今までは、求めていたはずだった。
強さを追及する。
どんな猛者に対しても、臆さずに挑んできたつもりだ。
だが風は、今だけは違うと思っていた。
確信は持てない。だが、足の力が入らないのは確かだった。目の前の老人は、変わらず待っている。あちら側からは、決して仕掛けようとはしてこない。
ほとんど、感じたことのない感情だった。地方で彼に敵う者はいなくなり、東京へと出てきた。それでも、彼の記憶に留まったのは一見少しも強くなさそうな玄野という高校生だけだ。
他の者も、戦っている。敵はこの一体だけではないのだ。自分が、これを倒さなければならない。そうしなければ、他への負担が大きくなる。
そして、大事な少年のためにも。タケシのためにも、彼はあえて笑った。お前など取るに足らないと、相手に向かって威嚇をした。
老人は、ゆっくりと首を傾げる。
「ほっ。怖いのか」
間髪入れずに、拳を放っていた。
手応えは確かにある。相手の頬に直撃した。
それで安心することはない。己の中にある技の流れを再確認しながら、風は連打した。叫びながら、殴り続けた。
「ほほっ」
動きは速くない。相手の蹴りをのけぞってかわす。
右の拳は、掌で受け止められた。
怯むことはない。続けて、中段の蹴りを炸裂させた。
相手は抵抗することなく吹き飛んでいく。素の力でも人体を容易に破壊する風の攻撃は、スーツによってさらに強化されていた。耐えられる道理は、ないはずだった。
ぬらりひょんは、すっと立ち上がる。
だが、よろけている。
ぼろぼろになった両手を、お腹に突き刺した。
「ほほほほほほほほ」
哄笑を上げながら、自らの内臓を引きずり出していく。同時に、風の与えた傷が一瞬で治っていく。
もう一度タケシの顔を思い浮かべてから、風は走り出した。
◆
ルカリオはわかっていた。
憎しみだけではない。自分には、義務があると考えていた。
「ふふ、ふふふふ」
自分だけが、この相手に対応できる。その速度に追いつくことができる。他へと被害が及ばないよう、何としてでも抑え込まなければならなかった。
体調は、万全といえない。片目と片腕を失くしている今、限界がやってくるのはそう遠くないだろう。それでも、ルカリオは戦い続けると誓った。シロナと共にチャンピオンになってからも。彼女がそうでなくなってからも。この世界に、来てからも。
特性、ふくつのこころ。
傷つけば傷つくほど、怯めば怯むほど、すばやさが上がる。ルカリオには、恐れというものが存在しなかった。
加速していく。
残像しか見えていなかった相手の動きを、補足していく。
肉球を、相手の顔に当てた。
衝撃を加える。
女ぬらりひょんは、停止した。血を吐いている。
だが、そこへと追撃は加えない。
ルカリオは即座に後退した。
それでも、顔の一部に傷がつく。
女は、腕を変形させた刃を構えていた。その鋭さは、どんな防護も斬り裂いていくだろう。だから、受ける選択肢は存在しない。全てかわし、反撃を確実に入れる。そうするしかなかった。
少しの攻撃では、相手を倒すことはできない。トリトドンよりもはるかに再生能力が優れている。決定的な隙をついて、強力な一撃を叩きこむしかない。
だが、ルカリオは理解していた。
それは、自分の役割ではない。
女の頭が、はじけ飛ぶ。
ルカリオは、ガブリアスの目を見ていた。
ギガインパクトを炸裂させても、相手は倒れない。
だが、妙だった。
今までの再生とは、違う。明らかに遅くなっていた。目に見えるほど変わっている。
つまり、これが突破口なのだ。
片腕で構えを作りながら、ルカリオはさらに深く集中していった。
◆
「ひょひょひょ」
相手は、刀の上に乗っている。
渾身の突きだった。連撃によって逃げ場を失くしていき、最後に決定的な一撃を叩きこんだはずだった。
後退した岡は、把握する。
相手は、これまで戦ってきたどんな星人をも凌駕する。この相手だけ見てもそうだ。そんな敵が、三体いる。全て倒さなければ永遠に終わらない。
