試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
「それは――いったいどういうコトだい?」
黒ネコは答えない。
「……おい……おいってば」
自分の声で、オレは我にかえった。
気が付けば、遮光カーテンの合わせ目から朝の光が洩れ差している。
――えっ……?
相変わらずダイニング・チェァに座ったままな自分。
身体が、バキバキに凝り固まって。
手は、シャンパングラスの細い
冷え切った身体を動かして腕をテーブルに置き、グラスを放そうとするものの、手が石になったように動かない。しかたなく反対側の手で一本、また一本。固まった指を外す。
また夢?いやいや、まさか……しかし……。
見れば、テーブルの上には黒ネコのために取り分けてやった料理も、クリスタルのボウルもない。
シャンパンボトルは空になっている。
料理の大半は残ったまま。
狐に――いや猫に化かされた気分ってのはこういう感じか。
――まぁいい。今日は休みだからな。
オレは熱いシャワーを浴び、体を温めてから風呂場を出るとガウンをひっかけカーテンを引き開ける。
颯ッ!と黒ネコの不吉な印象が祓われて、いつもの日常がもどってくる。
片付けてない荒れた部屋。男のひとり暮らしを絵に描いたような光景。
しかし、そんな現状もいまは前むきな意思を呼びオレを駆りたてる。
――さ!明日からまたがんばって轢き殺さなきゃ……。
冷蔵庫をあけて、冷えたビールを引っつかむ。
なによりも至福な“休日の朝ビール”って寸法だ。
そう!養育費もなくなったので、朝ビールはハイネケンの瓶にランクうp。
ネットのニュース・プログラムを立ち上げながらパシュッ、と小気味よく王冠をハネあけたその時だった。
モニターの画面に、
[深夜の凶行――連続通り魔殺人]
そんな帯がかかり、スタジオと現場の中継でアナウンサー同士が緊迫したやり取りをしている光景がとびこんできた。
・連続した2件の物とり目的とみられる犯行。
・襲われたのは帰宅途中の会社員が2名。
・一人死亡、一人意識不明の重体。
・犯人は黒っぽい服を着た10代から20代、あるいは30代から40代の男。
・警察は防犯カメラの映像を解析して、犯人につながる手がかりを捜索。
――ヤツだ……!
シャワーを浴びたばかりの身体が冷える。
「え~それと、コレはただいま入った情報なのですが、この現場から二駅離れた場所で女性が暴行され現金が奪われるという事件も発生しており、警察は同一犯の可能性も視野に入れて捜査をしているとのことであります――さて、この憎むべき犯行なんですか……」
やられた。
おそらくヤツはあれから行動をおこし、金目な獲物を狙って深夜を徘徊したに違いない。
凶器は“バールのようなもの”で頭部を一撃と報道されている。
くそっ!まさか初日に行動をおこすとは!!
一人死亡。
一人重体でICU。
助かるか――どうか。
そのうえクソ忌々しいことに、また若い女に手をかけやがった!
あのクソ野郎を狩る使命を負ったオレはといえば、ヤツが凶行に及んでいるあいだ、のんきに酒なぞ食らってイイ気になっていたワケだ――畜生め!!
誰かから、激しく糾弾されている気がする。
だから言ったであろうが!という内なる声。
――貴様は自分の享楽を優先して、責務を怠ったのだ!
――王都の安寧を!無辜の民の財産を守る存在が、そのザマは何だ!
たしかに。
彼らが受けた不幸の責任は、オレにある。
脳裏に、夢の中で聞いた黒ネコの言葉がよみがえる。
「キミはもうすぐ、自分の失敗を悟ることになるよ」
「キミがもう少し気を張っていれば、救えた命だったけど……」
そう。
あの黒ネコの言う通り。
オレはこの責任を取って、必ずヤツを“仕留め”なくてはならない……。
時刻は、もう8時をまわっている。だが全く寝た記憶がないにもかかわらず、頭は妙に冴えていた。
オレは口も付けていない瓶ビールをドボドボと流しに捨てる。
泡立ちながら排水溝に流れてゆく液体を見るうち、怒りがフツフツと煮えたぎって。
あの糞ガキへの怒り。
何より自分への怒り。
――
内なる声がさらに自分を責めたてる。
――お前は!自分の怠慢から三つの悲劇を喚んだのだ!
「……」
――もういい!
