無限の世界と交錯する世界   作:黒矢

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前回のあらすじ:海の〈UBM〉はヤバい(既知)


李縁の場合/とある【聖騎士】の戦い

■<クルエラ山岳地帯>廃棄砦 【大死霊(リッチ)】メイズ

 

 

 

 アルター王国南東部、<クルエラ山岳地帯>。

 アルター王国とカルディナの国境地帯の一つ、その中にある放棄された砦の中に……彼は居た。

 

「当月二番。未払い。該当素材あり。素材化済み」

 

 人の上半身に、馬の下半身。薄暗いローブを被った不浄の術者。

 そんな人馬種の男が、その砦の地下室の一角で作業を行っている。

 古い机に向かって、苦も無く一人細々と何らかの作業を続けていた。

 

「当月三番。入金確認。該当素材あり。素材化後、“頭部のみ”返却」

 

 しかし、それは“作業”と一言で言える様な物ではない。

 ――その結果が、この砦に囚われている数多の子供の命運を示しているのだから。

 

 そう。彼はもう一年以上もこの地に巣食って悪事を重ね続けている<ゴゥズメイズ山賊団>、その二大頭目の一人、【大死霊】メイズなのだから。

 

「当月四番。未払い。該当素材あり。素材化済み」

 

 もう一人の頭目、【剛闘士(ストロング・グラディエーター)】ゴゥズ共々、王国のティアンに十人と居ない超級職を除けば数少ない合計レベル500(カンスト)にして――レベルだけではなく、各々の専門とする分野に関する技術に至っては正真正銘のトップクラスに至る怪物。

 その片割れだ。

 <マスター>という決して無視できない相手であり、この王国が約半年前の戦争により大幅に人員が失われている事実を勘案しても尚、紛れもない実力者。

 

「当月五番。未払い。該当素材なし。“処理”」

 

 それこそ、地の利数の理戦術を上手く使えば――上級<マスター>達のパーティを含む大勢の冒険者達すら撃退出来る程。

 <マスター>もティアンと同様、先の戦争によって大幅にランキング掲載者が流出しその戦力を落としていたとは言え、本来の<マスター>とティアンの戦力差を鑑みれば間違いなく驚愕に値する戦力であるというのは誰から見ても明らかだ。

 ――それも、その戦争では<マスター>の圧倒的な力によって大敗した王国であれば尚更。

 自国の上級<マスター>のパーティが負けるとなれば、早期に討伐を諦め、依頼を張り出さなくなる程に絶望的なのだ……

 

「当月六番。入金確認。該当素材なし。返却予定」

 

 そんな<ゴゥズメイズ山賊団>のメイズであるが、ギデオンのティアンが諦めてから暫くはこうやって変わらぬ日々を過ごしていた。

 多くの<マスター>からすらも割に合わない仕事と思われ、ここ半年は獲物を取り返そうとしてくる相手は全く居なかった。

 だが、そんな期間は彼にとって望外の幸運と言う他ない。

 遊戯派の<マスター>は最早請ける理由はなく、世界派の<マスター>すら戦争前後の各地の大混乱の対応で手一杯であったと言う事情があったが、それも彼にとっては関係ない。

 彼にとって重要なのは――それだけの期間、誰にも邪魔されずに自分の目的を、超級職【死霊王(キング・オブ・コープス)】就職の為の【怨霊のクリスタル】の作成が着実に進んでいたという事実だけだ。

 

「当月七番。未払い。該当素材なし。“処理”。……チッ。未払いが増えてきたな。諦めが早いのは美徳ではないのだがな」

 

 もう直ぐ――もう直ぐなのだ。

 もはやクリスタルは九割九分以上完成している。

 順調にいけば来月にでも【怨霊のクリスタル】は完成し――【死霊王】への道が開かれるのだ。

 その時の事を思えばこの様な退屈な作業も悪態を尽きながらではあるが内心ではむしろ歓迎してすら居る程だ。

 何せ、物のついでに始めた山賊業だ。

 当初はカルディナとの取引料や闇市場で素材を購入するのに使ったが、現時点では既に余らせる程財貨の余裕はある。

 金があればそれはそれで、若干ではあるが部下達から手に入る怨念(嫉妬の感情)も増えるからあるに越した事はないが、既に無くて困るという物でもなくなった。

 まぁ、あればあるで有効に使える物だ。

 例えばゴゥズの――

 

「当月八番。未払い。該当素材なし。“処理”。……………………む?」

 

 そういえば、と思い回りを見る。

 そうなのだ、現在は二大頭目の片割れであるゴゥズは傍に居ないのであった。

 一応護衛なのだが、とは思うがここ数か月の安穏ぶりを考えれば、むしろあの戦闘狂(バトルマニア)がよくここまで持ったものだ、と思わないでもない。

 今は地上で部下達相手に遊んでいる頃だろうか。

 流石に砦は離れるな、と言い含めておいたからモンスター狩りに出かけていたりはしないだろうが。

 

 

 

 ――――瞬間、知覚内で“嫌な”気配がした。

 

 同時に、怒号が、剣戟の音が、悲鳴が――地上から小さく聞こえてくる。

 そして、先程の気配が――【大死霊】である自身の天敵である、聖属性のエネルギーの気配だ――更に一度、二度と続けて放射される。

 

 直後、一段と大きな足音が、地響きであるかの如く鳴り響く――ゴゥズが全力で踏み込んだ音だろう。

 

 配下に、部下に――聖職者の類のジョブを持つ者は一人も居ない。

 こんな事(山賊団)をしている連中だ。その類のジョブに適性がある訳がないし仮にあったとしても選んでいたらこの道を選ぶ訳がない。

 ならば、この聖属性の使い手は外部の者。

 しかも、気配や音から察するに単独か、或いは少人数のもの。即ち――

 

「久しぶりの<マスター>(ひとでなし)のおでましか。面倒な事だが仕方ない――」

 

 

 

 

 

 

 

 

