「思った通りや」
下から、声が聞こえてくる。
トゲキッスに運ばれながら、シロナはのぞき込んだ。
まだ、慣れていない。彼の飛行速度は速い方でもないのだが、それでもかなりの風を感じるくらいはある。家々が、どんどん通り過ぎていく。
だが、岡はついてきていた。屋根の間を飛び移りながら、走り続けている。同じ人間とは思えなかった。前へと進む勢いも、跳躍力も、常識を優に超えている。もしかすれば、見た目が似通っているだけで、本当はまるで別の種族なのかもしれない。ここは、ポケモンが存在しないの世界なのだ。どんなこともありえる。
同時に、残された残りのポケモン達を心配する。他のスーツ達も同じなら、どうなるかわからない。最悪の事態になるかもしれない。
「おい、聞いてるか?」
思考に沈んでいたせいで、岡が話しかけてきていることにも遅れて気がついた。
「何?」
「そろそろ、降りてもらうで。これくらい距離を取れば、十分やからな」
「どうして? もっと離れた方が…」
「目的地がある。そこはもう近い。歩きでもいける」
屋根に再び降りたシロナは、腕を組んで、相手に怪訝そうな視線を向けた。
「だったら、尚更このまま飛んでいった方がいい」
「お前、アホちゃうか?」
むっとする。先ほどからこの男の言葉は耳に余るというか、無視できないほどの棘が含まれている感じがする。
「どういうこと」
「その鳥と最後まで一緒にいたら、意味ないやろが。ここで別れろ。なるべくそいつには反対側まで飛んで行ってもらいたいな。そうすれば、お前の位置がバレずらくなる。ちょっと考えれば、わかることや」
確かに、トゲキッスの位置も把握されている。シロナは納得しかけたが、相手の言葉がつまり彼を囮にすることを意味していると知って、渋い顔になった。
「きゅい!」
しかし、肝心のトゲキッスは大きく頷いていた。少しも迷ってはいない。その意思に深く心を動かされたシロナは、彼を抱きしめた。
結局自分は、彼らに頼るしかない。
「ごめんね。無理はしないで」
決意のこもったまなざしを向けてきた後、トゲキッスは飛び立った。誰かを乗せていないせいか、その速度は増している。数秒もすると、建物の間に消えていった。
「行くで」
自分の体が、思いっきり横にされて、持ち上げられるのが分かった。彼女は息を呑む。ほぼ無理矢理、岡によって抱え上げられていた。はたから見れば、それなりに思う所のある形になる。
「な、なにするの?」
お姫様抱っこをしている岡は、平然と答えてきた。
「効率的やからな。お前、二回目になってもスーツ着てないんやろ。前代未聞や。それで生き残れてる。もっと掴まれ。落とされるぞ」
自分の人生の中で初めての経験をしているが、その実感を得る余裕は残されていなかった。岡が走り出すと、トゲキッスに乗せられていた時以上の風を感じた。シロナは悲鳴を上げかけたが、岡の表情が少しも動いていないのを見て、負けず嫌いが発動した。
「ちょっと」
「あん?」
「前、言ってたこと。事情って、なに? どうして、私を助けてくれるの?」
岡は少し沈黙した。それから、顎を前に動かす。
「詳しい話は、着いてからや。お前も現物を見ながら色々聞いた方がええ。ガンツの奴、今回は適当こいたな。近くに転送した」
彼が示す先を見てみると、一見普通のマンションが建っていた。他に何かおかしなところがないかと目を凝らしたが、異常は発見できない。
前に着くと、岡は適当に上を見ていた。到着したのだから下ろしてほしいと彼女は思っていたが、まだ何かする気のようだ。
そして彼が急に飛び上がった瞬間、短い悲鳴を上げていた。かなりの浮遊感が全身に伝わってきている。岡はベランダの柵に足を掛けながら、次々と階を外から上がっていた。
シロナは、早くこのよくわからないアトラクションが終わってくるように、祈り始めていた。
◆
起き上がってもまだ煙草を咥えているのを見て、少し呆れた。
「一本くれや」
「二千円」
「アホぬかせ」
「適正価格や」
「ハッパの方の基準で決めるな」
結局、相手は何もくれなかった。
別にええ、とジョージは前を向いた。
立ち上がっているのは、彼も含めて四人。
その内の、
「無理やてー」
「じゃあ、座ってろ。邪魔や」
