試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
――警察には頼らず、独自に
ま、当然と言えば当然だが。
しかし、これでこの事業形態の一端が、またすこし明らかになった。
人間、
すくなくともこの会社。現行の治安維持機関とは一線を画す存在であるらしい。
それにもかかわらず、法執行組織が管理するデータを入手できる立場というのは……。
私はトラックをいつの間にか例の“縁結び”神社に向けていた。
おぼれる者は何とやら、だ。目標との縁もむすんでもらわんと。
それに落ち着いた場所に車を停めて、すこし頭を整理もしたかった。
「【SAI】、まだヤツは帰宅していないな?」
『部屋に反応なし。電力消費量、変わらず』
「ふぅん……」
あのクズめ。
頭の悪そうな話しっぷりにしては、意外と用心深い。
まぁ、そうとう場数を踏んでいるワルだ。自分の犯行に足が付いた可能性や、仲間内からのタレこみを心配してのことだろう。
神社の駐車場にトラックを停めた私は耳のコネクターをはずして車を降りると、玉砂利を踏み鳴らし本殿へと向かう。
風が吹きわたり、木々が鳴った。
あちこちで作務衣をきた青年やアルバイトであろう巫女さんが、箒で境内を掃いている。
あの日。
ヤクザどもをハネ殺し、異世界の性奴隷的な姉妹ダンサーに転生させ、その一方で“ボニー”を助けた夕方。
それから、もうだいぶ経ってしまった。
撃たれたり。
手術を受けたり。
異世界のリアルな夢をみたり。
怖っかなそうな警察から事情聴収を受けたり。
引きこもりの青年を部屋から出して転生を見逃したり。
“ボニー”の姉の方に“自分らしからぬ”アプローチをしたり……。
――ちょっとふり返っただけでも、いろいろ濃い経験をしてるナァ。
私は社殿をあおぎつつため息をついた。
龍がチョロチョロと水を吐き出す
「ご祈祷も、受け付けております……」
――あ。
私はピンとくる。
これは神が「祈祷を受けよ」と仰っているのかもしれん……。
なにせこの神社の霊験あらたかさは、マザマザと見せつけられている。
ここはひとつ、流れに乗ってみるにしくはない。
巫女さんに案内された私は、[御祈願受付]と墨痕淋漓たる札がかかった社務所で、杉の香をかぎつつ用紙に必要事項を書き込んだ。
祈祷料の欄にあった「3万」に〇をかこみ、サイフを出したところ上客と診られたか、このカワイイ顔をした巫女さんはシレッと別の用紙を差しだして、
「あのゥ。いま本殿屋根を修理する浄財を募っておりまして……よろしければ」
――うぅ……。
まさかココで断るわけにもいかないだろう。
ヘンにケチって、神様のご機嫌をそこねるのが怖い。
そこにも3万を包み、合計6万の出費となってしまった。
拝殿にあがり、厳かな空間のなか、たった一人で御祈祷をうける。
巫女さんから6万の話が神主に伝わっているのか、なかなかに念入りだ。
口ヒゲが印象的なこの初老の男から、抑揚のついた意味不明な長い祝詞を聞いていると、有給を返上したあげく、朝からメシ抜きで午後遅くの今まで駆けずり回ったせいだろう、疲労のあまり眠くなる。
座禅を組んでウトウトしていると、鼻先を何かがかすめた。
ねっとりとした、ツンツンくるにおい……。
――死臭……?
