シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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17.波導の勇者とホストざむらい

 到着すると、既に戦いが始まっていた。

 どうやら、シロナ達よりも早く到着していたらしい。賑やかな三人組が、怪物の周りを走り回っていた。

 

「尻尾、尻尾がやばいでぇ!」

「あはははっ、なに捕まっとんねん」 

 

 短髪のサングラス、平が怪物の背中に埋められる。

 シロナは、Xガンを構えた。確かに、脅威だ。今平を捕らえた尻尾の動きは、彼女でも見えなかった。既にその怪物の背中の穴は、ほとんどが埋まっている。意識を失っている民間人がほとんどだった。

 

「私達が、あれを引き付ける。カトウはあそこにいる人達を」

「わかった」

 

 怪物は、駅の構内に顔を突っ込んでいた。その舌には、老人がからめとられている。今にも食べられそうだった。だから敵の頬を狙った。

 炸裂。

 怪物は、身を引いた。仕留めたわけではない。血を流しているが、その図体故に致命傷とまでは行かないようだった。シロナと杏に、注意を向けてくる。

 杏も少し怯んだようだったが、何とか武器を向けた。しかし直後、悲鳴を上げる。

 

「アンズ!」

 

 気が付けば、彼女は捕まえられていた。他と同じように尻尾に巻き付かれ、運ばれていく。背中の穴に、顔まで埋められた。

 加藤は、ちょうど子供を小型の星人から助けた所だった。同じく呆然と怪物を見上げている。

 シロナは何とか冷静に思考をした。天井が比較的低い構内に入ることができれば、敵の動きを制限できる。その後は彼と一緒に、集中攻撃すればいいだけだった。

 風圧を、感じる。

 来ることはわかっていたので、反射的に伏せていた。

 だが、無駄に終わる。事前に避けることを読んでいたのか、元から尻尾は低い軌道で向かってきていた。そのあまりの速さで、過ちに気付けないまま、同じ道を辿る。

 

「バウ!」

 

 だが、シロナには頼もしいパートナーがいた。

 カブリアスが飛び、かわらわりで尻尾を破壊する。そしてさらに加速すると、落ちていくシロナを拾い上げながら、怪物の顔に接近した。そして、強力な殴打を叩きこむ。

 

「ぐううう」

 

 相手は呻き声を上げる。既に片方の頬や目、鼻が潰されている。穴から血を吹き出しながら、再び攻撃を仕掛けようとするカブリアスに向かって、口を開けた。

 しかし、そこへ光の縄が巻き付く。加藤がYガンを使っていた。

 転送が始まり、化物の首が消失する。それを確認して、戦闘が終わったことを理解した。

 シロナはすぐに救助を行う。遅くに埋められていた平は、平気のようだ。

 

「いやー、そういえば前、指吹き飛ばしてすまんかったな。この借りは後で返すで」

 

 かなりの危機的状況だったというのに、三人組はさっさと次へと向かって行った。まだ、この戦いを娯楽だと思い込んでいるのなら、改める必要がある。その代償が自分達の命ではないことを願った。

 他のほとんどは、駄目だった。怪物の穴は酸のようなもので満たされていたらしい。捕らわれていた民間人達の下半身は、無残に溶かされていた。それでも休むことなく、全員を引き出す。どれだけ吐きそうになっても、死体をちゃんと並べた。

 

「大丈夫か?」

 

 スーツを着ている杏は、何とか無事だったようだ。ただ、精神の方は分からない。己を救い出した加藤を見て、口を少しだけ開けている。少なくとも負の感情ではないようだと、額の汗を拭いながら思った。

 怪物が動かなくなったことで、老人夫婦と子供以外にも民間人が出てきた。隠れていたらしい。シロナ達に涙を流しながらお礼を言ってくる。

 それに、加藤が微笑んで対応してから、移動を始めた。

 彼に対して、杏は色々と質問している。

 主に、彼自身の行動原理についてだ。シロナも、感心していた。自分達は大きな力を与えられている。そこには、責任が生じるのだ。誰かを助けるという責任が。だがそれを理解し、実際に行動に出る者などほとんどいない。それをまるで当たり前のように考えている所が、良い教育を受けたのだと感じられた。

