シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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19.東京チームの死闘

 怪物が建物を破壊している。

 体の部分だけは、蜘蛛の形をしていると言えなくもなかった。巨大な足が何本も生えている。だが、頭だけは別の動物と酷似していた。牛だ。

 わかりやすいな、と岡はそのモチーフを既に理解していた。牛鬼。妖怪の中でそんなものがいたような気がする。銃を撃っている自衛隊の者達が潰されていくのを身下ろしながら、どうしたものかと考えていた。

 もし全てが予定通りに進んでいたら、迷わず倒している。クリア特典の中には、巨大な戦闘ユニットもあった。ありていに言えば、ロボだ。だがそれを入手することはできなかった。代わりに来た特典達がはたして役立つのか。シロナの顔を思い浮かべる。

 もちろん今の装備でも、勝てないというわけではなかった。だが、確実性に欠けるのだ。こういう戦いにおいて、賭けに出るという選択肢を彼は持っていなかった。それで死ねば、元も子もない。

 しばらくは、様子を見る。結論は出ていた。

 だから同じビルの屋上に降り立つ影があっても、無視をした。

 不可視化を維持する。

 それにも関わらず、ガブリアスは迷いなく向かってきていた。

 

「バウ」

 

 岡の厚い肩を叩いてくる。仕事の同期に対するような気安さだった。

 

「見えとんのかい」

 

 電気を発生させながら、ハードスーツ姿を晒す。相手はこちらが顔を覆っていても、誰なのか十分に理解しているようだった。手の先でマスクの部分をつついてくる。

 それを払うようにして前へと移動してから、岡は牛鬼へ膨らんだ手を向けた。

 むしろ好都合かもしれない。彼にはわかっていた。あの女の手持ちの中で、この個体が一番使える。計画していたクリア特典よりも、働いてくれるかもしれない。

 

「あれ、わかるか?」

 

 ガブリアスは頷く。

 

「一緒にやるで。お前は下で陽動や。適当でええ。注意を引いてくれれば、なんでも」

「ウウウ」

「俺? 当然、上や。こっちも空を飛ぶ手段くらいはある。あいつの弱点は頭や。さっさと破壊するに限る」

「バウウ?」

「何やねん。不満か。とどめは譲ってくれてもええやろ。俺が先に唾付けたんや。あのでかぶつを倒したい。ロマンやろ。同じ男なら、わかってくれるな?」

 

 瞬きした後、カブリアスは背中を叩いてきた。もちろん本気ではない。クリア特典である強力なスーツを身に着けている岡にとっては、触られたことすら気づかないレベルだった。それでも、その動作はちゃんと見えている。

 

「あ? 急にどうした」

「バウ…」

「…お前、メスなんか?」

「バアアア!」

「それは、あれや…。俺が悪かったな」

 

 わかればいい、というような顔をしてから、ガブリアスは飛んだ。そして敵の足元へと急降下していく。途中でその腕の振り降ろしも悠々と避けていた。

 とりあえず、指示は受け入れてくれたらしい。

 岡も隣に浮いているバイクへとまたがった。

 それは京がよく使っているものとは違っている。バイクの外側に、横の向きで円状の部位が取り付けられていた。内部には装甲が重ねられている。そこが、おそらく浮力を生み出す部分になっていた。彼にとってはそれ以上のことは別にどうでもよかった。

 画面を視線で操作する。ハードスーツの両手はバイクの両側に垂れていた。

 牛鬼が、吠える。顔を下に向けて、足を殴ってきているガブリアスを威嚇していた。その肉が削れていくのがわかる。遠目でも、自分の殴打に匹敵するくらいの威力はあるらしい。やはりあれだけは自分のものにしたいと思った。

 前へと加速していきながら、Zガンを構えた。その時には敵もこちらの存在に気が付いている。振るわれる腕に向けて、撃ち込んだ。

 肩口の肌が裂かれ、肉が露出する。だが腕ごと潰れていくわけではなかった。やはり、かなり頑丈だ。頭以外を闇雲に攻撃しても、遠回りになるだけ。

 少し浮上し、鈍くなった相手の拳をかわす。

 そして牛鬼は、口を開けた。遠隔攻撃の準備だ。普通のスーツを容易に貫通してくる蜘蛛の弾。だが岡の装備には通用しない。それでも無駄な攻撃を受けるわけにもいかなかった。目の前の相手が、本命ではないからだ。