においの記憶。
その喚起力抜群なちからは、あの五月動乱の鮮烈な光景をよびさました。
燃えるトタン葺きの掘立小屋。
焦げ臭いにおいに混じる肉の焼ける気配。
子供の悲鳴。オークの叫び声。騎馬のいななき。
あぁ、ようやく帰ってきた……と、私はなじみ深い感覚に安堵する。
はやく。はやく副長に連絡をつけねば。散らばった分隊を集合させるのだ。
龍騎隊一同の笑い声。その中でも精鋭の長距離偵察ユニットの面々が不敵な表情を浮かべて。
バカな、と私は妄念をふり祓う。
しかし、その光景はますます強まってゆき、耳もとには蠅の飛ぶ気配まで。
目を開こうと思うが、まるで石化したようにまぶたがあかない。
フッ、と目の前が暗くなり、意識がストンと落ちてゆく。
と、ここで不意にすべての情景は消えてしまう。
寒い。
どこまでも、どこまでも。仰向けに浮かんだまま流れてゆく感覚。
何か
鈴の音がする。
一定の区切りを措いて。
まるで何かを誘うように。
――あれは……
急に灼熱のまぶしさを受けて
爆発的に音が広がった。
硝煙の、焼けた鉄の、ガソリンの臭い。
ひくく唸るようなCOIN機のエンジン。
それに対応してか、どこか遠くで高射機関砲の射撃音が。
車体中央に突き立つ銃架にM2を装備する、恐ろしく使い古されたジープ。
前方の道に点在する茂み、そこに向ける照準器付き
また耳もとでハエの羽音。
――そう。ハエは……ツェツェ蠅だ。
とがった口先で血を吸う厄介なやつ。
物資の欠乏した赤十字病院――とは名ばかりの、不潔な毛布を並べたバラック。健常者でも、三日その中に入れられれば、具合が悪くなること間違いなしに……。
中尉!――中尉どのォ!!
黒い顔をした大男が俺を呼んでいる。
分隊支援用の火器からつながるベルト・リンクが陽光にキラキラと。
とっさに名前が出てこない。だが俺がよく知っている人物なのは確かだった。
――いったいコレは……何だ?
何かの記憶?
それとも前世?
もしや、あるいは……。
トン、と軽く背中を叩かれて
一気に目の前があかるくなり、軽くなったまぶたを開くと初老の神主がそばに佇み、にこやかに見おろしていた。
畳の、杉の樹の香りが戻ってきて、ホッとする現実感をはこぶ。
「……誘われておりましたナ?」
「さそわれた……なにがです」
「立てますかナ?」
オレは立ち上がろうとしてよろける。
痺れたのではない。脚にちからが入らないのだ。
「え!なんだコレ」
「おぉぃ、まことォ!」
神主は拝殿の奥に向かって叫んだ。
なぁにぃ?お父さんと足音が近づいてカラリとふすまがひらく。
すると学校の制服に着がえた巫女さんが、驚いたような顔で立っていた。
この巫女さん、マコトというのか。てっきり神主は男を呼んだと思ったのだが。
「えッ。誘われちゃったの?」
巫女さんはマジマジとオレを見つめた。
「どうもそうらしい。手をかしてくれんか」
「……」
脚の力が戻るまで、オレは神社とは別の離れでお茶のご馳走になる。
神主さんは別口の祈祷が入ったので、社殿の方にかえっていった。
「済まなかったね。どこか出かける用事があるんじゃないのか?」
「えぇ、部活の懇親会。でも大丈夫です、まだ時間あるし」
「なに部?」
「……弓道部。これでも全国狙っているんですよ?」
サバサバと受け答えする“元・巫女”さん
なるほど。どこかキリッとして、武道を嗜む風格がある。
オレは座卓を挟んで、同じように茶をすする彼女をあらためて見た。
清楚な巫女さんから一転、こうして制服を着てみると、今風の娘に早がわりだ。
しかもよく見れば、その
“誘われた”というのが何か知らない。
だが、もしかすると神社に関するタブーを含んでいるかもしれない。
ここはひとつ、親密度を上げてから尋ねるのが“吉”というものだろう。
オレはひとつ、咳払いをしてから、
「ねぇ、美香子ってコ、知ってる?」
一拍の空白。
相手の目が、オレを値踏みするのが分かった。
言おうか、言うまいかのせめぎあいが少しあってから、結局オレを信じるほうに天秤が傾いたようだ。
「……オジさん"ミッキー"知ってるの?」
「彼女にきいてごらんな。マイケルがきたって」
「……マイケル?」
怪訝そうなこのJKにオレは捨て身のギャグ。
「ポォゥ!」
沈黙。
フッ、と鼻で嗤う彼女の気配。
