無限の世界と交錯する世界   作:黒矢

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突発的危機誘発性遊戯

□■ドライフ皇国最北西 <厳冬山脈>近郊雪原――

 

 

 

「あははははは――♪ 雪よ雪、大雪よー!!」

 

 

 雪、雪、雪雪雪――――

 辺り一面に降りしきる雪景色、銀世界。<厳冬山脈>より漏れ出る冷気によりシステム的には<厳冬山脈>の敷地ではない一般フィールドにまで真っ白な雪原となってしまっていた荒野を、二人の<マスター>が進んでいた。

 

 辺りには二人の他に人間は誰も居ない。

 ――当然の事だ。此処は<厳冬山脈>の正面玄関から逸れた人里離れた遠隔地。

 <厳冬山脈>に程近いこの場所は常人が対策もなしに足を踏み入れられる程穏やかな環境ではなく、亜竜級以上のモンスター(非人間範疇生物)が当然の様に複数種群棲している極限地帯。

 勿論、この環境故にここで採れる素材などもあるが……そこに住まうモンスターも含め全てが<厳冬山脈>の劣化版。

 それでいて実際に<厳冬山脈>へ行く者からすれば道から外れ寄る価値すらない場所。

 その上、その中間の難易度を狙う者からしても環境が苛烈に過ぎてリスクとリターンが全く見合っていないと言う、狩場としての旨味すらない場所だった。

 

 

 

「おい嬢ちゃん、はしゃぐのは構わねぇんだが流石に声は落とさねぇか? 俺らの声で雪崩がーなんて事はないだろうが、それでもモンスターの一匹や二匹呼び寄せちまうだろうよ」

 

「へーきよへーき! 誰が私達を害せるものですか!」

 

 

 そんな極限地帯であっても少女は変わらずはしゃぎ続け、それを咎める壮年も一応口だけ注意はしても、重ねて注意するつもりもないのか少女の言葉に肩を竦めるだけに留め、黙って後をついていく。

 

 ――何故なら、実際にこの二人の<マスター>にとって、この環境も、そして周囲で二人を囲んでいる数多のモンスターも、全く脅威ではないのだから。

 故に、この遊行は所詮ただの散歩。

 ちょっと気分が向いたから少し遠出して歩きに出かけたと言う、ただそれだけでこんな所まで来た魔人達――それがこの二人なのであった。

 

 少女の<マスター>。名を芽愛。

 典型的な黒髪に黒瞳を好奇心に輝かせてはしゃぎ回る童の<マスター>。

 もう一人は壮年の<マスター>。名をMr.MJ。

 少女の行動に渋面を作りながらも行動を共にする、赤髪茶眼の筋骨隆々なエージェントの<マスター>。

  

 

 容姿も、思考も、年齢も、何もかもが違い、そして現実(リアル)においても何らかの接点がある訳でもなくそもそも国籍からして違う二人。

 壮年が少女の護衛という訳でもない――しかしそれでも、対等な、同等な存在としてこの世界で付き合ってきた二人には大きな……複数の(・・・)共通点があった。

 

 

 ――<エンブリオ>?

 然り、その通りだ。

 二人はほぼ能力特性が同じである<エンブリオ>を持ち、それ故にこの状況をまるで意に介していないというのは全くその通りであった。

 この<Infinite Dendrogram>ではままある関係性であり、故にこそこの二人を知る多くの者はそれで納得するだろう。

 

 

 

 ――――だが、違う。

 実際に二人が共通し、共感し、そして諸共に行動しているのは――その一つ前の段階だ。

 

 それは……その様な、ほぼ同じ能力特性を持つ<エンブリオ>を創出させるに至った、そのパーソナリティ。

 二人の根源にある物――そこにこそ、非常に強い共通点があったからだ。

 あるいは、そこに関わる“組織”――財団と、そしてオブジェクト。

 

 

 そう。二人は、ある意味で真逆にして非常に似通ったオブジェクト――――その者(・・・)なのであったのだから。

 

 少女、芽愛――否、SCP-060-JPと呼ばれていた者。

 壮年、Mr.MJ――否、SCP-451と呼ばれていた者。

 

