シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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23.散華

 仕組みを、理解した。

 成功はしていたのだろう。確かに、モンスタボールはぬらりひょんを捕らえた。

 だが、シロナにでも明らかだとわかるルールが、一つある。

 一つのボールには、一体しか入れられない。

 あの中には、二体いたのだ。だから片方が捕獲されても、もう片方が抵抗できる。内側から、ボールを破壊して脱出した。

 理解しても、受け入れるには時間がかかった。そんな現象など、未だかつて起きたことがないからだ。それはすなわち、相手が今までの敵とは一線を画しているということを示していた。

 

「興味深い。非常に」

 

 橋の柵部分に、老人が寄りかかった。腕を組みながら、シロナを見つめてきている。

 

「んん……、興味深いぞ」

 

 動いたのは、彼の方ではない。

 女だ。

 その姿が、消えた。

 反応することが、できない。

 異常な速度で接近してくるのはわかっていた。それなのに、足が動かない。その姿が散々見てきた悪夢の存在と一致していることだけが、頭の中を占めていた。

 杏が、悲鳴を上げかける。

 最後まで叫ぶことはできなかった。

 女の腕が、変形している。鋭い刃が飛び出している。その先が、杏の首を狙っていた。

 

「ふふ…、弱いのはいらない」

 

 風を、感じた。

 馴染みのある青い胴体が、飛び上がっている。

 杏を押し出しながら、女の顔を殴り飛ばした。

 

「ワウ!」

 

 一声吠えてから、ルカリオは追撃に向かう。その姿は少し変わっていた。布が巻かれている片目部分が痛々しい。少し血がにじんできている。彼はおそらく、相当厳しい戦いをしてきたのだろう。それでも動きは全く鈍っていない。むしろ加速している。

 女は下がりながら、考えるような表情をした。そして腹を押さえながら、橋の外へと飛び出していく。それが誘いだと理解しているらしいルカリオは、追いかけなかった。すぐにシロナ達の方へと下がってくる。

 女は橋の下へと着地し、さらに奥へと走っていった。まるで逃げているみたいだ。その姿が遠ざかるにつれて、シロナは冷静さを取り戻していった。

 

「ルカリオ…」

 

 立ち上がった杏に対して、ルカリオが手を伸ばしている。怪我はないか、と小さく鳴いた。

 

「ありがとうな。ごめん。ずっと…」

 

 肉球でそれ以上の言葉を遮り、鋭い目つきで老人を見やった。

 ぬらりひょんは、橋の真ん中まで歩いている。

 

「二体なんて聞いてないぞ」

 

 既にジョージは、まともに立つことができている。トゲキッスの応急処置で、出血だけは収まっていた。だが、潰れた片手はもう使えないだろう。スーツも限界が来ている。

 シロナは一度深呼吸してから、Xガンを握り直した。

 

「今のうちよ。早く、あれを倒さないと」

 

 敵の一番近くにいたメガネ。

 彼は、天狗よって抱えられ、運ばれている。そこへすぐにトゲキッスが飛んでいった。意識がほとんどない様だが、まだ命に別状はないようだ。

 

「何してるん?」

 

 氷のような声が、発せられた。

 先ほどまでかなり怯えていた様子の女。メガネがキュウコンと名付けた存在が、ぬらりひょんを強く睨みつけていた。

 

「うちの主様に、何してるん」

「おっ」

 

 呑気な声を出して、ぬらりひょんの頭が破裂した。

 シロナもまた、Xガンを相手に向けた。

 これで終わるとは思えない。なぜなら、体は一向に倒れていかないからだ。

 

「撃って!」

 

 加藤とジョージも、駆動音を鳴らす。

 その時には既に、ぬらりひょんは顔をほとんど再生させていた。だが次の行動をする前に、次々と体が欠損していく。Xガンの弾を何発もまともに受ければ、そうなるのは当然だった。肉片がいくつも散らばっていく。

 動機は、収まらなかった。シロナは自分のトリガーを引く指が震えるのを感じる。もう、相手は死んでもおかしくないほどの傷を受けている。一方的な状況だった。これで勝てるはずだった。

 

