シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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かみ
26.これまで


 それは、人型のようだった。

 二体が、背中合わせになって並んでいる。どちらも腹の部分が裂けていて、中からいくつもの顔が覗いていた。縦にそれらは重なっている。どれも、シロナの知らない顔だった。

 手で、自分の顔を拭う。

 まるで、血だ。だが臭いは何もしなかった。赤い涙が、目からこぼれている。 

 これが、突拍子もない夢だと断ずることもできる。自分はとっくに死んでおり、何かもが幻なのだと。

 だが、相手の姿を見て、直感していた。

 口に出す。

 

「貴方が、ガンツを作ったのね」

 

 人型の顔の部分が、動いた。

 今までは空洞しかなかったのに、誰かの顔が回転しながら浮き上がってくる。それもまた、知らない他人だった。だからシロナは、臆することをしない。元凶を、真っすぐ見つめている。

 平坦な調子で、相手は喋り始めた。

 

「可能性の一つとして、存在はしていました。ですがほとんど、辿るはずの無い道だった。私は、貴方達に謝罪をしたいを考えています。これは全く、計画のうちに入ってはいなかった」

「私達を呼んだのも、貴方だと考えていい?」

「その通りです。正確には、貴方のポケモンをあちらから呼び寄せました。今の貴方自身の事については、よくわかっているでしょう?」

 

 その言葉で、確信を得た。

 やはり、自分は複製なのだ。本物のシロナは、今も変わらず元の世界にいる。消えたポケモン達を、探し回っている。

 何から訊けばいいのか、少しの間迷った。

 そして、最初に浮かんだ疑問を言う。

 

「どうして、こんなことをしたの? 貴方はなぜ、こんな戦いを」

「ある惑星系が、消滅の危機にありました」

 

 少し、女性寄りの声へと変わっていく。

 

「地球が移住先に決められ、もう三十年以上前から、少しずつ移住は始まっていました」

「じゃあ、今まで戦ってきた敵は…」

 

 星人。

 その名前には、何も間違いがなかったということだ。外からやってきた生物。限りなく広がる宇宙の先の外来種。

 

「地球の前は、私達の星が移住先になっていました。彼らを、私達は撃退した。それから、彼らは地球に移住先を変更したのです」

「でも、貴方はそれを良しとしなかった」

「地球の秩序を残すために、協力をしました。彼らを撃退するための最低限の軍事技術を、信号の形で伝えました」

 

 それが、ガンツ。

 あの黒い球体のことだった。

 事情はある程度わかった。だが、シロナにとってはまだほとんど明かされていない部分が存在していた。何も、解決はしていない。

 

「でも、なぜ?」

 

 シロナは胸を押さえる。他のポケモン達は静かに、彼女のそばで待機していた。

 

「それと私達に、一体何のつながりがあるというの? 私とポケモンは、地球の存在じゃない。無関係の私達まで巻き込んで、何がしたかったの?」

「訂正すべき部分があります」

 

 顔が回転していく。

 そして、髭の生やした男性のものへと変わった。声もそれに伴って、低くなっていく。

 

「貴方達が無関係だという部分には、誤りがあります」

「どこが?」

「私の口から話してもいいのでしょう。ですが、それは私の義務ではありません。もっとふさわしい存在達が、貴方のとのコンタクトを求めています」

 

 予感は、当たると思っていた。

 人型の横に、突如として穴ができる。黒いうねりに、青い光。見たことのあるものだった。

 そこから、複数体が出てくる。

 シロナは少しだけ、気圧されるものを感じた。

 

「ディアルガ、パルキア…」

 

 彼らは、変わらない威容でシロナ達を見下ろしてきていた。

 同時に、鳴き声を上げる。当然、彼女には意味が伝わらない。

 人型が話し出す。

 

「代弁しましょう。彼らは、義務があると言っています。世界のあらゆる秩序を守るために、これは必要な事でした」

「だから、どういう」

「脅威は、これからも出てきます」

 

 人型の指が、動き始める。

 

「地球は、人類はこれからも、外からの脅威に晒されることになる。何度か文明が崩壊し、再生される。繁栄していく。それでも、侵略者によって踏みにじられるでしょう。対話をする間もなく、人類は戦争を続ける」

 

 その指先は、はっきりとポケモン達を指差していた。

 

「ですが、いつか。果てしない時が流れたころ、邂逅がやってきます。住む星も違えば、よりどころとする常識も大きく異なっている。それでも、奇跡的に人類はそれらとの相互理解に成功します。初の共存が、成立する」

 

 シロナは、背筋が浮き上がるような感触を覚えていた。

 無意識のうちに、口を手で押さえていた。

 

「その異星生物達は、地球の動物の生態系に組み込まれていき、遺伝子もまた混ざり合っていきます。様々な進化を遂げ、やがてある到達点にたどり着くのです」

 

 ここまで言われれば、彼女もわかる。

 自分の、ポケモン達を見やった。

 