有給などという気分は跡形もなくフッとんでいた。
私はヒゲを剃り、新しいYシャツを引っ張り出し、外出の準備を整えると部屋を飛び出す。
* * *
事業所について受付のフロアを行くと庶務の子とバッタリ出会った。
クリップボードをいくつも束ね、耳に赤ペンをはさんで。
「あっれぇ!マイケルさん?」
チェックのベストに黒いスカート。
しかし――その胸に名札はない。
ニコニコ転生協会はこんなところにもセキュイリティに厳しく、女子社員といえども本名は隠すよう指示されているらしい。この子が“リサ”という名前であることは、昨日の電話で初めて知ったくらいだ。他のトラッカーたちにこの娘は「ベリショ」とか「庶務の6番」とか言われてる。
「今日、おやすみだったんじゃ……」
「あぁ、まァな」
「どうしたんです?コワい顔して」
「所長は、いるかね」
「え、呼ばれたの?所長室にいると思うけど……」
「すまんな」
マイケルさん?と"リサ"が呼んだ。
「どうした、リサ」
「マイケルさん……よね?」
「それがどうした」
「うぅん、ごめんなさい。なんか別人みたいな気がしたから……」
それから30分後、アルコール呼気検査と各種反応をクリアしてトラックの鍵をもらった
『マイケル、どうしたんです?今日は有給と聞いていましたが』
「……」
『マイケル?』
「事情が変わったのだ。目標を追う」
『おやおや、有給を返上してですか。
「……」
『マイケル?』
「黙って周囲を警戒していろ!」
『……了解』
私の頭の中は、目標をいかに残虐に轢殺してやるか。それしか頭になかった。
自分の失態から3人の不幸を呼んでしまった事実。
悔やんでも悔やみきれない。
そう、王都の反乱で自分の家族を喪った、あのときのように。
『ココですね、犯行があった場所は』
「まだ警邏の人間がチラホラしてるな」
『……』
私は会社役員が殴り倒された第二の現場をゆっくりと通りすぎた。
そして近くの駐車しても大丈夫そうな場所にトラックを停めると、【SAI】とのコネクター・コムを耳に付け、徒歩で現場へと向かう。
ヤツの手口。
襲う場所のクセ、
また周辺の状況もふくめた“現場感”。
これらをなるたけ多く頭に入れておきたかった。
駅まわりの繁華街から少し離れた場所。
偶然だろうか?監視カメラもない空白地帯だ。
夜は、いかにも人通りが途絶えそうな、シャッター通りの裏道だった。
先ほどまで中継を行っていたのか、衛星用の通信機材を満載したTV用の大型車両が道端にとまっている。そして通勤時間帯も過ぎた今は、野次馬の姿がポツ、ポツと見られるだけになっていた。
――ここだ……。
現場には早くも花束とコップ酒が添えられていた。
携帯で写真を撮る若い女の姿も。
「【SAI】、なぜアイツはここを選んだ?」
≪考察データ不足です。前にも言いましたが粘土が無くてはレンガも作れません≫
「鈍器で攻撃か……意外に地味な方法を使ったな」
≪これは推測ですが……≫
【SAI】がめずらしく口ごもる。
「なんだ、言ってみろ」
≪刃物などを使わなかったのは、最初から連続で犯行に及ぶつもりだったのではないかと≫
「――説明しろ」
≪返り血がついて、以降の犯行に支障をきたすおそれがあるからです≫
ほぅ、と私は感心する。
「詳しいな。経験があるのか?」
≪こういった知恵は“その手”の若者たちに武勇伝まじりで伝播してゆくものです≫
ふぅん、と私は納得する。
なぜだろうか。そのとき、ふと【SAI】はこういった経験値を以前から積んでいるような。そう、たとえれば私の前のドライバーと行動したときの記憶をそのまま引き継いでいるような印象をうける。
――まぁいい。
今は目の前のターゲットに集中しなくては。
「……3件の犯行場所は、徒歩で回るには少し広い。ヤツは原付免許も持っていなかった」
≪ターゲットは窃盗の常習犯です。おわすれなく≫
「原付を直結で盗むぐらいなら手馴れたもの、か……」
「――ナニが“手馴れたもの”ですと?」
いきなり背後からの声に、私はギョッと振り向いた。
上背のあるトレンチコート姿の男。
帽子のひさしの奥から、鋭い眼光。
