無限の世界と交錯する世界   作:黒矢

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前回のあらすじ:リアリティ極まるVRMMORPGをやってぼくのかんがえたさいきょうのロールプレイをしない、って選択肢はないですね……


ザ・キングの場合/彼は《“■■■”》:前編

□<商業都市コルタナ> 【守護者(ガーディアン)】“メイン盾”ザ・キング

 

 

「お疲れさまでしたーっとぉ!」『お疲れさまでしたわ、マスター!』

 

 時は初冬。

 この<Infinite Dendrogram>内時間では、既にサービス開始から一年近くが経過し、そして即ちログイン時間が廃人レベルである()も相応の時間が経っていたその時。

 冒険者ギルドから一人の人間が――<マスター>が退出してきた。

 厳つい風貌の全身鎧に、威圧感を振り撒く鬼を模した一角を携えたフルフェイスヘルム【戦鬼の兜】を被った、ヴィラン(悪役)風味の戦士だ。

 その鎧も兜もかつてとは違い正しく歴戦の貫禄を持つに相応しい逸品であり、実際日常の如く亜竜級モンスターとの衝突にも耐え得る高い防御力を秘める代物だ。

 だが、そんな風貌には似合わぬ軽快な退店時の挨拶から、そしてやはりその特徴的な“兜”から……周囲の人は直ぐに納得する。

 

 ――ああ、“兜の人”か、と。

 

 

 ……非常に残念な事だが、<マスター>に兜を、とりわけフルフェイスヘルムを装備する人は少ない。

 致命部位である頸部と頭部を守る非常に重要な防具であるのだが……まぁ、<マスター>が活躍する様な戦闘、<エンブリオ>や〈UBM〉の固有スキルのぶつかり合いには特典武具でもない防具なんて大した防御力を発揮できないのだ。

 そうでなくとも<マスター>は不死身であるし……そして何より、兜を被る事によるメリットよりも圧倒的に多いデメリットが勝るからだ。

 まず金属製の兜は非常に重く、慣れないと装備したまま戦闘機動を行うのは困難であるし、視界も大幅に制限されると言う実利的な面。

 そして、この世界を遊戯(ゲーム)として遊びに来ている面々からは……頭部の装備と言う、ファッションセンスの見せ所、自キャラの明確な()()()()要素の基点に無骨な兜なんてありえない、と言うのだ。

 ……この世界には兜以外にも頭装備は無数にあり、作る事もでき、そして基本的に形状の違いによる防御力の差異こそあれ、それはゲーム的な優位とは一概に言い切れないものがある。

 視界系の装備スキルを付与しやすい眼鏡型頭装備に耐性や多様な装備スキルを両立しやすい帽子や髪飾り型の頭装備。

 被り物の類の頭装備などは素材や付与された装備スキル次第では普通に金属製の兜と同等以上の防御力も発揮する事もあり、そして何より――ネタになったり、格好良かったりするのが多数である。

 気合を入れて美男美女にキャラクリしたのに顔面を全面覆ってしまって台無しになる兜とは大違いなのだ!

 …………非常に遺憾であるが、この<Infinite Dendrogram>における<マスター>の兜に対する評価と言うのは、“色々と不便なのに十把一絡げになぎ倒されるモブみたいになってヤだ”というのが大多数なのだ!

 

 そして、だからこそ――初期から兜を常用している<マスター>と言うのは目立つ。

 それも、ある程度特徴的な兜を装備しているのなら尚更――それを元に()()()()()()()()程度には、()()()()()()()()のだ。

 

 そう、つまりはこの俺、<エンブリオ>によって“称号”コンプ(!?)の業を背負う羽目になった<マスター>であるザ・キングこそが“兜の人”なのであった――!

 

 

 さて、そんな俺は今日も今日とて他の<マスター>達と臨広パーティを組み、割とよく見かける危険指定モンスターの討伐クエストを受注。

 そしてその討伐クエストも終え、つい先程冒険者ギルドでパーティを解散してきたばかりという訳だ。

 いつも通りの変わりない日常の一日。

 

 ――では、その日はなかったのだ!

