試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第10話:とまどうフクロウ(1)

 気が付けば、オレはトラックで料金所を通過していた。

 

 ――妙なコトになっ(チマ)ったなぁ……。

 

 結局、あの場で目標(ターゲット)を殴りたおすのは止めにしたオレだった。

 否――そもそも(おのれ)の内面を精査すれば、この青年を轢きたくはないのが分かった。

 オレは現場を青年いっしょに片付けると、彼の乗っていた折り畳み自転車――いっちょう前にモールトンだ――を畳ませ後席に積んで、なんの因果か轢殺対象を助手席にのせ、夜の高速の入口を駆け上っているのだ。

 

 ――これは、あくまでモラトリアムだぞ……。

 

 そう考えながらも、この引きこもりに夜の都市(まち)をみせてやる。

 助手席の青年は車に乗ることすら久しぶりなのだろう。窓を高速度で流れる風景に無言のままジッと見入っていた。

 

 やがてポツリと、

 

「オジさ――いやその“お兄さん”が、そうなんだと思ってた」

 

 何が?とオレは運転に集中しつつとなりをチラリと見て。

 青年は前を向いたまま、

 

「ネットでね?ウワサになってるんだ」

「なんのウワサだ。どうせまたロクでもない――」

「轢かれると異世界に逝けるトラックがある、って」

 

「え”」

 

 へんな声が出た。

 思わず絶句してブレーキ操作がおくれ、前の商用ワゴン車との車間距離が危ういまでに詰まってしまう。

 

 ひかえめに言って驚きだ。

 まさか、ウチの事業がバレているとは。

 

 ――いや、待てよ……。

 

 生徒のSNSで轢殺志願者を釣る下種トラッカーが居るんだ。

 そこから情報が洩れても、おかしくはあるまい。

 おまけにソイツはJKをとっかえひっかえとか。

 けしからぬことに、今どきパンツまで写真つきで売っているらしい。

 社内の内部監査が入っているというウワサを、以前聞いたことがある。

 

 その時だった。ふと青年が、

 

「さっき……ボクのこと殺そうとしてたでしょ?」

 

 オレはシフトノブを動かすふりをして、その衝撃を吸収する。

 やはりバレていたのか――マ、当然か。あれだけ殺気をだしていれば。

 どうにか辛うじて平静を装い、

 

「オレがか?――バカな」

「ボクを殴って気絶しているスキに、このトラックで撥ねて転生させてくれるのかと」

「ハ!なんだその転生って。生まれ変わりか?どこのお伽噺だか」

「だってこのトラック。異常に頑丈そうだし。運転席のインパネときたら、なんかスゴい装備だし。ドアだって戦車みたいに――」

「あのなァ」

 

 おれはあくまで運転に集中するフリを続けながら、

 

「だいたい轢き殺すつもりなら、こうしてドライブなんぞに誘ったりせん」

「……最後の晩餐かも」

「ザンネンでした。あいにく“晩餐”を奢るほど金は持ってない」

 

 そう、最近はビールから格下げした晩酌の発泡酒を飲むたび、詩愛との“あの買い物”が思い出されるのだ。

 

 

「なんだ……殺してくれるかと思ったのに」

 

 しばらく会話が途切れた。

 

≪――マイケル、どうするんです?≫

 

 耳につけたインカムから【SAI】が不満げに、

 

≪部外者を転生車両に乗車させることは、社内規定に違反してますが≫

「じゃあどうする?――オマエが通報するか?」

 

 ボクが?と青年はこっちの呟きをとらえ、

 

「まさか――ヤンキーから救ってくれたのに。おじさ――お兄さんに殺されるのはイイけど、アイツらに何かされるのは厭だ。家にも迷惑が……かかるところだった」

 

≪私の基本プログラムには自動通報システムが組まれていましてね。しかし“最優先上位概念”を導入して無効化してます。これはひとつ貸しですよ?マイケル≫

 

 そんな……とささやくオレに青年は、

 

「ボクって家族のやっかい者だから」

「厄介者?」

「てっきり親がトラックを差し向けたのかと」

「バカな。お前、家族から殺されるほど憎まれてンのか?――あぁ、ワかった」

 

 オレはこの青年のファイルを思い出しながら冷かすように。

 

「どうせ部屋で暴れてモノ壊しまくってるんだろ」

「……」

「壁に穴をあけ、窓ガラスを割り、深夜に怒鳴り声をあげる、とか」

 

