シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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 お待たせしました。やっぱり、二本同時連載は無謀ですね…。


2.シロナの旅パ

 思い直す。

 周りの状況をよく考えるべきだと判断した。

 半々といった所か。落ち着いている者と、まるで状況についていけていない者。前者の中には、すでに歩き出している人もいる。何かに化かされたと言わんばかりに、苦笑いをしながら。

 嫌な感じなのは、そういった人達を笑いながら観察している集団だった。彼らを指差しながら、何かをやり取りしている。見えた範囲では、金銭のようだ。

 賭け? でも、何の?

 シロナは風景をよく見た。どうやらここは、かなり繁栄している都市のようだ。コトブキシティやヨスガシティとは少し違っている。雑多な道路。遠くに見える、多様な人混み。雰囲気的には、ギンガ団の本部があるトバリシティによく似ている。

 だが、肝心なところは異なっていた。どれだけ見回しても、いない。人と共存しているはずの存在。ポケモンの姿は、全く見られない。

 

「きゃあっ!」

 

 突然悲鳴が上がり、何かが弾ける音もした。

 遠くで、人が倒れている。頭が全て吹き飛んだ姿をして。

 シロナも声を上げかけた。だが、隣でもっと驚いている女性がいたので、何とかこらえることができた。それでも、激しくなった鼓動は戻らない。

 その人たちは、先ほどまで歩いていた。おそらく、帰ろうとしたのだろうか。彼らにとっては、この街は故郷なのだろう。警戒していたシロナとは違って、既に自分は解放されたのだと勘違いしてしまった。

 人が、死んだ。こんな簡単に?

 抱えているボールを、さらに強く抱きしめる。彼らの姿を見て、安心したい自分もいた。しかし一方で、このわけのわからない危険に巻き込んでしまう可能性も考えてしまう。 

 何かで撃たれたのだろうか。自分は、この場にいていいのだろうか。どこかへ、逃げた方が。

 足が動きかけたとき、そばで弾けるような音がした。

 さきほどのものとは違う。まるで、そう、雷が発生する時のような。

 見れば、既に何かが消えていくところだった。人の形をしている。黒い服を着た男の一人であることは確かだった。一瞬こちらを見てきたような気がしたが、確かめることはできない。

 

「運いいな、姉ちゃん。あんたに賭けてよかったわ」

 

 丸刈りの男が話しかけてくる。 

 シロナは、反応することができなかった。代わりに、その顔を呆然と眺める。

 この男は、何なのだろう。たった今、人が死んだというのに。まるでそれが日常であるかのようにふるまっている。いや、違う。楽しんでいるのだ。もっと、たちが悪い。

 そして、賭けのこともわかってきた。彼らは、おそらくこうなることを知っていた。

 

「何が、起きたの……?」

「ステージ外に出たからや。黒飴ちゃんが範囲を決めとる。出たらボン! 頭が爆発や」

 

 また笑い始めた男を、睨みつける。

 

「貴方達、知っていたんでしょう。どうして、教えなかったの? そうしたら、あの人達は」

「落ち着け。合理的判断ってやつや。仮に姉ちゃんが、ある程度離れたら死ぬから動くなと言われてたとしても、素直に従うか? 奴らは自分の家に帰る気満々やったで。聞くはずあらへんがな。なんでそないな奴にいちいち説明する労力さかないけないねん」

 

 言い返す口を開こうとして、自分の思考に沈む。

 ここがもし、カンナギタウンの広場だったとしたらどうだろう。自分は、今までのことを夢だと思って、すぐに移動しただろうか。そうかもしれないし、違うかもしれない。

 

「だからと言って、何もしないのは……」

「ジョージ、何しとん」

 

 短髪の男が、武器を携えて近づいてきた。黒い刀だ。そしてもう片方の手には、妙な器具を握っている。見える口の部分が、バツ印の形になっているものだ。

 

「はよせんと、また岡に根こそぎ持ってかれるで」 

「わってるわ。じゃあ、姉ちゃん。生き残れたら、連絡先交換してや」

 

 気取った姿勢で指を上下させてから、ジョージと呼ばれた丸刈りの男は去っていく。シロナは数秒その背中を見ていた。もやもやとした感情を持て余しながら。そのいかんともしがたい怒りで、先ほどまでの恐怖は少しだけ和らいでいた。

