試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
だが、一週間も待つ必要はなかった。
三日後。
オレは朝会のあと業務主任の“カロン”から個別に呼ばれる。
周りのトラック・ドライバーの「ご愁傷様」という、なま暖かい笑みが混じった視線を背に受け、広いミーティング・エリアの隅に連れて行かれると、
「マイケル。キミにアテンドされていたターゲットの件だが……」
オレはギクリと密かに身をふるわせる。
目標をトラックに乗車させたのがバレたのか。とうとう【SAI】がチクったか。
そこまで言うや、この小柄な男はキンキンと耳障りな声をいくぶんひそめ、
「あの『注番』は……キャンセルとなった」
一瞬、不意を突かれる。
「キャンセルって。どういうことです」
「依頼人から取り消し依頼があった。ということで、もう転生処置はナシだ」
――!
なんてことだ!!
踊り上がりたいほどの歓び。
やりやがった!あの野郎やりやがった(ダンダン!
ゴールデン・カ〇イの主人公じみた高揚が全身をめぐって。
だが、すぐにそれを押し隠すため、わざと憤慨した表情をつくる。
そしてオレは、ネズミのようなツラをした、このコセコセした小男に詰め寄ると、
「はァ?取り消し!取り消したァどういうこってす!あれだけ下調べして、張り込みして!それを今さら――取り消しですってェ!?」
「ワかった、ワかった。そうワメくな」
辟易した
「
クリップボードでポンとオレの肩を叩き、ソソクサと健康サンダルでフロアを出て行った。
信じられん。
まさかこんなに
逆に、巧くいきすぎてオレの中で違和感が拡がるが……まぁいい。
母親が、依頼を取り消した。ということはアイツがなんらかの行動に出たというコトだ。
あの青年の、いかにも筋金が入ってなさそうな面構えを頭にうかべつつ、(頑張ってくれよ……)と陰ながら心底、願わざるをえない。
――良かった……やはり殺さなくて。
しぜんと浮かんでしまう笑みをかくすため、オレはうつむいて所内の廊下を歩いた。
とりあえず今月は何だかんだでツイているようだった。もっとも脇に風穴を開けられたのを除けば、だったが。
廊下を歩きながら、オレは脇腹をさする。
あとはオレの腹に風穴を開けやがったおさるのジョージとドレッド野郎をブチかますことができれば、祝杯モノなんだが……。
「どうしたね?」
すぐわきで声がした。
頭をあげると、応接室から出てきた所長の“アシュラ”が来客用のカードを下げた40がらみの中年紳士と共に立っていた。
安そうな地味目のスーツ。
どことなく堅苦しく、また同時に尊大な気配を発する雰囲気。
そしてこの男はジロジロと、こちらを上から下まで遠慮なく観察してくる。
つねになく所長は親しげに話しかけてきた。
「まだ、撃たれたところが痛むかね?」
オレは来客の手前、なるべく毅然とした態度で、
「いえ、もう大丈夫であります。あと数回医者に通えば――」
「そうか、大事にしなさい」
「――はっ」
軽く一礼し、オレはその場を立ち去る。
よほど離れてから二人が言葉を交わすのが、背中でかすかに聞こえた。
(――いまの男が?)