■【剛闘士(ストロング・グラディエーター)】ゴゥズ

 

 

 

「ハッハッハァ! 久しぶりだ、久しぶりの決闘だなぁ李縁――腕は鈍ってねぇだろうなぁー!?」

「お前に心配される筋合いはねぇよ――お前らはここで死ぬんだからな!」

 

 激突。

 三メテルを越える牛頭の巨躯と、白銀の鎧を纏った【聖騎士】が――<ゴゥズメイズ山賊団>アジトの砦、その前庭で激突していた。

 共に両の手に武器を構え、互いに戦意と殺意を振り撒いて、力の限りをぶつけ合い、その命を削り合っていた。

 

 激突の結果は――互角。

 いや、STRにおいては巨躯を誇る牛頭が幾分勝ったか、しかし【聖騎士】も負けておらず即座に勝っているAGI(速さ)と技術で切り返し、一撃を与える。

 しかし、数秒後には【聖騎士】は回復魔法で、牛頭は自動回復のスキルの付与されたアクセサリーで、互いの傷は殆ど癒えてなくなってしまう。

 その回復すら待たずに両者は再度激突、再度激突、再度激突を繰り返し――激闘は拮抗状態が維持されていた。 

 

 それのそのはず。

 互いの実力は超級職を持たない通常の者達の中でも頂点たる合計レベル500――その中でも特に戦闘において最高峰の実力者。

 装備品がアイテムが、ジョブやスキル同士の相乗効果(シナジー)が、そして何より――戦闘技術とセンスが。

 超級職を有する、あるいはそれに匹敵する力を持つ準<超級>達にこそ一歩劣るものの、逆に言えばそれらの者達にあと一歩(・・・・)まで迫っている者。

 それがこの二人だった。

 

 

 ――最高記録、王国決闘ランキング三位(・・)。<ゴゥズメイズ山賊団>二大頭目が一人。【剛闘士(ストロング・グラディエーター)】ゴゥズ。

 ――最高記録、王国決闘ランキング五位(・・)。現王国決闘ランキング十位<マスター>、【聖騎士(パラディン)】李縁。

 

 ……そう。

 且つては共に王国決闘ランキングで鎬を削った者同士。

 その二人は今、且つてとは違う思いと立場を持って此処で激突する。

 

 

 ――いや。

 二人だけではない。

 山賊団の他の部下達……でもなく。

 牛頭、ゴゥズを挟撃するかの様に、もう一匹。

 虚ろな瞳を湛えた双頭にして八足という奇怪な姿を持つ大型犬が李縁を援護していた。

 その犬――李縁の<エンブリオ>の名は――

 

「ちぃっ! 弱っちい癖にめんどいなァお前の【ショロトル】はぁ!」

「誉め言葉をどうも、だ。こいつも喜んでるぜッ!」

 

 【ショロトル】――【奇怪神犬 ショロトル】と共に、李縁は少しずつ、確実に自動回復の許容範囲を超えてゴゥズのHP(生命力)を削り続けていく。

 この【ショロトル】のステータスも二人に伍すレベルであり、李縁がこの世界にやってきた当初から共に戦ってきた間柄。

 その連携は完璧の一言であり、正しく手が増えた(・・・・・)一人と一匹のコンビネーションを前にゴゥズは攻め続けられる事ができず。

 その配下達も、雲上の如き戦いに遠巻きにするか相談してもう一人の頭目を呼ぶかというくらいしかできず。

 このまま続けば戦いは十中八九李縁が勝利――

 

 

 ――とは、当然(・・)ならない。

 

 

 

「――チョコマカとォ、うざっタインだよオオオオオオオオ!!!」

 

 ゴゥズが両手の巨斧――【アガハスト】を振り上げ、全力を込めて振り下ろす。

 

 装備補正込みで――STRにして、約七千。

 その膂力によって全力で振り下ろされた二振りの巨斧はゴゥズの狙い違わず、大地を大きく穿ち抉り、大量の土砂を巻き上げながら振り上げて――狙い通りに多少の時間稼ぎを達成する。

 それは――

 

 

「ちっ、なら――」

「――()()()()()!! 援護だ、援護を寄越せエエェェ!!」

 

『ああ、もう時間稼ぎは十分だ。――《ソーン・カース(闇茨の呪い)》』

「――ッ!」

 

 

 直後、李縁の身体を――闇属性の魔法の茨が蝕んだ。

 【拘束】【出血】【猛毒】の三重状態異常を与える上級状態異常魔法。

 魔法の茨によって動く度により強く身体を締め付け、更に出血も増す――直接的にHPを奪う致死の魔法。

 何処からかやってきたその妨害(デバフ)魔法に、李縁の動きが如実に鈍る。

 

 

「――漸くのお出ましかよ、二大頭目(・・・・)

『――――《境界線外の怪物(ショロトル)》』

 

 それに対し、即座に反撃(カウンター)であるかの様に李縁は己のエンブリオ――【ショロトル】に必殺スキルを宣言させる。

 己の<エンブリオ>の銘が刻まれた最大のスキル、殆どの<マスター>にとっての切り札を――躊躇わずに発動させる。まるでその状況を待っていたかのように。

 

 歪な声音によって紡がれたそのスキル。変化は一瞬だった。

 双頭の犬である【ショロトル】と、その<マスター>である李縁が接触したかと思うと――土留色の微かな輝きと共に、瞬時にそれは終わっていた。

 

 ――李縁が、二人に増えていた(・・・・・・・・)のだ。

 

 変わらぬ防具、変わらぬ二刀、構えも変わらず、魔法の茨に締め付けられているのも変わらない――片方が《看破》で名前すら見破れない事を除けば、正しく瓜二つな姿でそこに立っていたのだ。

 

 ――分身スキル。

 それは、あるいは決闘を楽しむだけの観客からは【猫神(ザ・リンクス)】トム・キャットの<エンブリオ>にして代名詞、【グリマルキン】の《猫八色(グリマルキン)》の劣化版の様に思えるかもしれない。

