15.
普通の夢と違う所は。
これがちゃんと夢であると、自覚できている点だ。今まで見たことのあるものは全て、現実に起きていることなのだと疑わなかった。そして目を覚まして、ようやくそれがまやかしであることに、気がつくのだ。
こういうタイプも、知っていた。
ずり落ちそうになっている眼鏡を、掛けなおす。
夢から覚めたと思えば、また夢の中にいる。それを何回か繰り返す。ありがちな内容だ。
だから彼は、これが本当に起こっていることだとは、まるで思っていなかった。
マンションの一室だ。そこは何の異常も見られない。
だからより、中央に配置されている黒い球体の存在が際立っていた。何かを喋っているようだが、その内容も頭に入ってこない。
周りには、様々な人間がいる。
「なあ、これ夢か?」
隣で座っている友人が、同じく眼鏡に触っていた。外して、再び掛ける。それでも光景は変わっていないようで、盛んに首を捻っていた。
「俺らチャリで走っとるとき……、なんやダンプカーが幅よせしよって…」
血だまりの中に、倒れ込んだ記憶がある。
そうだ。確かに、自分達は大怪我をしたはずなのだ。頭を触る。どこにも、おかしなところはない。
周りに人間の一部もまた、戸惑っているようだった。自分達がどうしてこんな所にいるのか、理解できていない。
集団拉致。その可能性が頭に浮かんだ。眠らせて、強引にこの部屋へと運び込んだ。
でも、何のために?
彼は段々と混乱してきていた。わけのわからない自身の状況のせいだけではない。明らかに、空気の違う者達がいることに気がついたからだ。彼らはほとんど、動じていないようだった。
かなり、強面の男もいる。黒人と間違えるほどの肌色をしている男も、壁に寄りかかっている。全員が確実に自分よりも年上だとわかったが、観察を進めていくと若い男もいることに気がついた。
彼らに共通しているのは、妙な黒い衣装をしていることだ。かなりぴっちりとしていて、コスプレと思われても仕方がないような感じになっている。何人かがそれで笑っているが、相手は黙っていた。怖くなるほどの静けさだ。
そして、そんな姿をしているのは、男性だけではなかった。
「それって、ちゃんと通じんの?」
金髪で肌が白いギャルらしき女が、同じ髪色をしている外国人に話しかけていた。彼女達は、スマートフォンを見せ合っている。
「無理みたい。もう一回試してみる?」
「見たことない機種やなあ」
「やっぱり、杏ちゃん経由で連絡するしかないとちゃうか?」
浅黒い肌の、これまたギャルっぽい見た目の女性が、腕を組んでいた。
そして横の黒髪の女性も頷いていた。
「うちもそうした方がええと思うな。とりあえず、来週の土日あたりで」
「土曜日は用事あるから、その次の日でええわ」
外国人が、顎に指を当てる。
「ここら辺に、海ってあるの?」
「ちょっと、時間かかるけどな。でもトドンちゃん達に良い思いをさせてあげると思えば、余裕や。早く一緒に泳ぎたいわー」
「あたしは、ミロちゃんも気になる」
「ミホなら、大丈夫だと思う。背にも乗せてもらえるわ」
黒髪の女性が、急に声を潜めた。
「ちょっと。静かにした方がええで。ミロちゃん関連の話は…」
「それ、俺も行ってええか」
「ほら来た」
「きしょいねん。あっちいけ」
「待て。本人が許可したら、お前ら文句ないよな」
本来なら、彼女達の浮き出ている体のラインにも、目が行ってしまうはずだった。特に外国人の女性のそれは嫌でも注目してしまうだろう。だがそれ以上に強烈な存在が、彼の意識をほとんど引き寄せていた。
女達の会話に割り込んだ茶髪の男が、部屋の隅で体を寄せている生物に向かっていった。まるで蛇のようだ。それも今まで見たことがない種類の。
