■無辜の幼き少女を救った、忠勇なる財団エージェントの英雄譚 第
――“「[検閲済み]――ッ!!」”
――“そこは深き深き地下の底。そこに居るのは意識のない少女と彼女を守る一人の騎士……財団エージェント・佐久間だけだ。少なくとも現時点では”
――“「この場所、どうやら今回は普通の世界じゃないみたいだな……」”
――“彼女はその内にとてもとても邪悪な物を抱えていた。殺さねばこの世界が滅ぶ。そう確定している程の悪魔をその身に宿していたのだ”
――“「……ああ、今回は
――“この世界は滅ぼさせぬ、終わらせられぬとこの世界の英雄達が集い立つ。この少女の命を奪い世界を救わんと歩みを続けている”
――“「眠っていてくれているなら、良い。忘れるとは言え、あまり怖がらせたくはないからね」”
――“そう、その身が宿す悪魔を滅ぼし世界を救う為にはその依代たる少女を殺す以外に他はないのだから、少女一人の命と世界一つの運命、比べるべくもない天秤だ”
――“「…………そろそろ、この物語も一万章に届く頃だろうか? 研究が進んでいれば良いんだけども」”
――“少女を救う手段は何処にもありはしない。ただ一つの例外を除いては……そう、少女の唯一の騎士である彼が決死の思いで手に入れた宝玉の力を除いては”
――“「大丈夫だ。僕は諦めない。……そういえば、あのライオンにも言った事があったっけかな――」”
――“その宝玉の力は悪魔の力を自身の身に移し替える悪欲の宝玉。使用者が強制的に悪魔の力を手に入れる為の邪なる宝玉”
――“「僕は、財団エージェントだ。何処までも戦えるとも――!」”
――“しかし、余人が悪魔の力を宿すのだ。その強欲に相応しい激痛がその身体を巡り、そして更に悪魔の力に相応しい地獄を垣間見る事になるだろう”
――“「チャンスはあるんだ。僕がこうやって生きている限り……死んでいる限り。諦めない限りは!」”
――“英雄達の足音が迫る。最早悪魔を宿した彼女の命は風前の灯火だ。最早――”
――“だが、エージェント・佐久間は逡巡すらせず躊躇わず、そんな宝玉を少女に向けて使用した!”
――“数秒激痛にのたうち回り身体の内側から張り裂けんばかりの痛苦が総身を巡るも、彼にとってその程度然程の痛痒でもないのだろう!”
――“無事悪魔の力を自らの身に移す事に成功し、少女の寝息が穏やかになった事を確認した”
――“その直後……英雄達がその地の底に、二人が居る場所へやってきた”
――“英雄達は悪魔の力など欠片も持っていない、悪魔の力を持つ青年エージェント・佐久間に拉致されたのであろう憐れな被害者の少女を保護し――真っすぐ立つ事すら儘ならないエージェント・佐久間へと斬りかかった”
――“その身に宿したばかりの悪魔の力が自動的にエージェント・佐久間の身を守り、英雄達を迎撃していく。エージェント・佐久間の命と痛苦を代償にしながら”
――“その勝負の行方は……当然、力を手に入れたばかりで全く馴染んでいなかった悪魔とエージェント・佐久間に勝ち目など在る筈もなく”
――“「――信じてる」”
――“エージェント・佐久間は英雄達の6本の剣に串刺しにされ息絶えました。――世界は救われたのです”
――“そして同時に、エージェント・佐久間の犠牲により――少女も救われたのだ!”