 

「両親はいない。車の事故で…」

「そっか、兄弟は?」

「弟が、一人いる。俺がバイトして、アパート借りて。そこに住んでる」

「じゃあ、死なれへんな。どっちも」

「大丈夫」

 

 シロナはガブリアスを見てから、杏に笑いかけた。

 

「アンズは私達が守る」

「姉さん…」

 

 それから杏は、加藤へと得意げに向き直った。

 

「これがうちらのリーダーや。すごいやろ」

「ああ…、そうだな。でも、まだわからないことが」

 

 続く言葉は、喧騒で止まった。 

 ちょっとした広場に出た。そして、そこは今まさに戦場になっている。

 強大な人間がいる。その尻の部分から、蛇が何匹も生えていた。それらは別々の意思を持っているようで、ジョージ達を食らおうとする。だが、彼らはZガンを構えながら、巧みに攻撃を避けていた。

 シロナは、溜息をつく。怪物の叫び声よりも、彼らの楽しげな声の方が大きい。本当に、ただの遊びのようだった。

 

「なんなんだ。やつら、どっかおかしいんじゃないか」

 

 加藤がそう言いたくなる気持ちもわかる。おそらく、東京のチームの方がよほどまともな感性をしているのだろう。シロナも、心の底から同意していた。自分が経験してきた戦いも、全て楽しむ余裕なんてなかった。

 ただ、先ほどのは少し違ったと、思い返す。転送された直後に始まった戦い。ポケモン達との完璧な共闘。あれだけは、忌避するべきものでもないという気がしていた。だがシロナはそんな自分の存在を少し恥じている。またあれを味わいたいと思うのは、危険だ。必ず足元をすくわれることになる。

 杏が、説明をしていく。大阪チームのメンバーを紹介する。間には、共に戦っているポケモンの説明も混ざっていた。だから余計、加藤は混乱している。特に飛び回っているロズレイドへと注目を向けていた。

 

「で、何を隠そうこの美女が、シロナ姉さんや。二回クリア。ノブやんとかは認めてないけど、実質うちらを仕切ってる。うちの命の恩人」

「どれくらい、やってるんだ」

「まだ三回くらいや。うちらは多分、チームの中で一番の新人やな」

「凄いな、それでもう二回百点を…。こっちは一回クリアくらいしかいないな。最大でも、多分あいつ、西っていうんだけど。二回に届きそうなくらいだ。そっちの四回クリアの記録には全然かなわない」

「あ、忘れてたわ」

 

 杏が両手を打つ。そして、高い建物達を何となく見つめていった。

 

「ノブやんが一番じゃない。岡がいる。岡八郎。八回クリア。多分、どっかで観察してる。ステルスモードで潜んでる」

 

 シロナもまた、見つけられないとわかってもその姿を探す。悪い予感は、結局拭えていなかった。できれば彼も合流して一緒に戦えれば安心なのだが、説得するだけ無駄だということも十分わかっている。

 

「岡、八郎…」

 

 加藤が圧倒されているように繰り返す。

 シロナは、ガブリアスの方を向いた。もしかしすれば、考えすぎかもしれない。だが、万が一もある。

 

「場所、わかる?」

 

 ガブリアスは自信満々に頷いた。

 

「オカを、探して。一回確認するだけでいいから」

「ウウ!」

 

 嫌がることもなく、すぐさま彼女は飛び上がった。そしてあっという間にビルの上へと消えていく。 

 ちょうど、目の前の戦闘も終わっていた。

 彼らは一休みしながら、煙草を吸っている。だが実際は違うのだとシロナは把握していた。良くない薬だ。人を破滅させる。こういう場面を見たら、京はまたはまり込んでしまうかもしれない。悪い大人に影響されてしまう。