一応、この集団のリーダー的立ち位置にいる室谷が、ジョージの横に並んで歩き始める。先ほどからずっと煙草を吸っている半裸の男も進んでいく。皆からも黒飴からも、ド変態としか思われていない。
さらに、バイクを破壊された
残りは、まだ足が動かないようだった。
ジョージは前方にいる妙な存在を注視する。
あの紫が何かを発したと思ったら、飛ばされていた。幸いスーツが衝撃以外の全てを吸収してくれたようだったが、どうやらそれはジョージのような一部の者達だけらしい。中山と
「キョウ、何点や?」
短髪の男、室谷が尋ねると、無言で若い男が小さな検査機を動かし始めた。そのグリップの底から伸びる管が、もう片方の手に乗せられている小型パソコンにつながっている。それなりに役立つクリア特典だった。事前に星人の得点がわかれば、やりがいも生まれる。
京はすぐに答えてきた。
「だいたい六十五から七十の間」
「全部か?」
「せや」
「ほお」
ジョージも少し感心した。一体だけならわかる。ボスなら、ありえる数字だ。今まで戦ってきた中でもそこそこ強い方の奴らが、四体も並んでいることになる。二つ落とせば、一回クリアだ。これはアツい、と心が浮き立ってきた。
一体一体を、観察していく。奴らは追撃をしてこない。やけに落ち着いていた。いつもならどんどんこちらを殺そうとしてくるはずだが、一種の余裕がある。
いや、と少し自らの考えを訂正した。落ち着いているとは言えないようだ。全員、明らかに憤りを表している。その威圧が実際に伝わってくる。
彼の目が、真ん中に立っている個体に吸い寄せられた。
今までに見たことないタイプの星人だ。数回前に植物に擬態する奴がいたような気もするが、それとはまた違った趣がある。
「
左右の手の部分にある色の違う花。知識の中にあるものをあてはめようとしたが、どれも違う感じがした。新種の植物なのだろうか。わずかに香ってきている甘い匂いもまた、今まで嗅いだことのないものだった。
「島木のダンナ。おい」
それに。ジョージはさらに目を凝らす。足元を見ても、根が飛び出している様子はない。ならばどうやってそれは、栄養を吸収しているのだろう。光合成のみで生きていけるとは思えない。腕の菊の部分には、わずかに切られた跡がある。しっかりと
「じゃあダンナは、一番低い奴でええな」
「ちょい待ちい」
我に返った彼は、隣の半裸の方を向いた。
「何ぼうっとしてんねん」
「やかましいわ。俺は、そうやな。あれでええわ」
真ん中の植物星人を指差す。
桑原は、鼻で笑った。
「堅実やな。一番弱そうやんけ。ま、ゆずったる」
「お前は?」
既に室谷と京は先に行っていた。彼らは、左端の二匹に狙いを定めていた。そこから目を離すと、半裸の桑原が何やら妙な顔をしていることに気が付く。
「なあ…」
その視線は、右端の個体に吸い寄せられていた。ジョージも見る。
蛇、と言えなくもない見た目をしていた。ただ違うのは、色がかなり柔らかい印象を与えてくるということ。ベージュの胴体から上の顔もまた、優しげだった。
「あれ、どこに穴があるんかな」
島木ことジョージは、内心引いていた。
桑原の目の色は、何度か見覚えのある雰囲気になっている。端的に言えば、彼はある依存症に陥っているのだ。だから、それを解消するためにはたとえ星人であっても躊躇わない傾向にある。ド変態の
「お前まじか…」
「いや、ちょっとだけや。ちょっと興味あるだけ。気にならん?」
確かにその星人は美しいとも言えたが、あくまでそれは動物として考えた場合の話だ。ジョージは、少しもあれに対して性的魅力を感じない。もちろん世の中にはそういう趣向の持ち主もいると理解していたが、この桑原に関しては雑食が過ぎると思っていた。
ジョージは標的に視線を定めた。
「じゃ、決まりで。残りの鳥仕留めるのは、一番早く終わらせた奴だけな」
「ええな。ダンナよりはタイム縮められるわ」
「ぬかせ」
攻撃は、全員が同時に仕掛けた。
普通のと、ライフル型のガンが一斉に光る。正直もっと強いものを使えば一瞬で終わるのだが、余興は大事だと考えていた。それに自分が相手する植物は、かなり体が小さい。Xガンでも十分だと考えていた。
だが、外れる。狙い自体は完璧だった。ただ相手が避けただけの話だ。
「速いぞ!」
