シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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ぽけもん
4.シロナ 対 大阪チーム


 胸を押さえる。

 心臓が、荒く体内で暴れ回っていた。

 それ以上に、頭で音が鳴り響いている。どくどくと血が駆け巡っている。

 なぜか、耳の痛みがなくなっていた。触ってみると、元に戻っている。再生されている。だが、ピアスはなかった。もうどこにもないのだと理解した。

 

「ちょっと待て。まだ項目がある」

「五体やなくて、七体やん。統一性のない見た目やなあ」

 

 自分が今、まともに息をしていることが不思議だった。

 認識が、足りていなかったのか。シロナには判断がつかない。楽観視をしていたわけではなかったのだ。油断はしていないはずだった。だから、より良い方法を選んだ。一番戦闘に向いている彼と彼女に頼った。

 だが、結局何もかもが甘かったのだと、認識した。

 ジョージが球体に表示されている項目の最後の方を指差した。

 

「バッテンされとる。この二体は、倒さなくてもいいみたいやで。ん?」

 

 何かに気がついたかのように、シロナへと顔を向けてくる。それから、周りの者達も同じように彼女へと注目してきた。

 短髪の男が目を細めた。

 

「こいつら、見たことあるな。ルカリオと、ガブア、ガブリアス? この女が使ってたペットやんけ」

 

 煙草を吸い始めた半裸の男が、ゆっくりと煙を吐き出した。

 

「じゃあ、もう死んでるやん。しっかり見たで」

「お願い!」

 

 震える声で、叫んだ。

 それは男達へ向けた懇願ではない。シロナは七つのボールをきつく抱え直した。そのうちに二つは既に空っぽになっているが、関係がない。全てを守るように、身を固めた。

 黒い球体に向けて、はっきりと言う。

 

「わた、私を一番最初に転送して! 早く!」

「あ」

「おい、こいつ」

「なあ、どうするんや?」

 

 サングラスを掛けている中で、一番髪が短い男が道具を構えた。

 

「いや、そらやるやろ。点取らな。何かする前に…」

 

 最後まで、聞き取ることができなかった。

 既に目の前が開けている。徐々に下半身も形作られてきている。足の先まで出現したのを確認すると、立ち上がろうとした。だが、無理だった。力が入らない。逃げなければいけないということはわかっているのに、どうしても体は動いてくれなかった。

 膝をついていると、続々と他の者達も転送されてくる。

 周りは、また住宅街のようだった。ただ前と場所は違っているようだ。少しだけ、道が綺麗になっている。

 シロナは、ここへきて頼みごとをするような愚は犯さなかった。既にほとんど、黒スーツ達の性質は理解している。対象が決まったら、遊び感覚で殺しに行くのだ。どうなるかは、目に見えていた。だから、説得は無意味だ。

 無意識のうちに、ボールを一つ手に取っていた。投げようとして、ずきずきと胸が痛む。

 また、繰り返すのか。

 シロナは自分の指が固まって、開かないことに気がついた。振ろうとした腕が、氷漬けになったかのように停止している。

 彼らを戦いの場に出して、また犠牲にするのか。そうして家族が残らずいなくなるまで、続けなければいけないのだろうか。自分でも何かが矛盾しているのはわかっていた。何かが決定的に変わってしまったのが実感できた。なぜなら、今までは当たり前のように。

 駆動音。

 

「え、いや」

 

 筒を構えているサングラスの短髪は、見られていることに気が付いて少し照れくさそうにしていた。

 

「勘やけどな。そのボールごと、やればええんとちゃうか?」

 

 ばちん、と弾ける音がする。

 

「あぐっ」

 

 シロナは前に倒れ込んだ。転がる自分の指が、目の前にあった。頬に、血が付いていく。指を数本根元から破壊された彼女は、その痛みで一瞬動くことができなくなった。何とかして守らなければならないのに、自分から失われていく血液のことで頭が一杯になった。

 

「こいつやってどうする」

「うーんと、あれ。拷問みたいな? 星人の場所とか、知ってるやろ」

 

 シロナの片手が粉砕された衝撃で、一つのボールが宙を飛んでいた。それにも直撃したはずなのに、少しも傷はついていない。小さく弧を描いてから、静かに地面へと到達した。

 ボールの口が開き、光が出る。そして一瞬のうちに、白い鳥のような生物が現れた。

 

「お、こいつもや。早速出てきたな」

 

