試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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               * * *

 

 

 ひとりの小太りな少年が、荒れ放題な自分の部屋を後にした。

 

 ポケットには血のついたカッターナイフ。

 手には重そうなコンビニの袋。

 その袋のなかには学校で飼っているウサギを一匹盗みだし、あばれる身体を叩きつけて殺したあと、物陰のU字溝でノドから血を抜いて新聞紙に包んだものが入っている。ご丁寧にも新聞紙の上には石鹸や電球などをおき、もし警官の職質を受けてもコンビニ帰りを演出することができるようにという姑息(こそく)な念の入れよう。

 

 ――復讐だ……。

 

 さきほどまで見ていた掲示板で“キチ○イ”認定され、腹いせにさんざん暴れたすえ一方的に勝利宣言をしてアプリを閉じた彼は、怒りの勢いも衰えぬままスニーカーを履き、そっと夜へと流れ出た。

 

 5月とはいえ山間部の地方都市。まだ肌寒い夜のこと。

 皓々たる月の白さが視覚効果も手伝って、さらに体感温度を下げるように。

 

 空家の目立つ、街灯の乏しい住宅街の森閑とした夜道。

 そこを肩で風を切って征くと、妄想のつばさがグングン拡がり、元気がムクムクと湧き上がるのを彼は感じる。

 

 ――我こそは……。

 

 夜の支配者。

 闇の魔王。

 占領下の暗がりにひそむ工作員……。

 

 目標は、おなじ中学に通う“お高くとまった”同級生の女子生徒。

 

 

「ゆるせねぇ……天誅(てんちゅう)だ……」

 

 

 闇の中で、少年は熱い息をはく。

 こぶしが固く握りしめられ、奥歯がギリリと鳴った。

 

 彼は、その顔つきと挙動から、目標の少女を頭とする女子グループに好き放題、やりたい放題にいじられていた。

 

 上履きをかくされたり、机にラクガキされるのは日常のこと。

 カバンの中に女性の下着や生理用品、ひどいときには弁当のなかに使用済みの避妊具(コンドーム)まで入っていたことすら。

 

 二週間ばかり前の出来事だった。

 たまたま物理の小テスト答案が間違って配られたことがあったが、自分の手元に来た少年の答案用紙を、彼女はクラス中にひけらかして見せたのだ。

 

 100点満点中、13点の結果を。

 

 クラス中の哄笑。

 

「ホント……バカは仕方ありませんわね」

 

 つけつけとした少女の言葉。

 さらに高まるクラスの嘲笑。揶揄。

 しかし、そんな中でも彼女の無残な行動にたいする辛辣(しいらつ)な視線が教室内で(そっ)と交わされ、彼は少しだけ救われる思いがしたものだった。

 しかし教師は苦笑するだけで、教室のさわぎを止めようとしなかった。

 クラス中の注目をあびつつ、彼はいたたまれない思いで立ち尽くし、唇を噛むしかない。

 

 だが――その点数は、テスト範囲をワザと間違えて教えられたのが本当の理由だった。

 普段の彼は、そこまで勉強が出来ない方ではない。だいたいクラスの平均ぐらいは死守しているのが常である。後になって、これも目標の少女の息がかかったクラスメイトによるしわざだったのを、彼は女子生徒がウワサする場に出くわし、コッソリと廊下のかげで聴き心中地団太をふんだものだった。

 

 だが事情はどうあれ、このコトがきっかけで完全にクラスの中でもバカ呼ばわりされる風潮ができてしまった。

 

 「バカ菌がうつる」

 

 などといわれて、授業の班編成でもハブられる場面がチラホラ。

 深夜アニメの話などをよくしていた数少ないクラスメイトは、もはや自分たちへのとばっちりを恐れて近づこうともしない。昼食を食べる相手もいなくなり、天気のいい日は校舎裏で祖父が作った握り飯を味気なく食べることも多くなっている。

 

 だが、被害者は彼だけにとどまらなかった。

 

 気弱な女子生徒の中にもターゲットにされているものがいるらしく、彼と同じよう嫌がらせを受けるものや、ひどいものになると、なまじ顔かたちがよく男子生徒に人気のある下級生は援交を強要され“上がり”を全部吸い上げられているというウワまで伝わってくる。

 

 数日前、いつもの通りボッチ飯を校舎のかげでモソモソ食べていると、学校でもでも“ワル”で通る二人組が、例の女子生徒といっしょに体育倉庫からゲラゲラ笑いながら出てくるのを見た。

 

 何だろうと、握り飯に添えられたおしんこをポリポリ噛んでいると、時間をおいて、密かに自分が想いを寄せるメガネっ()のクラスメイトが、体育倉庫から半泣きで制服の乱れを直しつつ出てきたのを見たのである。

 

 その時のことを想いだすと、夜の市街地を行く少年の身体に「カッ!」と火のような怒りが奔り、頭のなかが沸騰しそうなほど熱くなる。

 

 うつり気な彼のアタマの中で設定がまた都合よく微妙にかわり、

 

 ――そう、ボクは庶民を虐げる悪の女司政官を(しい)すために、庶民の代表から依頼を受けた孤高のレジスタンス……。

 

 死んだウサギの入ったコンビニ袋とポケットのカッター・ナイフを意識しながら、彼は夜道で無駄にリキみかえる。

 

