無限の世界と交錯する世界   作:黒矢

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前回のあらすじ:全部フラなんとかって奴が原因だったんだよ!(言いがかり

デンドロコンテストで投稿した作品の再掲です!
どうぞよろしくお願いします


無限の世界の備忘録
エアーバードの場合/天に声は届かない


 

 ――<Infinite(インフィニット) Dendrogram(デンドログラム)>。

 

 それは、ゲーム史に残るであろう新たなるゲームのジャンル(様式)、VRMMO……長年ゲーマー達が空想していた“夢のゲーム”、その第一歩の名前だ。

 それ以前にも、形式としてはVRMMOに分類できるゲームは幾つか出来ていたが……バーチャル・リアリティの名を冠すのに相応しくない程のリアリティの乏しさや違和感がある物、ゲームとして有るまじき健康被害が出る物などもあり、ゲーマーの諸兄らが熱望していた理想のゲームには程遠かった。

 

 ……それも、<Infinite Dendrogram>が発売されるまでは、だが。

 

 何世代も先の技術を使っているかの如く体感できる、完全なるリアリティ。

 NPC(ティアン)の人間とまるで判別が出来ない程の反応も合わさり、最早“もう一つの現実”という売り言葉すらも真実と思えてしまう程の圧倒的クオリティ。

 勿論、ゲームはゲームと、そこまでのリアリティを欲していない人向けに3DCGやアニメーション視界によるサービスの提供も可能とする配慮も併せ持っているのを忘れてはいけない。

 

 更に、たった一体で小国の電網を完全に管理掌握出来るとまで言われている超性能スーパーコンピュータにより形作られる電脳知性――管理AI。

 それを13体も使用し、このリアリティを維持しながら、NPCやモンスターを含め億単位の活動が可能な広大さを持つその世界を、なんと単一のサーバーで管理し遊べる様にしている力業まで用いている。

 

 ゲーム内でプレイヤー――<マスター>やNPCであるティアンが就く事のできる力ある職業、ジョブの選択肢は下級職だけでも1000を優に超え、その全てを併せれば万にも届くジョブ。

 それを超級職という例外を除いても、一人8つも組み合わせる事が出来、それにより生み出されるビルドの数は数え切れないだろう。

 

 当然、ジョブの幅がそれだけあるという事は遊ぶ幅も相応に広いという事でもある。

 戦いに明け暮れるのも良し、魔法を研究するのも良し、自然と戯れるのも良し、商売をしてみるのも良し、モンスターと仲良くして仲間になる事だってできる!

 目的次第でただ旅をする為のジョブに就く事や、釣りや採取、採掘等を極める事だってできるのだ!

 人数が集まれば、様々なダンジョンを攻略したり、協力してクエストを攻略したり、クランを作ったりする事も出来るし――所属国家の選択次第では、戦争イベントにだって当事者として参加できる!

 

 

 ……ここまでだけであっても、信じられない程のクオリティの、皆々が夢見たVRMMOの完成形の一つであるが――<Infinite Dendrogram>は更にその上を行く要素を持っていた。

 

 その一つ目は――時間加速。

 如何様によってか余人には理解できぬ物の、ゲーム内部の体感時間を現実時間と比べ三倍にまで加速するという法外の超技術をその売り文句として提示したのだ――!

 勿論、発売当初は多くの人がそんな事は誇大報告だ、出来る訳がないと一笑に付していたが――提示されたサービスの内容に対して価格が非常に安価であった事もあり、極一部の人のみが<Infinite Dendrogram>を買い、プレイし、ログアウトして……度肝を抜かれる事となるのだ。

 その信じられない程の技術が真実であったと――――

 

 三倍時間――時は金なり、という格言にある通り時間とは非常に貴重な、得難い資源(リソース)だ。

 それを得られると言うだけでこの<Infinite Dendrogram>をプレイするという層が一定数出現する程度には非常に革新的な要素なのであった。

 

 

 

 ――――が、曰く、“夢のゲーム”である<Infinite Dendrogram>において最大の“売り”は、それではない。

 

 それが――<エンブリオ>。

 

 

 “<Infinite Dendrogram>は、新世界と、あなただけの可能性(オンリーワン)を提供いたします”――――

 

 その言葉通りに……正しく<マスター>一人一人、完全に自分だけ(・・・・)のオンリーワンを手に入れる事が出来るのだ――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンブリオとは。

 エンブリオとは、<マスター>のキャラクターメイク時に管理AI (ゲームマスター、と言ってもいいだろう)から与えられる自分だけのモノである。

 与えられた直後は卵状の宝石の様な第零形態であり、この時は未だ何の意味もないが――<Infinite Dendrogram>をプレイしていくに従って<マスター>自身のパーソナリティを読み取り、千変万化、どころか――“Infinite Dendrogram”、無限の系統樹の名の如く、無限大に分岐して進化していくのだ!