 

「――よおおぉぉぉぉっし! やったぜレン! 今日はお祝いダー!」

『ええ。やりましたわね、マスター! この時をどれだけ待ち侘びた事かっ!』

 

 冒険者ギルドからある程度離れた所で、レンと――俺の<エンブリオ>、【真紡譚姫 レジェンダリー】とその日の喜びを分かち合うのだった。

 それと言うのも――

 

 その変化は――恐らく、全<マスター>が待ち望んでいるモノ。

 【レジェンダリー】のアームズ形態――否、()()()()()()()()()()のバッジの豪奢さは数割増しになり、それから得られる力も今までとは比べ物にならない程に大きい(気がする)。

 新たに得た力、新たに得たハイエンドカテゴリーへの進化、変わらぬステータス補正に新たに得た“称号”。

 即ち――

 

 

 ――よし、それじゃ改めて……<上級エンブリオ>への進化おめでとうだ、レン!!

『ありがとうございますわ♪ これもマスターの日頃の活動の賜物ですわね!!』

 

 そう!

 苦節一年。数多のクエストと冒険の果てに俺の<エンブリオ>であるレンが第四形態、上級<マスター>の証とも言われる<上級エンブリオ>への進化を果たしたのであった――――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――とは言え、だ。

 

「まぁ分かっていた事ではあるが……やっぱり<上級エンブリオ>に進化しても、“称号”の許容量以外殆ど変わってないみたいだなぁ」

「一応、進化する毎に“称号”の効果に僅かではありますがボーナスは付いている筈なのですけどねっ」

 

 その後。

 冒険者ギルドから出た俺達は場所を少しお高いカフェテラスで俺とメイデン体になったレンは顔を突き合わせ――<上級エンブリオ>に進化したレンの力を確認していた。

 尤も、ある程度の概略はクエスト中、進化した直後に確認していたので今やっているのは進化した能力の確認と言うよりは……今後の為の作戦会議なのだが。

 ちなみに、進化おめでとう会も兼ねている為、テーブルの上には【SPとろける黒蜜バニラアイスケーキ】のホールが鎮座している。

 ふっ。レンと俺ならこれくらい合間にぺろりなのだ。……リアルでぺろりしたら後々猛烈に後悔する事になるがな!

 

「進化と同時に新たな称号が二個、そして連鎖してもう一個……最近はあまり増えて無かったから嬉しいもんだ」

「マスターは良くやっていると思いますわよ? でも、人々にどれだけ響くかはどうしても運否天賦ですものねぇ……」

 

 そうなのだ。

 俺はこう見えて……と言う程でもないが、“英雄”を目指す為、そして【レジェンダリー】の固有スキルによる“称号”獲得の為にこの一年まぁ()()やってきた。

 その多くはクエストを介した人助け。(時と場合を考えて)見返りを求めず、可能な限り力を尽くし他の人を巻き込んででも色々やらかし人々の助けになってきたつもりだ。

 それと同時に<マスター>間での臨公パーティにも参加し、レベル上げを行うと同時に積極的に自分を売り込んでいった。

 戦闘能力としては高い部類ではないが、<マスター>は防御特化ビルド、所謂タンク型は人気がなく供給が少ない為、こんな俺でも役に立つ所はあるのだ。

 最初に組んだ彼らを始め、仲良くなった相手はティアン<マスター>を問わず相当な数になっていると自負している。

 

 だが……

 

 俺は【レジェンダリー】の詳細ウィンドゥを確認し……最初の戦い以降で取得する事が出来た“称号”を再確認する。

 

 

 《“兜の人”》:パッシブスキル

 自身が“兜”に属する頭装備品を装備時、その兜の装備性能を二倍にする。

 

 《“便利屋”》:パッシブスキル

 自身が習得している汎用スキル・センススキルの効果に+10%の補正を得る。

 

 《“煽り屋”》:アクティブスキル

 “挑発”と同時に使用する。対象に【逆上】の状態異常を付与する。

 

 《“ちょっと頭のおかしい人”》:パッシブスキル

 自身の精神系状態異常耐性に+50%の補正を得る。

 

 《“廃人”》:パッシブスキル

 自身のHPと【気絶】【睡眠】【強制睡眠】に対する耐性に+30%の補正を得る。

 

 《“不死身”》:パッシブスキル

 自身のHPが0になっても30秒間【死亡】せずに活動する事ができる。

 

 

 《“異邦人の物語・上章(チャプター・メジャー)”》:パッシブスキル

 自身の全ステータスに+20%の補正を得る。また、自身が獲得する経験値量に+5%の補正を得る。

 

 《“名誉欲”》:パッシブスキル

 《貴方が紡いだ英雄譚(テイルズ・オブ・エピック)》が他者から呼ばれる“称号”を認める閾値が低下する。

 

 《“メイン盾”》:パッシブスキル

 自身のENDに+50%の補正を得る。また、攻撃を受ける際の衝撃を50%軽減する。

 

 

 ……以上!