 ジョージが噴水の端に腰かけながら、煙を吐き出す。

 

「おるなあ、今回は」

「何がや」

 

 室谷の疑問にはすぐ答えなかった。ジョイントをはたき落とそうとしてくるロズレイドに構っているせいだ。無理矢理足でどかしてから、舌打ちをする。

 

 

「百のヤツがおる。ぜってーおる」

「……おっても八十五くらいとちゃうか」

「あれ見ろ」 

 

 シロナ達も含めた全員が、遠くの看板へと注目する。

 巨大な、お酒の広告が表示されている。その一番上、ビルの屋上近くに何かが立っていた。

 女だとわかった瞬間、シロナはぞっとした。だがよくよく観察してみると、あの悪夢に出てきた相手ではない。髪の色も、細かな姿も異なっていた。

 艶やかな、金髪だ。滝のように背中へと流れている。花の刺繍が入った赤い着物が、よりそれの艶を引き立てていた。

 人間ではないことは、明らかだった。生えている獣の耳が、遠目からでも存在を主張している。そして一本のふさふさとした尻尾を揺らして、無言でシロナ達を身下ろしてきていた。

 

「そーとーやとみたわ」

「ボスか。たしかにな」

 

 桑原は首を捻って、その女の足のあたりを眺めていた。あきらかに含みのある視線。ミロカロスがすでに準備に入っているが、彼は途中で笑って抱き着こうとしていた。氷の線が走っていく。

 

「やるか?」

「いや、ええわ。まずは周りを片づけてからやな。それからじゃんけん」

 

 ジョージが笑う。

 

「今日の俺は運ええからな」

 

 シロナとしても、今回の星人は今までと次元が違うのだと予測していた。だが、あの人外らしき女が本当に百点なのかはわからない。そう思わせるだけの雰囲気はあるような気がする。

 しかし、ぬらりひょんという存在も気になっていた。何せ、ガンツのプロテクトに割り込んできたのだ、もしかすればあの女が戦闘に長けていて、ぬらりひょんの方はサポート役なのかもしれない。ガンツによって最初表示される画像の星人が、ボスとは限らないのだ。今までの経験で十分に理解していた。

 少し目を離しただけで、その存在は消えている。ジョージ達は特に気にしていないようだった。どうせ戦うことになるのだからと、追いかけようともしない。それが正解なのかは、これからわかることだ。

 再び民間人の救出に向かおうとしたところで、エンジン音が近づいてきた。普通のバイクではない。ガンツによって支給されている特殊な機種の音がした。

 いつもよりも速く、円状のバイクが走ってくる。その運転の仕方には、違和感を覚えた。京がちゃんと無事でいることにはほっとしているが、なにかがおかしい。彼は途中でバイクを乗り捨てて、よろめきながら走ってきた。

 

「ん? あいつどうしたんや?」

 

 室谷の横を、京は通り過ぎる。荒い呼吸だった。顔色も悪い。その歩む方向だけは、定まっていた。真っすぐ、シロナへと向かってきている。

 加藤が少し警戒の表情をした。

 

「誰だ?」

「ああ、うちのチームのメンバーや。花紀京。二回クリア。ヤク中だったらしいんやけど……えええっ!?」

 

 シロナの方は、声すら上げることもできなかった。

 京は目をつぶり、彼女の胸に顔をうずめている。両腕はしっかりとシロナの背中へ回され、決して離そうとはしなかった。

 

「キョウ?」

 

 とりあえず声をかけると、彼は答えの代わりに頭を揺らしてきた。ガンツスーツを押し上げている膨らみに鼻をめり込ませて、大きく呼吸していた。それまで引きつっていた表情が、段々と緩んできている。寄りかかる力も大きくなってきていた。彼女は女性の中では背の高い方とはいえ、京とそれほど差があるわけでもない。もしスーツの力がなかったら、その重さで押し倒されていただろう。

 

「わあ、面白い絵面やなあ」

 