 

 パーソナリティ――と、一言に言ってしまっても、人のそれを読み取るには、人という存在は膨大に過ぎる。

 或いはそれは性格診断や占いの様に簡素な物の様に移るかもしれないが――<エンブリオ>のそれは、その人の総て(・・)を読み取り、それに合った様に進化するのだ。

 

 <マスター>自身の悩み・望み・願い、即ち願望・選択・人格・思考に行動パターン、過去・技能・経歴、或いはトラウマや渇求、執着等も含めて総て――そう、総てを読み取り、孵化し、進化していくのだ。

 

 時には他者に理解されない様な複雑怪奇な特性を発露させ――超常の力を発揮するのだ!

 

 そんな<エンブリオ>の、最初に孵化する事になる類型……カテゴリーは、レアカテゴリーを入れて、八種類。

 

 ――――TYPE:アームズ。

 武装、或いは器物。通常のアイテム(・・・・)の形状になる凡その物がこれに当て嵌まる、最も数が多いカテゴリーだ。

 その名の通り、多くは特性に応じた能力を持つ武器や防具として、あるいは<マスター>の役に立つ道具としてある意味最も分かりやすい自分だけのユニークであるだろう。

 また、風変わりな物として義肢や義眼等、<マスター>の身体(アバター)の一部を部分置換し特殊な力を発揮できる物もこのカテゴリーに分類される。

 

 ちなみにであるが、<エンブリオ>はあらゆる方法で他者に譲渡する事はできないし、仮に破壊されても一定時間経過する事で復活するし、前述の通り段々と次第に自分に合わせて更に進化していく。

 その性能は最終的に通常の【鍛冶師(スミス)】系統が作った武具と比べても非常に高い物になり、それはゲーマーの言う所の“最終装備”その物である為、アームズが最も優秀なカテゴリーであるとの言説もあるらしい。

 

 ――――TYPE:ガードナー。

 相棒、或いは魔物。守護する者(ガードナー)の名の如く、<マスター>を守り共に戦うモンスターとしての能力を持つエンブリオのカテゴリーだ。

 モンスターとしての種別種族能力性格その他諸々は完全にバラバラで、ともすればアームズよりも多岐に渡る可能性を持ったカテゴリーであると言える。

 だが、総じてその能力は一般に【従魔師(テイマー)】系統が従えられるモンスターと比べても強く、ある程度であれば別々に行動できるというのも非常に独特と言えるだろう。

 

 ちなみにであるが、このガードナーは分類としては【従魔師】が扱う従属モンスターと同じだが通常のモンスターの様に従属キャパシティを必要としたりはしない。

 そうでなければ【従魔師】やその類型のジョブにジョブが制限されてしまう為、当然であるが……この仕様を逆手に取って後年、ガードナー限定でのみ行える誰もが認める最強のビルド(例外あり)というものが生まれた為、ガードナーが最強のカテゴリーであるとの言説もあるらしい。

 

 ――――TYPE:チャリオッツ。

 乗騎、或いは乗物。<マスター>が搭乗、騎乗し行動する事が出来るエンブリオのカテゴリーだ。

 そこに古典的、近代的の括りは意味を為さず、<マスター>次第で騎馬に騎竜の様にガードナーとの複合カテゴリーの騎乗できるモンスターという事もあれば、車や艦船、航空機に戦車などのバリエーションもあり、何らかの方法で戦闘が行える物も多い。

 また、ある種の例外として乗物その物ではなく、乗り移る物(・・・・・)――他の何かに寄生して効果を発揮するタイプのエンブリオもこのカテゴリーに分類される。

 