「じゃ、じゃあ…」

「それらが、到達点です。完璧に人類との意思疎通ができ、共に生きていける。貴方が元いた世界は、地球の遠い未来です」

 

 ディアルガとパルキアも、それを否定しようとはしていなかった。彼らは、初めから理解していたということだろう。だから、シロナに干渉をした。

 ならば、自分が呼ばれた理由というのは。

 同時に、人型が続けて話す。

 

「起きることのない、変化でした。本来、大阪のガンツチームは、貴方とポケモンがいない状態で戦うはずだった。それで、十分だったからです」

 

 あの恐ろしい、星人を思い浮かべる。

 

「壊滅はしたでしょう。それでも、勝てた。ぬらりひょんのとどめは本来、東京の加藤という人間がするはずでした。そういう未来になるはずだった」

 

 だが、実際は違うようだった。シロナは結末を知らない。

 

「我らにとっても誤算だったのは、移住してくる星人の内、二つの種族が運命から外れたこと。東京の羅鼎院に潜んでいた仏像の星人。そして、道頓堀のぬらりひょん」

 

 どちらも、シロナ達が戦った相手だ。

 

「想像以上の、進化を遂げていた。死ぬはずのない者が、多く殺された。特に、ぬらりひょん。彼らの種族は、通常の生殖で増えることはありません。同一個体が存在しないからです。ですが、例外がいました。ぬらりひょんは、(つがい)を作っていた。子を孕ませ、産むという行為を学んでいたのです」

 

 目で、続きを促す。

 

「そして生まれてきた個体は、親の能力を凌駕していた。一世代だけなら、取るに足らないでしょう。ですがもし、あのまま放っておいたとしたら。やがて、その力は我々も対応できないほどまでになる。全宇宙の秩序が、あの邪悪によって乱されたでしょう。地球も例外ではありません」

 

 指が下がっていく。

 

「脅威はそれだけではないのです。近いうちに、最も技術力の高い文明が侵攻してきます。貴方達が、カタストロフィと呼んでいるもの。そのカタストロフィと、百鬼夜行が同時に起きる。その事態だけは、阻止しなければいけませんでした」

「それで、私達を呼んだの?」

「はい」

「でも…」

「候補は、三人いました」

 

 名が連ねられていく。

 シロナ。

 ギンガ団を統率していた、アカギ。

 そして、シロナを初めて負かした若いトレーナー。

 

「貴方も含めたその三人が、もっとも召喚において都合の良い人材でした。なぜか、わかりますか」

「…」

 

 一つの想像をする。

 三人の、共通点。

 

「貴方達だけが、元いた世界から剥離した経験がありました。そのおかげで、成功したようなものです」

 

 アカギが引き起こしたこと。

 それによって、シロナ達は別世界に行った。

 ギラティナという、伝説のポケモンによって。

 その世界は、明らかに普通とは違う法則で成り立っていた。だから、シロナ自身の何かに影響を与えていても、おかしくはなかったのだろう。

 

「ぬらりひょんが倒されずに生き残れば、未来にも大きく影響しました。ポケモンが、存在しない未来も有り得た。ですから、無関係ではないのです。貴方は未来の人間として、その時代を守るために、戦う必要があった」

「でも、どうして、私が。候補の中で、選ばれたのは…」

「それは、やがてわかるでしょう。今伝えても、意味はありません」

 

 しばらく、言葉の出ない瞬間が続いた。

 既に涙は収まっている。隣のガブリアスが触れてくるが、シロナは思考の渦から帰れずにいた。

 まだ、わからないことがあった。

 

「私だけが、複製されたのは、どうしてですか? ポケモン達は、本物なんですよね」

「はい。理由は単純です。本来は、全て複製を作るつもりでした。貴方に対する許可は、下りていた。ですが、ポケモン達は駄目だと、拒絶されたのです」

 

 何に、と訊くまでもなかった。

 さらに、穴が開く。

 中か出てきたのは、ディアルガやパルキアよりも一回りほど小さい個体だった。

 それでも、シロナは膝が震えるのを感じる。

 四足の、生物だった。足の先が、黄金で染められている。それ以外の体はほとんどが白くなっていて、胴体部分にはこれまた黄金の輪にも近い物体が取り付けられた。四か所から、まるで時計の針のような突起物が出ている。

 

 アルセウス。

 そうぞうポケモン。

 何もない場所にあった、タマゴの中から姿を現し、世界を生み出したとされている。千本の腕で宇宙を作ったポケモンとして、シンオウの神話に描かれている。

 

 神が、そこにはいた。

 

「ポケモンに関しては、この方の管轄です。私では、判断のしようがなかった。ですので、結局本物を呼ぶしかなかったのです」

 

 緑色の目の中心に、赤い瞳がある。それは、シロナを静かに見つめてきていた。

 