「うむ。いいぞ」

 

 信じられない速度で、ぬらりひょんは全身を完治させる。その再生の速度は、前に戦った多手の石像をはるかに凌駕していた。急所であるはずの頭を破壊したのに、倒れない。もしかすれば、別の部分に弱点があるのかもしれない。

 キュウコンが、そこで怯んでいた。攻撃の手を緩め、メガネの方へと下がっていく。本当にポケモンのようだと、シロナも思っていた。主人の命が最優先だと考えている。

 ぬらりひょんは軽やかに横へと飛んだ。直前までそれがいた場所に、金棒が振り下ろされる。

 オニテングが、大口を開けて威嚇した。

 

「興味深い」

 

 平坦な調子でつぶやきながら、オニテングの攻撃をかわしていく。

 二撃。

 三撃。

 

「いくぞ、ほれ」

 

 シロナには、ただ腕が伸びた所しか見えなかった。それだけの動作のはずなのに、ぬらりひょんの拳が容易にオニテングの胴体を貫いている。

 反撃に、金棒がその左半身を潰した。だが有効打にはならない。ぬらりひょんは体を回転させながら、巨体を蹴り飛ばした。その時には、破壊された半身が元に戻っている。

 オニテングは、自分から後ろへ飛んだようだった。それで多少の衝撃を殺しながら、メガネのそばへと寄る。その前で仁王立ちになった。口から血を漏らしながら。

 

「ほほほ」

 

 楽しげにそこへと向かおうとしたぬらりひょん。

 その体が、一瞬で穴だらけになった。

 シロナのXガンと、ルカリオのはどうだんが直撃している。

 ジョージが、橋の奥に転がっている武器へと走り出そうとしていた。

 

「Zガンで…」

 

 だが、止まらざるを得なくなる。

 

「なるほど」

 

 変わらずに立っているぬらりひょんは、今度はルカリオへと注目を向けていた。彼を見つめながら、ロズレイドのシャドーボールと、トリトドンのみずのはどうを避けている。

 そして、片手を前に出した。掌をシロナ達に向けている。その姿勢は、見覚えがあった。ルカリオのそれと、全く同じだ。

 その先から、肉が伸びていく。丸い塊になった。その後ろから管のようなものが伸びており、ぬらりひょんの手とつながっている。

 

「ほれほれ。こうか? ほれ」

 

 凄まじい速度で、撃ち出される。

 ルカリオは完璧に反応し、飛んできた肉の塊を蹴りつける。軌道は逸らされたが、それは妙な動きをした。

 狂いなく、ぬらりひょんの手元へと戻っていく。どうやら肉の弾を、管で引き戻しているようだ。その弾の形状から言っても、はどうだんを真似ているのは明らかだった。

 

「怪我人を! 遠くへ。お願い」

 

 シロナは、後ろの方で呆気に取られている男二人に頼んだ。桜井と坂田。彼らも無傷ではないが、何とかその指示に従って動かし始めた。

 第二射が、来る。

 

「ぽわわっ!」

 

 山田が狙われていた。それを庇うようにしてトリトドンが飛び上がる。肉が、その体に炸裂した。勢いがなくなったが、それでもトリトドンの体を大きく削り取っていく。

 痛々しい光景だったが、致命傷では全くなかった。すぐにトリトドンが再生されていく。しぶといのは、相手だけではない。こちらにも頼もしい戦力が揃っている。

 そのはずだ、とシロナは何とか鼓動を落ち着けようとしていた。恐れは、勝てる勝負も勝てなくさせる。冷静になるべきだった。

 三発目は、ミカルゲが止めていた。サイコキネシスで固定した所に、ルカリオがはどうだんを当てる。相手の弾は完膚なきまでに破壊された。

 ちらりと振り返り、運ばれていく者達を確認する。

 離れすぎても、だめだ。もしかすれば先ほど姿を消した女が、狙ってくるかもしれない。

 桜井の肩に乗せられている、岡を見る。

 絶対に、夢で見たような未来にはさせない。彼を死なせはしない。自分達で、倒すのだ。ポケモン達と協力して。

 橋の柵の上に、女が立っていた。

 目が、赤色に光っている。

 その姿の違和感に気付く前に、シロナは激痛を感じた。

 

