シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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 ここから、書きたい場面しかないです。楽しい。


16.100点のヤツ……?

 駆け寄ると、少年の肩に触れた。

 

「お前、何しとうと」

 

 相手の男は、シロナを見るとすぐにその瞳を猜疑心で染めていた。すぐにタケシという少年を彼女から離そうとする。

 不可解なのは、シロナ自身も同じだった。彼らはどちらも、新しく加わったチームのメンバーではない。初めて見る顔だった。異常が起こっている。これまでとは違う何かが、進行している。

 ルカリオが、シロナの前に立った。睨んでくる男に対して一鳴きする。それと同時に、男の方も構えた。

 

「星人か?」

 

 その可能性を、シロナも今まで考慮していなかった。あのぬらりひょんがしでかしたことを考えると、ガンツのチームに化けて紛れ込むことも可能かもしれない。そして、内部から破滅させるのだ。

 周りのポケモン達も、集まってくる。少年以外の皆が、張り詰めた雰囲気になっていた。お互いの存在を疑い、危険が及ぶのではないかと考える。

 だが、均衡が崩れることはなかった。

 

「おい、いたぞ」

「じゃああれ、あいつ一人でやったんか」

「点取り損ねたわ」

「シロナー」

 

 一番先を、杏が走っている。それに室谷達も続いてきていた。彼らは、まだまともな戦闘をしていないらしい。転がっている死骸を武器でいじりながら、どかしていた。

 男は構えを解き、呆然と立っている。少年の方は好奇心しかないようだったが、それは子供ゆえの無邪気さだった。

 室谷が、目を見開く。

 

「なんや、お前ら」

 

 シロナもまた、状況の整理をつける必要があると考えていた。

 この場に、黒スーツの大集団ができあがることになるのだ。

 男が走ってきた方向から、様々な人間が歩いてくる。中年をとっくに過ぎた穏やかそうな男性もいれば、まだ学生らしき若いのもいる。一番前にいる男もまた、シロナよりは若そうだった。かなりの高身長で、オールバックの黒髪が印象的だ。

 シロナを間にして、両方の集団が向かい合った。

 

「あ…」

 

 オールバックが、間抜けな声を出す。

 ジョージと桑原も疑問を声に出した。

 

「なんやねん、こいつら」

「なんでスーツ着とんねん」

 

 シロナも、確認する。見た所、偽物ではない。特徴は完全に自分達の装備と一致している。握っている武器もまた、Xガンなのは確かだった。

 オールバックが、口を中途半端に開ける。

 

「どう、なってんだ?」

 

 あちら側にいる、サングラスをした黒子の男も頭をかいている。

 

「おいおい~~なんだよこりゃ」

「何?」

 

 最後に疑問を発したのは、高校生くらいの女性だ。かなりの美貌を誇っている。シロナはどこかで見たことがある気がしたが、それを思い出す余裕も今はなかった。

 ジョージが煙草を口から外す。

 

「東京弁やな?」

 

 強烈に、思い出されるものがあった。

 湧いてくる衝撃を処理するのが精一杯で、話に参加できない。東京。シロナにとっては、全くの無関係でもなかった。むしろ、大きく関わってくる。

 

「こいつらが、星人かもだぜ…」

「あぁ?」

 

 黒子の一言で、室谷が目を吊り上げる。

 

「そうか!」

「星人?」

「星人って、マジかよ」

「じゃあ、この変な生き物達も…」

 

 あちら側で、勝手に話が進んでいく。それを黙って見ていられるほど、こちら側のチームも大人しくはなかった。

 桑原が鋭い目つきになって、叫ぶ。 

 

「ざけんな! お前らが星人やろ!」

「こいつらが星人や、構えろ」

 

 ジョージが黙って、Xガンを動かす。

 このまま放っておけば、混乱が一気に増していくことは確かだった。シロナには、既に状況がほとんど理解できていた。武器を向け合うなど、無意味だ。しかも、殺し合いが始まりそうな雰囲気まで高まってきている。

 

「バウアアアアア!!」

 