背後を取られたことに苛立たしさを感じながら私は相手をにらみつける。
「……銭高警部」
「奇遇ですなァ――こんなところで」
フン、とこの男は鼻息あらくふんぞり返り、
「警部補、ですよ警部補。もっとも先年まで警部だったんですが……」
「そりゃまたどうしてだね?」
「
そこまで言って、タバコ臭い顔をコチラにグイと寄せ、
「どうもわたしゃア、目標を見つけると手段をエラばない一目散なところがありましてな?こと仕事となると、融通が利かんのですわ!」
ギロリ、
だが、その効果は無意味だった。
オレは相手の威圧をどこか遠くに感じつつ、言われたセリフを脳内で反芻している。
――(ホント、貴方は仕事となると、融通がきかないんだから……)
シーアの言葉。
また少し、胸が締めつけられる。
いまだに残酷な死に様が目に浮かんで。
夢の中の私は、ほかに取るべき手がなかったのだろうか……。
「――てですな……もしもし?モシモォシ!」
ハッと自分は我にかえり、
「あ?あぁいや、失礼。で――なんだね?」
「こんなところで何を、と聞いたのですよ?」
「あぁ。ニュースでホラ、やってただろう。通り魔」
私は身振りをまじえてあたりを見回す。
いつのまにか見覚えのあるセダンが一台。背後に路駐して。
顔を向け、耳につけた【SAI】とのコネクターにナンバープレートを見せる。
「どんなトコロだか、見たくなってな」
「ワザワザこんなところまで?」
銭呉のゲジまゆがヒョイとあがった。
「オタクの会社からは、ずいぶんと離れているハズだが……」
「たまたま通りすがったのだ。自分も襲われないように用心しなくては、と」
「犯人は、犯行現場を二度おとずれる、と言いますぞ?」
「私が?冗談はよしたまえ!」
ハハハハ!と銭高は目が笑っていない、口だけの哄笑をあげてみせ、
「冗談ですよ。まぁ、アンタもまたヤラれないよう、注意するんですな!」
「私は大丈夫だ。金持ってそうに見えないだろう?犯人は身なりの良い人間を狙いそうだから、みすぼらしい恰好をしていればいい」
警部補どのは、胡散臭そうな目をして黙り込む。
「それに、犯人は金をもってそうな中年狙いだろう?」
「あなたも中年の
何時ごろだ?――と私はとっさにカマをかける。
「日付が変わる前後あたりで」
「その時間なら、もう帰宅して独りで晩酌をしていた」
実際どうなのだろうか。
あの黒ネコとの会話の時間は。
「ふむ。独身貴族の晩酌というわけですな?」
「べつに貴族というほど、ど稼いではいないが」
「別れた奥さまへの養育費、というわけですかな?」
「……」
フフン。
さすがに昨日の今日で情報は伝わらないか。
しかし、いちおうガックリとした
「……私のことを調べたのだな?」
「これも仕事でしてね。アンタが刺された件も、あらゆる方面から探っていますよ」
「犯人の――目ぼしは?」
「捜査状況に関する情報は、教えられませんな」
「いずれにせよ、私の横腹に風穴を開けたニクいヤツだ」
私は念押しした。
「なにか進展があったら、知らせてほしいくらいだぞ」
それなら!と銭高はタバコ臭い身体を威圧するように寄せてギロリとオレをニラみ、
「もっと我々に協力して頂かないとイケませんナ。先日、病院でさせていただいた事情聴収。ありゃ何です?――控え目に言っても協力的ではなかったですからナァ!」
「警察がどれだけ本気か、分からなかったからだ。ヘンに色々
「警察も、日夜努力してますゾォ!?市民の財産と安全を守るのが、我々の責務ですからなァ」
銭高さん、と遠くから声がかかった。
振り向けば、見たことのある女性が近づいてきた。
このあいだトラックの横を通り過ぎた覆面。それを運転していた人物に違いない。
私は顔を彼女にむけ、耳のコネクターの正面に来るようにする。
(【SAI】……撮れ)
≪――諒解≫
ショートの髪。
警察官には見えない美人系。
ブラウスの上からでもわかる大きな胸。
歳は25近辺か。わりと知的な印象を発散する彼女。
ローヒール・パンプスを鳴らすパンツ・スーツ姿が近づいてくる。
オレは気を利かせ後ろを向くと、2、3歩離れた。
当然、背後にもカムは付いている。