「あっ、く」

 

 Xガンが、粉々になっていく。まき散らされた部品の一つ一つまでもが、潰されていった。

 それを握っていた手が、剥き出しになっていく。肉が裂かれ、骨が欠けていく。それは腕の根元まで侵食していった。

 肩へと到達する前に、ミカルゲが前に出ていった。おそらく、相手もまたサイコキネシスに似た何かを使ったのだ。それを何とか相殺し、ミカルゲは直後老人のぬらりひょんによって殴り飛ばされていた。

 シロナは何とか立ったままでいる。

 おびただしい量に血が流れ出しているのが、わかる。痛みが溢れすぎて、もはや何も感じなくなっていた。頭の奥で浮力が生じ、意識が遠のいていく。

 トゲキッスが、焦った声を出しながら飛んできた。既にしずくを投げている。それが当たっても、ほとんど痛みはましにならなかった。右腕を丸ごと破壊されたのだから、いのちのしずくの回復力では間に合わない。

 でも、何とか意識を引き戻すことができた。

 

「キッスちゃん!」

 

 中山が、悲鳴を上げる。

 トゲキッスの胸が、女の刃によって貫かれていた。引き抜かれて、遠くへと放り捨てられる。

 中山はそれを追いかけようとして、転んだ。

 正確には、上半身だけが前に転がっていた。

 彼女を両断した女は、その視線を別へと向ける。

 加藤が、何かを察知したように叫んだ。

 

「伏せろ!」

 

 腕の刃が、一瞬で伸びていく。 

 警告に反応できた者は、どれくらいただろう。すでにありえないはずの事態が連続していた。その衝撃を受け入れて、迫る危険に対処できるような者が、どれだけいるだろう。

 シロナは、何もできなかった。

 先ほどの自分の決意が、ばらばらに崩れていくのを見ていた。

 

「トドン……ちゃ…」

 

 幸運なのかどうかは、わからない。

 シロナは無事なままだった。

 トリトドンが、彼女にしては驚くべき速さの反応で、飛んでいる。彼女はポケモンの中でも素早い方ではない。俊敏に動けるというわけではないのだ。それでも、何とかして間に合っていた。山田の前に、体を移動させていた。

 

「弱い弱い…」

 

 女が嘲笑を漏らしていた。

 その腕の刃が、トリトドンを貫通している。

 後ろにいた山田の胸も、貫いていた。間に合ったが、結局意味はなかった。スーツの防護をものともせずに、刃を回転させる。山田の胸の穴が広がっていき、中身をあふれさせた。

 女ぬらりひょんは、一度後退した。それは、何かを警戒してのことではない。間を、空けるためだった。獲物に、実感させるため。これから全てが終わるのだと、噛みしめさせるための時間を作った。

 その目が、シロナへと固定される。

 

「ワウっ!」

 

 どう考えても、相手の動きは速くなっていた。もはやシロナでは、何が起こったのかすらもわからない。それなりの距離があったはずなのに、女は容易に接近してきていた。

 ディアルガ。パルキア。

 届くはずもない、言葉を浮かべる。

 シロナは、徐々に理解し始めていた。彼らがずっと、予知夢を見させていた理由。その意味。岡が死ぬ未来をしつこく印象付けてきたのは、そういうことだったのだ。

 どちらかだった。シロナと岡のどちらか。

 女は、ルカリオの顔を蹴り飛ばす。そして、斬り取った彼の左腕を食べていた。一瞬で、喉へと放り込まれていく。

 どちらかは、必ず死ぬ。避けられることのない未来。どちらがいいのか。どちらの方が、より確実に、勝利の可能性を掴めるのか。

 そんなものは、決まっている。シロナ自身には、戦いの才能がない。反対に岡は自分の力も使って、ずっと生き残ってきた。

 だがシロナは、そんなものを認めてはいなかった。誰かの思惑に乗せられるのは、うんざりだった。だから、素早く腰から刀を引き抜く。ボタンを押し、刃を展開させる。

 倒す。

 何が何でも倒す。

 そうして震えながら女を睨みつけた。

 おかしい点があることに、ようやく気がつく。

 女の腹が、引っ込んでいる。 

 引き締まった腹筋が浮き出ていた。先ほどまで大きく膨らんでいたはずなのに、もう見る影もない。

 出産を、終えている。それをするために一度離脱したのだ。

 直後、シロナは脱力していく自分を感じていた。

 

