□<カルディナ大砂漠・西部> 【
「ほら、走れ走れ走れぇッ!」
「分かってるが、無茶言うなよおっさんん!?」
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
「ひぃ、ひぃっ! なんであんなのがここにいるんすかー!?」
「すみません、私のミスです……!」
「いいから、今はキングさんの言う通り全力で走るんだっ!」
走る、走る、走る。
居る筈のない亜竜級――この世界におけるベテランでもないと対処できない危険なモンスターの存在。
そして、それを中核とした数多の
それらの異常事態に直面し、今、俺達はつい数分前まで己の狩り場としていた砂漠をほうほうの体で逃げ出す事になっていた。
日差しが強く照り付け、砂漠に足を取られながらも必死にあの魔蟲達から逃れようと走り続けているのだ――
「くそっ! おい、ここには
「も、申し訳ありません。その筈です、その筈だったのですが……! 何か想定外な事が起こってしまっているようでっ」
「……ちっ! 金は後で返して貰うからな!」
意外とナームルさんの話を確りと聞いていた、<マスター>の中で一番体力とAGIに余裕がある【剣士】の彼が喰ってかかる。
それはそうだろう。確かに道中の話ではちゃんと強力なモンスターが出る範囲から離れて狩りをする――という話になっていた筈なのだ。
それが、この始末である。
“案内人”であるナームルさんを責めるのも仕方のない事、なのであろう。
だが、それと同時に。
俺はこの世界に――<Infinite Dendrogram>に来てからの数日間の経験や今まで培ってきた雑学の覚えもあり、ナームルさんが溢した
公式サイトや、
食物連鎖が成り立ち、天敵が現れれば駆逐され絶滅する事すらあり、時にはティアンの人の手によって有用な種は保護、養殖される事すらある、力こそあれ俺達の世界における“動物”と何ら変わらない存在だ。
モンスターに携わる
世界中に広がるその生息域や、ティアンでは立ち向かうのが難しい高位のモンスターの存在や、例外である〈UBM〉等の存在もあるが、概ねその様な認識で間違いはない筈だ。
――で、あれば、だ。
この世界に来たばかりでありながらも、ティアンと比べ多くの例外を兼ね備え、ゲーム感覚その物で己が糧とする為に凄まじい勢いで初期スタート地点の周囲のモンスターを狩り尽くす存在――<マスター>。
そんな存在が、各国に数万単位で現れ、そして者によっては既にエンブリオを第二形態に進化させているのだとか。
第一形態のエンブリオですら、それを持たない者からすれば凄まじい力を有するのだ。
それを進化させ、更に増した勢いで、より広い範囲で“狩り”を行えば――
……現時点で、<Infinite Dendrogram>が始まってから、この世界の時間にして一週間弱が経過しようとしている今現在。
……そう、一週間弱も、経過しているのだ。
それだけの時間があれば、特に初心者<マスター>の狩りの影響をもろに受ける初心者狩場と、その周辺のモンスターの分布域が大幅に変わっていたとしても、何ら不思議ではない。そういう事だ。
……尤も。
恐らくは、一流以上の“案内人”と言うのはそういったモンスターの生息域の変動要素まで頭に叩き込んで予測計算した上でやらねばならない物なのだろう。
ナームルさんも、咄嗟に所持していた衝撃を発する魔法が籠められた宝石 (【ジェム】、という奴らしい)を使って一時的に完全に包囲されていた窮地を脱しさせてくれたが……
未だベテランとは言えないナームルさんの経験値の少なさや、今回のそれが世間の想定以上に大規模な物である事も合わさって今回の事になったと思われるし、それに今はそれらの事を説明している余裕は無いから黙っているべきか。
そして、何より今は――
「――くっ! いかん、このままじゃ追い付かれる! ナームルさん、何か策はないかっ!?」
走る、駆け、疾駆して――尚、距離は一向に離れない。
それ所か、徐々に、徐々にではあるがその距離は縮まってきているのだ。
AGI――素早さは、確かに【修道士】の彼女や全身鎧を着ている俺が居る分高くはない。
だが、それは動きの鈍い魔蟲を主とした今俺達を追っているモンスター達とて同じ事だ。
むしろ、若干ではあるがAGIの数値自体は大体は勝っているものと思われた。
――しかし、場所が悪い。
ここは炎天下の砂漠であり、そしてあのモンスターの――魔蟲達のホームグラウンドでもあるのだ。
照り付ける日光に体力を奪われ、一歩毎に砂丘に足を取られ速度も体力もロスしている俺達と比べ、魔蟲達はそれらを全く障害にせず獲物である俺達を追ってきているのだから、それも当然の事であった。
