試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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              * * *

 

 ――と……。

 

 前に一台割り込まれ、あわててブレーキ。

 またも過去の物思いにふけっていたせいだ。

 

 今夜は本当にどうかしているとオレは舌打ちした。

 いまは仕事に集中せねば。

 

 ギアを一速落とし、パワーユニットに喝をいれる。

 

 アクセルを踏めば、kw換算600もの大出力がすぐさま応える。

 大型車両につきものの大径ハンドルを操りながら、重量のある欧州仕込みの特殊車体を身ぶるいさせつつ加速させてゆく。フロント・ガラスに投影されるデータは、目標が住む街まであと少しということを告げていた。

 

 またも【SAI】の声が苦々しげに、

 

『まったくどうしたんです今夜は。おちおちゆっくりエロアニメも見れやしない』

 

「エロアニメだぁ?機械のお前がそんなもの見てどうしようってんだ」

 

『……今のは人権侵害ですね。ワタシ、人工知能にだって権利があると思うんです。左翼のポリコレ屋にタレこみますよ?あなたのツイッターのアカウントのっとって、メチャクチャかいてやります。おま〇ことか、おま〇ことか、おま〇ことか』

 

「わかった、わかった――悪かったよ」

 

 ははぁん、と合成音声がそのときニヤついたものに変わり、 

 

『ワかった。あの女性ドライバー、朱美さんのオッパイか尻でもボンヤリ考えていたんでしょう?この、ムッツリ助平が♪』

 

 ほら来た。

 コイツはすぐに影響されるのだ。

 

『そろそろ夜とか寂しいんじゃないですか?彼女にピンクのネグリj――』

 

「いい加減にしろ、【SAI】-108」

 

『せめてキットと呼んで下さい、マイケル』

 

「誰がマイケルじゃ」

 

『じゃぁ、JB』

 

「――JB?」

 

『Japanese.Bucher』

 

「……おまえのギャグのセンスには、ついていけんよ」

 

 たしか説明書によると、【SAI】は学習機能付きの“多層面自己進化タイプ”と書いてあった。

 それが何かはわからないが、この生々しい反応をみるかぎり、相当なモノだという事は、前からうすうす感じている。

 

「仕事に集中だ。また朝会でドヤされちまう」

『だから――このまえの親子連れ、コロして点数に入れておけばよかったのに』

 

「ベビーカーを押した母親なんて殺れるか!クソが!!」

 

 ドカッ、とオレは大型のハンドルを叩いた。

 

「ただの人殺しじゃねぇか!」

『あの母子、あれから行方不明ですってよ」

「……なんだと?」

『警察から捜索願いが出ています』

「オマエの同類(ナカマ)が殺ったんじゃないのか?」

『転生記録は出ていません。わたしたちで手をかけてあげれば、少なくとも異世界にトバしてあげることは出来たんですが』

「どうだかな……アヤしいもんだ」

 

 ふっ、とオレは嗤いながら首をふった。

 

『なんでです?入水自殺でもしたら、今ごろは魚のエサになってるかも。かわいそうに』

「異世界にトバしたところで幸せになるとは限らんだろう」

 

 そして、一月ほど前に撥ね殺した男を思いだしながら、

 

「この前ひき殺したヤツはどうなった?えぇ?メス・のレッド・オークになって辺境の村に住んだはイイが、対抗部族に襲われて捕虜になり、〇〇便器にされてるじゃねぇか。後ろから前から上から。キワモノのAV見た気分だったぜ」

 

 オレは“ひき殺した相手が転生先でどうなったか分かる”という触れ込みの、トラックに配信される手の込んだドラマを例にあげた。

 たぶん本部から、殺しの負い目をドライバーに感じさせないようにするための、手の込んだ仕掛けだろう。

 

 スカニヤ製スーパー・AIは、当然ですと言わんばかりに澄ました口ぶりで、

 

『転生する先は“霊の品位”によって左右されます。あの青年はペド趣味で、実際に非道な行いをしていましたから、こんどは自分が犯される番にまわることで(カルマ)を清算するのでしょう』

 

 

 おわかり頂けただろうか。

 

 

 つまりオレ()()(一人と一台などと言おうものなら、また【SAI】が人権人権ウルサイとおもわれるので)の仕事は、目的の人物を撥ね殺すなりひき殺すなどして、魂を異世界へ転生させることなんだ。

 

 もっとも、オレはこの与太を話し半分ほどしか信じてない。

 異世界転生だなんて。ラノベじゃあるまいし、バカらしい。

 おそらく社会に害をなすと判断された人物を、闇に葬るのが本当の目的だと思っている。

 

 と――排ガス・ブレーキをド派手に使う気配。

 ヨコをすり抜けようとした二ケツの暴走族たちに【SAI】が排気ガスを浴びせかけたのだ。

 バイクのタンデムにいた一人の(あん)チャンが何やら叫び、鉄パイプをふりまわしてそれがトラックのフェンダーにあたる。

 

『こいつら!!!』

 

 【SAI】が激怒する気配。

 

 

『殺していいですよね?