 だが、今までかの闘技場で戦ってきた多くの者は知っている。確かに見てくれこそは似ているかもしれないが――その性能は全くの別物であるのだと。

 これこそが凡庸に見える戦術を用いる彼を、相当高位のランカー足らしめる切り札の一片(・・)なのだと。

 

 まず一つ目――当然であるがこれはただの分身スキルでも、勿論【ショロトル】が李縁に変身するだけのスキルでもない。

 その複合スキル(・・・・・・・)だ。

 

 

「『――奮ッ!』」

 

 気合一閃。

 先程は動きを制限していた魔法の茨が――李縁と【ショロトル】が全力で力を込める。ただそれだけでちぎれ飛ぶ羽目になった。

 魔法の茨と言えど、非実体型でないのならばSTR(腕力)によって茨の【拘束】を除去する事ができ、魔法の効果は終了する。

 【出血】【猛毒】こそ残っているが――砕くように振り掛ける【快癒万能霊薬(エリクシル)】によってそれも治癒される事となる。

 

 当然ながら、これを為せたのは必殺スキルによって相応のSTRを得る事ができたからだ。

 【奇怪神犬 ショロトル】の必殺スキル、《境界線外の怪物(ショロトル)》の効果――それは、融合と、分身。

 TYPE:ガードナーには必殺スキル、通常の固有スキルの隔てなく様々な融合スキルを有する<エンブリオ>が居るが、【ショロトル】もその類。

 融合した上で、融合した状態の李縁と全く同じ状態の自身(【ショロトル】)を分身として出現させる――一言で効果を言えば、ある意味では実にシンプルな固有スキルだ。

 しかし、【ショロトル】自身のステータスも、李縁に与えるステータス補正も平均以下である為、本来であれば融合してカンストと第六形態ガードナーのステータスを足し合わせて尚上位純竜級の域に行くか行かないかと言うステータスの低さだ。

 ――李縁のサブジョブに【獣戦鬼(ビーストオーガ)】が無ければ、の話だが。

 

 ――“ガードナー獣戦士理論”。

 とある仕様を利用したジョブと<エンブリオ>のシナジーによる、汎用的な物の中では“最強”と目されていたビルド理論。

 それを、融合スキルによる保有ジョブスキルの制限撤廃を組み合わせ――更に、その強大なステータスを持つ自身を分身(・・)させる。

 HP等を除いた物理ステータス……数値にして、全て一万を超えた超級職の域に入る【聖騎士】――それも、二人による絶妙なコンビネーション。

 

 それが、王国決闘ランカーの中でも高位に位置する<マスター>、李縁の常勝手段であった。

 

 

 

 

 

 

 

『――準備は終わった、と言わなかったか?』

 

 だが。

 李縁は決闘ランカーであり……ゴゥズもまた、決闘ランカーであった者。

 その手の内は把握しており――<ゴゥズメイズ山賊団>の二大頭目であるメイズが、その力を戦場に晒したという事は……その上で勝機(・・)を確信できる程の準備が整ったという事を意味する。

 

『起きろよ木偶よ。傀儡よ死者よ。起きて奮いて――我が敵を滅ぼせ。《アウェイキング・アンデッド》』

 

 【アイテムボックス】に保存しておいた、虎の子の不死者達が、配置された通りにその躯に偽りの生命を宿す。

 リソースがふんだんに含まれたドラゴンの死骸の一部を使って作られた、亜竜級の骨の兵士、【ドラゴン・トゥース・ウォリアー】の群れが。

 幸運にも――否、不幸にも攫ってきた中で特段の才能を持っていたが故に苛め抜かれて絶死した少女の怨霊を使った【バンシー(嘆きの幽霊)】が。

 かつてはティアンの中でも上位であったであろうパーティの成れの果てである【ハイ・レブナント】達が。

 数多の無念と恐怖と絶望の怨念を核とした無数の怨霊の複合体(レギオン)、【ミニングレス】が。

 その全身に瘴気と猛毒を宿し、触れるだけで複数の状態異常を齎す厄介なアンデッドである【ポイズンワイト】達が。

 瘴気と怨念の融合物であり、瘴気の(ブレス)を吐き付けるアンデッドと化した数多の【イビルヘイズ】が――

 

 立ち上がり、起き上がり、浮かび上がり――一瞬にして二人の李縁を包囲した。

 

 

「…………ッ!」

 

「ハッハァ。わりぃな李縁。だが――此処は闘技場じゃないんだぜ(・・・・・・・・・・・・・)!?」

 

 そう。

 これは決闘ランカーと元決闘ランカーによる心温まる試合なんかでは全くなく。

 相手の勢力を殲滅せんと襲撃してきた李縁を潰す為の戦い。

 <ゴゥズメイズ山賊団>に相手側の事情を斟酌する精神もその必要もまるでないが故に、当然の如くカンストの【大死霊】であるメイズからの援護はいくらでも飛んでくるし――

 

『お前たちも――いつまで遊んでいる?』

 

 他の団員達も、ただ見学しているだけの観客では、決してない。

 ただ自分達では高レベルな戦いにどう入ればいいのか、入っていいのかすら判断できなかった愚衆なだけであり――

 

「で、でも頭目――」

『遠距離攻撃が可能な者は十分な距離を取って両側面から打ち込め。命令を聞けない者はあいつら(・・・・)の仲間にしてやるぞ

 《スティール》を行える者は背面より行使せよ。相手は高位のランカー。その装備品も所持品も、お前達には望外の代物だ――当然、取り上げはせん。奮って盗み取ってくると良い!』

「ちょ、てめ――ッ!?」

 

 未だ砦の通信装置から響く声――

 しかし、魔法を発動している事から入り口付近に潜みアンデッドや配下の指揮を行っているであろうメイズの討伐優先順位を大幅に引き上げ強引にでも突破しようとする。

 

