試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
ジャンパーの左袖に入れたモンキー・レンチの具合を気にしていると、アパートの男がやってきた。
パーカーのフードに顔をうずめたまま、真っすぐ客のいないコンビニに入る。レジ脇に行き、ジャンボフランクでも買うかとおもえば、雑誌のコーナーに進んで何かを物色する風。
店の明るい照明のおかげで、パーカー奥の顔がちらりと見えた。
やせたほおをした、眼つきのするどいメガネ。
エアガンの専門誌めいたものを手にしている。
≪やってきます――奴です≫
耳にはめたコムに【クラウディ】からの警報。
ドレッドヘアの青年がやってきた。
ガタイのいい身体をロシアの迷彩服に包み、軍用コートを羽織る20前後の姿。
これもまっすぐコンビニに入ると、同じく雑誌コーナーに行き、中にいたマーカーと拳を打ち合わせて挨拶する。
そのまま二人でなにごとか話し合う風。ときおり手を打ち鳴らしてバカ笑い。
――さて、ドコで撥ねるか……。
二人まとめて、なら楽なんだが、あいにくパーカーの方は転生リストに載ってない。
いずれにせよ、パーカーはFPSをやりにすぐアパートに戻るハズだ。ドレッド独りになったところでイタダキだ。
と……足もとに、何か柔らかいものがこすりつけられる気配がする。
ギョッとして下をむけば、首輪を巻く黒い毛の生えたものが、胴体をオレのズボンに擦り付けながら、ふと上を向き、ニャァ……。
――うわ♪
オレは急いでジャンパーのポケットを探った。
たしかビスケットの残りが……ない。
オレは黒ネコをゆっくり撫でた。
手のひらに、ゴロゴロとノドをならす気配。
相手の瞳と目を合わせながら言い聞かせるようにして、
「いいか?――ちょっと待ってろよ――ココに居ろ?」
オレは雑誌コーナーに居る二人に顔を向けないよう、足早にコンビニに向かうと、ペットのエサの棚を探した。
――あった。
トリ肉味のちゅ~〇をとり、レジに向かおうとしたところ、奥の方で、
「――だからアニキのヘクサスも置きっパでよぉ。ふたりとも居ねェの」
「どっかトンだんじゃないスか?」
「車置きっパでか?まぁ、車の方も電装系がぜんぶパーんなってたってハナシだからなぁ。もともと“マゲた”個体だし。でも連絡がぜんぜんつかねぇってのがオカしいんだ」
こいつら、とオレは身を固くする。
あのヤクザとカラみがあったのか。
オレはチュールを手に、ソッと移動しながら棚を隔てて二人の後ろまで来た。
そして商品を選ぶフリをしながら、ほくそ笑む。
――そう、イイ勘してるね。その通り、あの連中はトンだのさ。異世界にな。そして女奴隷にされて、前から後ろから、
「前に上玉の女を
「へぇ?美人ッスか?」
「もち。あの姉の妹だもんよ。こないだからアニキたちが目ェつけてたハズなんだが……」
「別の組がカコってたとか、ないンスか?」
「……ありえるな。持ち主がホカにいるならメンドウだ。なんせアレだけのタマだもんなぁ」
「どうします?クスリ漬けにして姦ッちゃいます?」
「カシラに相談してみるよ」
コイツら、とオレは〇ゅ~る片手に力みかえった。
なるほど下司野郎だ。“撥ね殺しがい”があるぜ。
他にも話が聞けるかと思ったら、あとは下らない自慢話や美味いラーメン屋の情報になってしまった。
――おっと。
こうしちゃいられない。
オレはレジでち〇~るの代金を払うと、いそいそ元の待機場所にもどった。
いた♪
ブロック塀の上で香箱座りをしていた黒ネコが、こちらをみてひと啼き。
オレはいそいそと買ってきたばかりのモノを取り出す。
食べ物の気配を察知したのか、トスッ、とネコが壁から飛び降りてきた。
細長いチューブを破り、しゃがみこんで差し出すと黒ネコは片足をオレの手にかけ、眼を細めて一心不乱に舐めだした。
ふふっ、と笑う間もなくコンビニから例の二人組が出てきた。
まずい、後を追わなきゃと思うまでもなく、彼らはまっすぐコチラに向かってくる。