 トゲキッスの動きは速かった。普段はどこかぼうっとしていることもある子なのに、この時ばかりは全力で翼から浮力を発生させていた。男達の足元を飛び、シロナの体を拾い上げる。そしてそのまま、高度を大きく上げた。

 黒スーツ達は、次々と同じく黒い道具を光らせた。だが、その口が狙っている方向から常にトゲキッスは外れている。

 

「逃がすな!」

「きゅいきゅい~~~!」

 

 明らかに怒りの混ざっている鳴き声をあげ、トゲキッスは足元に光を生み出し始めた。やがてそれは雷へと変わっていく。ある程度の大きさまで作り上げると、思いっきり一つの対象へ向けて撃ち込んだ。

 若い男は、目を見開く。驚いていても反応はまずまずだった。すぐに横へと飛び、円のバイクから離脱していく。その男自体は無傷のままだったが、でんげきはが直撃したバイクは違った。煙を上げて、横に倒れていく。

 

「トゲ、キッス…」

 

 シロナは辛うじて声を出すと、完全に慌てふためているつぶらな瞳が向いてきた。救ってくれた動きは素晴らしかったものの、酷く動転しているようだ。うるうると涙をこぼし始めた。

 

「きゅい…」

 

 浮きながら、両の翼を合わせる。するとその頭上に光っている雫が出現した。ぽたりと垂れていき、シロナの欠損した手に落ちる。すると、今まで焼けるようだった痛みがあっという間に引いていった。いのちのしずくに覆われた傷口はほとんど塞がれている。血も止まった。

 トゲキッスはとにかくこの場からできるだけ遠くへと離れることに意識を向けているようだった。途中光っている縄のようなものが飛んできても、相手へ反撃をしようとはせず、ひたすら距離を稼ぐことに終始する。その背中に顔をうずめながら、再び泣いていた。自分の不甲斐なさがとことん嫌になっていた。

 男達が見えなくなってきた所で、何か見落としていることがあるのを感じた。

 その答えは、すぐにやってくる。

 シロナは息を呑んだ。突然、頭の方から電子音が鳴り響き始めたのだ。それはトゲキッスにも聞こえているようで、ぎょっと首を曲げて様子を伺ってくる。

 あのジョージという、色黒の坊主男が言っていた。黒い球体は、範囲を決めているのだという。いわば、戦場を。そこから出ればどうなるか。シロナも既にこの目で見ていた。

 

「止まって!」

 

 空中で急停止した後、ひとまず屋根に降り立った。まだまともに歩けない気もするが、少し休むだけの猶予はあるだろう。

 しかし、今の精神状態はまともではなかった。ずっと、心臓が痛い。味わったことのないほどの緊張が、少しの間彼女との頭を真っ白にさせていた。

 徐々に、どれだけ追い詰められているのかを理解する。

 あれの対象になったことで、自分の家族は狙われる。そして完全に逃げ切ることはできない。この住宅街の中に、閉じ込められているのだ。戦うしかないのか。だが、シロナ自身は無力だ。あんな武器を持っている者達には抗しえない。

 だから、頼るしかなかった。それで本当に良いのか、もうシロナはわからなくなっている。トゲキッスが翼を慰めるようにして擦り寄せてくれるが、あまり楽にはならなかった。

 

「まあ、落ち着けや」

 

 ぞっとする。いつの間にか、自分の首に黒い腕が回されていた。手を動かそうとするが、できない。震えるばかりだった。既に色々なことがありすぎて、シロナは状況に取り残されている。恐怖で、全身が固まっていた。

 

「おっとと。飼い主がどうなっても知らへんぞ?」

 

 癖毛の男は、剣をトゲキッスに向けた後、その先を一瞬だけシロナの首筋に当てた。その鋭利な金属の感触だけで、彼女は抵抗する気を失くしていた。

 さきほどまで、周りには誰もいないはずだった。それはシロナの思い込みだったということだろう。この男は、姿を消せる。だから接近するまで気づくことができなかった。

 

「そう怯えるなや。安心しろ」

 

 相手は体を離す。シロナは素早く身をひるがえすと、トゲキッスのそばに寄った。もしまたあの道具が使われたら、今度は躊躇いなく庇うつもりだった。これ以上、家族が目の前で死んでいくことは決して容認できない。

 

岡八郎(おかはちろう)

「…え?」

「俺の名前。そっちは? 時間がない」

 

 彼女は、少しだけ口を開けた。

 

「…シロナ」

「そうか。よろしくな。とりあえず、話があるんや。まず言っておくと、俺は今回どうこうするつもりはない。棄権みたいなもんや。お前のペットは狙わん」

「な、何なの…」

 

