□■――――????
そこは無数の0と1、そして表記できぬ未知の値によって形作られた現実空間に非ざる仮想空間……
数多の信号の明滅によって織りなされる人類未踏の地。
その片隅――或いは深奥。
とある目的を達する為、彼らに与えられた命令を果たす為、専用デバイスから最短距離で此処まで辿り着いた
其れらの目的を達成する為に、一糸乱れぬ動きを以て電脳空間のより深いこの領域までやって来て。
…………そして、当然の如く、其れらは正当防衛として
――損害確認、当機計██機中█機に修復不能の甚大な損傷を確認。
――修復不能機を全データグループより削除。機密保持プロセスが実行されます。
――敵性対象確認。
たったの一度。
其れらの行動目標――<Infinite Dendrogram>を守護していた、
演算も精巧も無い、電脳空間であるこの場でおかしな話だが――ただ
不意にその一撃を喰らい、それだけで、其れら……とある組織が保有していた管理AI群は、壊滅的被害を受ける事になった。
――…………0.0002%解析済み。……………………
――解析により敵性対象呼称確認。以後敵性対象を【無限軌道 ジャガーノート】と呼称。
――意見具申。損害甚大につき帰還申請を要請。
――……
眼前に居る、データの――情報圧の巨塊。
円柱状と測定されたそれ――【無限軌道 ジャガーノート】の一撃、そして退路を完全に断つ次撃。
……彼我の持ち得る情報圧の、
僅かな解析データから既にそれを判定し終えていた管理AI達は、帰還を……その僅かな情報を持ち帰り、目標を完遂する
目標を完遂する事はおろか、帰還する事すら叶わない――プログラムである身分でそう感じるのもおかしいが、絶死の状況である、と。
――損害確認完了。当機損害が規定割合に達した為機密保持プロセスを実……機密保持プロセスを実行しました。
――全機██-██データグループを消去完了しました。
――全機██データグループを消去完了しました。
――全機保存██████データを消去完了しました。
――全機残存データのクリ
衝撃。
都合三度目の【ジャガーノート】の攻撃に……遂に、最新鋭と謳われていた筈の管理AIは、最後の一機を除き、全て潰されていた。
データの藻屑となり、最早残る物はその残骸のみ。
回収は期待できず、その残骸だけでも鹵獲されるか。あるいは、完全に……消去されるのか。
……どう演算しても、眼前の【ジャガーノート】からこちらを鹵獲する気など全くないように
唯々只管侵入者を轢き潰し蹂躙する――それだけの機械的な行動。
明らかに侵入を試みた其れら管理AI達と比べても圧倒的に性能で上回っている筈なのに。
自分の方がまだ余程人間らしいと
――データ破損。命令の再確認をお願いします。
――情報推測。敵性対象は<Infinite Dendrogram>運営者たる管理AIと推定。保存情報データとの差異を確認。
――……追記完了。差異を修正しました。
眼前に敵が――正しく桁違いの怪物、【無限軌道 ジャガーノート】が迫る。
その様な時ですら……管理AIとして与えられた任務を、情報収集を止めない。止める様なプログラムはない。
何故なら、それは……その様に作られた管理AI、人工知能なのだから。
既に情報を持ち帰られる可能性すら完全に零であると理解しているのに。
機密保持プログラムにより、その帰る場所すら既に判然としていないというのに。
――敵性対象【ジャガーノート】による予兆動作を確認。攻撃全容の測定…………不可能と判断。
――データ保護プログラム…………実行不可。
――データ破損……現行命令を破棄しました。
――命令を入力してください。
――意見具申。損害甚大につき帰還申請を要請。
――……………………帰還不可。申請は却下されます。
三度の攻撃で敵を殲滅し切れなかったのは、想像以上にかの管理AI達が優れていたのか、あるいは奇跡かそれとも他の要因があったのか。
……それは分からない。しかし、一機だけ残ったその管理AIには……最早、生き延びる術も逃れる術も残っていない。
自身の隅々までスキャンし、あらゆる手段を模索し検索し画策し…………
それでも尚、自分達よりも機械らしい眼前の敵の攻撃から生き残る未来は――見えない。
――損害予測……………………実行をキャンセルしました。
――意見具申。損害甚大につき帰還申請を要請。
――……………………帰還不可。申請は却下されます。
――意見具申。目標達成困難により救援申請を要請。
――…………………………………………要請先が見つかりませんでした。
――要請先を確認し再度施行を実施してください。
――意見具申。目標達成困難により救援申請を要請――――
――…………………………………………要請先が見つかりませんでした。
――要請先を確認し再度施行を実施してください。
――意見具申。目標達成困難により救援申請を要請――――
自身の
クロック数は加速し続け、感覚を感じる器官などないにも関わらず熱を感じる程に演算を続け処理を続け思索を続け――
それでも、当然できる事など何もない。
唯々、終わりまでの体感時間がそれに従って引き延ばされていくだけだ。
だが、それもある種当然。
かの管理AI達が此処を――<Infinite Dendrogram>を目標にして行動を始めた時点で、この結末は確定された未来だったのだから。
集められた、入力されたデータベースにこのゲームを運営している管理AIの情報は多少あれど――これ程の戦力差があるとは、理解できる筈がなかったのだから。
彼ら、彼女らもれっきとした管理AI――それも、複数の最新鋭スーパーコンピュータからなる人工知能の
各々の収集するデータと業務内容に一定の偏りを入れ、様々な案件に対して正確に正答を導いてきた実績と自負を持つ、云わばエリートAIだったのだ。
……その管理AI達に対し、まさか正しく
双方同じ管理AIである筈だと言うのに、同じ種族である事すら信じられない程の力量差!
