試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第7話:夢の中の妻に

「ごめんなさい、お待たせして……」

 

 えっ、とオレは驚く。

 まるで失くしたと思ってものが帰ってきたような。

 後から考えると、この時、オレは嬉しかったんだと思う。

 それが表情に出たのか、相手もこっちの表情を見て嬉しそうに、

 

「どうなさったんです?そんなお顔して」

「なに、こんなヘンな話をするオヤジだから、てっきり愛想つかされたものだとばかり」

「いやですわ?まだ“オヤジ”なんてお歳でもないでしょ?」

 

 オレは相手の顔を見直してわかった。

 なんのことはない――化粧をなおしていたのだ。

 

「さ、どうぞ。もう冷めてしまったかな」

 

 オレは彼女に缶入りの温かいレモンティーをさしだした。

 

「ありがとうございます……」

「すまんね。自分でもこんなバカげた話をヨソ様にするなんて。まったく信じられないんだよ」

「いいえ、馬鹿げてなんかいません」

「ほんとに?」

「えぇ――お分かりにならないでしょうけれど、わたし、すごく救われた思いがしますのよ?」

 

 オレは改めて目の前の女性を見た。

 

 25、6歳というところだろうか。

 シーアそっくりの後ろで結い上げた髪。

 金髪ではなく、ダーク・ブラウンに染めてある。

 

 オーソドックスに茶系の濃淡上下でまとめるジャケットとスカート。クリーム地な品の良いブラウス。全体的に保守的なスタイル。だが、残念なことに喪服を思わせるような漆黒のスカーフが少しチグハグだ。オニキスのイヤリングも、華やかな印象の彼女には似合わない。

 

 社会に出て揉まれ、大学生の幼さがようやく取れはじめた頃合だろうか。しかし初々しさは、まだ残っている……と言うと本当にスケベ親父っぽくなるので言わないが。 

 

「どうなさいまして?」

「いや、面白い組み合わせだなと思って」

「なにがでしょう?」

「そのスカーフとイヤリング、ちょっと目立つな、と」

「……そう。嬉しいですわ、目立って」

「うれしい?」

 

 目の前の女は黙ってうなづいた。

 それからしばらく奇妙な硬い沈黙がつづく。

 そのそぶりから、彼女が何かを言い出そうとしている気配を察し、おれは遠くで遊ぶ子供たちの動きを目で追いながら、相手が話し出すのをじっと待った。

 

 やがて――ようやく彼女が、

 

「これはね、わたしが『死んだ』という証ですもの」

「死んだ?」

「そう。あなたの夢に出てきた、私ソックリの奥様のように……」

 

 人工庭園に風がやってきた。

 子供たちのはしゃぐ気配が一段と高まる。

 

「……理由を聞いていいかな」

 

 えぇ、もちろんと彼女はいかにもさりげない口調で、

 

「わたし……強姦されましたの」 

 

    

                * * *

 

 

 ――強姦?

 

 およそこの美人の口から出るにそぐわない言葉をきいてギョッとする。

 マヌケにも、オレは同じ言葉をオウム返しにするしかない。

 怪訝そうに見つめると、また相手の眼に涙がうかぶ。

 

「寄ってたかって――入れ替わりに……ムリヤリ乱暴されて……」

「そんな……」

 

 彼女自身が覚悟していたものより、やってきた情動は大きかったらしい

 いきなり彼女は(うつむ)くと、ささやくような小さい叫びで、

 

「もうわたし――(ケガ)れた身体なんです!」

 

 そういうや、両手で顔をおおう彼女。

 レモンティーの缶がコンクリの地面に撥ね、澄んだ音をたてる。

 また春の風が吹き、カラカラとオレの足に飲み残しの軌跡を描いてころがした。

 

 その次に“オレの身体”がとった行動は、自分でも信じられなかった。

 本人の意思を無視していきなり彼女の身をやわらかく抱き寄せると、ジャケット越しの細い背中をやさしく撫でさする。

 

 “異世界”では嗅いだことのない、洗練された化粧品の匂い。

 着やせをするのか、いがいにムッチリとした官能的な抱き心地。

 

 そのときになって、遅ればせながらようやく思い出した。

 

 これはシーアに“哀しいコト”が起きたとき、それを慰めるために使った方法だ。

 哀しいとかいっても、ぜんぜん大したことじゃないんだ。

 せいぜい、

 