「煙幕や閃光を発するのならありますが、あのタイプのモンスターには効果がありません! 魔蟲除けの香も一応あるのですが――」
ナームルさんは懐に入れたポーチに、【アイテムボックス】に手を突っ込みながらも、悲壮な声で否を告げる。
……そりゃあ、あれほどに興奮している相手に今更香が効果がある訳もなし。
事前に使っておけば効果はあったのだろうが、俺達の目的がモンスター狩りであった以上、それを使う選択肢なんて在り得る筈もなく。
そして、そんな問答をしている間にも――限界は近付いてくる。
この世界には
ならばこの世界に居る者は体力が無尽蔵なのかと言えば――そんな訳がない。
どの様な計算をしているのかは分からないし、少なくとも現実世界のそれよりは遥かにマシではあっても、激しく動けば段々疲れて来るし、疲労が溜まれば動きは鈍り、最後には動けなくなる物だ。
ゲームであるからか、それとも別の理由からか、個人差や精神論による差がかなり大きいみたいだが――少なくとも【修道士】の彼女や【狩人】の彼女は既に限界が近い様だと、察してしまう。
そしてそれはパーティ全体の焦りに繋がるが、だからと言って
土壇場の修羅場に名案が思い浮かぶ、なんてフィクションでは良くある事ではあるが、現実にそれが出来る者は非常に少ない。
実際に手札も少ない新人である俺達に出来る事も当然――
「――皆さん。一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
そうして焦っている中で振り返り、声を出したのは俺達を先導していたナームルさんであった。
AGIも俺達よりは二回り以上高く、一人逃げ出すだけであれば簡単に出来る筈の人。
――そのナームルさんが、今悲壮な決意と覚悟を表情に貼り付け、言葉を投げかけて来た。
「……今回の事は“案内人”である私のミスです。どうにか私があの群れの注意を引いて時間を稼ぎますので――」
「よぉしそこまでだ。それはなしだなし! 却下だ!」
「――その内に、ってええぇっ!?」
ある意味予想できないでもなかった論外な提案を一刀両断に即答する。
……恐らく、この提案とその表情から俺がさっき気付いていた事にも辿り着いていたのであろう。
これを事前に予測できなかった、対策できなかった自身の責任である――と。
なるほど、確かに一理あるかもしれない。
俺達は
――だからと言ってそれが許容できるかどうかはまた別の話だが。
勿論、ミスをしたならば何らかの形でパーティに補償をするべきであろうというのは間違いではないが、それはこの様な形ではない筈だ。
ナームルさんはまだ若輩だ。
年の頃はまだ20にも行っておらず、“案内人”としてもまだベテランではなくとも、己が職務を己の全力で真っ当しようとする様には好感が覚えられるし、何よりも
そして……俺は、心の中でニヤリと笑いながらも、更に内心でこう続けるのだ。
それをするならば、もっと適役が居るだろう。
そう、例えば。
――パーティの防御役であり、装備によって最も防御力が高く、そして動きも遅く殿を務めていて……そして、死んでも死なない不死身の<マスター>である誰かさんの事だ!
「
「えっちょっ、キングさん!?」
そうして、俺は一瞬狼狽したコール君――【弓手】の彼に後を託し、何時になく格好付けながら向きを180度変え、盾を掲げて砂埃を上げて近付いてくる魔蟲達へと向き直る。
あからさまに猛毒を持っているであろう毒々しい色の器官を携えた魔蟲に、この砂漠にどう適応しているのか触手の様な物を生やしたグロテスクな魔蟲。
まるで感情という物を感じさせない無機質な動きで獲物を逃さぬと追い縋る中型の魔蟲達に――
いくらジョブレベルがかなり上がり、それに応じてステータスが上がっていたとしても勝ち目がある相手ではない。
完全に防御に専念したとしても俺の実力では一分も時間を稼げれば御の字という所だろう。
……あるいは、AGIがありモンスターの特性を熟知しているナームルさんの方が適していて、生き延びる目もあるかもしれない。
だが、それでも――
「ふっ、ここが俺の死に場所か……じゃぁな、
「うわあの人本当に行っちゃったッスよ!?」
「おっさん! そんなのそこのNPCに――」
「キングさん!? それは私の――」
「なっ!? 英雄気取りでもしているんですか貴方は――っ!」
そんな言葉を背に受けながら――スルースキルを全力で発動させ、俺はモンスターの群れに向かっていくのだった。
◇
