試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
時間は、刻々とすぎてゆく。
いよいよ週も変わり、犯行予定のある金曜日まであと数日となった。
相変わらず轢殺対象は“ヤサ”にもどる気配はない。
平行して情報を漁る"おさる"のジョージと糞ドレッド野郎の動向も皆無だ。
何日もつづく夜の張り込み。
そして今日、火曜日の明け方。
徹夜明けの目をシパシパさせながら、オレは空振りに終わった張り込みを打ち切って、またもや無念の撤収をする。
そろそろ待ち伏せ場所も変えなきゃマズい雰囲気だった。
偽装してあるとはいえマニアが見れば変わった造りのトラック。
夜間、同じ場所に何日も止まっているとなれば、必然的に目立っちまう。
一度などは終電を逃した合コン帰りの学生らしい男女の一群が、
(ホラ、これこれ――このトラック!)
(マジかよ!なにコレごっつ!)
(先輩ぃ、コレなんだか知ってますぅ?)
(ハードな現場用のトラックじゃね?)
などと騒ぎ、後席にオレが潜んでいるにもかかわらず、ひとしきり見て回ったのだ。
しまいにゃ近くの電柱に立ちションなどしてゆくしまつ。
『ワタシに立ちションなどしたら全員速攻で轢いて、異世界の“尻ふき紙”にでも転生させてやるところでしたよ!』
「オイオイぶっそうだな……」
プンプンと【SAI】が息巻くなか、オレは全く別の感情を抱いたものだった。
――若いナァ……。
自分が大学生のときは、金がなくてバイト三昧だったものだ。
飲み会になんて、滅多に行けなかったっけ……。
そんな、わきあがる記憶と様々な妄念にまみれ、時間をつぶす苦しい戦いとなった長い張り込みの夜。その夜をようやくくぐり抜け、事業所にもどる途中の【SAI】との会話。これも、決まりきったものになっていった。
「――【SAI】?」
『ダメです。それらしき事件の発生なし。警察系の無線傍受も同じ』
これだけ。
だがオレはホッとする。
もしやウラをかかれて、我々の知らぬ間にヤツの犯行が行われ、また犠牲者が出たのではないかと、この頃はニュースを見るのも怖くなってきた。
あとは“二人”とも押し黙ったまま、地下の駐車場を目指す。
朝会に出て『愛の五ヶ条』を斉唱し、所長の訓示を聞いて解散したあと、オレはグッタリした手つきでトラックの鍵を管理課の主任に返した。
管理課の人間らしく、バラバラな服装をしたトラッカーとは違い、アイロンのあたったYシャツにキチンとしたネクタイという恰好。
ここだけ画面を切り取れば、どこかの会社の総務部という雰囲気だ。
「お疲れだな、マイケル」
「まぁね――重サンは?」
「沖縄に出張。一人で3人殺るんだと」
「ひぇぇぇ、Mjd?あのジイさんも頑張るなぁ」
「キミと同じく、なんかワケありみたいだぜ?」
すると、奥の庶務席から“リサちゃん”がタブレットを手に追いかけてきて、
「ようやく見つけた!マイケルさん、日報がこのごろ全然出てないんですけど?」
「うぅ……わかった。あとで書くよ」
「この前もそう言ったじゃないですか!!」
「そうだっけか……?」
「知りませんよ?勤務評定が落ちても」
「ワルい。いまソレどころじゃないんだ」
「もう!二人の将来設計はドウなるのよ!?」
ドッと管理課に満ちる失笑。
(言うねえ、りさっチ)
(マイケルさんとくっついちゃいなYo!)
