シロナさんが星人に挑むようです。(完)   作:矢部 涼

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7.遠い日常

 まだ、自分の大切なポケモン達の安否がわかっていなかった。

 今まで彼らと戦っていたらしい室谷達に訊いてみても、満足な返事は帰ってこなかった。ただ、そのすっきりとしていなさそうな様子で察することはできる。少なくとも、無事ではあるようだった。

 シロナはマンションから出た後、全力で走ろうとした。

 だが横や後ろにいる者達へ警戒をする。

 

「どうして、ついてきているの?」

「帰る方向が、同じだからや。自意識過剰か?」

 

 堂々と言い訳をしているのは室谷だけで、あとの者達は無言でシロナの後にぴったりとくっついてきていた。杏はいい。彼女とは、色々としなければならない話もあるのだ。だが、ジョージや桑原などもいるのが不可解だった。何も言わずに別れたのは、岡とバイクに乗っていた京だけだった。

 

「私の子達を狙ってるのなら…」

「うるさいわ。もう終わったことや。どうせ殺しても点数にならん。ほら、見てみい。大事な家族とやらが走ってきとるで」

 

 室谷の指摘で振り向く。

 途端、シロナは駆け出していた。同じく相手達も、彼女に飛びつこうと勢いよく向かってきてた。

 最初にシロナの体に触れたのは、ミロカロスだ。全身へ瞬時に巻き付いてきて、口を何度もシロナの頬にくっつけてくる。おお、という興奮したような男の声が聞こえてきたが、気にならなかった。

 次に胸へ飛び込んできたのが、ロズレイドだ。彼女もまた普段は冷静な顔を一杯に輝かせて、両手の花を胸に擦りつけていた。

 

「おぉーん」

 

 ミカルゲもまた、緑の目口を緩ませている。かなめいしの部分を伸ばされた彼女の手に乗らせた。そして靄の部分を腕に纏わりつかせてくる。その時点で、シロナは全身の力が抜けて座り込んだ。安堵の涙を流しながら笑顔になった。

 ずるずると、トリトドンが遅めの到着をする。彼女の背中に角を擦りつけて、三つの目を細めていた。

 噛みしめるように彼らとの触れ合いを堪能した後、まだ奥の方からやってくる存在に気がついた。

 

「うそ…」

 

 最後に掴まってきたトゲキッスは、やや動きがぎこちなかった、それでも顔だけは元気で、その身の存在をたくさん感じさせてくれる。

 あの岡の攻撃によって何かされたのだろうかと思ったが、観察してみると違うことがわかった。羽が痺れているのは、毒のせいだ。同じくくっついてきているロズレイドが、トゲキッスに向かって威嚇をした。情けなく鳴きながら、トゲキッスは弁明をしている。

 もちろん、受けた毒はいのちのしずくやねがいごとで取り除ける。それでもあえてトゲキッスは残しているのだ。この二匹が喧嘩する時は、そういう暗黙のルールがある。

 恐れていたことが杞憂に終わって、シロナは長々と息を吐き出した。あの、犠牲者の写真の中には、トゲキッスのものがなかった。もしかしたらあのY字口の武器でやられたらもう取り返しがつかないのかと思っていた。どういうことかはわからないが、不発に終わったらしい。

 

「わあっ」

 

 トリトドンがまた自分の癖を表に出していた。シロナ達を微笑ましそうに眺めていた杏に上ろうとしている。

 

「かわいいなあ」

 

 シロナが注意すると、そんな言葉をかけてきた別の相手に標的を移したようだ。トリトドンは、手を広げている黒スーツの女性に喜々として向かっていった。

 

「スミちゃん! やめた方が…」

 

 もう片方の金髪の女性が警告するも、特に逃げようとはしていなかった。ゆるくパーマをかけた濃いグレーの髪をした日焼け肌の女性は、トリトドンが足にくっついても平然としていた。

 シロナは、今更驚かなかった。どうやら、全員が信じられないほどの力を持っているらしい。決して軽いとは言えないトリトドンが、軽々と持ち上げられていた。

 

「名前、なんて言うん?」

 

 何やら喜びの域が上限を突破し始めたトリトドンに顔を擦りつけ、女性が尋ねてくる。

 

「トリトドン」

「じゃあ、トドンちゃんやね。それともトリちゃん? それはないな。だっさいわ。あ、うちは山田スミ子っていうねん。大変やったなあ。男達に追い回されて」

 