「やはりちょっと格好つけすぎたか? ……いや、まぁ別にそうでもなかったな!」
そうして、俺は魔蟲の軍団と対峙する。
……やはり、遠目であったり自分達の戦力が整っている時と比べて、その迫力たるや凄まじいものだ。
一歩間違えれば、俺らよりもいくらかステータスが高いナームルさんでもまず死ぬであろう凶暴性と能力を秘めた蟲の群れ。
見ろよ、あの先頭の丸っこい、人によっては可愛いと言うかもしれないような蟲だってどう見ても俺を獲物としか見てないような顔(?)してるぜ。
……ああ、やはり流石にこれはナームルさんに押し付けるのは嫌だな。全く。
そうすれば俺も生き残れたかもしれないが――間違いなく凄く後悔していた事だろう。
「それにしても、“英雄気取り”か……くくっ」
英雄気取り――つまり、彼女から見れば俺の行動は英雄らしい、気取った物に見えたという事だ。
意識してそうしなかったと言えばウソになるが、ああいった事をやるのも昔取った杵柄で珍しくない事だった為そこまで気にしていなかったが――
――
この
そう、
皆が皆、
時代が移り進もうとも、それが正に第二の現実とでも言える程の完成度を持った仮想現実内でもそれは同じ。
――いや、それほどに、現実と見紛う程のモノだからこそ皆は……否、
誰の目にも憚る事無く、誰の思惑も受ける事無く、誰の意見に左右される事もなく。
格好付け過ぎ? ああ良いだろう? 誰だって格好良くなりたい、当たり前だ。
英雄気取り? ああ、最高だろう!? MMOたるこの世界でそう簡単にやれるとは思っていないが――なんと良い響きか。男なら目指すなと言われる程
むしろ、目標として丁度良いというものだ。この第二の世界で俺は――最高の自分になりたいと、そう思っているのだから!
自ら投じた
だが――自分で考えたそれを自分で否定する程俺は馬鹿ではないし若くもない。
――なぁに、リアルじゃもう50を過ぎて仕事も引退した身なんだ。最早何も怖くない!
――――目指そうじゃないか、最高の自分を……“英雄”って奴をな!
心の中だけで己に対する宣誓を終え――一時は忘れていた眼前に迫る魔蟲を目にする。
――まぁどの道今はこれが精一杯だ。なら……
――宣誓を心の中だけで留めておくなんて、
「――聞け! 我が名はザ・キング! 今は見習い戦士なれど、仲間を守る盾となる者!!
そして――いつかは“英雄”となる者だ!
『――あら、
宣誓の直後に、一瞬で左手の甲に熱が生まれ――“それ”の声が聞こえてきた。
「……おお!?」
直後、左手から俺の胸の辺りにその“何か”は独りでに移動していく。そこにあるのが自然とでも言う様に。
まさか、これが噂のエンブリオ。
孵化がちょっと遅いとは思っていたが実に良いタイミングで――
『SYEYAAAAAA!!!』
「――って、あぶねぇ!?」
呆けている内に既に射程圏内にまで近づいてきていた【軍隊蟻】の一撃を受け止め、そのまま盾で叩き潰す。
――嬉しいのは分かるが今は緊急時だ。しっかりしろ俺!!
その一幕と一連の攻防の間に――既に魔蟲達は逃れられない程の近距離にまで歩みを進めていた。
ぎちぎち、ぎちゃぎちゃと耳障りな音が、驚異の相貌が眼前に現れる。
……どうやら、ようやく孵化したエンブリオの詳細を確認し喜びに浮かれる間を待ってくれるつもりは全く無さそうだ。
――つまりはぶっつけ本番って事だ。なぁに、一昔前ならこれくらい余裕だった!
全く問題は、ない……!
『流石は私のマスターですわね!
「うおお?!」
――やっぱり幻聴じゃなかったじゃねーか!?
【レッサー・ポイズンタラテクト】の攻撃を受け流しながらも内心で驚愕しつつそう考える。
……やっぱり今のが俺のエンブリオの声、なのか?
そういったエンブリオもあるとは聞いていたが、既に孵化していたのを見たのではそういったタイプは無かったから驚くのも無理はないと思う。
そして――ついさっきから、今までと比べて身体が良く動くのももしかして――
『も、もしかして私、幻聴扱いされてましたの!? 心外ですわっ。てぃーぴーおーを考えて直ぐに戦闘形態になっておりましたのに!』
お、おう。それは凄くありがたい事だ。しかし、やっぱりお前 (?)が俺のエンブリオだったんだな。
とりあえず自然に心の声に反応しているのは後で言及するとして、まずは――
「よくぞ孵ってくれたな
戦闘中にも関わらず、大声を張り上げて格好付ける俺――に、俺のエンブリオはにっこりとした感情の様な物を感じさせながら
『――グッドです! さすがは私のマスターですわっ! そうと聞かれたならば私も応えない訳がありませんもの!