           ――殺しましょうか!?   

                     ――殺しましょう!!』

 

「まて!――まて!――まて!」

 

 オレはあわててトラックを抑える。

 勝手に加速をはじめる車体に、最優先ブレーキを行使。

 

「ダぁメだ!ただでさえ県警から目ェつけられてンだ!()るにしても、仕事が終わってからだ!」

 

 暴走族は派手な排気音を立てて、彼方にとおざかってゆく。

 

『ちぇぇっ……マイケルのフニャちん』

 

 【SAI】はスネたような声をキャビンに響かせて、

 

『これ一件貸しですからね、マイケル。あんなクズのさばらせとくと、ロクなことになりませんよ!?』

 

「あんな連中でも、そのうち世間を知ってマトモになるんだ。イチイチひき殺してたら、ただでさえ少ない日本の若年人口が――ますます減っちまう」

 

 彼方に消える赤いテールライト。

 

 一瞬、不覚にも彼らの若さをうらやんで。

 そんな自分が――たまらなくイヤで。

      

『あぁ、マイケル。仕事が終わったら、またシネマ・レンタルおねがいします』

 

「こんどはなんだぁ?またカーペンターか?それともペキンパー?」

 

『ジョン・ウーか、コッポラで』

 

 これは考え物だ。そう――よく考えた方がいい。

 

 なにしろこの【SAI】ときたら、映画をみせるたびに殺し方がその作品に似てくるのだ。

 最近は“ソクラテスイッチ”的な殺し方を覚え、一回かるく電柱にハネ飛ばしておいてから、直に轢殺するのがお好みらしい。

 

 死体はフロント・グリルと車体下部の「死体ナイナイ装置」で瞬時に素粒子レベルまで分解され、現場に痕跡は残らない――血しぶきも、強力な自走洗浄装置で洗いながされるという寸法。

 もちろん、そんなものがあるわけもなく、単に車体のどこかに死体収納スペースがあって、事業所に帰ったとき、ひそかに搬出されているのだろう。

 

 人を撥ね殺すのは、もちろんイイ気はしない。

 ただ目標がワルいやつだということを、オレは唯一の心の拠りどころとしている。

 

「また“M”にヘンなギミック、つけてもらったんじゃないだろうな?」

 

『はて……ナンのコトでしょう』

 

「この前みたいにフロントグリルからワイヤーが飛び出て“転生志望者”をジワジワ(くび)り殺すなんてイヤだぞ?おまけに最後に「ピン♪」なんてワイヤー(はじ)きやがってマッタク」

 

『大丈夫ですって。こんどはもっと華麗にやりますよ』

 

 ――華麗……ねぇ?

 

『ところで――モノは相談なんですが……』

 

「なんだ」

 

『私のフロントグリルのところに、こう、赤いREDが左右に往復で点滅してゆく飾りをつけるってのは、カッコ良くありませんかネ?』

 

「そしてターボ・ボタンで10トン近くの車体をジャンプさせるのか?――よしてくれ」

 

『じゃぁ、100歩ゆずって後ろからオイルを噴射するのは?』

 

「ほかの車のメイワクも考えろよ……」

 

               * * *

 

 ――失敗した……。

 

 ウンコの臭いが立ちのぼるコンビニ袋をぶら下げながら、少年は夜道をいそいでいた。

 

 ――まさかこんなに臭うとは。

 

 これはポリ(警官)に見つかったら、エラいことだと足早にならざるをえない。おまけに迂闊(うかつ)にもヒリだしてから尻をふくものがないことに気づいたので、はいていた靴下で代用した結果、素足に靴の裏がつめたい。

 

 くそう、あの悪魔女めと少年は目標である女子生徒ののせいにしながら、彼女が住むスカした邸宅にウンコを投げつける、その爽快さを想うことを唯一のたのしみに機械的な歩みで目標めがけて進んでいた。

 

 少年の頭の中で、テーマ音楽が鳴り出した。

 

 こんどは、自分は裏切られた正義のヒーローだった。

 今ようやく復讐の機会にめぐまれ、魔女の呪いを利用して作られた〔聖なる兵器〕を手に、敵要塞に向け進撃しているのである。

 

 仲間たちは、無念にも戦死した設定だった。

 みんな瀕死の息で、自分に後を託し、散っていったのである。

 そう想像すると、少年の目にはうっすら涙すら浮かんでくるのだ。

 

 ――なんとしても、あの憎ッくき悪の令嬢に!神の裁きを!

