試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
ドレッド野郎と“おさる”のジョージ。
事業所からの連絡を心待ちにするオレだったが、なかなか情報が入ってこない。
教えられた酒場にも行ってみたが、繁華街の中にあって生意気にも警備会社のステッカーが貼られた入り口の扉には、いつ行っても《定休日》の札が下がりっぱなしだった。
――調子にのってあのガキども脅したのは、やっぱり失敗だったか……。
さりげなく前を通るたび、オレは唇をかむ。
考えてみれば、つけ狙っている人物がいると、むざむざ教えたようなものだ。
ヤサに帰った形跡もないことから、おそらくほとぼりが冷めるまでどこかに潜むつもりだろう。“おさる”にこんなシャレた芸は出来ないと思われるから、ドレッドのクソが一緒とも考えられる――ちくしょう。
そして、事業所から提示された新しい轢殺目標……。
経歴だけ見れば、ソイツは絵にかいたようなクソガキだった。
なんと小○三年で音楽の女教師に暴行したのを手始めに、性的非行のオンパレード。
しかし持ち前のルックスと演技のウマさで、また場合によっては被害女性側から減刑嘆願書がついたケースもあり、家庭裁判所の情状酌量を何度も受けていると注文番号が入った『転生作業依頼票』には記されていた。
添付の3Dホロを見る。
なるほど、ちょっと今風のチャラ
女泣かせなホスト系の顔つきといってもいいかもしれない。
実際、ただの半グレにもかかわらず結構イイところに住んでいるの見ると、本当に女から貢がせている可能性もあった。
待ち伏せ場所と実行場所を決めるため、装備課で申請した電気屋風の作業着すがたで防犯カメラのマップと比較検討しながら辺りの状況を確認。
――やはり、ここいらへんはキビしいか……。
入り口のセキュリティ・システムを(ゴニョゴニョ)して無効化し、マンションの中に入ると目標の部屋をうかがう。電気メーターの具合から目標が在宅であることが分かったので、装備主任の“M”から借りたマグネットシール状の盗聴器を鉄製ドアの目立たないところに仕掛け、近くのガードレールに中継器をセットし、トラックの中で様子をうかがうことにした。
≪――でよぉ、××の1パチが全然デねぇの!ンで10万負けた≫
いきなり品の無いガラガラ声がスピーカーから飛び出してきた。
オレはトラックのコンソールに浮かべてある目標の顔写真を二度見する。
この声が、この顔から出ていることがピンとこない。もしや別人だろうか。
「【SAI】、通話相手の番号を特定することはできるか?」
『犯罪捜査のための通信傍受に関する法律第4条の1項により認可がいりますが』
「だれの許可がいる?」
『手近なところでは事業所長ですね』
「え、身内の許可でデキるんだ。ウチの組織って何者なんだろ」
パララ~♪と仕事人のテーマがキャビンに。
「いや、そりゃそうだけどサ……」
≪ンでよォ?探していた
盗聴先の会話に、ふと重サンを連想したオレは、
「なぁ?――【SAI】の前のドライバーって、まだ轢殺屋やってんの?」
『その手の質問にはお答えしかねます』
「辞めたドライバーって、どこに転職するのかな……」
≪でさ!?その犯した女のマ〇コが絶品でよぉ。泣きながらなんかワメいてたケド、シャブをアナに塗り込んでやったら腰ふってヒーヒーよがり出してよ?っケド俺もバカだからサァ?突きまくったらコンドーム破れて、コッチまでラリっちめーやがった!≫
監視とはいえ、下らない会話を聞き続けているのは頭がいたい。
一刻も早く、こいつをこの世から異世界に蹴りだしたくてたまらなかった。
と、そのとき頭のワルそうなバカ笑いをスピーカーの音量で殺した【SAI】は、
『マイケル――この仕事がイヤになりましたか?』
「まさか。第一、ホカに行くところがないよ」
『良かった。わたしはマイケル好きですから』
重サンの言葉が思い出される。
よせやい、と皮肉交じりな言葉で返そうとした時だった。
≪“赤いウサギ”とかいう店でサ、そこで