 共に、実際に二人は存在していたにも関わらず、現実に存在できなかった者。

 しかし――この世界、<Infinite Dendrogram>、SCP-10106-JPと財団の技術と知識によってこの世界で常人としての生を手に入れた二人は――当然の如く、そういう(・・・・)<エンブリオ>を創出した。

 

 銘を【現消会帰 ブリックヴィンケル】、【幽玄幽鬼 グウェイ】。

 共に――“世界からの消失”に特化した固有スキルを持つ<エンブリオ>を創出した二人は、TYPEも違う全く別の<エンブリオ>であるにも関わらず同類であるからか、何故だか消失した互いにも干渉が可能な不可思議な特性を有していた。

 故にに基本的に二人はペアを組んでこの世界で暮らす事と相成っているのだった。

 それも、元来優秀な財団エージェントであるMr.MJと、年を経ても成長しない少女であった芽愛の関係性からすれば妥当なペアなのであった。

 

 今はMr.MJが主となり、ドライフ皇国の<叡智の三角>戦闘斑兼実験パイロットとしての役職を賜りながらも二人の一般<マスター>として普通にこの世界を楽しんでいるのだが――

 

 

「――ほら、奴さんが五月蠅いってよ?」

「えー? これ以上声小さくしたら吹雪で何も聞こえなくなるよー!」

 

 

 二人のそんな事情を知らないモンスター達は、久しぶりにこの地へやってきた獲物達を前に、とっくのとうに抑えが効かなくなっていたらしい。

 どうやらこの一帯の縄張りの主らしき大型の魔獣が群れを成して二人に近付き――白雪に紛れて逃げる隙間もない程に包囲を完成させてしまっていた。

 一体一体が最低でも亜竜級以上、リーダー格は純竜級に届く程のステータスを持ち、サイズは人間よりも大きい程の大型獣が数十体。

 本来であれば冷気による弱体化が掛かる事も鑑みれば超級職も持たない人間(ティアン)であれば複数パーティを揃えたとしても絶死の状況。

 

 だが――――

 

 

 

『GYARUOOOOOOOOOOOOOOON――――!!!』

 

「――《ディメンション・リープ》」

「――《電霊変異(サイバー・アブソーブ)》」

 

 

 

 獣達の突撃と同時に……<エンブリオ>の固有スキルの行使。

 

 それだけで二人の存在が世界から消え去った。

 

 あらゆる干渉も、感知能力も意味を為さぬ完全なる消失。

 本来そこに居る筈であっても触れる事すら叶わず……二人を狙っていた獣達で互いにぶつかり合う無為を晒す。

 

 突然消失し、気配も匂いも何もかもなくなった二人にまるで化かされたかの様に互いを見やる事しかできない……

 だが、それで当然なのだ。それこそが特化された二人の<エンブリオ>の力なのだから。

 そして、その様子を消えた筈の二人も、それを見てしてやったりと笑っている事だろう――――

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆ 

 

 

 

 

 だが。

 

 

(――いったーいっ! 何処っ、此処何処なのー!?)

(受け止めてやっただろう。落ち着け。――そして此処は……)

 

 

 

 

 獣たちの襲撃を回避した直後。

 二人は――地下(・・)に落ちていた。

 

 ……本来であれば、あり得ない事だ。

 二人が行使できるこの世界からの消失だって、確かにその概念的には非常に強力な物であり、あらゆる物に優越する事象の様に思えるが……実際はこの世界に在る全てと干渉できなくなる訳ではない。

 その最たるものが、地面だ。

 元より空気と干渉はできなくなっているのに、地面とも干渉できなくなってしまえばそもそもその場から動く事すら不可能となる。

 勿論、重力と言った法則などにも干渉されるがままなのであるが……その為、本来であればこの様に地面を透過して地下に落ちる、と言った事はあり得ない筈なのであった。

 

 

 

 ――そこが本当に地面だったのであれば、の話だが。

 

 

 

(……なるほど、此れは中々に大発見かもしれないな)

 

 

 

 芽愛を宥めすかしながらMr.MJが見た物は。

 

 

 明らかに自然物ではない加工された形跡の残る床面と壁面、そして前後に伸びる長く長く続く通路――――この時代、誰も足を踏み入れた事がないであろう未踏の<遺跡>だった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 新たに見つかりたるは未知なる<遺跡>。

 果たしてその存在に興奮しない者が<叡智の三角>に居るだろうか? ――――否! 居る訳がないのであった!

