試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第5話:団欒の無残な崩壊――そして“ブレヒト的”解決(1)

 それは、王宮の大会合からそろそろひと月ほども経ち、雨季の気配すら鼻先に感じさせる春も遅い晩のことだった。

 

 簡素な夕飯もおわり、オレは暖炉の前で有価証券の乱高下に関する報告書を読みながら食後の果実をとっている。

 最近の仕手筋の動きはおかしい、というのがその報告書の骨子だった。

 

 “まるで近々、混乱が起きることを予期しているような先物買いも乱発。

  穀物相場も荒れ、鉄鋼、あるいは冶金工学に関する工房の株が上がっている――”。

 

 と、屋敷に早馬の気配がする。

 

 蹄が前庭の石畳をふみならす音。

 酷使されたらしい駿馬が、鼻をならして。

 通いの馬丁たちがののしりさわぎ、松明を持ち出す気配。

 

 「隊長ォォォォ――隊長ぉぉぉぉ!!!」

 

 屋敷の荒くれどもの制止をふりきり、胴間声をあげる聞きなれない呼び声。

 

 ――いやまて。アレは……第一中隊のニキティ伍長?

 

 オレたち夫婦は顔を見合わせた。

 寝転がって足をパタパタさせ、絵本に見入っていた娘も聞き耳をたてて興味深々といった風に。

 

 

「なにかしら――こんな晩に」

 

 妻であるシーアが少し眉をひそめ、エルフ族の尖った耳をピクピクと。

 

「なにか急なお仕事?」

「さぁ――聞いとらんな」

 

 年老いた家令がアタフタと家族専用の居間に入ってきて、

 

「本部から伝令で御座います――殿さま」

 

 案内を待たず、おいぼれ、ジャマだ!とばかり武装した伝令が家令を押しのけ、馬の汗の臭いを振りまきながら入ってくるや、

 

「隊長!王都で武装蜂起です!」

 

 思わず持っていた報告書をとりおとす。

 いや、何かの聞き違いかもしれないとオレは間抜けにもオウム返しに、

 

「――武装蜂起、だと?」

「暴徒が、弓銃や炸弾投石器、大型火炎放射器などを帯び、要所を攻撃中!」

 

アームの付いた炸弾投石器?それに大型火炎放射器だと?

 

「バカな!いったいどこからそんな大型武器が入ってきた?」

 

 言ったそばから水牛属のおかみさんの言葉が、脳裏にフラッシュバックして。

 

『森の街道を、献上用の美術品だとかナンだといって、大きな箱をのせた駄車がいっぱい行き来して……』

 

 ――まさか……。

 

近衛(このえ)や衛士隊の宿舎が薬物や攻撃邪術を使って襲撃され、なかば壊滅状態!いま、我々の側でも全隊に非常呼集をかけていますが追いついてません!反乱は近郊の村々にも拡大中!隊長――お早く!」

「中央集団に連絡は!?それとなぜ伝書精霊を使わん?」

「制空権を取られました!上空に、咬竜が!」

 

 手慣れすぎている、とオレは(うめ)く。

 

 とても一介の暴徒の仕業とは思えない。

 背後に組織立った集団、あるいは軍隊経験のある……。

 

 イヤな予測が次から次へと浮かんでくる。

 

 先年あらわになった元老院と王宮との軋轢。

 あるいは枢機議会の中におけるクーデターまがいな権力簒奪。

 

 ――宮殿内部の裏切り……か?

 

 サッ、と胸が冷たい水にひたされたように。

 

「あなた……」

「シーア。サフィをつれてな、明日にでもオマエの村に帰ってろ。しばらく物騒(ブッソウ)なコトになりそうだ」

「あな……お館さまは大丈夫でございますか?」

 

 狭い家族用の居間に他人が大勢ひしめき合うためか、妻の口調がいつもの言葉を遠慮し、格式ばった呼び方にかわった。

 

「ハ?ナメてんのか!ウチの隊は猛者(もさ)ぞろいだ。心配するな」

 

 さすがに口達者な娘も、気配の異様さをかんじたらしい。

 絵本と大きなぬいぐるみを抱き、青い顔をして。

 やがて、その顔がふとゆがみ、

 

「パパ……いっちゃダメ!」

「ん?どうした?」

「パパ、いったらしんじゃう。うしろにクロいヒトいる」

「――えぇ?」

 

 ゾッとして思わずオレは背後を見る。

 もちろん――そんなものはいない。

 

「サフィ、ヘンなこといわないの」

「だって……」

 

 オレは素早く装備を整え、太刀と刀を両方下げた。

 そして家令や屋敷づとめの従僕に矢継ぎ早に指示を与える。

 

「ともかく、家の戸締りをしっかりな?明日にはここを出ろ。ここも戦場になるかもしれん」

 

