試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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       〃   (2)

「ダレだ、だと?」

 

 俺は運転台のインパネをニラむ。

 

「俺は俺さ」

『とにかく、医療部で検査を受けて来てください!』

 

 いきなりトラックから最後通牒を突き付けられた俺だった。

 

「Putain de Merde!」(クソったれが!)

 

 仕方が無いのでトボトボと広い駐車場を歩き、一番近くの広大な荷物用エレベーターを使いふたたびエレベータで1Fに登ってダダッ広い建屋の奥にある医療部の扉を開く。

 

「アロゥ?」(こんちァ)

 

 扉の開いた音に、中にいた白いジャケットの男が素早く何かを隠した。

 カッパのようにハゲた頭頂部。赤いまだらな初老顔。

 近づいてゆくと、相手はみょうに慌てながら机の書類を整理などして。

 だがいかに取り繕うにも、吐く息がウィスキー臭いのではどうにもならない。

 

 『ザビエル』とあだ名されるこの男は、これで30歳。

 

 以前は病院に勤めていたが、勤務医の長時間労働からくるストレスで飲酒してるところを見つかり、それをマスコミから執拗に叩かれたとか。そのため病院をクビになり、婚約者にも見放されたすえ、ここにやってきたらしい。そのためかマスコミに対する憎悪は凄まじいと聞いている。

 

 余談だが、TVにつるし上げられたその病院は、おなじような境遇の医師たちが心を折られて次々と辞め、部門が閉鎖されることになった結果、地域医療は崩壊して住人は他県まで出向かなければならなくなったとか。“スクープ”をした新聞記者は、めでたくも報道大賞を受賞したそうな。

 

「あぁ、先生(ドク)?――かまいませんよ」

 

 俺は兵員輸送車のシートに座るようにドッカリと診察用の椅子に腰をおろした。

 

「先生はハンドルなんか握らないんだし」

 

 『ザビエル』はバツが悪そうにジョニ黒の酒ビンを出しながら、

 

「うん……そうなんだがね。私はときどき……昔のことを思い出して無性にクヤしくなるときがあるんですよ。そんな時はひと口――ひと口だけですよ?コレをやらずにはいられない……クソっ!」

 

 はぁっ、と涙目でため息をつく失意の医者。

 グッタリとうなだれていたが、やがて気力をふりしぼったのか、

 

「で、どうされました?」

「【SAI】から――自分のトラックのAIから脳波と反応試験を受けなきゃエンジンをスタートさせないとサボタージュ食らいまして」

「んぅ?……どれどれ」

 

 両手をグーパーさせ、

   ヒザを小さなハンマーで小突き、

     聴診器で胸の具合を確認しながら問診。

          瞳孔(どうこう)反射の状態をしらべ、

              血圧が高めの数値であることを注意。

                 脳波を測定、描き出された波形を判読する……。

 

「ハイ異常なし……ンぁ?なるほど……少し混じってますね」

 

 そういうや、この年下の医師は座禅で使う警策(きょうさく)のような棒を取り出すと張り詰めたした大声で、

 

「三千世界を彷徨う我執よ!迷うも悟るも同じ――喝!」

 

 ピシリ!こちらの肩を打ち据える。

 とたん、診察室で「バキッ」と物にヒビが入ったような大きな音。

 頭が一瞬、シィィィィン……となってオレの身体が透き通ったような感覚。

 ひとしきり耳鳴り。その後は、なにか今までバラバラだった心が、スッと一つにまとまったような。

 

「……これで()し」

「痛ッてぇ……先生、なんです、コレ」

「いまキミの身体が三重にブレて見えたから、一つにまとめました」

「……なんですソレ。先生、霊能者か、なにか?」

「実家が拝み屋だったコトはあるけどネ。どう?スッキリしたでしょ」

「……はぁ」

 

 言われてみれば、何となく。

 酒グセうんぬんはさておいて、腕と手際がイイのは分かった。

 診察机のモニターに浮かべたカルテ・フォーマットにドイツ語で何やら記入すると『ザビエル』はPCからドライバーの管理フォルダーにコネクトし、出庫可能のチェックを入れて――送信。

 

「また具合が悪くなったら、無理しないですぐに来てくださいよ?」

 

 そう言って、この傷心の産業医はジョニ黒のスクリュー・キャップを開けて検尿用の紙コップにチョロチョロ注いだあと、ステンレスの輝きを見せるオートクレープ(滅菌処理機)の筐体に酒ビンを隠した。

