試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第9話:天与の手がかり(1)

             * * *

 

 ナビがフロント・グラスに矢印を浮かべた。

 このまま左車線に入れと告げている。

 

 ウィンカーを出し、左に移ろうとしたら突然!

 客を見つけたらしいタクシーが強引に割り込んできやがった!!

 

 ホーンと同時にブレーキペダルを蹴りつける。

 急制動。ドリフトで巧みにかわし、間一髪・セーフ。

 重量級の殺人用車体が、軋みながらなんとか停車に成功した。

 

「すまねぇ【SAI】!――ミスった!」

 

 ヤバい。今日はこれで二度目だ。くそ。

 たかだか1週間程度の有給で、ハンドルの勘がニブったのか。

 オレは「くそったれ!」とばかりもう一発、二発。ホーンをジジィの運転するタクシーにカマすと、車線を移りアクセルをラフに踏んで再発進する。

 

 今日。

 休み明けのオレは、新たに提示されたターゲットの下調べをするためにハンドルを握っていた。

 朝会のあと。イレは所長の“アシュラ”につかまり、轢殺屋たちの“ご愁傷様”は視線に送られて執務室へと連行されると大机ごしにファイルを押しやられたものだった。

 

「あぁ、マイケル。次はこの“お客様”を転生させてあげてくれ……」

 

 正直、ションボリだった。

 目標の担当をとちゅうで外されるほど心に来るものはない。

 それはまるで「オマエは無能だから、この案件はムリだ」と言われたに等しいからだ。

 

「え……じゃ今まで追ってたヤツは」

 

 その辺は、所長も重々承知なのだろう。

 まぁ、そんな顔するなと言いつつ、ファイルを太ったアゴでしめし、悠然と革張りの椅子に寄りかかって腕を組んだ。

 

「とりあえずの肩慣らしに、この一件を片付けたまえ。上手くいったら、例の“お客様”は継続してキミの案件としようじゃないか」

 

 所長にとってみれば、轢殺対象はあくまで“お客様”なのだろう。

 まぁ、死人が札束をくわえてくるんだから、間違っちゃいないが。

 オレは気のない手つきでファイルを机上に置いたままパラパラとめくり、

 

「つまり――テスト。というわけですね?」

「そう思いたければ、そう取ってくれても良い」

 

 食えないオヤジだ。

 トシは、いったい何歳ぐらいなのだろうといつも考える。

 オレよりずいぶん上なことは間違いないが、かといって老け込んでいるわけでもない。

 

「アセりは禁物だよ?」

 

 所長は柔和な顔でこちらに微笑みかけた。

 だが、その笑顔を装う仮面の奥で、こちらを凝ッと窺っている気配がするのを、オレはヒシヒシと感じざるをえない。

 

 ――オヤジの言う通り、久しぶりのハンドルだ……ジックリいこう。

 

 そう自分に銘じつつ、さきほどタクシーを凌いだ冷や汗を、ぬれタオルでぬぐう。

 

 現地で実際にロケハンしながら、繊細に計画を組み立てる。

 資料にある行動パターンと防犯カメラの死角を考慮して、

 

 ・走行経路。

 ・待伏場所。

 ・轢殺方法。

 ・実行時間。

 ・撤収経路。

 

  ……等々を各種の要素として洗いあげ、連立方程式のように解いてゆかねばならない。

 

 知り合いの事情通なドライバーにこっそり聞いたところ、オレを殺しそこねた連中は、いったんドコかに“トンだ”らしい。新たに足取りがつかめるまで、能力テストも兼ねて今回の目標を()けとのことだろう。

 

 いまはヤツらの新しい情報(ネタ)がはいるのが待ち遠しい。

 オレを殺そうとしたチンピラども。

 同時に、あのコンビニで盗み聞きした会話から、詩愛(しいあ)を暴行したヤツラでもあることが判明した。

 

 なんというめぐりあわせ。

 なんというモチベーションの上昇。

 これも、もしかしてあの神社のお導きなんだろうか。

 

 ――この世に生かしちゃァおかない。

 