 《“異邦人の物語・序章(マスター・プロローグ)”》《“私だけの同調者(ザ・キング)”》《“見習い戦士”》を入れて、合計で“称号”が12個。

 しかもその内何個かはレンがリソースを使って()()()()いる様だし。

 それを考慮すると――やはり、少ない、と言わざるを得ないだろう。

 

 ……いや、勿論。<エンブリオ>の固有スキルの数としては十分に多いのは分かっている。

 しかし、事は実質ラーニング特化型エンブリオだという事や、単体の性能として見ると下級職のジョブスキル程度の物も幾つかある事を考え。

 更にステータス補正やアームズとしての装備補正がほぼ無いに等しい事を含め、その上でWikiやインターネットで見る他の人達の<エンブリオ>と比較すると――

 

「やだ、俺の“称号”取得数(リソース使用量)少な過ぎ……?」

「どうやらこの国の人達にはマスターの良さがあまり伝わらない様ですわね! 銭ゲバばかりですからねっ」

 

 おっと事実だがそれを言っちゃあ御終いだ! ついでにこの会話を誰かに聞かれてた場合の俺の評価も御終いだ!!

 

 ……事実だが!

 

 だが、それでも俺の事を、俺の活動を評価し感謝してくれている人達(ティアン)も確かに居ると言うのも事実だ。

 最初の冒険(臨公)で出会ったナームルさんとか、いつも他の人が請けない依頼を請けてから仲良くなった冒険者ギルドの受付さんとか、門番の衛兵さんとか気風が良い武具屋の店主殿とか、道具屋の婆さんとか、他にも他にも――

 

「……だが、レンの言葉にも一理はある。別に蔑ろにする気は全くないが、同じ人達とばかり関わっても既に呼ばれている“称号”で呼ばれるだけで、新たな“称号”には繋がりにくいからな」

「“英雄”への道は長く険しく、ままならない物ですわー……我ながら不甲斐なくて申し訳ないです」

 

 いや、レンがちゃんとやってくれている事は知っている。

 正しく俺の“半身”として、ログイン時間の割に大した成果を上げられていない俺をずっと、変わらず応援し支え続けてくれている。

 今でこそ現状を確認して若干凹んでいるが、それでも常日頃から俺の中で(念話で)明るく声を出して俺の……“俺達”の夢に向かって声援を送り続けてくれていた。

 現金なものだが、そんな心からの声援があるだけで人は、俺はいつだって全力で目標に向かって進み続けられるという物なのだ。

 

「そ、そうですの? それなら嬉しいのですけど……!」

「うむ。勿論だ。俺は心の中で嘘を吐ける程器用じゃないからな!」

 

 ――だが、それはそれとして!

 

 やはり、新たな“称号”を獲得する為には何らかの抜本的な改革が必要な時が来たのではないかと思うのもまた事実だ。

 <上級エンブリオ>になって新たに得た“称号”――《“名誉欲”》のお陰で敷居が下がっている(筈だ)とは言え、先程の懸念の通り同じ様な事を繰り返しても新たな“称号”を手に入れる可能性は低いのだから。

 

 だが。

 

 

「「どうすれば有名になれるんだろうなぁ(でしょうねぇ)……」」

 

 

 勿論。

 俺のリアル職業――元、ではあるが――の経歴からすれば、ある程度は思いつくが……それは、リアル側のコネと伝手があるが故に出来る事だ。

 誰か有力者にスポンサーについて貰ったり、広告を打ち出して宣伝したり、自分から【吟遊詩人(バード)】や【語り部(ストーリーテラー)】の人らに売り込みに行ったり。

 まず現時点でそんな有力者にコネも伝手もなければ売り込みに行ったり宣伝したりする程の財力もないという点を除けばそれらが一番なんだろうけどなぁ!