中年のぬらりひょんは、空中で静止した。
「固定しました!」
桜井という名の若い男は、明らかに今までと様子が変わっていた。その力の強さも。
すでに敵は、頭を潰され始めている。不可視の力で、圧縮されていた。
岡はその隙を逃さずに、体を斬り刻んだ。
斬ったそばから、治っていく。切断された肉同士が結合していく。
完全に治った指が、岡へと向けられた。
氷の塊が出来上がっていく。
発射。
だが、その直前で、指は破壊された。
「ぬっ」
ロズレイドはさらに口から紫色の塊を吐き出した。
それらは全てぬらりひょんの側で爆発する。
そこで初めて、体がよろめいた。見た目通り、それは毒らしい。ぬらりひょんは苦しんでいる。
「弾けろ」
桜井が目から血を流しながら、握り込むような動作をする。
そして再びぬらりひょんの脳が破壊されていった。
岡は心の中で舌打ちをする。
このままでは勝てない。こちら側の体力が全て削られるまで、粘られる。
どこかに、弱点があるはずだった。今までも、再生を得意とする星人と何度か戦ったことがある。その力をつかさどる部分を破壊すれば、処理するのは簡単になった。
だが、この相手からは何も伝わってこない。多少は動きの癖があるはずなのだ。無意識のうちに弱点を庇う。ぬらりひょんに対しては、その考えが通用しなかった。まるで自分が不死身であるかのように、攻撃を受けることに躊躇がない。
その相手に集中していて、反応できなかった。
岡は巨大な拳によって殴り飛ばされる。
幸いスーツが衝撃をほとんど吸収してくれたが、それでも橋の下へと落ちないようにするのが精いっぱいだった。
老人のぬらりひょんが、風を押しのけながら笑っている。
体勢を崩した風に向かって、細目の女が刃を伸ばした。
何とかぎりぎりで、ガブリアスがそれを蹴り飛ばす。
協力されるのは、かなり厄介だった。分断も一つの手だろう。
だが、岡には別の考えがあった。
高速で動いているガブリアスと、一瞬視線が合う。
彼女も、わかっているようだった。
◆
メガネは、みっともなく泣いていた。
惨劇が起きた現場では、今もなお戦いが続いている。恐ろしくて、まともに見ることができなかった。どちらが優勢なのか、確かめるのが怖い。
「シロナさん、うう……、ごめんなさい、シロナさん…」
彼は自分を責め続けていた。他にも、方法があったのではないか。もっとちゃんと様子を見てから、ボールを使えばよかった。安易に頼ったせいで、皆が殺されたのだ。
「もう一度、お願いするわ」
キュウコンは表面上は冷静さを保っているようだった。だが、本当は違うのだろう。橋の上で戦っているぬらりひょんを時折怯えるように見えていた。
「許可を。主様の頭をいじらせて。がんつの爆弾を取り除けば、逃げられる。一緒に逃げるんよ。うちな、普段は人間に化けて暮らしてる。だから、大丈夫」
「そんな、そんなの…」
「それが最善や。今戦ってる人たちのことなんて、どうでもええ。主様が生きてくれればええんや」
「お前、お前が」
メガネは、濡れた瞳で相手を睨みつけた。
「お前達が、協力してれば。死ななかったんや! なんで、僕なんかを。僕なんか、守らなければ、皆は…」
「そんなの、知らん」
オ二テングが、呻く。腹から流れ出ている血は、止まっていなかった。それでもメガネの周りで待機していた。
「うちらは、主様の命を守るためにいる。他のことなんて、知らん」
一見、本気で言っているようだった。キュウコンは美しい瞳を真摯に光らせて、メガネを見下ろしてきている。
だが、ありえないと考えていた。少し前まで、彼らは自分達を殺そうとしていた。残虐なままなのは確かなのだ。だから、これは洗脳同然だ。二体は、ボールの力によって錯覚させられているに過ぎない。自分への忠誠は、嘘だ。
さらに頭が痛くなったメガネは、もっと大きく叫んだ。
「じゃあ、命令や! 協力してくれ。皆を、助けてや。一緒に倒すんや!」