「おいおぉい。まだ俺と遊んでいてくれなきゃ困る――ぜぇッ!」

「……はっ――速攻でランキングから転落した雑魚(・・)に、俺を止められるかッ!」

 

 そう挑発し力任せ(STR)で突破――できない(・・・・)

 眼前に二振りの大斧が振り下ろされる――融合し、強化された李縁のステータスでも有効打になるゴゥズの全力攻撃が、的確に李縁の想定していた進路方向を塞いだからだ。

 

 一合。数瞬の攻防――亜竜級や上位のステータスを持つモンスター(アンデッド)からすれば、十分過ぎる程の時間。

 

 ――骨剣が。闇の魔法が。死者の武技が。劇毒の禍爪が。瘴気の吐息が。

 更に数瞬遅れて数多の弓矢が魔法が、《スティール》が破断の剛斧が――

 一斉に二人の李縁に放たれた――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

■【大死霊(リッチ)】メイズ

 

 

 

 (ほう……流石に<マスター>蔓延る中での決闘ランカーか。良く粘る物だ)

 

 空を浮かぶ【バンシー】の視界と同調し、未だその身を砦の中に隠しながら――【大死霊】メイズは戦場を俯瞰していた。

 アンデッドの操作を続けながら、時には状態異常や弱体魔法を駆使して。

 しかし、それでも――李縁は倒れない。

 数ヵ月前にとある上級の<マスター>パーティを圧殺した彼らの全力を以てしても――王国の個人戦闘型の極致、決闘ランカー一人を破るには、まだ足りないのだ。

 

 (まさか、数多の装備と魔法による強化がされているゴゥズをも軽く上回れるとはな……)

 

 ……所謂ビジネス相手とは言え、メイズがそう述懐する程度には、彼が相棒に選んだゴゥズは、強い。

 天性にして繰り返してきた戦闘から極限まで鍛え抜かれた戦闘センス。

 この山賊業で得た金銭、そしてそれ以前にも彼が最上位に近い決闘ランカーとして稼いできた金でカルディナから買った高性能な装備品群。

 特に、ステータスの増強やHPの自動回復、そして、【アダマンタイト(古代伝説級金属)】によって作られ、更に《攻撃力強化》というシンプルなスキルの付与された両手持ち用の長柄の巨斧、非常識な攻撃力を誇る【アガハスト】。

 ――それを、二本(・・)

 本来は両手、二つの装備スロットを使用しなければならないし、武器の大きさとしても一本振るうだけで十分なそれ。

 しかし、【剛闘士】の《装備枠拡張》によって武器枠を2枠拡張し、更に――見ての通り、巨人の血を薄く引く牛人族であるゴゥズならば、それも可能なのだ。

 その【アガハスト】の二斧流という規格外の攻撃範囲と威力を前に屈した者は非常に多い――

 

 そして……装備やセンスだけでは、ない。

 それは、ある意味決闘に参加する上で揃えている大前提(・・・)

 <エンブリオ>という埒外を保有する<マスター>が席巻した現在のランキングでさえも同じ様に語られるのだから。

 ならば、<エンブリオ>という常識外の力のなかったティアンだけの決闘であればそれはほぼ全員が持ち得るモノで、優位点には成り得なかった。

 

 だからゴゥズの強味(・・)も勿論それだけではない。

 例えば――ステータス。

 この世に生きる万物の指針。万象を決める(ルール)の一つ。

 殆どはジョブのレベルによって決定されるそれの基準値だが――例外はある。

 生まれの種族だ。

 ジョブによって……最大でも下級職一つか二つで埋められる程度の差ではあれ、ジョブに就いていない真っ新な状態で、その程度の――それほど(・・・・)の差が生まれる。

 数値にして、凡そ三百から五百前後と言った所であり。

 ――決闘の勝敗を決するのに十分過ぎる程に高い値だ。

 ……超級職を得ていない、合計レベル500という頂点。

 その域に至ってすら――物理型前衛のSTR、AGI、ENDと言った物理ステータスは、三千前後なのだから。

 一つのステータスに特化すれば高くはなるが、脇が甘くなっては隙を突かれるのが決闘という物。故に、ステータスの平均としてはそこらと言った所だろう。

 その中において、STRとENDに約五百もの上乗せがされているのだ。間違いなく、それはゴゥズの強味となっている。

 

 更に言えば――かの巨躯と相貌、そして、精神性。

 巨斧の二斧流という事例をあげるまでもなく、同格前後の相手との戦いであれば当然その体格も、相手を威圧する容貌も――勝利の為に手段を躊躇わないその残虐性も、プラスにしか働きようがない。

 ゴゥズ自身がそれらの長所を活かす長柄武器(ポールウェポン)悪役(ヒール)っぷりを存分に利用していたのもある。

 ちなみに、決闘ランカー時代は多少はその方向で人気があったらしい。……解せぬが、まぁそういう事もあるだろう。

 

 それらを統合して言えば――間違いなく、ゴゥズは強いのだ。

 このアルター王国において【超闘士】に最も近かったのは、紛れもなく彼だ。

 戦法としての相性も……且つては【ミスリル(逸話級金属)】製の物であったが、長柄の巨斧を使っていたのは変わらず。

 その二振りの斧を薙ぎ払う事による高威力広範囲攻撃は、間違いないなくかの【猫神】トム・キャットに対して最も優位を取れていたのだ。

 

 ……尤も。

 ステータスの優位は超級職のステータスを持つ【猫神】に対して意味を為さず、精神的な優位は後に増加する<マスター>と比較してすら尋常ではない彼奴に対してまるで効果がない。

 故に、相性が良くても<マスター>との絶対的な地力の差で負けていただろうが。

 

 

 (……不味いな。このままでは何方が先に尽きるか分からんぞ)

 

 

 だが。

 そのゴゥズに、痛覚麻痺の呪いや身体リミッター解除による物理ステータス狂化の呪い等の強化(バフ)魔法。

 更に亜竜級から純竜級下位まで、暴走させて喚起させている個体まで含めて総計で20体も超すアンデッドの群れ。

 

 ――それが、まさかたった一人と一匹の【聖騎士】も殺せもせずに削られているのだ。

 ティアン相手であれば、上級職のパーティどころかそれを更に束ねたレイド級の人数だって鏖殺できる程の大戦力だと言うのに、だ!