 必ず異世界にトバして、人糞処理のブタにでも転生させてやる。

 ヒトを殺すのに、こんなにポジティヴになったのは初めてな。

 いつもこんなに殺しがいがある目標ならイイんだが。

 そう、今回ばかりは【SAI】の大仰な殺し方も許してやるか……。

 

「なぁ、【SAI】……」

 

 トラックから、またもや応答はない。

 

 ――ふん。

 

 どうせまた下らないドラマにでもハマっているんだろう。もしかしてオレの居ない間に、独自でリンクできるダウンロード先を見つけたのかもしれない。

 

 静かでイイや、と思いつつオレは再び先日のドタバタを頭に浮かべた。

 

 ――畜生、縁がキレたと思ったのに……。

 

 アレから散々だった。

 

 姉妹ゲンカを始める二人をどうにかおちつかせていると、見知らぬデブの店長から退去命令を出されてしまう。しのび笑いが混じる周囲のイタい注目の中、ほうほうの態で店を出て、グラス・エレベータで高層階から一回の車寄せまでゆくと二人をタクシーに放り込み、バイバイしようとしたところ、妹の方がオレと離れるのはイヤだとダダをこねる始末。

 

 結局、彼女たちの家まで行き、ぐうぜん休診日だった二人の親御さんと会い、父親が妹の美香子に鎮静剤を与え、オレと二人で部屋へ抱えこんでベッドに寝かしつける。母親が一仕事おえたオレたちにお茶を……という流れで、今までの奇妙なあらましをザッと説明するハメになったのだ。

 

 いかにも余裕のある雰囲気を漂わせる老夫妻。

 父親は白髪のあるオールバックに、上唇だけ口ひげを蓄えて。

 母親の方は、品のある中年婦人といった感じだ。

 

 豪勢なリビング・ルームで話している最中、オレが美香子の恩人であり、下手人たちをノシたことが分かると、ロココ調の長ソファーに座っていたオレのとなりに、なぜか紅茶と手作りクッキーの配膳をおえた詩愛が、身体を寄せるようにピッタリと座り込む。

 親御サンたちは一瞬、目くばせしたかと思うと、母親はオレの学歴を興味しんしんに尋ね、父親の方は職歴をしきりに聞いてきた。それを傍らに詩愛はピッタリと自分の体温をオレに伝えながら、ニコニコと。

 

 オレはワザと自嘲ぎみに、

 

「けっきょく、仕事人間の末路ですよ。いまは養育費を稼ぐのに精いっぱいです」

「仕事を変える気はないのかね?もっと――こう……なんというか」

「そうねぇ、トラックは事故を起こしたりしたら大変ですからねぇ」

「ウチの医院の名前にもキズがついてしまう……」

 

 父親がそういったとき、詩愛はウルんだような目でこちらを見る。

 

 上気した女性のイイ匂い。

 柔らかく香る化粧。

 

 母上のほうも、それを見て満足げに、

 

(しい)ッ子もそろそろ焦り始めませんとねぇ……」

 

 ――オイオイオイオイ、ちょっと待ってくれ。

 

 遅まきながら、内心オレは冷や汗をかいた。

 いつのまにか()()()()()になってる?

 

 革製のソフアーにすわる(もも)のウラが汗ばんできた。

 周りを取りまき飾られる豪華な調度品が、急にリビングを居心地の悪いものにする。

 三人の笑顔や澄まし顔が、巣にからまった哀れな得物を狙うクモのような雰囲気で。

 

 ――ここから、はやいトコ抜け出したい……。

 

 父親のほうは、こんどはオレの知識をためそうと、国際情勢や、一般教養、はては英語やフランス語まで巧みに会話に織り交ぜてきた。

 

 ワザときらわれてやろうかな、とも思うがオレはそういう演技は苦手だ。

 

 とりあえず率直に、もう家庭をもつのはコリゴリなこと、浮気されたうえに離婚後の養育費まで払わされるハメになって馬鹿らしいこと、仕事人間は、この国では税金ばかり取られソンをすること、あとは休日の朝ビールを楽しみに気楽に生きること、などをさりげなく伝える。

 

 父親の方は、苦々しげに、

 