警察官たちはヒソヒソと耳打ち声するような声で、
(この先の……センターで……若者グループ……)
(……原付は……だな。それからサッチー、店を片っぱしから……)
会話がやむと、オレは振り向いた。
私はゆっくりと二人に近づいて、
「犯人は――複数犯かね?」
「捜査状況は、一般市民には開示しておりません」
フッと私は笑みを浮かべてみせる。
この男。下士官にしたら、さぞかし優秀になるだろうに。
「警部補どのもご苦労だな?こんなに色々と事件を抱え込んで」
「それが、われわれ警察の仕事なのです!」
銭高は疲労の色が濃い顔にいささか誇らしげな色をうかべ、胸を反らせた。
やはり、と私は思う。
根っからの仕事人間。いちど事にあたると、周りが見えなくなるタイプ。
思わず微苦笑をまじえつつ、
「キミは――奥さんから文句を言われたりはせんかね?」
相手はふたたび顰め面――そしてニガ笑い。だがふと横を向けば、奇妙なことに“サッチー”と呼ばれた女性は銭高の顔をみつめ、あるかなしかの微笑をうかべて。
「では、本官たちはコレで。ご協力ありがとうございました!」
軽く頭を下げると、年季の入ったトレンチ・コートを揺らし、去ってゆく。
私は【SAI】にセダンのナンバーを告げ、接近時にはワッチするよう命ずる。
周辺をザッと歩きながら、しばらく時間を措くかと決めた。
ヘタにほとぼりの冷めない現場をウロウロして、また出会ったりしたら今度こそ余計な疑いをかけられる。
それでも、いくつかの収獲はあった。
・犯行時刻は23~01時。
・ヤツが仕切るグループが犯行に一枚かんでると言う可能性。
・移動手段は、やはり原付のスクーター。
・銭高の相棒の名前は“サッチー”。幸子か、佐知子の類
そして、警部補殿の夫婦仲は――あまり良くない。
トラックに戻り、残りの現場を回った私は、とりあえずトラックを走らせながら【SAI】に犯行をトレースさせてみる。
3か所の共通項。
夜になると人通りの少なく、街路灯も少ない経路。
通勤帰りの身なりの良さそうな獲物が通る道。
つまり。高級住宅街に通じる繁華街を経由した道で、夜はうす暗くなる経路だ。
ひと昔なら奥様が車で迎えに来るところを、最近は共働きでそれもままならないのかもしれない。
迎えに来いと言われたら「アタシだって仕事で疲れてるンですからね!?」と逆襲をくらう図が想像できる。結果、ご主人は頼まれた買い物を済ませ、夜目にも目立つ白いレジ袋を下げて……。
「【SAI】、国勢調査から算出した地域別の可処分所得マップ、出るか?」
『すこしお待ちを――ハイこれ』
「夫婦共働きの世帯が多い区域」
『――ホィきた』
色別にされた地図に、赤丸がいくつか重なる。
「まさかとは思うが……防犯カメラの死角が多い地域を3Dで」
いくつかの区域が、地図から上方に浮かび上がった。
犯行現場は、3点とも選び出した地域に入っている。
――防犯カメラのマップを持っているヤツがいる……。
どこからか情報が洩れているのか。
あるいは少年グループが、担当課とつながっているのか。
いや、少年グループにそんな力はないだろう。ならばバックにいる“ケツ持ち”が、少年グループに情報を与えて実行犯として使い、毎月の上りをカスめている構図の方が近そうだ。
――その“ケツ持ち”は、やはり暴力団関係なのだろうな……。
盗聴時に聞いた、「黒龍」という名前が浮かぶ。
「【SAI】、この辺を仕切る広域暴力団の構図は分かるか?」
『警察のデータ・ベースには、私もおいそれとは入れませんよ。セキュリティが甘いようで、時々ヘンにキビシイ情報区画があったりするので厄介なんです』
「広域暴力団 黒龍――黒い龍、タツの龍で検索」
出ました、と一連の事件を記したデータ。
「コレか……『黒龍互酬會』?」
「対立する集団は?」
『検索には目立って該当するものはありません』
「すると……内部での末端どうしがシノギの奪い合い、ってセンもあるか……」
最近のガキどもは侮れない。
ヘタに挑発すれば、当然のごとく
警察も、せっかく捕まえても少年法で放流ともあればやる気がおきないだろう。
そこでハッ、と私は思いあたる。
