくらいの指からは逃れられる。だが彼女は、ろくにわざも出していなかった。出せない、というのが正しいかもしれない。
その体が、歪んでいた。正確には、ぼやけている。まるでノイズが混ざっているかのように姿が不明瞭になり、彼女自身も苦しんでいるようだった。そのせいで、抵抗ができない。
「そして、反転バリアも方向と範囲が定められていると」
腕や複数の顔面の口から、光線が発せられる。
そのほとんどが、ミロカロスの体を貫通した。
桃色の触角が、潰されていく。
シロナは膝をつき、泣き叫ぶよりも前に、胸の中で炎が生じるのを感じていた。悲しみや虚しさよりも大きく、怒りと憎しみが次から次へとあふれ出てきた。
「この…」
「うおおおおぉおおおぉぉおお!」
だが真っ先に、突っ込んでいく存在がいた。
桑原は普段の飄々とした態度を完全に崩し、化物へ斬りかかっている。その勢いは、今まで見たことがないほどのものだ。
「俺の穴を! なにしてくれるんやあああ!」
たとえ冷静ではないにしても、その動きは洗練されている。スーツを半分しか着ていないのにも関わらず、相手の光線を見事に避けていた。化物の周囲を素早く走り回りながら、既にいくつかの斬撃を入れている。
「膝びーむ」
だが、一瞬で両足に穴を空けられた。
桑原は倒れ、荒く呼吸している。
そして四体を相手にすることになった室谷は、複数の殴打によって吹き飛ばされていった。いくらでも再生する相手に、彼も顔中に汗をかいていた。
肉の化物が、表情だけは緩ませる。
「あと、四つの射出口があるんだよ。最後に有意義な知識を得られて、よかったね」
シロナは膝をつきながら、既に動かなくなっているミロカロスの体を見ていた。これ以上どうすればいいのか、わからない。
トゲキッスが前に出て守ろうとしてくれるが、彼も同様に動きが鈍っていた。苦しんでいた。その存在が不安定になる。
あの悪夢が、蘇ってくる。
杏も既に腰を抜かしていた。武器が手から落ちる。その横に寝ている中山は、まだ目を覚まさない。
「それじゃバイバイだ」
ばちばちと、何かが弾ける音がした。
シロナの横に奇妙な物体が出現する。人工物のようだった。
一瞬、連想する。シンオウとは違う地方で言い伝えがある、昔のポケモン。レジシリーズと呼ばれている個体のいくつかと、特徴が似ていた。特にレジスチルと、レジギガスに。
下半身は、人間のようだ。黒スーツを着た人と酷似している。だが、両腕が異常なほどに大きくなっていた。特に拳の部分が強調されている。黒い装甲が重なっている肘らしき部分からは、細い刃が伸びていた。
くぼみがいくつも空いている、厚くなった肩を揺らしながら。
それは拳を前に構えた。
「かかってこんかい」
管が後ろに伸びているマスクから、岡の声がした。