 当然の様に彼らは即座に<遺跡>探索のチームを編成し、何者にも先んじてその<遺跡>へと足を踏み入れる事になるが……これもまた当然ながら、そのメンバーは一癖も二癖もある者達ばかり――――

 

 

 

 

「よぅーしこれで完全に決まったねぇ、点呼するよ――探索班隊長兼責任者(パーティリーダー)の【大教授】フランクリンだよ。解析なら任せてねぇ!」

 

「斥候役兼戦闘斑の【疾風操縦士】AR・I・CAだよ! 危険察知(ガチ)ならアタシにお任せ!」

 

「斥候役兼戦闘斑その二の【獣戦鬼】のマスターです。未踏の<遺跡>なんて、わくわくしますね……!」

 

「技師兼雑務役の【高位技師】ぶーらんたんだ。いやー流石にテンション上がるなぁ!」

 

「技師兼雑務役の【賢者】ハグルマです。より多くの実りを持ち帰れるよう全力を尽くしましょう」

 

「案内役兼戦闘斑の【大銃士】MJだ。……なぁオーナー? 本当にこの人選で大丈夫なんだよな……?」

 

第二斑(バックアップ)に班長やトースターちゃん達も控えて貰ってるからこれがベストなんだよぉ。大丈夫だ問題ない、ってね。それじゃ、未知なる<遺跡>へレッツラゴゥ――ッ!!」

 

 

 

 

 ベストなメンバー。万全な体制!

 蓄積されたこの世界の技術の知識に現実世界の技術の知識。それも、その双方の最高峰を備えた<叡智の三角>遺跡探索メンバーに不可能はない――――

 ――――かの様に思われていたが、現実はそう甘くはない!

 

 

 

「ヒュゥー! デストラップとデストラップと、そこにもデストラップとこの先にもデストラップの盛り合わせだよ!」

 

「よぅしMJを前方に投げて様子見しよっか! 罠があるなら先に何かあるかもしれないしね!」

 

「鬼かお前ら!?」

 

 

 

「あれー。足が勝手に後ろに――――」

 

「あっ! BGMだと思ったら《望郷(ノスタルジィ)》の呪歌だなこれ! 今すぐ耳を塞げぇーい!」

 

「ほう、これは面白い偽装ですね。オーナー、ベルドルベル氏の助力を仰げば我がクランにもこれ以上の物を導入できるのではないでしょうか?」

 

「良い提案だねぇ! メモに書いておくよぉ」

 

「「言ってる場合かー!?」」

 

 

 

 罠、罠。罠罠罠罠――――<遺跡>内部に数多張り巡らされる、侵入者を拒む罠の数々。

 それらを叡智溢れる技術力や戦力を以て踏破していく彼らは――次第にこの<遺跡>の秘密に近付いて行く。

 

 

 

 

「探査魔法が通じない……!? 違う、ここはまだ深部ですらない――ただの前段だったんだ!」

 

「積層式の隠蔽結界、か。どうやら此処を作った人はよっぽどの臆病者みたいだねぇ?」

 

 

 

「罠があれだけあったのに、守護者のモンスターの一体もなし……って言うのは、おかしいよねえ?」

 

「生命の気配が全くありません。これは、まさか――」

 

「――――計測、完了しました。今この時にも、確かに我々から僅かずつHPやSP、MPが吸収(ドレイン)されて居る様です」

 

 

 

 

「……あの不格好な兵器庫に作り掛けのお人形(人型兵器)。なるほど、此処は――」

 

「過去、“化身”とやらから逃げ隠れしながら作られた兵器開発室の一つ、という所だねぇ。まぁ、こうやって放棄されている所を見るに上手く行ったかは察せられるけども、ね」

 

「……いえ、どうやらそれだけではないようです、オーナー。ここは――」

 

 

 