 バイクから、飛び上がる。

 放たれた蜘蛛は乗り物だけに直撃し、吹き飛ばしていった。その飛行ユニットは大阪チームにおいて岡だけしか持っていない貴重なものだが、惜しいとは感じなかった。今回でまた百点を取れば、もっと貴重な武器や道具が手に入るからだ。

 牛鬼はさらに何かしようとしてきたが、途中でがくんと体を前に揺らした。

 ガブリアスが、その巨大な足をほとんど破壊している。Zガンでも満足な損害を与えられなかったというのに、彼女は涼しい顔で別の足に向かっていた。

 それを予定通りであるかのように受け止め、岡は顔に降り立つ。

 両腕に、力を入れた。スキャンした弱点を狙って、交互に殴りを入れていく。片足を首筋に刺して、自分の体を固定した。多少揺れても攻撃を止めずに済む。

 牛鬼は、断末魔を上げた。下では両足を無残に潰されていき、目の前では岡が拳を振るっている。散々なのは確かだろう。どうにかして彼を追い払おうとしたが、既にハードスーツの拳が頭の中まで貫通していた。

 さらに、傷は広がっていく。殴打は止まることがない。その一発一発が、強烈なものだった。牛鬼は右目が飛び出していっても、何もできなかった。頬がへこむ。皮ごと歯を折られる。衝撃が、脳へと伝わっていく。

 

「あ、おい」

 

 倒れかけている相手の上まで、ガブリアスが飛び上がっていた。既にほとんど破壊されつくしている牛鬼の頭に向かって構え、強大な衝撃を伴う正拳突きを叩きこんだ。

 同時に、岡のとどめの一撃も到達している。

 両側から頭を潰された哀れな妖怪は、既に息絶えていた。

 巨大な体を滑り降りた岡は、降ってくる彼女に向かって首を振る。

 

「何してんねん。今どっちやった?」

「ウウ!」

「いや、絶対俺や。俺がとどめやった。どうしてくれんねん。点数の計算がめんどくさくなるやろが」

 

 知ったことか、とガブリアスは近づいてきた。そして岡のスーツをじろじろと観察し始める。もはや両者の興味は、彼らの足の下にある大きな死骸から外れていた。お互いのことを見ていた。

 

「あんまり、でしゃばんな。いいか、俺の指示にちゃんと従え」

 

 ガブリアスは口を開ける。欠伸の真似をしているようだった。

 どうやらまだ、自分の立場が理解できていないらしい。とはいえ人間でもない相手にしつこく説くのも気が引けた。無駄な事は好きではない。

 無駄な事ばかりをしている女の姿が、脳裏に浮かんだ。もったいないとは思う。もう少し割り切れば、効率的に使うことができるというのに。岡にとってはわからなかった。人間でもない、危険な存在達を家族として扱うなど。

 これからの方針には少し迷いがあった。シロナを上手く懐柔すれば、それに付随する道具の力も利用できる。だが彼には躊躇いがあった。そもそも、なぜあの女と関わらなければならないのかと不思議に思っている。

 オカ。

 ハチロ―。

 一致するはずの無い声が、同時に重なって聞こえてくる。こういう幻聴がしたのは、本当に久しぶりだった。二回クリアした時には既に、何もかもが整理されていたはずだ。共通しているのは、どちらもややたどたどしい発音だということ。シロナも彼女も、日本人ではない点では同じだった。

 そういう自分を、「客観的」に分析する。つまり、頭がおかしくなってきているということだった。だいたい、シロナに少し見抜かれたからと言って、事情をほとんど話してしまったのは失敗だった。そろそろ百点が来ることを予感して、多少は冷静でなくなっていたのだろうか。

 今はもう違うはずだと、視界に表示されているレーダーを確認した。

 それなりに、星人は減ってきている。たった今、大きな反応に動きがあった。倒されたわけではない。その反応は消えず、妙な事に薄くなっている。始めて見るものだった。それの確認に向かってもいい。