 シロナが声を発する前に、そばにいたカブリアスが吠えた。正確に、主人の意図を理解してくれていたようだ。

 その声に圧されて、全員の言葉が途切れた。ほとんどの視線が、シロナ達へと向かってくる。それらを正面から受けて、彼女ははっきりと言った。

 

「落ち着いて」

「おい――」

 

 まだ何かを言おうとした室谷に、大量の水がかかる。それで咳き込んだ彼は、真下にいるトリトドンを睨みつけた。

 それを横目に、シロナはオールバック達の方へと向き直る。

 

「貴方達、東京から来たの?」

「え?」

 

 シロナというよりは、隣のガブリアスを呆然と眺めてから、答えてくる。

 

「そう、そうだ。あんた達は…」

「私達は、大阪で戦っている。ここは、道頓堀よ。どうして、ここに来たの?」

「いや、それがわからないんだ。ぬらりひょんだかを倒せとか言われて、転送されたらここで……」

「こちら側も同じ。つまり貴方達のチームと、合同になるということ? ガンツは、他に何か言っていなかった?」

「別に」

「待てよ」

 

 髪を横に流した男が、遮ってくる。未だ疑いが解けていない様子だった。彼は静かにしているポケモン達を指差す。

 

「あん、あんたの周りにいるそれは、なんだ? 星人、だろ。なんで襲ってこない。怪しいぞ。やっぱり、お前も星人だろ!」

「稲葉の、言う通りかもしれない」

「ちがうよ」

 

 大柄な男に寄りかかっていた少年が、ここで初めて発言をした。大きな手を握りながら、シロナに近づいてくる。彼女の腕に掴まると、嬉し気に持ち上げた。

 

「ぴんくれんじゃーだよ。たすけてくれた」

 

 そこで、全員が沈黙した。

 少年の一言で、どこか締まらない空気になる。シロナは無言で大男と目を合わせる。彼の方は少年を見下ろしてから、シロナの瞳を観察した。だがやがて落ち着かなげに顔を逸らしていく。

 

「おい、待て待てっ!」

 

 突然、桑原が素っ頓狂な叫びをあげた。驚異的な事実に今気がついたという様子だ。その視線は熱に浮かされたかのように、あちらの女子高生に向けられている。

 

「ちょい待ちぃや! あれ、レイカやん」

「ほんまに?」

「テレビに出とる、あの?」

「うわ~、俺むっちゃファンやねん」

 

 さっと武器を下ろして、桑原は歩いていく。シロナを悠々と通り過ぎ、レイカの前に立った。彼にしては珍しい、少し照れるような様子で、手を差し出す。相手の方は、きょとんとしてそれを眺めていた。

 

「握手して……ください。あ、ついでに連絡先も」

 

 光景は、目まぐるしく変わる。

 桑原は言い切る前に、華麗に後ろへと宙返りをしていた。たとえガンツスーツを着ていたとしても、万人にはできない芸当だ。

 

「フォオオ!」

 

 ミロカロスの氷をかわした彼は、腕を組みながら大げさに首を傾げた。

 

「あらら? それはなんや? どういう? 嫉妬ってことでええんか」

「フウウッ!」

「可愛いやっちゃな。安心せいや。お前が一番先や」

 

 さらに転がりながら水を避けていく。ミロカロス側としてはこれ以上被害者を増やしたくない思いでいたのだろうが、結局相手は全て都合よく受け取ったようだった。シロナは陰ながら当たるように応援していた。

 まだ圧倒されている様子の東京チームへと、向き直る。

 

「とにかく、これだけ人がいるのならありがたいわ。協力しましょう。今回の相手は多分……」

「おいシロナ、何ほざいてんねん」

 

 ジョージが前に出てくる。彼女の肩を掴むと、勝手に下がらせた。オールバックに向けて、鋭い視線を投げる。

 

「お前らはええ。観光でもしとけや。出しゃばんな」

「ちょっと、」

「お前も散々点を稼いだみたいだから、下がっとけ。ええか、ここは俺らの街や。勝手に入ってきて、取り分を奪うなんて真似はなしやで。星人は全部、俺らが倒す」

 