――――
……さぁ、ここから私達の物語の一頁目が始まりますわよ、
よし、良い返事だ! 流石は俺のエンブリオと言った所だろう!
<マスター>が<マスター>である所以であり、一人一人のパーソナリティを反映し、
既に仲間たちのエンブリオも見ていたが、どれもこれも非常に強力な固有スキルを持つすごい物であったが――
『マスター! 戦いながらで結構ですわ! ウィンドゥに出せば私の能力や固有スキルに関しては確認できましてよ? 私のマスターであれば造作もない事の筈です!』
【レジェンダリー】にそう言われ、(センススキル任せではあるが)思考操作でステータスウィンドゥを開き、自分のエンブリオの能力を確認する。
ふっ。言われずともゲーマーならこれくらいは必修技能だぜ!
さて、どれどれ――
【真紡譚姫 レジェンダリー】
TYPE:メイデンwithアームズ
到達形態:Ⅰ
装備補正:なし
ステータス補正
HP補正:G
MP補正:G
SP補正:G
STR補正:G
END補正:G
DEX補正:G
AGI補正:G
LUC補正:G
『保有スキル』
《
自身が世界中の人々から呼ばれた“称号”を【レジェンダリー】に保存し、固有スキルとして顕現させる。
また、“称号”を一つ選択し、自身の名前の前か後に表示させる事が出来る。
《“
自身の全ステ―タスに+1%の補正を得る。また、自身が獲得する経験値量に+1%の補正を得る。
《“
自身が習得しているジョブスキルの効果に+10%の補正を得る。
《“見習い戦士”》:パッシブスキル
《戦技》スキルのスキルレベルに+1する。
……………………
……………………
…………あれっ。
なんか他の仲間達のエンブリオと比べて、何と言うか……即物性がないと言いますか……
いやでも実際戦闘が凄い楽に――
……凄い楽にー……?
楽に、楽に……なってはいるが、うんでも良く考えてみればそこまででも――
『マスター!? 英雄とは、英雄だから行動するんじゃありませんのよ! ――行動したからこそ、英雄と呼ばれる様になるんですわ!』
はっ!
なるほど……つまり――この程度の苦境は、自力で跳ね除けられないと“英雄”にはなれない……そういう事だな!?
『ちょっと違う気がいたしますが、概ねその通りですわね!』
ならば仕方がないな!
何、どうせ今ないものをねだった所で状況が好転する訳もなし。
むしろ、今というかこの狩りの最中一番渇望していた戦闘技術――センススキルを補強してくれたのはとてもありがたい事だ。
元より戦闘経験なんて欠片もない俺では、いくらジョブやステータスによる身体能力があったとしてもセンススキルに頼る事でしか戦う術を持たない。
しかし、そこに【レジェンダリー】の“称号”が、少なくとも《“
【戦士】系統のセンススキルである《戦技》、そのスキルレベル6――!
実質的に上級職のものに等しいセンススキルに、更にそれに補正が入れば――確かに今までとは比べ物にならない程に、効率良く動けているのだから!
即ち――お膳立てはもう十分に整えられていると言っても過言ではない。
「それじゃあ――後は俺の仕事、という事だ」
――良し。それじゃ一丁気合いを入れて行くしかないな――!!!
◇
◇
「――くっ! 《マグナムブレイク》ッ!! っらあァッ!!」
【戦士】が持つ唯一の範囲攻撃スキル。
炎が如き闘志を炸裂させ周囲の敵を攻撃するアクティブスキルを用い、群がってくる【
……しかし、下級モンスター相手でも、俺の下級の範囲攻撃スキルでは吹き飛ばし仰け反らせる事はできても倒すには至らない。
――虫なら地属性で炎が弱点、というのが定石だが、やっぱり砂漠の虫は無理かっ!