「ひょひょひょ」

 

 耳元で、笑いが聞こえる。

 背後に忍び寄っていた男。目元に浅い皺が刻まれている。中年の男のような顔をしていた。指を伸ばし、シロナの首元にあるメーターへと突き入れていた。

 三体目の、ぬらりひょん。

 体が、一気に重くなる。

 そしていつの間にか自分の胴体を拳が突き抜けているのが分かった。

 女の顔が目の前にある。細目が残虐に光っている。

 ポケモン達が、ふと浮かんだ。

 トリトドン。ロズレイド。ミロカロス。トゲキッス。ミカルゲ。ルカリオ。ガブリアス。

 最後に癖毛頭の男が視界に広がった。

 ごめんなさい、とシロナは心の中で謝った。

 頑張って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

「いやあああぁぁあああああ!!」

 

 甲高い叫びが上がった。

 杏が悲鳴を上げている。目の前で起きたことが信じられないとでも言いたげに、首を何度も振る。

 

「いやや! ねえさん、いや…。うそやああああ!」

 

 途中でその言葉は途切れていた。男に、彼女は抱え上げられる。

 オールバックの男は、全力で杏を投げ飛ばしていた。彼女は抵抗もできずに放物線を描いて、橋の下へと落ちていく。水に飛び込んだような音が、痛いほどの静寂の中で響いた。

 そして男も、すぐに端から下りていった。少しでも多くの命を救うための、行動だとも言えた。時には、逃げることも必要なのだ。たとえそれがほんのわずかな延命にしかならないとしても。結局は、最後に一人になるまで戦い続けなければならないとしても。

 

「……あ?」

 

 ずっと、怯えきっていた者がいた。相手の強さを事前に知っていたが故に、戦えば必ず負けると思い込んでいた男。

 だが杏の叫びを聞いて、京はゆっくりと顔を上げた。

 そして見た。

 何とかして、立ち上がる。

 その歩みはガンツから支給されたバイクに向かっている。

 

「おい…ふざけんなや……」

 

 もうその顔には、恐怖などなかった。それ以上の強烈な感情が、彼の顔を歪ませている。

 

「どうしろって…、この先、どうしろっていうんや。あいつなしで、俺はどう生きろっっていうんや! ふざけんなあああああああああああ!!」

「おんみょおおおおおおおおおおおおおん!!」

 

 バイクにエンジンがかかる。

 加速はあっという間だった。

 運転席から体を半分ほど出しながら、京はXガンを連射していた。

 

「む?」

 

 老人のぬらりひょんの体が、持ち上げられる。

 そして、四肢が一瞬で潰された。

 ミカルゲはさらに追い打ちをかけようとする。それに合わせて、京もバイクを走らせていた。

 女の細目が、光る。

 京は察知して、バイクから飛び出した。

 直後、車体が破壊されていく。もしそのまま運転席にいれば、同じ目に遭っていただろう。

 だが結局、大した意味はなかった。

 飛び上がりながら、両手のXガンを撃ち込んでいく。京は口の端から涎をこぼしながら、瞬きもせずに叫んでいた。標的達に憎悪を向けていた。

 

「死ね、しねええええええ!」

 

 二筋の光線が、走る。

 老人と女の目から発せられたそれが、京の首を破壊していた。まだ憤怒の残滓を残しながら、彼の顔は真っ白になっていく。地面に着いた時には、目を開いたまま動かなくなっていた。

 中年のぬらりひょんと、女が手を動かす。

 

「おぉおおぉお…」

 

 ひびが入っている。

 かなめいしが、割られ始めていた。ミカルゲはこれまでにないほど苦しむ。それでも、仕掛けてきている相手の腕を捻じ切るくらいの抵抗はしていた。

 一瞬で再生される。

 決壊がやってきた。その瞬間、ミカルゲは四散した。紫色の体が飛び散っていき、やがて薄くなる。最後にわずかな呻きを残してから、空気に溶けていった。

 ぱらぱらと、かなめいしの残骸が橋の上に降り注ぐ。

 

