戦姫絶唱シンフォギア ―錬金術と音楽の交響曲― 作:わらぶく
「キツい……」
私は、用意された食パンとスープを完食することに苦戦していた。少し千切ってはスープに浸し、水分を吸って柔らかくなったのを口の中へ。噛めば噛むほどパンが形を失って崩れていく。
大変噛みやすく飲み込みやすいはずのパンなのに、2枚目の半分で口が止まった。若干催した吐き気のせいで、手が進まない。何より味がないのが辛い。
「もう限界か?」
「はい……、残りはキャロルにあげますよ。今日は1枚半とスープ半分食べられただけ誉めてください。いつもなら、ソーセージ1本分で音を上げるのですから、まだ努力した方ですよ。うっ、話してたら吐き気が……、水ください……」
「ったく、そんなんだから病人のように痩せているんだ。もっと肉を付けないと、身が持たないぞ」
「統制局長みたいなことを……。こっちだって、食べようとは努力してるんですよ。ただ、私の胃が受け付けてくれないのです。これ以上無理をすれば、吐きますよ」
「止めろ、汚い」
キャロルがコップにいれた水を受け取り、口の中に残ったパン屑を濯いで飲み込んだ。まだ比較的軽めの吐き気に安堵した私は、食べ残しを食べるキャロルを眺めながらラピス・フィロソフィカスを取り出す。
真っ赤な輝きは、私の濁った赤い瞳には眩しい、
こんなものを私はしっかりと扱えるのだろうか。
「ヒュパティア」
いつの間にか食べ残しを食べきっていたキャロルは、私の顔を覗き込んでいた。
「何でしょう?」
「ラピス・フィロソフィカスを渡されたのか」
「ええ。あくまでも自衛のためですけどね。この輝きを、私が手にするとは思いませんでした。どれだけ長く生きていても、何が起こるかまではわかりませんね」
ラピス・フィロソフィカス。別名、賢者の石。
これは錬金術師が求める到達点であり中間地点。錬金術師である以上、喉から手が出るほど欲しい代物。
実際私も、手に入れられたら、なんて思っていた。
……ただ、こうして手元に来てみれば何と小さいものか。手に収まるサイズの石が、我々錬金術師の叡知の結晶だとは。
「テスト運用はしたのか?」
「いえまだです。テストしようにも、機会がないもので」
「なら、アタシが付き合ってもいいか?」
そう提案したのは、隣の席に座った天羽奏だった。
「あなたがですか?」
「ノイズを倒してくれたお礼も兼ねてさ。それに、アタシも毎日体を動かしてないと鈍っちまうからな。ファウストローブ、だっけ? 前に戦ったときは3対1だったから、今度は1対1でちゃんと戦いたい」
サンジェルマンたちのことか。
あの3人は統制局長を除いて、錬金術師協会で1番強い。私なら間違いなく逃げる。
「なら、この後お願いします。それにしても、よくあの3人相手に戦おうと思いましたね。普通なら逃げの一手だと思いますが」
「あの魔力が詰まった玉を渡すか、と互いに躍起になってたからなぁ。まぁ、今はもう終わった話だよ」
「そうですか」
「それにしてもさ」
天羽奏が体を寄せてくると、いきなり私のローブの袖を捲った。肉のついていない細い腕が露になり、指先で摘まんでくる。
「ちゃんと食事はしてるのか? こんな細い腕で剣を振り回してたなんて思えないな」
「言ってやれ言ってやれ」
天羽奏の言葉に、頬杖をついたキャロルの援護が入る。
「私のことは別に構わなくても……」
「食べてないから力が出ない、なんて言われるのは嫌だしね」
「言いませんよ。いつも食事はこんな感じなんですから」
「そうなのか?」
「ええ、だからこのサプリメントで必要分の栄養を摂ってるんですよ。水で飲み込むだけなので、そこまで辛くもありません」
「へぇ、そのサプリメント、私にも一粒飲ませて貰って良いか?」