 山田が、スマートフォンで撮影を始めている。隣でジョイントを咥えている中山も、まじまじと観察してきていた。

 加藤は、どう反応していいのかわからないという顔をしている。

 シロナもさすがに、冷静のままでいることはできなかった。とにかく京を離そうとするが、彼は鼻にかかったような声を出してから、さらにしがみついてくる。

 山田の背中にひっついているトリトドンが、鳴き始めた。

 さらに十数秒ほど静寂があってから、京は顔を離す。

 

「ふう…」

 

 揺れているシロナの目と顔を合わせた途端、慌てたように後ろへと下がった。

 

「違うねん!」

 

 既に室谷達は別の場所へと向かっている。中山と山田、杏、そしてシロナ。女性率が多くなっているこの場では、否定したくなる気持ちが湧くのも当然だった。

 

「なんでもない。お前、調子に乗るなよ」

 

 彼は自分でも、何を言っているのかよくわかっていないようだ。相変わらずその表情は優れない。自分の中にある衝動を認めたくないという思い。それだけではないようだった。

 京は何かに気がついたかのようにはっとすると、再びシロナに詰め寄ってきた。彼女の腕を強く掴んでくる。

 

「は、はよせんと。やばいんや!」

 

 シロナは彼の変わりようについていけない部分も感じながら、何とかその瞳を覗きこんだ。

 

「どうしたの?」

「逃げんと。皆、殺される。今回は駄目や。やばすぎる。時間が過ぎるまで、隠れるしかない!」

 

 彼女を、バイクの方へと引っ張っていこうとしている。どうやら、乗せるつもりらしかった。

 

「待って。どういうこと?」

「追いかけてくるかもしれん。いいから、逃げるで。お前のペットなんて、いくらいても意味ない。終わりなんや…」

「説明を、して。それにいい? 多分だけど、今回から時間制限が無くなってるの。だから、星人を全滅させないと永遠に終わらない」

 

 その時の京の顔は、印象的だった。

 整った眉を下げ、目が一杯に開かれる。濃い、絶望の表情だった。目の端から涙をこぼし始める。そのままにしながら、顔を俯かせた。

 横に少しだけよろける。それを支えようとしたシロナは、再び重さを感じた。

 京が現実から逃避するように、彼女の胸に飛び込んできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 感知しても、警戒を強めることはなかった。

 ただ少し、足を速める。このまま進めば間もなく鉢合わせるだろう。

 ルカリオは耳を立てながら、自らの周囲にも気を配っていた。道中何体かを仕留めた。民間人らしき姿はない。少なくとも、生きている状態のものは。

 本当は、別の意思があった。だが、シロナの望みに逆らうわけにもいかない。彼としても、より多くの命を救うことに異議はなかった。

 それでも、顔は浮かぶ。耳を覆い、肩にかからない程度の黒髪。丸みのある瞳。

 本当は、杏を守るべきだと思っていた。それが自分の義務だ。責任でもある。

 相手の方は、気にしていない風を装ってくれている。だが、さすがにルカリオにもわかるのだ。あまり彼女は、ルカリオだけの空間に長居はしない。表にはっきりと出さずとも、怖がられているのはわかっていた。

 それも当然だ。ルカリオには記憶がある。あのおぞましい星人に寄生されていた時、杏の胸を潰して、躊躇いなく殺した感触はしっかりと思い出せる。

 だから、償いが必要だった。今回、彼女を何が何でも守る。それくらいはしなければ、自身の主人であるシロナにも申し訳が立たない。本来は杏のそばにいたかったが、他のポケモン達を信じるべきだった。自分には、おそらく別の役割がある。

 反応は、近い。はどうを感じる。命の波動。かなり前から把握していた二つの反応は、既に目前にまで迫っていた。

 通りを、曲がる。

 相手もこちらに気がついた。

 

「おい…」

 

