戦姫絶唱シンフォギア ―錬金術と音楽の交響曲― 作:わらぶく
統制局長に不満を爆発させてから、かれこれ1週間ぐらいと言ったところ。仕事の疲労は取り除かれ、後は十分な栄養摂取が目標となっているのだ。
そのための朝食をとるため、フォークで三日月のように曲がった6センチのソーセージと一杯の牛乳を食していたのだが……。
「私の体、どうしてここまで食べ物を受け付けないのか……」
今日もまた、味覚が死んで味を感じられないソーセージを半分かじっただけで、胃が受け付けなくなってしまった。無理にソーセージを口元へ運ぶが嫌な吐き気を催すだけで、食欲なんて全然出てこない。
遂には、あの統制局長から「食べなければいけない、体を壊さないようにね」なんて言われてしまう始末。食事がまともに出来ない この『ヒュパティア』という体が憎たらしい。
「はぁ、もう食べられない……」
フォークを皿に置いてこれ以上の朝食を断念し、机の引き出しからサプリメントを取り出す。本来ならちゃんとした食事で栄養を摂るのが求められるが、食べられないなら四の五の言っている暇なんて無い。何も口に出来ないなら、これで済ますしかないのだ。
新しい水をいれにいくのが面倒くさかった私は、残っている牛乳でサプリメントを飲み込んだ。少しだけ舌に気持ちが悪い感触が残ってしまった。
「相変わらず細い体だな」
私室の扉の方から少し可愛らしい声。
振り向いてみれば、扉に背中を預けて腕を組みこちらを見ている元はぐれ者のキャロルが居た。
「そう言うキャロルは、相変わらず小さいですね。私の残りもキャロルにあげましょうか?」
「いや、それはお前がしっかりと食うべきだ。胃が受け付けないなら、一度体の検査でもしてもらうといい」
「これでも、常時栄養失調と睡眠不足以外は健康そのものです。睡眠不足に関しては、サンジェルマンたちが早く帰ってきてくれれば何とかなるんですがね」
「統制局長か。長期休暇でも、言えば受け付けてくれるだろう。何百年も寄り添ってきたお前なら、少しの我が儘ぐらい聞いてくれると思うが?」
「ただ1日でも目を離せば、あの人すぐに部屋を散らかすんです。前回のアダムスフィア盗難事件といい、管理もまともに出来ないので私用で離れるわけには……」
「はぁ、少し生真面目が過ぎるぞ。それとも、それほどまでにあいつを慕っているのか?」
慕っていない、なんて言えば嘘になってしまう。
永遠の命を得る前の私は、馬車馬のように働く奴隷だった。両手両足には黒鉄の枷、逃げてもわかる首輪をはめられて。いつ気まぐれで殺されるかわからない日々に、怯えながら暮らしていた。
そんな時だった、彼が現れたのは。
『救いたくないかい? 力無き者たちを、圧政に苦しむ者たちを。そして、君の人生を』
その言葉に惹かれて、私は錬金術師協会に迎え入れられた。幸いなことに、錬金術の基本である『分解』と『解析』、そして『再構築』は私にとって楽しいものだった。
だからこそ、何百年もこの組織に身を預けてられている。
「慕っては、いますね。あのダメ男部分を抜けば」
「……たまに出てくる、倒置法がその証左か」
「あれ、出てました?」
「ああ、しっかりと」
「なんとまぁ、お恥ずかしい」
「それで、何だったらオートスコアラーのファラを、お前の面倒見として1週間つけてもいいぞ」
「お優しいですね。でも、キャロルの手を煩わせる程でもありません。私の問題は私が解決すべきこと、他人にさせるなんてことはあってはいけないのです」
「そうか」
机に向き直り、再びソーセージと相対する。サプリメントは既に飲んだが、やっぱりモノを食べた方が体に良い。残った半分のソーセージを口の中に放り込み無心で咀嚼をした。相変わらず味がなかったが、催す吐き気を抑えながらどんどん放り込んでいく。