 だが、岡には別の考えがあった。 

 初期から、自らに課していることだ。

 ボスは必ず自分が倒す。一番高い点を取る。事実あの異質な存在達がやってきた後も、それは守られていた。イレギュラーに動揺することなく、確実に得点を取っていた。

 今回も、それは変わらない。

 ほぼほぼ、百点なのは確信していた。ガンツの表示と異なる姿をしているのは少し引っかかったが、ぬらりひょんという名前には憶えがある。

 妖怪の総大将だという伝説も残っているが、その具体的な姿は定まっていない。色々な説がある。つまり、ある程度の変身能力を有しているのではないかと推測できる。別の妖怪に姿を変えていてもおかしくはないだろう。あくまで星人なので、参考程度にしか考えていないが。

 それは、おそらく岡のステルスにも勘付いていた。だが、攻撃してくることはなかった。一度すれ違った時があったが、意味ありげに視線を動かすだけで、何もしてこなかったのだ。ボスらしい慢心をしていた。

 反応を見て、それが一つの集団に向かっているとわかった。適当に戦わせておいた方がいいだろう。

 標的を決めて、岡は歩き始めた。

 その後を、ガブリアスがぴったりとついてくる。

 

「邪魔や」

「バウ」

「俺の道具にならないのなら、どっかいけ」

 

 相手はまた欠伸の真似をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 一番前を歩いている初老の男性が、立ち止まった。

 その頭から、電子音が鳴り始める。

 

「あ、れ?」

 

 慌てて足を動かして、一歩下がった。そしてついてきている全員へと振り返る。

 

「ここから?」

「うそ…」

「行けないんですか?」

「うん。さっきは大丈夫だったのに」

 

 沈黙が、少しの間続いた。それがいったいどういう意味なのか。誰が最初に気付いたのかはわからない。だが、一番先に声を出して言ったのは、レイカだった。

 

「エリアが少しずつ…、縮まっているのかもしれない」

「えっ…」

 

 呆然としたのは、若い男だ。それなりにからかい甲斐のありそうな顔をしている。少し意表を突けば、面白い反応を返してくれるだろう。桜井(さくらい)という名前だった。

 彼と同じくらい気になる存在である、サングラスの男。坂田(さかた)が額から汗を流した。

 

「じゃ、じゃあ、引き返すしか、ねえよな」

 

 桜井に匹敵するほど想定外の事態に弱そうな、気取っている男。稲葉はそろそろ我慢ならないというふうに、頭をかいた。

 

「待てよ…。おい、いい加減にしろ。なんでこっちに付いてくる?」

「ぉおん」

 

 ミカルゲはふよふよと漂った。流れのままにレイカへと近づく。彼女は戸惑っているようだが、逃げることはしなかった。別にミカルゲも、大したことをするつもりはない。そもそも何も干渉しない。自分の主人とどちらが大きいのか、確かめているだけだった。

 その視線を感じて、レイカは胸を押さえる。

 

「な、なに…?」

「ぴんくれんじゃーのだから、だいじょうぶだよ」

 

 タケシが、手を伸ばそうとしてくる。ミカルゲも当然それに答えるつもりではあったが、少年の腕を大柄な男がつかんで止めた。彼を肩に乗せている風は、未だにミカルゲを警戒してきていた。

 シロナの指示には、解釈の余地がたくさんある。とにかく同じ衣装をしている彼らも助ければいいと考えていた。それに、ミカルゲは自分の事を非常に社交的だと思っている。新しい人間達をみると、いつもわくわくするからだ。決して新たないじめ相手を求めているわけではない。

 今回の場合、特に桜井と坂田が気になっていた。それは、京に対する興味とは少し意味が違っている。脳の構造が、特殊だった。どこか自身と共通するものを感じるのだ。彼女には脳など存在していないが。

 どのようにして干渉を許可してもらおうかと、体を曲げながら考えていた。愛らしいと自分では思っている仕草を選ぶ。ミカルゲは、注目を集めるのも好きだった。決して自分の悪戯をより多くの人に目撃されたいと思っているわけではない。

 だが、ほとんどはミカルゲにはもう注目していなかった。彼女の後ろの方を見ている。

 ミカルゲもまた、体の向きを変えた。

 