「構いませんけど、お口には合いませんよ?」
「大丈夫だって」
「では一粒、どうぞ」
サプリメントを一粒、天羽奏が差し伸ばした手に置いた。
深緑の粒は決して良いものとは言えず、私の感覚で例えるなら酷く濁った溝川と言ったところか。
「出来るだけ舌には乗せず、水で一気に流し込むことをオススメします。味覚が死んでいるならともかく、正常な舌をお持ちならあまり味わいたくない味のはず――」
そこまで言って、隣の天羽奏が顔を青くさせながら水を必死に飲んでいることに気がついた。
「……追加の水をどうぞ」
「――ッ!」
何度も何度も、水で口の中に残った感覚を消そうと頑張っていた。これは、サプリメントが舌に触れたな。
ようやく治まったかと思えば、今度は涙目でこっちを見てきた。
「まっず!! いつもこんなの飲んでるのか!?」
「だから言ったでしょう。お口に合わないって」
「合わないなんてもんじゃない。人――というか生き物がが口にいれるもんじゃないぞこれは……」
それもそうだ。
私が生きてく上で必要な栄養素をこれでもかと詰め込んで、ギュッと濃縮したのがこのサプリメントだ。味も見た目も、何もかもを度外視して作ったのだから、絶対まずいに決まってる。
もし、この先味覚が戻ったとしたら、このサプリメントは絶対に捨てる。目の前で苦しむ天羽奏を見て、私は固く決心した。
「んぐっ。はぁ……、まずさが何とか消えてくれた。尚更、こんなものに頼らず食事をしないとな」
「出来れば、良いんですけどね」
直す方法もわからない今、味覚やその他の回復なんて絶望的だった。
朝食を終えた私は、天羽奏の案内で訓練室に居た。
キャロルには私の荷物を受け取ってもらい、隣の観戦室から見守っててもらう。
――Croitzal ronzell gungnir zizzl
天羽奏は
腕のガントレットが外れたかと思うと、2メートル以上の槍に変化した。
「ティア、準備は良いかい?」
「少々お待ちを」
ラピス・フィロソフィカスを握りしめ、魔力を注いだ。
私の魔力と反応し、手の中で赤い光を放つ。それは次第に大きくなっていき、私の体を包み込んだ。
やがて、光の中から出た私の体は、紺碧のドレスを着ていた。パーティで着るような物ではなく、ゆったりとしたドレスローブに近い服。腰には、赤い輝きを放つ剣が携えてあった。刃渡りはいつものと変わらないものの、柄を握るだけで体の魔力が増幅していくのがわかる。
これがラピス・フィロソフィカスの力。
どんな力を出せるのか。
「試運転といきましょう。天羽奏、手合わせをお願いします」
「ああ、来なッ!」
私は剣を取り片手で構え、天羽奏へと向け駆け出した。錬成陣を顕現させ、風を作り出し速度を稼いで一気に近付く。
眼前に近付く天羽奏に、私は剣を振り下ろした。
天羽奏は、回避もせず槍の柄で私の剣を受け止める。
「重く速い一撃ッ! だけど、アタシには届かないッ!」
「だったら搦め手から攻めるまでですよッ!」
全力の振りをこんなに容易く止められるとは。だが、これで終わらせない。
剣に魔力を注ぎ込み、刃を一気に燃え上がらせた。
「――ッ!」
天羽奏は私の剣を振り払った。
バックステップで距離を話そうとするが、私は風で再び距離を詰めていく。
あの槍の大きさ、懐に入ればさえすれば!
「嫌な所を突いてくる――ッ! だけどなッ!」
視界の左端から、向かってくる右脚。回避が間に合わない。
咄嗟に左腕で防ぐが、衝撃までは殺せなかった。
蹴りによって私の体は勢いよく壁へ。
空中で体制を整え壁に着地すれば、ファウストローブで強化された脚力で壁を蹴る。
「まだ、ですッ!」
刃を燃え上がらせながら、振り下ろした。
私の剣が届かなくても、炎が届いてくれる。
それに、その魔力量なら――ッ!!