目を瞑って、無心で、何も感じないように、飲み込めるまでひたすら咀嚼。喉に詰まらないようになってから牛乳で押し込んだ。
胃がギュゥッと締め付けられるような気持ち悪さを耐え、フォークを皿に置いた。
「はぁ……、それでキャロルはなぜここに? 目的も無くこんな所に来るような人ではないと思いますが」
「食事が終わったら局長室に呼ぶように言われた」
「なるほど、なら今から行きますよ」
「待て、まだ1本残ってるぞ」
「どうせもう胃が受け付けません。それより、局長室でしたね。また捕縛任務か、それとも盗まれた物の奪還か」
「オレも行こう」
「キャロルも?」
「ここに戻ってからお前には貸しが色々とあるからな。返させろ」
「なら、局長室までのエスコートをお願いします」
「わかった」
ローブに腕を通しフードは被らず、サプリメントの入れ物をポケットへ入れる。
キャロルにエスコートをしてもらいながら、長い廊下を歩き局長室へと向かった。道中、任務から帰って来た幹部のサンジェルマンが向かいから歩いてくる。
男装の麗人という言葉がぴったりと当てはまるほど、整った顔と男装がマッチし多大な存在感を漂わせていた。
キャロルは少しだけ顔をうつむかせて帽子で顔を隠し、少しだけ気まずそうにしていた。
私に気がついたサンジェルマンは、いつものように真剣な表情を顔を張り付けて話しかけてくる
「ヒュパティア、これから任務?」
「おそらく、サンジェルマンは休みですか?」
「ロシアでの任務が終わり、これから部屋で少し休むところよ。キャロルも一緒に?」
「キャロルはエスコートです。私が局長室に行くまでですけどね」
「そう、あまり無理をしないようにね。試作物試験員のあなたは、この組織には必要不可欠」
試作物試験要員というのは、錬金術師たちが作ったものを試験し使えるか使えないかを判断するという、ある意味危険な役職。
バカが作った物だと、試験中に爆発して全治1週間の大ケガをすることも日常茶飯事。
その事を危惧して統制局長が目を通してくれるが、結果はあまり事故を起こさなくなったといった所。危険が10%から5%に減ったのは嬉しいことだが、何なら0にしてくれてもよかったのに。
まぁでも、感謝はしている。
「自分の役職は分かっています。サンジェルマンも幹部なんですから、ゆっくりと休んでください」
「ええ、ヒュパティアも気を付けて」
少々の会話を済ませて、サンジェルマンとは別れた。
会話をしている時、キャロルが全く声を出さなかったがそんなに気まずいのだろうか。
歩き出しながら、私はキャロルに話しかけた。
「キャロル、サンジェルマンと話さなくて良いのですか?」
「オレは幹部からは嫌われている。特にプレラーティからは、チフォージュ・シャトーの件で特に恨まれているからな」
「あぁ、何なら私の方から話をしても構わないですよ。プレラーティには、色々と貸しがありますからね」
「いや、これはオレの問題だ。自分から何とかしなければ、この溝が埋まらないのはわかっている。わかってはいるんだが、その、あまりコミュニケーションがな……」
「ああ、なるほど。つまりは、足がすくんで踏み出せないと」
「あ、足がすくむ!? このオレが!?」
キャロルは立ち止まり私を見上げながら、私の方を向いて怒りと恥ずかしさが混ざったような表情を浮かべた。
「そんなわけあるかッ! チフォージュ・シャトーを奪い、世界を壊そうとしていた俺がそんなわけ――」
「なら、プレラーティとの関係は結び直せるはず。そうでは?」
「ぐっ……」
「キャロルはどうやら、錬金術の基本をもう一度覚え直すべきです。『分解』と『解析』、そして『再構築』。プレラーティとの不仲の原因が解析出来ているのなら、あとは関係を再構築するだけ。そこに少しの勇気があれば良いだけのこと。コミュニケーションを理由に改善をしないのは、ただの逃げですよ」