有給返上で出勤し、訪れた所長室での会話……。
* * *
「で……君はどうしたいんだね?」
リサに運ばせた緑茶をすすめながら、事業所長の“アシュラ”は応接椅子にもたれかかり、太鼓腹の上で手を組むと、みょうにキラキラとする視線でこちらを見た。それは完全に面白がっているような眼つきだった。
「いま申し上げた通り、監視活動でワッチした会話の端々から、昨晩の連続通り魔事件は自分の
「ウン、それは分かった。で?」
「この情報を警察に通報し、あとは司直の手に委ねなくても良いものかと……」
きれいに剃り上げられたほおを“アシュラ”ゆっくりと撫でた。
やがて、自分の前に置かれた茶をひとすすり。
所長室は静かで明るかった。
まるで轢殺屋の事業を思わせるものは何もない。
ただ机の上にある“事業用”トラックのミニカーを除いては。
そのわきにはエジプト風と見える、ずいぶん古そうな黒ネコの置物。
【一轢一誠】のへん額を頭上に頂き、湯呑茶碗の向こうから、疑わし気な顔が、
「キミは――そうしたいのかね?」
「いえ。できれば自分の手でヤツを仕留めたく考えます」
「なら問題ないじゃないか!」
ふたたび所長の顔に満面の笑みが灯った。
「
「ではイイんですね?警察に通報しなくて」
おぃおぃ、と事業所長は手をうちふって
「じゃぁ、どうやって通報する?轢き殺す予定の対象者を盗聴していたら、殺しの相談がありましたとでも警察の連中に話せと言うのかね。あの情報ダダ漏れの組織に」
「ここは――」
「なにかね?」
ここは警察との公的なパイプを持ってないのか、と聞いてみたかった。
しかし自分の中の何が、それを止めている。
重さんから聞いた、異世界にトバされたドライバーの話も思い浮かんだ。
ヘンに詮索して、厄介なヤツだとレッテルを貼られるのも考えモノかもしれない。
オレは仕方なく、
「言われてみれば……確かに」
“アシュラ”は気持ちよさそうに大笑いして、
「オィオィ、しっかりしろマイケル“ナイトライダー”の名が泣くぞ。えぇ?
自分も仕方なく愛想笑いを浮かべながら、
「いぇ、営業マン時代のクセで。報.連.相.はしっかりしておかねばと思いましたんで」
「うん。うん」
「これで心置きなくターゲットを轢けます」
「しっかりタノむよ?君には期待がかかっとるんだから」
「は……恐縮です」
「ところで――」
話は終わった、と油断した自分に事業所長は言葉つきを変えて、
「君のところのAIの調子はどうだ?【SAI】ー108の調子は」
今度はコッチがほほ笑む番だった。
出された茶をようやく
「アレはスゴい奴ですね。いまだに誰かと通信しているんじゃないかと錯覚してしまいますよ」
「なにか面白い話でもしたかね?その――たとえば自分の経歴とか」
「うぅん……そういや前に、チラッとその手の話をしましたが、規定で禁じられているとかで話してくれませんでした」
「その手の話とは?」
「あのトラックは中古ですよね?前のドライバーはどうしたのか、とか」
「そうか……ならイイんだ」
「所長、わたしの方からも、一つ質問が」
相手の頷きに力を得た私は、
「今まで経験したことはないんですが……トラック同士って
緑茶を啜ろうとした所長の動きが止まる。
こちらを上目づかいにして、
「そういうことが――あった?」
「いえ。あれだけ高性能なAIなら、互いに情報の交換も出来るんじゃないかって」
「不要な情報交換を防ぐため、AI同志が独自に情報のやりとりをせぬよう、厳重にプロテクトがかかっとる。もし、そのような気配を感じたら、すぐに知らせてくれたまえ――いいね?」
相手の雰囲気が変わったことで、私は引き上げ時であることを悟った。
応接椅子から立ち上がった時、ふと所長のデスクの上にある黒猫の置物をみて、
「面白いネコの像ですね。エジプトかどこかの土産物ですか」
「まぁそうだな。実を言うと……」
ここで所長は笑みを取りもどし、
「ナニを隠そうわたしはネコ派でね。とくに黒ネコが好きなのだよ」
* * *
風営法って2016年に改正されてたんですね。
おかげでストーリーの軌道修正を余儀なくされました。