「炎なら、アタシのも見せてやるよッ!」
急激に跳ね上がった温度。
天羽奏の周囲に発生した炎は、私の炎と混ざりあって更に大きくなり天井に舞い上がる。
私は天羽奏の変化したシンフォギアを見て、何が起きたのか理解した。
「それがブリーシンガメンですか。実物は初めてです」
「どうする? 火力比べといくかい?」
「良いですね。私の錬金術、あなたに敵うかどうか試させてもらいます」
「そう来なくちゃ、さぁいくよ!」
私は剣から魔力を抜き取ると、全て火の錬成陣へと注ぎ今出せる最大火力を放った。天羽奏のブリーシンガメンの火も放たれ、私たちの火は混ざり合い巨大な火柱となって天井を焦がしていた。
同時に防護障壁で身を守る。
発生した熱波は、火柱に炙られている天井だけでなく、訓練室の壁さえも焦がしていった。
ただ、流石は聖遺物『ブリーシンガメン』の炎というべきか。
私の炎は押され始め、火柱の私の炎の割合が減っていた。
「火力が弱まっているんじゃないか?」
笑い声を含んで話しかけてくる天羽奏。
「聖遺物に対抗できているだけですごいと思ってください。1人の魔力で対抗するにはとても……はぁッ!」
放出する魔力を増やし、最大火力を引き上げる。
少しだけ私の炎の割合が増え、火柱が大きくなった。
「良いねぇ、だったらアタシも――」
「あ、もう無理です限界です降参します」
これ以上、ブリーシンガメンの火力を強くされたら敵うものか。
魔力の限界を感じた私は、早々に切り上げて地面に倒れこんだ。
「これからがブリーシンガメンの本番だってのに」
天羽奏はブリーシンガメンを解除すると、元のギアの姿に戻った。まだ余力があるようで、元気に立っている。
多量の魔力の消費。
今までほとんどすることがなかったが、溜まっていたものが吐き出されていくようで気持ちいい。とても清々しい気分だ。
「でも、まさかブリーシンガメンにあそこまで対抗するなんてな。とっても楽しかった」
「これでも、錬金術師協会では色々とする役職なので。魔力の方もある程度なかったら、今ごろ私は死んでいますよ」
「で、ファウストローブとやらはどうだったんだ?」
「十分ですね。これだけ使えれば、アルカ・ノイズとはぐれ者共に遅れはとりません。ご協力、ありがとうございました」
「ならよかった。ただ、1つだけ問題ができちまった」
「問題?」
「訓練室、派手に焦がしちゃったからさ」
周りを改めて見てみれば、鉛色だった訓練室が真っ黒になっていた。幸いと言えることは扉が熱で歪んでいないことか。
その証拠に、観戦室からキャロルが訓練室に入ってくる。ただその顔は、明らかに怒っていた。
「やりすぎだ、この大バカ者ッ!」
「すみません。久々のことなので、つい張り切りすぎました」
「やれば良いってものじゃないんだぞ。ほら、立てるか」
「ありがとうございます」
キャロルの手を取り立ち上がった。
爽快感と気持ちよさを覚えながら、体を伸ばしてファウストローブを解く。
「くぅ~~……、はぁっ……。久々にスッキリとした気分です」
「なら、少し休んでから」
――ビィィーーッ! ビィィーーッ!
けたたましいサイレンの音が訓練室に鳴り響いた。
それと同時に、キャロルに持ってもらっていた結晶が赤き光を放つ。
「アルカ・ノイズかッ!」
「キャロルとティア、発令所に行くぞッ!」
私たちは訓練室を後にして、発令所へと駆け出した。