おれは盗聴器のスケルチを下げた。
雑音が爆発的になる中、携帯の声もわずかに聞こえる。
〔その……で……女……店……ね?〕
≪おぅよ。盗撮画像見たッけ、スッッッゲェ美人なの!あれ
オレは唇を噛んだ。
『どうしましたマイケル?』
「――シッ!」
〔オレも……突っ込ん……ヒーヒー……ぇなァ〕
≪おうよ。今週、どっかでカネ持ってそうなリーマン
〔……ババァ……が…持ってて……くね?どうせ……にゃ…〕
≪じゃぁ、オメェぁソッチ狙えや。オレはリーマン殴り倒していくわ≫
「コイツの相手――だれだか特定できたらなぁ……」
『この人物たちが、どうかしたんですか?』
「この会話の話題、たぶん美香子……えぇと、ボニーのことだ」
『へぇぇ……』
【SAI】は、まんざらでもなさそうな語調で、
『あの娘が助手になってくれたら、名トリオなんですがねぇ』
「部外者を轢殺トラックに乗せるんだぜ?規定違反じゃないか」
『そういうドコかのダレかは、轢殺対象者を機密のかたまりである本車に乗せていましたが?』
「じゃぁ、仮にあのJKが乗りたいといったら乗せるのかよ?」
しばしの沈黙。
スピーカーからの頭の悪い会話だけが妙に響いて。
「まぁ、一度くらいなら、良いかもしれませんねぇ……」
マジかよ、と思うそばからターゲットが、
≪オレぁ早速今日から始めるワ。あの女のマ〇コとケツの穴にシャブ塗り込んで、チ○ポ狂いにさしてみてぇッつーの!姦るしかねェっつーの!!≫
〔ハハハハ……じゃ……れはババァ……っかナ〕
≪んじゃ来週の金曜にしようぜ?タップリ持って来いよ……そう、アハハハハ!マジ笑えるンだけど……オレ?もう昼か……イマから酒ノンで寝るわ。夜ンそなえねぇと……をぅ、じゃぁな≫
ドスドスと部屋を歩く音。
冷蔵庫が開けられ、氷をすくう気配。
パシュッ!と炭酸系の缶が開く音。
――くそう……飲みたくなって来ちまったナ……。
そのとき、【SAI】が緊急時の口調になった。
『マイケル。特定移動電波体接近。たぶんパトカーです。あと1分30秒で接触』
「役所に工事の届けは出してるんだろ?大丈夫だよ」
トラックの前後には△表示板とコーンを配置しているし、ユニフォームも着ている。
オレはメーター・パネルわきの監視モニターを忙しく切り替えながら“パンダ”を探った。
しかし――それらしき車は見えない。
『マイケル、横を通過します』
一台の銀色なセダンが、モーター音もしずかに通り過ぎていった。
――覆面……?
「【SAI】、いまの車の運転席を撮ったか」
『再生します』
トラックの周囲に配置された監視カメラの映像。
そこには、スーツを着た若い女性ドライバーがハンドルを握る姿。
となりでは腕組みをしてふんぞり返る、トレンチコート姿の大柄な人物。
忘れようもないケツあごが、キザな言い方をすれば“紅茶にマドレーヌを浸したように”或る記憶を運んでくる……。
――アイツだ。
オレは入院先での出来事を脳裏に浮かべた。
* * *
「――警視庁の
劈頭一声、その男は病院の個室におそろしく響くダミ声をあげたものだった。
中折れ式のソフト帽にトレンチ・コート。
ひと昔前の
真っ黒な靴は、よくみればジョギング用のシューズだ。
それもずいぶんと年季が入ってところどころすり切れている。
いまだタバコを吸っているらしく、全身から発散される空気が異常にヤニ臭い。
ほころびかかった内ポケットスーツから渡された名刺を見ると[生安]の人間らしかった。
――警部補……か。
ベッドを降りようとしたオレだったが、この日のためにやって来た会社の顧問弁護士に、ベッドサイドからさりげなく腕で制される。オレの体調が回復したと病院から知らせを受けた警察が事情聴収のためにアポを入れてきたことを受け、会社から派遣されてきたらしい。しかし、やってきたのはいかにもキレ者といったハリウッド的なキャラではなく、ポチャ風味なおっとりとした初老のオッサンだった。
オレの個室は上背のあるこの男でいっぱいになったかのように思われた。それに対しオレの担当弁護士は、まるで相手の威圧的な雰囲気を気にも留めぬような涼しい顔で受け流している。