 さらに続けようとしたが、ジョージは妙な顔になる。それから口の端を震わせて、自身の頭の上に乗っかっている存在に怒鳴り散らした。

 ロズレイドは涼しい顔で花を揺らしている。

 

「いい加減にせえ! 乗るなって、いつになったら理解するんや? お前、ほんまに来週憶えとけよ。はっ、そのいけすかない自信がぼろぼろになるのが楽しみやわ」

 

 言いながら捕まえようと腕を動かすが、ロズレイドは巧みにかわしていく。その動きを見て、山田と中山が笑っていた。

 シロナは素直にそういう気分にはなれない。ジョージの意見に同意しているらしい室谷達に向かって、訴えかけた。

 

「聞いて! 今回はいつもと違うの。おそらく、時間制限がない」

「あ?」

「私が最後転送される前、タイマーが消えたの。多分、星人を全て倒すまで終わらない」

「いつも通りやんけ。むしろ怠い制限がなくなってよかったわ」

「それだけじゃない」

 

 呼吸を整えようと、少し間をあける。

 

「ガンツが、乗っ取られた。中身がいつの間にかすり替わってたの。あの画像の星人に。だから、どうなるかわからない。再生も、できないかもしれない。私達は固まって動くべきだわ。力を合わせて…」

 

 そこまで言って、ようやく気がついた。室谷達の人数は、計算よりも随分と少ない。シロナは周囲を見回してから、静かに尋ねた。

 

「キョウは?」

 

 杏が、答えてくる。

 

「いつもの単独行動や。なんやはりきってたけど」

 

 彼だけではない。木村、(はら)(たいら)の三人組も部屋にいた新入り達も全員、姿がなかった。シロナは室谷と視線を合わせる。彼は平然と見返してきていた。

 何かを言おうとして、やめる。彼らに、当たり前の良心を求める方が間違っているのだろう。よくあるフィクションのように、共に戦えば改心していくわけでもない。今の状況で、無駄に言い争っていられる余裕はなかった。  

 杏は、申し訳なさげに目を伏せていた。シロナは無言で首を振る。この集団の中で、彼女がはっきりと発言できるとは思えない。求めるだけ酷というものだろう。

 

「じゃあ、こうしましょう」

 

 シロナは後ろへ下がった。東京チーム側へと、寄った。

 

「貴方達は星人を倒して。残りは全部あげるわ」

「言い方に気ぃつけろや」

「私は、この人達と一緒に民間人を助ける。そっちの邪魔はしない。いい?」

 

 室谷は可笑しそうに顔を歪める。

 

「やっぱ、とち狂ったガイジンやな。勝手にせえ」

「ありがとう」

 

 強めに言ってから、オールバック達の方を向く。彼らは進む話にやっとのことでついてきているといった感じだった。ポケモンのことも知らない。だが、できている溝はこれから埋めていけばよかった。この世界に来たばかりのシロナも、状況にまるでついていけていなかった。

 だが、反応は相変わらず悪い。

 レイカが、遠慮がちに言ってきた。

 

「ごめん、なさい。貴方の申し出は素晴らしいと思う。けど、こっちも余裕がないの。自分達の命を守るので精一杯。だから、協力はできない」

 

 ほとんどの者達が、反論してこようとしなかった。東京側も、その意見を肯定しているらしい。確かに、彼らはどこか追い詰められているような感じもした。こちらとは違い、子供もいる。慎重になるのは当然だろう。

 そして一人一人を見た時、あることに気がついた。

 

「ねえ、」

 

 嫌な予感がしたが、それが当たってくれないことを祈った。

 シロナは、思い返しながら言う。

 

「貴方達のチームに、くろのって人、いた?」

「ケイちゃんを知ってるのか?」

 

 オールバックが、詰め寄ってくる。思いがけないことを聞いたかのような様子だった。

 

「彼の姿が、見えないけど…」

 

 彼らの反応を見て、少しの間目をつぶった。

 少なくとも。

 シロナは己の虚しさをごまかそうとする。

 彼は、成し遂げた。全滅するはずだったチームを、ここまでの人数になるまで立て直した。相当頑張ったのだろう。くろのがどれだけの働きをしたかは、東京チームの悲しそうな様子を見ればわかる。

 

「ケイちゃんは、死んだ。俺を生き返らせてくれたんだけど、ミッション外で…」

 

 これが、貴方達のくれたものなの?