――“嗚呼、なんと美しき事か。なんと美しい自己犠牲か――”
――“少女を救ったエージェント・佐久間の素晴らしき英雄譚よ――――――――”
――――第9███章、終。
――次章へ続く――――
◆
◆
◇◆
「……全く、重い期待だことです」
財団、サイト-81██にあるとある収容室。
幾冊もの忌々しき黒装丁の本――SCP-268-JPの実体を前にして、研究員の女性が呟いた。
彼女はかのオブジェクト、SCP-268-JPの担当研究員の一人にして確保されたSCP-268-JP実体の適切な保管を行っている者だ。
そしてもう一つ……SCP-268-JPの特別収容プロトコルにも記載されている様に――回収、保管されているSCP-268-JP実体の加筆内容の記録も彼女が請け負っている重要な任務であった。
ただの記録だけの雑務と侮るなかれ、オブジェクトに関する記録は……特にSCP-268-JPの様に毎回異なる内容が記録されるオブジェクトに対するそれは時にはオブジェクトの異常性の解明に繋がる重要な任務だ。
どの様な小さく細かい手掛かりでも見逃さない、真面目で几帳面で優秀な職員が割り当てられるのが常である――が。
「…………」
彼女の内心は全く晴れない。……だが、それも当然の事だ。
何せ――記録している内容が内容だ。
SCP-268-JP――無限の悲劇を、どうあがこうと最終的には絶望しか残らないその魔書の記録をずっと、ずっと続けているのだから……気が滅入るのも至極当たり前の事だ。
むしろ、彼女はSCP-268-JPの担当研究員としては最古参の一人に属するのだから、それを続けていると言う事実だけで十分称賛に値するだろう。
だが、そんな彼女であっても――あるいは彼女だからか、毎回記録の最後に持ってきている、その一冊を見るのは毎日であっても憂鬱であった。
――且つての同僚が20年以上もただ一人孤独に地獄に耐え続けていると言うのに、未だに活路を見出せていていない自らの無能さに嫌気が差すから。
無念が、悔恨が、赫怒が、激憤をいくら湧き上がらせようと――オブジェクトの超常性の前には全てが無力だった。
絶対に此れを
そして、それは彼女だけの事では……SCP-268-JPだけの事ではない。
そもそも異常特性を有するオブジェクトに相対する財団職員やエージェントは実力的にも信用度としてもそう簡単に補充できるものではない……だと言うのに、そんな事はお構いなしに時が進むにつれて世界中に収容すべきオブジェクトは段々と増えていく。
オブジェクトの危険性から職員の殉死すら日常茶飯事であり、そんな日々が続く事で当然の結果として……一つのオブジェクトに対して割り当てられる職員の数は年を経る事に減少していく傾向にあった。
……世界の行く末を左右する様な重要な、危険なオブジェクトは、財団が保有しているだけでも両手両足の指を足しても全く足りない程にはあるのだ。
ならば、差し迫った危機のないオブジェクトの担当が減らされるのも致し方ないだろう。
――そのオブジェクトに並々ならぬ怨念を抱いている職員達からすれば理解は出来ても納得は出来ない物であるが。
しかし。
(それでも――それでも、最近は随分状況が良くなっているから)
――
生物型オブジェクトの収容に非常に有用なそのThaumielオブジェクトの出現によって、財団の緊迫は大分改善されてきている。
SCP-10106-JP-A内部で創出した
それは財団職員にとっても非常に喜ばしい物。故に、彼ら彼女らの多くは全力でかのゲーム――<Infinite Dendrogram>の存続を願っているのだった。
――が。
「――戦争イベント、国の存亡は……さて、どっちに転ぶんでしょうね?」
――できれば今回の作戦は君にも参加して欲しいんだよねぇ。君の<エンブリオ>は……【タルタロス】は、何よりも今回の作戦の趣向に合致しているからねぇ――――
……彼女は、財団の一研究員にして一人の<マスター>でしかない、そもそも当のゲーム以外の他のゲームに疎い彼女は戦乱の予感鳴り止まぬかの世界の未来がどうなるのかは……全く分からない。
あるいは、彼女以外の<マスター>をしている他の職員達も同じかもしれない。