――う……。
ピュアな中年の心は、すこし、傷つく。
「じっ、じつはその。彼女のねぇさんと知り合いでね。この前も一緒に食事を――」
しようと思ったのだが美香子のせいでメチャクチャになった……とまでは言わない。
それを聞いた彼女の顔が「ナニこのオヤジ」レベルから若干復帰して、
「え!?おねぇさん良くなったんだ。ご病気になって、ご婚約も取りやめになったって聞いたけど」
「アイツ、知ってるのかィ?」
「しってるもナニも――子どものころ、よく遊んでもらったモン」
なるほど。
どうやら強姦されたことは“病気”で通しているらしい。
ふつうこういったコトは風評でバレそうなものだが、さすが鷺の内医院長。力で関係方面を抑え込んだらしい。
これはオレも話すときには、くれぐれも気を付けないと。
「もう大丈夫らしいよ?ところで――」
クリクリした彼女の大きな目を見つめながら、
「美香子
あら!と元・巫女さんは、がぜん目を輝かせて、
「オジさんと詩愛姉ぇさんって――もしかして
「バカ言いなさい。歳がちがいすぎるよ」
だが何てコトだ。そうは口先で言いつつも、現実版のシーアが持つ、ブラウス越しの“たゆん”とした豊乳が目の先にチラついて。
「えー!だってお金持ちなオジさまと年の差婚して、専業主婦になるのあこがれるンだけどなぁ」
「専業主婦?いまどき?」
「そうだけど……ダメかな?それで夫を送り出したあとは、優雅なお茶会で午後を過ごすの。するとやっぱり金持ちの男よね」
はぁ、そッスか。
この子も現金な子だよ、文字どおり。
「いまの女子高生は……友だちの間でそういう話をしてるのかぃ?」
「だって貧乏はイヤだもん。この神社だってさ?境内整地して月の駐車場にしたり、雨漏りが大変で――あ、オジさんカンパありがとね♪」
浄財をカンパといわれてしまった。
見てくれはカワイイが、やはり今どきの女子高生
「でもサ、けっこう霊験あらたかなんだろ?この神社」
「いわれはフルいらしいですよ?そりゃ。でもねぇ、儲からなくちゃネェ……」
でさ?とオレは心持ち身を乗り出し、
「さっきの"誘われた"ってアレ、なんなのサ?」
「あぁ、あれ?」
女子高生はこともなげに、
「たまに“お客さん”で居るんだ。神様に気に入られて、どこかに連れていかれてヘンなもの見るひとが。ヒドいときには足腰立たなくなっちゃうの」
「――はぁ?」
まさか。
いまどき、ホラーだオカルトだのと。
21世紀も1/4を過ぎようとしているこのご時勢に?
しかし、ここで疑うような素振りを見せれば、信頼関係はおジャンだ。オレはあくまで興味津々といった風で、
「キミは?――みたことあるの?」
「アタシはダメ。“いい人”でなきゃ見れないみたい」
「いいひとねェ」
「でもアタシのお母さんはスゴかったのよ?神さまとお話しして、イロイロ言い当てたんだから」
「本当の巫女みたいなもんか……」
「お母さんが言うにはね、この世界はもろいもので、すぐウラ側にいくつもの“別の世界”があるんだって。行方不明になる人は、このテの別の世界にまぎれこんじゃう事もあるとか」
「お母さん、いま何やってるの?」
「死んじゃった」
「……え」
彼女はワザとのようにサバサバとした口調で、
「連れていかれて、そのまんま。病院に運ばれたけど、目ェ覚まさなかったわ。脳がね、活動してないんだって」
「それは。スマん」
「……うぅうン、イイの」
だが、そうは言っても母親のことを思い出したのだろう。すこし目じりを払う。
ややあってから、少女は作ったような元気さで、
「――そうだ!美香子の評判だったわよね。あのコに言っといて?いくら払いが良いからって、SMクラブでバイトするのはヤメなさい、って」
エフッ!とオレは
「え、SMクラブだァ?」
「あれ?チガったかな……SMバー?とか何とか、そんな感じの」
「まさか。いくらアイツだってそんな」
しかし言ってるそばから思い当たるフシが次々と浮かぶのを、オレはあえて思考野の奥におしこめて顔をしかめ、
「いくら何でも……」
「体育の時間にね、着がえるでしょ?その時、あのコだけみんなとは離れたところで着替えるのよ。そのときチラって見ちゃったんだ」
「なにをだィ?」
「あのコの身体にね?」
「うん」
「ベルトの跡とか縄の跡とか、うっすら浮かんでるの」