 黒い服を着ている。だが、シロナ達のような装備とは違っている。もっとゆとりを持たせた衣装だった。スーツであることには違いない。ガンツの方ではないものだ。

 煙草を咥えた金髪の男が、隣の女の肩を叩いた。

 

「…また?」

 

 どちらも、何も持っていない。だが戦意は十分に感じられた。それでもルカリオは構えない。

 なぜなら、同じだからだ。シロナ達人間とは、明らかに違ってはいる。普通の構造をしていない。だが頭の中に取り付けられているそれは、同じだった。ルカリオにも同じものがある。ということはつまり、仲間である可能性が高い。

 だから、腰に両手を当てた。

 

「なんだ?」

 

 男の方が、眉をひそめる。

 

「ワウ!」

 

 敵ではない、とルカリオは己を指して鳴く。

 女が金髪の男に視線を向ける。男は、じっと見つめてきていた。

 

「やんねーのか? やっと話の通じる星人が来た」

 

 星人、のことについても主人にたくさん教えられていた。倒すべき相手。脅威となる敵。だから彼は、その誤解を解こうと考えた。

 首を振る。すると相手は眉をひそめた。

 

「あんたらの上と話をしてきた。こっちとしては、ゴキブリ共を絶滅させたいだけだ」

「ウウ?」

「あ? なんだお前、あいつらの仲間じゃないのか?」

 

 ルカリオは、もっと積極的に伝えることにした。自分の頭を肉球で示す。さらに不思議そうにする相手の顔へも手を向けた。それを何回か繰り返してから、両手で小さい四角を作る。

 

「何してるの?」

 

 綺麗な長髪ストレートの女は、少し口を緩めていた。ルカリオの動作に、可笑しさを感じたらしい。あまり伝わっていないとわかった彼は、さらに忙しなく動作をした。確かにそれは、愛らしさのある動きだった。

 

「ワウ」

「共通語で話せ。何遊んでるんだ?」

「…くうん」

 

 男は目を細めてから、めんどくさそうに頭をかいた。

 

「あー、つまり? お前と俺達の頭についてか?」

 

 ふんふんと頷いてから、大げさに四角を表す。もはや腕全体を使っていた。女がくすりと笑みをこぼす。

 

「頭の中に、何かがあるってことじゃない?」

「何だよ。…あれか? お前、俺達に仕掛けられた爆弾について、知ってるのか?」

 

 大きく、頭を上下させる。

 

「お前にも、あるのか?」

 

 何度も振る。

 味方なのだと、わかってほしかった。ようやく伝わってくれたらしい。シロナの指示によれば、皆を助けろとのことだった。つまり、味方側全員をだ。自分と同じ境遇にあるのなら、それは立派な仲間だと考えていた。

 しかし、結局話し合いは失敗に終わる。

 ルカリオは少し遅れて気配を感知した。一生懸命になっていたせいで、気づくのに遅れてしまった。

 通りの奥から、二体が歩いてくる。

 

「ち…」

 

 

 男と女は、同時に手を構えた。その肌から武器が飛び出してくる。ルカリオは少しだけ感心していた。見たことのないわざだ。自分もおぼえられるだろうかと、頭の隅で考える。

 刀を構えた彼らに対して、やってきた存在は手を挙げた。

 相手も、男女で分かれているようだ。男の方は歯をむき出しにしており、かなり恐ろしい目つきをしている、瞬きをしていなかった。ルカリオがもし日本の文化に触れていれば、それが般若の面に酷似していると気づけたかもしれない。頭からは、二本の角が突き出ていた。

 女の方は、糸に近いほどの細目だった。それでも、同じく瞼を全く動かしていない。太い眉が特徴的だ。

 

「まて…」

 

 男の方の声は、ひどくかすれていた。

 

「まてまて…ヒトではないだろう……。おぬし達、ヒトではなかろう。なにがし…。それがし…。きでんら…」

 