そして、この場にいるのはそれだけではなかった。外国人の側に、二足で立っている存在がいる。片方は、青い犬とも表現できるような外見をしている。だがもう片方に関しては、あまり形容表現が思いつかなかった。ただ、どこか高性能のジェット機を彷彿とさせるようなラインをしている。腹の鮮やかな赤の部分が、印象的だった。
我に返ったかのように、外国人はこちら側へと顔を向けてきた。
「聞いてください。貴方達は、戦いに巻き込まれました。とにかく、スーツを着てください」
「何してんねん、お前」
強面の短髪男が止めようとしたが、彼女とジェット機が睨み返すと、舌打ちをしながら煙草に火をつけた。
「とにかく、着てください。死にたくなければ。スーツケースを順番に取っていって。自分のものだとわかるように、名前が刻まれていますから」
先ほどからずっと現実感が湧いてこなかったが、何となく従った方がいい気がしていた。ほとんどが話半分に聞いていて、動こうともしない。中には彼女をじろじろ見ながらナンパしようとする輩もいた。
「どうする…?」
友人が、見てくる。
そんなことを言われても、自分もわかっていなかった。とにかく死にたくはないので、ケースを取りに行こうかと考える。
動いた所で、急に音楽が鳴った。
陽気なメロディー。馴染みのある構成。
新喜劇や、と彼は夢見心地で思った。
◆
『ぬらりひょん
特徴
すごくつおい
わルい
しつこい 』
自らのできることは全てやったと、シロナは考えていた。
次々と転送されていく者達を見る。今回は、かなり人数が多くなった。サナダ星人の時よりも、新入りが増えている。とにかく、全員の命が助かることが一番だった。もう、この戦いによる犠牲者は出したくない。
彼女もまた、そう強く願っていた。そのために、ここしばらく修練に励んでいたのだ。どれだけ通用するのかはわからない。それでも、ポケモン達と共に立ち向かえば必ず、活路は開けるはずだった。
画像を、注視する。
禿げ頭の老人だった。顔の部分だけしか表示されていないので、どんな体をしているのかまではわからない。ただ、かなり痩せているであろうことは伺えた。
当然油断はしていない。星人は姿を変えることもある。ただの年寄りだと思って行けば、とんでもない化物を相手する羽目になるかもしれない。
だが、シロナは少しだけ安心していた。夢に何度も出てくる、女の顔ではないからだ。今回もまた、百点が来ないのだろうか。それでも手強いことには違いない。気を引き締めてから、手の先が消え始めている男へと向き直った。
岡は最初彼女の方を見ていなかったが、やがて目を向けてくる。
「なんや」
「そろそろ、危ないかもしれない。貴方も、単独行動は控えて」
「心配してくれるんか? 頭でも打ったか」
「足元すくわれて、死ぬわよ?」
消えていく最後まで、頷くことはなかった。今までずっと一人で乗り越えてきたという自負が、表れている。シロナも過剰に心配しているわけではなかった。ただ、夢が語りかけてくるのだ。岡の生首を、何度見たことだろう。将来、そのような危機的な場面がやってくる。それを防ぐためにも、彼の意識改革は必要だった。
ポケモン達を見る。
ガブリアス達もまた、ガンツに囚われた。彼らはもう、ボールに戻ることはできない。ここへの転送もシロナと同じように行われた。だが、再生が間違いだったとは思わない。こうして、共に戦うことができる。ようやく、全てが揃った気がしていた。
ルカリオが、顔を動かす。 そして、怪訝そうに鳴いた。
同時にシロナも、異変を感じていた。もう彼女達以外は全員、この部屋から消えている。なのに、未だ彼女の転送は始まっていなかった。
組んでいた腕を解いて、振り返る。
答えを求めるようにして、ガンツを見た。
既に、タイマーが進んでいる。一時間半の制限。それを過ぎれば、戦いは強制的に終了となる。
だが、その数字が徐々に薄まってきていた。シロナが数度瞬きをする間に、表示が消えていく。残り時間を示していたはずの画面が、移り変わっていった。
ノイズが、混ざり始める。