しかし――賽はもう投げられたのだ。
上層部からも、クランとして国に所属する<マスター>として全力を尽くす様に――一人の遊戯者としてのサガを真っ当する様に通達され……結果として王国は死に体となった。
彼女や彼女の仲間が所属している皇国だって皮一枚で生き延びている様な物……安定とは程遠い現状なのだ。
だが、ゲームとして……“遊戯”としては安定よりも刺激が必要と言うのは理解できるし、他ならぬSCP-10106-JP-B群すらもシステム面や公式HPからして
ならば、通達があった様に細かい事など考えずに……自らがやりたい様にやるのが一番なのだろう。
……例えば、相応に長期間世話して愛着が湧いてきたあの子の援護だったり、既に自らも長い間世話になっていたクランの作戦の手伝いをする事など――
「……まぁ、どっちにしろ頼られて断るつもりもありませんでしたしね」
複雑に思う事がないとは言わない。
皇国の環境に対する怨嗟であったり、王国に対する八つ当たりであったり――あるいは、自らの<エンブリオ>に対するそれらであったり。
だが、少なくともこのゲーム上では<エンブリオ>あっての<マスター>。切っても切り離せない関係であり――それが自らを構成するパーソナリティとして非常に大きい物であると言う事実は彼女も認める所であった訳で。
それが求められているのならば、その力を、<エンブリオ>を開陳する事に否やはない。
……クランオーナーの言う通り、彼女が持つ<エンブリオ>の力、能力特性は間違いなく今回の作戦に非常に
◆◇
◇◆
◆◇
『――――ゲームをしよう! ポチっとね☆』
『タイムリミットは1時間。障害は私達、どうか奮い立ってくださいねって――
「貴様ら、貴様らあぁぁぁぁぁアァァァ――――ッ!!!」
“最弱最悪”、そして――“脳髄喰らい”、皇国が保有する二人の
王国の敗北は今まさに決定付けられようとしていた。
――かに思われた。
「こんな茶番、直ぐに終わらせて見せる……皆、行くぞ!」
「エリちゃんは返して貰いますよ!」
「待ってろ。こんな悲劇、俺達が破壊してやる」
「いつでも行けます。――さぁ、号令を」
「――反撃開始だ!!」
「――《ハードビートパルパライゼーション》!」
「《地獄門》……!」
「《
「――――《
――そして、両雄は激突する。
“不屈”の精神を胸に、王国の勇士達は立ち上がり、自らの為に、皇国の為に此処に地獄を作らんとする尖兵と対峙する。
しかし、逃れられぬ音の結界が、氷結の凍獄が、夢忘の濁流が――そして、終わらない地獄が<マスター>達を次々と刈り取っていく。
此処決闘都市ギデオンを、<マスター>を相手にした条件特化型広域制圧・殲滅を行える者に、準<超級>と――<超級>。本人の地力のみでそれらを行う、“規格外”の怪物達。
ならば勿論、それに勝利せんとするのも――王国の“規格外”に他ならない。
「《
「《
「邪魔だクマー!」「ぐわーっ!?」
“ジョーカー”は動かず、“クラブ”“ハート”だけでなく――“エース”も隠密裏からの一撃で撃破され。
ならば、後は――――
◆◇
「ぐぅ、うおおおぉぉぉお――ッ!!」
「くぅ――――っ!」
(何故――何故倒れないんですか、
決闘都市ギデオンの西部フィールド、<ジャンド草原>――ではあり得ないあらゆる全てが極彩色に彩られた異常空間。
厳密には実在の空間ではない亜空間……TYPE:アームズ・ラビリンスであるラストの<エンブリオ>、【冥虐悪書 タルタロス】の必殺スキルによって形成された精神空間。
【タルタロス】の<マスター>であるラストを起点として展開し周囲の者を取り込むTYPE:ラビリンスとしては一般的な効果を有するそれによって形作られる……犠牲者を葬る為の地獄の窯の底の底。
展開した当初は迂回し強襲しこの作戦の首魁であるフランクリンを倒そうとした幾多の他の<マスター>達も中に居たが……今現在残っているのは、その<エンブリオ>の主であるラストと……この【
……だが、ラストにして見れば標的がルーキーであるかどうかなど関係なく……近衛騎士団ですらない、一介の<マスター>がこの地獄で生き残っている事が既に異常だった。