「よろしければァ、先日の件で二、三お聞きしたいことがあるのですが!」
銭高さん、と顧問弁護士は悠揚迫らず、
「依頼人は貫通銃創を受け、体力が弱っております。どうぞ手短に願います」
「本官も職務でありましてェ――」
「本庁の目白警視には、懇意にさせていただいておりましてね」
だから?と、この大柄な男は雰囲気を豹変させてスゴむ。
「上官にしっぽを振るのが巧かったら、わたしゃ警部補なんてやっておりませんぞ!?」
「ならもっと巧くやることですな。“長いものには巻かれろ”というじゃありませんか」
「ハァ!?」
「組織の中で必須な処世術というものがあるでしょう」
驚いたことに、このポチャおっさんも雰囲気を一変させ、ギロリと銭高をニラんだ。
「
「……」
警部補どのは肩をすくめた。
次いでこの男はオレに向き直ると、
「さっそくですが、単刀直入にお聞きしたい」
オレは弁護士をチラと見る。ポチャ男のかすかなうなずき。
「……どうぞ」
「あなたを撃った男とは面識があったのでしょうか?」
「――いいぇ。残念ながら」
「……なぜ残念だと?」
「もし面識があったらアナタに情報を伝えて、刑務所にブチ込んでやれたのに」
ごもっともですな、と銭高はうなずいた。
「我々も鋭意努力はしております――ところで」
警部はトレンチ・コートのポケットをさぐると、写真を一束取り出した。
「この少年どもに、見覚えはありませんか?」
そういって、甲や指まで毛が生えたゴツい手で一枚一枚、写真を差し出してゆく。
あきらかに拘置所で撮られた写真らしい。
少年と言うより青年といっていい年ごろの、いずれも荒れた面構えをした人物が、写真の向こうから不機嫌そうにニラんでくる。
警部補どのは写真を、まるで切り札でも差し出すかのようにオレの目の前につきつけ、コチラの反応をジッ、と診ている。
目つきの鋭い若者が相手の手もとから次々に閃き、そしてふたたび収められていった。
十数枚も繰り返した時だったろうか。
いきなり眼前に、あの顔があらわれた。
いくら轢殺しても足りない“おさるのジョージ”。
斜に構え、カメラのレンズを睨みつける姿。
「どうですかな?この辺りの少年などは……」
相手に表情を読まれるまえに、オレはすかさず先手を打った。
いかにも“疲れた”とでもいうように目を閉じて首をめぐらす。
ここで警察に気取られて、この後の展開を面倒にしたくもなかった。
「いやはや、どれもコレも」
オレは極力ウンザリした声をよそおって、
「まともそうなガキに見えませんねぇ」
銭高はこちらの表情の動きを毛一本たりとも見逃すまいといった目つきをしつつ、フンと鼻で嗤った。ニコチンの臭いがいっそう鼻をつく。
「そりゃま、少年法に守られているとはいえ、一筋縄ではいかない連中ですからなァ――コレはどうです?」
写真の束の順番を変え、つぎに相手が切り出したのは、あのドレッド野郎だった。
髪型こそちがうものの、ブ厚い唇に頑丈そうな頬。色黒な肌。間違えようもない。
オレはさりげなく首を振って、
「ナニせ夜でしたからね。しかも街灯の乏しいところでしたから、相手をよく確認することもできませんでした」
「近くにはコンビニがあったでしょうに。そこにアナタはお寄りになって、ネコ用にエサを買っておられる」
――チッ。
余計なことを言うんじゃなかったと思うが、後の祭り。
「えぇ、買いましたよ。ノラ猫が居たんで」
「そのネコに関し、言い争いをしているのを、店の掃除に出たアルバイトの店員が聞いておりますゾ!?」
社内で作成した“公式の”行動記録では、オレは単なるトラック・ドライバーで息も絶え絶えに無線で仲間を呼んだあと意識を失った――ことになっている。
現場に駆けつけ“第一発見者”を装った重サンたちが、現場を整理し、【SAI】を自動運転で撤収させ、代わりに用意した普通の4tにオレを押し上げて運転席に血のりを付け、その状態で救急車と警察を呼んだのだ。
「こっちもいきなりネコを蹴られて気が動転していたんで」