「あ、いた。よかった…」

 

 通りの奥から、彼女の主人が歩いてきている。

 桜井が、不思議そうに言った。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

 シロナは少し疲れた様子で歩いてくる。

 

「ごめんなさい。私のポケモン達を探してて。ちょっと、おかしな事態になってるの。だから、それを確かめたくて」

「そっちは、大丈夫なんですか?」

「何とかなってはいる。犠牲はまだ出てないわ」

 

 レイカが少し気まずそうに笑う。

 

「良かったですね…」

 

 だが直後、彼女の顔は驚愕に染められることになる。東京チームの全員が、呆然としていた。

 突如として浮いていく金髪の女性を、目で追っている。

 

「なん、え…」

 

 坂田が一番早く気がついたようだった。ミカルゲを見てくる。

 

「お前、何してんだ?」

「ぉぉお」

 

 既にミカルゲは次の技も準備していた。相手をサイコキネシスで壁に叩き付けてから、あくのはどうを間髪入れずにぶつける。そうすれば有利に事が運ばれるはずだった。やり過ぎるくらいがちょうどいい。なぜなら、相手は。

 

「…フフ」

 

 女性は笑みを漏らしてから、何事もなかったかのように地面へと降りた。ミカルゲは一瞬訳がわからなくなる。拘束から抜け出された。

 だが、すぐに理解をする。つまり敵もまた、同系統のわざを使ってくるということだ。

 シロナの姿が、崩れていく。髪の色は変わらない。だが、黒スーツから赤い衣装へとあっという間に変化していった。刺繍の施された、綺麗な着物。

 他の者達も、相手の正体を認識したようだった。

 

「ええね。ちゃんとしたペットやんなあ。羨ましいわあ」

 

 ミカルゲには、それと似たポケモンを知っている。尻尾の数は少ないが。

 だが、同じだと思えなかった。伝わっている雰囲気が、あまりにも刺々しい。人間でもなく、ポケモンにも当てはまらない異質な存在だと、直感する。

 東京チームもまた、武器を構えた。

 それを見ても、狐の女性は変わらず余裕を保っていた。

 完成された細長い指を向けてくる。

 

「いーち」

 

 その人差し指は、風を差している。警戒するように彼は拳を前に持ってきたが、結局何かが起こるということもなかった。

 

「にーい」

 

 そして、今度はミカルゲに向けてくる。女はどこか酔っているようだった。笑みを深めると、隠しきれない血の跡が歯に付いている。 

 それから長い睫毛のかぶさっている瞳をきょろきょろと動かした。東京チーム全員を一人一人確認していた。

 やがて苦笑し、顎に指を当てる。

 

「もっといると思ったんやけどなあ。ざんねんざんねん」

 

 その仕草には少し嫉妬をした。ミカルゲの求めている可愛さと一致していたからだ。それに見とれたのか、稲葉が少しXガンを下げた。

 

「どうしたん?」

「あ…?」

 

 自分に言われていると気が付いた時、稲葉の手に震えが走った。

 女はにこにこしている。

 

「ええよ? 撃ってみ? どこを狙うのかは、そっちに任せるわ」

「こい、つ。星人だ。やっぱり…」 

 

 他の者達もそれはわかっているようだった。ミカルゲだけではない。相手の存在の異質さには全員が勘付いている。見た目に完全に惑わされることはない。自分達とは決して相いれない存在だと本能的に気づいていた。

 

「ほん、とうに?」

「多分、絶対…」

「撃つの?」

「人間じゃ、ないよね」

「早くした方が」

「俺がやる」

 

 稲葉がXガンを向け直した。動揺は抑えられているように見える。そして女の顔に狙いを定めると、深呼吸をしながらトリガーを引いた。

 銃口の発光や音と同時に、女は指を動かしていた。縦に長い円を描いている。

 

「あんた、だめよ?」

「…?」

「乙女の顔を潰そうだなんて」

 

