試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
空き家となった一軒家の庭先にあるウナバの物置で、オレは身をひそめていた。
ネジ穴から、10mほど先の二階建てゲオパレス、その一室に向けて監視用カメラを養生テープで取りつけ、物置の暗闇でモニターをじっとながめているのだ。
家の持ち主は高齢化のため特養にうつり、なにやら事業所のほうでこの物置を借りる算段をつけたらしい。
目当てとされる「猿」というあだ名の“マーカー”が出てくるのは、23時半。
この時間になると決まってコンビニに買い物へ行くはずだ。
そこで一人の男と落ちあう。
その男こそ、今回の
ファイルを渡された時、その男の経歴にオレは思わず眉をひそめたものだった。
強姦致傷が6件。ただし――いずれも証拠不十分で不起訴。
家屋侵入・強請・現住建造物放火・麻薬取締法違反に至っては数知れず。
年少を渡り歩き、暴力団の傘下などに入るも、みな半年ほどで破門か絶縁されている。
半グレの仲間にはいるが、そこでも弾きだされ、結局似たような仲間と強姦・窃盗団を作り上げたらしい。なかなか不起訴にならないのは、バックに少年の“更生”を目的とする、野党議員の息がかかった新興宗教がらみの支援組織がいるからとか。
おまけにその組織が議員の意向を受けて、目標が仕切るグループを鉄砲玉のように使っているらしい、と――これは所長の
転生指数:43。
決して高くはない――だがこの仕事には、なぜだかボーナス・ポイントがついている。
さらに取り巻きの少年たち(といっても16~8がほとんどだが)を全部
中央事業所のさらに上から直々に振ってきたというウワサの請負業務を、なぜ入社して1年そこそこのオレが担当することになったのか、そのヘンのカラクリはイマイチ良く分からなかったが、ターゲットの情報をある程度与えられて活動するのは楽と言えばラクだった。
そんなわけで、オレはこの薄い鉄板でつくらてた物置に身をひそめ、スーパーの半額品で買ってきた冷たいピザを、同じく30%引きのコーヒー牛乳で流し込みつつ、張り込みをやってる最中なんだ。
春も本番とはいえ、夜になると鉄板の物置は冷える。
かといって携帯式の暖房を使えばサーモ・グラフを使われ、空家の物置に人が居ることがバレてしまうかもしれない。相手がそんなものを持っているという保証は無かったが、『猿』と呼ばれる“マーカー”扱いのの男が、FPSとかいうネットゲームを趣味とする親のすねかじり。おまけにリアルでもBB弾を撃ち合うサバイバル・ゲームの愛好家ということから、照準眼鏡にその手のものを持っているかもしれなかった。用心するに越したことはない。
≪ポパイ!≫
耳に装着したリンク・システムから【SAI】が。
これも、この請負業務を担当するにあたって、新規に導入されたものだ。
車外からも【SAI】と双方向でコミュニケートでき、その気になればリモートでトラックを口頭操作できる。
いよいよSFの世界が近づいてきた、と言う事か?
“オジさま”は、ヨーわからん。
そうそう、あれからいわくつきの女子高生とは接触していない。
トラックでやむなく近くを通るにしても、あの小悪魔が通う高校からはなれた道を使っている。
縁結びの神様も、さすがに融通を利かせて縁切りに動いてくれたらしい。ま、連絡先も交わしていないので、当然といえば当然だが。
あれから、どうしていたかって?