「蹴ったんですか?ノラ猫を?」
「えぇ。それで頭に血が上って……そこからよく覚えてないんですよ」
オレはさりげなく話をボカす。
この男に情報を与えたくはなかった。あまり気安くすると、しつこく付きまとわれそうでもある。
“おさる”はドレッド野郎を見つけ出すためのマーカーだ。大事にしなくてはならない。
オレは包帯を巻いたわき腹をさすりながら、
「アッ!――と思ったときは……地面にヒザを突いてました」
「げせませんナァ。普通はもっと犯人のことを覚えているものですが」
「失血による一時的な若年性痴呆症かもしれませんよ。じっさい、最近モノわすれがひどい」
「もっと協力していただかなくては、犯人も捕まらない」
「銭高サン、依頼人は疲れておるのです」
「ではこれだけ答えてください、犯人は単独でしたか、それとも複数でしたか」
「……複数です」
「二人でしたか、三人でしたか」
「銭高サン!」
「あるいは――それ以上でしたか……?」
銭高の顔がグッと突き出され、オレを睨みすえた。
まるで闘犬のようなするどい眼差しだった。
――ヤベぇ。コイツは執念深そうだ。
オレは適当にお茶をにごすことにする。
なるべく気弱な声をよそおい、首を傾げつつ、
「サテ……暗かったですからねぇ。二人以上だったことは、確かなようです……」
その他にも銭高の事情聴収はつづいた。
二、三危ないところもあったが、そこは丸ポチャの救いの手が入ったので、破綻なく答えられたとは思う。
「結構!」
警部補は残りの写真をオレに見せることなく、再びコートのポケットにしまった。
そして、かがめていた腰をのばすと、ふと雰囲気をかえて、
「失礼ですが――離婚、されているようですな?」
えぇ、そうですねとオレは鼻白む。
「それが――今回の事件となにか?」
「お気をワルくしたら申し訳ない。タダのよもやま話ですよ」
銭高はなにやら思惑をこめた妙な目つきで、
「警察もですな?事件の捜査だァ張り込みだァと、担当者はなかなか家に帰れないでしょう?だから奥方にアイソつかされて離婚するんですなァ……」
ふいに『シーア』のことが頭に浮かぶ。
夢の中のことなのに、可哀そうなことをしたといまだに胸が締め付けられる。
おかしなコトだった。ひょっとして本当に痴呆が始まっているのかもしれない。
そんなオレに、この警部補どのはヒョイとまた身を乗り出して、
「――再婚は、なされないのですかナ?」
「再婚、ですって?」
どういう風の吹き回しだろうか。
そのとき、急に『詩愛』の笑顔が浮かんだのは。
あの仕草。あのふるまい。あの声。あの笑い顔。
「……予定はありません」
おもわぬ意外な圧力に
丸ポチャな弁護士はベッドサイドの椅子から立ち上がると銭高に面会の打ち切りを伝えた。
「もうよろしいですかな銭高サン。依頼人は疲れておる。これ以上は担当弁護士として、とても看過できませんな」
結構!と銭高も腰をのばし、髪の薄い丸ぽちゃな弁護士をねめつけた。
そしてトレンチ・コートのポケットからゴロワーズの両切りを取り出すや、真鍮のロンソンで火をつけ、ふかぶかと一服……。
そして、憤然たる面持ちの丸ポチャな顧問弁護士の顔に、黒タバコの独特な煙をフーッと吹き付けてぬけぬけと、
「ご協力感謝いたします!大変参考になりました……!」
* * *
マイケル?……マイケル!
気が付くと【SAI】が呼んでいた。
『お昼は、どうするんです?』
キャビンの盗聴用スピーカーからは鼾がきこえていた。
このくそガキ。のんきなものだ。
「もう日中は動きがないだろう。ここいらの事は大体わかった。我々も引き上げだ」
――さぁて、どうしたものか。
トラックを会社の駐車場に戻し、変装用の作業服を備品担当の庶務嬢に返却する。
そのままエレベーターで上がって社内のラウンジに行き、自販機前のコーナーで野菜ジュースにするかコーヒーにするかすこし悩む。
と、ポケットの携帯が鳴った。
通知ディスプレイを見て、ウッ、となる。
別れた妻が雇った弁護士の番号が、表示されていた……。