 仕組んだと考えられるディアルガとパルキアに向かって、届くはずのない疑問を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 ポケモン達に向かって、指示を出す。

 

「まだ、逃げ遅れている人がいるかもしれない。見つけたら、なるべく助けて。でも最優先は自分自身の安全よ。危なくなったら、躊躇わず逃げて」

 

 頷いた彼らに向かって、シロナは少しの間視線を向ける。それから、まるでいつも通りの狩りだと言いたげに、軽く歩いていく室谷達を見た。

 鼻を鳴らす。彼らがこちらの言うことを聞かないつもりなら、責める道理もないだろう。シロナは決めていた。こっちが勝手に協力すればいいだけの話だ。

 

「皆を、守って。助けてあげて。お願い」

 

 最初に、トゲキッスが飛び立った。彼の腰には、三つのモンスターボールが付けられている。シロナにとってはもうほとんど用をなさないが、荷物にはなってしまう。とりあえずどこか安全な場所に置いておくように指示をした。さすがに廃棄するわけにもいかない。

 そばに残ったガブリアスに頷いてみせてから、移動を開始した。

 

「それは、一体何なんだ?」

 

 加藤、と名乗ったオールバックが尋ねてくる。彼だけは、シロナの考えにはっきりと賛同してくれた。かなり、新鮮だ。こっちに来てから出会う男はだいたい、見返りなしに誰かを助けようとはしていなかった。

 

「ポケモン。説明は、難しい」

「姉さんな、異世界から来たんや」

 

 杏が早足になりながら前へと出る。彼女も、シロナに付いてきてくれていた。だが、何となくわかる。杏には何か別の目的があるようだ。

 加藤が思わずといった形で立ち止まる。

 

「何だって?」

「すごいやろー。それなのにな、うちらのこと助けてくれるねん。そっちとは大違いや」

 

 杏が得意げに胸を張ると、加藤は怪訝な顔つきになった。

 

「どういう意味だ?」

「普通、ありえへんもん。見知らぬ人を助けるなんて。姉さんみたいな人がそうそういるはずがない。あんた、あれやろ。ギゼンシャ!」

「な…」

 

 とりあえずは、杏の案内で進んでいる。どうやら彼女は、途中で民間人がどこかへ隠れるのを目撃したらしい。まずそこから見回りを始めることになった。

 

「なんだよそれ」

「とぼけるあたりもたち悪いなあ。星人みたいや。ギゼンシャ星人」

「ち、違う」

「すぐに化けの皮はがれるやろなー。見ててあげるか。面白そうやし」

「勝手にしろ」

 

 加藤が早足になって、一番前へと位置を変える。反対に杏はその姿を見ながら、シロナの方まで下がってきた。 

 シロナとカブリアスに視線にさらされた彼女は、顔を押さえる。

 

「な、なんや?」

「アンズ…」

「その目は、なんやねん」

「アンズって、可愛いわね」

「…」

 

 彼女が並々ならぬ関心をあの男に抱いているのは確かだった。シロナの言葉にしばらく顔を赤くした後、ぼそぼそ言ってくる。

 

「なんか、格好良くない? むっちゃ好み」

「そうやね」

「こういうの初めてやわ。一目でまさか…、ん?」

 

 シロナもまた、口を押さえた。

 一転して、杏は余裕を取り戻している、にやにやしながら耳に手を当てた。

 

「姉さんも、可愛いなあ」

「…だって、貴方達の話し方、特徴的だもの。これだけ一緒にいたら、うつる」

「あはは」

 

 笑ってから、はっとしてこちらを向いてくる。

 

「あ、姉さん、約束やかんね。横取りは…」

「はいはい」

 

 また小走りになって加藤へと向かっていくその姿に、さすがにシロナも微笑ましい気分になった。彼女もまた新しい道を開こうとしている。その手助けなら、いくらでもしようと考えていた。

