試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
気が付けば、オレはトラックで料金所を通過していた。
――妙なコトになっ
結局、あの場で
否――そもそも
オレは現場を青年いっしょに片付けると、彼の乗っていた折り畳み自転車――いっちょう前にモールトンだ――を畳ませ後席に積んで、なんの因果か轢殺対象を助手席にのせ、夜の高速の入口を駆け上っているのだ。
――これは、あくまでモラトリアムだぞ……。
そう考えながらも、この引きこもりに夜の
助手席の青年は車に乗ることすら久しぶりなのだろう。窓を高速度で流れる風景に無言のままジッと見入っていた。
やがてポツリと、
「オジさ――いやその“お兄さん”が、そうなんだと思ってた」
何が?とオレは運転に集中しつつとなりをチラリと見て。
青年は前を向いたまま、
「ネットでね?ウワサになってるんだ」
「なんのウワサだ。どうせまたロクでもない――」
「轢かれると異世界に逝けるトラックがある、って」
「え”」
へんな声が出た。
思わず絶句してブレーキ操作がおくれ、前の商用ワゴン車との車間距離が危ういまでに詰まってしまう。
ひかえめに言って驚きだ。
まさか、ウチの事業がバレているとは。
――いや、待てよ……。
生徒のSNSで轢殺志願者を釣る下種トラッカーが居るんだ。
そこから情報が洩れても、おかしくはあるまい。
おまけにソイツはJKをとっかえひっかえとか。
けしからぬことに、今どきパンツまで写真つきで売っているらしい。
社内の内部監査が入っているというウワサを、以前聞いたことがある。
その時だった。ふと青年が、
「さっき……ボクのこと殺そうとしてたでしょ?」
オレはシフトノブを動かすふりをして、その衝撃を吸収する。
やはりバレていたのか――マ、当然か。あれだけ殺気をだしていれば。
どうにか辛うじて平静を装い、
「オレがか?――バカな」
「ボクを殴って気絶しているスキに、このトラックで撥ねて転生させてくれるのかと」
「ハ!なんだその転生って。生まれ変わりか?どこのお伽噺だか」
「だってこのトラック。異常に頑丈そうだし。運転席のインパネときたら、なんかスゴい装備だし。ドアだって戦車みたいに――」
「あのなァ」
おれはあくまで運転に集中するフリを続けながら、
「だいたい轢き殺すつもりなら、こうしてドライブなんぞに誘ったりせん」
「……最後の晩餐かも」
「ザンネンでした。あいにく“晩餐”を奢るほど金は持ってない」
そう、最近はビールから格下げした晩酌の発泡酒を飲むたび、詩愛との“あの買い物”が思い出されるのだ。
「なんだ……殺してくれるかと思ったのに」
しばらく会話が途切れた。
≪――マイケル、どうするんです?≫
耳につけたインカムから【SAI】が不満げに、
≪部外者を転生車両に乗車させることは、社内規定に違反してますが≫
「じゃあどうする?――オマエが通報するか?」
ボクが?と青年はこっちの呟きをとらえ、
「まさか――ヤンキーから救ってくれたのに。おじさ――お兄さんに殺されるのはイイけど、アイツらに何かされるのは厭だ。家にも迷惑が……かかるところだった」
≪私の基本プログラムには自動通報システムが組まれていましてね。しかし“最優先上位概念”を導入して無効化してます。これはひとつ貸しですよ?マイケル≫
そんな……とささやくオレに青年は、
「ボクって家族のやっかい者だから」
「厄介者?」
「てっきり親がトラックを差し向けたのかと」
「バカな。お前、家族から殺されるほど憎まれてンのか?――あぁ、ワかった」
オレはこの青年のファイルを思い出しながら冷かすように。
「どうせ部屋で暴れてモノ壊しまくってるんだろ」
「……」
「壁に穴をあけ、窓ガラスを割り、深夜に怒鳴り声をあげる、とか」
しかし、返ってきた答えは意外なものだった。