別に。読者の皆さんにはワルいが、年明けから残業に次ぐ残業。おかげで連続更新が途切れちまった。そんな中、ガンバってポイントの低い目標を二人ばかり撥ね殺して、一人はオーロラ輝くツンドラ地帯のトナカイ飼いに。もうひとりは南洋らしき島国で、ふんどし一丁のカッコして銛で魚を取る漁師にしたぐらいか。
そうそう、変わったことと言えば最近、自分の周りを興信所――ハヤい話が探偵――が嗅ぎまわっていると、朝会の終了後、所長の什央に別室へと呼ばれたときに知らされたっけ。
「マイケル……キミ、なにかやったのか?」
「興信所に張り付かれるようなコトは……なにも。考えられることと言ったら、別れた家内がなにか企んでいるのかもしれません」
気をつけたまえよ――キミ?と所長が不意に和やかさの仮面をぬぎすて、睨みつけてきた。
正直、オレは営業という職業柄いろんな人間を見てきたつもりだ。ヤクザとの駆け引きどころか、国外のマフィアともやりあったこともある。
しかしあの時の所長ほどの迫力をもった人間は、ちょっと見たことがなかった。
コワかったゼ……小便チビっちまうかと思ったぐらい。
「くれぐれも馬脚をあらわして、この事業の事が世間に露呈することのないようにな!?」
「――は……心得ております」
……オレはそういうのが精いっぱいだったのを思い出す。
≪ポパイ!――聞こえますか?シカトしないで!心音は感知してますよ!?≫
……そして、さらにワケが分からないのは、この一件が始まってからというもの、【SAI】がオレのことを『ポパイ』と呼び始めたことなんだ。そして自分のことは『クラウディ』と呼んでくれと言い張っている。さて、いったい今度は何を観たのやら。
オレは冷たいピザを一口噛みながら、
「どうした、【SAI】……目標に動きか?」
首に巻いた喉頭マイクでささやく。
これも外に、音が漏れない用心のためだ。
腕時計の夜行文字盤を見れば、相手が動き出すには早い。
イレギュラーな動きをされると、業務に不確定要素が生じる――クソ。
「場合によっては“執行”を延期する」
「……」
「……【SAI】?」
「……」
「あーもう!分かったよ【クラウディ】」
≪どうも、ポパイ。ハナシというのは他でもありません。転生映像が入りました≫
「転生だ?ダレの」
≪こないだハネた、
あぁ……すっかり忘れていた。
あの色情狂チックな娘を拉致ろうとしていた連中か。
それともアレは洗脳の効果だったのか。
完全に忘れていた――というより思い出したくもない。
「けっこうカネ使ったからなぁ……」
≪なんです?≫
「いや、コッチのはなしさ。あの“ボニー”には散財させられたってコト」
おかげでここ最近は、晩酌が発泡酒ばかりだけどな。クソ。
≪元気でやっていますかねぇ≫
スカニヤ製のスーパーAIは、どこか懐かしむような口調でつぶやいた。
「え?――珍しいな【SAI】、あぁ【クラウディ】。おまえが他人を気に掛けるなんて」
≪それは失礼というものですよポパイ。ワタシだって――あ、いや話が逸脱しました。そのヤクザの転生画像、見ますか?≫
ふたたび腕時計を見た。
まだマーカーが動き出す予定時間には、30分近くある。
「いいだろう――ゴーグルに映像をまわせ」
光が漏れないよう、それを頭に装着すると、いきなり華やかな酒場のステージがよみがえった。
オーケストラ・ボックスには、
★※参考BGM: https://www.youtube.com/watch?v=lgOPJFUAFSo
ピンク色をした床からの灯りが照らす舞台。
そこにキワどい格好をした若い踊り子ふたりが、息の合った動きでポール・ダンスめいたものをアクロバティックに披露していた。
汗をテラテラと浮かべる黒い肌。
白く脱色され、見事なウェーブを波打たせる豊かな髪。
オニキスのティアラとイヤリング。
あきらかに豊胸されたとみえる乳房には、頂に
驚くほどくびれ、引き締まった腰と、はち切れそうな尻まわり。
すべてが薄物とともに弾力的な揺れを魅せ、そんな己の魅力を誇示するかのように、口周りを覆う