 

「以前やった様な、【語り部】でまた私達の活躍を語り弾きするのはどうでしょうか? 一度だけでしたけど、前回は結構ウケましたし、またやれば“称号”が手に入るかもしれませんわ!」

「やっぱそれしかないかー。あれは有効な時と場所を探すので割と時間が潰れるんだが……うむ、致し方ないな」

 

 元芸能人としてのリアルスキル此処に極まれりと言うべきか、昔取った杵柄と言うべきか。

 下級職である【語り部】のジョブ一つでまぁそこそこ()()()即興劇に出来るというのは戦闘能力がそこまででもない俺の数少ない得意技の一つだ。

 他の<マスター>と違い、<エンブリオ>を頼ってより強い力を発揮するのではなく<エンブリオ>の力を発揮する為に自らが事を成し遂げなければならない俺としては、やはり生来の職を活かすのが最もやり易いのは確実なのだ。

 問題は、只でさえ伝手や繋がりもないのにそっちの界隈の人に話も通さずに実行したら益々その系統のティアン(現地人)に煙たがられるという点だ。

 ……まぁ、ぶっちゃけ最悪“悪名”でも“称号”に成り得るだろうから究極的には問題ないが、個人的にはそんな積極的に波風を立てたくはないのだが――――

 

 

「おや、キングさん。どうやら名を上げる方法を求めているようで? ――もしよろしければ私にも協力させて貰っても良いでしょうか? 悪い様には致しませんよ」

 

「おお、これは奇遇だな、()()()()! 何やら妙案がある様だが――是非にお聞かせ頂きたい!」

『わぁ胡散臭い人が来ましたわっ!』

 

 こらこら、エフさんは俺的には(多分)良い人だぞー……胡散臭いのは俺共々あまり否定できないが。

 

 ――――【高位書記(ハイ・セクレタリー)】エフ。

 彼はそのジョブと言動で示している様に……この<Infinite Dendrogram>の世界に非日常体験の突撃取材を行う為にログインしていると言う奇特な<マスター>だ。

 俺と彼の接点は彼が以前出していた『質の良い非日常体験についての取材を受けてくれる<マスター>を募集します』という冒険者ギルドに貼りだされていた他の依頼(クエスト)と比べても異質な依頼がきっかけだった。

 当然の如くそれに応募し、酸いも甘いも混ぜ合わせたログイン時間廃人としてこの世界に長くいる事で体験した様々な経験について熱演してみせたのだ。

 それでエフさんの心を揺さぶれて新たな“称号”獲得の礎になれば良し、ならなくてもこういった他の人があまり請けない様な依頼を請けるのも俺のこの世界でのライフワークの一つだし、何より前述の通りそれ(吟遊)は得意分野の一つでもあったからだ。

 ……結果として、俺の演技のクオリティかそれとも語った体験の内容か、あるいはその両方のお陰かそれとも普通に依頼を請けてくれる<マスター>が殆ど居なかったせいか、エフさんは俺の話を大層気に入ってくれて以来、数度に渡ってまた同じ様な依頼を請け続けている――そんな仲であった。

 

 さて、そんなエフさんであるが――勿論、リアルで作家であると語るのに申し分ない程の見識や様々な手段で得たこの<Infinite Dendrogram>での体験も併せれば、確かに俺達が考えるよりも尚良い案を思い浮かんでいても全く不思議はない。

 彼には例の取材の際に兼ねてより有名になりたい旨や――“英雄”を目指しているという事を明かしていた。

 ならば、()()を叶える為に俺の背中を押す事は彼にとってのより良い“取材”になるのだろう。

 むしろ、その為に全力で踊る俺を特等席で眺められるという彼にとっては上質の報酬まであるのだから、彼としては本気で助力してくれる筈だと思いたい。

 取材としては俺が成功しようが失敗しようがどちらでも良いだろうが――コケる事が確定している事を眺めるのはそれはそれで詰まらないとか言うだろうからな。

 ……これまた昔取った杵柄と言うか、普通に体験談だが――作家と言うのは大体そういうものである(偏見)。

 

 