 金髪の男は、事情を説明した。頭に爆弾が入れられて、そこから信号が発せられている。敵の信号のせいで、不幸なすれ違いが起きているのだと。

 ルカリオはその時点で、きな臭い流れを感じ取っていた。敵。ガンツによって施されたものから出ているのをそう捉えている。つまり金髪達もガンツと敵対しているということだった。この場にルカリオの味方は、一人もいないことになる。

 それを示すかのように、般若が指を向けてきた。

 

「わかった…。ともに、ゴキブリどもを駆除しよう。するのか? 我々と共に。ははははっ」

 

 全員の視線が、ルカリオに集まった。

 細目の女が、柄に手をかける。

 

「ほほほほほ。でもだめ。だめそれ。臭っ。臭い。殺せと、めいれい。あおい犬。めいれいされている」

「そうか」

 

 金髪が煙草を咥えたまま、手に力を入れた。

 

「じゃあまずは、協力してさっさと仕留めようぜ」

 

 既にルカリオは、壁に着地している。金髪が放った縦斬りを完璧にかわしていた。目を鋭くさせながら、上へと飛ぶ。

 

「うふふ。かこんで。かこむ。斬り刻む…」

 

 着地しようとしている地点に、細目の女が走り込んでいた。だが、ルカリオの方もそれは分かっている。片手を、構えた。

 はどうだんを、続けて放つ。一つは、待ち構えている女に。残りは背後を取ろうとしている般若を牽制するつもりだった。

 

「ははは。面白い。面白き…」

 

 だが二体とも、そのまま直撃してくれるほど甘くなかった。鞘から、刃を走らせる。青白い光弾が同時に斬られた。左右に分かたれた光が、消えていく。

 それでも、少しの隙を作ることができた。 

 ルカリオは顔を横に傾ける。

 頬をかすめていきながら、黒髪の女の刀が通り過ぎていく。鋭い突きだった。それは技術というより、優れた身体能力によって出されている鋭さだった。

 前へと、加速した。

 その女の顔を蹴りつける前に、ルカリオは思いっきりのけぞった。

 

「へえ…」

 

 金髪の男は煙草を横に吐き捨てた。

 追撃を加えてくる。

 おそらく。

 ルカリオは、引き伸ばされた時間の中で思考する。シロナの命令に忠実に従うのならば、ここは逃げるべき場面だ。数の差は、大きい。無傷では決して乗り越えられないだろう。だから彼女の、自分自身の命を大切にするという優先事項を考えるのなら、撤退した方がいいのだ。

 だが、こうも考えていた。このままこれらを放っておけば、後の障害となる。ガンツチームを、全て殺す趣旨の発言していた。もしかすれば、被害が拡大するかもしれないのだ。

 だから、今ここで対応する。

 杏の顔を思い浮かべながら、肉球を滑らせた。

 金髪の刀の腹。触れても刃で裂かれない場所に、ちょんと触れる。そのまま横へと押し出していき、衝撃を含ませた。

 相手は、何が起きたのかほとんどわかっていない。それもそうだろう。別に刀はスローで動いているわけではない。失敗すればそのまま斬り裂かれてしまうであろう芸当。振られている武器の刃を、手で受け流した。

 そして、はっけい。

 ルカリオは既に人体、物体の隔たりなく、その内部を直接破壊できる領域にまで達していた。しかし金髪の武器は、どうやら特別製のようだ。破壊するまでには至らない。

 それでも、生じた振動が持ち手をずらさせはした。連撃が止まる。

 もちろんここで、その隙を突くような愚は犯さなかった。

 相手をしているのは、一体だけではないのだ。

 極端に、姿勢を低くする。耳のすぐ上を、刃が通り過ぎていくのがわかった。その風圧で動揺することなどない。直接感覚するよりもはるかに前に、波動が伝わってきているからだ。万物共通の気配。それを感じ取れるのならば、不意という概念は無くなる。