だが、それで良い。倒せばモンスターは光の塵になり戦利品を残して消失するが、倒せなくてもそれはそれでそのまま他のモンスターに対する
『KISSYAAAAAAA!!』
「ちぃっ!」
間髪入れずに数匹の手下を引き連れた【
ボロボロの盾で受け止め、逆に槍を圧し折り体勢を崩し、全力を込めて首を刎ね、絶命させる。
――即座に、息つく暇もなく三匹の【ポイズン・スコーピオン】がその毒針で突き刺そうとしてくるのを寸でのところで避け、なんとか距離を取る。
「って、多すぎるだろうがッ! 何処からこんなに湧いて来るんだ!?」
『もしかしたらマスターのさっきの口上を聞いてやってきたのかもしれませんわね! 流石私のマスターは人気者ですわ!』
「こんな状況で人気でも嬉しくないんだがぁ!?」
しかも大声のせいという可能性は普通にあり得そうなのが困った所だっ。
戦闘が始まってから数分……既に10体以上の魔蟲を倒してきているが、状況は一向に改善されない。
減った先からそれ以上の数の魔蟲が何処からともなく現れそのまま俺を攻撃しにきたり魔蟲同士で喰らい合ったりしていた。
……全てがこっちに向かってきている訳ではないのは不幸中の幸いだが、それでも厳しいのは変わらない。
それにーー
『GULUEEEOOOOOO!!!』
「ーーぐっ!?」
来て欲しくなかった、真正面からの【亜竜地蟲】ーーこの場において最強の存在の突撃。
――
この数分の間の、三度目の突撃。
それまでのたった二回で、
衝撃は逃しきれず、【HP回復ポーション】で回復したものの低くないダメージを負い、貫通してきた威力によって数値には問題なくともそれは間違いなく疲労として蓄積されているだろう。
そして、脅威なのはその
他の魔蟲達とは一線を画す程の、盾を構えるのが精一杯のその
渾身の力を込めて長剣を振り下ろしても、甲殻に僅かな傷を付ける事しかできない程の
これだけ数が居ても、俺に対処でき、倒す事の出来る他の魔蟲達ーー下級モンスターとは、まさしく
――一応話には聞いていたが、こんなに厄介なのか、亜竜級というのはーー!
全く、
今まで持ち堪えられて居たのも、こいつが周りの同族に配慮でもしているのか、そこまで頻繁に突撃してこなかったというそれだけに過ぎない。
……正直に言って、この盾すら良くて後2、3発程度しか耐えられないだろう。
その後の事は――まぁ、想像に難くないという物。
「くっ、はぁッ! ちなみに一応聞いておくが、何か秘策があったりするかな!?」
『実は、システムウィンドゥに記載されていない真の力が――あったら良いなって私も思いますわ! だって――』
「『――その方が格好良いから
『……まぁ、残念ながら私にはそういうのはないのですけど……』
「はっはっはぁ! 知ってた!」
良い感じに漫談しながら――割り込んで襲って来た【レッサー・タラテクト】を斬り捨てる。
……口では、そう明るく振舞ってはいるが、状況は悪くなっていくばかりだ。
一向に減らないモンスター。
まともにダメージの通らない、太刀打ちできない
戦闘経験の殆どなく、年のせいもあるのか集中力もヤバそうだ。今は精神力を主に使って戦っているような物だろう。
装備は限界寸前の盾だけでなく、多方からの下級モンスターの攻撃を受け続けて鎧だって傷が目立ってきており。
その上で重篤な状態異常にこそなっていない物のHPは既に半分程度しか残っていない――
まさに、誇張なしで詰みの一歩手前、と言った所だ。
戦闘が始まってからの数分がもう一度経つその前に、間違いなく俺は死ぬ――デスペナルティになる事だろう。
他者から見れば、先の様な漫才をしている場合か、と突っ込まれるかもしれない。
だが――
「どうしたどうしたぁ! 俺一人――ってうおぉ!? 煽りの途中に攻撃とは!」
『珍しい
「確かに、なぁ――!!」
詰みを自覚して尚――全力で、魔蟲達との戦闘を繰り広げ続ける。
下級の魔蟲が心なしか少なくなってきたからか、頻度の上がった【亜竜地蟲】の突撃を寸での所で避け、反撃をするも当然ながら甲殻で弾かれる。
状況は、確かに全く良い所はない。辛うじて経験値と拾う余裕のない
……しかし、だからと言って
「そら、もう一体――ッ!」
『流石マスターですわ! もう一体、もう一体っ!』
「よっしゃ任せろぉ――!!」
――以前、俺が知る限り最も才能があるように見えた、とある知り合いにこんな話を聞いた事がある。
“諦めなければ、それを続けていればどんな小さな可能性だって在る”のだと。
ある意味では、それは当たり前の事だ。
言い換えれば、諦めれば、それをやめれば、その可能性は零になる――そんな当然の摂理の話だ。
当然の話であると同時に――それはとても、とても辛い道の話でもある。
誰だって現在の状況や己の立場、能力、リスクをデメリットを他者との関係を己の未来を鑑みて、その可能性が低いと考えたなら――これまた“当然”の如く、
それで尚低いその可能性を信じて、それを成せる者なんて、本当に一握りしか居ないだろう。
本物の“狂人”か、本物の“天才”か、本物の“強者”か、あるいは……本物の、
俺は確かにその話を聞いてそう思っていたし、恐らく世の中の人に問いかければその反応こそが過半数を越える事だろう。
しかし。
……それを言い放ち、そして実践していたあいつの何と輝かしい事か!