植物は既に横の壁に到達している。白い頭の房を揺らしながら、撃ってきたジョージを睨んでいる。それに、邪悪な笑みを返した。生意気だと、ジョージは思考を切り替える。
他の個体もまた、避けているようだ。紫の煙は宙に浮かんでいて、京の銃口から逃れている。また、桑原が狙っている蛇も地面を素早く這いながら移動していた。
予想通りではある。点数を見た時から、侮りはしていなかった。
だが、逃げきれなかった個体もいるようだ。
「よおし」
室谷が笑いながらジョージ達に目配せする。このままだと、白い鳥をもらう権利は自分が勝ち得てしまうと言いたげだ。
それは、ウミウシともナメクジとも言えるような見た目をしていた。
「ぽ?」
不思議そうな鳴き声を上げてから、その体の一部が破裂する。下の方の青い部分が飛び散り、三つの目が大きく開かれた。
「ぽわ~~~~!」
ぐちょぐちょと結んで、ウミウシじみた個体は蠢く。急に緑色の光が発生したかと思えば、欠けた部分を覆った。見る見るうちに再生されていく。室谷のXガンによってつけられた傷は、消失した。
「ああ?」
室谷は目の端を吊り上げて、連射していく。ウミウシはそれなりの速度で避けようとしたが、悉くを食らっていた。だが、意味がない。内部から破裂していった部分が、即座に治ってしまう。
「この…」
「ぽわっ!」
急に口らしき部分が開き、そこから水が吐き出された。かなりの勢いだったが、室谷は反応できている。武器を持ち変えながら横へと転がった。そして、ライフル型のXガンを撃ち込む。
「ぽぽぽ?」
さきほどよりも大きな欠損をしたが、相手は平気そうだった。またあの緑光が輝き、一瞬で完治する。
ジョージは、ほくそ笑んだ。どうやら室谷が一番の外れを引いた。たまにいるしぶといタイプの星人だ。時間を稼いでくれるのなら、ありがたいと思った。これで一人、百点争いから脱落したわけだ。
植物の方は、かなり俊敏だった。こちらが使う武器の性質を即座に理解したらしく、常に動き回りながら近づいてきている。Xガンは、着弾までに多少のタイムラグがあるのが欠点だ。こういう敵には、あまり効果を発揮しない。
ならば、と腰に手を伸ばす。相手も望んでいるようだし、接近戦に入ろう。黒い柄を取り出して、ボタンを押した。瞬時に刃が伸びて、刀が出来上がる。ジョージはこれの扱いに自信があった。威力も申し分なく、一番愛用している武器かもしれない。
向かってきた植物へと、刃を振る。
一撃目を、かわされた。
横へ流す前に、迫りくる緑色を視認する。
その周りには、光で包まれた葉が浮かんでいた。一つ一つが針のような鋭さを持ち、飛ばされてくる。数個が腕に当たって、呆気なく落ちた。残りはジョージによって全て斬り落とされている。
「手品やな」
薙ぎ払いを、植物は飛んですかした。舌打ちをする。動きだけなら、あちらの方が上回っている。それなら、器用に戦えばいい。徐々にかわす場所を制限させていき、一太刀で葬る。刀の軌道を工夫する。
植物は、花をかざした。刃が迫っているのに何を悠長にしているのかと思えば、いきなりそこから弾が放出される。黒い影のようなものがまとわりついており、どこかぞっとする印象を与えてきた。
かろうじてそれを避け、ジョージは反撃として突きを入れた。
「ちぃっ」
だが相手はもう一段階多く行動している。側面に回られたようだ。顔を向け直す前に、視界を赤い花が覆った。
とす、と花の中にある棘が頬に触れる。その時、さらに強い香りがしてきた。ぎりぎり気持ち悪くならない程度の甘さだ。バラの亜種かと思っていたが、この匂いは少し違う。さらに胸の方に青い花を当ててきた。だが、別に何ともない。
腕として伸びている菊の部分を、掴んだ。
植物はまるで予想していなかったと言わんばかりに、目を驚きの色に染める。
「なんやねん、だいたい」
何となく刀の向きを変えて、柄の底の部分で殴る。吹き飛ばされた植物は壁に当たり、それでも素早く受け身を取った。頬の部分を片手で押さえながら、横に血を吐く。ジョージの方を鋭く見上げてきた。
その生意気な瞳にも、苛々させられる。
「気持ち悪い。なんで植物が目を持って、根も張らずに動いてんねん。おかしいやろ。お前の飼い主は頭がおかしいわ。お前みたいなのを飼ってるなんてな」