 オレは妻に念を押して外に出る。

 早くも夜の空気は緊張を孕み、戦雲の気配を告げているかのように。

 かなたの空はすでにほんのりとオレンジ色にそまり、大火の存在を告げている。

 とうに馬丁は最近一番コンディションとされる旋風(つむじかぜ)号の着装を終え、馬房から引き出していた。

 好戦的な葦毛(あしげ)の馬は明敏にも異変を察知したか、前足をしきりに掻いて乗り手に騎乗を急き立てて。

 オレは鼻息あらく勇み立って首をふる馬のアゴをポンポンと撫で、

 

「よしよし、タノむぞ!“旋風”!!」

「殿、ご武運を」

 

 老執事の声が、一連の喧騒の中で頼りなげにヨボヨボと渡った。

 

「隊長!お早く!!」

「お館さま!――お気をつけて!」

「パパ!」

 

 様々な声が乱れ飛ぶ中、いちど葦毛は勇みたって前脚をあげたかと思うと、二騎の姿は電光のように屋敷の車寄せから飛び出した。

 

 街道灯の乏しい夜道が矢のように後ろに過ぎ去って。

 まるで自分を殺そうと彼方から放たれてくる(つぶて)のように。

 ふと、妙なイメージがそこに混じる。

 広く整った道の真ん中を、どこまでも続くしろい点線……。

 なにか巨大なものの上にのって、馬よりも(はや)く疾駆していたような……。

 

「近衛は?今夜は何班だ!」

「ザーランドの6班です!あの“無能のザー公”ですよ」

「ケッ!なんてコトだ――間が悪いなァ!」

「奴ら、それすらも計算のうちでは?」

「だとしたら最低、内通者がいるってコトじゃないか!」

 

用心のため、二騎は街道から外れた区画を疾走する。

 

 手練のわざで水壕を飛び越え、まばらな生垣(いけがき)を馬体で貫き、(ねぐら)のフクロウを驚かす。

 

 おりしも血の滴るような三日月。

 

 それが村雲をかすめ、叢雲(むらくも)をかすめ、彼方の森から昇りはじめたところだった。

 

 轟々と耳元で風が鳴り、眼がシバシバと渇く。

 獰猛な聖獣にでもまたがってスッ飛んでいるような高揚感。

 まさに――騎龍の勢い。

 さきほどの意味不明なイメージがふたたび脳裏をかすめる。

 

 ――シーアのヤツ……。

 

 大丈夫かな、とふと気を緩めたその瞬間。

 

「――隊長!」

 

 声に含まれた危険信号に、歴戦の身体が自動で反応する。

 刀を抜きざま、飛来する一連の矢を叩き落とした。

 

「伏兵です!複数います!」

 

 ――チッ!

 

 まさか迎撃されているのでは。

 今夜の防衛行動が、すべて織り込まれている?

 

「抜けるぞ!拍ァく車ァァァぁぁ(突ォっ撃ぃぃィィィイイ)!!!」

 

 二騎は馬に活をいれ、突撃速度に。

 

 龍騎隊の抱える名馬たちの快速。

その機動性を生かし、追っ手を振り切りにかかった。

 飛び交う弓矢の驟雨を電光のごとく駆け抜け、待ち構えていた(くわ)やレーキを持つ獣人どもの群れを圧倒し、追いすがる二流馬たちを彼方へとおいてきぼりにする。

 

「隊長!」

「ン!貴様は下がれ」

 

 闇夜に、彼方から斬馬刀(ざんばとう)を振りかざした一騎。

 ダラダラと紅い月の光を背後に受け、急速に接近してくるのが見えた。

 

 オレは刀を小指を起点に握りなおす。

 

 命を白刃(はくじん)でやりとりするスリル。

 頬に、忘れかけていた笑みが自然と浮かんで。

 

 急速に縮まる彼我との距離。

 相手が、手綱を取りながら、重い得物を振り上げるのが見えた。

 

 ――バカが!

 

 すれ違う一瞬、相手は巨大な斬馬刀を横殴りにして襲いかかる。

 こちらの龍騎隊の馬は慣れたものだった。

 走りながらヒョイと首を下ろして。

 オレは刀を前に差しだし、斬馬刀の刃スジを、受けた刀にそってすれ違いザマに上へと滑らせ、凶刃をかいくぐる。

 

 腕を揚げるかたちでガラ空きとなった相手の胴。

 瞬時に後ろへと回ったオレの腕が握る、切れ味鋭い名匠の業物(わざもの)

 一挙動で騎馬の勢いをも加味し“抜き胴”の要領で重心を思い切りのせて前へ。

 鎧のすき間にねらった脾腹(ひばら)を“会心の一撃”で絶ち斬る。

 柄を握りしめる小指のウラに、相手の骨を存分に断った手ごたえ。

 

