試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
(注:第1話は【バルザック防壁】起動中)
夜の国道が、目の前に延びていた。
赤、緑、青。様々なイルミネーション。
「パチンコ」が「 チンコ」になるなど、所々消えているネオン。
うらぶれた地方都市の、夜の風景。
彼方にポツンと現れたかと思うとズームして近づき――そしてながれ去る。
まるで人生そのものだ、とオレは想う。
ほんのつかの間の出会い。そして別れ。
“サヨナラだけが人生だ”と言ったのは、誰だったか。思い出せない。
強力なヘッドライトに浮かび上がるセンターラインが、まるでこちらを殺しに来て果たせぬ長剣のように、後からあとからやってくる。
どこまでもしつこく――しつこく――しつこく。
運転台の上で揺られながら、フン、と嗤う。
――オレを殺したいか?なら殺してみろよ……。
アクセルを踏む足に力がはいる。
足裏にかかる狂暴なパワー・ユニットの気配。
それが身震いするほど心地いい。
長剣の流れがはやくなり、車体は唸りをあげ、猛牛めいた加速をみせる。
見た目は中型トラックだが、じつは特殊な目的で作られた鋼鉄製の大重量車体。
正面装甲は、場所によってパ
目標を轢殺するための(ただそれだけの)動力つき処刑マシーン。
完全無慈悲な、悪魔のトラック。
――いま、免許を手放したがらない半ボケ爺ィの軽自動車が逆走してきたら、シュレッダーにかけたようにツブしてやるぜぇぇぇ……。
そこまで考えて、ようやく今夜の自分の危うさに気がついた。
羽振りの良かったころ、ロンドン出張で買ったアラン・フラッサー製のジャケットを探り、ポケットの上から圧力注射器の硬さを確かめて気分をおちつかせる。
NTRられ離婚したころ、お世話になった鎮静剤。
ふと、おれはダブル・キャブの天井からぶら下がる写真をチラ見。
半分に切られたそれは、女らしき腕に抱かれてほほ笑む小さい子供。
背景の公園が、幸せだったころの記憶をよび、かえってツラくさせて。
――口もとのへんなんか、オレそっくりなのにな……。
思えば金をケチらずに、そしてなにより“仕事を休んで”時間をつくって(そう――借金をしてでも!)もっと優秀な弁護士を雇うのだった。
今となっては、いくら悔やんだって追いつかない。
元・海外営業のエースだったこのオレが“
フッ、と気がつけば、前方の信号が赤。
――ヤバイ!
考えごとをしていたので反応がおくれた。
しかもスピードが出ていた大重量の車体は言うことをきかない。
回生ブレーキを効かせつつ急制動にはいるが、重装備のダブル・タイヤでもグリップを効かせそこね、少しばかり尻を振る。
プッ・シューッッッ……ギッ!という車体の軋み。
どうにか停止して、額の冷や汗をはらっていると、
『危ないですね――中年の物想いはキモいですよ』
メーターパネルで上下するレベルメーター。
滑らかな人工音声が、いきなりキャビンに流れた。
トラックに実装されたスカニヤ製スーパー人工知能【SAI】※1
業務をフォローする、運航補佐役の自律システム。
ウソかホントか知らないが“漁師コンピューター”(説明書にはホントにそう書いてあった)100台分の演算能力を誇るという。
まぁ、確かに魚群探知機100台分の知識はあるかもしれないが……。
『どうしたんです今夜は先ほどから――ひょっとして生理ですか?』
ほら出た。
コイツの恐ろしいところは、こういうツマらないジョークをフツーに挟んでくることなんだ。
そう、まるで本当に量子コンピューター並みの知能があるかのように。
古今東西の歴史的な事象や哲学的な問答。
はては料理のレシピや対戦型ゲームのツボまで。
そして何より驚くべきコトに
最初はオンラインでコールセンターから発信されているのだと思った。
そのうち、完全に独立した仮想人格と納得できたときは、加速する時代の進歩に舌を巻いたものだっけ。
「ナァに、ちょっと……むかしを思い出しただけだ」
オレはため息をつきながら応えた。
すると、この人口知能は敏感にこちらの胸のうちを察知したのか、
『あぁ。ひょっとしてまァた、あの“腐れマ○コ”のことですか』
すぐさまウンザリしたような合成音声で応え、
『人間というのは不思議ですね――いつまでも過ぎたことを悩んで。時間は戻せないのだから、徒労というものですよ』
「それが人間なのさ、SAI。お前とオレとの違いだ」
『じつに不合理ですね。そんなコトだから、最近の轢殺ノルマが果たせず統括主任に朝会で怒られるんですよ』
悔しいが言い返せない。
最近のオレの轢殺成績は、お世辞にもイイとはいえなかった。
どうしても、なにかこう、ターゲットに情が入ったりしてしまう。
殺してもまだ足りない連続強姦魔とか、アニメビルの放火犯の類なら、よろこんでアクセルを踏むのだが。
――今日のターゲットも子供だ。
反社会性人格障害の萌芽が見られるというのが、その理由だそうだが……。
『ホラまた考えごとしてる』
いかにもウンザリしたようなSAIの声。
『サッサと忘れてシリを拭き終わった便所紙のように水に流してしまいなさい。心的負荷をかけた状況では、仕事の成功率も激減します』
そして勝手にカーステを起動させると、古いシャンソンがキャビンに流れる。※2
