試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     * * *

 

「ヘ……見え見えなんだよ……バ~カ!」

 

 オレは脇腹に刺さったナイフをそのままに、脇差を取り落としてヨロヨロと立ち上がる。

 そして、いかにもザマミロ的な顔をしてやりつつ、

 

「オマエ……オレに自分を殺させようとしたろ」

 

 声もなく呆けたような相手。

 オレは力の入らない笑みをどうにか投げつけて首を振り、

 

「シーアを(おか)しただの……娘をオークに輪姦(まわ)させただの……こっちの怒りをアオルようなコト言ってサ。相変わらず演技がヘタだ……オレに清音を譲ろうとウソをついた時からチッとも進歩しちゃいねぇ……ナッちゃいねぇんだよ」

「お前――なんで」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 沈黙があった。

 “旧友”はうなだれ、目の前の芝をながめている。

 

 夕方の微風が吹き始めた。

 火事の後のような臭いと、死者の臭いを載せ、まるで行き場を失って嘆く霊のように方向を定めずに。

 

「マ、自分のケツは、自分で拭きな。()()()の“革命ゴッコ”がどういうコトになったか、それを悟ってから“コッチ”に来るがいい」

 

 死につつあるという状況が、口調を本来の自分が持っていた磊落(らいらく)なものに変えている。

 特殊騎士団の長という立場になってから、久しくわすれていた言葉だ。まるで学生時代に戻ったような……。

 

 オレはフラフラと立ち上がる。

 捨てた長剣と鞘を拾いあげ、納刀するとそれを杖にした。

 

「こっち?どこにいくんだ!」

「家族のトコさ……シーアやサフィが……待ってる……」

 

 崩れかかるところを危うく“虎”の肩に支えられた。

 そのまま屋敷にはいると、先ほど出会った家族用の居間へ。

 

 すまない、と“旧友”は噛んでいた唇をようやくほどき、

 

「俺はお前ェの屋敷に(ひそ)もうと、独りでここに来たんだ。したらオークどもが好き放題に……ぜんぶ殺してやったよ。だが奥さんたちは――間に合わなかった」

 

「ははっ、道理で……シーアを()ったオークの頭の凹みに、オマエの馬鹿力を()たぜ」

「あんなクズどもに剣を使うのは勿体ないからな。納屋の二匹をやった時に思い知ったよ。刃身がクサる」

 

 ここに居ろ、と“旧友”は自分が座っていたソファーにおれをズリおろした。

 

「衛生兵を呼んでくる。ここから2kmのところに近衛の分隊が居るはずだ」

「まて……オレはもうイイ……いいんだ」

 

 待ってろ!と“旧友”は部屋を飛び出して行ってしまう。

 外でオレが繋いだ馬のいななきがして、蹄が遠ざかってゆく。

 

「……あのバカ」

 

 捕まっちまうのに、とオレは舌打ち。

 そして不意に(そうだ……)と思い出した。

 

 妻の死体を、いつまでもオーク共に蹂躙させておくわけにはいかない。

 娘も杭からおろしてやらないと可哀そうだ。あの世に行ってから、オコられッ(ちま)う……。

 

 ヨッコラせと立ち上がり、ソロソロと壁伝いに廊下をゆくと、行く手の扉がそっと開く気配がした。見れば老家令が、腫らした顔で、

 

「殿!……良くご無事で!」

「いや、爺ぃ……あまり無事でもない」

「なんと!おケガを!お待ちください、いま――」

「オレのことはいい……まず一体どうしてこうなったのか、教えてくれ」

 

 ハィ、と老家令は肩を落とし、

 

「奥様は……この屋敷をお立ち退きなさいませんでした。殿のお屋敷であるここを守るのだと。それに街道も、追いはぎやら強盗やらのウワサで持ち切りでして……それならばと館に籠城を決めたのでございます。すべてがうまく行っていたのでございます。すこし前までは……」

「娘だけでも――」

 

 と言いかけて、オレは口をとざした。

 