 だが、その笑みはすぐに消えていく。カブリアスの腹に少しだけ触れてから、徐々に大きくなってくる鼓動を落ち着けようとした。

 今回は、何かが違う。初めからそうだった。異常だった。

 岡は、言っていた。

 ガンツには、意図がある。倒せそうな相手に、倒せそうなチームを割り当てる。

 ならば、今回はどうなのだろう。シロナ達のチームだけではなく、東京からも人員が集められた。つまりそうでもしなければ乗り越えられないと、ガンツ側も判断したということ。

 今まで戦った星人を、思い返す。それらも強敵だった。油断などできなかった。必ず、犠牲が出ていた。それでも大阪チームだけで何とかなっていたのだ。

 一体、どれほどの。

 シロナは悪寒を感じて、早足で進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

「そこや。エンターキー。なんや、メガネのくせに疎いやん」

 

 よく考えれば相手は年下なのではないかと、メガネは思っていた。

 だが、感謝をすべき部分もある。

 部屋からさらにどこか外へと飛ばされて、戸惑っている時だった。道頓堀という馴染みのある場所に出たことで、気が抜けたのだろう。帰ろうとし始める者達も出始めた。

 それでも、残っている男達がいた。初めから黒い衣装をまとっていた者達、彼らはすぐに移動を始めたが、メガネとその友人は残っていた。どうするべきか、何となく話し合っていた。

 しかし、襲撃に遭う。牛の頭を持った巨大な生物が、突如として橋から上がってきたのだ。咆哮を上げると、何かを放出し始めた。彼らはすぐに逃げ出したが、完全に無事でいられたわけではない。

 バイクの揺れで、吐き気がやってくるような気がする。隣で友人の頭が吹き飛び、そこから大量の蜘蛛が溢れてきた時は、本当にこの世の終わりだと思った。それからどのように逃げ、隠れたのかは憶えていない。そしてまた襲われそうになったところで、助けが入ったのだ。

 キョウ、という名前らしい。

 彼はかなり慣れている様子だった。こういうことは前から続いている。ベテランメンバーの中でも一目置かれているのだと、彼は堂々と言っていた。

 

「何点や?」

「え、えっと」

 

 京に渡された銃のようなものを、歩いている小型の生物に向ける。そしてそれとつながっているパソコンのキーを押して、読み込みが入った。

 一瞬で終わる。

 

「一点です…」

「そんなもんか」

「あ、あの」

「あん?」

 

 声色にしては柔らかい表情だった。どこか常に余裕がある。やる気にも溢れているようだ。ただ恐怖で流されているだけの自分とは、確かに大違いだった。 

 

「このまま、追いかけるんですか?」

「お前、インテリっぽいくせに脳足りんやな」

「えっと…」

 

 息を吐き出してから、相手は続ける。

 

「あれ尾行したら、もっと大物が釣れるかもしれないやろ、今回の奴らの拠点に行ける可能性だってある」

「そっちは、なんで、そんなに頑張れるんですか?」

「そりゃあ、点取るためや。百点取って、見返すんや」

「…え? なにを?」

 

 京は口を曲げた。

 

「黙れや。集中できん」

 

 やや理不尽な思いがした。

 そのあとすぐに、京は自分の言葉を忘れたかのように話を再開させる。どうやら、このわけのわからないゲームには、ゴールが設けられているらしい。合計百点を取ると、メニューを選べる。解放だったり、強い武器だったり。中には、死んだ人を生き返らせるなんてものもあるらしい。彼からしたら、馬鹿の取る選択肢なのだという。

 その説明を聞いていて、メガネは自分の考えを訂正した。この京という男は、別に落ち着いているわけではない。実はむしろ、浮足立っている。何を期待しているのかは知らないが、どうか自分の方に災難が降りかからないよう、祈った。

 やがて、異臭が強くなってきた。

 道頓堀の、川に近づいている。

 

「におってきたなあ」

 

 京はその時点でバイクを止めた。メガネも鼻を押さえる。肉が腐ったような臭いだ。こんなのが充満しているなんて、明らかに異常だった。まるで別世界に来てしまったかのようだ。

 小型の異形が、橋の下へと降りていく。水を辿っていきながら、下の広場へと到達した。それにずっと尾行をしていた彼らは、橋の上で伏せた。

 