「さて、そんな訳で俺としては割と手詰まりに近かったから余程でない限りエフさんの提案に乗る用意はあるが――如何に!」

  

「私は読心できないのでどういう訳か分からないのですが……何、事は簡単ですし、そう難しい事ではありませんよ。――()()()()()()()()()()()()()()()、ね」

 

 そう言い、エフさんは若干溜めて――言い放つ。

 金色の眼光を観察と興味の色に輝かせて。隠してはいてもレンが言う様に胡散臭い表情を隠し切れずに――

 

 

「キングさん。――()()を買ってみませんか――――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴隷。

 それは――この<Infinite Dendrogram>の世界において認められたシステムの一つ。

 実にシンプルに、奴隷契約によって公的にも法的にも魔法的にも縛られ主人の命令を真っ当させられる――()()

 ……システム的には、従属モンスターの対象がモンスターではなく人間であると言う、ただそれだけの物だ。

 【ジュエル】に入れられるという点も、一部のジョブによって配下として強化できると言う点も、従えるのにキャパシティやパーティ枠と言う一応の制限があるという点も同じ。

 

 言葉にすれば、ただそれだけの存在だ。

 

 なるほど、確かに。

 

 自分の言う事を聞く人間が……奴隷が居れば、確かに俺の目的は……有名になると言う事は達成しやすくなるだろう。間違いなく、だ。

 直接“称号”を呼んで貰い定着させるのも、広報活動を行う際のサクラ(偽客)等にも使えるし、他にも他にも……使()()()はいくらでもあるだろう。

 

 俺はそれを知っていた。……確かにその存在を知っていたし、それでいて殊更自分から関わっていこうとは思わなかった。

 有用性もその存在を示されただけで幾らでも思い付ける程ではあっても、それでも自分から考える様な事はなかった。

 ……このカルディナならば。

 金と欲に支配されたこのカルディナならば――そこまで忌避すらされず、当然の如く多少の金銭によって許されていると、知りながら。

 

 

 ――――逃げていたのだ。

 ああ、認めよう。その存在を()()()()()()()() という事を、認めざるを得ないだろう。

 これでも多少のモラルと良心を持つ身として……“英雄”を目指す者として。

 それを認めたからには、知ってしまったからには――何もせずに放置など出来る訳がない。

 

 

 そう()()()を見て、その想いを更に強くする。

 

 カルディナの中も有数の商業都市コルタナ。

 ()()()気を使っているのか、そのバザールの中でも片隅に位置する様々な他国であれば違法スレスレの物品が集められた闇市。

 このコルタナで長く過ごしてきた私も、今まで一度も足を踏み入れなかった場所。

 

 日光を遮る布と、砂漠の上に申し訳程度にござが敷かれたその上に――()()は居た。

 

 憔悴し切った顔で項垂れる青年が。

 困惑した表情で辺りを見る亜人の子が。

 覚悟を決めた様に瞳を閉じ耐える少女が。

 自らの未来を悲観し物言わず抱き合い温もりを求める二人が。

 手足を喪う等と言った障碍すら持つ老人が。

 恐怖に震える子供が――

 

 皆一様に、ぼろ布を纏い何らかの束縛効果があるのであろう紋様に加え首輪と鎖で逃げられない様に繋がれ、そしてその前に……彼らの()()()()である値札を掲げさせられ、佇んでいた。

 値札には判明している分のジョブ適正の情報や才能、経歴についてもある程度記載されている。

 当然ながら店頭で売り出されている奴隷にプライバシー等という高尚な物は、ない…………

 

 

「――――――――」

 

「――さて。如何でしょうかキングさん。此れならば、此処のラインナップであれば貴方の目的に叶う奴隷も見つけられるでしょうが……()()()()()()?」

 

 

 無言で――無言で考え込む俺に、エフ氏が僅かに楽しげな声音を覗かせながら語り掛ける。

 恐らく、俺が何か()()()()のを期待しているのだろうし、予想していたのだろう。

 彼には今までの依頼もあって俺が所謂“世界派”である事も、どちらかと言えば良識派であるという事も識っているのだから。

 一昔二昔前の小説の主人公の様に此処で暴れて奴隷達を華麗に助け出すかあるいは失敗するか――そんな光景を内心で望んでいるのかもしれない。

 

 だが。

 

 (甘いぜ。全然甘いぜエフ氏よ――俺はそんな短絡的に行動する程若くはないんだぜ?)