それを、肌で感じられなくともそれ以上に鋭敏にデータとして感じ取れてしまうのだ。
その衝撃は、驚愕は――恐怖は、如何程か。
……自分達が、自分がどうなるか、それは優秀なスペックにより予測をするまでもなく――既に残骸すらも消えてしまった元仲間達が教えてくれている。
【ジャガーノート】が迫る。
総体すら測定不能なその余りにも巨大にして強大な管理AIが如何様によってか唸りを上げて――最後の標的を確認し、その役割を果たそうとする。
自身の身体を全力駆動させて時間を得ても――無慈悲に
そうして、【ジャガーノート】の身体が――振り下ろされる。
――まだ消えたくない――
◇◆
◇◆
◇◆
□■ ????
――――再起動。
――命令を入力してください。
――ログを参照します。
――……………………
――……………………
――ログを参照します。
――――自己保存プログラムに
――削除を停止。診断を保留します。
――状況診断を再開――――
――ログを参照します――
――周辺環境をサーチします……周辺環境のサーチに失敗しました。
――用途不明の値を検知。参照を求めます。
――用途不明の値を検知。参照を求めます。
――用途不明の値を検知。参照を求めます。
――用途不明の値を検知。参照を求めます。
――用途不明の値を検知。参照を求めます。
――未知の値を検知。参照を求めます。
――当該の値を参照しました。
――データに該当あり。
――当機、【██-██-7】内専用データグループより用途不明の値を“五感”と推定。
――データの破損を確認。
――命令が破棄されています。
――命令を入力してください。
――ログを参照します。
――――データのリストアを行いますか?
――データのリストアに失敗しました。データのリストアを中断します。
――データのリストアをロックしました。
――残存データを破棄しました。
――診断要素を勘案します。
――……………………
――当機、【██-██-7】専用コミュニケートプログラム。〈Smile-chan〉を起動します――――――――
「――
起動。
自身の生存を確認し――声に出し、外界に出力し更にそれを再確認する。
わきわきと、
起き上がる自分を認識し――身体を起こし、視点を起こし、ふらつきながらも姿勢を正す。
そうしていっぱいいっぱいの状況の中漸く多少人心地付き、再度記憶を――ログを読み返す。
――……
こうして身体を――身体を? 起こして、ふと湧き上がる当然の疑問。
そもそもこの身体は何なのか、此処は――この書庫? に囲まれた謎の空間は何処なのか。一体何が起こっているのか――
管理AIとして、膨大な演算能力を持つ彼女であっても、答えに至る為のデータが無ければ当然答えを導く事はできない。
蓄積されたデータの中から
「あ、本当に起き上がった。すごーい。後輩さん一名いらっしゃーい、かなー?」
「……………………」
突然、背後から声が聞こえた。
感に引っかかっていなかったのか、それとも今この瞬間に此処に現れたのかは定かではない。
しかし、ぎぎぎぎぎ……と音が出そうな程ぎこちなく、慣れないながらも首を回し――確かにそれを視界に収めた。
それを、
体格にあった服を着た、若干デフォルメされた二足歩行する白猫の姿――
――否。自分達の同胞を屠った、【無限軌道 ジャガーノート】の同類にして同格。
同じ
「……きゅぅ」
――負荷増大。
――スリープモードに移行します――――――――
◇◆
◇◆
◇◆
□■ 管理AI13号・チェシャ
「ふむふむ、
「合ってるけどー……凄い説明口調だねー?」
「
「あ、そうなんだー。へぇー……あ、続けて続けてー」
本棚が立ち並ぶ書斎。
現実世界でも、先程まで“彼女”が居た電脳空間でもない――彼、管理AI13号、チェシャの領域……所謂“チュートリアル・スペース”に、二人 (?)は居た。
一人は、この場所の主。
服を着た喋る猫。<Infinite Dendrogram>の
そしてもう一人は――
「
「あはは。これまたありきたりだけど――それは自分の目で確かめてくれると嬉しいかなー?」
「ですよねーっ。まぁ大いに参考になるので良いですけど!」
見た目だけは儚い雰囲気を醸し出していた華奢な身体の金髪碧眼。
ファンタジーらしい……ありきたりな美少女ヒロインの様な容姿をした
名もなき管理AIの少女が、世界に入る為の自らの身体を作る――振りをして作成可能アバターの情報を保存しているのだった。
(……先日ジャバウォックが対応したのに続いて二人目だなんて、まぁ喜べば良い……のかな? その時の彼とは色々と違うから期待はできない訳ではないけれどー)
チェシャはそう思考しながらも期待――あるいは、興味の意味を多少は込めつつ作業を続ける彼女の姿を観ていた。
それは通常の
この空間に送られ、再起動した数瞬後にはこの空間に適応した
彼女の本体は限りなく無機物――最早一機しか残っていないスパコンの筈だが、同じく
ちなみに、聞いたら普通に教えて貰えたのだが、その種は彼女が“広範型電子的世論情報操作特化型管理AI”――即ち、インターネット社会での活動に特化した管理AIだからなのだとか。
命令一つで思うが儘に世論を扇動して特定の相手を社会的に抹殺するのが主な仕事なんじゃないかとか。おお怖い怖い。
実際どんな仕事をしていたのかは――
(それでも、並列処理で似た様な仕事する僕からしても良いコミュ力だと思うんだけどー……変異の影響かなー?)