 ちなみにであるが、この<Infinite Dendrogram>の世界は非常に広く、現実での大陸に近い広大さを誇っていながら、モンスターの脅威がある為電車や飛行機等の高速の移動手段は自前で用意しなければ隣国に移動するのにも現実での非常に長い時間を移動で費やす事になる。

 選んだビルドや金の稼ぎ具合次第ではあるが、それは非常に厳しい物であり――それでいてこんな楽しく広い世界を遊びつくすのに最も適しているチャリオッツこそが最も優れているカテゴリーであるとの言説もあるらしい。

 

 ――――TYPE:キャッスル。

 施設、或いは住処。即ち自らの(キャッスル)である建物型のエンブリオのカテゴリーであり、一国一城の主の証であるとも言える。

 建物であるが故に、他のエンブリオと違って移動が不自由であるが、比較的耐久力も高く、砦や要塞、城砦型等になればその定点防衛迎撃能力は類を見ない物になるのは当然の話だ。

 また、工房や鍛冶場と言った生産に特化した施設のエンブリオになれば当然、そこで生産、強化、付与されたアイテムに相応の強化がなされる事になるのも他のエンブリオと比べ得難い能力となるだろう。

 

 ちなみにであるが、住処であるのだから当然居住能力もキャッスルの評価には含まれる事となる。

 キャッスルではない他のカテゴリーでは絶対に得られぬ居住性、否。これは正に――ゲーマー御用達の“マイホーム”! 己の好きなように家具を誂え飾りを付けて、思うが儘に快適な居住空間に仲間を呼び共に在る、その場所(・・)が作れるこのキャッスルこそが最も望まれているカテゴリーであるとの言説もあるらしい。

 

 ――――TYPE:テリトリー。

 結界、或いは異能。<マスター>自身が中心、基点となって展開される範囲、或いは自分自身に効果を与える、基本的に“固有スキル”に特化したエンブリオのカテゴリーであると言える。

 他のカテゴリーと比べて、エンブリオ自身の実体がない為、破壊される事によりエンブリオが無効化される心配は殆どないが――そうであるが故に、その固有スキルを対策されてしまった場合最も無力となるというデメリットでもある。

 

 ちなみにであるが、基本的に同進化段階のエンブリオのリソースは一定であり、その内訳は<エンブリオ>としての基礎性能 (アームズとしての装備攻防力やガードナーとしてのステータス、チャリオッツとしての乗騎の性能等)と<マスター>に与えるステータス補正、そして<エンブリオ>最大の特徴である固有スキルで分配し合っている。

 その中において、基礎性能という、他のゲーム内で代用しやすい要素を捨て、実体を持たないという事によりリソースの“無駄”を極力排したこのテリトリーこそが最高のカテゴリーであるとの言説もあるらしい。

 

 

 そして――以上五種の基本カテゴリーと比べて圧倒的に少ない、三種のレアカテゴリー。

 

 ――――TYPE:メイデン。

 <マスター>の“危機感”に呼応して孵化される、少女、女性の姿をした特異なるエンブリオカテゴリー。

 必ず他の基本カテゴリーのいずれかとの複合型(ハイブリッド)となり、それぞれのカテゴリー先の形態に変身する能力を持つ。

 その特性は――危機を脱する“強者打破(ジャイアントキリング)”。

 限定条件、特定条件下で特化した能力を発揮する様に進化する事が多く、窮地には頼りになるが……それ以外の状況において地力が低くなる傾向にある。

 更に、女性形態と変身・変形能力を有する事から若干ではあるが総リソースにロスがあるという欠点もあるが……発揮される最大効力は他のどのカテゴリーにも勝ると言えるだろう。

 

 ――――TYPE:アポストル

 <マスター>の“使命感”に呼応して孵化される、少年、男性の姿をした特異なるエンブリオカテゴリー。

 必ず他の基本カテゴリーのいずれかとの複合型となり、それぞれのカテゴリー先の形態に変身する能力を持つ。

 その特性は――使徒(アポストル)の名の如く、主の為に部分的とはいえ世界を支配し作り変える“世界掌握(ドミネイター)”。

 総じて非常に強力な固有スキルを有するアポストルだが、その代償か<マスター>へ与えるステータス補正をほぼ失ってしまうという欠点も持つ。

 また、これは実際TYPE:アポストルだけに限った話ではないが――この遊戯(ゲーム)を、使命感(・・・)という遊戯に持ち出すには無粋な物を抱えてプレイしに来るアポストルの<マスター>は……面倒なパーソナリティをしている事が多いというのは、まぁ愛嬌という物だろう。