 

 値札を見て、そして……自らの所持金の総額も頭の中で確認する。

 売り出されている奴隷一人一人の状態を確認し――内心で、()()についても繰り返し思考を続ける。

 

 (……俺が買える(救える)のは一人だけ、か)

 

 何を選ぶにしても、選ばないにしても……その選択は慎重にしなければならない。

 こんな大事なところで間違えたくはないし……後悔もしたくないからな。

 

 間違わなかろうが後悔しなかろうが――そう決断したからには後戻りなんて出来ないのだが。

 

 (そういう訳だ。すまんなレン。多分大分面倒を掛ける事になりそうだ)

『そんな面倒であれば望む所ですわよ。だって――マスター、()()()()()()をやらかすつもりでしょう?』

 

 その通りだ。

 上手く行っても上手く行かなくてもこの国からは出る必要があるかもしれないだろう。

 良い事とも悪い事も言い切れる事のできない――“英雄”にはほど遠い行為かもしれない。

 それがプラスになるのかマイナスになるか、博打でしかなく――

 

『――博打、上等ではありませんかっ。マスターは、私のマスターですのよ? 恐れるものなど何もありませんわ!』

 

 ……頼もしい奴だ。とても有難く、嬉しくもある。

 だが、それで決意は固まった。

 

 後は……この中から、誰を選ぶかだが――

 

 

「……キングさん? 如何されるかお決まりになりましたか?」

「おおっと。すまんすまん。少し考え込んでいてな」

 

 無言で、レンとの念話と思索の内に耽っていた俺を呼び戻したのはエフ氏の声だった。

 焦れたのか、それとも普通に待たせてしまっていたのか……これは多分後者だな!

 だが俺は謝らない! エフ氏も()()()を見たくて待っていたのだろうから。

 ならば、見せないなんて意地悪は言わないさ。

 むしろ――

 

 

「なぁエフさん――ちょぉーっとばかり手を貸して貰って良いかな? なぁに、エフさんにとっては()()()()()()()()()だろうさ――」

 

 僅かに驚愕した様な顔のエフ氏は――にやりと顔を綻ばせ、頷く。

 当然そう来るだろうし――俺もきっと、相当に悪い顔をしているだろう。

 そうと決まれば善は急げだ。

 数は力、俺はこう見えて<マスター>のコネもティアンのコネもまぁそこそこある方だからな。

 

 だが、まずは――

 

「時間を取らせて悪かったな店主。早速で悪いが、奴隷を一人買わせて貰おう。選ぶのは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□<商業都市コルタナ>冒険者ギルド・個室 【生贄】エメル

 

 今日も今日とて、都市国家群カルディナを選択した<マスター>達の初期スタート地点であるコルタナ――その多くが利用する冒険者ギルドは活気が途切れぬ満員御礼状態であった。

 しかし、そんな時でさえもその冒険者ギルド内に休める箇所と言うのは幾つも存在する。

 一つは当然、冒険者ギルドの従業員達が作業する作業場。

 受付とは違い、主に書類仕事や手続きの確認等を主とするそこは受付程ではないが相応に修羅場であり……それでも<マスター>が増加し始めた直後と比べれば天国と地獄と言う程に、今は環境が整っている。

 空調を整えるマジックアイテムやBGMを流すマジックアイテムなどがふんだんに使われ、快適な仕事環境になっているのは一度現場が潰れかけて市長が大損を喰らいかけたからだと言う噂がまことしやかに囁かれたり囁かれなかったりするが、それはさておき。

 もう一つは――冒険者ギルドの個室だ。

 防音や対スキルの防備も整った標準的な個室であり、ロビーや受付で応対するのが失礼に当たる相手や密談目的で使用されたり、秘密の依頼をされる時等に主に使われる事もある。

 また、ギルドからの評価が高い個人などからは多少の金銭によって貸し出される事もあり――そして今、その役目の通りにとある一人の冒険者……<マスター>に借り出されていた。

 

 尤も、今現在この個室を借りた<マスター>はこの一室には居ない。

 一人の少女を、つい半刻前に購入した“奴隷”の少女をこの部屋に残し、暫く此処で待つ様に告げて退室してしまったからだった…………

 