 油断なく、観察する。スーツの腕の部分が、筋張ってきていた。力が集まってきているような見た目だ。仮説を立てる。もしかすれば、彼らの膂力は。そこまで考えて、念のために自分の分のスーツケースを持ってきて良かったと思った。検証ができる。

 視線を、感じる。見ると、先ほど注意をした金髪の白い女性が、睨みつけてきている。シロナが瞬きをすると、すぐにその視線は逸らされていった。

 ロズレイドが、シロナから離れてある方向を見つめていた。その先には、ジョージがいる。

 

「あ? なんやねん」

 

 シロナの腰をつついてくる。首を傾げると、急にロズレイドは間抜けな顔をした。舌をちろちろ出しながら、こてん、と倒れるふりをした。芸は細かく、全身を常にぴくぴく痙攣させている。

 

「お前…」

 

 シロナにとってはわからないが、それはジョージを煽るものだったようだ。彼は柄を取り出して、憤怒の形相でロズレイドに歩いていこうとした。その肩を、室谷がつかんで止める。

 

「やめえや。お前らしくもない。ま、とりあえずは」

 

 そしてシロナへ挑戦的に目を合わせてくる。桑原から煙草のようなものを貰い、口にくわえる。金髪の女性に火をつけてもらい、煙を出し始めた。

 

「過ぎたことは水に流そうや。お前のペット、そこそこやるな。安心してええ。もう手は出さん。ガンツの気まぐれに巻き込まれたとでも思ってくれや。これから、一緒に戦っていくわけやし…」

 

 ばしゃん、とその顔に水の塊がぶつかった。煙草の火が一瞬にして消え、水浸しになる。ほとんど同じ状態になっている顔を固定させたまま、室谷は目だけを動かした。

 

「ぽわぽわっ」

 

 トリトドンが口を開け閉めしながらにやにやしている。そして挑発するように上へとぴゅうぴゅう水を吹き出した。

 

「ミンチにして食ったろかあ!」

 

 怒りをあらわにしている室谷が、金髪の女性やジョージに抑え込まれているのを見て、シロナは奇妙な感覚に陥っていた。先ほどまで、むしろ敵として認識していた相手達だ。それなのに、もうそういう雰囲気ではなくなっている。彼らの切り替えの早さに半ば彼女も引っ張られていた。

 首を傾げているミロカロスを囲んで、サングラスの三人がしゃがんでいる。

 

「印は? どうやって結んだんや」

「火影になれるで、お前」

「螺旋丸もできたりする? ちょっと、試してみ」

「フォオ?」

 

 杏が、混乱したような顔で見てくる。彼女からしたら、訳がわからないのも当然だろう。シロナにとっても、整理する必要が出てきていた。今までずっとあった危機感のようなものが、すっかり抜け落ちてしまったのは確かだ。だから岡のことを思い返す。そうすれば少しだけ、意識を引き締めることができた。

 

「一万でええか?」

 

 既に黒スーツを着直している桑原が、急に言ってきた。

 

「えっと?」

「だから、それくらいが相場やろ。すぐ終わるから。一発で満足する」

「姉さん…やばい」

 

 先に意味を理解したらしい杏が、シロナの体を引っ張ってくる。

 

「関係ないやろ。なあ、頼むで」

「だから、何を言って…」

「こいつ、姉さんを買う気や。綺麗やからなあ。漫画でもそういうシチュエーションあるわ」

「な…」

 

 ようやく理解をし、シロナは別の危機感が大きくなっていくのを覚えた。実際、桑原の目はおかしいとも表現できる。どこか蕩けている。さっと下の方に目をやれば、明らかに股間が膨らんでいるのがわかった。

 シロナは後ずさる。

 

「変態!」

「あ? ちょっと待てや。お前、勘違いしとるな。お前じゃないねん。そこにいるお前のペットに用があるんや」

 

 桑原が指差した先には、サングラス達にたくさん言葉をかけられて辟易している様子のミロカロスがいた。注目されていることを知ると、桃色の触角を揺らしながら顔を上げてくる。

 そこへ、桑原は熱のこもった視線を投げた。

 

「メスやろ? ま、オスでもええけど。穴がどこにあるのか教えてくれるだけで十分や。あとはまあ、工夫するわ」

 