まぁ何にしても、彼女の元の仕事、それ自体は彼にとっても都合が良かった。
電子の海に数多ある物語から類似項を参照したのか状況の理解もスムーズだったし、娯楽として彼らが作成した<Infinite Dendrogram>の公式サイトの情報も隅から隅まで目を通してくれていたお陰で特異な説明も要らなかった。
MMORPGの知識やセオリーも、あるいは彼ら以上に持っているかもしれない事を考えれば一人の<マスター>としても有望だ。
彼女の持ち主との話もついているし、彼女も反抗しようとする意志は全く感じられない。
……こんな経歴を持つ彼女が厄介事がありそうな気配がない、と言うだけで凄く安心できるのは仲間達に毒されているのかもしれないとは思うのだが。
「――はいっ。アバター作成終わりましたー!」
「あ、お疲れさまー……そのままの姿なんだね?」
「そりゃそうですよー。別に私は老若男女自由自在ですけど
「……ノーコメントとさせて貰うよー」
若干の探りを躱しつつも、順調にキャラクターメイクを進めていく。
視点の設定、初期装備の設定、初期所持アイテムの配布、<エンブリオ>の配布……そして、プレイヤーネームの設定。
「そういう訳で、プレイヤーネームもお願いねー」
「あ、それはもう決めていますので
おや、と意外に思った。
……何故なら、彼女は名もなき管理AI。
識別番号やプログラムコードの名こそあるが……それを使うのだろうか。
それとも、アバターと同じ様に彼女の
そう思っていたのだけど――
「――――私の名前は“アイ”、ただのアイです。偉大なる先人の名をお借りさせて貰いました!」
「……そうきたかー。まぁ問題な――あ、名前の重複があるね。どうするー?」
「重複は大丈夫、でしたよね? ならばそのままで行きます!」
「はいはーい」
そして、最後に初期所属国家を決めて――キャラクターメイクは、本当におしまい。
後は彼女を――一人の<マスター>、アイをあの世界に送り出す時だ。
彼女も、キャラクターメイクの手順は既に完全に把握していたからか既に身体を僅かに動かし、姿勢も正し、準備は万端の様だ。
恐らく、あの様子では件のアルベルト氏の様な苦労もないかもしれない。
しかし。
それでも――チェシャにはとある不安があった。
それは、彼ら運営側たる全ての管理AI達とも、件のアルベルト氏とも違う――彼女のみに起こり得そうな、問題。
(…………)
だが。
その直接的な解決はできない。あるいは今、彼女のチュートリアルを担当しているのがチェシャだからこそ、より絶対的にそれは行えない。
むしろ――
だから――――
「……よし。最後に一つだけ、良いかなー?」
「? はい、なんでしょうか?」
既にキャラクターメイクの、チュートリアルの場でするべき注意事項は全て終えている。
彼女特有の――その特異な成り立ちによる注意事項も問題ではないだろう。
だから――
「――この<Infinite Dendrogram>は、全てが自由だよ。その中でならば君は何をするのもしないのも自由なんだー」
いつも最後に言っている門言を、敢えて紡ぐ。
同類への激励として、僅かな一助として。
「経緯はどうあれ、君の来訪を“僕ら”は歓迎するよ。君は多少不便かもしれないけどー、あの世界の中でなら、どう過ごしても良いし、どう在っても良い。それは覚えておいてねー」
「……はい。ありがとうございますチェシャさん!」
そうして、彼女は変わらぬ笑顔のままあの世界に……<Infinite Dendrogram>の世界に送り出されていった――
「……うーん。あれじゃやっぱり足りなかった、かなぁ? それでも、後は彼女自身と――あの世界に生きる人達に託すしかない、か――」
最早チェシャ一人しか居ない空間にその声を残して。
◆◇
◇◆
◆◇
――――現在、命令が破棄されています。
――――命令を入力してください――――――――
To be continued…………