 ふりむくまでも無い。

 

 重いものが地響きを立てて崩れる音が、一瞬、遠くでかすかに。

 勝利を確信したのか“旋風”が小気味良さそうに一度、首を振り立て鼻を鳴らす。

 速度を落としていた伝令が追いついて、

 

「お見事です――隊長!」

「昔はもっと巧くヤれたもんだがなァ!年はとりたくないぜ!!」

 

 しかし森を出たところで、ついに伝令が乗る馬の行き脚が尽きた。

 

「隊長!自分はここでヤツらを食い止めます。どうぞお先に!」

「ん!無理するな!」

 

 ()ッ!と二頭は分かれ、一方は城塞の方へと駆けてゆく。

 

 四半刻の後。

 オレは汗まみれの旋風に乗り、龍騎隊本部の馬溜まりへと蹄も高らかに乗りつけた。

 隊長が本部に到着したことで、混乱を極めていた戦闘集団はワッ!と生色を取りもどした気配。サァ反撃だ!の掛け声も。

 

 オレは攻撃装備のまま近づいてきた隊員に馬上から、

 

「曹長!伝令ニキティ伍長が61地区にて伏兵と交戦中!一個小隊選んで応援に向かえ!」

「了解!スヴォヴォダ曹長、一個小隊を率いて応援に向かいます!」

 

 喧噪を極める作戦司令部に、次から次へと伝令によってもたらされる凶報。

 

 ・第三中隊・稼働人員半減。転進(撤退)

 

 ・第一中隊宮殿前広場ニテ孤立中、応援ノ要請アリ!

 

 ・第八狙撃小隊、所属不明ノ戦闘ユニットを確認ス!

 

 精鋭中の精鋭である龍騎隊・強行偵察小隊のいくつかも所在不明だ。

 一部では部隊が包囲され、奮戦のすえ玉砕・消滅したという未確認情報も。

 

「なぜだ……なぜここまで一方的にヤられる?」

「――隊長」

 

 ひと働きしてきたらしい副長が、返り血の臭いをさせながら耳打ち。

 

「獣人の一群を率いてた連中の剣スジに、見覚えがあるという者がいます」

「どんな?」

「……風塵剣」

 

 一瞬、虚を突かれた。

 砂嵐を思わせる、変化自在な刃筋の定まらない剣。

 遠征隊“風虎”のお家芸。

 

「そんな……バカな」

「あのヴィヴォラスキが一刀のもと、袈裟斬りに殺られました。死に際に……」

 

 古い同門の“虎”の字が浮かぶ。

 まさか――ヤツが。

 

 伝令が一騎、駆け込んできた。

 

 またがる馬が力尽きたのか、そのまま前脚を折って横転する。

 乗り手は辛くも鞍を飛び降りてころがり、まわりに援けられてフラフラ立ち上がると、あたりの喧騒に向かい、

 

「中央軍集団と連絡が取れました!王宮本殿は、放棄!王族の方々は夏の離宮へと避難。西側の第二王宮が占拠され、それに付随して西の方面から武装した獣人の集団が続々と集結中であります!防御側は第六区で抵抗線を構築、龍騎隊にあっては右翼より集結する敵の中枢を攻撃されたしとエズラ筆頭顧問官からの命です!」

 

 本部に残っていた主だったものが、作戦室の大地図に集まる。

 

 そこからは見事に統率された敵方の動きが見てとれた。

 髪をひっつめに結い、長いT字バーで模型を動かし、柄付きチョークで、データーを書き込んでゆく制服姿なエルフの女性係官たち。

 

 巨大な立体地図から浮かび上がるのは、陽動も交えた見事な連携作戦と、複雑、かつ迅速・有効な指揮系統だった。

 

「……たいしたものですな。これはもう本職の仕事だ」

「火線の動きを見てください、ヤツらの目的は――火薬塔なのでは?」

「手にした爆発物から、国全体で無差別テロが目的か。あるいは……」

「主目的が分からんな。政権の転覆や国庫の略奪というワケでもなさそうだ」

「あるいは王族の粛清かも」

 

 諸君、とオレは声を上げた。

 その場にいた全員の視線をヒシヒシと感じつつ、

 

「ことココに至っては、我々の相手が訓練・統率された第一級の戦闘集団であることを認めざるをえない。単騎戦闘は避け、かならず一個小隊以上で対応すること。衛生班は医薬品の再確認。輸送班は食料等の補給残量チェックを厳とせよ。この一両日中が――勝負だ!」

 

「応!」と声をそろえた特殊戦闘団の斉唱。

 

 臠殺の気は一瞬、広間にみなぎった。

 


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