 忍耐が限界まで来ていた。シロナは両の拳を握りしめる。いっそ憎しみさえ抱きかけている相手へと、叫んだ。

 

「貴方達は、何なの? 何をしているの? どうして、こんなことに…。わけが、わからない。異常だわ!」

「落ち着けって」

 

 岡は欠伸をする。

 

「私は…」

「俺からしたら、お前の方が異常や。訊きたいことはたくさんある。けど、まずは聞け。お前の疑問に答えたる」

 

 トゲキッスの視線を、平然と受け止めている。彼の様子をちらりと確認したあと、岡は話を続けた。

 

「一種の、ゲームみたいなもんや。定期的に集められて、敵と戦わせられる」

「げーむ?」

「最後まで聞け言うとるやろ。俺達に共通しているのは、一回死んでるってことや。そういう事情を持った奴らだけが、あの玉に呼び寄せられる」

 

 また疑問を口に出そうとして、直前で思いとどまった。相手が、辛抱強いとは限らない。シロナには命を失った覚えなど少しもなかったが、今はそれが本題ではない。

 

「大体、命がけやな。今度死んだら、終わりや。ほとんど望みはない。逃げられないのも、わかっとるやろ? 外にばらそうとしたら頭が爆発するしな」

 

 ずきりと胸が痛む。空っぽのモンスタボールがやけに重く感じる。

 

「誰が、こんなことを…」

「知らん。色々と説はある。今話してもしゃあない」

 

 屋根の上に、腰かける。剣の柄の部分を指先で押した。すると、刃が一気に引っ込んでいく。柄だけになったそれは、岡の手の中に収納された。

 

「重要なのは、今回の決着をどうつけるか。わかるか?」

 

 シロナはまだ立っていた。一緒に座るほど、相手に気を許したわけではない。ひとまずは危害を加えてこないとわかったが、油断はもちろんできなかった。

 

「わからない」

「戦いには、いくつかルールがある。まず、星人、敵やな。それを全滅させるのが目的や。そして、制限時間が設定されている」

 

 岡はやや早口になった。

 

「一時間半。それを過ぎたら、強制的に終了する」

「どう、なるの」

「全員死ぬ」

 

 口を呆然と開けると、岡がにやりとしたのがわかった。

 

「うそ…」

「ご名答。嘘や。そんなことにはならん。別のペナルティがある。全員の点数がゼロになるってだけや」

 

 シロナは憮然とした態度をとった。こんな状況になってまで冗談を言うなんて、一体この男の精神構造はどうなっているのだろう。まともではないのは確かだった。危機感を強める。やはり、この男も他の黒スーツと同じくらい危険なのかもしれない。

 だが同時に、理解をした。

 

「つまり、それまで持ちこたえれば…」

「正解や。こっちにも一応事情があってな。信じなくてもええ。今回のゲームは失敗させたい。協力してくれ」

「…わかった」

 

 シロナは、気持ちを切り替える。いつまでも現実から逃げるわけにはいかなかった。もちろんまだ希望が見えてはいなかったが、とにかく今の状況を乗り越えることに専念しようとする。トゲキッスもまた、気合を入れるかのように少しだけ鳴いた。

 彼へ向かって、ボールをかざす。

 

「待て待て」

 

 岡が立ち上がった。

 

「なに?」

「その中に戻すんやろ? やめた方がええ」

「貴方に、何がわかるの?」

「お前よりは、今差し迫っている危険を理解してる」

 

 屈伸をして、再び剣を展開させた。

 

「そろそろ移動するで。その鳥に乗って移動した方がええやろ」

「貴方は乗せない」

「いらん。自分で移動できる」

 

 まだ、シロナは相手の考えがよくわかっていなかった。彼の意見にも、同意できる部分があまりない。

 

「この子は目立つの。とりあえず戻して、どこか隠れる場所を見つけないと」

「やっぱり、まだわかっとらんな」

 

 人の気配が、した。

 すぐに屋根から見下ろすと、通りの奥から黒い集団が走ってきているのが分かる。かなりの速度だった。トゲキッスの飛行でかなり引き離したと思っていたのに、もう追いついてきた。それに、さらにあり得ないことも起きていた。

 

「なんで…」

 

 いくらなんでも早すぎだ。彼らは、入り組んだこの住宅街を真っすぐ走っている。はっきりとシロナ達がいる位置を補足しているようだった。

 岡が隣に立つ。

 