「しかし……それで男子の本分たるものが、果たせるとおもうかね!?」

 

 ところが、これに母上殿のほうがいたく同情されたらしい。

 

「まぁ――非道い話ですねぇ……お相手が悪い女すぎたのよ。ねぇ?あなた」

「うむ……まァそれはそうだが。しかしキミのほうもお人よしすぎるて」

「あなた!」

「おまえはダマってなさい!で、その寝取り相手の会社の名前と、ソイツが抱き込んだ弁護士の名は分かるかね?」

 

 オレは名刺入れの中から、ボロボロになった二枚を取り出した。

 

「腹が立って仕方がないとき、それを見て落ち着くんです。あの時を思えば、なんてことない、って。もっとも最近は、すっかり使わなくなりましたが」

 

 ふぅむ、と親父さんは携帯をとりだし写真にとるとコチラに返してよこす。

 

「うむ、まぁ今日はこんなところで良いだろう。キミの勤務先は――何と言ったかな」

 

 オレは言葉を濁した。

 

「法人専門の特殊な運送会社でして……」

 

 結局、大代表の電話番号と、業務内容をふわっと伝える。

 

「それじゃ分からんよ。まぁいい、ところでキミの連絡先を――」

 

 うまいコトはぐらかさねば、と思った時だった。

 ガチャリ、とリビングの扉が鳴り、

 

「ごしゅでぃんすぁまゃァ……」

 

 ろれつの回らぬ口ぶりで“ボニー”の乱入。

 信じられん!あれほど投与したのに、という親父さんのつぶやき。

 

「ごでゅぢんざまはァ!メス奴隷“ボニー”だけのモノですぅ!お姉ぇちゃんにぁカンケーにゃぁい!お姉ぇちゃんぁ、いつもイイとこばっかもってってアタシにはgooooo……」

 

 オレは保護したいきさつをもう少し詳しくはなし、

 

「なにか強制認識用の薬物か、最悪、誘導洗脳がされているかもしれません。専門の医療機関で見せた方がいいかもしれません」

 

 父親は渋い顔をして、リビングの床にグダグダと寝転がる娘を見やった。

 母親が、アラアラまぁまぁといいつつ、スカートがめくれ上がり、パンツが丸見えとなった彼女の下半身をアワてて直しにかかる。

 

「コレは甘やかして育ててしまったからな!」

 

 ひざまづいて介抱する母親の背に向かい、父親は医者のもつ冷徹な口ぶりで、

 

「姉にくらべると、いささか不良品――」

「お父上!」

 

 オレは、自分でも知らないうちに相手を硬い表情でニラみつけている。

 

「それは……あまりにも心無いお言葉ですな」

「キミには――わからんのだよ。()()()()()を持った親の気持ちが」

 

 分かりたくもありませんな、とオレは冷たい口調で言い放つ。

 

「さ、この子をもう一度運んだら、私は失礼します。ホラ、キミ立って……さぁ」

 

 “ボニー”を自称する女子高生美香子は、うつ向いたままフラフラ立ち上がる。

 オレは彼女に肩を貸すかたちでもう一度、彼女の部屋にヨロヨロと連れてゆく。ベッドに横たえようとする直前、この女子高生はヒシとこちらに抱き着くと、涙をポロポロとながした。

 

「……ありがと……まいける……」

 

 

 ――あのクソ親父め……。

 

 

 遠くの信号が、赤になった。

 オレは重い車体をなるべくスムーズにとめる。

 大重量なので普通のタイヤとおなじに考えていては摩耗率が激しい。会社規約でタイヤ代もある回数以上の交換は、費用がこちらに降ってくるのだ。

 

「マイケル――何を考えているのか、当ててみましょうか?」

「あぁ?」

 

 【SAI】がいきなり話しかけてきた。

 あの親父のことを考えていたオレは、ついイラッとした返事になる。

 

「そんなにカリカリしないで――“ボニー”のことでしょう」

「……通信教育をハッキングして読心術でも習ったのかい?」

「先ほどから『縁はきれたのに』と『畜生め』を一分に一回は繰り返してますから」

 

 ――っちえ。どうやら口に出ていたらしい。

 