オレも周りに合わせて笑いながら、この口が回るベリショな庶務嬢に、
「……いま、そういうギャグを受け流せるだけの体力はないぜェ」
「いっそのこと、目標の変更を申請したらどうです?」
そうはいかない、とオレは断固として思う。
「コイツはオレの戦いなんだ……」
ヨッ!カッコいい!と、どこからか余計な合いの手。
冗談じゃない。後任のドライバーが簡単にあのガキを転生させたら、それこそオレの立場が無くなって“間抜け”の烙印を押されちまう。それだけは絶対に避けたかった。
何よりオレのプライドがゆるさん。
ヤツは――オレの獲物だ。
「もう!体にだけは気を付けて下さいね……ハイコレ」
リサはこちらにキャンディーを渡すと少し顔を赤らめ、すぐにクルリと回れ右をして自分の席へともどってゆく。
ちょっと気分がクスぐったくなったオレは、ドライバーたちが去った後の閑散としたフロアを自販機コーナー目指して歩いてゆき、カップのココアを買うとパイプ椅子に座りこんだ。
本当はコーヒーにしたい。
だがこれから酒の力を借りて寝なくちゃならないんだ。
早朝シフトなのか、地元のコンビニでいつもレジに居るお姉チャンには、
――またこのオヤジ!朝からビール買いに来やがった。ダメ人間!
などと思われているらしく、コンビニ袋に商品を入れる手つきがぞんざいで悲しい。
とりあえず、今は帰って寝ようと、湯気のたつココアを啜りながら思った。
精神的に疲れた胃に、暖かいものがジンワリと効いてありがたい。
ホッ、と一息。
パイプ椅子のうえで、少しウトウトする。
徹夜もツラい歳になったか。昔は時差の関係上、深夜まで働いてヨーロッパやアメリカの連中と見積金額のことでやりとりしたものだが……。
もう、目標は金曜日まで動かないのではないか、そんな気がする。
クレカをハッキングするなり、免許証や保険証を闇ルートで売るなりすれば、それなりの金にはなるだろう。
――と、すると……。
最終手段として、犯行予定とされる場所。
美香子がバイトする“紅いウサギ”で待ち伏せするのもアリだ。
待ち伏せ……。
ドクン、と心臓が鳴った。
『アンブッシュ』という単語が稲妻のように。
そしてそれは、なにか甘美な響きをもって
「マイケル――マ・イ・ケ・ル!?」
誰かが呼んでいた。
目をあけると、所長の“アシュラ”が面白そうな顔をしてこちらを見ていた。
「どうした。だいぶ疲れとるようじゃないか」
「……これから帰るところです」
「だいぶ手こずっているようだな、えぇ?」
所長のニヤニヤ顔が、さらに深くなる。
「目鼻はついてきましたよ」
「応援をつけてやろうか?」
「独りで出来ますって」
「そうか?期待しとるぞ。とそれだけ言うと、会議室の方向に歩いて行った。
――くそ、こんなところでウダウダやってるからイジられるんだ。
オレは思わず舌打ちした。
しかもヘンなとこで寝るから、妙な夢を見る……夢?
そういえば、今のような夢をどこかで見たような……。
空の紙コップをいじるうち、うたた寝の寸前に考えていた事を思い出した。
――そうだ!待ち伏せだ。だがそうなると、あの"ハコもの"(店)の性格を知っておかなきゃならん。ヘタすればドレッドや、おサルのジョージとカチ合わせということも考えられる……。
黒龍互酬會。
この組織の性格を、なんとしても知っておかなくては……。
と、ポケットの携帯が鳴った。
画面を開けば、なんとなんと。
轢殺を見逃してやった青年からのメールじゃないか。
だが、メール画面を見てオレの顔はたちどころに曇った。
『また引きこもりになりました』
こんな表題とともに、以前約束した『転生トラックのウワサ話』に関する闇サイトのアドレスとパスワードが添付されている。
――バカが……。
グッタリとプラスチックのイスに背をもたせた。
――アレほど「ゆっくりヤレ」と言ったのに!
オレは、このところクセとなりつつあるため息を吐いた。
たぶん、急に頑張ろうとしたんだろう。
職場でいじめられたか――親と何かあったか。
ヘタをすれば、また轢殺依頼を出されるかもしれん。
そのとき、ハッと閃めいた。
そうだッ!
考えてみればコイツは渡りに船だ。
ヤツは引きこもりだからネットは詳しいだろう。
なにせ裏サイトまで知っているくらいだ――ならば!