 攻撃の密度が高くなりすぎる前に、ルカリオは離脱を選んだ。

 両足を伸ばしながら、回転する。左右に迫っていた般若と細目の足を払った。どうやら足の方はそれほど鍛えられていないらしい、一気に体勢が崩れる。

 立ち上がると同時に、ルカリオは両手も外側へと向けた。ほとんどタイムラグもなく、はどうだんが放出されていく。転びかけている両者へ、綺麗に当たった。

 塀へと飛ぶ寸前、脛の部分に熱を感じる。

 どうやら般若の方が、苦し紛れに二つ目の武器を抜いたようだった。主としている武器よりも刃渡りは短く、その分取り回しが軽そうだ。

 塀にかかる自分の血を見て、傷は浅いと判断した。彼らはおそらく、寄生するタイプの敵ではない。わずかな傷口からでも入り込んで、乗っ取ってくるようなあの星人とは違う。

 苦い思い出を噛みしめていると、細目の方が動いた。

 

「きゃああっ!」

 

 ルカリオは目を見開く。

 予想されていた攻撃は、来なかった。細目の女が抜いた刃は、黒髪の女の腕に到達している。あっさりと肉を断ち切って、かなりの血が流れた。

 倒れていく黒髪の女の視線。その先にいる金髪は、黙って般若達を眺めていた。

 二体とも軽やかにステップを刻みながら、鼻をつまんでいる。

 

「クサイクサイ」

「のう…。クサイのう」

 

 細目が、指を流していく。

 

「クサイ! ふふふ。ヤッパリクサイ!!」

「キデンら…、クサイぞ…。斬りとーてしょーがないわ」

 

 どうやら一番まともじゃないのは、この二体のようだった。当たり前のように裏切った彼らに対して、金髪が嘲笑う。

 その隣に、ルカリオが降り立った。

 

「ああ、そうかよ…。こっちもイカレタ奴らとは、やってらんねーな」

 

 囲むようにして、般若達は回り込む。刀を鞘に納める。

 人差し指を、見せつけるように立てた。

 

「まずは指一本!」

 

 そして刀の柄に、手をかける。

 ルカリオは、肉球を下に傾けた。

 目をつぶる。

 そうすればより、感知しやすくなるからだ。

 細目の放つ居合。

 普通の剣技よりもはるかに加速した攻撃が、ルカリオの手を狙っている。

 くん、と肉球を上に移動させた。それはまねき猫がするような、小さく控えめな動作だった。 

 小さなはどうだんが、既に細目の片足を破壊している。

 同時にその刀も、無理やり上へと軌道を逸らされていた。肉球の両面からはどうだんを放ったルカリオは、その手をそのまま前へと押し出した。

 

「ぐぎゃっ」

 

 胸に軽く届く。殴打の条件をまるで満たしていない。叩くというよりは撫でる勢い。だが、内部では全く別の現象が起きていた。細目の胸から、見た目からは考えられないほどの衝撃が伝播していく。

 呻きながら、嘔吐している。

 血に汚れる頬を、流れるように蹴りつける。

 全力でやったので、相手の体はすぐに塀に叩き付けられた。起き上がってくることはない。なぜなら、首が折れているからだ。細く覗いている目から光が失われていった。

 血の臭い。

 振り向けば、金髪は腕を抑えていた。はっきりと、切り傷が付けられている。少なくともルカリオの足のそれよりは深い。

 

「きょぉォオオオォォォォオオ!」

 

 相方をやられたことで、般若が激高している。

 相手は、二刀流だ。まずメインとなる太刀で、攻める。そしてもう片方の小太刀で間隙を突き、傷を与える。小太刀の方は受けもできるようだった。その猛撃に、金髪はやや押されている。

 ルカリオは、黙って見ていた。加勢するつもりはない。ただ金髪の目と合わせていた。

 先ほどの戦いでも、よくわかる。あの男はルカリオに対して本気で刃を振るってはいなかった。どのような意図があったにしろ、やはり完全な敵ではないと確信した。そしてまだまだ実力を隠していることも。