予想外の展開だった。
「ほら、このオヤジっすヨ。さっきオレらのハナシ聞いてたヤツ」
パーカーが、しゃがみ込んだオレを指差し、嘲笑う。
「バレてねぇと思ったのかよ、ん?」
オレはなるべく人畜無害そうな顔を装い、話の分からぬフリをする。
「野良ネコにエサなんかやってやがる。イケないんだ」
そう言うやパーカーはいきなり近づくと、ちゅ~〇を舐めていたネコを蹴り上げた。
無音のまま、ネコは何かを吹き出しながら夜空に舞い上がり、壁の向こうに消える。
「何するんだ!」
「知らねぇのかよ?野良にエサやると、汚ねぇ野良が増えるだろ?」
「だからといって!蹴ることないだろ!」
「あ――?ヤンのかオッサン」
こういうガキばかりが増えやがる。
子供のころから社会に甘やかされたせいだ。
「このオッサン一丁前に怒ってますヨ――アニキ?」
「ジョージ、ヤめとけ」
軍用コートが、こちらを値踏みするような上目遣いで。
「カタギに手ェ出すな」
「ビシッと教育してやりましょうよ?オレの右フックで沈めてみせますヨ」
ボクシングのポーズを取る相手にオレの怒りが加速する。
ナメるなよ?こっちだってアルジェリアのカスバとマルセイユの裏道という、ケンカの本場で修業を積んだ兄さんだ、と坊ちゃんのような事を考えながら相手のパンチを受け流す。
右、右、左。
態勢が崩れたところを足払いをかけ、転ばした。
――ヤバい。
目はついてゆくのだが、息切れがする。
日ごろの運動不足がたたっていた。
「野ッ郎ォ!」
立ち上がったパーカーがポケットから何かを抜き出した。
――青竜刀!
いきなり切りかかってきた刃筋に左腕で防御する。
パーカーの持つ得物が、金属に当たって跳ね返される音が夜道に響いた。
コイツ!とパーカーが叫び、颯ッと飛び跳ねて距離をおく。
その姿をみて、場数を踏んでいるガキだとオレは相手を再評価する。
ヤバイと思ったら一旦退く姿勢。
そうとうワルの経験を積んでいるとみた。
窃盗、強姦、強盗、詐欺――ヤツら流に言えば“ヤンチャ”というヤツ。
踏み込んで一撃を加えたかった。
だが、息を整える時間も欲しい。
「思った通りだ……シロウトじゃねぇな?」
かたわらで腕を組んだドレッドのニヤつき。
ヤバい。コイツは本物だ。
パーカーのようなチンピラとまとってるオーラが違う。
さすがは轢殺対象。【SAI】が嬉々として撥ねそうだ。
だが――何だろう。妙に同じ“気配”がするような……。
「俺たちを……
「ハァ?さっきのネコにエサぁやりたかっただけだ。これをこのガキが――」
オレは相変わらずガンを飛ばしてくるパーカーをニラみつける。
攻撃の意識を消していないとみえ、青竜刀は構えたままだ。
「キミんトコの舎弟かぁ?
「オヤジ手前ェ!」
アスファルトが踏み鳴らされる、ささくれた気配。
パーカーが下段から襲ってくる。
青竜刀の刃筋が今度は読み切れない。
受けるのはあきらめ、呼吸を合わせとっさに捌いた。
身体を入れ違えざまに左袖からモンキー・レンチを引き抜くや、相手が構えるヒマを与えず一閃、アゴのあたりに叩きつける。
間違いない。
骨のくだけるような快感の手ごたえ。
意味不明なくぐもった唸り声が相手のガキから。
「ジョージ!もう止めな。おめぇの負けだ!」
診ればジョージと呼ばれたパーカーの下あごは「くの字」に歪み、みるみる内出血が始まってゆくのが分かる。顔をおさえ、しばらく少年は苦悶していたが、やおら青竜刀を棄てるとポケットに手を突っ込んだ。
「ちょッふぁり!!」
抜き出した手には、銀色をした小さなモノが握られている。
パン!とクラッカーのような乾いた音。
――それは……。
トン、とワキ腹にネコが体当たりしてきたような軽い衝撃だった。
だが奇妙なことにオレは足の力が抜け、へたり込んでしまう。
「馬鹿!てめえナニやってンだ!」
さらに狙いを付けようとするパーカーの腕をドレッドが抑え込み、空へ。
パン!とさらに乾いた音。
小さなものがコロコロとオレの目の前に転がってきた。
――薬莢?