 しかし、返ってきた答えは意外なものだった。

 

「そんなことしてないよ!ただ……1回だけ。自分の顔にムカついて洗面台の鏡を殴ったことはあったけど」

「自分の顔に?コンプレックスが?」

 

 オレは青年の顔を、もういちどチラ見する。

 どこもおかしくない。ごく普通の今風な若者だ。

 そのことを伝えると青年は力なくチガウンダと呟いて、

 

「ゲームでミスったんで気合入れ直すため、夜中に部屋から出て洗面台で顔を洗うだろ?」

「はぁ?ゲームだ?ンなもん夜中までやるからだろ」

「そしたら。知らないダラけ面のやつがコッチ見返してきた。それが自分だと分かったら……ナンか無性に腹がたって……」

「で、鏡を割って騒ぎになったと。でも、それだけで消されるほど憎まれないだろ――チッ!」

 

 枯葉マークの小型車がヨロヨロむりやり割り込んできた。

 重い車体をふりまわし、車線変更でやりすごす。自律型アクティブ・サスが効いてそれほど挙動に不自然さは感じられないが、それでも限界はあるんだ。

 微妙に走行軸がねじれる気配。

 それを慎重に修正する。

 

 青年はポツリと、

 

「兄貴がね……結婚するんだ」

「ほぉ」

「向こうの家が、かなりイイとこで」

「うむ」

「引きこもりなんかが居るのは体裁悪いから、ボクを始末しに」

「ッハ!――それこそラノベの読みすぎだ」

 

 じっと青年は考え込むようだった。

 そして、ややあってからポツリ、ポツリと、

 

「ボクの家はね?父と祖父が会社やってるんだけど――競争を勝ち残るために手口が酷いらしいんだ。競争相手にスパイみたいなのを送りこんだり、敵の脱税を役所にチクってタイホさせたり。ヤクザ使って罪をデッチあげたり、色仕掛け?っていうの?それを写真週刊誌に売りつけて、相手の評判を落としたり、いろいろやってるらしい」

「同族会社か?……えらくラディカルだな」

「上の兄キの結婚相手が、これまたチカラもっている家らしくて。どうしても結婚を成立させたいとか。兄キ30だけど、相手の女のひと46だって」

 

 前が詰まった。オレはゆっくりとブレーキをふむ。

 めずらしい。こんなところで渋滞とは……。

 パーキングブレーキを引き、ハンドルにもたれかかり助手席を見ると、青年は硬い顔をして押し黙っていた。

 キャビンのなかの固い空気がうっとおしいので、オレはてきとうに言葉を継ぐ。

 

「キミの兄さんは――なんて言ってるんだィ」

 

 相手は肩をすくめた。

 フっ、と息を直上にはいて、前髪をゆらし、

 

「仕方ないさね、って。お前は好きに生きろって言ってくれてる。金を出してくれるのは、兄キさ。親なんかボクのこと、とっくに諦めてる。MBAとやらでアメリカに留学してる下の兄キも、現地で何とかコネ見つけて家から出ようとしてるみたい――ボクなんか居なくたってイイのさ」

 

 とおくで回転灯が点滅している。事故か?

  

「――かといって……」

 

 オレはハンドルから起き直り、手を頭の後ろで組むとシートにもたれた。

 

「人生を引きこもってムダにしてイイってワケじゃないだろ。この世界に生きるヤツはナ、等しく自分が主人公だって思いこむ権利がある。アニキたちが優秀で、自分だけ出来ないから、それがどうした?」

「だって……」

 

 横目でオレはこの若い()を見ながら、

 

「人間ってナァな?――持ってるキャパはみんな同じだ」

 

 言われて青年はポカンとする。

 

「つまりだな。一方が突出してりゃ、他方は少ない。キミは勉強にリソースを含んでないかもしれないが、まだ自分の知らない能力があるはずだ」

「無いよ……そんなモン」

「なぜ分かる?それがお前ごときに。神でもないクセに」

「自分のことは、自分がいちばんよく知ってら!」

「はたして――そうかな?」

「……だって」

 

 気色ばむ相手の若さを、ひそかに微笑ましく思う。

 いつの間にか自分が無くしたひたむきさが、真剣さがそこにはあった。

 

 ――コイツを()らなくてはダメなのか……?