最初に、オニテングが咆哮を上げた。そして、橋の上へと上がっていく。かなりの深手を負っているのに、その動きはまだ早かった。
ずきずきと、胸が痛む。まるで、道具だ。命令を全うするため、自らの命を削る。それをさせた本人であるメガネは、その姿を直視できなかった。
キュウコンは、さらに身を寄せてくる。今だけは、その美貌にも惑わされなかった。彼女は、静かな表情でメガネを眺めている。
「うちは、動かんよ。主様のそばにいる」
それが作られた感情なのだと、言いかけた。
だが、それよりも戦況の方へと意識が向く。
風という、大柄な男へと迫る拳。
それを、オニテングが叩き潰していた。
状況は、変わっていく。
メガネは自分が情けなくなった。今戦っている味方は、凄い。想像もできない働きをしている。絶望的な相手に対して少しも臆さずに、攻撃を加えていっている。恐ろしくても、自然と目が引きつけられていた。
「不意をうて!」
こういう戦いをずっとしてきたのだろう。岡という男には、迷いがなかった。何かがわかったのか、大声で全員に知らせている。
「こいつらの、意識外を狙え。再生が遅い! 叩き込める!」
だが、一体の背後をついても変わらないようだった。
外で見ているメガネだからこそ、より強く実感できることがある。
ぬらりひょん達の連携は、完璧だ。どれか一つの不意を狙っても、必ず対応される。まるで、一心同体のようだった。視覚が共有されている。それは明らかだった。
つまり。
暗澹たる気持ちになる。
三体の死角から、全員を一気に潰せるような攻撃が必要だということだ。無謀にもほどがあった。そんなのは、ありえない。存在するわけがない。
あるいは、それぞれを分断させる手もあった。だが、相手が簡単にそうさせてくれはしないだろう。そして同時に、こちら側も分かれなければならない。他の助けが少なくなれば、各個で殺されてしまう可能性もある。
だが、彼らは別の策を考えたようだった。
「今だ、潰せ!」
桜井が、血を吐き出しながら叫ぶ。
中年のぬらりひょんの目玉が、はじけ飛んだ。
同時に、ガブリアスのかわらわりが女の顔へと食い込んでいく。
そして最後に、オニテングの拳が老人の頭を潰した。
彼らはとにかく、視覚だけを狙ったようだった。それで、相手の意識を狭める。再生はされるだろうが、少しの間を作っただけでも十分と考えているらしい。
彼らは、一度に離脱した。
岡がカブリアスに拾われて、橋の外へと飛び出す。
ルカリオがとてつもない速度で走っていく。
風と桜井が、水の中へと飛び込んだ。
メガネは、ようやく気付く。
もっとも、悟られないであろう方向はどこか。
上だ。
空に、いくつもの岩石が浮かんでいた。その中にはとてつもないエネルギーが内包されているように見える。その全てが、ぬらりひょん達へと向けられていた。
敵もまた、何かしらの危険を察知したようだ。
老人が離れようとして、大きな手に捕まった。
逃れようと、光線を放つ。
「あ…」
オニテングは、顔の半分を削られても離さなかった。低く唸りながら、かつての主を握りしめている。他の部分も酷いものだった。肉が裂け、骨が露出している部分もある。
一瞬、やめてと言いそうになった。そんなことをする必要はなかった。オニテングは、本来ならば敵だったのだ。だから、そこまでする義理はないはずだった。
だが、やめない。それは心から望んでいることのように、一体のぬらりひょんを押さえつけていた。今度は、メガネも何とか直視できていた。自分が命令した結果を、見届けていた。
そこへと、二体が迫る。
だが、中年と女のぬらりひょんは、巻き付いてきた何かによって止められた。
ロズレイドは決然とした表情で、毒の鞭を彼らに刺し込んでいく。
それから、離れた所にいるガブリアスを見やった。
躊躇いもなく、頷く。
「…りゅうせいぐん」
岡が言った直後、ガブリアスが咆哮を上げる。
ぬらりひょん達は逃げることもできずに、暴力の雨へと晒された。