 

 (チぃ――これだからランカーという者は!)

 

 相方であるゴゥズだって“元”ランカーであるが――やはり、どう足掻いても前と今では……具体的には<マスター>増加前と後では、その意味は大きく変わる。

 <マスター>が増加し始めて四年以上経った今、王国のみに限らず殆どのランカーが並み居る<マスター>によって上書きされ、更に現状その地位を維持し続けているという事はその中でもほんの一握りの上澄みである筈なのだから、それも已む無しだ。

 故に、彼は……彼らは、ランカー相手であっても勝てる様に準備を整えてきた――つもりだった。

 実際に、以前襲撃してきた上級<マスター>のパーティを含む大部隊相手ではこの戦力は十分に通用した。

 ゴゥズと配下達で時間を稼ぎ、アンデッドで包囲した後は<エンブリオ>を出す暇もなく物量と搦め手で圧す――

 中には、カンストに近くステータスも高い<マスター>も居たが、アンデッドとメイズの扱う複数の状態異常を前に倒れ伏し、その首をゴゥズの斧が両断したのだった。

 その後も、散発的に報奨金狙いの<マスター>の襲撃こそあれ……どいつもこいつも、本気ではない気に入らぬ愚物ばかり。

 何故この様な奴らなんかに真の不死が備わっているのかと天を呪った事すらあるが――

 

 (やはり、あらゆる面でランカーは格が違う、か。ゴゥズの実力と忠告で分かっているつもりだったのだがな!)

 

 

 【聖騎士】李縁――その者の名と経歴を、メイズはゴゥズから確かに聞いていた。

 彼ら<ゴゥズメイズ山賊団>を襲ってくるであろう<マスター>の戦力の仮想敵の一人として。

 主にギデオンを中心に精力的に活動している<マスター>として。

 ――【聖騎士】に転職する資格(条件)を満たせる程度には、騎士団の、国の信を受ける<マスター>の一人として。

 

 

 李縁――その者がこの世界に現れるのは、<マスター>増加初期……四年以上前まで遡る。

 所謂“初期組”である彼も、他の<マスター>同様に試行錯誤を繰り返しながら強くなっていった者の一人。

 当時は未だ相当高位の決闘ランカーであるゴゥズからすれば、他の数多くの<マスター>に埋もれる程に特徴のない者だったが――しかし、彼は早くからその頭角を現し、早期から他の<マスター>と共に決闘ランキングに挑戦し、現在の“炎怒”のビシュマルや“仮面騎兵”マスク・ド・ライザーらと共に相応の順位を維持し続けてきた。

 その躍進の理由は、確かに本人の努力や素養にも関わってくるのかもしれないが――その多くはただの幸運だと、私は断じている。

 

 本人の戦闘センスが良かったのも、<エンブリオ>の必殺スキルの習得が特に早く、他の者がまだ必殺スキルに目覚めていない状態で勝利のリードを広げられたのは――まだ本人の才覚や努力による物だと考えられる。

 だが、暫く後になって流行した特大のステータスを得られるビルド、“ガードナー獣戦士理論”に真っ先に適応した事も。

 偶然組んだパーティで古代伝説級の〈UBM〉と対峙し、その特典武具――それぞれ斬った相手にAGIのバフとデバフを行える長剣と短剣の二本一対の【双刻断剣 アクル・マナス】を手に入れた事も。

 そして、<墓標迷宮>でも――

 

 

 

「雑兵の数が多すぎるッ! ――【鋼鉄之戦馬(アイアン)】、蹴散らせッ!」

『BURRUUUUUU――!!』

 

 アンデッドに、そして山賊団の配下達に囲まれ李縁は【アイテムボックス】より一つのアイテムを取り出す。

 それは、鈍色の身体で出来た、機構仕掛けの荒ぶる軍馬(ウォーホース)

 

 名工フラグマンが作りたる煌玉馬――その量産型試作機(・・・・・・)

 【量産型煌玉馬】よりも一回り以上大きな馬力と出力を持つ量産型――で、ありながら彼が持つ其れ以外に殆ど見つかっていない希少品。

 オリジナルの煌玉馬と比べたら圧倒的に劣っていながら、しかしそれでも亜竜級の軍馬を上回る運動性能と――量産型らしい、とある特性を有している。

 それは……

 

「――撃ぇッ!」

『Rapid FIRE――』

 

 李縁の要請に、無機質な機械音が応答し。

 直後――【鋼鉄之戦馬】の両肩に装備されていた《八連装機関銃》が火を噴いた。

 

「ひぃ!?」

「お、お頭たs――」

「ああああぁぁ――!」

 

 遠距離攻撃を仕掛けてきていた山賊に突撃しながら見舞われる嵐の如き銃撃。

 攻撃力は然程ではなく、亜竜級以上のモンスターを集められているアンデッド達には目晦まし程度にしかならないが――END型でもない、レベルも高くないティアンの山賊であれば十分に蹂躙できる威力が秘められた斉射だ。

 勿論、敵の新手に他のアンデッド達も即座に反撃を繰り出そうとするが――

 

 

『HIHIHIHIIIIN――!!』

 

 今度は、一回転して側面に取り付けられた《高出力火炎放射器》による炎撃が、メイズが作成したアンデッド達に襲い掛かる。

 

 アンデッドの弱点たる火炎に包まれ、用意した中でも低位のアンデッド達は苦悶の声を上げ動きが鈍り。

 ――直後、融合と《獣心憑依》によって多重に強化されたステータスで放たれた彼の得意技“一人二役累ね《グランドクロス》”によってまとめて消し去られた。

 

 

 (――ッ! 戦力差が、ここまで縮められるとは……ッ!)