 

 ――――TYPE:ボディ

 身体(アバター)から――その総身を<エンブリオ>に置換する、アームズの部分置換型とも隔絶した身体(ボディ)となる、最も特異なるエンブリオカテゴリー。

 種族の変更、耐性の大幅な変更、身体特性の極端な変更等――更には各々の<エンブリオ>が持つ、このカテゴリーになる様な常であればあり得ざるパーソナリティから生まれる稀有な固有スキルを有する……端的に言って最も特殊なエンブリオカテゴリーであると言える。

 それこそ、全身を置換するのだから――自分自身の身体を異物(エンブリオ)と置換しても問題がない――そんな特異なパーソナリティで無ければ生じる筈がないのだから、非常に多い<マスター>達を見回してみてもこのカテゴリーには殆ど見える事が出来ないだろう。

 その特殊性、特異性は間違いなく破格と言っても良い物だが……アポストル以上にデメリットを抱えなければならないのか、何らかのステータスが特例と言えるマイナス補正になるという欠点を有している。

 …………最も、その特異な性能とパーソナリティを持つこの<エンブリオ>の<マスター>に対して、その欠点がどこまでの抑止力になるのかは不明だが。

 

 

 

 ――そして、これらですら、<エンブリオ>を分類(・・)するだけのカテゴリーなのである。

 実際には上級エンブリオになった際の上級派生カテゴリーへの進化や複数のカテゴリーからなるハイブリッドカテゴリーがあり、更には“必殺スキル”を覚えるまでになるのだが、ここでは割愛する。

 どちらにせよ、カテゴリーに分けるまでもなく――<エンブリオ>は<マスター>のパーソナリティによって、その全てが無限大に枝分かれしていくのだから…………

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 だからこそ(・・・・・)

 だからこそ、無限大の可能性を持つ<エンブリオ>こそが、この<Infinite Dendrogram>の最も重要な要素であると言える。

 故に、この遊戯(ゲーム)を、そしてこのゲームを遊ぶ<マスター>を、その生き様を知りたければ、<エンブリオ>を見ると良いだろう。

 三者三様、十人十色、千差万別の万華鏡の如き輝きと驚きと楽しみを見せてくれるであろうから。

 

 さて、それでは…………前置きはここまでにして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□■<Wiki編纂部・カルディナ支部> 【瞑想者】エアーバード

 

 クラン――<Wiki編纂部・カルディナ支部>。

 その名の通り、Wiki……現実世界におけるゲームの、この場合は<Infinite Dendrogram>についての情報を集積、検証、掲載しているウェブページを運営している集団により作成されたクランだ。

 ……しかし、この広大な<Infinite Dendrogram>の世界を――ましてや、無限の可能性とも言われる<エンブリオ>を全ての<マスター>が所有しているこの遊戯(ゲーム)で、ゲーム内の情報の集積と言うのは……言葉にするほど簡単ではない。

 むしろ、膨大な――膨大に過ぎる“手”が、労力が必要な作業なのだった。

 

 万を優に超える膨大なジョブ、アイテムのデータとその組み合わせ。

 完全なるリアリティ……現実と同等の物理法則によって為される、単純な様で数多の要素が絡んでくる計算式。

 大陸の広さにダンジョンに、モンスターの生息分布は日毎に移り変わり<マスター>が現れた影響でアイテムの相場の変動すらも日常茶飯事なのだ。

 それに加えて、ユニーク(唯一)にして特別である〈UBM(ユニーク・ボス・モンスター)〉とそれから得られる特典武具、超級職(スペリオル・ジョブ)に勿論<エンブリオ>もあり――――

 

 …………結果として、<Wiki編纂部>の人数と勢力の規模は膨れ上がり、この様に各国に支部という形で独立したクランという形でありながらも大国全ての“クランランキング”で上位に位置するという事態になっているのだった。

 

 