まさか。
せっかく救ってやったのに、またヤクザの手にでも墜ちたのか。
クソが。また詩愛にまで害が及ばなきゃイイが……。
「……よくそれでクラスのみんなにバレないな」
「先生に空き準備室用意してもらって、そこで着替えてるの。アタシは偶然、すき間から覗いただけ。さもなきゃ大騒ぎよ?なんだか最近体つきも変わってきたみたいだし」
「体つき?」
アタシが言ったって喋ンないでよ?と彼女は一呼吸おいて念押しすると、
「なんだか最近、ウェストがヘンにくびれて来てるのよ。胸もチョッと大きくなったみたいだし。いつ見ても「とろ~ん」ッてシマリのないカオして。唇を整形したからかナ?それが余計に目立つの」
「整形だってェ?なんでまた」
「詩愛姉さんも心配してるんじゃないかな」
「あの怖っかなそうな親父サンやおフクロさん、なにか言わないのかね?」
「お母さまはともかく、院長先生は、もうサジなげてるみたい。あたしも幼馴染だから心配はしてるんだケド、本人に聞く気ナシじゃねェ……」
「いいトコのお嬢さん学校なんだろ?先生とかなんも言わんの?」
目の前の女子高生は、ちょっとこだわった表情をして、
「それがネ?先生を“お客さん”として手なずけてるんですって。不潔!」
「まさか……じっさいに、その」
「知らないわ、そんなの。あのコに直接聞いてみれば?」
いっけない!もうこんな時間、と彼女は壁の時計を見て立ち上がった。
「マイケルさん、だっけ?もう身体は大丈夫ね?そう、よかった。はいコレ、お父さんがオジさんに、って!」
元・巫女さんは、オレに神社銘が入った大きな紙袋をガサガサ押し付ける。
「じゃね?――またカンパよろしくゥ!」
ふすまを開け放しに、ドタバタと離れを出てゆく彼女。
若いパワーを見せつけられ、なんだかなぁ、の気分となってしまう。
渡された紙袋の中を見てみれば、自分の名前の書かれたおそろしいほどデカい木の札。
――どこに飾るんだ、こんなの。
紙袋を下げたオレは、出がけに神主さんに挨拶をしようと思ったが、また別の参拝者団体に祝詞を上げているらしい。
オレは本殿の方にかるく会釈をすると、玉砂利を鳴らし駐車場へともどる。
轢殺トラックのドアをあけ、ヨッコラしょと乗り込み、紙袋を後部座席へ。
「チッきしょう!やっぱオレも、もうトシなのかねェ」
『……マイケル?』
「あぁ?」
『マイケルですよね?』
「おっ♪どうした、どうしたスーパAI!」
オレは同類を見つけたような嬉しさを感じ、
「オマエもとうとうボケたか?いや“コンピュータがボケる”ってコトが、そもそもスゴいんだが。それとも監視カメラでもおかしくなったか?」
『……いえ』
なにやらスッキリしない対応だ。普段の【SAI】らしくない。
そこでオレも真顔になって、
「おい、冗談じゃないぞ?機器の不具合があるなら申告しろ」
『状況、オールグリーン。マイケルの方こそ、一度健康診断を受けた方がいいのではないですか?』
「オレが?よせやい」
ケッ!とそっぽを向いて、
「あの糞ムカつく産業医のババァに、まァたγーGTPの数値でグチグチ言われちまう」
『いえ、肝臓ではなく、その……脳波、とか』
「は?バカにしてんのか」
『撃たれて以降、どこかおかしいですよ。ご自分の言葉づかいがフラフラと変わるの気づいてませんか?境界性人格障害を疑いたくなりますよ』
あぁ、とオレは納得がいった。
養育費を祓わなくてすむようになり、オレが一時的にハイな気分となったところを【SAI】が心配したのだろう。なるほど、考えてみれば、確かに。
そこでオレは、例の弁護士とのいきさつを手短におしえてやる。
するとこの疑似人格は札束を蹴り飛ばしてホテルのフロアに100万の札束をバラまいたところがお気に召したようで、
『あぁっ!残念です。ワタシも見たかった!』
「へへッ。高級ホテルの豪華な調度を背景に万札の束が飛び散るのは、チョッとした見ものだったぜィ」
『なんでコネクター付けていってくれなかったんです?――残念』
「監督ならだれがいいかな?ん?」
『スコセッシもいいですし、デ・パルマもイイですね!あ、いやグッと渋くアンジェイ・ワイダなんかも捨てがたい……ッ!』
興奮する人工知能をよそに(あーハイハイ)とばかり、オレはふたたびトラックを街へと乗り入れる。