 ――強盗に()ったら同じことだ……。

 

 最悪、死体すら手もとに残らなかったかもしれない。だが……しかし……。

 

「わたくしがここでここで事務を執っておりますと、あのおそろしいオークの一団が、不埒(ふらち)にもドヤドヤ入って参りまして、いきなり襲われ……」

 

 そこで老家令の青紫に腫れたほおが、ハッと引きしめられた。

 

「奥様……サフィールお嬢様は!?」

「爺ィ、おまえはここに居ろ。見ない方がいい」

 

 シワを刻んだ顔が、ワナワナふるえだす。

 

「なんと!それでは……それでは……!」

 

 涙を流して震える老家令の肩をたたく。

 

 視界が暗くなってきた。

 オレは制服の隠しポケットから秘伝の錠剤を取り出す。

 命は縮まるが、その代わりわずかの間だけ活力を最大限に増すという、特殊部隊でも玉砕寸前に使われる奥の手の薬だった。

 

 くちに含むと、炭酸水の弾けるような気配。森長のラムネを思い出す……森長?……ラムネ?……なんだったか。

 全身に高揚感が湧き、気力がよみがえってくる。うす暗い視界はそのままだが、心眼めく感応力がそれを上回り、眼をつぶっていても歩けそうだ。

 

 危ないところで硬直が始まっていた広間のオークどもを妻から蹴りはなし、彼女の遺体を整えて長卓(テーブル)に寝かせる。

 

 前庭の娘の死体は、難物だった。

 

 オークの怪力で突き立てられたのだろう。

  【自主規制】    杭は、ビクともしない。

 また死体の筋肉が収縮し、杭をガッチリと食い締めているのだ。

 

 しかたなくオレは死体の両脚を

 【自主規制】 

 杭を一挙動に切断した。

 

 空中で死体受け止め、つらぬく杭ごとオレは娘を横抱きにして広間にもどる。

 

「――お嬢様!……なんとムゴい!!」

 

 いつのまにかやってきて、妻の死体の傍らで揉み手をしてボロボロ泣いていた老家令が、【自主規制】 娘の(むくろ)をみて悲憤のあまり天を仰いだ。

 

「神よ!照覧あれ!――これはなんの裁きでしょうか!」

 

 双腕をあげ、神を呪詛する家令の傍らで、オレは娘の無残な遺体を妻のかたわらに並べる。

 

「もうダメです……もうわたくしは……見ておれません」

 

 オレは窓からレースのカーテンを取り外すと、二個の物体をおおう。

 白い生地に、血の跡がポツ……ポツと浮かびはじめた。

 

 オレは傍らにチ○ポ丸出しで転がるオークの巨大な死骸を横目にする。 

 この哀れな霊安室に、斯かる不浄なものを置いておくわけにはいかない。

 一体ずつ、苦労して外へと引きずり、門代わりな生垣の外へと蹴り出した。

 三体目を引きずるころには目ざとい野犬がはやくも集まり始め、歯を突き立てている。

 

 オレの視界が、ブレはじめた。

 脇腹が、焼き火箸を突き立てられたように(うず)く。

 いつの間にか西の端にかかっていた陽が、痛む背筋を伸ばしたオレの眼を射た。

 

 ――この夕暮れも見納めか……。

 

 結局“虎”は帰ってこなかった。

 まぁそれでもいい、と思う。

 

 生き延びた奴が何を見て、何を悟り、そして死ぬ間際に何を想うか……。

 あとはアイツの宿題だ……。

 

 ――さぁ、オレも妻たちの近くにいって休もう……。

 

 さいごの力を振り絞り、オレは屋敷へともどる。

 広間に入った時、オレは驚きのあまり足を止めた。

 

 長卓(テーブル)の上には、なにも載っていなかった。

 血のしみたレースのカーテンはもちろん、老家令すら姿がみえない。

 

 狼藉(ろうぜき)の後のガランとした空間が、オレの前に拡がっていた……。

 

 ――そんな……バカな。

 

 オレは空っぽの長卓(テーブル)を阿呆のように見つめる。

 

 まさか、あの()ィが?