 シロナはある意味今までで最大の衝撃を受けていた。自分のポケモンが性的対象にされているのは理解できたが、それ以上頭に入ってこない。かつて、周りにはこんな男などいなかった。もちろん、シロナが知らなかっただけかもしれない。元いた世界であっても、このような男が下手に素を晒せば、排斥されるに決まっているからだ。

 

「ド変態!」

「女やから、わかんないか。それとも駆け引きか? ええで。しゃあないな。二万まで出すわ」

「今すぐ、離れて」

「足りない? なら、そうやな、五万で。破格やろ。しかも一発だけやぞ。どんな高級風俗でもそんな価格設定してないと思う」

「ミロカロス、こっちに来て」

「強情やなあ。まあ、焦らされた方が燃えるのは確かや。今日は妥協したる。お前で我慢するわ。一万五千、現金で」

「れいとうビーム」

 

 ミロカロスも同じ思いのようだった。狙いはしっかりと桑原の下半身に定められている。

 

「どわっ!」

 

 残念なことに、ある程度相手も反撃は予想していたらしい。氷の線は外れていき、桑原の後ろの塀を凍らせるだけに終わった。

 まるでシロナがとんでもないことをしてきたかのように、憤慨した。

 

「アホか! 股間に当たったらどうするんや! 絶対に不能になる。この年でインポとか、シャレにならん」

「あー、惜しい」

「いけ、二発目や。かましたれ。ゴミがインポのゴミになるだけやし」

 

 どうやら同じチームの女性達もまた、彼に対して思う所があるようだ。いや、とシロナは自分の認識を少し変える。もはや自分も、このチームに含まれている。共に何度も戦っていかなければならないのだ。

 彼らは、ひとしきりポケモン達を観察してから帰り始めた。それぞれちゃんと戻る場所があるらしい。

 ようやく連続していた戦いが終わっても、素直に休む気分にはなれなかった。それでも自分が追いつめられているのは変わりないことを認識していた。

 どこへ、帰ればいいのだろう。ポケモン達を見つめながら、途方に暮れる。もちろん最終的には元の世界に戻るつもりだ。だが、今差し迫ったものとして、泊まる場所が必要だった。

 

「もしかして、」

 

 救いの声がやってくる。

 体の向きを変えると、杏が心配するような表情で見てきていた。

 

「姉さん、家ないんか?」

「…ええ」

「なんか、事情がありそうやもんな。良かったら、うちくる? ちょっと狭いかもしれんけど、歓迎するで」

「いいの?」

 

 杏は、表情を真面目なものにした。

 

「命の恩人を路頭に迷わせたら、人でなしや。うちはそんなんになりたくない。…色々と、話したいこともあるし」

「ありがとう」

 

 深く頭を下げてから、シロナはポケモン達をボールに戻していった。全てを鞄に収め、空を見る。元の世界と変わらない夕焼けが、どこまで鮮やかに広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それほど歩かなかった。杏は取り出したスマホで自分達の現在位置を把握し、迷いなく家路へと着いた。シロナは歩いている間、時折彼女が持っているそれを観察する。大体同じ機能、同じ見た目をしている。だが、アンドロイドなどという機種の名前は初めて聞いた。例として出てきたアップルなる会社も、知らない。

 

「未開地の部族、ってわけでもなさそうだしなあ」

「スマホなら、私も持ってる」

「見せて見せて」

 

 シロナは歩きながら、鞄から取り出した。特に奇抜な所もない。見た目だけなら、杏のものの方が目立っている。彼女はキラキラとしたシールなどを貼ったりしていて、かなり愛用していることが伺えた。

 

「デボンコーポレーション?」

「そういう、総合的な企業があるの」

「本当に、別の世界から来たんやな。全然知らへん」

 

 ややこしくなるのであえて説明しなかったが、シロナの持っているスマートフォンは一般に売っているものではなかった。特注品というわけだ。ややナルシスト気味なその企業の御曹司を思い出す。すごく気が合うというわけではなかったが、郷愁を抱かせるのに十分だった。

 電波は、立っていない。圏外になっている。ほんの少し、期待していた部分もあった。祖母にかければ、つながってくれるのかもしれないと。だが、無理のようだ。充電器も持ってきていたが、これからはあまり触らないようにした。万が一壊れたら大変だ。

 二十分ほど歩いて、杏は三階建てのアパートの前で立ち止まった。

 

「ここや。ついてきて」

 

