試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
目指すホテルのフレンチ・レストラン
そこはオレの予想と違い、昼時のバイキングで込んでいた。
ほとんどがOLやオバサマたち。
すこし珍しいところで女子大生らしき一群。
営業マン時代は担当先との接待を兼ねたビジネス・ディナーの場としても使える、ちょっと気取った店だったのだが。しかし今見れば大分ターゲットを下げたらしく店内は華やかな声に充ちている。
良い雰囲気の店だったのにと思う反面、
――いやいや、このデフレ時代。そうでもしないと生き残れないのだろう。
久しぶりに来てみればフロントの人員も見慣れない顔ぶれで、どうも久闊を叙するという雰囲気ではない。勝手知ったる店のはずが、逆に居心地の悪さを感じてしまうオレだった。
入り口で予約した者である旨を告げる。
すると、大学生がバイトをしているような若い
黒を基調とする通された一室からは、眼下に都市の広がりが一望できた。
天気がいいので、はるか遠くの連山までよく見える。
だが王都のはしから見るサマタリア連峰の美しさには比ぶるべくもない。
――部隊のみんなも連れてきてやりたかったな、
彼女は、すっかりおれに気を許した様子で、兄チャンの引いた席に優雅に座ると、景色を眺めるオレの背中をジッと見つめている。
ガラスの反射というフィルターを通して見た彼女は、ますます夢の中の愛妻に似ていた。 ここにサフィがいないのが残念だ。きっとこの高みからの光景を、大よろこびしたであろうに。
「お座りになりませんの?」
背後からの優しい声。
見ればウェイターの兄チャンが、メニューを手に所在なげな感じで立っている。
「……ソムリエの睦月サンは居るかな?」
外に顔を向けたまま、オレは背後の兄チャンにたずねた。
「……だれ?」
その応えに、思わずズッこけそうになる。
「チーフ・ソムリエの睦月サンだよ。居ないの?」
「……そういうソムリエは居ませんが」
「じゃぁコック長の冴場サンは?」
「コック長は加藤ですが……」
もういい。
なんたる受け答えだ。
これが我が部隊なら、原隊に戻してやるところだが……。
「じゃぁね、まず『クリュッグ』をボトルで。そしてそれに見合う肴を――」
「あの……ソムリエ呼んできます」
そう言うや、兄チャンはメニューを持ったままアタフタと部屋を出て行った。
「……面白いお店ですのね」
「面目ない。以前はもっとまともな料理店だったのだが……」
「よくあるコトですわ」
「まったく。ご時勢ってヤツかね?」
ようやくオレは窓ぎわを離れると、彼女の向かいに座った。
そしてプレゼントした品の具合に満足して、
「うん。よく似合ってる」
「ほんとうに……なんと申し上げたらよいか」
そういって彼女は耳に触り、イヤリングの具合を確かめた。
首に巻くスカーフの光沢が、そんな彼女の艶めいた印象をいっそう際立てて。
オッパイ揉みたいな~と思ったとき、
――何を下らないことを!
あわてて自分を一喝した。
特殊部隊の隊長から単なるトラック・ドライバー、それも殺人専門の職にまで堕ちたとはいえ、心根までゲスになってどうする!
彼女のほうは、見られていることに照れたのか、ツイと顔をそむけると、
「ナニやってるのかしら……オソいわねぇ、あの子」
と、そのときノックの音がして彼女の顔が明るくなる――が、すぐにガッカリした顔に。
入ってきたのはブドウのバッジをつけたソムリエだった。
こんどはオレの顔が明るくなる番だった。
そしてソムリエも
「おや!しばらくお見限りでしたな」
「やぁ!キミは居てくれたか」
「昼真っからクリュッグをオーダーするなんて、今時どこの酔狂かと思いきや」
革製のブ厚いワインリストを小脇にかかえた長身のソムリエは、オレの向かいに座る美人にヒョイと眉毛をあげてみせ、一礼したあと(やっておりますな?)とでも言うように薄く笑った。
そうだ。このソムリエはオレが離婚したことを知らないのだ。
きっと真っ昼間から不倫のテーブルとでも思ったのだろう。
「しかし……残念ながら、もう品切れでして」
「う~ん、なっとらんぞ?伍長」
そう言った後、なんで自分が伍長などと言ったのか不可解におもいつつ、
「じゃぁ……『サロン』とは言えないので『テタンジェ』を」
「あいすみません、それも……」
「どうした、何か大きな宴会でもはいった?」
「その逆でして……」
男は身をかがめ、ワインリストをひろげる。
装丁とはうらはらにページが少なく、銘柄もごく少なくなったリストがそこにあった。
「どういうことだ?」
「チーフが代わりましてね……いやチーフどころじゃない、店全体が、かな」
「表で見たよ。客単価を下げて回転率で儲けてる」
「もう“通のお客さん”だけを相手にはできんのですわ。原価を下げて上っ面だけ華やかにしてSNS映え良くして。いかに呼び込むか、ですよ」