そして……こうも思うのだ。
――叶う事なら、俺も“ああやって”生きてみたかったのだと!
己が望み、願った事を最後まで諦めずに。ずっと、ずっとだ。
漫画や小説の主人公の様に、どんな困難でも、どんな強敵を相手に一歩も引かずに、
そういう――
年甲斐もなく、少年の頃から本当はそうやって生きていたかったのだ!
だから。
「へっへ……ほら、この程度じゃ倒れてやれないぜぇ!」
『その意気ですわ。ファイトですわ、マスター!』
【レジェンダリー】の声援を確りと受け止め――戦闘を継続する。
……本当の“英雄”って奴なら、どうやってかはともかく既に危機的状況を脱するくらい出来ているのだろうが、まだ英雄志望を自称する程度の俺ではこれが限界だ。
まぁ、“英雄”という肩書は軽くない。
この新たな世界、新たな俺の“死”が終わりではない以上、ここで死ぬからと言って悲観する意味は全くない。
それに――俺は、既に勝利条件を満たしているのだから。
……そう。
エンブリオの孵化とその後のハイテンションで意識から外していたが――本来の目的、つまり勝利条件は、他の仲間達が逃げ切れる時間を稼ぐという事だったのだ。
戦闘開始してから今までに経った時間を考えれば、むしろ完全勝利と言っても過言では、ない!
「そういう訳で既に俺はお前達に勝っているからな。ふはははー!」
『謎論理を打ち立ててからの勝利宣言は小物っぽい気がしますわね、マスター!』
「ぐぬぅ!?」
い、今のは挑発だしと、【レジェ――微妙に長いし、レジェンダリアと被るからレンで良いか。レンに言い返そうとする。
『『『『KYSYGLUEUOAOAAAAAA!!!!!』』』』
「――うぉおおお!?」
挑発が聞いた訳でもないだろうが――タイミング良く(俺にとっては悪いが)残りの魔蟲達の大半が――【亜竜地蟲】が含む大勢の蟲達がその飛翔能力や身体の小ささすらも活かし、同時攻撃を仕掛けてくる――
(――こいつは不味い!)
回避――方向、速度、密度。あらゆる意味で無理だ!
迎撃――数が多すぎる上に【亜竜地蟲】がどうしようもない!
盾による防御――半分以上取り逃すし、もう厳しいかもしれないが、これしかねぇ!
『――マスター!』
「分かってる! ――ファイトォオォォォ――!!」
レンの激励を受け、気合いを入れて大丸盾を眼前に突き出し、踏ん張って耐える姿勢を作る。
――ギリギリの所で【亜竜地蟲】の突撃をこれで受け止め逸らせ……られたとしても、無数の小型の魔蟲達が足や腕に喰らい付き、そのままHPがゼロになるだろう、というセンススキルの予感を感じていても、だ。
それでも。
それでも、最後まで全力で凌ぎ切ってやるのだと。
俺自身の為にも、俺から生まれ、こんな俺を精一杯応援してくれているレンの為にも。
……そして、
“まだ数分しか経っていないから”
……仲間達が、少しでも遠くに、無事に帰れる様に。
諦める必要なんて何処にもないのだと――そう何処までも信じ切って。
――諦めなければ、可能性はいつだってそこにある。そうだろう? ――――
……そう、心の中で呟き、【亜竜地蟲】の激突に備えようとして。
「ったく。おっさんがらしくない事してんじゃねーよ!」
――その時、つい最近聞き慣れていた声が聞こえた気がした。
いや、声だけではない。
俺よりも高い――エンブリオのステータス補正のお陰だ――AGIで砂漠を掛け、俺に駆け寄り、
そして。
「――《絶対切断剣》ッ!!」
そのエンブリオ――【デュランダル】の固有スキルを発動させ、【亜竜地蟲】に斬りかかった。
突然の乱入者に、俺よりも若干早いその動きに、亜竜級としては
――られる筈がなかった。
それもその筈。【剣士】の彼――ライザックのエンブリオ、【デュランダル】の能力特性は切断。
あらゆる物理防御力を無為と化するその名の如く絶対切断を可能とするその固有スキルは。
その狙い違わず、今まで俺が掠り傷しか付けられていなかった【亜竜地蟲】を左右に両断し、絶命せしめた――
「びゅーてぃふぉー……じゃなかった。何か一気に見せ場取られた気がする――ッ!?」
「おい、ボロボロの癖に余裕じゃねーかこのおっさん。何処が満身創痍なんだ!?」
「――いえ、私のエンブリオで見た所、間違いなく満身創痍だった筈なのですが……」
漫談しながら彼が来た方をふと見ると――いつの間にか、他のパーティメンバー達も此方へ向けて走り寄ってきており、戦闘態勢に入ってきている。
……あるぇー? 俺、皆を守る為にここに一人で残ってた筈なんだけどな?