空中で、京がもがいていた。紫の煙は楽しそうに笑いながら、口を動かす。すると、京の体が一気に横へと飛ばされていった。壁も砕いていき、周りの者達から見えなくなる。
「あー、もうええわ」
ウミウシから再び何かが発せられて、室谷の片手に直撃していた。すぐに氷が発生していき、Xガンごと彼の手を固めていく。トリガーを引けなくなったことを理解した彼は、ようやく復活した中山に向かって指示を出した。
「遊びは終わりや。さっさとやる。あれ貸せ」
「えー、グロいなあ。あれちょっと、可愛いのに」
「はよしろ」
桑原もまた、自分の武器を変えていた。今まで使っていたXガンは、室谷と同じく凍らされている。どうやら蛇の方もそういう技を使ってくるようだった。
手にしたのは、クリア特典の武器だ。大小二つの筒の間に持ち手がある奇妙な銃。誰が名付けたのかはわからないが、Zガンと呼ばれていた。
半裸の変態が、煙草を口から取った。
「はあ、もったいな。まあええか」
桑原と室谷が構える。
ジョージは、体勢を整えた植物に向かって嘲笑をした。
どうやら自分の挑発がかなり効いているようだ。よほど飼い主のことを言われたのが頭に来たらしい。勝気そうな瞳がさらに鋭く細められ、前傾姿勢に入っている。
頭の中では、既に時間のことだけしかなかった。さっさとしなければ。他の決着がもうつきそうだ。こちらも急がなければ、まくられる。
ジョージは刀を構えながら、地面を蹴った。
◆
岡は一室の中に入った。
部屋の中でシロナはようやく座り込む。壁に寄りかかった。あまり安らぐ気持ちになれないのは、トゲキッス達を心配しているからだけはない。
シロナも、ここは憶えがあった。忘れるはずがなかった。先ほどまで、ほぼ同じ場所に座って、ひたすら重い悲しみから逃げていたからだ。
目の前にある黒い球体は、左右に展開されていた。そこから、スーツケースが一個だけ残っている。シロナの分だ。今は、それを拾う気にもなれない。
「これは、ガンツ」
「名前があるのね」
「正式のものやないけどな。関東の方の奴らが名付けたらしい」
シロナはわかっている。カントーと言っても、自分の知っている地方を指しているのではない。
「で? 事情を…」
「そうやな」
岡もまた座った。シロナとしっかりと視線を合わせながら、ガンツから飛び出した棚に両腕をもたれさせる。
「こういうことは、もう何回も繰り返されとる。色々考えがあるが、ガンツは俺達に何かやらせたいことがあるらしい」
「星人を、倒すんでしょう?」
「そう」
掌をかざす。
「星人を倒すと得点が貰える。百集めるとクリアや。それが基本」
「あの人達は、長いの?」
「あ?」
「だからその、強いのかってこと。こういうことをずっとしてきたのなら、確実に鍛えられていく」
「ああ、心配なんやな」
自分でも、わかりやすいとは思っていた。だがそれでも岡に見透かされると、居心地が悪くなる。少し座り直してから、一応素直に頷いた。
岡は天井を眺めている。
「それなりなのは確かや。まずあの黒人、おったやろ?」
「ええ」
「ジョージって呼ばれとる。本名は島木だったか。あいつは三回クリア。まあまあ冷静な方やな。判断をちゃんとする」
指を折る。
「で、短髪のチンピラみたいな奴。室谷
二本目の、人差し指を曲げた。
「見たくもない男の乳首を見せつけてる変態が、桑原。桑原
「…」
シロナはさらに座り直した。迂闊に反応を漏らすのは良くないとわかっているが、岡の視線に対して真っすぐ返すことができない。鼻で笑いながら、岡は中指を折った。
「バイクに乗ってた奴は、キョウ。
薬指。
「貴方は?」
シロナが訊くと、相手は姿勢を正した。どうやらこの質問をされたいがために、長々と前置きをしていたらしい。両手を使って、数字を表した。
「俺は前々回で、七回目の百点を取った。つまり、このチームのエースやな」
「そう」
興味はない、という態度をとると岡は無表情になった。片手で、黒い柄を弄び始める。
「どうして、私を助けるの?」
シロナにとっては今までの話がこれに対する答えに関係しているとは思っていなかったが、岡は無駄な話をしているわけではないようだった。続く話で、理解をしていく。
「統計を、取ってるんや。あくまで自分の感覚やけど。まあ安定はしてへん。上下はする」