メガネもまた、その揺れでうずくまることしかできなくなる。自分を、キュウコンが庇ってくれているのわかった。複雑な感情も忘れて、その着物に縋り付く。これで終わってくれと、涙を流しながら願った。
◆
これほど、自分が無力だと思い知らされたことはない。
加藤はただ、その光景を眺めていることしかできなかった。かつて、親友によって自分は生き返った。その思いに応えるためにも、戦う必要があると考えていた。
だが、結局はこの体たらくだ。今までも、強い星人はいた。ぎりぎりの戦いがほとんどだった。それでも、今回の難易度はありえない。あまりにも、強すぎる。
多くが死んでいくのを、見ていた。かろうじて杏を逃がすことができたが、それ以外は助けられなかった。そのあと始まった戦いにも入ることはできず。ただ杏と一緒に離れた所で息を潜めていた。
「うそ…いける? 倒せる……」
やっと、体が動いてくれた。Xガンを握りながら、前へと走る。
「探せ! 少しの欠片も残すな!」
橋は、ほとんどが崩壊している。凄まじい破壊の後だった。これに晒されれば、どんな生物も生き残れない。
事実、直前までぬらりひょん達を押さえつけていた二体も、まともな形を保っていなかった。彼らは、自分から選んだのだ。犠牲になることを。
飛び散った肉体に、次々と撃ち込まれていく。
その場にいる全員が、息を荒くしながら確認をしていた。敵が全てがやられたかどうか、少しの違和感も見逃さないようにする。
加藤も、目についた欠片は全て破壊した。油断してはいけないのもわかっている。相手の再生能力は異常だ。だから、少しでも残すようなことがあれば。
「うっ」
疲労困憊の状態にある桜井が、息の詰まったような音を出した。彼は今にも倒れそうな顔をしている。力を使いすぎていた。
その視線を辿って、全員が振り返る。
「お…、終わら…、終わらないよ。こんなの、終わらないよ……」
蒸気を吹き出すような音が、加藤にも聞こえる。
彼らの間で、肉が瞬時に形成されていた。それは人のような形をしている。残っていた全ての肉片が集まって、一つの個体になっていた。
「ふーっ、ふー」
それははっきりと呼吸していた。
どこか、悪魔を連想させる。頭の部分は人間の頭蓋骨と酷似していて、全身の筋組織がさらけ出されていた。血管か両手足に張り巡らされており、体の色を赤く見せている。
背中からは、いくつもの骨が飛び出していた。それが翼のように見えている。肘から伸びている刃が、鼓動と共に揺れていた。
風とルカリオが、最初に向かい始めた。
ぬらりひょんは低く唸る。
「おまえは、おまえたちは、もういい。ふーーっ。もうわかった」
風がその頬を殴る。
体勢が崩れた所で、ルカリオが背後から回し蹴りをした。
が、直撃する前に、その青い体が浮き上がっていく。
ルカリオは、何も抵抗できないようだ。
そして、ぬらりひょんの刃がその胸を貫いた。
不可視の力によって、橋の外へと放り捨てられる。
「うおぉぉおおおおぉぉおおおぉお!」
風が、その顎を狙う。
だが、強烈な反撃を食らった。
拳を一度受けただけで、大柄な体が痙攣する。そのスーツのくぼみから、液体がこぼれ出して行く。糸が切れたように、風は膝から崩れ落ちた。
桜井の片手が、もぎ取られていく。彼はサイコキネシスで抵抗しているようだったが、それ以上の力で押し込まれていた。やがて、その目が閉じられていく。能力を使う限界が来たらしい。鼻から大量の血を流しながら、後ろへと倒れていった。
ぬらりひょんの胸に、穴が開く。
ガブリアスは、さらにその顔を蹴りつけた。
飛び上がり、空中で相手の様子を見る。
「いいだろう」
こともなげに傷を治したぬらりひょんは、背中の骨を蠢かせた。それは柔らかくしなっていき、まるで翼のような形になる。
そして、いとも簡単に飛行を始めた。
ガブリアスはさらに距離を取る。ぬらりひょんはそれを追いかける。両者の姿が遠くなっていき、やがてビルの向こうへと消えていった。