オレはすぐさま返信メールで、
『じゃぁまた働け』
という表題を打ったあとに、
≪『黒龍互酬會』という暴力団について、ネット上で何でもイイから調べろ。構成や傘下、対立する組織など。半グレ。フロント企業。なんでもいい、関係するものは全部。期限は2日。もちろん報酬は払う。ただしコチラも急ぐので、判明した分は途中経過でもいいから報告されたし≫
さほど待つまでもなく≪了解しました≫という簡単な返信が来た。
あいつめ、とオレはため息をつく。
ナニやってんだか。
しかし、ガラにもなくこのオレがこんな心配をするのも、年取ったせいか。
若いヤツが苦しむのを見るのは、ツラい。
* * *
携帯でニュースを確認しながら、朝のラッシュで混雑する方向とは逆の流れを伝い、電車に揺られて帰る。もちろん比較的すいているとはいえ朝のこの時間なので座れるはずもなく、つり革につかまりながら何度も膝カックンして。おかげで離れた座る女子高生たちに笑われてしまった。
コンビニで例によって邪険な扱いをされ、500缶の発泡酒5本とつまみをぶら下げ、通勤や通学に向かう人々にビールが入った袋をチラ見されつつ、寮の部屋へともどった。
――ニュース見るかぎりじゃ、通り魔的な事件が起こった形跡はねェ、か。
こりゃヤツはもう犯行当日まで出てこねぇかな……。
シャワーを浴び、徹夜で脂くさくなった体をすっきりさせる。
本当はスーパー銭湯に行きたいのだが時間的にまだ営っていないし、もう外出する気力はなかった。さて♪と発泡酒(このごろ散財が続いたのでまたも緊縮財政だ)のタブを引きあけようとしたときだった。
また、携帯が鳴った。
画面をみれば、知らない番号。
何となくイヤな予感がしつつもオレは、
「ハィ、もしもし?」
{あの……失礼ですが、こちら**さんの携帯で宜しいでしょうか……}
いきなりオレの本名を呼ばれた。
しかし、その控えめな優しい声に聞きおぼえがあった。
「――鷺の内さん?」
{あぁ!よかった、私です、詩愛です!}
すがるような口調が異常だ。また何かあったのか。
「どうしました?そんなに慌てて」
あの、と言ったあとの数拍分の沈黙。
{妹が……美香子が、帰ってこないんです}
忘れていた胃の重さが、またよみがえってきた。
畜生、どいつもこいつも。何でオレの酒を邪魔するんだよ……。
「――いつからです?」
{金曜の……夜から}
「以前にも、こんなことが?」
{2,3日ならあったんですが土日に帰って来ないことはありませんでした}
今日は火曜の朝だ。
ヤツの犯行予定日は金曜だが……もしや、計画を早めたのでは。
「学校には、連絡したんですか?」
{えぇ。でも登校してないと}
「もちろんコチラには来てません。私の住所など知らないはずですからね」
{捜索願いを出そうとしたのですが……父が、ほぉっておけと}
「その、ほかに交際関係は?言いにくいことですが、ワルい友達とか……」
{……存じません。恥ずかしいお話ですが、あの子は家とは、いえ父とは折り合いが悪くて……それも私のせいなんですが}
「と、言うと?」
{父が、私ばかり贔屓にするものですから、あの子、それが寂しくて反抗するようになってしまって}
貴女のせいじゃありませんよ、とアテにもならない慰めを言う。
これで姉妹の仲が崩れていないというのが不思議だった。
もっとも水面下では、どうだかわからないが。
「とりあえず、私の方からも、心当たりをさぐって見ます」
{本当ですか!?}
相手の声に希望の色が動くのをオレは後ろめたく感じながら、
「えぇ、二、三おもいあたるフシがあるものですから」
{有難うございます!}
「……ちょっと長丁場になるかもしれません。数日待っていただけますか?えぇ、その前に妹さんがご帰宅になった場合は、コチラにも連絡よろしく。これ、貴女の携帯番号で宜しいですね?」