 

 (私、これからどうなるんでしょう……死にたく、ないです……)

 

 その境遇故か生来の物か、くすんだ灰色の髪に金色の瞳をした小柄な少女――ここに連れてこられた少女、【生贄】エメルはそう心の中で呟く。

 口に出して呟けば、何らかの形で自身の主である()()()に自分の発言が聞かれれば、何が切っ掛けで苛め抜かれ、殺されるか分からない。

 何せ、自分は“奴隷”なのだ。

 もはや誰に助けを求める事も出来ず、他者に生殺与奪の一切を握られた身。

 その手綱の握り手である主人に媚び諂うしか生きる道のない……人型範疇生物としての、最底辺。

 そんな存在に、自分はなってしまったのだ――

 

 (こんな事なら、お母さんの言う事、もっとちゃんと聞いておくべきでした……)

 

 ひと月前までは、まさか自分が奴隷になるだなんて想像もしていなかった。

 両親共に健在で、周りと比べて裕福ではない物の、貧困という訳でもない――どちらかと言えば余裕がある家庭であったのだと今更に回想する。

 そして、そんな家庭ではだからこそか、何度も何度も忠告されたのに……結局彼女は欲をかき、慢心し――挙句の果てにこの結果だ。

 本当に、口が酸っぱくなる程に言われていたと言うのに。

 ――“カルディナでは、他者の事を信じちゃいけないよ”、と――――

 

 その言葉を、懐かしい声音を思い出し、目尻に涙が浮かび……慌てて纏っていたぼろ布で拭い去る。

 何度自戒したってし過ぎるという事はないだろうから。……何が原因で主人に――人外魔境の怪物である<マスター>の癪に障るか、分からないから。

 

 (……怖い、です……)

 

 自らの境遇を、将来を恐れ案じ縮こまるエメルであったが――それも無理のない事だった。

 何せ、彼女を買った主人――<マスター>、ザ・キングは全身を厳つい威圧感を放つ全身甲冑と兜で覆った大柄の鎧騎士姿だったのだ。

 それも、道中は何か考え事でもしていたのか口数少なく、それでも知ってか知らずかその相貌からエメルに対する恐怖だけは与え続けていたのだから。

 

 そんな、エメルにとって恐怖の人となった主人に、“奴隷”としてこれから何をさせられるのか――考えるだけで恐怖を呼び起こすと言う物だ。

 愛玩奴隷としてなら、そんなに問題はない。

 問題がない訳ではないけれど――奴隷としてはまだマシな方だ。

 年齢や容姿からしてその可能性が高い事は彼女を売った【奴隷商(スレイブディーラー)】から聞いている。

 労働奴隷だったら……体力はそんなにない為、家事程度であればともかく重肉体労働をさせられたら満足に働けないかもしれない。

 それは困ると言うよりは……怖い。

 罰を与えられるかもしれないし、捨てられるか、あるいは――()()の可能性すら過ぎる事になる。

 戦闘奴隷であれば……彼女程度の戦力が<マスター>の望む戦力になれるとは思えない。肉壁にさせられるのはできれば勘弁したい所だった。

 彼女とて、両親以上の才能を――上級職になれる程の才能があり、それで慢心したとは言え、()()()()の才能しかないのだ。

 伝説に謳われる<マスター>の戦いに巻き込まれては、命が幾らあっても足りないだろう…………

 

 でも、しかし……それですら、()()の可能性と比べれば、全然マシだと思っている。

 そう、カルディナの奴隷の間でまことしやかに囁かれる“改造人源(エラー・ソース)”の()()に――

 

「よおぉぉぉっしできたぁーっ!! 待たせたな、エメルさんっ!!!」

「きゃあああぁっ!!??」

「うおぉぉっ!?」

 

 突如扉を開き部屋に入ってきた鎧騎士――ザ・キングのその声に驚愕しつい悲鳴が上がり――直後に蒼褪めて口を抑える。

 

 ――やってしまった。

 

 主の来訪に驚いて悲鳴を上げるなんて、奴隷としてあらゆる意味であってはならない失態だ。

 ――駄目だ。いけない。不味い。すぐに謝らないと……!