「ど、どうするの。どうすれば…」
レイカが、Xガンを下ろしていた。もはや戦意はほとんど失われている。
それは杏も同じようだった。
「逃げる、しか。逃げるしかない」
「駄目だ」
加藤は既に、この戦いの結末がどちらかでしかないことを理解していた。相手を倒すか、こちらが全て殺されるか。
シロナが言っていたことだ。
制限時間が、なくなった。それは、大阪チームだけの事情なのかもしれない。だが、楽観視はできなかった。
「戦うしか、ない。俺達は最後まで、奴と…」
「で、でも、どうやって」
一瞬だけ、痛いほどの静寂があった。
「今のうちに、離れて。どこか、見つからない所から、狙撃すれば」
「不意をつける。意識外から」
杏の顔は途中から、苦渋にまみれていった。
今考えられる中では、悪くない作戦だ。少なくとも、加藤にはそれ以上の案など考えつかなかった。だが、大きな問題がある。
「俺が、やる」
レイカが口を押さえた。
「そんな…」
「俺しかない。俺が、奴をこの場にとどまらせる。その間に、遠くから撃ってくれ。早めに準備してくれると、助かる」
最初は少し躊躇していた。だが加藤が何度も頷くと、彼女達は走り始める。どこかのビルの上から狙えば、位置はより捕捉されづらくなるだろう。
静寂が戻った戦場で、加藤は己の鼓動を何とか落ち着けようとしていた。
死ぬ気はない。生きたいと思っている。
弟もいるのだ。今もアパートで、自分の帰りを待っているだろう。
「歩…」
焦ったような足音が、近づいてきた。
振り向いたと同時に、抱き着かれる。
杏が、密着しながら泣いていた。ずっと自分をからかってきていた女性。
彼女は、はっきりと加藤に向けて好意の言葉を口にした。
「死なないで。お願い…」
「ああ」
「帰るんやろ? 弟さん、待ってるんやろ? 絶対に生きて」
「当然だ」
「じゃあ、約束。これが終わったら、うちと息子、そっちの兄弟四人で暮らすんや。わかった?」
「約束する。一緒に暮らそう」
「絶対、絶対やで」
彼女は何度も振り返りながら、離れていった。
その後ろ姿を眺めてから、目をつぶる。
深呼吸。
落ち着こうと考えた所で、轟音が鳴った。
「なん、だ」
ビルの一部が倒壊していく。
何かが、暴れまわって回っているようだった。
岩が飛び散っている。
咆哮が、聞こえる。
その激しい戦闘音が、ほどなくしてやんだ。
加藤は、息を呑む。
ものすごい速度で、彼の前に異形が着地した。ぬらりひょんだ。
「くそ、くそっ…」
恐怖で崩れてしまいそうな足を、押さえつける。
ぬらりひょんの手には、首が握られていた。かつてシロナを星人から助けていた存在。パートナーとして、絶対の信頼を向けられていた相手。
ガブリアスの瞳は、もう何も映してはいなかった。ぬらりひょんがぞんざいに投げると、血の軌跡を描きながら川へと落ちていく。
心臓が爆発して、そのまま死んでしまいそうだった。それで楽になれたら、どれだけいいか。だが、加藤は責任を感じていた。まだ、生きている者がいる。ここで負けるわけにはいかない。絶対に、勝たなければならない。
まだ、レイカ達は準備ができていないのだろうか。早すぎるのか。
Xガンを握る手に力を入れた直後、頭が真っ白になった。
「ふーっ」
ぬらりひょんの人差し指が、加藤の頭に触れていた。少しでも動かせば、彼を殺せるだろう。
いつ動いたのか、まるで見えなかった。
命を握られている状況で、手の力が抜けていく。Xガンが地面に転がった。
「ま、まて。待ってくれ…。話、話がしたい。質問が、したい」
相手は呼吸を漏らすばかりで、何もしなかった。
まだ、殺されていない。
加藤はとにかく何かを言わなければと、頭を懸命に回転させた。
そして、心の底から出てきた疑問を口に出す。
「質問したい…。応えてくれ。なぜ……、なぜ俺達は殺し合っているのか」
苦し紛れの言葉だったが、相手は何かを考えるように顔をずらした。
「それを、お前達が言うのか。お前達が、質問するのか」