「うわ…」

「おいおいおい~」

 

 京もまた、少し緊張しているようだった。

 川に面している広場、そして船着き場。

 そのほとんどが、埋められている。人型の化物だけではなく、想像できるあらゆる怪物がひしめいていた。膨大な数だ。あれを全部倒さなければならないのかと、暗澹たる気持ちになる。

 

「おい、貸せ」

 

 メガネが持っていたパソコンと銃を、京がもぎ取る。どうやら彼はここでも点数を確かめるようだった。

 そして、銃の方を強引に渡してくる。

 

「俺の言う方に、向けろ」

 

 どの個体の点を見たいのか、何となくメガネはわかっていた。

 なぜなら、それらだけが明らかに異質だからだ。生まれてこの方まともな戦いなどしたこともない彼でも、わかる。あれは別格だと。

 広場の奥、設置されている漁師用の建物の屋根に、複数体の異形が立っていた。

 

「まずは、あれや」

 

 京が指差したのは、犬のような顔つきをした相手だ。メガネは最近習っていた歴史で、見覚えがあった。まるで平安時代の人のような服装をしている。白い衣装と、黒い帽子。黒髪が左右に降ろされている。

 最も印象的だったのが、顔の部分だ。犬らしいつぶらな瞳。右目はまさにそうだ。だが、左の方は隠されていた。包帯のようなものが巻かれている。怪我をしているのも考えられるが、何となくそうではない気がした。

 銃を向ける。メガネも気になって、パソコンをのぞき込んだ。

 読み込みが長い。それだけで何かが違うとわかった。

 京は、息を呑む。

 

 85Point

 

「こいつが、ボスかぁ…」

「高いん、ですか」

「百点満点やからな。にしてもこれは、レアや」

「へえ…」

 

 確かに、と法衣の犬を見る。かなり、手ごわそうだ。あれを倒しただけで、クリア目前まで進めることができる。できれば自分が、という思いもあったが、その姿を見ているうちにそんな気もなくなっていった。勝てる気がしない。

 

「ま、まだ、いますけど」

「一応、確かめるか」

 

 次の対象は、犬の前に座っている鬼だった。

 騒いでいる異形達の前で、巨大な杯を傾けている。その赤ら顔はあまり脅威を感じないが、額から伸びっている一本の長い角が、油断できない怪物だと如実に示している。四本生えている腕もまた、一撃で自分の体を丸ごと潰せそうなほどの筋肉を付けていた。

 

「ひ…」

 

 悲鳴を上げかける。

 その鬼が飲んでいるのは、酒ではなかった。血だ。人間のあらゆる部位の体が大量に浸されていて、それごと口に入れている。一気に喉へと流し込んでいく。下っ端たちが大いにはやし立てていた。そこだけを見るなら、楽しそうな集まりだとも言える。

 何とか唾を飲み込んで、メガネは銃を向けた。

 

 86Point

 

 自分の眼鏡が、ずれそうになった。

 

「あ、れ…」

 

 京は無言のままだ。

 

「あの、高く、なってますけど」

「そういう、パターンもあんねや」

「今回って、どうなんですか? 難しい方だったり?」

「黙っとけ」

 

 仕草だけで、次を示す。

 段々とメガネも、わかってきていた。

 犬の隣に立っている対象。

 一言で言うなら天狗のようだ。背中から翼を生やし、高い鼻を持っている。首から大きな数珠を下げていて、信心深そうだった。だがこの集団の中に置いてしまうと、ただの飾りなのではないかと思えてくる。

 ちぐはぐなのは、その手に持っている巨大な棍棒だった。金属製らしき見た目をしている。普通、鬼の方が持つべき武器だった。天狗は違うのではないかと、首を傾げながら向ける。

 そして、血の気が引いた。

 

 88Point

 

 口を押さえる。緊張で、吐いてしまいそうだった。

 

「もっと、高く…」

 