 

 そしてふと、自分の子供が娘ではなく息子だったら、ゆくゆくはこんな会話をしたのかもしれないなと思うと、なにか胸に迫るものがある。

 

 まて。コイツの転生指数が下がったとしたら、どうだ?

 この世に未練をもって、『生きたい』と思わせれば――あるいは。

 

 いいか?よく聞けとオレは前置きをして、

 

「人間は自分の顔すらみえないんだ。ましてや能力をや。私だって自分自身がいまだに良く分からん」

 

 おっと、カッコつけて“私”なんて衒ってしまった。

 オレもまだまだってことだネと心中、苦笑して。

 

「……そうなの?」

「あぁ、そうさ。キミよりも数倍、数十倍の辛酸をナメて生きてきた。でもま~だまだ。ふとした拍子にな?自分の知らんもう一面を、見たりするときがあるのさ――この歳になってもね……」

 

 はからずも離婚以降の自分の荒れようを脳裏にうかべる。

 ほんとうに――あれは己にとっての黒歴史だ。

 今でもフト思い出し、頭をふったりする。

 

 相手の顔が曇った。

 

「なんだか……人生が息苦しいよ」

「そりゃ自分で招いた“いまのランク”がそう感じさせているのさ。キミ自身が、キミを責めて灼いているのだ」

「……」

「人生ってナァ、よく考えられたゲームだからな。“舐めプ”なんてしてると、アッというまに足を掬われるぞ」

「……」

「キミは今、ステータスを無駄に消費している。ゲームを早く終わらせようとしている。それもいろんなボーナス・ステージを見ずに、だ」

「そんなステージ、あるの?」

 

「――ある」

 

 オレは言い切った。言い切るしかない。

 とくに、前途のある若者を前にしては。

 もちろん、その数倍の地獄モードが行く手には待ち受けてるだろう。

 だがそれを説明するとなると――いまは時と場所が、あまりにふさわしくない。

 

「ハナから投げてるヤツのところには、いいカードなんか回って来やしないのさ。でもそれに絶望して自殺なんかカマしてみな?()()()()()()()()()()()()

「……」

「自殺に関しちゃ、イヤなうわさが色々あるだろ?本来の寿命だった死の時期まで、魂は何回も自殺を繰り返すとか……自殺をしたら魂の経歴にキズがつくとか」

 

 青年の瞳にボンヤリと灯がともった。

 

「おじ――お兄さん“魂”とか信じてるの?」

「信じたくはないが、イロイロあってな」

 

 そう、お前の乗るこのトラックのシャシーには、ウソかホントか知らんが、その“魂”を素粒子化して異世界にブッとばす、大重量・大出力の転生機械が鎮座してるんだよ!と言ってやりたかったが、もちろん自重する。

 

「じゃぁ、転生とか。あるかも知れないんだ……」

 

 ンなことは知らんよ、とオレはスッとぼけ。

 

「よく言うだろ?語リ得ヌモノニ関シテハ、沈黙セネバナラナイ……」※

 

 青年はハーレム状態なラノベ表紙のボロボロになった絵をなでている。

 ただし――とオレは先をつづけ、

 

「もし転生があるとしたら、やっぱり魂をすり減らし頑張って人生をまっとうした者が、次の生ではいいステータスを得るんじゃないかな」

「……」

「引きこもりが転生して、ましてや自殺をして次の生で良い目をみるとは、どうしても思えん」

「……」

「いいとこ物乞いとか、奴隷じゃねぇの?」

「……」

「この日本に生まれたことが、そもそもイージーMODEじゃねぇか。これで騎士だ魔法だなんて問答無用な修羅の世界にいってみろ。瞬殺だぁね」

「そこはチートなステータスがあったり……」

「この世で努力して“魂”とやらに()()をつけりゃ、あるいは付与されるかも」

「なら……どうすりゃイイんだ……」

 

 青年は不満げに呟いて沈黙する。

 

「さて、それを考えるのさ。キミは人生の――転換期に立っている」

 

 渋滞が動き出した。

 パーキング・ブレーキを解放。

 オレたちの乗るトラックは、前に進みはじめる。

 

「ミネルヴァの(フクロウ)は夕暮れに飛び立つ、っていうだろ?――さァいくぞ」

 

 

 

 

 

 




※ウィトゲンシュタイン:『論理哲学論考』より

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