エディット・ピアフのビブラートがきいた声を聴いているウチに、波立つオレの心も落ち着いてきた。もしかしたら、運転時の精神状況もつねにワッチされているのかもしれない。
もしそうなら、そのデータは間違いなく本部に送られていることだろう。下手な行動は、轢殺ドライバーの命取りだ。
――♪
曲がおわると、オレはつとめて明るい声で、
「ワぁッてるよ【SAI】……さっさと仕事済まして、帰ろうぜ」
『……』
「――【SAI】?」
返事がない。
さてはコイツ、またロクでもないシネマにでも見入ってるのか。
なにを隠そう、このスーパーAIの趣味は映画・ドラマ鑑賞だというのだから恐れ入る。ときおり混じる下品なギャグや言い回しは、みんなそこから仕入れたのだろう。
――やれやれ……。
昨今の
目標の会合地点までは、あと30分あるとナビは告げていた。
オレはハンドルについているスイッチの一つを動かし、耐・衝撃用に特殊設計されたバケットシートをHARD→SOFTへ。シートの詰め物であるスプリングと中の形状記憶素材が電圧の変化をうけ、身体のホールドがゆるくなる。
身体をずらし、ウィンドウを下げて停車位置の周囲を見わたした。
斜陽気味な地方都市の夜は、早い。
たしかここいらは、地方財政再建促進特別措置法の適用も視野に入ってきた場所のはずだ。
すでに通りをゆく人影もまばらで、たまに見かけるのは、部活か塾帰りと見える自転車の小・中学生ぐらい。
商店街などは砂ぼこりだらけのシャッターを下ろし、いまどき珍しいUFO型の街灯が、わびし気に路面を照らしている。
せっかく停車しても対向車はおろか、横断歩道や側面からくる車両もなく、一人と一台が交差点にポツンとたたずんでいるだけ。
横断歩道のちかくにあるエロ本自販機が錆びだらけな筐体を傾げたまま佇んで、景色のわびしさを倍加させていた。
――まぁ“仕事”をやるうえでは、人通りが少ない方がヤリいいんだが……。
ふと、上を見上げたとき、恐ろしいほどの大きさで
――
オレはぶら下げた写真をふたたび見つめる。
切り取った写真の先には元妻の笑顔があったはずだ。
間男をつくり、出て行ったクソ女。
相手は外資企業の日本オフィス担当らしい。
オレより若く、そして社内での地位もあるとか。
おまけに本国には、ちゃんと正式な妻がいると聞いていた。
離婚は――べつにかまわない。
互いの仕事の忙しさに、すれ違いが多くなっていたのも事実だ。
稼ぎを比べればトントンだったが、それはブラック寸前な残業でこちらが下駄をはかせての比較だ。見方を変えれば株式を公開すらしていない小規模な会社とは言え、定時に帰宅できて同じ収入をたたき出す向こうの方が稼ぎが良かったともいえる。
――が。
しょせん現地妻である身分を承知しながら、相手に
そんな女を
フランスだったら角を生やされ、影で馬鹿にされていたところだ。
そのうえ日本のイカれた司法のため、浮気した側に娘の親権を取られたあげく、養育費まで毎月支払うハメになったときは、なにかの冗談だと思ったものだが。
脱力したキッチンの床の冷たさ。
蛍光灯の白々とした灯りのもと、ダマスカス包丁の冴えた刃紋。
ラジオから流れてくる白々しいアンカーのセリフと陽気な音楽。
いまでも生々しく記憶に残っている。
それが1年とすこし前。
破壊衝動を満たしてくれるこの仕事についていなかったら、果たしてどうなっていたか。
ひょっとして今頃は、どこかで車を使いスクランブル交差点に特攻したあげく、ナイフで無双してマスコミどもを喜ばす三面記事にでもなっていたかもしれない。
ハローワークから始まった人生の転換。
不思議な面接を重ねること数回。
そして――たどり着いた
2年前の自分に言っても、鼻で笑われるだけだろう。
ことほど左様に、世の中は気ちがいじみている。
――今月も、あとすこし頑張れば養育手当分は稼げるな……。
後ろからクラクション。
いつの間にか背後に車がついていた。
見れば信号はすでに青へと変わっている。
「なんだよ【SAI】、教えてくれよ……」
人工知能からは、またも返事が無い。
やれやれ、一体なんの映画を見ているコトやら。
そしてヤツの下品なジョークに、新しいレパートリーが増えるというワケだ。
ハザードを“詫び状”代わりに一回。
かえす指で、見た目にはブームを背負った中型トラックだが、重さは優に10トンを超えるこの化け物を、エイやとばかりに始動。
強力なモーターで車体は滑るように動き出し、そして
磨かれた車体に街の灯りを滑らせ、夜の国道を鋼鉄の化物が滑りだす……。
黒いスポーツカーが黄色い車線を無視してトラックを追い抜き、渇いたエンジン音を快調に響かせて、赤いテールランプを小さくしてゆく。
「きをつけろよ……?」
思わずオレはつぶやいた。
「人生なんて――ドコに落とし穴があるか、分からねぇンだからな?」
そして一度転落すれば、なかなか元に戻るのはムズかしい、と。
すこし入りの悪いシフト。
オレはそれを一段上げ、このクソ重い車体を更に加速してゆく……。
※1:『スカニア』と実車名を書くとトラックの目的が目的なのでヤバく感じられ、『スカニヤ』としました。
※2:エディット・ピアフ 『水に流して』
https://www.youtube.com/watch?v=hHHO3-DYh3I