 京の方も額から汗を流し始めている。彼にとっても予想外なのだと理解できた。ベテランでも、動揺する事態。メガネはさらに顔を青くした。

 ここまできたら、止まることなどできない。

 言われるまでもなく、残りの一体に照準を合わせる。

 一番前で、歓声に応えている個体だった。

 遠目だとよくわからないが、おそらく今まで見たことのないほどの美女だ。赤色で、刺繍の入った着物を身に着けている。彼女だけが、まともな人間の形をしていた。身長も一番低い。巨体が並ぶ中で、その普通ぶりは逆に目立っていた。

 自分達と違うのは、頭に生えている耳の部分だった。ふさふさと毛に覆われている。犬の耳とも、違う感じがした。見覚えはある。

 そして彼女から尻尾が生えてきて、ようやく狐のものであると気がついた。

 異形達がはやし立てる中で、どんどん尻尾が伸びていく。最初は一本だったが、あっという間にその数を増やしていった。

 五本。

 六本。

 それでも、止まらない。

 最終的に、九本の尻尾が彼女を彩るようにして揺れていた。その瞬間、その美貌にも磨きがかかる。まるでさらされている肌が、金色に輝いているかのようだった。

 メガネは、何となく思考する。

 今回の敵というのは、テーマがある程度統一されているのだ。

 妖怪。

 日本において三大妖怪の一つに数えられる女を認識しながら、そう納得していた。

 永遠にも感じられた読み込みが、終了する。

 

 92Point

 

「でよった…。こいつが、ラスボスや」

 

 京は長々と息を吐き出した。その言葉尻も、震えている感じがする。そしてライフルのような見た目をした武器を取り出した。

 

「そう、なんですか?」

「九十点台なんて、俺は見たことない。あれで確定やな」

「百点とかって、いないんですか?」

「俺が来る少し前に、出たらしい。大勢殺された。でもな、そうそうそんなのはでてこおへん」

 

 それ一匹を倒しただけで、即クリア。滅茶苦茶だ。そんな敵を出してしまったら、バランスが崩壊する。それを、黒幕側もわかっているのだろう。メガネは仮説を立てていた。漫画で見たことがある。これは一種のゲームで、自分達は仮想空間に閉じ込められている。そしてその様を、運営がほくそ笑みながら見物するのだ。

 ライフルを、京が構えた。その口が震えている。

 

「やるん、ですか?」

「そら、そうやろ」

「ぼ、僕達だけで…?」

「…」

 

 武器が下げられる。京は自らの両手を眺めると、思いっきり擦り合わせた。汗が飛び散っていく。大きく深呼吸してから、顔を俯かせた。

 

「正直やばい。こんなのは、初めてや。ボス級が揃いすぎてる。はっきり言って、最難関とちゃうか? 百点が出た時も、強いのはそいつ一体だけやったらしいし」

「だったら、応援を…」

「いや」

 

 顔を上げる。

 

「やる。お前も協力しろ。このスーツには、ステルス機能がある。姿を消せるんや。それを利用して、位置を悟られないように、狙撃する。二人で同時にやれば、成功率は上がる」

「うう…」

「逆に考えろ。あいつらのうち一体と、そこらの雑魚をちょっと片付ければクリアや。俺は強い武器、お前は解放を選べる。最高やろ」

 

 口をしばらく押さえてから、メガネは再び広場を伺う。本当はこうしているだけで場所がばれて、襲われるのではないかと気が気でなかった。だが、そんな気配はない。それらは、こちらに全く気が付いていないようだ。

 いけるかもしれない。

 そう思った時、変化に気がついた。

 

「ちょっ、ちょっと、待ってください」

「どうした?」

「その銃、下ろしてください。あの、あそこ…」

 

 怪物の中でも、さらに別格の存在達が立っている屋根。

 その一番上まで、九尾の女が移動していた。途端、歓声がなりやんでいく。耳に痛いほどの静寂があたりに充満した。

 女は、何かを言ったようだった。そして膝をつく。

 まるで、王に対する臣下の礼のようだった。

 見覚えがあると、メガネはぼうっと思う。

 その時は混乱していてよく覚えていなかったが、自分があの球体によって飛ばされた時にも同じものを見た。自分の体や、今はもう死んでいる友人のそれが、徐々に線によって消えていく。今考えるとそれはまさに、転送されていく過程だったのだと理解できた。