 見事な斜めの払いで、般若の両腕が飛んだ。それがとどめを刺されるまで、ルカリオはずっと金髪を観察していた。もはや敵の方には、まるで意識が向いていなかった。

 戦闘が終わり、両者は静かに向き合う。

 最初にルカリオが構えを解いた。

 長々と息を吐き出してから、金髪も武器を下ろす。

 そして自分の服を破ると、倒れている女の腕に巻き付けていった。

 ルカリオも、傷をのぞき込む。もう少し止血が遅ければ、危ない所だった。これ以上の処置をしないままでも危険だ。トゲキッスや、ミロカロスに診てもらう必要がある。

 一緒に付いてくるように腕で示したが、金髪は動かなかった。

 

「おい、これ…。ミッションとやらが終わったら、どうなる?」

 

 その疑問に、ルカリオもまたようやく思い出した。

 あまり、良い記憶とは言えない。自分はよりにもよってシロナの片耳を破壊してしまった。今でも夢に見ることがある。苦しくてたまらない思い出だった。だが話によれば、ガンツにおける戦いが終わった直後、何事もなかったかのように治っていたらしい。

 その旨を何とか身振り手振りで伝えると、金髪は黒髪の女を抱え上げた。

 

「終わると、全部元に戻んのか。わかった」

「ウウ?」

 

 女を指して鳴くと、相手は懐から煙草を取り出した。

 

「いや、別に…。俺の腕の傷、治したいだけだ」

 

 ルカリオは、耳を立てる。

 金髪もまた、振り向いた。

 遠くから三人が歩いてきている。

 

「お、いたいた」

「ラッキー、一人怪我してるやん。カモやな」

「あん? 待ちぃ」

 

 ルカリオが一番前に出る。そして向かってくるサングラス達に向かって、首を振った。彼らも構えていたZガンを下ろして、ぞろぞろ近づいてくる。

 

「犬ころやんけ。どした? 俺らと遊びたいんか」

「むしろ俺らからお願いするわ。まずは気の溜め方教えてくれな」

「ぶっちゃけ、俺どどん波の方が好きやねん。アレンジできる?」

 

 動こうとする金髪を、制止する。

 

「そいつ、何やねん」

 

 ルカリオは、自分の頭を叩いた。もしシロナだったら、鳴くだけで大体の意味は察してくれる。だからこれほど忙しない気分で身振りを繰り返すのは、ほとんど初めてだった。むしろ戦っている時よりも大変だと思っている。

 金髪がそれを見て、鼻で笑った。

 

「こいつは、俺が味方だって言ってる」

「どこが?」

「…俺は、東京のチームだ。別の奴らと、もう会ってるだろ」

 

 木村が、ぽんと手を叩いた。

 

「なるほどな。いたわ。なんやうちの大切な師匠が星人に襲われてるかと思ったわー」

「なんで師匠やねん。俺の先生や」

「俺の亀仙人や」

「フフフ」

 

 その時、ルカリオはこれまでにないほどの衝撃を感じていた。

 ありえないはずだった。自分の感知をすりぬけて、別の何かがいることなど。油断してもいなかった。こうして会話を聞きながら、もう接近してくる存在がいないことを確かめていたのだ。

 

「あんた、かっこええなあ」

 

 般若の死骸。その周りに広がっている血だまりの上に、女が立っていた。彼女は真っすぐ指を、ルカリオに向けてきている。

 匂い立つような女性だった。立ち姿までもが、常人から隔絶したものを備えている。赤い着物の裾を揺らしながら、足で赤い池に波紋を作っていた。

 

「どないしたら、そないにぎょうさん強くなれるん? うちの駄犬にも見習ってほしいわあ」

 

 穏やかな話し方で、気が緩むことはなかった。

 なぜなら相手はずっと、強烈な感情を向けてきているからだ。

 殺意を。

 獣のような耳を揺らしながら、女は地面に転がる刀を拾い上げた。ゆるり、という音が聞こえてきそうなほど遅々とした速度で、構える。

 その背後から、二本の尻尾が生えていた。

 

「うちも、試してええ?」

 

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