「……容赦ないな」
「遠慮して遠回しに話してもキャロルには伝わらない。なら、本心から直接話すだけです」
「ついたぞ」
顔を上げてみれば、局長室が目の前にあった。
結局、どうするのかはキャロルの口からは聞けなかったが、これだけ口に出来ただけマシだろう。
後はキャロルから、自分からプレラーティとの和解に踏み切ってもらえれば十分。私の目的は達成されたも同然だ。
「統制局長、ヒュパティアです」
ドアを叩けば、中からの統制局長の声が聞こえた。
変わらず散らかった局長室に入り、周りを見回しながら机の前まで歩いた。
統制局長はイスに座りながら、歩く私をじっと見ている。
「早かったね、ヒュパティア。しっかり摂ったのかい、朝食は」
「はい。ソーセージ2本と牛乳一杯、サプリメントを3粒摂りましたよ、しっかりと」
「それは言えないと思うがね、朝食とは。まぁ良い、また情報が入ったよ、はぐれ者の錬金術師のね」
「またですか。どいつもこいつも、抜けたら抜けたで静かに暮らしてれば良いものを。それで、捕縛ですか? それとも粛清ですか?」
「彼らは犯してしまったからね、人殺しという大罪を。罪はしっかりと裁かれるべきだ、法という番人に」
「では武装解除させ捕縛した後、その国の警察に突き出すということですね」
「それが望ましいね、統制局長としては。ただ、気を付けねばならないよ、君は。アルカ・ノイズを操るらしいからね、彼らはね」
「……そうなると、サンジェルマンたちの管轄では?」
「そこでだ。餞別だよ、君に」
統制局長が取り出したのはラピス・フィロソフィカス。
錬金技術の秘奥であり、賢者の石と呼ばれる赤い輝き。これを持っているのは三幹部であるサンジェルマンとカリオストロ、そしてプレラーティの3人だけ。
まさか、あの3人から取り上げた内の1つなのか。
あり得る、気まぐれの擬人化とも言える統制局長なら、あり得る……。
「問題ないよ、君が思っているほど。新しく作ったんだ、君専用にね。受けとると良い」
「何とまぁ、新しい賢者の石を作るなら、三幹部のラピス・フィロソフィカスを強化すればよかったと思うのですが?」
「君には力が必要だ、自衛のためのね。2度と連れ去られないために」
「……あぁ、なるほど」
思い浮かぶのは、私を見つめる白衣の男たちの侮蔑の目。
今思い出すだけでも、腸が煮えくり返るほど怒りが沸き上がってくる。
「今でも悲しく思っているよ、善良な錬金術師の君が無理やり適合者にさせられるなんて。あの時は動いてしまったよ、考える前に腕が」
「あれは私の不手際です。統制局長が気にする必要はありません」
「統制局長だからこそさ。失いたくないんだ、大切な理解者と部下をね」
つい5年前のこと。
米国で、はぐれ者の錬金術師の粛清任務途中だった。裏組織と手を結んだはぐれ者共の罠にはまってしまい、捕まってしまったことがある。その際、聖遺物を無理やり適合させようとした研究者共のせいで、Linkerというものを打ち込まれた。
奴らの実験は成功し適合はしたものの、もちろん反動が無いわけがない。
私は1ヶ月の軟禁生活から、統制局長直々に救われた真新しい歴史がある。
それでも、私は任務から逃げることはしないが。
「それと、これもだ」
「……?」
もう1つ渡されたのは、ペンダントだった。
ラピス・フィロソフィカスのように赤く、楕円の形をしている。
「君に適合したものさ、聖遺物『ラーヴァテイン』だったかな」
「……これをどうしろと」
「君に任せるよ、壊すも使うもね。始末するべきことだ、君自身で」
「……わかりました。では、任務先を教えて下さい」
「極東の島国、日本さ」