{はぃ!お忙しいところ申し訳ありませんが、何卒よろしくおねがい致します……}
すみません、すみません、と何度も謝る彼女をもてあまし気味に通話を切ったあと、おれはちょっとぬるくなってしまった発泡酒を冷蔵庫のものと交換してタブを引きあけた。
あまりウマくない酒が、喉をつたってゆく。
――こりゃァ、あまり時間が無いかもしれねぇな……クソが。
飲み干したアルミ缶を握りつぶしてゆくこと4本。
5本目にして、ようやく苦い酔いが微かに全身をまわりはじめた。
遮光カーテンを、オレは音を立てて手荒に閉める。
* * *
朝。サバンナ特有の肌寒い新鮮な空気。
アルエットのローターが回りだすタービン音。
キャスパー兵員輸送車が“ピクニック”に出かける
降下した先で受けた洗礼。東側の銃器に共通な、カン高い銃声。
顔を黒く塗った男たち。
装備をまとう全身の緊張……高揚……。
ガソリンが爆発するときの紅蓮。悲鳴。怒号。
なにか記憶に残らない激しい夢をみて、胸をドキつかせ汗びっしょりで目を覚ました時は、部屋全体はオレンジ色となり、遮光カーテンから漏れた光が壁に夕方特有のかたちを浮かべていた。
――
寝た気が全然しない。
シャワーをあび、氷をうかべた強炭酸水をビール代わりに喉に流し込む。
鏡の向こうからは、見知らぬひどい顔がコチラを見返してきた。
この轢殺稼業ってヤツ。
いがいと寿命を縮めるんじゃないか。
仕事についてから初めてそんな思いが頭をよぎる。
だが仕方ない。何はともあれ、食っていかなきゃならないんだ。
『マイケル、大丈夫ですか?』
「なにがだィ」
運転台に乗り込んだとき、いきなり相棒が話しかけてきた。
『呼気に、その。法定内ですがアルコールが検知されます。それに話し方が……』
「人間にはイロイロあるのさ――そっちはどうだい【SAI】」
『もちろんワタシのような優秀な知能にも、いろいろ悩みはあります』
「ほんとうか?わがデウス・ウキス・マキナよ」
『……当然ですよ。そら“知識ヲ得レバ得ルホド――哀シミモマタ深マル”ってね」
「へっ、ラテン語か?“人事ナル事ハ、イズレモ多大ナ労苦ニ値セヌ”だよ」
『……ギリシャ語じゃないですか。いつ学んだんです?』
「パブリック・スクールでね。そういやラテン語も苦労したっけ」
『……それで、今日はどうするんです?また張り込みですか』
「いや――ちょっと作戦を変更するかもしれない」
大型のハンドルを握る。
今日は、なぜかものすごく違和感を感じた。
シートが柔らかすぎる。ガソリン漏れの臭いがしない。
兵員輸送車のクセが出たのか、ダブル・クラッチを踏んでエンジンの回転数を合わせる。
そして腕は、戦場用の四輪駆動車をあつかう時のように2駆ー4駆のレバーを腕が探って空振りして。
地雷をおそれ、発進時、前のめりになり、タイヤの先を凝視する。
サイド・ウィンドウを開け、空気を嗅いで追跡を台無しにする驟雨の気配を探った……。
『マイケル……マイケルどうしました?』
【SAI】の声に我にかえる。
気が付けば、俺はイグニッションボタンも押さず運転台で呆けていた。
広大な地下駐車場は、メンテナンス中のトラックと実験用の車両をのぞき、可動ユニットは全車出庫したあとでガラントした雰囲気。
『マイケル“緊急通知”です!』
ついにこのスーパーAIはドライバーをも上回る最優先コードを発した。
『脳波と反応テストの受診を推奨。結果が判明するまで本車は稼働命令を“拒否”します』
ジェネレータの回転数が落ちてゆく音。
メーターまわりの灯が、インジケータが次々と消える。
「はよ行け」と言わんばかり、ブ厚いドアが自動的に開いて。
「マジかよ。つれないな、Mon Cmarade【SAI】、オマエと俺との仲なのに」
『アナタは……』
ふいに人工知能は敵意を丸出しにして俺に問いかける。
『アナタは一体――ダレです!?』