 そして――そんな<Wiki編纂部・カルディナ支部>のクランホーム。

 クランの規模にも相応しい広大な土地に建てられた巨大な施設。

 この<Infinite Dendrogram>内にも資料として保存してある膨大なデータを守るに相応しき耐久性と防御力を持つ、その建物の一室。

 

 ……防音、防諜、当然スキルを用いたそれらにも対応出来る様に数多の結界スキルが張り巡らされている応接室の一室に一人で(・・・)その男は居た。

 

 中肉中背で穏やかな顔付きをしているという事以外、容貌に何ら特徴のないその<マスター>――エアーバードは、誰も来る様子のないその応接室で虚空を見つめながらその時(・・・)を待っていた。

 

 ……否、虚空を、ではない。

 その視線の先にあるのはウィンドゥ――自身スキルの詳細を知る為の詳細ステータスの、それも<エンブリオ>の固有スキルの欄を見ているのだ。

 更に厳密に言えば、己の<エンブリオ>最大の固有スキル――“必殺スキル”。

 そのクールタイム(冷却時間)が明けるのを待っているのであった。

 

 本来は実体化できる筈の己の<エンブリオ>のそれを、いつでも発動できる様に整え、一人静かに待っていて――――

 

 

 

 ――――今、そのクールタイムが解除されたのであった。

 

 

「――《天よ我に言葉を授け給え(オラクル)》」

 

 

 そして、その必殺スキルの宣言と共に、誰にも理解できずとも、確かに世界は変革された。

 

 あり得ざる理が、道理を無視し支配して、世界に散らばり満ちてゆく。

 彼、エアーバードのエンブリオ、【啓世条 オラクル】の能力特性――念話を行使し易い様に、世界を僅かに作り変える。

 

 距離も、阻害も。あらゆる隔たりを無視して対象と念話する事ができる様になる――ただそれだけの必殺スキルだ。

 MMO、いや稚拙ながらも先に発売されたVRMMOですらも、ゲームシステムによっては全プレイヤー同士でデフォルトで行える程度のささやかな効果。

 

 消費MP(魔力)も、クールタイムも特大ながら持続時間は最大十分間と、非常に大きな制約を抱える必殺スキルである。

 

 だが――それは確かに必殺スキルとして相応しい効果を誇っていると、彼自身とその同胞達は確りと理解している。

 何故なら――――

 

 

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 

 

□■???

 

 

 ――そこは、<Infinite Dendrogram>内であって、<Infinite Dendrogram>内ではない場所。

 世界の裏側、デバックルーム、謎空間etc……ゲームのプレイヤーたる<マスター>の数少ない目撃者達からは好き勝手に呼ばれている場所。

 

 明るくも暗くもなく、無数にウィンドゥが浮かび並ぶ、この完全なリアリティを誇っている世界においては場違いに思えるその場所。

 その場所に正式名称という物はないが、敢えて言い表すとするならば――管理AI達の作業場、とも言うべき場所であった。

 ここで、否、ここだけではない、世界中のあらゆる同じ様な場所を通して、管理AI達はこの世界を――この遊戯(ゲーム)を運営するにあたっての様々な調整(・・)を行っているのであった。

 

 それは、ここにいる管理AI13号(雑用担当)、チェシャも同様の事であった。

 他の管理AIが担当の仕事をやり易い様に下準備を整え、近日行う予定のイベントのモンスターならびにオブジェクト配置予定地の異常の有無を確認し、同時にチュートリアル・キャラクターメイクを数十件担当しながらインターネット上の定期巡回も行い――まぁ割といつも通りのチェシャの日常であった。

 

 何せ、彼は雑用担当。同時並行処理に置いては他のどの管理AIよりも一日の長があるのだから、便利使いされて然るべきだと自分自身でも分かっている。

 

 分かっているから――こういう(・・・・)<マスター>の対応も彼に宛がわれると言うのもまた道理なのだった。

 

 

 

[――一週間ぶりだ。そういう訳で前回の続きだ、チェシャ。確かに<Infinite Dendrogram>においてこの<エンブリオ>が最も大きな要素であるという事は私達としても、君達としても合意するに至った訳だ。ならば私達がこの<エンブリオ>の摩訶不思議さに興味が移るのも至極当然の思惑という事だ]

 

【うんうん。でもそこは一応(・・)、ゲームマスター的な僕達としてはその先は自分で確かめたり考察してみたりするのをお願いしたんだけど――】

 

[分かっている。分かっているともチェシャよ。運営側(管理AI)の君からすれば特定の<マスター>に対する贔屓はできない、だろう?