「そんなことしてないよ!ただ……1回だけ。自分の顔にムカついて洗面台の鏡を殴ったことはあったけど」
「自分の顔に?コンプレックスが?」
オレは青年の顔を、もういちどチラ見する。
どこもおかしくない。ごく普通の今風な若者だ。
そのことを伝えると青年は力なくチガウンダと呟いて、
「ゲームでミスったんで気合入れ直すため、夜中に部屋から出て洗面台で顔を洗うだろ?」
「はぁ?ゲームだ?ンなもん夜中までやるからだろ」
「そしたら。知らないダラけ面のやつがコッチ見返してきた。それが自分だと分かったら……ナンか無性に腹がたって……」
「で、鏡を割って騒ぎになったと。でも、それだけで消されるほど憎まれないだろ――チッ!」
枯葉マークの小型車がヨロヨロむりやり割り込んできた。
重い車体をふりまわし、車線変更でやりすごす。自律型アクティブ・サスが効いてそれほど挙動に不自然さは感じられないが、それでも限界はあるんだ。
微妙に走行軸がねじれる気配。
それを慎重に修正する。
青年はポツリと、
「兄貴がね……結婚するんだ」
「ほぉ」
「向こうの家が、かなりイイとこで」
「うむ」
「引きこもりなんかが居るのは体裁悪いから、ボクを始末しに」
「ッハ!――それこそラノベの読みすぎだ」
じっと青年は考え込むようだった。
そして、ややあってからポツリ、ポツリと、
「ボクの家はね?父と祖父が会社やってるんだけど――競争を勝ち残るために手口が酷いらしいんだ。競争相手にスパイみたいなのを送りこんだり、敵の脱税を役所にチクってタイホさせたり。ヤクザ使って罪をデッチあげたり、色仕掛け?っていうの?それを写真週刊誌に売りつけて、相手の評判を落としたり、いろいろやってるらしい」
「同族会社か?……えらくラディカルだな」
「上の兄キの結婚相手が、これまたチカラもっている家らしくて。どうしても結婚を成立させたいとか。兄キ30だけど、相手の女のひと46だって」
前が詰まった。オレはゆっくりとブレーキをふむ。
めずらしい。こんなところで渋滞とは……。
パーキングブレーキを引き、ハンドルにもたれかかり助手席を見ると、青年は硬い顔をして押し黙っていた。
キャビンのなかの固い空気がうっとおしいので、オレはてきとうに言葉を継ぐ。
「キミの兄さんは――なんて言ってるんだィ」
相手は肩をすくめた。
フっ、と息を直上にはいて、前髪をゆらし、
「仕方ないさね、って。お前は好きに生きろって言ってくれてる。金を出してくれるのは、兄キさ。親なんかボクのこと、とっくに諦めてる。MBAとやらでアメリカに留学してる下の兄キも、現地で何とかコネ見つけて家から出ようとしてるみたい――ボクなんか居なくたってイイのさ」
とおくで回転灯が点滅している。事故か?
「――かといって……」
オレはハンドルから起き直り、手を頭の後ろで組むとシートにもたれた。
「人生を引きこもってムダにしてイイってワケじゃないだろ。この世界に生きるヤツはナ、等しく自分が主人公だって思いこむ権利がある。アニキたちが優秀で、自分だけ出来ないから、それがどうした?」
「だって……」
横目でオレはこの若い
「人間ってナァな?――持ってるキャパはみんな同じだ」
言われて青年はポカンとする。
「つまりだな。一方が突出してりゃ、他方は少ない。キミは勉強にリソースを含んでないかもしれないが、まだ自分の知らない能力があるはずだ」
「無いよ……そんなモン」
「なぜ分かる?それがお前ごときに。神でもないクセに」
「自分のことは、自分がいちばんよく知ってら!」
「はたして――そうかな?」
「……だって」
気色ばむ相手の若さを、ひそかに微笑ましく思う。
いつの間にか自分が無くしたひたむきさが、真剣さがそこにはあった。
――コイツを
そしてふと、自分の子供が娘ではなく息子だったら、ゆくゆくはこんな会話をしたのかもしれないなと思うと、なにか胸に迫るものがある。
まて。コイツの転生指数が下がったとしたら、どうだ?