 やや早足になる。間違いなく、彼女は気が逸っているようだ。それはポケモン達と合流できた時のシロナとほとんど同じだった。

 二階部分に上がり、一番奥の扉に向かった。ドアノブに手をかけると、ノックもせずに開けていく。

 すぐに慌ただしい足音が近づいてきて、今へと続く戸口から子供が飛び出してきた。

 

「ママ!」

 

 男の子と杏が抱き合うのを見て、シロナは少しの間固まっていた。まさか、息子がいたとは。かなり若いはずだが、杏にくっついている彼はもうちゃんと言葉を話せるくらいの年齢だ。出産した時の彼女を想像して、その苦労のほどがうかがえた。

 続いて、おとなしそうな黒髪の女性が戸口から覗いてくる。

 

「杏さん、どこに行ってたんですか。さっきやっと連絡がつながって…」

「ごめんな。(かける)見ててくれてありがと。その分の手当ても」

「いいですよ。でも、今度からはやめてくださいね」

「おおきに」

 

 女性はシロナをちらりと見てから、既にまとめていたらしい荷物を持って出ていった。事情を訊いてこなかったのは助かった。シロナ自身、どう説明したものかわからなかったからだ。

 進むと、居間らしき場所に出た。といっても、かなり手狭になっている。いくつかの机が並んでいて、その横に紙が大量に重ねられていた。

 

「だれ?」

 

 杏の足の間に掴まりながら、子供が尋ねてくる。

 

「ちゃんと説明するから。まずご飯にするわ。待ってて」

「わかった」

 

 少し慌ただしく杏が台所に向かうと、カケルという名の男の子とシロナだけが残された。彼女は何となく微笑んで、相手の目線まで屈みこむ。

 

「ごめんね。ちょっと、お母さんに泊めてもらうことになったの。いい?」

 

 人見知りをあまりしないようだった。恥ずかしがらずに、シロナの手を掴んできた。

 

「ん?」

「こっちきて。ママの絵見せたい」

 

 翔はすいすいとやや散らかっている居間を進んでいき、机の一つまでシロナを引っ張っていった。その上に乗せてある紙の一枚を取って、見せてくる。

 

「うまいよね」

 

 シロナの表情が固まった。確かに、下手ではない。むしろかなり上手いと言える。少なくとも記憶にある身近な者達の誰よりも、描写が優れていた。問題なのは絵の中心が女性で、それも裸になっていることだった。高校生くらいの若い女性だ。股を開き、指の先を

 

「…」

 

 結局、曖昧な笑みに逃げた。周りを見てみれば、そのような題材の絵がほぼ全てを占めているようだ。シロナは非常に居心地が悪くなった。

 

「どう?」

「うん、うん。いいんじゃないかな。こう、表情が上手いというか」

「えっちだと思う? それが大事なんだって」

「ど、どうだろう…」

「あ、ちょっと!」

 

 エプロン姿の杏が小走りでやってきた。翔から紙を取ると、机の上に戻す。

 

「担当に見せるやつなんや。あんまりさわらんといてな」

「はーい」

「姉さん、あと少しでできるから、そこに座ってて」

「わ、わかった」

 

 指定された席は多少スペースが空いていたものの、周りをいかがわしい絵で囲まれていた。そうしているとあのド変態のことも思い出されて、しばらく気持ちを落ち着けようと何もない空中を眺めていた。

 出されてきた料理は、カレーのようだ。少しだけ安心した。もしまるで馴染みのないものが出てきたらどうしようと思っていたところだ。実際に食べてみても、ちゃんと想像通りの味がした。そして自分がかなり空腹だったことを理解した。

 

「でな、どかーんって上から岩が降り注いだの。敵がいっぺんに倒されてな、姉さん、格好良かったなあ」

「うそみたーい」

「ほんとや。それで、ママの命も助けてくれたんやで。恩人やから、失礼のないようにしないといかんよ」

 

 スプーンを動かしながら、ようやく心が休まるのを感じていた。完全にすっきりしたわけではない。杏も似たような気分のようだった。息子に話していることも、事実から多少ずれている。だが、それは正しい行動だとシロナも賛成していた。

 テレビで、ニュースが流れる。オオサカの町の一部で、地震があったらしい。同時に、突発的な大雨も降ったようだ。住宅の一部に被害が出たと報道されていた。死者はいない。シロナと杏は顔を合わせたが、何事もなかったかのように食事が続けられた。