先ほどの星人の画像が表れた。
『ぬらぁぁぁぁぁりひょぉおぉぉぉぉぉん
とくチょう
だれも、かテ
ない
じヒ
ぶか
い
えいえんに
おワら
なイ 』
音声もまた、かすれていた。平坦な調子がより不気味さを増大させる。最後の方になると、もはやほとんど途切れ途切れで、意味が聞き取れなかった。
だが、異常が起きていることくらいはわかる。ガンツの表示はもはや、ばらばらになっていた。星人の画像が割れていき、球体の隅へと散らばっていく。まるで意思を持った生き物のように、ぐるぐると回り始めた。
シロナはあまりの事態に、一歩後ずさる。逃げなければという、根拠のない意思が大きくなってきていた。どうしてそんなことをしなくてはならないのか。ガンツは、確かに信用できない。だが今起きていることは決して、その悪戯ではないような気がしていた。
「ただの児戯ぞ」
それは、明らかに電子音ではなかった。
開閉している球体の横部分から、手が伸びていく。
「構えずともよい」
老人のような声。
出てきたのは、全身がつるつるになった、人間だった。ガンツの内部から伸びている管を取り外し始める。
初めて見るわけではなかった。ガンツの球体には、核がある。中に人間のようなものが収まっているのだ。それは普段眠るように目をつぶっていて、誰かがつついても全く反応を示さなかった。
なぜ、そんな存在が急に出てきて、話しかけているのか。
シロナはやがて理解する。戦慄する。
自分は結局、都合の良い苦難しか想定していなかったのだと。認識の甘さは、初めから少しも、改められていなかった。
相手の頭から、急に血が噴き出した。大きな穴が、開いている。だが想定される中身は漏れ出してこなかった。脳味噌の代わりに、手が出てくる。骨ばった皺だらけの手だった。
小人のようだった。ガンツの内部にいた存在を裂きながら出てきたそれは、ちょこんと球体の上に乗った。その間、シロナ達は少しも動くことができない。目だけでルカリオを伺い、彼が異常なほどの汗を流していることに気がついた。
相手は、徐々に変化していく。体全体が伸び始めて、シロナよりも少し高い程度の慎重になった。顔からは、豊かな白髭が生えていく。口元を覆いながら、数センチほど顎の下まで伸びきった。
「歓迎しよう」
その見た目は、先ほど表示されていた星人と全く同じだった。細長い体は押せばすぐに折れてしまいそうなのに、抵抗しようと思う気持ちが全く湧いてこない。
ぬらりひょんは、腕を動かした。
同時に、シロナ達の足の先が消え始める。転送が始まったのだ。まるで、狙いすましたかのようなタイミング。
「先兵よ」
ガンツが、乗っ取られた。
その事実の重さを実感する前に、目の前の光景が移り変わっていった。
考える暇など、与えてくれないらしい。
もしかすれば、最初に気付けたかもしれない。周りに広がっている街並みには、見覚えがあることに。バイトへ向かう途中にある大通りが、すぐそばに見えていた。
だがシロナは、聞く。
笑い声、のようなものを。
発している何かを、探すまでもなかった。
既に周囲にたくさんの影が、蠢いているからだ。それらは何一つとして同じ姿をしていなかった。共通しているのは、異形であるということだけ。人間の一部の特徴を持っていたとしても、他の部分が化物じみていた。
少し離れた場所で、人が貪られている。大きな口を持つ一つ目の怪物が、男女を同時にかみ砕いていた。他の所で繰り広げられている光景にも、大差はない。人々は逃げまどい、捕らわれ、暴虐にさらされていた。
囲んできている個体達は、シロナへと歓迎の鳴き声を上げた。待ちに待った獲物が、ようやくやって来たと言わんばかりに。
既に転送されているはずのメンバーは、いない。そこで確信した。シロナは、ガンツによってではなく、あの星人に転送されたのだ。そこには容赦のない殺意と、好奇心があった。どれくらい彼女は戦えるのかと。