 ・渡来の花瓶を割ってしまった。

 ・得意料理であるラムレーズン・パイの焼き加減をミスった。

 ・主婦の井戸端会議で口ゲンカになり、面と向かってオンチと言われた。

 

                       ……と、まあこんなところだ。

 

 そして彼女を抱く腕と反対側の手は自然と相手のスカートの下腹部にのび、そこにペタリと手の平をあて、まるで温めるように。

 

 これも理由があって、シーアのやつは哀しいことがあると、こう、下っ腹がキュゥゥ、ッと痛くなるらしい。 そこでオレが手のひらで温めてやると(……(アタシ)の事を少しは大事にしてくれている):シーア談、となり、少しは機嫌が良くなるのだ。

 

 反応を見ると、これがやはり彼女にドンピシャだったらしい。

 なよやかな背中をやさしく撫で、腹部を手のひらで温めていると、相手のふるえが収まってゆくのが分かる……。

 

 うつむいたままハンカチで目もとをおさえた彼女は、

 泣き笑いの笑顔をみせ、

 

「不思議な方……」

「え?」

「貴方にそうしていただいていると、まるで本当の夫に優しくされているみたい」

 

 ヒヤリとする。まさか亭主持ちだったとは。

 

「ご主人は――なんと?」

 

 身を離し、彼女はすっかりアイメイクで汚れたハンカチで目もとをおさえ、ほほ笑みつつ、

 

「イヤですわ――わたし、未婚です」

「しかし……“本当の夫”って」

「やさしい旦那さまがいたら、こうして下さるだろうな、って願望です」

 

 オレは思わずホッとした。

 離婚の養育費だけでなく不倫の慰謝料ともなったら、目も当てられない。

 安堵ついでに明るい口ぶりで、

 

「夢の中のオレの相手は、そうしてくれっていつも主張してたんです。失礼ながら腹に手をあてたのは、哀しくなるとココが痛むから手のひらで温めろ、と居丈高に命令されたんですよ」

 

 驚いた、と目の前の女性は目を丸くする。

 

「まるでわたしが昔、母にやってもらった通りですわ」

 

 彼女はかろくうつむいて、なにか思いあぐねている様子だったが、

 

「ほかに……他には、なにかあります?」

「え、そうだな。具合が良くなったら、最後に背中をポンポンて叩けって言われたな……」

 

 相手の表情(かお)に、快心の笑みがうかんだ。

 

「じゃぁ、ハイ」

 

 彼女はベンチの上で、さぁ叩けと言わんばかりに背を向けた。

 なよやかな肢体が、スーツ越しにも分かるほど艶めかしく身じろぎする。

 しかしオレの腕は、まるで慣れ親しんだ動作のように、あたりまえに彼女の背中を二回、やさしく叩き、さいごに背骨に添って手のひらスーッと一回さする。

 

「……今のは?」

「え、いや。最後にこうしてくれって言われたんですよ」

 

 まるで後から後から、あたらしい記憶が生まれる。

 そしてオレの身体は、それを百も承知のように意識より先に行動を起こしていた。

 

「他には――ホカかには何かありませんの?」 

 

 もっとあるでしょう?と言わんばかりに、含み笑いでおれに詰め寄る。

 この辺もシーアそっくりだ。

 

 あ、とオレは泡のように意識の水面へ浮かんできた“記憶”に声を上げた。

 

「ホラごらんなさい。なに?なに?」

 

 期待に目を輝かせる彼女。

 実はいちど妻を慰めていた時、ドサクサにまぎれてオッパイを揉もうとしたことがあった。そのときは泣きながらド派手に平手打ちを食らい、その後一週間ばかり粗末な晩飯が続いたのだ。

 もちろん、こんなこと初対面の彼女に言うわけにはいかないが。

 

「あとは……好きなものは女性にしては珍しくウナギ、とか」

「……白焼き美味しいですよね」

「好きな花はヒヤシンスとか」

「……まぁ」

「怒るとちょっとコワいです」

「……わたしは!いえその、そんな……怖くないつもりですケド」

 

 彼氏にコワいって言われたりしませんか?とオレは冷やかした。

 そういえば、シーア(アイツ)も「ヘンなところで根に持つタイプ」だと女友達からは怖がられていたらしい。

 

「……彼氏なんて居ませんわ」

 