 ――この町を占領する、あの領主の令嬢を取り除き、クラス(まち)に平和をもたらさなくてはならない……。

 

 目標である少女の家は、今夜両親がいない。

 今日の昼休み、教室の机で寝たふりをして聴き耳を立て、リサーチ済みだ。

 なんでも仕事上なにかと便宜をはかってもらう県会議員の後援会があるのだとか。

 

 少女がクラスで幅を利かせるわけが、ここにある。

 

 単にヤクザのサンピンに囲われているとか、あるいは半グレと関係があるだけなら、まだ手の打ちようがある。しかしバックに(おおやけ)の権力がカラむとなると、コトはそう簡単にはいかなかった。教師はもちろん、保護者すら彼女の顔色をうかがうのが常で、PTAの会合では彼女の母親が女帝と化し、畏怖の対象だと聞いている。

 

 そんな少女は、取りまきに囲まれながら聞えよがしな声で、

 

『後援会のあとは、有名人も呼んで豪華にパーリィーひらくんですのよ?でもワタシは学業を優先しなさいと言われて出席禁止、つまりませんわ……』

 

 勝ち誇ったような、自慢げな顔。

 まわりの者も大げさに驚いているが、内心はウンザリしてるにちがいない。

 “おこぼれ”を期待して本当にシッポを振っているバカは、ごく数人だろう。

 

「……な~にがパーリィーだ!アホが!」

 

 闇の中で彼が毒づく声が意外にひびき、彼自身をも驚かせた。

 

 もう妄想に逃げるのはオワりだ、と彼は固く決心する。

 いままでは、自分で書いた小説(ラノベ)のなかで自身を主人公にして己をかろうじて慰め、悦に入っていたが、テスト事件といい、先日強姦(?)されたあの娘といい、もうタマキン袋の緒が切れた。

 

 ――今後は実行あるのみ!

 

 図書館で読んだサルトル。

 “実存”という言葉。

 ボクも“嘔吐”するのだという決心。

 

 今夜の行動は、手はじめのつもりだった。

 

 だれも助けちゃくれない。

 でも――自殺なんてバカバカしい。

 

 どうせ死ぬなら、あのクソ忌々しい同級生の顔をカッターナイフで剥いでから死ぬのだと、彼は決意でほおを火照らせながら、夜道をグングン歩いてゆく。

 

 ――これからドンドン行動をエスカレートさせてやる……聖戦だ!

 

 と、目の前の闇を光るものがよぎった。

 よくみれば、それは黒ネコの眼なのだった。

 ブロック塀の上に飛び乗るとニャァァァ……。

 ひと声鳴いてからスルリ、夜へと溶けて行った。

 

 

 まずはウサギの死骸。その次に火炎瓶――あるいは灯油とガソリンをブレンドし、それに液体石鹸と理科室から盗み出したOOOOOを加えた“インスタント・ナパーム弾”でもいい。

 次はどうする?

 手製の鉄パイプ爆弾?

 それともビアフラ戦争で使われた簡易型の対人地雷(オブグニグエ)

 

 ――ふふっ……夢が拡がリングだよ。

 

 市街でも目立つ“領主の館(彼女の家)”。

 その二階・角部屋に向け、手はじめにこの爆裂弾に見立てウサギの死骸を投げつけてやるのだ。イイ感じに死後硬直が来ているので、もしかしたら窓ガラスを突き破って彼女の部屋に転がり込むかもしれない……まてよ?死骸だけでは生ぬるい。いっそボクのウンコもいれてやろうか……。

 

 一瞬!

 それは素晴らしいアイデアのように、この未熟な少年の頭にひらめいた。

 

 

 ――そうだ……ウンコだよ……!

 

 

 暗闇の中で、少年はパッと顔を輝かす。

 

 ウサギの死骸なんて、片づけられちゃえば終わりだ。

 でもウンコの汚れなら、しかもボクのウンコを!

 あの悪徳令嬢のベランダに、あるいは部屋に!

 

 ――べッチョォぉぉぉッッ!!とコビりつかせてやるこの爽快さはどうだ!

 

 自分の思いつきに天才を実感しながら、彼はハゲしく身ぶるいする。

 対人地雷からずいぶんレベルが下がっているが、本人はまったく気づかない。

 

 気がつけば、そんな己の影が冷たそうな路面に大きく伸びていた。

 ふり向いたとき、彼方に恐ろしいほどの大きな月が。

 

 まるで――目撃者のように。

 

 ふと少年は、煌々たるその満月に(ひそ)かに(こいねが)う。

 

 ――あぁ、あの気取った顔にヒリだしたばかりの湯気の立つ奴をなすりつけてやれたら……そのときは……そのときはトラックにハネられて死んでもいい!

 

 嘆願(ねがい)が月に通じたのか。

 おりしも彼の下腹に、つごうよく便意が。

 妙なところで周到な彼は、まず出したものをコンビニ袋に入れる“得物”を探しはじめる。

 すると――まるで指し示したかのように、月の光が道端の花壇に置き忘れられた移植ごてを光らせているではないか!

 

 ――ラッキー!ツイてるし。

 

 少年は半ば錆び朽ちた、驚くほど冷たい手触りの園芸用片手スコップを握りしめると、ズボンを下ろせるような空地の片隅か路地の物陰をさがすべく、イソイソと歩みを早めた……。

 


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