 

 

 まるでアンデッドに対策(メタ)したかの様な武装の選択だが――実際に、彼と【鋼鉄之戦馬】は対策してきている(・・・・・・・・)のだろう、とゴゥズとメイズは悟っている。

 

 何せ、それこそが彼が駆る煌玉馬【鋼鉄之戦馬(アイアン・ホース)】の特性――易拡張性であるからだ。

 カスタム(改造)アタッチメント(付加装備)リペア(修理)の容易さ――それこそが、未出の量産型煌玉馬である【鋼鉄之戦馬】が誇る、他のオリジナル煌玉馬にすらない利点だ。

 どの様な用途にも適応できる様、“遊び”が多く、燃費は良くないが……それでも、仮にこれが量産成功していたら大きな戦力になったであろう事は想像に難くない良品。

 それが彼の持つ【鋼鉄之戦馬】であった。

 

 決闘でも、固定ダメージ弾やブレード、シールドや閃光弾、麻痺弾、捕獲用の投網や各種魔法弾まで相手に合わせて切り替えて李縁の戦闘をずっとサポートしてきた名機体である。

 

 彼の決闘ランカーとしての戦術の最たるモノは、李縁と【ショロトル】――そして、幸運によって手に入れた【鋼鉄之戦馬】によるスリープラトンなのだから…………!

 

 

 

「チッ…………チィッ!」

 

 ()()()()()()

 

 ああ、気に入らない、気に入る訳がない。

 なんだ、なんなのだお前達は。お前達<マスター>は。

 

 <エンブリオ>だかなんだか良く分からぬ物に選ばれし者達で?

 完全なる不死不滅を体現し全てに対する才能を持ち?

 <超級エンブリオ>ですらなく、<上級エンブリオ>の時点ですら特典武具に、超級職に匹敵する固有スキルすら行使でき。

 挙句の果てにこの国の王曰く、そいつらがこの世界をより善く導く為に遣わされた存在――――?

 

 馬鹿な。あり得ぬ。認められぬ――!!

 私は今まで見てきたぞ、何度も見てきた。

 遊び半分で動物をモンスターを弄ぶ様に殺していく様を、ヒト(ティアン)にまるで価値のないゴミであるかの様な視線を向け、あまつさえその様に振る舞う者達を。

 その力を立場を笠に着て暴虐を振る舞い、遊び心地で過ごす彼奴等を。

 

 我ながらろくでなしであるという自覚はある。

 守るつもりもない人道倫理だって理解するだけはしている。

 だが、人道(・・)――? 奴らは、()()()()()()()()()()()

 人を超越だ、などとんでもない。正しく奴らはこの世界(・・・・)の人から外れた()()であろうが!

 

 真に<()()()()>――それも、その中でもただ運が良かった、それだけの此奴が、私達の活動に終止符を打つ?

 

 

 許せぬ、我慢できぬ。

 怒りと憎しみで臓腑が焦がれる様を知覚してしまう程にだ。

 この赫怒、奴を殺したらいつも以上に残りの子達を――

 

 

 (…………待てよ?)

 

 

 ふと、疑問が浮かんだ。

 何故、此奴は今私達に挑んでいるのだ……?

 

 

 (私達、<ゴゥズメイズ山賊団>が外部からの襲撃がある度に死体を送り付ける外道だと言う事は既に周知されている筈だ。

 それ故に近頃は襲撃者も居なかったのだし、ギデオンに潜伏させている配下からも確認を取っている。

 ……今まで戦争後の諸々に忙殺されていた? 確かに此奴は騎士団にも籍を置く身だし、ありえなくもないが――それでも、もっと前に挑んできていても良い手合いだっただろう)

 

 相手が、李縁が<ゴゥズメイズ山賊団>に狙いを定めて襲撃してきたのは……間違いない。

 【鋼鉄之戦馬】の装備品もそうだし、ステータスから【ドーピングポーション】まで使って強化(バフ)を重ねているのも、恐らくその為なのだろうから。

 だが……此奴、一人で?

 確かに勝機はある。十分にある。それだけのランカーに相応しい実力を持っているのは理解できるが……

 準<超級>でも、勿論<超級>でもない一人が持つ戦力のみで挑んでくるその姿は、ただ依頼(クエスト)を受けたからだけではない何かを感じさせた。

 

 

 考えて、考えて、考えて――

 

 

 (……ああ、なるほど。そういう事か)

 

 メイズは()()に至った。

 だから、彼はそれを行使する。

 <マスター(人でなし)>を煽り嘲笑い、動きを止めトドメを刺す為に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□■<クルエラ山岳地帯>廃棄砦 【聖騎士(パラディン)】李縁

 

 

『ははは、お前が逢いたかったのは、こいつだろう? ――《アウェイキング・アンデッド》ォ!』

「――――」

 

 

 そうして。

 砦の中から一体のアンデッドが――()()()()()が、新たに這い出てきた。

 

 他のアンデッドとは違う、明らかに違う威圧感。ステータス。下位ではあっても、純竜級に足を踏み入れる程度の威圧感を持つアンデッド。

 いや、それは実際に純竜級のモンスターの筈だ。少なくとも、<墓標迷宮>で遭遇した時はその筈だったと、李縁は知っている。

 だが――違う(・・)

 

 所々傷がある、歴戦の【ミスリル】製の金属鎧に、国王陛下より下賜されたと喜んでいた(・・・・・)、【オリハルコン(伝説級金属)】製の長剣。

 アルター王国の紋章が刻まれた盾に、【聖騎士】として聖属性を多少は含んでいると聞いていた外套。

 そして――俺の知っていて、そしてアンデッド化による腐敗を意思を映さぬ瞳によって知らなくなった顔。

 

 種族:アンデッドの純竜級モンスター――【アンデッド・ナイト】。

 数か月前、戦争の直前……後顧の憂いを断つと言い、他の<マスター>や冒険者と共に<ゴゥズメイズ山賊団>へ討伐戦を仕掛けたかつての知り合い――友人の、()()()()()