「――――いけない、罠だッ! 退――嘘、隔壁ッ!?」

 

 

 

 

 

 時間か、進行度か、あるいはそれ以外の何かか――けたたましく鳴り響く警報音と共に突如として<遺跡>はその様相を大きく変える。

 兵器工廠から――侵入者の“化身”を逃さず抹殺する為の逃れられぬ牢獄へと。

 

 

 

 

「此処で話していても吸収は止まりませんっ。ともかく前へ――探索を続行しましょうっ」

 

「通信は……駄目かぁ。仕方ない。取得物はMJに預けてる。一足先に班長達の所に戻っといて。……私達がデスペナになったら後はよろしく頼むからねぇ」

 

「ああ、任された――」

 

 

 

 

「先程見つけた見取り図からして……もうあの大扉の先の工廠以外は探索を終えましたね」

 

「あはははは。こんなあからさまにボス戦ですよなんて主張する展開ある!?」

 

「私達の戦いはこれからだー!」

 

「「打ち切らすな!?」」

 

 

 

 

 

 ――されども彼らも伝説に謳われし不死不滅の超人、<マスター>。

 死など恐れるに足らず――更に<遺跡>を進み、進み、進み――ついにはその最深部へと辿り着く!

 

 

 

 

 

「あれは――【白水晶之戦導者(ミルキィ・アジテーター)】、まさかジュバの【黄水晶】の同型機か!?」

 

「パワードスーツ型……【マーシャル】の類型だね! いや、原型って言った方がいいのかな?」

 

「穴が開く程設計図も機体も見て参考にさせて貰ったよねぇ。いやぁ懐かしいよねぇ?」

 

「同感だ――――あれが最初にして最後の守護者でなければの話だが」

 

 

「『――ニ、ルイジシタハンノウをケンチ。シンニュウシャヲ――ハイジョシマス』」

 

 

 

「オーナーは、見えていますよね? ――中の人(・・・)の事」

 

「――勿論。私は【大教授】だよ? 全てお見通しだとも」

 

 

 

「強い強いッ! これは、同情してあげる余裕なんかないよねっ!」

 

「勿論です。元より――手加減するつもりなんてありません!」

 

 

私は(・・)――――死にたくないんですからッ(・・・・・・・・・・・・)!!」

 

 

 

 

 ――激突。

 かつての名匠が残した遺産と今を生きる名匠達の戦いのその結末は。

 そして、皇国トップクランの成果は果たして――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい皆ちゅうもーく! ウチで保護して此れから仲間になる【魔機王(キング・オブ・イリーガルギア)】でクマムシの亜人のラッツ君だよぉ!」

 

「コンゴトモヨロシク!」

 

「な  ん  で  !  ?」

 

 

 

 

 

 ……ともあれ。

 そうして、未踏の<遺跡>探索は、大成功で終わったのであった――!

 

 

 

 

 To Be Continued…………

 





追記:資料10106-JP-ε

 担当職員名:ギアーズ博士
 <マスター>名:ハグルマ
 創出結果:空間(テリトリー)型のSCP-10106-JP-C、【技巧匠漸 ゴブニュ】
 特性:改良
 備考:自身にのみ作用する特質のある空間型のSCP-10106-JP-Cです。
 生産スキルによって作成された物品を選択し、その物品の性能を強化する能力を所有しています。
 また、副効果として生産スキルによって作成された物品に対する鑑定能力を強化します。
 能力の範囲が非常に広く、また消費されるリソースも少ない為その強化の幅は大きくありません。
 しかしながら、確実にその性能を強化できる有用性に疑いはない為、財団職員の希望者が居ましたらお気軽に申し出ていただけると良いと思います。



SCP_foundationはクリエイティブ・コモンズ表示-継承3.0ライセンス作品です(CC-BY-SA3.0)
http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/deed.ja

SCP-3000「アナンタシェーシャ」
http://ja.scp-wiki.net/scp-3000
SCP-060-JP「不在の人」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-060-jp
SCP-451「ミスター・ロンリー」
http://scp-jp.wikidot.com/scp-451
ギアーズ博士の人事ファイル
http://scp-jp.wikidot.com/dr-gears-s-personnel-file



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