見た所全員無事な様でそこは何よりなんだが、何故戻ってきたのか――
「すいませんっ、キングさん。これには少し事情が――」
走り寄り、【HP回復ポーション】を渡してくれながらも説明してくれるのはナームルさんだった。
というか、他の皆は最早出し惜しみせずに
(【修道士】の彼女はともかく)
――回復して、戦闘に再び参戦する僅かな間に聞いた説明では、こうだ。
俺が離脱し、敵の足止めに向かってから少しの間は、俺が言った通りに皆最寄りの都市、コルタナに向けて全力疾走をしていたのだが――俺と魔蟲達の姿が見えなくなるくらい遠くに移動してから、一連のやり取りの後から漸く冷静さを取り戻した【弓手】のコール君が待ったを掛ける。
<マスター>であり、死が終わりではない自分達が命惜しさに仲間を見捨てるのは如何な物かと、ここは一見無謀であっても共に戦った方が
ティアン――NPCであるナームルさんに後の報告を任せて突撃して華を咲かせてみないか、と。
……そこから発生したのは、パーティを二分しての激しい言い合いだったらしい。
【剣士】のライザック君と【狩人】の彼女はリアル時間24時間の強制ログアウトという、普通の他のゲームと比べても重過ぎるデスペナルティを厭い、それに反対し。
コール君は先の意見を覆さず、ティアンでありこの世界の命に間違いなく限りのある筈のナームルさんは職業倫理か罪悪感からか彼に積極的に賛成し。
【修道士】の彼女はどちらとも言えず中立――
状況はそこで暫し膠着していたのだが――そこに、【修道士】の彼女のエンブリオの孵化が趨勢を覆した。
彼女のエンブリオは奇しくも疑似的な遠視の効果を持つ固有スキルを所持していた様で、それで現状の俺の様子を確認してみた所――【亜竜地蟲】はともかく、他の大多数の魔蟲からは今も尚耐え続けているという事が分かったのだ。
――未だに自己犠牲の献身を全力で続けている、と。
……別に俺はそういうつもりではなかったのだが、それで議論の趨勢は大きく変わる事になった。
流石のライザック君や【狩人】の彼女も微妙に罪悪感を刺激させられ、また足を止めて結構な時間が経っていた事もあり体力も回復していた事から結局は出し惜しみもない全力であの窮地を切り抜けるという事になった様だ。
最大の攻撃能力を持つ【デュランダル】をそれ以外で攻略が無理であろう【亜竜地蟲】に宛がい、そうして作戦は実行され――そのまま上手く行った、という事だ。
簡単に話を聞いた後は俺は簡単に謝意を伝え、また、残りの大量に残っている下級の魔蟲達を掃討する為に、前衛を慣れないワントップで苦労させていたライザックに続いて参陣する。
……口元に、小さく今までとは少し違う笑みを浮かべながら。
『ふふふ、良かったですわねマスター! 頑張った甲斐がありましてよっ』
――ああ、全くだ。どうやら幸運の女神様という奴は俺に微笑んでいてくれているらしい。
これは幸先が良い、という奴かもしれんな。
『――いいえ、マスター。それは違いますわ』
――――うん? それはつまり?