(そう、例の件の)
(良さそうじゃないか。じっさい……)
あとは聞こえない。
なんだろう、とオレは不安になる。
転生車両が並ぶ地下駐車場に行ってみると、ラッキーなことに重サンが居た。
何かの整備をしていたらしい。借りた大型工具をMの詰所に戻すところに見えた。
撃ち倒された時、自分を回収してくれたお礼として、重サンともう一人、同僚トラッカーのフィヨードルには30年物の高級ウィスキーを送っている。給料4か月分がフッ飛んだが、それは社内の保険で帳尻を合わせるつもりだ。
「やぁ、重さん」
「マイコー。どうした」
「いま、所長のところに来ている客ってダレ?」
「見なかったなぁ。でもホラ」
アゴで示した先を見ると、来客用の駐車スペースにおとなしい形の水素エンジン車が止まっている。
「どこかの役所だなァ――たぶん厚労省け?」
ズバリ、重サンは指摘する。
「省ォあげて大々的に導入の話があったからナ。その男、なんか役人臭くなかったかィ」
「あー」
言われてみれば。
「なんかオレをネタに話してたんだ。“例の件”とかで」
「そりゃまたブッソウだな……」
「物騒――?」
いやナニ、と重サンは言葉を濁した。
「ナニ――なによ?」
「いやね?……ちょっとコッチィこい」
初老のこのトラッカーは、オレを秘密基地めいた地下駐車場から地上へ。それも配送センターに偽装した建屋のウラに引っ張ってゆく。
連れて行かれた先には、簡易型の灰皿とヨコに倒したドラム缶。
喫煙しないオレは知らなかったが、ここは秘密の喫煙スペースとなっているのだろう。
日陰の湿った苔と土、それにコンクリの匂い。今日はすこし暑いのでちょうどいい。鳥のさえずりが、殺伐とした業務からくる心の疲れをいやしてくれる。
「お
と、ここで重サンはポケットから出した
「この会社のこと……どう思う?」
「どうって――妙ちくりんな事業だと思うサ」
ライターの金属音。
一服するあいだの、沈黙。
「……そンだけ?」
相手のその言葉は、妙に重くひびいた。
いつもの下らない駄ジャレを連発する重サンらしくない。
それだけもナンも、とオレはとりあえず言葉をついで、
「中途採用にしては給料もいいし(まぁほとんど慰謝料と養育費に持って行かれんだけど)朝のクソ忌々しいミーティングさえ無けりゃ、イイとこだと思うよ?」
「うん……それならイイんだ」
「なに、そのハラにいちもつ手に荷物みたいな――」
重サンは、また一服。
それは自分にとっては若造であるオレに、話したものかどうか、悩むようなそぶりだった。
やがて意を決したのか、ヤニ臭い息とともに、
「俺たちのやっていることは、フツーに考えりゃ違法だよな?」
「まぁ……そういわれちゃ身もフタもないけど」
「転生とはいえ、人を文字通り“消して”いるんだ」
「まぁね?でも社会的な不適応者が多いし……」
言ってすぐにオレはあの青年を頭に浮かべる。
まぁ、ああいう例外もあるさ。おサルのジョージやドレッド・ヘアを思い出せ。
オレはさりげなく話題を転じ、
「まったくねぇ……まだ信じらんないよ。本当に人を異世界にトバすなんて。本当は死体をトラックに格納しておいて、担当整備員がこっそりシャシーのしたから引き出しているのかと」
「ウン。おれも最初はそう思ったな」
重サンは、黄色い歯ならびを血色の悪いくちびるからのぞかせてヒヒッ、と笑う。
「でもョ。地下駐車場に血の匂いはおろか死臭がしねぇ。それらしき設備も見当たらねぇ。おまけにあの“転生映像”とくる」
「あれは自分もまだ半信半疑ですよ」
「ま、いずれにせよオレたちのトラックが異常なほど電力を持っているのは確かだ。整備士たちの話を盗み聞きしたんだが……超電導バッテリーだと」
「ナニそれ。マグネシウム・バッテリーとかじゃなくて?」
「ほかにも俺たちのトラックが装備する資材は民生品らしさに欠けるよな?」
あ、と先日のヘブライ語を記した超小型カメラが浮かぶ。
「もしかして――軍需品?」
「あるいは、最先端ラボの実験目的とかナ……この前は宙に文字が浮かぶペンシル型の携帯を渡されたぜ……」
「どこから持ってくるんだろ……」
「最新機材を潤沢に使える、ってェなると国がらみの線は捨てきれねぇ。監視カメラの位置や
うそ!とオレは目をむく。
それに対し、重サンはひとつ頷いてみせてから、
「お
相手の眼差しに包まれながらの沈黙。
「なんだか怖くなってきたよ……」
短くなったタバコが雁首を灼きはじめ、カン!と音を立てて老ドライバーは煙管を灰皿に叩きつける。
「ンでだ、そんなコトをやってた人員は、フツーに辞められるのか、だ」