 いやいやいやいや……。

 あの老人が重い死体をこんな短時間に独りで運べるワケがない。

 

 オレはヘナヘナとダイニング・チェアに座り込んでしまう。

 

 ――やぁ。どうやらもうオシマイのようだね。

 

 声の方を向けば、いつか夢で見た黒ネコ。

 狭くなった視野に、そよそよと二またのシッポを動かして。

 

 すると……これは幻覚だろうか。

 広間も、なんとんく古びていて早くも廃屋の気配がする。

 空気が、長いこと手入れされていない建屋特有のにおい。

 

 ――もしかすると、もうオレはとっくの昔に死んでしまっていて、魂だけが主のいない廃墟に戻ってきているのかもしれない。

 

 ――ソレは、チョットちがうんだなぁ……。

 

 黒ネコは、二本のシッポをいかにも得意げに揺らしつつ、

 

 ――言ってみれば、キミは“ドラマツルギー”の犠牲になったんだよ。

 

「なに、なに?ドラマ(つるぎ)?」

 

 ハハッ、ワロス。と相手は黒い毛並みに紫の艶を奔らせ、

 

 ――あるいは、統合事象面のエントロピー的な収支合わせに巻き込まれたのサ。

 

 この(クソ)ネコ、とオレは思う。

 

 ――大学出だか知らないが、ワケの分からんこと言いやがって。

 

 ――“糞ネコ”とはごあいさつだネェ。

 

 黒ネコは、またもペロペロと顔を洗いながら、

 

 ――ともかく、キミの存在軸はゆらいでしまった……言ってみれば、イス取りゲームから(はじ)かれたようなモノさ。キミのおかげで、周りの人も巻き添えにしてね。

 

「どういうことだ……?」

 

 ――こういうことさ。

 

 ♪ズンチャ・ズンチャ・ズンチャ・ズンチャ・ズンチャ。

 

 カーステから流れるような、軽快な音楽。

 

「♪は~パヤパヤ・あぁ~パヤパヤ」(ウフン♪)

 

 みょうなリズムに乗って、殺したハズの筋肉オークたちが腕を組み、あろうことかゴスロリ・メイド服のコスプレで、腹立たしいほど息のあったラインダンスを演じながら入ってきた。

 

 なんと!そのうちの一匹はニコニコと笑う我が娘を肩車している。

 おまけに娘はドカヘルをかぶり「ドッキリ大成功!」というプラカードを持って。

 

「や~いパパ、だまされた~♪」

 

 娘の笑い声。

 タンバリンを鳴らし、妻が回転しながら踊り子の衣装で優雅に現れると、

 

「これはゲキ~♪劇~♪げ~き~な~の~Yo~~~♪」

 

 ()(とん)(きょう)な調子でソプラノを。

 思い出した。

 妻の唯一の弱点は、音痴ということなのだ。それがため、ご町内のカラオケ大会では返ってヘンな人気が出て、妻が舞台に登場すると異様に盛り上がるという……。

 

 ソフト・ハットと白スーツなムーン・ウォークで登場する“旧友”。

 「パァゥ!」

 とかナンとか言ってキレのある鋭い身振り。

 

 「茶!――♪♪――宿直!!――♪♪宿直!!――♪♪」

 

 ぐぃぃぃ~んん……と前のめりになって、また元にもどる。

 なんなんだオマエは。

 

 その背後では、伝令のニキティ伍長やスヴォヴォダ曹長がクルクルと華麗なブレイク・ダンスを披露し、オリンピック競技にでも出るのかと言うくらいなワザで、この狂乱した一幕を盛り上げて。老家令が器用にもティーポットのセットが乗った盆を片手に“虎の字”の踊りに加わる。

 

 顧問官がマントをひるがえし、悠然と入ってくるや、イっちゃった眼で「豊かな地球を守ろうよぉぉほ~♪」と歌い始め、全員がそれに唱和した。

 

 「歌声喫茶」※と「オフィシャル・ビデオ」と「ベルトルト・ブレヒト」の舞台が悪夢チックなコラボを織り成した情景の中で、黒ネコだけがニヤニヤと、こちらの狼狽ぶりを眺めつつ、

 

 ――キミは、この状況を収束させる()()があるよ?