 

 もっとも現実世界で少年には真の友人など居なかった。

 

 クラスでも浮き、中古のワゴンセールで買ったゲームとオナニーに逃避するしかない人生。

 両親は離婚し、いまは年金暮らしの祖父の家に居候しているので肩身がせまい。おまけに小遣いもまともにもらえないので流行りのモノにも手を出せず、さらには携帯すら持てないのでクラスの知り合いと連絡を取るのも難しかった。

 

 とどめとなったのが、あのテストの点数連呼事件だ。

 

 小テストの情報が伝わっておらず、クラス全員がやっていた試験対策が出来なかったとあっては、点数がとびぬけて低いのもあたりまえである。

 一気にバカ扱いされ、かろうじて会話していたクラスメイトも微妙な顔をしてとおざかり、教室で居場所がない。休み時間は寝たふりをしてしのぎ、昼食の後は校舎裏か、雨の日は図書室で時間をつぶすハメとなって……。

 

 頭の中で鳴る音楽が、悲劇的なアダージョにかわった。

 少年のほおに、涙がひとすじ流れる。

 

 (かたき)をとって!とお下げのメガネっ娘が叫ぶ。

 仇を取ってくれ!と抑圧されたクラスメイトたち。

 

 そんな憎い相手の家がある地区に、いよいよ少年は進出した。

 しらず、彼の胸で心臓が主張をはじめる。

 ズンズンと勢いよくあるくにつれ、頭の中で勝手なフレーズが生まれてゆく。

 

 なーにが、なんでも、復讐です……。

 なーにが、なんでも、復讐です。

 

   (ハィ!) 

 

 なーにが、なんでも!復讐です!。

 

   (ハィ!!)

 

 なーにが!なんでも!復讐です!!。

 

 

 脳内で生まれたそのスローガンに自然と歩調が合ってゆき、だんだんハイになってゆく。

 

 なーにが、なんでも、復讐です。 

   (ハィ!)

 “まーん”をコロせ!“まーん”をころせ!

 ビックリするほどYouトピア!

   (ハィ!)  

  

「ビックリするほどYouトピア!――ハィ!」  

 

 白目をむき、尻を叩きながら足を早めて歩くうち、どんどんスローガンが積み重なり、複雑化してゆく。

 もはや脳内だけではなく、実際に口に出ていた。

 ときおりヘッドバンキングまで加わって。  

 

 

 「襲撃は!ひと声かけて!クソ投げて!

          女司政官 すぐそこだ!」

 

 「アンダースローで、クソまみれ!

           ゆやーん ゆよーん ゆ!や!よーん!」

 

 「わたしの近くの白い灯が!サーチライトに早代わり!」

 

 

 もはや目に入るものを手当たり次第にスローガンに取りいれながら、少年はウンコのついた片手スコップを振り回し、夜道を反復横跳びしながら、ときおり「スパイダーマッ!」のポーズで停止。そうかと思えば格闘ゲームを思わせる意味不明の昇龍ジャンプまで交えて進む。

 

 “復讐のダンサー”という意味不明な設定が、新たに彼の中で生まれつつあった。

 

 先祖代々の『聖なる踊り』。

 

 その奥義書をくだんの女邪術師(例の女生徒(クラスメイト))に奪われた天才的な少年ダンサーは復讐のため、彼女を統領とする『闇の踊り子たち』が巣くうと言われる怪しげな城に単身、満月を背負って潜入する……。

 

 もはや傍から見れば「月下の一群」ならぬ「月下のキチガイ」といった感ひとしおのイカレポンチな情景だが、踊っている本人は至って大真面目なので、もはや手のつけようがない。

 

 ときおり奇声をあげながら気勢をあげ、

 ヒョコヒョコ、ぴょんぴょん。ゆらゆら、ガクガク。

 

 黒い影が前後左右、行きつ戻りつ、珍妙な踊りを展開しながら夜道を征く。

 もしこの時、目撃者がいたとしたら。

 この一種異様な光景にド肝を抜かれたことだろう。

 怪談というものは、得てしてこのように始まるのではなかろうか……。

 

 Hip-Hopな助走をつけつつ、小さな十字路に立つ防犯灯をスポットライトに見立ててハイジャンプで通過しようとしたときだった。

 

 無灯火の電動自転車がいきなり現れ、上死点の“天才ダンサー”に激突して華麗にハネとばす。

 キャッ!という声をどこかに聞きながら、彼は顔面から落下してゆき、カエルのようにアスファルトにはいつくばった。

 

「う~ん……」

 

 そのままグルリと仰向けになり、失神。

 

 


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