「何の、話?」
「星人の強さの話や。俺は、このガンツにはちゃんと意図があると考えとる。つまり極端な無茶はさせてこない。倒せそうな奴らに、倒せそうな星人をあてがっとる。わかるか?」
返事は特に待っていないようだった。
「ここしばらく、中核のメンバーは減ってない。それでも傾向としては上昇してる。徐々に、対象の星人が強くなってるんや。ガンツだろうがそれを運営している何かだろうが、絶対に方針は変えない。そろそろ来る頃やと考えてる」
シロナの疑問は、すぐに伝わった。
「こんな俺でも、死にかけたことがあった」
「ふうん」
岡は何かを思い出すように、表情を険しくする。
「二回目と、六回目のクリアを達成した時。どっちもきつかった。ぎりぎりだった。二回とも、相手をした星人には共通点がある」
態度はどうであれ、頭が回る男ではあるかもしれない。そこにはかすかに知性を感じた。シロナも同業の学者達とよく連絡を取り合うからわかる。同じ系統の話のまとめ方をしている。
「どちらも、百点だったってことや」
「つまり、それを倒せば」
「そう。一発でクリアや。けどな、甘くはない。もちろんピンキリはある。それでも苦戦したことには変わりない。どっちの時も、メンバーがごっそりと減った。ま、それは関係ないが」
岡には、仲間意識というものが備わっていないようだった。というより、切り捨てているという方が正しいのかもしれない。話していると、多少なりとも人となりがわかってくる。
「そろそろなんや。多分また百点が来る。それもおそらく、えげつない奴が。今度ばかりは俺一人じゃ厳しいかもしれない。誰か俺と同じくらいじゃなくても、強い駒がいる」
岡はシロナを指差した。
「そういうことを考えた時に、やって来たのがお前達や。わかったか? 戦力の大幅な増強が叶った。それに今回で、室谷達の得点をゼロにできる。奴らも囮くらいなら使えるしな。より長く、ガンツに縛り付けておける」
「でも、それは貴方も同じでしょ」
まるで思いがけない指摘を受けたと言わんばかりに、岡は瞬きした。それから、苦笑をする。顔の前で、億劫そうに手を振った。
「まあな。でもいいんや。目の前のことより、先を考える。それが肝要や」
「そこだけは賛成できる」
「やっと同意してくれてありがたいわ」
それから少し間が空いて、岡が球体へ顔を向ける。
「見てみ。割と経ってるな」
黒い表面に、時間が表示されている。残り十五分とあった。シロナは少しだけ安心する。思ったよりも時間の流れは速い。ここで岡から説明を受けたおかげでもある。話を聞いている時だけは、緊張が少しだけほぐれていた。
「とりあえず、ここにいていいのね」
「そうやな。後少し、お前のペットが持ちこたえればいい」
「ペットじゃない」
シロナは、腕を組んだ。
「あの子達は、私の家族なの。その言葉で片付けるのは、やめて」
「どうでもええわ」
本当にどうでもよさそうだったので、シロナは話を続けようとした。この男に、自分のポケモンがどれだけ素晴らしいか語るつもりでいた。
だが、中断させられる。
球体の方に、動きがあったから。そして音声でも、はっきりと言ってきた。
『シロナをこロしたら、
60てんあげルで』
耳に痛いほどの静寂が、二人の間を漂った。
時間を刻む音がやけに大きく響いている。彼女は自分の呼吸を聞いていた。徐々に乱れていくのを、自覚していた。相手の方を見ることができない。体を動かそうとしたが、足の力が抜けていた。全く予想外の事態に、頭が真っ白になっている。
突然、岡が笑い始めた。その勢いに肩を浮かせるが、彼が小馬鹿にするような表情になっているのを見て、安堵がやってくる。
彼は肘で球体を小突いてから、肩をすくめた。
「ほんと、ガンツはガバガバやな。そこばっかりは進化せん。これで俺がお前を処理する気になると思っとる」
「オカ…」
お礼を言いかけて、とても大きな衝撃がやってきた。
遅れて、自分の体が倒れていることに気が付く。シロナの体を掴んで押し倒した岡は、欠伸でもしそうな表情で、柄を出した。
「元から、そうするつもりやったのにな?」
ボタンを押す。
「目先の利益も、将来の利益も総取りする。最善やろ?」
刃が、シロナの首にあてがわれた。