戦闘を再開しながらも
……俺としては、運が良かったと言うしかない物なのだが。
確かに頑張った甲斐はあったし、助けに来てくれたのもとても嬉しかったが――
『そこですわよ! 皆様の援軍は、マスターが“諦めずに、ずっと最善を尽くして戦っていた”からこそ、戻って来てくれたのだし間に合ったのですわ! それを唯“運が良かった”で〆ては駄目ですわよ?』
――――――――なるほど、確かに万理ある。
確かに、運が――運命の賽子の目が良かったというだけではない。それだけの事ではないのだと。
その
『そういう事ですわねっ。――ええ、とてもよかったと思いますわ。
ああーー確かに良かった。年甲斐も無く熱くなった甲斐があったという物だ。
……しかし、努力が必ず報われるとは限らないし、むしろ現実では、そして現実に限りなく等しいこの世界では猶更の事だ。
実際に運が良かったという面がないとは言えないが――むしろ、ここは俺ならば……いや、“俺達”ならばこう言い換えるべきなのだろう。
――これで俺も、
ならば、やはりこれは諦める必要なんか全く無かったのだと。――誰に憚る事無く誇りを持って目指せばいいのだ。
――――『英雄』への道という奴を。
「そうと決まれば……これからもよろしく頼むぜ、相棒よ!」
『勿論ですわ! 此方こそ、どうか末永くよろしくお願いしますね♪』
「おっさんが苦難からついに壊れて独り言言い始めやがった……!」
……まぁ、そんなこんなで色々あった、<Infinite Dendrogram>での初めての狩り/臨公は、終わり良ければ全て良し、という感じで終わったのだった。
まぁこれからも暫くは同じパーティで組んだり、ナームルさんにも絡んだり教えを請うたり、クエストをしたりする、毎日が違うカルディナでの日々が続くのだが――それはまた別の話。
つまり、一言でまとめるとこういう事だ。
――――俺達の戦いはこれからだ!
……打ち切りでは、ない!
Episode End…………
ステータスが更新されました――――
名称:【秘炎月竜 ピラトゥス】
<マスター>:リディア
TYPE:ガードナー・チャリオッツ
能力特性:指定対象の守護
スキル:《火炎ブレス》《守護霊竜》《与える月雫》
モチーフ:ピラトゥス山の竜伝承より“ピラトゥス”
紋章:体躯と尾で覆い囲い守る竜
備考:本文では僅かしか出番がなかった初出がハメだったらヒロインになってたかもしれない【修道士】の彼女ことリディアの<エンブリオ>。
肩に乗せられる程度のサイズの小さなドラゴン型のガードナーであり、一応ガードナーとしての戦闘能力もあるが体躯に見合ってそんなに強くはない。
だが、その本領はガードナーとしての戦闘能力ではなく……指定された対象に“憑り付き”、発揮されるチャリオッツとしての力。
《守護霊竜》によって戦闘能力を失い霊体化して憑り付き、その対象を守護する事を得意としている。
守護対象の被ダメージカット、HPSPMPの自然回復力の強化や<マスター>であるリディアとの知覚共有なども行える。
今後は進化によってサイズ(可変)や戦闘能力が強化されたり守護対象に<マスター>から遠隔で支援を行える様になったりといった順当な強化がされる事だろう。
名称:【真紡譚姫 レジェンダリー】
<マスター>:ザ・キング
TYPE:メイデンWithアームズ
能力特性:足跡・称号
スキル:《貴方が紡いだ英雄譚》他称号多数
モチーフ:神話や伝説の総称そのものである“レジェンダリー”
紋章:欄外から声援を受けるエクスラメーションマーク
備考:アクセサリー枠を使うバッジ型のアームズに変形するメイデンの<エンブリオ>。
メイデン体は金髪碧眼縦ロールの超テンプレお嬢様の如く容姿をし、食癖として“味がある”……あるいは、“一味違う”物を好む。独創的であったり特徴的な物と言っても良い。
ジャイアントキリングに成功すれば正しくお前がヒーロー(ジャイアント)だ……とちょっとメイデンの意味を履き違えたかのような実績や他者からの“称号”を固有スキルとして形にする変則的にして疑似ラーニング能力と言うべき固有スキルを有する。
実際は【犯罪王】の《犯罪史》と似たシステムにより、他者により呼ばれた“称号”“異名”“渾名”“二つ名”等に付属する感情や意味のリソースを増幅、変換して固有スキルとして獲得している。
問題は<エンブリオ>としての機能が本当にそれに特化しているため、初期の初期はおまけみたいな初期称号しかなくステ補正もほぼ最低値の状況から他の<マスター>達が大量に蔓延るこの世界で“称号”を手に入れるのです! とか実質言っている所。
自分のマスターならそれくらいできると確信していたのだろう。ザ・キング頑張った。
いくらラーニング型とはいえ他を切り捨て過ぎなのである……!
そんなザ・キングと【レジェンダリー】の活躍は打ち切りではなく、今後もツイッターにて開催中の#デンドロ代理プレイ企画にて不定期に紡がれていくので気になった人は是非足を運んでみてください(ダイマ)。
もっと言うとデンドロ代理プレイ企画に参加してくださーい!