 だが、私は己のみの固有スキルで、己のみの特権としてこう(・・)できるのだ。ならば私としては多少の達成報酬を強請る程度の小言も許容して貰いたいのだがどうだろう?]

 

 

 ――強請る程度の小言って、それでだんまり(沈黙)したらダッチェス(管理AI7号)バンダースナッチ(管理AI10号)の所へ行くんだからもう十分脅迫でしょー!?

 

 前兆もなく、突然に聞こえてきた念話に慌てる事もなく、そう思考しながら表に出さずにチェシャは<マスター>への対応を続ける。

 

 ……彼の<マスター>の名はエアーバード。

 己の<エンブリオ>の特性の極致、必殺スキルを用いて――この<Infinite Dendrogram>には存在しない、GMコール(・・・・・)を行う事が出来る稀有な<マスター>である。

 ……否、本来であれば普通に超高性能な念話として使用できる必殺スキルを、ある意味仕様の裏を掻き、GMコールとして使っている、と言った方が正しいかもしれない。

 ともあれ、彼はこうして毎週必殺スキルのクールタイムが明ける度に運営側(管理AI)に幾度となく遠慮なく疑念と質問をぶつけてきており――

 他の己の職分を全うしている管理AI達に負担を掛けさせない様、チェシャの仕事に彼の対応も追加されたのも当然の流れであったのだ。

 

 

【それは分かっているけども、<エンブリオ>はこの<Infinite Dendrogram>において一番のメインコンテンツだからねー。……うん、それなら他の話なんてどうかなー?】

 

[それは良いな。……勿論、いつかの様に公式サイトに載っている様な情報でお為ごかし等はしないだろうが――]

 

【あはは、あの時は僕も悪かったからさー。そうだね、それじゃ“監獄”の神造ダンジョンの――――】

 

 

 

 

 ――――

 

 ――――

 

 ――――

 

 

 ……そうして、チェシャは今日も彼の核心を突く質問をのらりくらりと躱しながら作業を続けていく。

 <エンブリオ>についての質問のみならず、〈UBM〉や超級職、他にも失伝(ロスト)したレシピやジョブ等の重要な情報も避け。

 彼や彼の仲間であれば直ぐに確認できる程度の情報を匂わせるのみに留め、なんとか今週も乗り切ったのであった。

 

 

 ――尤も、勿論それ自体、本来はルール違反なのは全くその通りなのだが。

 確りとしたMMORPGの運営としては、それに拘泥する彼に何らかの処分を下して然るべきだ。

 

 だが、しかし――運営側である彼ら、管理AIはそれを選択しない。

 特に……直接対応している管理AI13号――チェシャは、そう自らの意思で選択する。

 

 何故なら――――

 

 

「<マスター>の行動は、思いは、自由だからね――少しは手加減して欲しいけどもーっ!」

 

 ……既にその思惑も悟られた上で詰問されていると、察しながらも、そう呟くのだった。

 

 

 

 

 …………End




ステータスが更新されました――――

名称:【啓世条 オラクル】
<マスター>:エアーバード
TYPE:アポストルWithワールド
能力特性:念話
スキル:《範囲拡張》《天に響く声》《声なき声》《天よ我に言葉を授け給え》他
モチーフ:神託、あるいはそれを受け取る場所や人を表す言葉“オラクル”
紋章:円の中心で胡坐を組む人
備考:念話を届ける、受け取る事に特化したエンブリオ。
 ただそれのみにリソースを特化している為、その範囲は非常に広く、通常時でも上級職以下の阻害や盗聴を無効化できる程度の耐性も保有する。
 ……しかし、TYPE:アポストルの上にリソースをそれにしか割いていないお陰で当然ながらステータス補正もなく、戦闘用のスキルも一つもないという、戦闘面においては悲惨の一言。
 遠距離から罵詈雑言や騒音を響かせて集中力を削ぐ程度しかできる事がなく、それすらも自分は固有スキルの応用で無視できるとは言え、その声や音を発生させる手間は変わらない為効率は悪い。
 総じて、非戦闘用のエンブリオだが特化型ならある種当然でもある。

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