無限の世界と交錯する世界   作:黒矢

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前回のあらすじ:厄介オタクが爆発四散。オタッシャデー!


アウエラ・フランソワーズの場合/書を開き、頁を捲り、物語を読もう

□■霊都アムニール 【書痴(ビブリオマニア)】アウエラ・フランソワーズ

 

 

 幻想と魔法、そして神秘の国、妖精境レジェンダリア。

 その首都であり【アムニール】のお膝元でもある霊都アムニール。

 多種族の入り混じる他では見る事のできないファンタジーさを感じさせるが……それは何も、人間範疇生物だけに限った事でもない。

 そこに住まう動物も、モンスター(非人間範疇生物)も……そして、そこで生き抜いている植物も、数え切れないくらいに多種多様な様相を示しているモノだ。

 他の国とは比較にならない程の数多の動物やモンスターが居るのは勿論、世界最大の植物である【アムニール】の影に隠れる様に、庇護下に置かれる様に、その広々とした枝葉の下にはこれまたファンタジーな植物が多様に植わっている。

 魔力を糧に成長する物魔法的な特性を有する植物は勿論、辺りの水源を糧に独自に成長する物やこれまた多様な一部の亜種族の人間範疇生物によってその植生を助けられる事を前提として在る物も居ればアムニールの発する特殊な魔力のみを糧にして生まれ生育する物もあり、他にも、他にも、数え切れない種類の植物がレジェンダリアには存在していた。

 

 ……そして、その様な中でも一等特異な物も、当然ある。

 人食い植物ならぬ、()喰い植物であったり、〈UBM〉化したり、そもそも植物人間だったり。

 あるいは――植物型の<エンブリオ>であったり。

 

 武器防具(アームズ)従属モンスター(ガードナー)であったり、空飛ぶ植物(チャリオッツ)であったりと様々だが、植物の<エンブリオ>として一番多いのはやはり――キャッスルだ。

 ツリーハウス型の一般的な物があれば、大量の食物を、植物を育てるビニールハウスの<エンブリオ>もあり、更には非常に規模の大きな“森”、あるいは“山”その物の<エンブリオ>まで多種多様だ。

 そして、今回ピントを当てるのはそんな植物型のキャッスルの一つ。

 とある少女の――或る【書痴】の願いにより生まれた<エンブリオ>――――

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 本。

 本本。

 本本本本本本本本本本本本――――

 

 大樹型のキャッスルの――その地下室。

 キャッスルとしてはありふれた内部空間拡張のスキルによって外部からは想像できない程に拡張されたその場所には――数え切れない程の本と、それを収める本棚で埋め尽くされていた。

 ここの<マスター>の性格なのか、本棚の上部にはどの様な種別の書籍が収められているのか確りと記入されている。

 だが――その内容については、本当に雑多な物だ。

 

 遥かな過去を事細かに記された古文書があった。

 とある流派の超級職の秘奥を記した秘伝書があった。

 入門用の魔法スキルの構成の分解式を記した魔術書があった。

 且つての災厄すらも記された凄惨な過去を記す歴史書があった。

 【レシピ】にする前の、メモ書きの束にしか思えない様な手引書があった。

 幼子にこの世界における基本的な知識を授ける為の教科書があった。

 秘境や魔境、そして極限地帯で生き抜き戦い抜く為の術が記された実用書があった。

 

 聖書が、英雄譚が、悲劇の喜劇の短編集が、恋物語が、冒険活劇が、空想書籍が、娯楽書籍が――

 

 数多の種類の書物が、そこには収められていた。

 中には、既に失われた……ある筈のない物まで。

 

 だが、それが……それこそがこの<エンブリオ>の能力特性なのであった。

 書物の探索と蒐集――現実(リアル)でも正しく書痴である<マスター>の願いによって生まれたその特性は、既に失われた(絶版となった)本であっても、いやむしろそうであるからこそ或いは強く発揮されるのかもしれない。

 だが、その本質(メイン)はそちらではなく――当然、この空間に所狭しと並べれた本にある。

 一度失われた物すらも再現すると言うのはその為の副次的な機能でしかないのだから。

 

 

「~~~~♪」

 

 だから、今も。

 この<エンブリオ>の<マスター>である少女――アウエラ・フランソワーズは付属物として敷設されている机に向かい――その上に魔法によって本を浮かべながら優雅に読書を楽しんでいた。

 