シロナは受容した。
今までのガンツにおける経験が、少しは役立っている。どんな未知の状況に追い込まれようと、問題が将来的に立ちはだかろうと、まずは目の前ののことに対応するのが一番大事だと理解していた。
既に、ボールは投げられている。
恐れが、和らいでいく心地がした。
孤立したとは思わない。なぜなら、この通り。
シロナの周りに七匹のポケモンが並んだ。全員が、一瞬だけ彼女を見てくる。そこには怯えなどなかった。自らの主人に対する、信頼だけが伝わってきた。
化物の一体が、飛びかかっていく。それを合図にして続々と襲い掛かってきた。
シロナは刃を伸ばす。ガンツソードと呼ばれているそれを、右手に構える。
Xガンを、左に持った。
最初の一声には、もう震えなどなかった。
「はどうだん、シャドーボール」
トゲキッスとルカリオが、飛んでくる化物を撃ち落とした。貫通した二つの青白い光球は、他の個体も巻き込んでいく。取りこぼした敵は、ロズレイドから放たれた暗い色の光弾が処理した。
「あくのはどう」
ミカルゲが大きく鳴く。その体から、円状に衝撃が広がっていく。既にシロナは飛んでいた。他のポケモン達も巻き込まれないよう。位置を調節している。
それで、周囲の敵はほとんど押しのけられていった。転がり、隙のできた個体へと次々にXガンを使っていく。上下のトリガーを引く時は、タイミングをずらす。教えてもらったコツを、しっかりと実践した。
怯まない個体もいた。やや大きなな体を持つ異形が、突進してくる。
「れいとうビーム」
トリトドンとミロカロスが、同時に吐き出した。生じた氷によって、相手は足止めされる。そこへ向かって、ガブリアスが急速に接近していた。
「ギガインパクト」
その殴打は、強烈な衝撃をもたらした。食らった個体は、声すら上げることもできずに爆散していく。その飛び散った肉片と血が頬を思いっきり濡らしたが、シロナは何も怯むことはなかった。
相手の密度が、少し増していく。どうやら騒ぎを見て、少し離れていた怪物達も集まり始めたようだ。
だからシロナは、右手に力を込める。柄のボタンを押した。
「伸ばすわ」
その一言だけで、ポケモン達は理解したようだった。シロナが振るうのに合わせて、飛んだり、伏せたりする。
生身の体だったならば、おそらく重くて使い物にならないだろう。ましてや片手で振り回すことなどできなかったに違いない。肩が外れる。
だが今のシロナにとっては、容易いことだった。ガンツソードの刃が常識よりもはるかに長くなっていき、多くの体を斬り裂いていく。
同時に、空を飛んだガブリアスとトゲキッスが、それぞれ避けた個体に対応していた。かえんほうしゃとでんげきはによって、破壊されていく。戦場に、様々な色が付いていく。
あえて、近づいてこない敵がいるのにも気が付いていた。それらは口を開けると、中から妙な色の液体を吐き出していく。それに当たれば、どうなるか。想像するまでもなかった。
「サイコキネシス、ミラーコート!」
ミカルゲとルカリオが、念じ始める。
不可視の力によって、酸の液体が拾い上げられた。シロナへと向かうはずだったそれは大きく軌道を変え、横の怪物たちにかかっていく。先ほどとは違う、苦しみの叫びが上がった。
別の方向では、ミロカロスのカウンターによって液体の方向が反転していた。飛ばしてきた個体にふりかかり、呆気なく溶かしていく。
シロナは腕を振るってる中くらいの化物の懐へと飛び込んで、その顎を蹴り上げた。相手が怯むのに合わせて、牙が揃う口の中へと両手を入れる。全力で横に押し広げる。ガンツスーツが、駆動していく。筋肉のような盛り上がりをして、シロナの膂力を増強した。
顔面を散々に破壊された個体が、後ろに倒れる。本当に倒したのかどうかを確かめもせず、彼女はポケモン達と共に進んだ。指示を出しながら、己の武器も利用した。
妙な感動があった。
同じ、なのだと思う。