ラピス・ラズリを粉にして塗りつけたとみえるアイシャドウから放たれる、熱い媚薬のような流し目。
乳房が降られ、
あるいは身体がクネらされるたび、
そこにはいくつものハトメも同時に穿たれており、、全身を這いまわり遂に到達した金鎖の終端が、まるで靴ひものように交差して、
≪この鍵を巡り、ステージが終わるや客たちの駆け引きが始まるらしいです≫
くびれた腰に幾重にも巻き付けたコイン・ベルト。
あるいは奴隷の証である、家畜めいた鼻輪や、首に巻き付けられた太目のチョーカー。
彼女らの挙動のたびに、これら淫らな装身具が、ステージの空を舞う鬼火めく灯火にキラキラと照り映え、まるで中世キャラバン・サライの夜宴で繰り広げられるひと幕の夢のよう。
舞台左右に立つ二本のポールをめぐって踊るふたりの動きは、左右対称のシンクロとなっており、楽団がブーボーと鳴らす中、一人の男が鳴らす小さなシンバルの音に合わせ、ときおり大技を披露している。
ステージをとりまくのは、高級そうな料理が並べられた
「まて【クラウディ】、あれが……ヤクザ二人の成れの果て?」
≪正確には魂の、ですが≫
「うへぇ。あの頭のワルそうな連中がねぇ?」
≪いまも知能は低いでしょう。さもなくば、こんな辺境の商業都市で、ヤク漬けになりながら性奴隷の踊り子などしていないはずです≫
「……ふぅぬ」
≪生殖器の上に南京錠があるのが見えますか?あのカギをめぐり客たちが争うそうで≫
「我々の時間軸ではないんだな?」
≪完全な異世界です。そうとうに“
やがて合奏がおさまり、古風な弦楽器のソロとなってアリアが朗々と歌われる。
薄物をまとう踊り子たちは、節を合わせユルユルと身をよじらせつつ、哀しげな眼差しで客席に双腕を投げかけ、あたかも慈悲を請うように。
アリアめく独唱は続いた。
「ふたりの淫らな踊り子は、
ときおり
きわどいシフォンの
飾り立てたる裸体もて、
あまたの酒席を巡りつつ、
身体に
音もシャララと涼やかに、
商品とされた己がじし、
いざやその
手酷く
あはれ奴隷の身を呪ふ――」
やがて歌がおわると、合奏がよみがえり、席を立った男たちがステージにワラワラ集まり始めるのが見えた。
店側から少女の小姓がでてくると、ポールのかたわらに拘束台を設置する。
踊り子たちの顔に、あきらめと
いきなり舞台の映像が消えた。
「――【クラウディ】?」
≪ポパイ、「猿」に動きあり、出てきます≫
ゴーグルの映像がが監視用モニターに切り替わる。
中世絵巻物風な世界から、いきなり現実へと容赦なく引きもどされた。
いかにも壁のうすそうな二階建てアパート。
その外階段を、ひとりの少年が降りてくる。
パーカーのフードに顔をかくし、両手を前ポケットに突っ込んで。
「【クラウディ】、アイツの腹部をズーム」
少年の画像が大きくなり、パーカー腹部の生地ごしに、なにか硬い輪郭が、ときおり浮かんだ。
「サーモグラフを」
ゴーグルの画像が温度分布に切り替わり、少年が腹部で何かを握っているのが分かった。
金属製。
おそらくナイフ付きのナックルか、なにか。
時刻は22:20。
行確報告書にあった反復行動と視ていいだろう。
少年はアパートの入り口で左右を用心深く警戒し、歩き始める。
その物腰……どうみても、カタギのものではない。
相手がコンビニの方に動き出したのを確認してから、オレはトラックにもどるとモーターを起動し、コンビニ近くの駐車場に先回りをすべく車を急がせる。やがてあらかじめ決めておいた所定の位置に車を路駐すると、車内の工具箱より前腕ほどのモンキー・レンチを抜き出した。
『マイケル、そんなもの必要なんですか?』
いかにも心配そうにAIがつぶやく。
「相手は武装している――得物はあったほうがいい」
前腕に養生テープで大きな工具をとめ、トラックを出てると、やはり前もってアタリを付けておいた物陰にひそんだ。
「【クラウディ】、配置についた――
諒解、とAIから応答があって静かになる。