 ばちん、と弾ける音がした。

 全員がその方向へと顔を向ける。

 稲葉は少し遅れて、自分の片腕を見た。それは地面に転がっている。根元が破裂したように欠けていて、すぐにおびただしい量の血が噴き出してきた。

 悲鳴が上がる。レイカが倒れようとする稲葉を引き上げたが、結局後ずさることしかできていなかった。

 彼らの後退に合わせて、狐の女もゆっくりと歩き始めた。五本の尻尾が、それと同時に揺れている。その目の色はやや赤くなり始めていた。

 

「うちなあ、ヒトの物語読むの好きなんよ」

 

 瞳の光が強くなる。

 

「特に、群像劇。あれええわあ。何がっていうとな、きゃらくたあがええんよ。自分の思い入れのある者達がそれぞれ動いて、やがて合流する。醍醐味やと思わん? うちも今、作ってる途中。めぼしいもん選んで、生かす。後でまとめて味わうために。だから…」

「あ……、え、え?」

 

 おっちゃんと呼ばれている、初老の男性が自分の体を見ていた。スーツに筋が浮き上がってきている。何かを持ち上げているわけでもないのに、力が込められていた。まるで、何かの力に抵抗しているかのように。

 

「余計な脇役は、さいなら」

 

 おっちゃんの両腕が捩じられる。既に、スーツの耐久は無くなっていた。それまでほとんど消耗していなかったはずなのに、あっという間に限界が来ていた。腕がもぎ取られて、破壊されていく。

 東京チームの者達は数秒固まった後、後ろへと逃げ始めた。何が起こったのかもわからない。触れられてすらいないのに、やられた。そういう状況で、わざわざ立ち向かおうとする存在はいないだろう。

 ミカルゲ以外は。

 

「ぉーん!」

 

 女は既に次の攻撃を仕掛けようとしていた。不可視の力に、サイコキネシスをぶつける。相殺することはできた。女の眉が、少しだけ上がる。

 

「あら、さっきのとは違うなあ」

 

 わざを使うのに、集中していたせいだった。ミカルゲは目の前にまで走ってきた女に対応が遅れる。これだけの力を遠隔で使っているというのに、さらにその身体能力もずば抜けていた。小さな足が高速で動き、かなめいしを横へと蹴り飛ばす。それに引っ張られて、紫色の靄も飛んでいった。 

 桜井が、必死で叫んでいた。

 

「駄目、駄目です。れい、レイカさん! これ以上は…。二人、やられっ、どうすれば」

 

 彼らの頭から、音が鳴っている。だんだんとそれは大きくなっていた。ある地点を超えれば、決壊するだろう。範囲外に出たことへのペナルティがやってくる。

 ミカルゲが蹴られたと同時に、一人が俊敏に動いていた。タケシを抱えた風が、既に女を通り過ぎている。彼女の力に捕らわれることなく、脱出することに成功した。

 女は当然それに気がついている。だが、攻撃しようとしてはいなかった。

 手を上げて、左右に振る。

 

「きばってな」

 

 上から、巨体が降ってくる。

 風はすぐに止まった。タケシを下ろしながら、厳しい顔で見上げる。

 四本の腕を持つ、鬼だった。額から一本の長い角が生えている。それは大きな杯を手に持つと、彼らを前にして何かを飲み始めた。

 顔だけ振り返って、女はそれを眺めていた。

 ぽん、と手を打つ。

 

「ええこと考えたわ」

 

 同時に、彼女の姿に変化が起きる。元は五本だった尻尾が、六本に増えていた。瞳の色がやや黄色くなり、瞳孔が細くなっていく。

 そして爪がより長くなった手を、動かした。

 何も起きていないのは、風だけだった。

 

「うっ!」

 

 桜井が、自分のスーツを身下ろす。既にくぼみから、液体がこぼれだしていた。何の負担もなかったはずなのに、耐久が無くなった。

 正確には、彼らのスーツのメーター部分が直接破壊されていた。割れている。

 

「がんつ、っていうんやろ?」

 

 狐の女はくすくす笑みをこぼしている。

 

「うちらを滅ぼそうとしている割には、だめだめやなあ。そんな弱点を晒してもうて…」

「そん、な」

 

 レイカが流れ出すゲルを呆然と触っていた。他のほとんども同じ様子だ。風だけが未だスーツの機能を保っていた。あえて見逃されている。

 