「わからないのか…。元々、こんな殺し合い、誰も望んでないんだ」
さらにぬらりひょんは、顔を上に向ける。
「ふー、神の存在を、感じるか」
「質問に、質問かよ…」
「神は、どのような形か。人の形をしているのか」
「わから、ない。考えたこともない」
「神は、絶対の力を持つ存在」
「お前が、そうだとでも?」
「この世は、そのような個が生み出したもの。災害と同じだ」
「く…」
相手の指が、前へと擦れていく。爪の先が加藤の額に食い込んだ。
思わず、戦慄する。
ぬらりひょんは、明らかに笑っていた。筋肉がむき出しになっている顔を動かして、邪悪な笑みを浮かべていた。
「だが、やがて終わる。神の時代は変わる。我々が、その頂へと到達する。未来に種を残し、種族としての力を洗練させ、理の外へといつか必ず回るだろう。あらゆるものを支配し、あらゆる命を貪る。ふーっ。光栄に思え。お前達は、その未来の礎となるのだ」
瞬間、相手の半身が破壊されていた。
さらに、下半身にも大きく欠損ができる。
始まったと、加藤は痺れる頭で理解した。
すぐに離れる。
勇気を出して振り返ると、ぬらりひょんは目を光らせていた。
あたりが、破壊されていく。その放った光線によって、周りのビルが貫かれた。
だが、それで確信する。ぬらりひょんは、射撃の位置を特定できていない。この調子でさらに畳みかければ、滅ぼせるかもしれない。
加藤は、転がっている武器へと真っすぐ走っていた。今まで自分達が使ったこともない武器。Zガンというらしい。あれをとどめに使えれば、可能性が開けてくる。
だが、もう少しという所で、両足に激痛が走った。
宙を飛び、全身が撃ちつけられる。
加藤は呻いた。
両足が、切断されている。どうやら光線の一本が直撃したようだった。それでも何とか這いずって、武器を握る。
だが、トリガーを引こうとしても、できなかった。出血により、力が入らなくなってきている。
「いやああぁあ!」
加藤の前に、誰かが出てきた。
杏だ。彼女は涙を流しながら、Xガンを連射する。光線をまき散らしているぬらりひょんにむかって、走っていく。
「駄目だ…、なんで」
息子が、いるはずだった。こんな所で、自分なんかのために命を捨てる意味はないのだ。そのまま遠くから狙撃を続けていれば、無事でいられたのに。
杏は、悟ったように少しだけこちらを振り返ってきた。何かを口にしようとする。
その腰へと、光線が迫ってきている。
彼女が声を出そうとしたところで、その体がずらされていった。
「ル…」
青い犬のような生物が、杏の体を押し出していた。既に満身創痍だ。胸からの出血が特に酷い。橋の下から上がり、ここまで来れたこと自体が、奇跡だった。
杏は柵に叩き付けられる。だが、痛みで目をつぶることはしなかった。
「だめ……」
すでに、その犬はこと切れている。
光線によって、上半身と下半身がばらばらになっていた。それでもその表情は、どこか安らいでいる。杏はぽろぽろ涙をこぼしながら、叫んだ。
「どうして!」
「く…」
加藤もまた、己を鼓舞するように呻いた。
何とかして、Zガンを握り直す。今度は力が入っていた。
だが、駄目だ。ぬらりひょんの欠けた顔が、はっきりとこちらに向けられていた。
気がついている。今から攻撃が来ることを、認識している。それでは意味がなかった。たとえ一度潰したとしても、すぐに再生されるだろう。今度完治されたら、もう何もできない。自分達は最後の一人まで、殺し尽くされる。
腕に、激痛が走る。捻じ切られていた。Zガンが、下に落ちる。
相手には、まだその力を使う余裕が残されていた。
加藤は自分の死期を悟る。
相手の目から、光線が放たれようとしている。
それは真っすぐ加藤を狙っている。
直前、その影に気がついた。
ぬらりひょんの背後から、二つの刃が光る。
黒い刀と、黄金の剣。
岡と狐の女は同時に振り下ろす。
ぬらりひょんの体が、斜めに斬り裂かれた。
今日はあと1話投稿します。