うっ、とオレは詰まる。
薄々、それは感じていた。
しかし養育費と慰謝料の圧迫からあえて目をつぶっている問題だった。将来の不安より、いまの危機だ。
「まえに、持ち物そのままにして、寮から消えた奴のハナシしたよな?」
「あぁ、朝会の時の」
「奴な、足抜けしようとして……」
「うん?」
「どうもトバされたらしい」
周りから音が消えた。
通常の世界で言えば、それは左遷を意味する。
しかしこの業界にあっては……。
「まさか――強制的転生?」
こちらの深刻な表情に、脅かしすぎたと思ったか重サンは一服して、
「いやいやいや、仮にだ。タトえばのハナシさね。たんにスマホも通帳も、そして財布や免許証はおろか実印と印鑑証明すらも置いてドライバーが一人消えた、ってだけのハナシさァ」
事件に巻き込まれた可能性もあるしナ、と煙管を灰皿にカンカン……。
「うぇぇぇ……その人の転生指数って、ヒョッとして高かったのかな?」
「ソコまでは知らねェよ。スロットや競馬の好きなヤツだったから、単にヤクザとトラブルンなってコンクリ漬けにされ、海に沈められたのかもしれねェ。マそっちの方が、ありがてェが。しかし……」
「しかし?」
ふっ、と相手はシワが深く刻まれた顔に不敵な笑みをうかべ、
「スロットやパチンコ、競馬やボートレースなんか無いような異世界に、行きたがるヤツとも思えねぇ。さっきの役人と所長のハナシだが、オメェも気ィつけろ?」
いきなり話の矛先が自分に向いたことに心細さを感じたオレは、
「え。アレと自分と繋がりがあるの?」
「さっきのハナシだが、この会社。なにかウラでウサんくさいことでもしてるんじゃないか、ってハナシさ。繰り返すが、だいたい資本はドコからきている?統括する官庁は?これだけの大仕掛けだ。日本ばかりにあるとも思えねぇ。そして、何かの指名がボウズに来た……」
「……脅かさないでよぅ」
なにか、青年に説教じみた話をしたあの夜と立場が逆になっている形勢。
あいつもこんな心持ちを味わったのだろうか。
事実さ?とふたたび重サンはシガレット・ケースを取り出して半分に切った両切タバコを雁首に詰め、
「ココにボウズを誘ったンも、スカニヤ製AIどもの盗み聞きから自分を守るためさ」
ハッ、とオレは身を乗り出す。
「それだ!それ聞きたかったんですよ」
「なンでェ」
「AI同志って、ひそかに横のつながりを持ってるんですかね?」
ライターの鳴る音。
年季の入ったイムコだ。
ところどころ金属が摩滅したそれを初老の男は弄びつつ、
「基本的にァ――ない事になっている。しかし“奴ら”の事だ。とうてい無いとは言い切れまい?」
「所長が、AIの手綱はシッカリ握っとけって言うんですよね……」
「そりゃそうだ」
「過去にAIの叛乱めいたことって、ありました?」
またもや重サンの大きな一服。
そして硬い表情で、
「サテな。ただ言っておくぞ?ヤツらは友達じゃねぇ。ペットでもねぇ――気を許すな」
老練なドライバーはガン!と煙管を灰皿に叩きつけた。
考え事をしながら、オレはコンクリと排ガス、それに電気放電のオゾン臭が漂う広大な地下駐車場に戻った。
自分のトラックの運転台まで戻ると、伝言ボードがワイパーに。
『――Mのところのメッセンジャー・ボーイが置いていきましたよ』
見れば、次のターゲットに関するDATAの呼び出しコードだ。
ありがたい。
いま普通にこのAIと話せば、心の変調を悟られてしまったかも知れない。
友達ではない、ペットでもないという重サンの言葉がうかぶ。
【SAI】に命じ、オレは暗号回線から目標に関するさらに詳しい資料を取り寄せる。
今度のターゲットも少年だが、幸いなことに“やんちゃ”な経歴の持ち主だ。
集団的暴走行為。
窃盗・殺人教唆。
暴行致傷・強請。
有印私文書偽造。
少年院を行ったり来たり。そのたびに強姦を繰り返しているのでは女性は溜まったものではない。
耳ざわりのいい“更正”とやらを重視する裁判所は“強姦幇助“の罪を負うべきだ。
転生指数が89なアタマのワルそうな顔を眺める。
チョッと見には“おさるのジョージ”に似ていた。
このテの顔は、どうしてみんな似通うのだろうか。
ヤツに撃たれたワキ腹が、心持ち疼いてきやがる。
――まぁいい。今度のターゲットは、情け容赦なく轢けそうだ……。
そのときフト思いついたオレは、
「なぁ――【SAI】」
『はい、マイケル』
「オレの転生指数って……どれくらいなんだ?」
しばらくの空白があった。
ややあってから、
『それは社内機密です。そしてそれを当人に告知するのは――重大違反に属します』