「生き残ったら、合格」

 

 鬼が息を深く吸い、頬を膨らませる。それに注目できたのは、風だけだった。後は狐女の方を見てしまっている。ガンツスーツを一瞬で無効化されたという衝撃が、迫る危機の認識を妨害していた。

 

「伏せろ!」

 

 弾丸のようなものが、いくつも吐き出された。塊になっているものは、途中で急に拡散していく。それらは、人間の頭蓋骨や他の部位の一部だ。鬼の並外れた肺活量によって加速し、東京チームへと直撃した。

 

「うあああ、あっ」

 

 風が走り、タケシを拾い上げる。庇いながら、横の建物に突っ込んだ。

 あとは逃げることができない。正面から受け止めることになる。スーツの防護がない状態では、体中に穴が開いて即死するだろう。

 だが、誰一人として犠牲は出なかった。

 骨の塊が空中で止まっている。

 既に体勢を立て直していたミカルゲが、操作をしていた。少しでも多くを防ごうと範囲を広げていた。それでも、全てをカバーすることはできない。一瞬のうちに広げられる範囲には、限界がある。

 その穴を埋めてくれた男達がいる。

 坂田は鼻から血を流しながら、同じ状態の桜井を見た。

 

「いい反応。ナイスだ」

「師匠…」

 

 女が笑みを消した。

 

「あら、駄目やないの」

 

 その目が光った瞬間、ミカルゲが反応していた。サイコキネシスとあくのはどうを同時に放つ。前者は相手の攻撃とぶつかり、そして後者が一見細い体に直撃していた。女は後ろへと下がっていく。

 

「タケシ…。待っとけ、すぐに倒す」

 

 少年の肩が欠けていた。ぎりぎり、間に合わなかったのだ。傷は深く、放っておけば失血死するまでそう時間はかからない。

 風が、鬼と向かい合った。相手の方はにたにたと無言で笑っている。右の方の腕二本が、杯を持って血を注いでいる。

 

「レイカさん、皆の止血を! 避難させておいてください」

「わかっ、た」

 

 桜井と坂田が並んで歩く。どちらも、平常心をぎりぎり保っているような見た目だった。本当はこの場から逃げ出したいという思いもあるのだろうが、それを許してくれるほど相手は甘くない。

 

「そういう、勝負やね。ええよ?」

 

 女が微笑んだと同時に、坂田が深呼吸をした。

 

「俺が、あいつの内部を切る。桜井と…変な生き物。あいつの攻撃を散らせてくれ。多分、あの狐は複数の場に干渉できる。何とか協力してくれ」

「わかり、ました」

「ぉんみょーん」

 

 ミカルゲはその指示を無視して、さっさと仕掛けた。

 己の周囲に、シャドーボールを二個出現させる。そして口の部分から、風を吐き出した。そこに銀色の鱗粉を乗せていく。

 全てを放つと同時に、サイコキネシスを繰り出した。出し惜しみはしないつもりだった。相手を拘束し、全てのわざを当てる。とくにぎんいろのかぜは、自身にも影響のあるわざだった。上手くいけば、強化できる。

 だが、届いた攻撃はなかった。全て女の前で弾けていく。相手の防壁を突破するのは困難らしい。サイコキネシスも同じ性質らしき力で抵抗されている。

 

「ぉぉぉおおおお」

 

 さらに、出力を上げた。相手は間違いなくかなり熟達したエスパータイプだ。こちらも身を削る思いでやらなければ、有効打は与えられないと判断する。

 女の尻尾が、動いた。一本が立ち上がり、その先をミカルゲ達に向けてくる。

 ゆっくりと片手が伸びて、その尻尾から毛を何本かむしりとった。ミカルゲの攻勢に逆らいながら、手に絡みついた毛に息を吹きかける。

 毛達はまるで意思を持っているかのように浮き上がり、鋭い針と化した。それらが全て高速で飛んでくる。

 

「止めろぉ!」

 

 坂田と桜井が、手を前に伸ばした。つかみ取るような仕草をする。普通なら肌を容易に貫通して顔に甚大な被害を与えるはずだった攻撃が、次々と防がれていく。だが、彼らは無傷というわけにはいかなかった。受け止めた手からは、血がわずかに流れている。