「ふむ、ふむふむ」

「ぽ……ぎゅ…」

 

 中年のぬらりひょんは、自分の片手を分解していた。そしてそれを、後ろから襲おうとしたトリトドンに突っ込んでいる。

 彼女は苦しんでいた。時々、その体に大穴が空く、再生されるのだが、徐々にその速度が遅くなっていった。トリトドンは苦し紛れに、水を吐く。それを楽しそうにぬらりひょんは飲んでいた。

 トリトドンは、内側から食い尽くされる。ぬらりひょんの手が、無数の小さな個体に代わっていた。それらが喜々として、彼女を貪っていた。完了されるまで待ってから、本体の方へと合流していく。

 

「こうか? れいとうびーむ」

 

 まだ、女の体から出てきたばかりのもの。多少濡れている指先から、高速の線が放たれた。

 それは真っすぐミロカロスへと直撃する。

 彼女は事前に、反射の板を貼っていた。だが、貫通されていた。

 ベージュの胴体が、凍っていく。ミロカロスの視線は、遠くに寝かせられている桑原へと最後向けられた。だがその美しい瞳も、氷漬けになっていく。

 

「ほれほれ」

 

 その氷の塊を、老人のぬらりひょんが砕いた。己の拳を肥大させて、叩き潰していた。飛んでいく欠片が、夕日を浴びて輝いている。地面に落ちて、さらに砕け散った。

 光景を、ジョージは眺めていた。

 戦いの終わりが近づいているのだと、曖昧な思考で考えていた。

 

「まだ、生きとる、か?」

 

 ロズレイドはわずかに鳴いていた。かろうじて、顔をこちらに向けてくる。体を這いずらせながら、寄ってくる。

 その強まる香りをかいでいると、少しは痛みが紛れるような気がしていた。

 血を吐き出しながら、ジョージは視線を彼女と合わせる。

 

「たの、む。頼む…」

 

 ロズレイドの目から、涙がこぼれている。

 

「おれ、おれを、早く。むりや、苦しいんや…。耐えられん」

 

 既にジョージの半身が、分裂したぬらりひょんによって食べられていた。だが流れ出す血を巧妙に止めている。自身の細胞を埋め込んで、再生させている。より痛みが長く続くよう考え尽くされた、残酷な行為だった。

 

「ぜん、ぶ。すいとってくれ。お前だけは、いきてくれ…」

 

 相手は首を振る。体液がさらにこぼれ出していく。

 

「おねがいや、俺を、死なせてくれ」

 

 ロズレイドは目をつぶりながら、両手の花を近づけてきた。その先が震えている。ジョージにも、確かに伝わってくる。

 何とかして、手をその白い頭に乗せた。

 少し、撫でる。

 吸収が始まった。明らかにロズレイドの状態は良くなってきている。だが、彼女の顔は酷いものだった。涙でぐちゃぐちゃになっていた。

 

「ああ、くそ。やっぱり……」

 

 これまでにないほど、ロズレイドの香りは強くなってきていた。彼女は花を動かしている。その中にある棘を、優しくジョージの頬に刺していた。

 どんな花よりも、甘い。だがそれでいて嫌になるしつこさはない。癖になる芳香だった。いつまでもかいでみたいと思わせるものだった。

 徐々に、視界が暗くなっていく。完全に暗闇へと落ちるまで、ジョージは相手の瞳を見つめていた。花と同じくらい、気に入っている輝きを心に刻み込ませていた。

 

「お前が、いちばん、きれいや」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ロズレイドは、鼻をすすった。

 そして、よりかかる。その黒い肌、つるつるとした頭を抱きしめる。

 甘えるように鳴いて、顔をジョージの頭に擦りつけた。

 それから、立ち上がる。

 隣に、仲間が並んでいた。

 ルカリオは、少しの間だけ見下ろしてくる。片腕になった彼は、筋肉を動かして無理やり出血を止めていた。その目が、青く光っている。はどうをこれまでにないほど強く、全身で感じている。