 《高速思考》《並列思考》《分割思考》《マルチタスク》《速読》《乱読》《トランスレイト(文字理解)》――

 数多のスキルを使用してまで、本に――物語に夢中になっているのだ。

 最低限の生きる糧を得る為の書類仕事(ジョブクエスト)を《マルチタスク》のながら作業で気持ちゆっくりめに進め、残る自身のリソースの全てを――目の前の本に注ぎ込んでいる。

 他の<マスター>の様に、強くなる事にも、戦いにも、ティアン(NPC)との関りにも興味は持たず……否、()()()()()()()

 ただそれは――本の中の世界、物語としてのそれらにのみ向けられた興味だ。

 

 何故なら……この世界は、現実世界側にはなかった数多の本で、物語で満ちているから。

 ファンタジーそのものの世界に来て、そしてその世界で書かれた書物の何と魅力的な事か――――!!

 

 初期からの側近が書いた【覇王(キング・オブ・キングス)】の破竹の勢いの進撃を描いた英雄伝が。

 天地の修羅(超級職)が書いた残すつもりなどなかったのであろう当時の超級職達の使う固有スキルも含めた攻略本が。

 且つての【聖剣王(キング・オブ・セイクリッド)】の英雄譚の原典が。

 先々期文明時代と呼ばれる遥か過去に書かれた数多の書物が――

 

 他にも。

 この世界には心躍る物語が――()()()()()()()が多いのだと、彼女は喜ぶ。

 特に今は彼女自身を含む多くの<マスター>が現れた時代。

 <エンブリオ>の特性によって、()()()()について若干の考察は行えるけれども――重要なのはそこではない。

 そう、重要なのは……新たな時代へと変遷しつつあるこの現在(いま)を、どう過ごすのが彼女の()を満たせるのかという事。

 

 戦闘能力の殆ど無い彼女とは違い――<エンブリオ>持つ<マスター>の力は比べるべくもなく、非常に大きな物だ。 

 そしてその行動指針も――遊戯(ゲーム)であるからこそ、そしてこの()()であるからこそ……多種多様に彩られる事だろう。

 ならば、それによって紡がれる新たな物語が……きっとある。

 それを思うだけで胸が躍るという物だ。

 だけど。

 

「うーん……物語はできれば間近で見ていたいけど――残念ながらこの世界は基本的に弱肉強食の理なんですよね」

 

 そう独り言ちて――詳細ウィンドゥを開き、己のステータスを確認する。

 当然ではあるが……多少の魔法が使える程度で、大半は読書に関連した非戦闘職で埋められたステータスがそこに記載されている。

 戦闘力はないに等しく――物語が紡がれる様な激戦地帯に行ける様な実力はまるでないのが現状だった。

 仕事(クエスト)も……今しがたやっていた様な書類仕事以外は書庫の整理や写経……辛うじて事務仕事なら出来るだろうが、ティアンでも変わらずに出来る様な事をさせる為に<マスター>を使う所が果たしてどれだけあるのだろうか。

 そもそも、今までの行動からして専門ギルド以外にコネクションがないのも問題だ。

 協力者も居なければ、自分自身の力はこの<エンブリオ>――【書詩譚蒐集 ■■■】だけである。

 こんな有り様だと……良い物語があれば、円滑にそれを拝みに行きたい物だけど、それだってそう簡単には叶いそうにない。

 何度考えても前途は多難だ。だが、新聞やニュースサイトで済ませるのは余りにも勿体なさすぎる。

 

 ならば、どうするか。

 本の中にその答えがあれば良いのだけど、現実的に力のない登場人物が現状を打破する方法なんて――()()()()()()()()()()()()()()()()以外にないだろう。

 

「まぁ、私とかそんな相手(頼れる仲間)が居ないから此処で独りで居るんですけどね。あははは――っ……はぁ」

 

 虚しい。だけど……その考えは強ち間違いでもないと思っている。

 今の読書特化ジョブ構成(ビルド)を変える気はないのだから、結局は誰かに頼る事になる、のだけれど――――

 

「……何処かに居ないものですかね。そんな都合の良い人が」

 

 思い描くのは――可能であれば、クランのオーナーとなる人。

 お人好しでトラブル(物語の種)を放っておけず、知恵と本への情熱しか出せない私をも変わらずメンバーに入れてくれてそして、可能であれば物語の如く刺激的な事を為せる――出来ればTYPE:メイデンの<マスター>が良い。