 シロナは、自分の判断が正しかったことを理解する。

 ここは、いや、この世界は、自分のいた所とは違うのだ。ポケモンがいない。人々は、別の何かと共に生きているのだろうか。

 そして自分の常識が当てはまらない世界にいるのだと仮定しても、今の状況はさらに異常であるとわかっていた。周りの者達の反応がそれを物語っている。彼らの中にも、ついていけていない者がいるのだ。

 そんな状況で、外に出したらどうなるだろう。

 先ほどの男たちの、雰囲気を思い返す。

 絶対に、良いことにはならない。

 彼女は辺りを見回して、移動することに決めた。できれば、人目がない場所。一人にならなければならない。

 そう考えて歩き出すと、慌ててついてくるような足音が聞こえた。

 それに構わず、シロナは建物の裏に回る。建築については、ほとんど未知の要素はない。ただ建材をポケモンも使わずにどのように運んでいるのかは、少し不思議に思った。

 人目のない場所にまで来ると、あの黒い球体から出てきたアタッシュケースを置いてきてしまったことに気がついた。だが、もうあまり興味はない。胡散臭いものよりも、今まで自分と共に歩んできたものを、信じるべきだ。

 

「待って。危ないんとちゃうん? 一人にならん方が…」

 

 ついてきたのは先ほどの女性だ。肩にかからない程度の黒髪で、シロナよりも一回りほど背が低い。愛嬌のある目もまた、彼女の切れ長の瞳と対照的だった。

 この人は、普通だ。

 とりあえずの判断をする。少なくともこの状況で、他人を気遣うだけの良心がある。信じてみるのも、良いかもしれなかった。

 

「私は、シロナ。貴方は?」

 

 女性はぱちぱちと瞼を動かしてから、言ってくる。

 

山咲杏(やまさきあんず)。やっぱりガイジンさんや。よろしく」

「アンズ。お願いしたいことがあるんだけど、いい?」

「うん?」

 

 腕に抱えている、赤いボールの一つを手に取る。

 

「なるべく驚かないで」

 

 少し迷ったが、結局七匹全てを出すことにした。

 モンスターボールを投げるときは、フォームが大事とされている。乱雑に扱えば、中にいるポケモンとの関係が悪くなることもある。無駄なく、それでいて華麗に。ポケモンバトルというのは、ボールを投げる時から始まっているのだ……。

 残念ながら、シロナはもうチャンピオンではない。そして今はかなり、特殊な状況だ。そしてすぐそばには可愛らしい見物客がいる。あまり事情を知らないであろう相手が。だから、「競技用」ではなく、「旅行用」のフォームを選んだ。ただの軽い下手投げ。

 そうして、サザナミタウンへの旅行の共として連れてきていたポケモン達が、目の前に並ぶことになる。

 

 ミカルゲ(メス)。

 ふういんポケモン。

 紫色のもやが揺れていて、その中に緑色の球体が端の輪郭に沿うようにして浮いている。中心部分には、同じく緑色の目と口が、悪そうな表情を作るように配置されていた。ただ、全体が完全に浮遊しているわけではなく、下の方にあるかなめいしによって、つながれている。

 

 ロズレイド(メス)。

 ブーケポケモン。

 緑色の胴体と手足。髪を模した白い頭部。目の部分にはまるで仮面のように葉が重ねられており、そのすらりとした体型からも、まるで異国のダンサーのような印象を受ける。右手には大きな赤色の花が咲き、即効性の毒がある。そして左手には青い花。こちらは遅効性の毒を持っている。

 

 トゲキッス(オス)。

 しゅくふくポケモン。 

 毛先の丸まった白い翼。三つに分かれた尻尾。こじんまりとした二本指の足。胴体部分には赤と青の三角模様が点々とあり、つぶらな瞳も相まり非常に愛らしい姿だ。頭の赤、白、青の三本角もまた、柔らかい雰囲気を与えている。しかしこの見た目でいて、人々に多くの恵みをもたらすとされている神聖なポケモンだ。

 

 ミロカロス(メス)。

 いつくしみポケモン。

 赤と水色のコントラストが見事な尻尾部分。そしてそこから滑らかに伸びるベージュの胴体。一本の角がある顔もまた強くはっきりとした瞳を持っている。目の端から伸びる桃色の触角がその姿に神秘性を与え、最も美しいポケモンだとも言われている。