「……いったいどうやって?」

 

 言われたオレは迷わざるをえない。

 そう、一体どうしろってんだ。

 

「オレってまさか……○むらチャンのように棺に横たわってる?」

 ――ずいぶんと惜しいトコロを行ってるねェ。キミたち人類は、つくづく興味に価するよ。

 

 “玉砕錠(クスリ)”の効果が切れてきた。

 

 ナイフで刺された脇腹が燃えるように痛む。

「さぁ、ご一緒に!」

 

 目の前の登場人物が、踊り、歌いながらニコニコと一斉にこちらを向いた。

 

 オレは「王は踊る」というジャン・バティスト・リュリを主人公とした映画の中で、モリエールが最後を迎える場面(シーン)を思い出した。

 

 そして、図らずも同じセリフを呟いている。

 

「お迎えが……来やがった……」

 

 オレは、ついにダイニング・チェアから崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        * * *

 

「♪これはげき……劇……♪げ…き…な…の…Yo……♪」 

 

 自分の声に、オレは目を開けた。

 

 ワキ腹が痛い。

 白い光が、天井に差している。

 静寂。いや、どこかで音楽が。

 白いシーツに、ベッド。

 屋敷の寝室ではない。もちろん龍騎隊の病院でもない。

 

 

 ――天国か……それとも地獄……?

 

 傍らを見ると「メルモ」という医療器具メーカーの点滴システム。

 いくら受注活動にシノギを削る医療業界だって“あの世”まで販促活動はしないだろう。

 

 ――それとも……するのか?

 

 ナース・コールのボタンがあった。

 身じろぎをすると、ワキ腹の痛みが増す。

 

 力の入らない手で押して、しばらくするとカーテンがシャッ!と手荒く引き開けられた。

 いかにも清潔そうな、白い服の女にオレは、

 

「本部の副長に連絡を取ってくれ……それからキルン顧問官にも」

「連絡先は?」

「本部だ!“龍騎隊(りゅうきたい)”本部。伝令を出せ。早馬(はやうま)の予備はあるか?」

 

 クスクスと笑い始める白い服の女の後ろから、長い白衣を来たチビの男が、隊でも使っていないような妙に小さい高性能ライトを当てて、

 

「まだ意識の混乱があるようだね。自分のお名前、いえますか」

「どこだココは!?オレは“龍騎隊”隊長――」

 

 上半身を起こそうとしたところでワキ腹の激痛にねじ伏せられる。

 

「ほぐぅ!……っッッ!!」

「あなた、腹部を撃たれてココに緊急搬送されたんですよ――覚えています?」

「撃たれた……」

「ワキ腹をネ?さいわい貫通銃創だったから大したことありませんが、容態が安定したら、あとで警察が事情徴収に来ますよ?」

 

 ボンヤリしているオレに白衣の小男はカルテに何か書き込みながら、

 

「お勤め先にほうには、連絡します?えぇと――『ワクワク転生協会』?」 

「……」

 

 炭酸水がハジけるように、轢殺屋(れきさつや)の記憶がもどってきた。

 重量級のトラックと、あのクソ生意気な【SAI】のことも。

 

 ――そうだ、オレは仕事に失敗して、ガキのチンピラに銃で……。

 

 剣の記憶が、馬上の疾走感が、優しかったシーアの記憶がうすれてゆく。

 

 あの世界の充実感。

 命をやりとりするスリル。

 そして上に立つ者の責任感。

 

 オレはノリが効いた硬いベッドの上で脱力する。

 そして無味乾燥とした天井を、力なく眺めた……。

 

 

 




※なんか昔は「同伴喫茶」とか「GOGO喫茶」とか、イロんなものがあったみたいです……。

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