ボールによって出されて、戦う。
自分がモンスターボールを投げて、ポケモン達を出して戦わせるのも。ガンツが、黒いボールがシロナを転送し、戦わせるのも、結局は同じことなのだと思い始めていた。どちらが責められるべきなのか、論じる必要はない。どちらも、良くないことだからだ。
今までの自分は、意識もしていなかった。ポケモン同士を戦わせる。バトル。その頂点、チャンピオンに君臨するということ。その価値が、一体どれほどのものなのか。
きっと、少しも、誇れることではなかったのだと思う。たとえポケモン達がそう望んでいたとしても、ひんしになるまで戦わせる。自分の勝利のために、使う。それはガンツがしていることと、どれだけの違いがあるのだろう。こうして並べて考えると、無視はできない。事実から、逃れることなどできない。
だが、自分は新たな境地に達したと思っている。
アイコンタクトとハンドサインで、わざを使うのが誰なのか、指定する。わざわざ、名前を呼ぶまでもない。こんな所にまで、トレーナー同士のバトルにおけるルールを持ちださなくてもいいのだ。一対一の戦いでも、二対二の戦いでもない。少しでも、無駄をなくす。より多くの意識を、自分の事へ割けるようにする。
ポケモントレーナーなどという枠組みに、収まっていいはずないと考えていた。シロナにとっては、もうこれがあるべき姿だった。小さな頃から、時折夢見ていたこと。自分の代わりに傷つくポケモン達を見て、考えたこと。
一緒に戦えている。指示を出すだけの役割ではなく、直接協力して乗り越える。その一体感は、今まで感じたことがないほど強烈なものだった。そして二度とその誘惑からは離れられないのだと悟る。この世界に来てから、とんでもないものを知ってしまった。
疲労は、なかった。
それほど動いたとは思えないのに、なぜか静かになっている。遅れて、周りを全滅させたのだと気がついた。
ポケモン達には、怪我はない。かなりの量を倒したというのに、反撃をほとんど貰わなかったのだと、鳥肌が立つような思いで理解した。
民間人で、生き残りはいない。動ける者は既に逃げているのだろう。彼らを追いかけて保護するよりも、一刻も早く星人達を全滅させる方が確実だと考えていた。
シロナは休むことなく、移動する。鼓動が聞こえるほど大きくなっているのに、不思議と視界は明瞭だった。理想的な緊張状態に身を置けている。
そして、悲鳴を聞く。その方向へ視線を向ければ、かなり大きな個体が立ち上がっているのが見えた。
「田を返せええええっ!」
全身に、筋組織が透けていた。その気色悪さと大きさを覗けば、人間と大差ない形をしている。だが、容赦をしてはいけない相手なのはわかっていた。
その口に、子供が咥えられている。泣きじゃくりながら、食べられようとしていた。
「ドラゴンダイブ!」
シロナの叫びと共に、ガブリアスが急降下する。もはや一個の砲弾と化したポケモンは、その化物の頭へと突っ込んだ。鼻から上のほとんどを削り取っていき、回転しながら着地をする。
そして彼女もまた、走っていた。子供が、降ってくる。その地点を予測して滑り込んだ。スーツの力が作用し、完璧にキャッチする。
「きんにくらいだー……?」
少年は、泣き晴らした目で見上げてくる。
「大丈夫?」
シロナの姿を認識すると、首を傾げた。そして、何かを確信したように口を大きく開ける。先ほどまでの怯えとは打って変わり、嬉しそうな表情になりつつあった。
「ぴんくれんじゃーだ! すごい!」
「え…」
驚いたのは、そのよくわからない名前で呼ばれたことではなかった。さきほどまでは必死になっていて気がつかなかったこと。その子供の服装は、見覚えのあるものだった。
シロナと全く同じスーツを、身に着けていた。
「タケシ!」
足音が、急速に近づいてくる。
彼女は顔を上げる。
向かってくる大柄な男を認識する。彼もまた、黒スーツを着ていた。