ウェイターは肩をすくめた。
「超高級酒も置かなくなります。バーテンダーの
「ソムリエの親分はドウしたィ?」
「チーフの睦月は、ここを辞めたあと大阪の方に行って外資系のホテルで働いているとか。自分も呼ばれてますが、どうなるか……」
「じゃぁ、シャンパンは?」
「フツーに『モエ』とかですかねぇ……あ、でも『黒ヴーヴ』ならありますよ?」
ソムリエは記憶よりも格段に乏しくなったベージをくって、見慣れたエチケットのある部分をしめした。
オレは黒い肌にオレンジのボトルを思い浮かべる。
だめだ。今日は黒はやめると決めたのだ。
結局“フツーの『モエ』”とキャビアのブリン載せをとりあえず頼み、ソムリエを引き取らせる。
――たった1年でこれだけ変わるのか……。
オレは大きく息をついた。
まぁ、ムリもないか。営業トップで風を切っていた自分も、一年もたたずにトラック・ドライバーだ。反社会的パーソナリティーをこの世界から放逐し、転生させるためという大義名分があるにせよ、いまや単なる人殺し。ましてや移り気な大衆に運命をゆだねる料理店の内情をや。
「すまないね、なんだか。期待には添えなさそうだ」
「そんな。わたしはこの上何も望みませんわ?これ以上わがまま言ったらバチがあたるもの」
また出た。シーアの口ぐせだ。
やがて、キッチンワゴンの上にアイス・ペールが載せられたものを先のソムリエが押してきた。
二人の前に繊細なフルート・グラス。
そこに黄金色の泡が儀式張ったかたちで節度よく注がれる。
次いでブリン(そば粉のパンケーキ)にサワークリームを絞り出し、その上にキャビアを載せた品が二人の間に置かれた。
「では……ごゆっくり」
またもや
オレはいちいち説明するのも面倒くさいので、本人の好きに想像させておく。
長身の男が去ると、オレたちは乾杯し、キャビアにかぶりついた。
「まぁ、結構なお味」
「初めてかね?」
「ブルガリアに行ったとき似たようなものは口にしたけど、大味でいまひとつでしたわ。キャビア自体はドナウ・デルタ産で美味しかったけど」
「旅行でブルガリア?めずらしい」
「父がイコン好きなもので」
「あのロシア正教の?へぇぇ……あぁ、サァ。もう一つ」
「いただきます……」
「そういや自己紹介が、まだだったね」
オレは自分の本名をいい、トラック・ドライバーであること。バツイチであること今は会社と寮の往復であることなどを告げた。
「イロイロあって、会社ではあだ名で『マイケル』ってよばれているしまつさ」
それを聞いた彼女はふふっと短く笑った。
そのあと、フルート・グラスを置くと居ずまいを正し、
「わたくしの下の名前は、もうご存じですね?名字は鷺の内と申します」
「下の名前って……」
「呼んで下さったじゃありませんか」
「え?」
「詩人の詩に愛と書いて
あとの言葉をオレは聞いていなかった。
なんという偶然!いや、あまりに出来すぎている!
これには何か深い因果があるような。
落とした縁結びのお守り。
それを偶然ひろった相手が、夢の中の妻とそっくり?
これが御利益というものなのか?だとしたら天網恢々、日ノ本ノ神はおそろしい。
「そう、奥様とおなじ名前で嬉しいですわ?」
「いや、いやいやいや」
オレは使っていないおしぼりを拡げて額にあてた。
異世界の空気がさらに一歩、向こうから近づいてきたような。
だいたい金欠のオレが、なんで見ず知らずの女性にプレセントをして。
そのうえシャンパン付きのメシなど奢ろうとしているのかワケわからん?
考えてみればオレの口ぶりだってそうだ。考えてみれば妙に仰々しく、エラそうな……。
「……と、いうか」
彼女はテーブルに載せたひじに手を組んでアゴをのせ、
「わたくしたち。どこか遠い前世で、夫婦だったのかも♪」
ふうぬ、と黙ったまま、オレはシャンパンをひと口含む。
王都でのむ『金印』はこれほど洗練されておらず、どこか野性味がある。しかしその味は夢の中の世界を彷彿と蘇らせて。
縁結びの神様が放った能力に乗って、このままホテルを予約してやろうか。このおっきいオッパイをしこたま揉んでやろうかとチンポジを直していると、またも自分から叱咤される気配。
――
だが、案ずるまでもなかった。
相手の目も、どこかトロンとした眼差しでこちらを見ている。
養育費のことがチラッとあたまにうかぶが、もう知ったことではないような。
「これから……おヒマですの?」
「実を言うと、いま有給休暇の真っ最中なんだ」
「それはよろしいですわねぇ」
「その、なんだ。どうだろう、これから」
「そうですわねぇ……」
そう言ってこの世界のシーアはフルート・グラスの陰に顔を隠した。
そうして、ややあってから――おそらくアルコールのためであろう――顔を真っ赤にしつつ、
「それも……イイかもしれませんわねェ」
――やった……ッ!