少し離れたところでモミ合いがあり、パーカーの銃は取り上げられる。
顔をおさえ、なかば朽ちた捨て看板が巻き付けらる電柱に、顎を砕かれた小僧はもたれかかってしゃがみこむ。
ドレッドは小さな銃を握ったまま、しばらくオレを見ていた。
やがて――この青年は考えを変えたらしい。
「……そうだ、見られちまってるモンな」
腹をおさえてうずくまるこちらを一瞥し、オレの頭に銃の狙いをつける。
小型の拳銃だが、銃口がトンネルのように大きく見えた。
そうか、と覚悟をきめる。
(これがオレの“死”か)
どこか他所事のように冷静になっている自分。
――つまんねぇ人生だったな……。
「アバよ――オヤジ」
そのとき、近くでパトカーのサイレンの音がし始めた。
誰かが通報したらしい。
チッ、とドレッドは唇をゆがめ、
「ツイてるな、オヤジ」
そう言うや“ジョージ”を引き立てて、横道の奥へと消えてゆく。
オレは心臓のペースでズキズキ来るようになった横腹を抱え、道のはしまで匍匐前進してゆくと妙に寒く感じる身体をブロック塀にあずけた。
あたりの住宅に、灯りが点く気配はなかった。
ひょっとすると“都市過疎”がすすみ、辺りはみんな空き家なのかもしれない。
あるいは年金暮らしの老人ばかりで、みんな早寝しているとか。
気がつけばパトカーの音も止んでいた。
そうか、とその時気づく。
――【SAI】だ……。
≪ポパイ――無事ですかポパイ!≫
道のむこうから、無人のトラックがソロソロとやってきた。
車がひとりでに走っている絵面は、まさしくカーベンターの映画チックで、どこかホラーなものがある。こんどリアル・ドールでも助手席に乗せておこうか……。
その光景を思うと、ヘンな笑いがこみ上げてくる。
笑いは収まらず、とうとう自分でもブレーキが効かないまでに。
≪ポパイ!撃たれましたね!?大丈夫ですか!!≫
「大丈夫に見えるんなら(ヒャッヒャッヒャ)眼医者に行った方がいいな。どうやらここが終着点のようだぜ……」
≪体温低下。出血によるショック症状を起こしています!≫
ようやく笑いの収まったオレは、全身の冷たさにようやく事態を悟った。
「かまうなよ【SAI】……なんかもう疲れたよ」
≪事業所に連絡します、間に合わない場合、ポパイ!あなたを轢殺して転生させます≫
「オークのチンカスに生まれかわるなんざ……まっぴらゴメンだ」
≪……では何に転生したいんです?≫
「女の子がこぐ自転車のサドルかな……」
≪『ゾンビ・コップ』じゃないですか!……ポパイ!?……しっかり!がんばらないと美少女に転生させますよ!?≫
よせやい――と、オレの唇は動いたかどうか。
もう口をきくのすらおっくうだった。
あたりが、みょうに暗く見える。
街灯の照度が落ちたような。
緊急!緊急!緊急!と【SAI】が本部を呼ぶ気配。
手の甲がくすぐったい。
えっ、と目玉だけ動かして見れば、さっきの黒ネコだ。
――よかった、オマエ無事だったのか……。
一瞬、ホッとするが、良く見ればネコの身体が透けて見えて。
――あぁ……やっぱり。
上から近づくモーターの駆動音。
轢殺用トラックが、ゆっくりと身体にのしかかってきた……。