何故なら、【タルタロス】は<
【冥虐悪書 タルタロス】――その能力特性は、地獄。
ダメージも与えないその<エンブリオ>が与える物は……唯々純粋な、
五感に加え
汚濁を煮詰めて凝縮させたかの様な苦味とエグ味が口腔の中一杯に広がり、魔力が腐り切る様な感覚を味わうの同時に強烈に過ぎる腐敗臭と刺激臭をミックスした香りを叩きつけられ、視界一杯に正気度を失いそうな光景が絶えず展開され、足元すら覚束ない不快感が続きながら耳を刮ぎ落としたくなるほどの怨嗟に満ちた囁きが常に聞かせられ、そして全身を絶え間ない激痛と掻痒感が襲い掛かる。
<マスター>であるラスト自身も、
……通常であれば、世界派の<マスター>であろうともこの地獄の苦しみに耐え切れず“自害”するか――あるいは、それこそショック死寸前で管理AIのセーフティが働いて強制ログアウトが実行されるのだから。
ティアンであろうとも、経験を詰んだ戦闘職のそれでなければ耐え切れない地獄の苦しみ。
実際に、ラストのリアルで体験した――長年オブジェクトと関わっていく事で実際に経験した、超常の痛苦の追体験なのだ。
並の人間が、表面上は平和である現代を生きる<マスター>が耐えられる筈のない苦しみなのだ。
その筈なのに――
「何故、まだ倒れないんですか――《
「ぐぅ――――!?」
追撃で重ねる単発の痛苦を凝縮した魔弾の発射――倒れない。
業を煮やして放たれる
倒れない。
倒れない。
倒れない――――!
何度地獄を味わっても、痛みと苦しみで全ての感覚が塗り潰されそうになっていると言うのに――倒れない。
唯々愚直に、この内部だと移動も出来ず、【タルタロス】の固有スキル以外に何もする事が出来ないラストに向かって――近付いて行く。
魔力と魂は掻き乱され、スキルを使う余裕もなく口を開く余裕もない。
……その筈なのに、立つ事すら困難である筈なのに、力強く拳を握り締めて――その瞳に諦観は欠片も浮かんでいなかった。
ジョブスキルも、それどころか……<エンブリオ>の固有スキルすら意味が無いその空間でレイ・スターリングはラストを、作戦の“クイーン”を追い詰めて――――
(――――――――)
同じ《
その姿に且つての同僚を――
――次の瞬間、眼前にまで迫ってきた
To Be Continued…………
めっちゃ悪役っぽい登場しておきながら行殺される主人公が居るらしい。
あの攻撃力で神話級特典武具による初手奇襲はちょっと勝てないなって。
追記:資料10106-JP-ε
担当職員名:宮本研究員
<マスター>名:ラスト
創出結果:
特性:地獄の苦しみ
備考:黒い装丁をした書籍であり、またそれによって形成される精神空間のSCP-10106-JP-Cです。
書籍を媒介にして発動した効果によって対象の精神を精神空間へ幽閉します。
この精神空間は対象の全ての感覚に対して甚大な悪影響を体験させます。
この感覚異常はSCP-10106-JP-A内で与えられる状態異常による他の感覚異常と同様にSCP-10106-JPの通常の感覚異常に優越して発揮されます。
その特性から感覚異常に不慣れな他の通常利用者に対して特に有効であると考えられます。
……が、正直に言ってあまり趣味は良くないので出来れば使わないで済むならそれが一番ですね。
SCP_foundationはクリエイティブ・コモンズ表示-継承3.0ライセンス作品です(CC-BY-SA3.0)
http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja
SCP-3000「アナンタシェーシャ」
http://ja.scp-wiki.net/scp-3000
SCP-268-JP「終わらない英雄譚」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-268-jp
Tale「駄作の一章、祈りの一頁」
http://scp-jp.wikidot.com/nimono-oishi-tales-005
Tale「“英雄譚”回収エージェントの日誌とその顛末」
http://scp-jp.wikidot.com/dr-toraya-t-010