 既に私達<マスター>がこの世界に来てそう長くない期間だけど、それでもTYPE:メイデンの物語性は素晴らしい物があると私は思っているからだ。

 メイデンを形成するパーソナリティも、強者打破のその能力も――やっぱりこの世界で描かれるとしたら物語の主人公はメイデンが一番でしょう! と思うくらいには。

 

 

「――ま、見つからないにしても探す努力は惜しむ必要はありませんね」

 

 一息置いて。

 ……そう呟き、この地下室の中央に坐する眼前の机に意識を集中させ――己の<エンブリオ>の必殺スキルを発動する準備を整える。

 望む物が得られる確率は高くなくても……彼女の<エンブリオ>は書物に関する探索を行う物。

 それであるいはそんな都合の良い人を探し出せるのではないかと、そんな希望を抱き今日もその必殺スキルを行使するのだ。

 

 ――見つかる気配が無かったら、あまり気は進まないけど現実(リアル)側の知人を当たってみるのも良いかもしれないですね。

 ――協力してくれるかはともかく、幾人かは<Infinite Dendrogram>をしていた筈……それでもダメだったら新たに知り合いをこの世界に誘いましょうか。

 ――それはそれで、きっと相応に刺激的な物語になるでしょう――――

 

 

 頭の中でそんな取り留めのない事を考えながらも――検索語句の設定が終わり、必殺スキルの発動準備が整った。

 何はともあれ。まずは此処から。

 彼女の――新たなる物語を求める読み手にして一人の紡ぎ手でもある<マスター>は、願いを込めて世界(ワールド)に向けて己の必殺スキル(個性の発露)を、<エンブリオ>に刻まれたその銘を宣言する。

 

 

「――《書を開き、頁を捲り、物語を読もう(ノベラ)》――――」

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 数多の本が、物語が、そこ(ノベラ)には積み上げられる。

 楽しき物語が、悲しき物語が。

 誰かが描いた物語が、誰かが願った物語が。

 素晴らしき物語が、感情を揺さぶる物語が。

 今も、今までも、そしてこれからも。

 

 あるいは……これから彼女が行動し紡ぎ出す物語もその中に記されるべき一節となるのかもしれない。

 

 しかし、【書詩譚蒐集 ノベラ】には当然ではあるが――未来の書物を探す機能は付いていない。

 未来に書かれる事を予め知るのに必要なリソースと言う問題ではなく――物語と言うのは、結末(未来)だけでは紡がれない物であるからか。

 過程(過去と現在)が描写されてこその物語だと――()は思うから。

 故に、彼女のこれから(未来)がどの様な過程と結末となるのか。

 

 ……きっと、それはまた別の(物語)で――

 

 

 …………End

 




ステータスが更新されました――――

名称:【書詩譚蒐集 ノベラ】
<マスター>:アウエラ・フランソワーズ
TYPE:ワールド・キャッスル
能力特性:書物蒐集
スキル:《宛らそれは宝探し》《きっと望みの探し物》《数多の物語で廻る世界》《書を開き、頁を捲り、物語を読もう》
モチーフ:物語の女神“ノベラ”
紋章:何冊もの開かれた本
備考:大樹型のTYPE:キャッスルの<エンブリオ>。
 地下と地上に分かれており、地上部分は殆どリソースが割かれていないが一応居住できる程度の居住スペースとなっている。
 地下は大幅に空間拡張されている、所謂“図書館”となっている。内部空間拡張スキルはキャッスルとしてはガードナーの融合スキル以上に発現しやすいのだ……
 中央には数人程度で使える図書館で見られる一般的な机が4つ敷設されており、それ一つ一つが固有スキルの使用に対応している(普通の机として使っても勿論問題ない)。
 その固有スキルの能力は――過去か現在より、“書物”をその場に写本として造り出す事。
 紙素材と魔力とクールタイムが必要だが、この世界にあった物なら既に失われた書物等も復元する事が可能となる。
 その場に造り出すのは本物じゃなくて情報を参照しただけの写本だからそれ自体で誰かを害する事もない非常にクリーンな<エンブリオ>である。え、情報の暴力? 知ら管。
 固有スキルはそれぞれ“完全ランダム写本召喚”、“キーワード検索写本召喚”、“詳細検索写本召喚”、そして“前述のいずれか選択+複数写本召喚”となっている。
 当然だが前述する物ほど消費リソースやクールタイムは少なくなっていく。

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