 さらにお風呂も貸してもらってから、肌着に着替える。実はもっと杏と話したいこともあったのだが、先に疲れがどっと来ていた。とりあえず、今日は少しでも休んでおくべきだろう。

 杏や翔の就寝と合わせて、シロナも居間に敷かれた布団に転がった。すぐに目を閉じる。色々と調べたいことも出てきた。明日から忙しくなりそうだと、意識を沈めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を乱しながら目を覚ました。

 胸を押さえる。夢を見ていたようだった。それも、とてもおぞましいものを。内容は細かく憶えていないが、とにかく胸を引き裂かれるような悲しみと、恐怖が全てだった。シロナは呼吸を整えながら、目の端を拭う。

 喉も乾いたので、申し訳ないと思いつつ水を借りる。コップ二杯分ほどを喉に通した時、奥の部屋の扉が開かれた。

 

「そっちも眠れないんやね」

 

 冷蔵庫から缶を取り出すと、ソファーに座り込んだ。そして隣の部分を手で叩いて、シロナに促してくる。

 シロナもおとなしくそれに従った。このままでは朝まで一睡もできないと確信していたからだ。

 杏は、数秒の沈黙の後、ぽつりと言ってくる。

 

「また、あるん?」

「…多分」

「どれくらいで、来るんやろうか」

「あの人達は、大体一週間から二週間の間って言ってた。でも、わからない」

「そっか」

 

 膝を抱く。缶は開けられたが、口をつけてもいなかった。杏の表情が見えなくなる。だが、どういう感情を含んでいるのかは十分にわかっていた。シロナもまた、その一部を感じている。誰にだってある感情だ。

 

「いややな…」

「大丈夫」

 

 シロナは、二つのボールを投げた。この場所でも問題の無い、ロズレイドとトゲキッスを出す。二匹共、胸を張って杏を見ていた。

 

「信用できないかもしれない。でも、守るから。あのふざけた何かが終わるまで、アンズは死なせない」

「姉さんは、」

 

 杏は無理に笑顔を作る。

 

「本当に不思議な人やな」

 

 しばらく、トゲキッスの羽とロズレイドの頭を抱きながら、彼女は泣いていた。その背中を撫でる。少しでも恐怖が和らいでくれればいいと思っていた。同時に決意も新たにする。

 二十分ほど経ってから、ポケモン達を戻した。少々都合の良いようにしてしまったかもしれないが、シロナも十分に助けられていた。ほとんどの人生を共にしてきた家族たちの存在は、それだけ大きなものだ。

 

「最後に一つだけ、ええかな?」

「どうぞ」

 

 杏は赤い目で言ってきた。

 

「姉さんは、元の世界では何してたん?」

「考古学者。歴史を調べてるの」

「へええ。頭いいんやなあ。印象通り」

「この子達も含めた、ポケモンの歴史が専門なの。神話や、古代の文献を参考にして、起源を解明するのが使命」

「なんか、壮大やね」

「ええ、とても。まだ、何もわかっていないに等しい。どうしてポケモンが現れたのか。そもそもその名称にも謎があるの。誰が考えたかもわかっていない。限りなく古くから、付けられていたのは確かだけど」

「そう、なんや」

「やりがいがある。チャンピオンじゃなくなったから、そっちの方に集中しないと。まだまだこれからなの。あ、チャンピオンっていうのはね。……アンズ?」

 

 その頬が、シロナの肩に触れていた。すうすうと寝息を立てているのを確認して、シロナはゆっくりと彼女を寝かせる。翔が眠っている部屋から杏の分の毛布を取り出してきて、そっとかけた。

 彼女の寝顔を見ながら、明日からのことについて思いを巡らせる。

 とにかく、検証は大事だ。次に備えるためにも、ポケモン達と色々話し合う必要もある。だが、まずは、この世界で当分の間暮らしていくための絶対的な必需品を得なければならなかった。

 

「働かないと」

 

 確認は終わらせていた。驚くべきことにお金は、同じ円が使われている。だが、硬貨も紙幣も明らかに見た目が違っていた。さすがにシロナにもわかる。旅行用にある程度の蓄えは持ってきていたが、全て無駄になった。こちらでは絶対に通用しないだろう。

 考古学者であり、歴戦のチャンピオンを務めていた彼女も、ここでは無職に等しかった。

 

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