 

 ルカリオ(オス)。

 はどうポケモン。

 見た目はスリムな犬が二足歩行しているような雰囲気だが,その佇まいには明らかに熟練した武の気配がある。顔に通った黒い線もまた、眼光の鋭さをさらに増幅させているような(てら)いがある。はどうをあやつり、一キロ先の生物の種類や心情を把握することができる。

 

 ガブリアス(メス)。

 マッハポケモン。

 頭についた二つの突起。背中から大きく飛び出た紺色のトサカのようなもの。そして両腕から外側に張り出しているエラが、まるで全体的に攻撃的なジェット機を思わせる。事実その飛行速度はあらゆるポケモンの中でトップクラスだ。腹の部分の鮮やかな赤色からも、狂暴的なイメージを受ける。が、シロナは彼女をそのような気性になるようには、育てていない。

 

 そして。

 

「わあっ! なんやあ」

 

 シロナは腕を組んだ。

 最後の一匹は、杏の体をぬるぬると登り始めていた。

 

 トリトドン(メス)。

 ウミウシポケモン。

 二本の下部分が膨らんでいる角。ナメクジのような外見をしている。上半分は緑色で、黄色の筋が入っている。下半分は水色だ。

 ナメクジと言っても、彼女は重さがほぼ三十キロある。当然杏が支え切れるはずもなく、見事に押し倒されてしまう。彼女の頬に、嬉しそうに三つの目を向けている。

 

「ぐえ……」

「やめなさい」

 

 シロナが言うと、トリトドンは目を大きく開けて、ずるずると杏の体を解放した。そしてシロナの足に角を擦りつけてくる。

 この子は、初対面の相手に対して壁を作らない。作らな過ぎて、今のような行動をすることが多々ある。特に女性に対しては積極的になる傾向があった。メスなのに。

 多少というか、かなり混乱した状況になってしまったのは確かだ。一番大きいのは、ミロカロス。体長が六メートルほどある。彼女を初めとして、とりあえず少しのスキンシップを取ってから、ほとんどのポケモンをボールに戻した。

 

「おんみょーん…」

「なあに?」 

 

 ミカルゲが、何かを言いたいらしい。ルカリオに向かってふよふよと漂ってみせる。そしてルカリオが、シロナの方に体を向けた。しきりに頭を叩いている。二、三回叩くと、両手を使って小さな四角を表現する。それを何回も繰り返していた。

 

「頭に、何かがある?」

 

 ルカリオはふんふんと頷く。

 頭。

 その言葉で、嫌な光景を思い返した。帰ろうとしたら、頭が吹き飛ばされた者達。まるで爆発したかのように。

 もしかして、爆弾の類か。それが、自分達の頭に仕掛けられているという可能性がある。

 

「ミカルゲ、サイコキネシスでどうにかできる?」

「…ぉーん」

 

 無理らしい。どうやら干渉することで危険が伴う、というよりは、そもそも干渉自体ができないようだった。

 シロナは戦慄する。本人の知らぬ間にその頭へ何かを仕掛ける。そしてそれは取り外しができないように厳重なプロテクトがかかっている。自分の常識にはない技術だった。かなり高度だ。転送といい、今起こっていることの首謀者は強大な相手だ。

 

「わかった。ありがとう」

 

 ミカルゲを戻し、シロナは二匹のポケモンに向き直った。

 

「警戒は怠らないで。私達には、敵がいるみたい」

 

 ルカリオとガブリアスは油断なく周囲を確認し始めた。戦闘になった時、頼れる両翼だ。ひとまずは心配のない彼らと共に、状況の解明に当たろう。

 そして、ぽかんと口を開けている杏に向き直った。

 

「やっぱり、初めて?」

「なん、なんやこれ。新種の動物や…」

「ポケモンっていうの。知らない?」

「初めて知ったわ」

「そう」

 

 人差し指と親指を顎に当てる。

 杏の言葉に嘘はない。ということは、もう確定だ。ここが自分の知らない本当に隔離された、辺境地ではない限り、ポケモンがいない世界なのは明らかだった。

 いや。

 