 ロズレイドはその肩に飛び乗って、ほどなく降りた。

 それだけで十分だった。自分達は戦うのだと、お互いに確認をし合った。

 最後まで、戦うのだと。

 

「ほほほほ」

「ふふふ」

「ひょひょっ」

 

 三体の化物が、二匹に笑いかけている。

 ロズレイドとルカリオは、真っすぐ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ナイフを、胸から引き抜いた。

 

「どうして、ハチロ―は私を殺したの?」

 

 少し、考える。

 それから言葉を出した。

 苦しげな笑みを向けてくる。

 

「でも、それも私だったよ。本物だった」

 

 お前が、本物や。

 

「なんで、私を殺したの?」

 

 お前を、殺そうとしたからや。

 

「じゃあ、質問するね」

 

 もう散々、したやろ。

 相手は一本のナイフを、自身の首に当てる。

 

「私は、本物でしょうか?」

 

 俺と一緒に、あれを経験した記憶がある。当然や。

 相手は微笑んでから、刃を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めてる」

 

 かなり悪い寝床だと言えた。

 そもそも浮いている。持ち上げられている。

 目を開けると、少し離れた所に地面があった。

 横を見る。

 若い男が、自分を運んでいるようだ。

 

「俺が! 今!! 止めてる! 早く向こうに逃げろォっ!」

 

 一気に体が揺らされた。

 岡は、確かに見る。

 サングラスをかけた男が、裸の女に対していた。顔中から、血を垂れ流している。何をしているのかはわからないが、目の前の脅威を確実に足止めしているのは明らかだった。

 

「いやだあっ! 師匠もっ! いやだああああ!」

 

 限界が来たのだろう。

 サングラスは既に持ち上げられていた。女の笑い声が聞こえる。

 そして、頭を潰されていく。泣いている若い男もそれを見て、悲痛の叫びを上げていた。

 両手を動かして、若い男を突き放す。

 いい加減、自分の足で歩きたかった。今までずっと、そうしてきたように。

 

「うっ、う……。…して、やる。ころしてやる。お前ら全員、殺してやる…」

 

 若い男は、泣きながら何かを弾けさせた。

 周囲の空間が、歪んでいる。球体上の光が一瞬広がったかと思えば、すぐに消えていた。

 それを見て、星人らしき相手がはやし立てている。また、面白い奴がやってきたとばかりに喜んでいる。 

 三体が、揃っていた。

 味方の多くが死んでいる。

 まだ残っているのは、ルカリオとロスレイドだ。彼らは岡の姿を確認すると、すぐにそばまで下がってくる。

 これまでは。

 岡は自分がわからなくなった。

 これまでは、迷いもなく撤退を選んだ場面だ。どうやら、百点は他にもいたらしい。しかも、複数。明らかにリスクが大きすぎる戦いだった。点数を多く取るのは大事だが、自分の命はもっと大事だ。時間切れになるまで、隠れる選択肢もありだった。

 

「バアアアアア!」

 

 だが気が付けば岡は、ガンツソードを展開させていた。同じく目を覚ましたガブリアスと共に、大声を上げていた。

 

「ふふ、ふふふ…」

 

 細目の女が、何かを持ち上げている。

 中程度の長さの金髪が、その指に絡みついている。

 シロナは、ほとんど目をつぶっていた。恐怖や苦痛で、顔を歪ませてはいない。上半身だけになった彼女は、もうほとんど血を落としていなかった。背骨の白さが、浮き上がっていた。

 

「そいつは…、俺のもんや。俺の特典や。くたばれ…」

 

 自らを鼓舞させるような気合を上げながら、大柄な男が横に並んだ。

 

「タケシ…すぐに、今すぐ……」

 

 若い男が、電光のようなものを弾けさせる。

 ルカリオが、深く息を吸い込む。

 ロズレイドが複数の光弾を周囲に展開させる。

 ガブリアスが少しだけ浮いた。矢のような鋭い前傾姿勢を取る。

 それらに対して、ぬらりひょん達は楽しげに待ち構えていた。 

 

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