 

「いける、なんとかなるぞ!」

「本体を、押さえつけないと…」 

 

 ミカルゲは意識の半分を味方達に向けていた。正直、今までこんな人間には出会ったことがない。ポケモン達への愛を深めるあまり、同じわざを習得しようとする者もいた。だが知る限りでは成功例がない。まさかここにきて、二つも見つけるとは思っていなかった。

 ちょっかいをかけたくなるいつもの思いとは、別の何かが湧いてくる。シロナに対するものとはまた違う、仲間意識が強まっていた。彼らの脳を見るに、惜しい部分もある。まだ効率的に使える可能性が残っている。

 先ほどの、坂田の作戦に従った。

 潰すのではなく、より相手の動きを制限する方向に作用させる。そこへ、桜井の力も加わった。同じポケモン達と連携するのと同じか、それ以上のふわふわとした思いが強まる。少なくとも、悪い心地ではなかった。

 坂田が、目の端から血を流し始めた。負担がかなりかかっている。だがその分強力な攻撃が、女の頭の中で炸裂した。

 相手は、前のめりになる。一気にこちらへの抵抗が少なくなった。

 血を、吐き始める。

 

「あらあ、真っ暗やわ。音が消えてもうた」

 

 ここが攻め時だと、ミカルゲは大きく身を膨らませた。桜井もまた、力を攻撃に寄らせていく。相手の脳の重要な神経が半分も潰れれば、生命活動を保てなくなるだろう。 

 女の頬から、毛が生え始めた。髪の色とは違っている。白い毛だ。それは少しの量だけ生えていた。

 垂れた前髪の隙間から、より人間味を失った目が細まる。開けられた口の中では、尖った牙が並んでいた。

 艶やかな舌で、唇を舐めた。

 

「フフ、いくで?」

 

 臀部のあたりから、七本目の尻尾が伸びていく。

 最初に異変を感じたのは、坂田らしかった。

 

「ぐっ…」

 

 後ずさる。もはや口からも血を出していた。額から流れる汗の量は尋常ではなく、顔が破裂しそうなトマトになっていた。

 ミカルゲも、段々と変化を実感していく。明らかに相手の作用が増大した。優勢かに思えた力比べの状況が、逆転しかけている。それは残酷な真実を示していた。狐の女は、まだまだ本気を出していないのだと。

 

「あんまり、やりたくないんよ。どんどん、獣に近づいていくから…。ほら、歯ぁ、くいしばってな?」

 

 悲鳴を上げたのは、桜井だった。彼の指の一本が、捻じれていく。ミカルゲは即座に相殺しようとしたが、もはや他に注意を向ける余裕が無くなっていくことに気がついた。

 全体に、苦痛が駆けめぐる。

 

「その石…、砕いたらどうなるん?」

 

 力が及んでいるのは、かなめいしの方だった。まだまだ割れていく気配はない。だがこのままずっと続けば、どうなるかわからなかった。それは、根源的な恐怖だ。ミカルゲにとって唯一ともいえる恐れ。自身がばらばらになり、意識がなくなっていく未来。

 

「死ね、死ねぇ…、死んでくれ……」

 

 坂田の脳に、負荷がかかりすぎている。彼の手も破壊され始めている。それでも怯んでいないのは奇跡とも言えたが、結局相手には何のダメージも入っていなかった。先ほど視覚と聴覚を削り取ったはずなのに、当たり前のように回復している。

 塀の隙間から、レイカが震えながら戦いを見ていた。彼女にはもう、どうすることもできないだろう。今更割って入った所で、犠牲が増えるだけだ。

 風の体が、建物の二階部分まで吹き飛ばされていった。

 無傷の鬼は赤ら顔を緩ませながら、寝かせられているタケシを身下ろしている。今戦っている男をゆっくり味わってから、デザートにいくとでも言いたげだった。レイカは何とかタケシを運んで遠ざかろうとするが、腰が抜けて何もできない。

 桜井と坂田が、吹き飛ばされた。両者とも壁に叩き付けられる。

 そうなってしまったのは、一気に抵抗が消えたせいだった。重要だったミカルゲのサイコキネシスが中断されたからだ。

 狐の女が、首を傾げた。

 