「ドウブツ?」

「え?」

「ドウブツって、何?」

「ど、動物は、動物やん。キリンとか。動いてる生き物のことや」

 

 訂正。

 ここはポケモンの代わりに、ドウブツとやらがいる世界なのだ。どういうわけかは知らないが、自分はそこに来てしまった。原因はどうあれ、何とかして帰る手段を見つける必要がある。

 

「安心して。皆いい子達だから。私達を守ってくれる」

 

 杏はシロナの顔をじっと見つめてから、息を漏らした。

 

「姉さん、不思議な人やなあ」

「とりあえず移動しましょうか」

 

 先ほどの駐車場まで戻ってくると、既にほとんどの人達が移動していた。少しだけ安心する。黒服の集団がいなくてよかった。彼らはどこか危険な気がする。未知の生物に対して、躊躇いなく危害を加えられるような。

 ルカリオが、耳を震わせた。ばっと振り返り、通りの奥の方を睨みつける。

 シロナもまたそこへと視線を向けた。彼の感覚は頼りになる。

 そして徐々に何かが近づいてくるのがわかった。

 ただの人間だ。男性。スーツを着ていて、カバンを片手に持っている。何かの帰りの用で、欠伸をしながらシロナ達の駐車場に歩いてきていた。

 初め彼女は怪訝そうに眺めていたが、やがてはっと目を見開く。

 同じだ。あの黒い球体に表示されていた画像と。サナダ星人。確かそんな名前だった。

 あれが、やっつけるべき敵?

 とてもそうは思えない。本当に普通の、人間だったからだ。彼はルカリオとガブリアスの存在にも目を向けることなく、シロナ達の間を通り過ぎようとしている。おかしい。彼は、自分達のことがまるで見えていないかのようだ。明らかに、視線を向けるくらいはしてもいい状況なのに。

 男性はただ前にぼうっと視線を向けて、足を動かしている。シロナがじっと見つめても、反応はなかった。そのまま目の前を通り過ぎていき、彼女の目にはもう背中しか見えなくなる。

 何だったのだろう。拍子抜けした気分で、シロナは杏と顔を見合わせた。

 

「ワウッ!」

 

 ルカリオの鳴き声。

 そう認識した瞬間には、後頭部のあたりに風を感じた。

 身を翻せば、ルカリオは既に着地している。そして、壁に激突した何かを睨んでいた。

 紐のような生物。それが黒い液体を出して苦しんでいる。異質なのは、その体を覆いつくすようにして、細い刃が重なっていることだった。今まで見たこともない何か。

 

「ルカリオ」

 

 遠くで、男性が倒れている。そしてその後頭部から、血があふれ出しているのがわかった。

 まさか、あの中にいたということか。

 そしてシロナの頭を狙った。それを察知した彼が、防いでくれたというわけだ。本当に危なかった。シロナは完全に油断をしていた。

 すぐさまトランクに向かい、そこから傷薬を取り出す。そしてルカリオの足の部分にできた切り傷へと吹きかけた。出血はあっという間に収まり、痕も少ししたら消えていくだろう。

 

「ありがとう」

 

 感謝を述べると、ルカリオは頭を差し出してきた。そして上目遣いで、何かを要求してくる。

 シロナは微笑みながら、その頭を優しくなでた。褒めてもらった彼は、少し悔しそうにしているガブリアスに向かって得意げに胸を張ってみせる。

 

「あれ、どこに行った?」

 

 杏の声に反応して、生物が叩きつけられた壁の方を見る。そこには、死骸も何もなかった。すぐさまポケモン達がシロナの周りを固めるが、それ以上動きがなく数十秒が経過した。

 周りをいくら見ても、周囲にはそれらしき生物がいない。逃げた。それとも、消えたのだろうか。これで、星人とやらを倒せたのだろうか。

 静寂だけしか返ってこない中、遠くで男達の笑い声がした。

 気は進まないが、結局は彼らから情報を引き出すしかないだろう。

 

「ここから、離れましょう」

 

 シロナは最後に少し振り返ってから、駐車場を出た。

 

 




 関西の人の話し方の表現が不安です。
 本場の人が見たら違和感ありそう。

 シロナの手持ちだとルカリオがぶっちぎりで好きですね。トゲキッスは……、レート戦で散々カモられたので、嫌いです(万年モンスタボール級)。

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