「正直、危険な存在になる可能性もありました。そこは、謝罪をします。最初の方、私は貴方達を排除しようとも考えていました。別の、秩序を乱さないような案があるのではないかと」

「だから、ガンツを使ってポケモン達を殺させようとしたのね」

「何の、言い訳もできません」

 

 シロナは勇気を奮い立たせた。

 圧倒的な存在である。アルセウスへと真っすぐ視線を向ける。

 

「責任を取って。勝手に巻き込んだ私達を、戻して。杏達の戦いはまだ終わってないんでしょう? なら、手伝わなきゃ」

「それは、できません」

「どうして?」

「実際に目で見た方が、わかりやすいでしょう」

 

 映像が、突然空中に浮かんでくる。

 人型の手から伸びて拡大したそれは、光景を映していた。

 戦いの光景。

 黒スーツ達が、大勢殺されていた。

 そのカメラが、一つの集団に寄っていく。

 シロナは、泣かないよう努力した。

 

「これは…」

「次のミッションが始まっています。ラストミッション。イタリアという、別の国で最後の星人が暴れています」

 

 大阪チームも、そこにはいた。

 シロナは、こらえきれずに雫をこぼしていく。

 トゲキッスの上に乗って、メガネをかけている男が健闘していた。屋根の上で、杏と桑原が狙撃を続けている。岡が叫びながら、上に向かおうとしている星人を潰していた。

 結局、あれだけしか残らなかったのだ。多くが死んだ。もちろん、中にはまだよくわからない相手もいた。それでも、一緒に戦ったのだ。その点だけは、仲間だった。

 かなり厳しい戦場であることは確かだった。人種の違う者達が集まり、共に手を取り合っても、死体が積み重なっていく。その中で、岡たちは懸命に生き残ろうとしていた。

 

「貴方も、わかっているのでしょう」

 

 人型の言葉と同時に、トゲキッスが落ちていく。

 メガネが地面に転がってから、苦しんでいるトゲキッスに駆け寄った。その存在が、乱れている。輪郭がばらばらになっている。

 

「貴方自身は、いいのです。ですが、ポケモン達は本来、この時間軸にいていい存在ではない。綻びが必ず表れます。今回で、限界です。このままポケモンが存在し続ければ、取り返しのつかないことになる」

 

 アルセウスが、顔を動かした。

 人型の言っていることを、肯定しているようだった。そして、シロナに判断を求めてきている。決断を求めている。

 

「後悔していますか?」

 

 少し意味が取れなくて、顔を上げた。

 

「貴方は一連の戦いに巻き込まれたことを、悔やんでいますか?」

 

 シロナはすぐに口を開こうとして、映像に見入った。

 たった今、メガネの半身をもぎ取ろうとした星人が破壊された所だった。

 その死体を押しのけながら、同じ日本人がトゲキッスへと駆け寄る。

 若い、男だった。学生だ。だがその目には、確かな意思が燃えている。

 

「風という男が、百点を取りました。それを使ったようです」

 

 くろのはしっかりと、自分を治したトゲキッスのことを憶えていたようだった。その存在を守るために、戦い続ける。付いてきていた東京チームの皆が、合流していた。

 おそらく、前もそうだったのだろう。こうして、共に手を取り合って、ぬらりひょんも打倒したのだろう。

 シロナは目を拭いながら、笑顔になった。

 首を振る。

 

「いいえ」

「なるほど」

「確かに、苦しかった。たくさん、血が流れた。それでも、後悔はしてないわ。きっと私にとって、必要な経験だった。だって…」

 

 トゲキッスの調子が戻り、飛び上がっていく。

 どこまでも高く。

 

「変わらないって、わかったから。ポケモンは、そういう存在なの。人と人をつなぐ。どこにいても、それは変わらなかった。確かめられただけでも、十分」

 

 もういない、たくさんの人達を思い浮かべる。

 寂しさは、あった。もう一度会って、言葉を交わしたかった。

 彼らもそうだった。自分のポケモン達と関わり、素晴らしい関係を築いていた。だから、それでいいのだ。シロナは納得していた。

 

「もちろん、貴方も戻れます」

 

 シロナは映像に乗せていた手を、下ろす。

 

「貴方自身の記憶を、あちらの本物に移すことができます。ポケモン達と一緒に、元の世界に帰還できる。構わないのなら、このミッションが終わってからすぐに行います」

 

 シロナは眺め続けた。

 全員の転送が、開始されていく。喜び合っていた。戦いが終わったことを、ただ祝福していた。

 

「大阪チームの転送を、ここにつないでください」

「わかりました」

「お願いします」

 

 そして彼らの姿が形成されてきた時。

 やっと、胸がすっきりした。

 己の中の意思が、一つに固まっていくのを感じる。まだ、迷いはあった。おそらく、それなりに後悔することになる。反対の意見も出るだろう。

 それでも、シロナは笑顔だった。

 まだ状況を理解していない岡達に向かって、歩き出していた。

 

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