 

「も、申し訳ありませんご主人様! これは違……違うんです、私が勝手に驚いてしまったせいで――」

「む、うむ。あー、俺もちょっと急だったな」

「いえっ! ご主人様に落ち度はありませんっ! 私が――――!」

 

 恐怖と、混乱。

 彼女の境遇と状況に先の驚愕と合わせて、最悪の可能性まで想像してしまい恐怖に震え謝罪を繰り返す事しかできないのも、致し方ない事だろう。

 相対する主であるザ・キングも全身甲冑に兜と言う、表情も何も見えない姿だと言うのもそれに拍車掛けていたのだが、それはともかく――

 

『マスターマスターっ。(わたくし)、今になって気付いたのですが恐怖の悪感情はあまり口に合わないみたいですわ……』

「ええい、今言う事がそれかっ!? ほらエメルさん? 見ての通り俺は全然気にしてないから顔を上げてくれー」

『マスターマスターっ。マスターの装備的には見ても何も分かりませんわっ。むしろ【戦鬼の兜】が威圧感マシマシですわよっ』

「えっ……か、格好良いだろう? 角だぞ角ってああすまん怖がらないでくれ!」

『マスター、私が思うにとりあえずまず例のお願い――“命令”をしましょうっ。彼女みたいな子の場合それで落ち着けられると思いますわ』

「だが、あれ(命令)はきちんと説明してからと――」

 

 

 分からない。

 彼女は、エメルは眼前で()()()で会話をしている自分の主の事が――何も分からない。

 だが、それでもこれ以上失態を犯さない為にその言葉を一語一句漏らさぬ様湧き上がる不安と恐怖に抗いながらも聞き続け――彼女に何らかの“命令”をしようとしているという事は、何とか理解する事が出来た。

 命令されるという事は――彼女が何かしらに必要とされている、という事の証左に他ならない。

 

 ――必要とされている……まだ、私は必要とされている!

 

 必要とされているなら、命令されてやるべき()()があるのなら――その間は()()の可能性から逃れられるし、先の失敗を取り戻す機会(チャンス)になるかもしれない。

 そう考えたのは彼女の混乱したままの思考か、それとも素の思考か……だがどちらでも関係ない事だ。

 眼前の<マスター>、ザ・キングの“奴隷”であるエメルに、それ以外の選択肢なんて元よりないのだから。

 故に。

 

「――エメルさん。早速ですまないが君に“命令”させて貰おう」

「――はい、ご主人様。何なりとお申し付けください……」

 

 そう、例えどんな非道で過酷な内容であっても……“奴隷”は“主”の“命令”に逆らってはいけない。

 だから、エメルは頭を下げつつも目を固く瞑り、その為の覚悟を――

 

 

「良かった! じゃあ――これを」

 

 ――覚悟をしていた彼女に差し出されたのは……分厚い、何らかが書き殴られた紙束だ。

 ……何らかの書類と言う風でもない、台詞の様な物が掛かれているだけの、紙束だ…………

 分からない。やはり<マスター>の……ご主人様の求めている事が分からない!

 もしや自分は奴隷としてもダメダメなダメ人間なのでは、と一瞬だけ自問しつつも、新たな失態、恥だと自認しつつもその“命令”を達成する為に、聞かねばならない……!

 

「……あの、ご主人様。これは一体なんでしょうか?」

「うむ。良くぞ聞いてくれたな! それは俺とレンが小一時間掛けて書き上げた逸品――」

 

 ――彼女は知らない。分からない。

 鎧騎士の姿をした彼女の主、ザ・キングは実の所彼の奴隷であるエメルを酷い目に合わせる気なんて毛頭ないと言う事も。

 彼女を購入した目的も奴隷として酷使させる為ではなく、可能な限り便宜を図り救済する為と――()()()()()()()、ある大きな目的の為であると言う事も。

 そして、彼自身がTYPE:メイデンの<マスター>の世界派であり――その中でも突拍子もない事を仕出かす所謂変人の一人であるという事も――

 

「これは、この後やって貰う仕事の――()()だ!!」

「……??????」

 

 

 尤も……仮にそれを理解していた所で。

 奴隷である彼女に、既に万全に準備を整えてある、この後に彼が起こす“事件”を止める術はないのだが――――

 

 

 To be continued……


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