 それと全く同じ形で、人間が現れる。

 素朴な衣装だ。麻でできたような和服を着ている。その雰囲気に、老人の顔は似合っていた。長い白髭を撫でつけながら、九尾の前に立ち上がる。

 彼女達どころか、下で蠢いているどれにもあっけなく負けてしまうような貧相さだった。まるで死にかけの年寄りだ。

 だが、それに対して他の全てが明らかな畏怖と敬意を向けていることが、たとえようもなくそら恐ろしい感じがした。

 

「あの、あれも…」

「どこや?」

「あそこにいる、お爺さん? みたいなやつです。一応、確かめてみますか?」

「…ああ」

 

 再び、銃を向ける。バツ印の口を、小さな対象に向けた。

 もはや京も、パソコンにかじりついている。

 自分の呼吸がやけに大きく聞こえていた。頭の奥で、捻じれるよな痛みが大きくなりつつある。疲れているのだと、強く自覚した。朝からずっと学校があって、終わった後にこんなことに巻き込まれている。いつもよりもくたびれるのは当然だった。

 読み込みは、それなりに早く終わる。

 出た数字を見て、気が抜けた。

 

「……は?」

「あれ…?」

 

 京と同時に、疑問の声を上げる。

 こんな時なのに、思わず笑ってしまいそうだった。そういう自分を戒める。こういう結果でも、予想外なのは確かだ。見た所、小さな子供でも勝てそうな見た目をしている。それでもこれくらいの点数を得られるのなら、まさに救済処置とも言えるかもしれない。

 

「思ったよりも、低いですね」

「…」

「や、やっぱり、守られてる感じ? 一番やばいのは、あの狐ですよ。僕、知ってますもん。九尾の狐って、伝説にも出てきてて…」

「……は、…はあっ、はあ、はあ」

「でも、これも珍しいってことなんですよね? 小数も出ることあるんや。ん?」

 

 京はパソコンからはじけるようにして離れた。間抜けな形で後ろへと転がっていく。彼は呼吸を荒げながら、口を押さえた。

 

 314Point

 

「ミスやないですか? 小数点を表示し忘れてる」

「は、は、は、…ひ、ひぃ」

 

 京の動きは意外にも早かった。手に持っていたライフル型の武器を投げ捨てると、よろめきながらバイクへと戻っていく。ほとんど転がるように進んでいた。

 

「え、ちょっと」

 

 メガネは立ち上がったが、その時には既に遅かった。

 京は奇声を上げながら、円状のバイクを操作する。もはやその表情は、まともではなかった。血が通っている部分を探す方が難しい。そんな状態にあってもしっかりとハンドルを握り、標的がいる方向とは反対側へと走り出した。

 ただそれを、立って眺めていることしかできない。

 自分は、置いていかれた。

 単純な事実を呑み込むのに、十秒ほどかかった。

 

「なんで、でも。だって、小数…。百点満点じゃ。え、え…」

 

 パソコンの画面をもう一度確認する。

 そしてようやく、凍り付くような恐怖が上ってきた。

 

「さん、さんびゃくてん」

 

 京は言っていたはずだ。一番強いのは、百点の星人ではないのか。前に出た時、たくさんの犠牲が出たと言っていた。つまり最強ということなのだ。生半可な戦力では勝てない。

 だから、その三倍の数字を目にしても、実感はなかった。だが、体は理解しているようだ。震えが止まらなくなってくる。実は表示のミスなのではないかという思いが、再びわいてきた。希望を少しでもすくい上げようと、パソコンを見る。

 その画面が、真っ二つになった。

 

「あ…」

 

 上を見る。

 既に対象は、降り立っていた。

 その衝撃で、メガネは転がる。生身だったならば大怪我もしていただろうが、そこはスーツが守ってくれていた。そこだけは、あの外国人の指示を受け入れて良かった点だった。

 本当は。

 メガネは既に失禁している。

 本当は、さっさと自殺した方が良かったのではないか。そう、考える自分がいる。

 そんな萎れた人間を前に、天狗の怪物はさほど興味を示さなかった。

 どうせ、すぐに食らう命だからだ。

 

 

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