 

 王国近衛騎士団第五席。

 カンストにも程近い、<マスター>にも口煩い熱血漢だったそいつが、物言わぬ屍となり、奴の意思通りに動く傀儡となり――最早どうにもできぬ躯となり、俺の前に立ち塞がった。

 

 

「――――」

 

 

 ……分かっていた。

 可能性なんて欠片程もなく、国内を東奔西走していた俺が今更来た所で、どうしようもない程に手遅れなのだと理解していた。

 あるいは、あの時、あいつに討伐隊に誘われた時――戦争を眼前に控えているからと固辞せず、共に戦っていれば、そうはならなかっただろうに。

 しかし、それは叶わぬIF。あり得たかもしれない可能性でしかなく――その可能性はとっくの昔に潰えていた。

 

 

「――――」

 

 

 外野達(ゴゥズとメイズ)が五月蠅く喚いているのが僅かに思考を揺らす。

 思考を反らしたまま機械的に反射的に戦うのは限界で――

 

 

 ――もう()()()()()()()

 

 だってそうだろう?

 もうあいつを助ける事は叶わないし、ゴゥズが言った様に――此処は闘技場ではないし、此れは決闘でもないのだから。

 だから――

 

 

「『全力で潰す。――《混沌の寵児(カオスシェイプ)》』」

 

 

 そう宣言し、決闘では控えていた【ショロトル】の――スキル特化型エンブリオの固有スキルの使用を宣言した。

 その効果は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■【大死霊(リッチ)】メイズ

 

 

『――ゴゥゥズ!!』

「わかぁってるぜ!」

 

 私特性のアンデッド――【アンデッド・ナイト】を見せ、沈黙していた李縁の突然の固有スキルの宣言。

 その効果は――【ショロトル(・・・・・)との融合(・・・・)だった。

 

 ――馬鹿な。既に融合している(・・・・・・)だろう!?

 

 まさかの分身した<エンブリオ>との再融合(・・・)

 それによって起こる事はまるで想像できないが――最低でも、他の融合スキルと同様に全く同じステータスであったあれを足し合わせる(・・・・・・)程度はやってくるだろう。

 私達にとっては、それだけでも十分に壊滅的な問題だ。

 再融合以前ですら、物理ステータスが一万を超え、強化の掛かった亜竜級上位、純竜級、ゴゥズが束になって掛からねば抑えきれなかったのだ。

 数は減っても――その二倍のステータスは物理では打つ手がない。

 ENDこそ高くなかったとはいえ、それですら太刀打ちできなくなるだろう。

 

 故に、スキルの効果が発揮され、全力を出される前に――此方から潰す。

 何故か、奴は【鋼鉄之戦馬】も先の一瞬で【アイテムボックス】から仕舞っている様だ。

 まぁ、もう配下の数も大分減ったから役目は終わり、完全破壊を回避するためかもしれない……が、どちらにせよ好都合だ。

 まだ此方には中位以上のアンデッドが大量に残っている。

 包囲を支持し、私は切り札の準備を――

 

 

「『《グランドクロス》』」

 

 不気味に重なって響くその言葉と共に――アンデッドの一角が一瞬で消滅した。

 

 

『――捧げ―呪え―――敵――』

「おいおい――随分愉快な身体になってんじゃねぇかよ!」

 

 《詠唱》中で返答できない私の代わりにゴゥズの声が響く。

 だが、仮にアンデッドが消滅していなければ、私もそう煽っていたかもしれない。

 

 何故なら、融合が完了した李縁の姿は――どう見ても異形(・・)であったのだから。

 

 胴体からは不格好に斜めに首が二本生え、腕は左右に三本ずつ、六本。

 まるで最初の【ショロトル】のガードナー体が如き双頭に複数の腕を――人型に当てはめればこうも不気味な怪物が出来上がるのか!

 この異形のどこが人型範疇生物、どこが選ばれし者?

 ――――こんなモノ、不具の奇形にしか見えないだろうが!

 

 そう内心で吐き捨てるが――しかし、その実力は本物だ。

 予想通り、ステータスは足し合わされ元の李縁のステータスからは考えられない程馬鹿げた数値となり。

 先の“累ね《グランドクロス》”もより簡易に――あるいは、あの二つの頭部、二つの口で別々に発動できるようになり。

 更に恐らくは装備部位も……奇形の数だけ、増えている事だろう。

 今も、長剣と短剣の二刀流だけでなく、更に盾と槍、ついでとばかりに追加で剣を二本、《瞬間装備》で装着された。

 どれも逸話級金属にも満たぬ数打ちの品だが――あのステータスが乗ったそれは、ゴゥズすら容易く殺して見せる程の威力を発揮するだろう。

 

 

「――――おおおおおォォォォォォッ!!!」

 

 それを証明する様に、ゴゥズが辛うじて長剣の一撃をその双斧を交差させる様に振り下ろし受け止める。

 

 ――事も出来ずに、カルディナで仕入れた奴の自慢の斧は、()()()()()()()()

 ……流石にステータスを足し合わせても、古代伝説級金属でできた武器を砕く程の威力は出せない筈。

 まだ何か未知のスキルを発動しているかもしれない、と一瞬恐怖を覚える――――

 

 

 

 

 が。

 ()()()()()()()()()()

 

『――――《サクリファイス・カース》』

「『――ッ!?』」

 

 《詠唱》までした、渾身の魔法。

 …………しかし、その効果はそれ単体では何も起こさない。

 そう――単体では何も効果を発揮しない状態異常――――【呪詛】を付加するだけなのだから。

 

 ――――自身が使役するアンデッドを贄に捧げ、それだけ強化された超強度の物だが、な!