という心中のガッツ・ポーズ
――愚か者!なにをやっているのか!
というもうひとりのオレ。
これは酒を控えなければ。べつに中折れするトシでもないが、用心するに越したことはない。
詩愛はメニューを見るフリをしながら、こちらをチラチラとみて、いまだ気持ちが揺れている最中であることがわかる。これは昼食をキャンセルして、ホテルの空いている部屋を予約してしまおうか。
オレがスマホを取り出したときだった。
部屋をノックする音がして、先ほどの兄チャンが姿をみせると、
「お連れさまが来ました」
そういって、後ろから紙袋をさげたひとりの少女が入ってきた。
詩愛がメニューから顔をあげて、
「あぁ、ミカったら。ずいぶん遅かったのね」
その声は、どこかホッとした色合いを含んで。
彼女の背筋がのび、顔色はいつのまにか常にもどっている。
これで計画はパーになったことをオレは悟った――畜生め。
――当然だ!バカ者が!
自分の良心の声だろうか。それが激しく自らを罵倒する。
詩愛がオレの背後の少女に腕をさしのべ、
「ご紹介するわ、わたしの妹の――」
「ご主人サマぁ!」
レモンの香りのする少女が、いきなり抱きついてきた。
卒然、オレはすべてを悟る。
――神様!コッチかよ!!
忖度してくれたんじゃないんかい!!!!!!!!!
え、という詩愛の顔。
抱きついた拍子に紙袋の中のモノが散乱する。
なんと。
奇妙にリアリティのある肌色をしたチ○ポや首輪。
あるいはナニやらアヤしげな形をした器具たち。
「ご主人様ァ!『メス人形“ボニー”』はずうっと待ってたんですのよ!どうしていらして下さらなかったのですか!?」
「ちょwwwwおまwww」
「これはどういうことか、説明してくださってもよろしいでしょうか……」
周囲の空気を絶対零度にまで下げる勢いで、現世のシーアがこちらをねめつける。
あぁ、そうだ。と、オレは思う。
――怒った時のアイツが、ちょうどこんな感じ。
風呂の掃除をしてなかったときとか、
買い物で買い忘れが出たときとか、
部隊勤務の都合で約束していた遠出がキャンセルになったときとか……。
「まて。話せばわかる」
「問答無用~~~~!」
226事件の青年将校めいたセリフとともに、彼女のビンタが飛んできた。
首がグキッとなりながら、
――あぁ、そうそう。こんな感じ……。
「ひどぉ~い!アタシのご主人様になにするんですの!」
「ミーさん、説明なさい。この人とアナタの関係は、いったいなんですの!?」
えぇっ、とこの女子高生はポッと顔を赤らめ、顔をそむけ、
「言えないわ……そんなこと」
だからそんな態度を取って誤解を呼ぶんじゃない!
ホラみろ。現世のシーアが目を吊り上げてオレをニラんで、
「こういうことだったんですね……所詮、アナタも女ったらし……」
周囲の空気が絶対零度を超え、-300度くらいにまで下がる。
「おネェ様こそなによ!アタシのご主人様に向かって!」
悪夢の女子高生はオレにしがみつくや、キッ!と相手をにらむ。
そしてタイト・ミニなスカートをたくしあげるや、ガーターベルトとレース状のエッチなショーツを見せ付け、
「アタシのココはご主人様専用なんですからね!今日だってお道具をいっぱい買ってきて、いつご主人様に調教されてもイイように準備するため買い物してたんだから!!!」
シーアは床に散らばった大人のオモチャをねめつける。
「そうなの?アナタ。わたしとの関係も……みんな計算づくなものなの?」
「まwてw!!!みwんwなwおwちwつwけ!!!!」
「あぁん!ご主人様ァ!……あぁっ!おネェさま何よそのイヤリング!まさかご主人様に買ってもらったの!?」
「そ、そうよ?いろいろ話を聞いてくださったんだから」
「あああ~~~ずるぃぃぃぃぃぃ~~~!アタシもぉ!」
いいナァ……と兄チャンの声。