「ぉん…」

 

 ミカルゲは、地面に転がっている。かなめいしは無事だった。だが全く動くことができない。その姿が、一瞬だけ崩れた。輪郭がずれて不安定になっていく。まるで、世界から剥がれ落ちかけているようだった。存在が拒絶されている。ここにいてはいけないのだと、何かに引っ張られる。

 

「もう、食ってええよ」

 

 女は、鬼に向かって顎で促す。もう戦闘は終わったと理解しているのか、多少つまらなそうに口をすぼめていた。

 直後、その全身が圧縮される。

 強烈な重力の塊が、彼女を地面に叩き付けた。

 もはや体の原型は残っていない。尻尾の先だけが、赤い断面を晒しながら転がっていた。

 鬼は察知し、即座に下がる。直前まで立っていた場所が、円状にへこんだ。

 

「ち…」

 

 レイカのすぐそばに、男が出現する。

 奥二重の吊り上がった目。細めの体。ガンツスーツの上に身に着けている制服。

 意識が朦朧としているミカルゲにとっては、知らない相手だった。大阪チームでも見たことがない。 

 

「貴方、は」

 

 レイカがその名前を呟く、

 西、と呼ばれた学生らしき男は、再びステルスに移行しようとしていた。

 

「まあいい。次でやれる。結局、俺がボス撃破か……。何点もらえんのか、楽しみだ」

「へええ、うちって、点数付けられとるん?」

 

 得意げな笑みは、すぐに苦痛で歪んだ。

 西の片腕を抱え込んだ狐の女は、すぐにそれをもぎ取った。まるで花を摘むような軽やかな動作だったが、肉が裂け、骨が引きちぎられたことに変わりはない。

 

「あっ、いっづ!」

「ずうぅっと隠れてはったから、何するんやろって楽しみにしてたのに。こっちは外れやったみたいねえ。もう飽きたなあ」

 

 ほとんど、裸のようなものだった。着物は既に血だまりの中でぼろぼろになっている。だが彼女自体は千切れた尻尾から完全に再生されていた。服が無くなったこと以外で目立つ違いは、その肌自体が光を灯し始めたことだ。さらに尻尾の数が、八本になっている。

 まともに動けるのは、レイカだけだった。だがそれはあくまで怪我の有無を考えただけの話だ。最初からずっと戦況を眺めていた彼女にとって、その精神への負担は計り知れないものがあった。じわじわと追いつめられていく様を、見させられたのだ。

 鬼が、彼女へ視線を向ける。その口の端から涎を垂らしていた。どうやら最初に食らう対象を決めたようだ。レイカへ向かって歩き始める。

 レイカは悲鳴を上げた。だが背中が塀に当たり、そのままずるずると崩れ落ちる。その様を、狐の方はもはや見てもいなかった。大きく伸びをしてから、ミカルゲのかなめいしをじとりと見つめる。

 鬼の手が、レイカの腰を掴んだ。彼女は泣きながら暴れるが、無意味な抵抗だった。そして開かれた口へと放り込まれようとする。

 鋭い加速音が、鬼を通り過ぎた。

 

「バウアアアア!」

 

 飛ばされたレイカの体をしっかりと捕まえて、ガブリアスは着地する。その目は油断なくよろけた鬼へと向けられていた。

 その内の一本の腕が、ぼとりと落ちる。ガブリアスのすれ違いざまのギガインパクトで、大きな傷がつけられていた。

 狐の女が、目を見開く。それは驚きというより、嬉しさの方が勝っているようだった。

 

「なあ、それうちにくれん? ちょっとまだ足りないんよ」

 

 さらに続こうとした言葉が、途中で止まった。尻尾達が、少しだけ立ち上がる。それは期待のようだった。振り向きながら、出現した相手に流し目を送る。

 ミカルゲは、その姿を始めて見た。誰だろう、というのが最初の印象だ。

 他の地方で、古くから伝わっているポケモン達の姿と少し似ている。レジシリーズのような。

 

「ま…、いつも通りやな」

 

 八回クリアの男が、バイクから降り立った。

 

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