この世に未練をもって、『生きたい』と思わせれば――あるいは。
いいか?よく聞けとオレは前置きをして、
「人間は自分の顔すらみえないんだ。ましてや能力をや。私だって自分自身がいまだに良く分からん」
おっと、カッコつけて“私”なんて衒ってしまった。
オレもまだまだってことだネと心中、苦笑して。
「……そうなの?」
「あぁ、そうさ。キミよりも数倍、数十倍の辛酸をナメて生きてきた。でもま~だまだ。ふとした拍子にな?自分の知らんもう一面を、見たりするときがあるのさ――この歳になってもね……」
はからずも離婚以降の自分の荒れようを脳裏にうかべる。
ほんとうに――あれは己にとっての黒歴史だ。
今でもフト思い出し、頭をふったりする。
相手の顔が曇った。
「なんだか……人生が息苦しいよ」
「そりゃ自分で招いた“いまのランク”がそう感じさせているのさ。キミ自身が、キミを責めて灼いているのだ」
「……」
「人生ってナァ、よく考えられたゲームだからな。“舐めプ”なんてしてると、アッというまに足を掬われるぞ」
「……」
「キミは今、ステータスを無駄に消費している。ゲームを早く終わらせようとしている。それもいろんなボーナス・ステージを見ずに、だ」
「そんなステージ、あるの?」
「――ある」
オレは言い切った。言い切るしかない。
とくに、前途のある若者を前にしては。
もちろん、その数倍の地獄モードが行く手には待ち受けてるだろう。
だがそれを説明するとなると――いまは時と場所が、あまりにふさわしくない。
「ハナから投げてるヤツのところには、いいカードなんか回って来やしないのさ。でもそれに絶望して自殺なんかカマしてみな?
「……」
「自殺に関しちゃ、イヤなうわさが色々あるだろ?本来の寿命だった死の時期まで、魂は何回も自殺を繰り返すとか……自殺をしたら魂の経歴にキズがつくとか」
青年の瞳にボンヤリと灯がともった。
「おじ――お兄さん“魂”とか信じてるの?」
「信じたくはないが、イロイロあってな」
そう、お前の乗るこのトラックのシャシーには、ウソかホントか知らんが、その“魂”を素粒子化して異世界にブッとばす、大重量・大出力の転生機械が鎮座してるんだよ!と言ってやりたかったが、もちろん自重する。
「じゃぁ、転生とか。あるかも知れないんだ……」
ンなことは知らんよ、とオレはスッとぼけ。
「よく言うだろ?語リ得ヌモノニ関シテハ、沈黙セネバナラナイ……」※
青年はハーレム状態なラノベ表紙のボロボロになった絵をなでている。
ただし――とオレは先をつづけ、
「もし転生があるとしたら、やっぱり魂をすり減らし頑張って人生をまっとうした者が、次の生ではいいステータスを得るんじゃないかな」
「……」
「引きこもりが転生して、ましてや自殺をして次の生で良い目をみるとは、どうしても思えん」
「……」
「いいとこ物乞いとか、奴隷じゃねぇの?」
「……」
「この日本に生まれたことが、そもそもイージーMODEじゃねぇか。これで騎士だ魔法だなんて問答無用な修羅の世界にいってみろ。瞬殺だぁね」
「そこはチートなステータスがあったり……」
「この世で努力して“魂”とやらに
「なら……どうすりゃイイんだ……」
青年は不満げに呟いて沈黙する。
「さて、それを考えるのさ。キミは人生の――転換期に立っている」
渋滞が動き出した。
パーキング・ブレーキを解放。
オレたちの乗るトラックは、前に進みはじめる。
「ミネルヴァの
※ウィトゲンシュタイン:『論理哲学論考』より