「お前のペットの位置は、レーダーでわかるんや。俺達はそうして星人を探す。いくらこれだと思う場所に隠れても、無駄やで」

「じゃあ、どうすれば」

 

 一時間半という期限は、とてつもなく長く感じる。普段ポケモン達と休んでいる時はあっという間だが、今のような常に緊張を強いられる状況下では、永遠にも等しい。位置が常に知られているのなら、そのうち先回りされる可能性もあった。さらに、トゲキッスの体力も無限ではない。このままではやがて捕まるのがわかりきっていた。

 

「簡単なことや」

 

 トゲキッスに向かって、剣の柄の方をぞんざいに向ける。

 

「道具は、有効活用しいや。あと四匹持っとるんやろ? まあまあ時間が稼げるんとちゃうん?」

「何を、言ってるの?」

「見てたで。死んだ二匹も強かったやないか。あれは星人がたち悪かったな。普通は余裕で勝ってた。この鳥も、その他も同じくらいは使えるんやろ?」

 

 出てくる言葉が、信じられなかった。この男は褒めている。ルカリオを殺しているというのに、当たり前のように言っていた。だがそれに憤慨している時間などないことはわかりきっている。

 シロナは首を振った。

 

「意味がない。狙われてるのは、この子達よ。守らないと」

「よう言うわ。わかってんのか? 守られるのは、お前の方や。奴らは容赦しない。飼い主の方を先に狙うなんて定石やろ。な、お前もそう思うよな?」 

 

 言われたトゲキッスは翼をはためかせてから、しっかりとシロナを見てきた。それに対して、今は真っすぐ答えられない。シロナは、自分がポケモン達に命令できる立場にあるのか、自信がなくなっていた。ルカリオもガブリアスも、自分を守るために犠牲になった。これ以上繰り返したくないと思うのは当然だ。

 だが、目の前のポケモンは反対の意思を持っているようだった。きゅ、と短く声を発してくる。人間の言葉ではなくても、しっかり伝わってきた。まかせて、と瞳を輝かせながら言っている。シロナを守りたいのだと示してくる。

 黒スーツ達が、真下まで来る。何やら叫んでいる。このまま降りてこないつもりなら、建物ごと潰すつもりらしい。

 シロナは、一瞬だけ躊躇った。歯を食いしばり、今自分がどうするべきなのかを再考した。そして、抱えていたものを前に出す。震えていたが、腕は固まっていなかった。これで正しいのかと何度も疑問がわいてきたが、落ちていくボール達はもう止まらない。

 現れた家族達に、彼女は少し気圧された。

 彼らの色々な面を知っている。もちろん喧嘩をしたこともあった。家族同然の付き合いがあっても、それぞれが見せる激情には未だかつてないほどの迫力を感じた。

 ポケモン達はシロナを一瞥した後、背中を向けた。下に集まってきている者達を鋭く睨みつけている。そこには間違いなく敵意があった。シロナを脅かす存在は容赦しないと、はっきり示している。

 真ん中にいるロズレイドが、トゲキッスに向けて花を揺らした。左手にある青い花の方だ。途端、トゲキッスは少し冷や汗を流しながら、何度も首を縦に振った。そして彼はシロナに近づくと、背中に乗るよう身振りをしてきた。

 

「…時間を、稼ぐだけでいいの。危なくなったら、すぐに逃げて」

 

 彼女がトゲキッスに乗せられて飛び立つと同時に、他のポケモン達が屋根から飛び降りた。

 

「お、まとめてきたやん。一気にやれば大量得点」

 

 短髪の男が、筒が細長い形になっている道具を取り出した。そして、彼にとって一番近くにいるトリトドンへと狙いをつける。

 

「おんみょーん!」

 

 いつもの悪戯っぽい顔を崩し、冷たい怒りの表情を作りながら、ミカルゲが叫んだ。その紫色の煙のような体を揺らし、予兆に入る。

 横のポケモン達は、めんどくさそうに伏せた。

 直後、ミカルゲの体から黒い波動が発生する。瞬きする間もないほどの速度で、前方の全員に炸裂した。

 黒スーツ達が一人残らず、あくのはどうによって吹き飛ばされたのを確認したシロナは、そこで視線を切った。後ろ髪を引かれる思いはまだ消えず、何度も振り返ろうとした。だが、それは侮辱にもなるかもしれない。今は彼らを信じるしかなかった。

 ずっと一緒に歩んできたパートナ―達を。

 

 

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