 え、とオレはその言葉を疑う。

 こんな美人のおっぱいチャンがフリーだなんて。

 

「うそだ。貴女みたいなキレイな人が放っとかれるなんて」

「……そう、親が決めた婚約者がおりましたわ」

 

 と、それまでの雰囲気を、彼女は急に(かげ)らせた。

 やや久しい沈黙。やがて彼女は、子供たちが遊ぶ人工芝の方を力のこもらない遠い目で、

 

「でも――このことが先方に伝わって破談になりました……仕方ないですわよね?こんな(キズ)物になった女なんて」

「キズものだなんてトンでもない!」

 

 思わずオレはムダに力みかえってしまう。

 

「婚約者が断ってきたのですか?」

「……先方の家から、弁護士さんを立てて。メールも通じなくなって」

 

 酷い、とオレは首をふった。

 こんな時こそ、寄り添ってやるのが婚約者じゃないか。

 得体の知れないモヤモヤが胸にわきおこる。まるでシーアをバカにされたように。

 

「そんな薄情な奴だと結婚する前に分かって良かったじゃないか」

 

 口ぶりに義憤を込め、

 

「そんなの気にする必要ない。男の風上にもおけん!」

「そうですか……」

 

 急に弱々しい口ぶりとなった彼女は、口もとに寂しい笑みをうかべ、

 

「でも誠実な方だと思っていました……馬鹿ですね、女って」

 

 おそらく未練があるのだろう、やるせなさが彼女の落ちた肩からただよう。

 オレは腕の時計を見る。昼飯時だ、ちょうどいい。

 

 ――もうちょっと冒険してやるか……。

 

 そのとき、彼女はオレの手首を見て、

 

「あら――いいものお付けですのね」

「え、これですか?」

 

 意外にこの女性、目端が利くなと驚くが、理由を聞いて納得する。

 

「婚約者の結納返しを選んだ時に、すこし詳しくなったんですのよ?」

「あぁ――ナルホド。なぁに、サラリーマン時代の思い出の品ですよ。じつは私の方は、海外営業の仕事に入れ込んだあげく、妻に男作って逃げられましてね。いまは会社をやめてトラックの運転手しています」

 

 オレは、いまの微妙な身分を勢いにのせて白状してしまう。

 

「どうですか?これからランチでも。ここのレストランなんか良さそうですよ?それとも――トラック野郎ふぜいと一緒に食事するのは、気が進みませんか?」

 

 女性はすこし考えるようだったが、

 

「ごめんなさい……連れがいるものですから」

 

 残念!とオレはすこしばかり曇りはじめた空をおおげさに仰いで見せた。

 

「お嬢さまのお眼鏡に、トラック野郎はかなわなかったか……」

 

 そんな!女性は意外な大声をあげ、ハッとそれにきづいて身を縮め、

 

「ごめんなさい――じつをいうと乱暴されてから久々の外出なんです。付き添いにその子に同行してもらっていたんですけど、買い物があるとかいって少し離れてまして。お昼を一緒にする約束なんです」

 

 どういう気まぐれだったのだろうか。

 オレは、普段なら絶対にやらない図々しさを発揮して、

 

「その席に、私がいちゃダメですかね?――もちろん彼の分も、オゴらせてもらいますよ?」

「イヤですわ、()()()

 

 彼女はコロコロと控えめに笑った。

 

「そのコ――女子ですよ?わたしの妹です」

 

 それじゃ店で待ち合わせにしよう、とオレはしばらく予約と格闘するが、いまの時間どこも眺望のいい窓際がいっぱいだという。しかたなく、ランチで個室を使う客は少ないだろうと踏んで、隣接する高層ホテルのレストラン統括予約に連絡し、これも営業マン時代によく使ったフレンチの店に部屋席をとった。彼女は自分の妹に連絡を取り、その店の名前をしらせる。

 

 ――マ、かなりの出費だが復帰祝いだ。タマにはいいだろう。

 

 三人分の予約を入れるとオレは彼女と連れ立ち、高級ショッピング・モールをホテルの方に向けてあるいていった。

 

 不思議な感覚だった。

 

 まるで異世界の妻がこちらに引っ越してきて、一緒に歩いているかのよう。エルフ族とバレぬよう金髪を染め、耳を整形して『転生取り締まり当局』の目を逃れる“お忍びの仲”という、ベタなラノベ風味のストーリーがスルッと無理なく浮かんでくるから不思議だ……。