 やっぱりあの手の政治屋じみたアッパークラスの人物は嫌いだ。

 あれから憤然とした面持ちをキープし鷺の内医院をでて、オレの散々な1日は終わったのだ。

 

 ブランド物のイヤリング。それに同ブランドのスカーフ。しめて15万ちかく。

 

 あの時のオレは、どうかしてたと思わざるを得ない。

 さらに三人で食事をしたら、さらに金額がハネ上がっただろう。

 “カッコつけ代”?というには高価(たか)くついたものだ……。

 

 これは本当に2、3人糞チンピラどもを【SAI】好みの陰惨な方法でぶっ殺して、異世界の彼方にでもブン投げてやらないと虫が収まらんナと思っていたその時――。

 

『よかった。どうやら本物のマイケルのようですね……』

「ホンモノだと……?どういうことだ」

 

 いえその、とこのスーパーAIはすこし言いよどんだ後、

 

『休暇あけのマイケルは……どこか雰囲気が違っていました』

「オレの?」

『まるでマイケルが何かに乗り移られているような……あるいは、マイケルのフリをした何かが……ワタシを操作しているような』

「幽霊にでもオレが身体を乗り移られたとでも?」

『えぇ……それも動作のキビキビした、軍人みたいな幽霊』

 

 一瞬ヒヤリとした。

 

 特殊騎士団の記憶が、また暖かく淀んだ古沼の水蒸気めいて立ちのぼってくる。

 このクソ生意気なスーパーAIに言われてみればいろいろ思い当たるふしがある。

 とくに先日の彼女達との一件なんで、どうだ?

 

 カネも無いくせに、見ず知らずの女に装身具?スカーフ?

 その上、仕事でもめったに使わなかったレストランで食事など。

 

 ――キザったらしい。

 

 自分の吐いたセリフを思い出しただけでも、歯が浮くようだ。

 なんであんな事しちゃったんだろ。ワケわからん。

 

 失ったカネと、自分に対するムカつきが胸を満たし、もうすぐ昼メシどきだってぇのに腹も空いてこなかった……。

 

 そのうちフト気づいて、

 

「なぁ【SAI】。お前は“幽霊”なんてものを信じるのか?」

 

 フッ、とこの人工知能が短く嗤う気配。

 

『いかに演算を繰り返しても、不合理な結果となる事象なら存在します。なんでも理屈で収まると考える人間などより、ワタシは傲慢でないつもりですよ……?』

 

 

            *  *  *

 

 

 夕方になり、オレは待ち伏せ場所を決めた。

 

 産業道路沿いに立つ、廃墟となったタワー・マンションの下。

 花火カスや避妊具が散乱する地下駐車場の半開きシャッター奥に潜み、入り口に立つ電柱に監視用マイクロカメラをくくりつけ、スロープを上がりざまに撥ね殺すという寸法だ。

 

 オレは後席に寝転がると灯りが漏れないようメガネ投影型のウェアデバイスをつけ、ターゲットのファイルを再読する。

 

 対象は――20代の青年だ。

 

 学校は出たものの新卒での就職に失敗し、バイトも長続きせず、以来、半分引きこもりのような状況になっていると記録にはあった。今回の目標も、家の者たちが寝室に引き下がった深夜。決まった時間に家を出ると自転車で散歩して、途中この近くのコンビニに寄るのだとか。

 

 添付ファイルを視線入力でひらくと轢殺対象が3Dであらわれ、ゆっくりと回転する。

 

 最初に事務所で経歴のあらましを知らされたとき、どうせネトゲとジャンク・フード漬けだろうから、100kgぐらいに太ったやつかと思って資料を開けば、そこらへんに居ようなごく普通の青年が出てきたので拍子ぬけ。ボア付きのジャンパーを着てデカいスクーターにでも乗っていそうな感じ。事実、金があればそうするのだろうが、働いていないのでは自転車どまりだろう。

 

 チャンスに恵まれなかったのだろうか。

 それとも腐ってチャンスを棒に振ったのだろうか。

 

 ゆるやかに回転する青年は、黙して応えない……。

 

 


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