 

 【呪詛】――呪怨系状態異常の一つ。

 その効果は、対象に掛かっている他の呪怨系状態異常の効果を強める事。

 

 私が持ち得る中でも――()()()()()()()()()最強の一手。

 【アンデッド・ナイト】も、【バンシー】も、【ハイ・レブナント】も【ミニングレス】も全部全部捧げ――最大に効果が増した【呪詛】だけが残る。

 

 だからこそ、これで終わる。

 

【――《ワード・オブ・デス》!!】

 

 右手に仕込んだマジックアイテムによる無詠唱魔法。

 ――――【死呪宣告】【呪縛】を与える、絶対死の魔法。

 カウントの低下による【即死】と魔力(MP)で判定する拘束、二種の()()()()()()()を与える禁呪。

 

 【聖騎士】【練体士(エンハンサー)】を除いてMPの上がるジョブに就いていない李縁に、多重に融合しようとも解けぬ程の強化がなされた【呪縛】が。

 ――そして、既にカウントが五となっている【死呪宣告】が付与された。

 

 

「『きっ、様ァ――!』」

『ああ、全く。まさかここまで戦力を損耗させられるとはな。完全に予想外だった』

 

 既に動けぬ死に体となった李縁に、《スティール》を連打する様に指示し……物憂げに吐露する。

 実際に、メイズが呟いた内容は彼の本心だ。

 決闘ランカー一人に、一体どれだけ戦力を消費したのか、金銭で得られるとは言え、アイテムを消費したのか。

 考えるだけで億劫だ……

 

 だが、此処で《スティール》やデスペナルティ分の戦利品(ドロップ)を回収し、相手の機能を不全にしてやれば暫くは時間が稼げる。

 業腹だが、欺瞞情報の流布やカルディナでの金に飽かせた対処も必要だろう。

 しかし――それも僅かな期間稼げるだけで、十分だ。

 それだけの期間があれば、【怨霊のクリスタル】は完成するのだから。

 

 ――――私の超級職への道は、開かれるのだから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして。

 ランカーであり、実力もある筈だった<マスター>、李縁は【死呪宣告】によって死亡(デスペナルティ)

 後に残されるのはペナルティによってバラまかれた大量のアイテム群であり、山賊団の中でも(頭目を除いた)上層部達が喜色を張り付けて勝利を祝していた。

 ゴゥズは武器を失くし何とも言えぬ表情をしていたが……大量の上質な肉を配下達から振る舞われた事で機嫌を若干直していた。

 メイズは砦地下でのこの一戦で死亡した配下達のアンデッド化処理で忙しく、この場には居ないが――それも、勝利したが故の凱旋だ。

 

 ランカー級の<マスター>に勝利した事でかの<ゴゥズメイズ山賊団>は更に勢い付き、活動を激しくしていく。

 勝利の美酒を忘れられず、刹那的に山賊として正しく――彼らの行いは加速していく。

 

 

 ――――だが。

 因果応報、自業自得、身から出た錆――()()覿()()

 

 彼らの自らの悪行の因果は――――遠からず。

 この国の聖職者が信ずる宗教が如く、間違いなく、遠からず来る運命なのだが――――

 

 

 

 …………End




ステータスが更新されました――――

【鋼鉄之戦馬】:
 特殊装備品枠の煌玉馬。煌玉獣としてのAIも搭載する渋い奴。
 煌玉馬としての特性はその非常に高い拡張性。
 各部に様々な規格の接続端子を有し、先々期文明時代から現在に至るまでに存在する多くの機械と互換性を有し、所持者の好きな様にアタッチメントを取り付けたりカスタムする事が可能。
 馬力も従来の【量産型煌玉馬】よりも高く、また遊びを多く含ませる事によって今後の改良も期待されていた機体。
 本文通り量産型試作機として作られ――結局煌玉馬のコンセプトたる戦域拡大ができない為原作の【セカンドモデル】が選ばれた悲しい機体。
 飛行ユニットとバリアユニットをアタッチメントとして取り付けろ? 燃費が【セカンドモデル】の5倍以上になります……
 そもそも兵装を分けるにしても【風信子】シリーズの様に別個で専用の物を量産した方が圧倒的にコストが掛からない。
 【セカンドモデル】と比較してすら製造コストに倍以上の開きがあった。
 そんな訳で弱点は燃費の悪さと製造コストだったのだが――李縁の場合、カスタムや修理はドライフ皇国の知人に依頼していた為、実は戦争前後から兵装の変更や修理が碌にできなくなってという事情もある。
 《機関銃》や《火炎放射器》は普通に戦争前で使用してした装備であり、今回の戦闘でも相応にダメージを負った為修理をどうしようか頭を悩ませているとか。

【双刻断剣 アクル・マナス】:
 李縁が且つてパーティで戦った〈UBM〉より手に入れた長剣と短剣の双剣型の古代伝説級の特典武具。
 メイズは見破ってなかったが実は【鋼鉄之戦馬】以上に李縁の戦闘を支える立役者。
 その固有スキルの効果は長剣で斬った相手にAGIバフを、短剣で斬った相手にAGIデバフを与える――ではなく。
 それぞれ、斬った相手の指定した“時”をMPを込めた分だけ加速/減速させるのが実際の効果。
 確かに普通に斬ればAGIバフデバフになるが、使い道はそれこそ無数にあった。
 効果時間が短い自分のバフや相手へのデバフの時間を減速させ延長したり、効果時間が長い自分へのデバフや相手のバフを加速させ速効で終了させたり。
 クールタイムの増減、状態異常効果時間の増減だけでなく、例えばフィガロの《生命の舞踏》の戦闘経過時間の加速/減速すらも可能。
 ……尤も、固有スキルにリソースを振ったせいで武器としての攻撃力は控えめ。
 更に、ただでさえ多くない李縁のMPを【鋼鉄之戦馬】共々喰いまくるので多用は出来ない。
 高位の【MP回復ポーション】を飲み、【アクル・マナス】でポーションのクールタイムを加速させまたポーションを飲む……を繰り返せばある程度は賄えるが、財布に大打撃を喰らう諸刃の剣であった。

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