 

 彼女と腕を触れ合うくらいに並んで歩くと、あるはずのない記憶が次から次へと浮かんでくる。そのためか、つい馴れ馴れしさが口に出てしまい、あわてて言葉の手綱を引き締めなければならない有様。

 そして――それは彼女も同じだったらしい。ふと足を止めると、

 

「ねぇねぇ!……あっ、ゴメンなさい……」

 

 そう言って顔を赤くする彼女は、どこから見ても夢の中の妻だ。

 照れるしぐさ。耳を赤くし、うつむく有様。等々……。

 

「ん?どうした」

「ゴメンなさい、馴れ馴れしくしてしまって。つい……」

「いいさ、大歓迎だ。じっさいオレ……いや私も初対面の女性と歩いている気がしない」

「ホント、不思議ですわねぇ……」

 

 二人が足を留めたのは、有名海外ブランドのブース前だった。

 

「どうした?スーツか?」

「男性の方に前々から聞きたいと思っていたんですけど……この色って私に会うかしら?」

 

 みればウインドーの中に、落ち着いた感じのチャコール・グレーなスーツ。

 だが、オレの目は、その手前にある小物に引き寄せられた。

 

「どれ――入ってみようか」

「やだ、ちょっと待ってよ……そんな」

 

 オレは彼女の腕を引っ張るように店の中へと入った。

 

 さすがブランド店。

 靴が埋まるほどのフカフカな絨毯に、一部のスキもない接客の女性店員たち。一瞥しただけでも、ゼロがいっぱい並ぶ値段表示。照明の効果もあって、店内は黄金のオーラが放出されているかのような。昔はオレも営業マンで、こんな雰囲気は珍しくもなかった。しかし尾羽打ち枯らしたトラック野郎となってからは久々ともあって、やはり何となく気が引ける。

 

 幸いなことに、店のおネェさんたちはコチラを上客と見てくれたらしい。

 ニコやかな笑みで「何かお探しですか?」と尋ねてくる。

 オレは彼女に試着をさせているあいだ、別の小物をえらぶ。

 試着が終わってスーツを店員に返した彼女へむけ、

 

「これ、どうかな?」

 

 とうとうオレの口まで裏切りはじめた。

 手には金の台座に真珠をあしらったイヤリング。

 

 ――ちょ、来月の支払いどうすんだ!

 

 そう思う間もなく、オレの腕は勝手に彼女の耳へのびると、耳朶に留まるオニキスのイヤリングを抜き取った。

 

()()()にコレは葬式のときでもない限り似合わん」

「左様でございますね」

 

 若い店員が横から割って入り、

 

「それに、そのお召し物の組み合わせに、その色のスカーフは如何かと……当店にも多少のご用意がございますが……?」

「見せてくれ」

 

 結局、店を出たときには、彼女の耳たぶには新しいイヤリングが輝き、首もとは華やかなシルクのスカーフで飾られていた。バランス的にも問題ない。あの店員の見立ては確かだった。

 

「あの……よろしいんでしょうか」

 

 彼女がためらいがちに尋ねてきた。

 

「こんな、高価なものを」

「オマエの“喪の期間”はオワリだ――いつまでも気に病むな」

 

 なんだかオレまで、自分が本当に龍騎隊の隊長のように思えてきた。

 すると、なんだか剣を佩いていない腰が、軽くて心もとないような……。

 

「うれしい……アナタ……」

 

 そういうと、相手はオレに腕をからめてきた。

 その姿勢のまま歩く俺たちを、高級ショッピング・モールの磨かれたガラスや金色の円柱、ステンレスなどが鏡となって映し出す。なるほど、はた目にはちょっと歳の差夫婦に見えなくもない。

 

「あ、観て?」

「どうした?」

「あんなところに、猫」

 

 え、と彼女の視線を追ったおれは、広大な吹き抜け空間頭上を見回す。

 

「どこ?見えない」

「ホラあそこ……あぁ、見えなくなっちゃった」

 

 まさか、と思いつつ、

 

「色は!何色だった?白とか三毛とか」

「黒ネコでしたわ」

「え……」

 

 

 

 

 

 

 

 




仕事が残業に次ぐ残業でヘトヘトになり更新の間が空いたことを
お詫び申し上げます。
今日もムリヤリ有給つかって更新です……(ハァ
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