 

「先生も、飲みすぎないようにネ?」

「……わかってマス。でもねぇ。私はやりきれなくて……」

 

 地下駐車場に戻ると、早いですねぇ!?と【SAI】の驚いた声。

 

『ほんとに検診受けてきたんですか?』

「勤務可能のメールが入っているだろうが」

『どうも信じられませんが……確かにいつものマイケルのような気もするし……』

「まだオレが信じられないのか?馬鹿バカしい。ジェントルマン!スタートYourエンジン!」

 

 やれやれと言わんばかりに、いかにも【SAI】は渋々ジェネレータを起動させる。

 

 トラックを発進させるとオレは、まず例の神社へと向かった。

 コネクターを耳に付けっぱのまま、今は馴染みとなった広い境内を歩いてゆく。

 宮司は接客中で外せないとのことだったが、幸いにもあの“現代的な巫女”さんが、お札の授与所でふくれっ面をしてひかえていた。

 

「ラッキー!居てくれて助かったよ」

 

 あ、オジさん、と少女はブスッとした顔を引っ込めキョトンとして、

 

「どうしたの?もしかして、またカンパしてくれるの?」

「ウッ。いやいや――別件でね。よかった。まだ部活じゃないかと思っていたんだ」

「そのはずだったのよ、本当は!」

 

 彼女はおさえぎみに大声をだし、

 

「でも神社(ウチ)から連絡あって、人手が足りないから帰ってこい、だなんて。大会も近いのに!だからイヤなのよ、貧乏神社は!」

 

 年配の老夫婦がクスクスと笑いながら脇を通りすぎていった。

 ほかにも参拝客がチラホラ、鈴を鳴らしたり手を清めたりしている。

 

「割と繁盛しているじゃないか?人手が足りないのも道理だ」

「ただ人手が足りないんじゃなくて、安く使える人手が足りない、ってだけ――で、ナニ?」

「2、3分良いかな?」

 

 巫女さんは遠くで箒を使っていた、少しばかり年配の巫女さんと“売り場”を交代し、すぐ脇の土間まで出てきた。

 

「なによ、コソコソと」

「じつは……詩愛のヤツから連絡があってサ?」

「ホラやっぱり。オジさんと詩愛ねぇさん、そういう関係なンじゃん」

「違うって。でな?美香子のヤツが、学校を無断欠席してるっていうんだよ」

「美香子が?」

 

 ふぅん、と目の前の巫女さんは興味なさそうに、

 

「アタシ、あのコとクラスちがうから」

 

 そう言ったあと、またサバサバとした口ぶりで、

 

「どうせ、まァた『プチ家出』じゃないの?知ってるんでしょ?あのコとお父さんの関係」

「まぁな。でもよく欠席するのかい?」

「たまに、かな」

「でも土、日、月と家に帰っていないんだってサ」

 

 ここで初めて彼女の顔色が動いた。

 品よく整えられた眉をわすかにひそめて、

 

「少なくとも日曜日は居たはずよ?アタシが部活でジュース買いに行ったとき、体育館のウラで美術部の子と話しているの見たモン」

 

 ふぅん。

 少なくとも日曜までは、自由に動けていたのか。

 

「それでな?時間のある時でイイからサ。その子もふくめて、知ってるコに心当たり聞いてみてくれないか?」

「わかったわ。たしかにちょっとヘンね」

「ワルい男にひっかかってなきゃイイが……」

 

 ありうるわね、と巫女さんはひとつ頷き声をひそめて、

 

「前にね、あのコ『私にはご主人サマがいる』とか何とか言ってたもの」

 

 一瞬、ヒヤリとするが、オレはそしらぬ顔で、

 

「ゴ、ゴシュジンサマダッテぇ?」

「そう。目なんかトロ~んって、色ボケな感じで。分かったみんなに訊いてみる」

「助かるよ。それじゃメアドを教えてくれ。捨てメールでもイイから」

「分かったわ。そのかわり――ハイ!」

 

 少女はかわいい手のひらを差し出した。

 

「何だい?」

「なにって、屋根修理のカンパよ。当然じゃない?作業に対しては対価を!」

 

 なんだよもう!とオレは万券を一枚、さしだす。

 

「しっかりしてンなァ」

「へへっ♪毎度アリ」

 

 彼女とメールアドレスを交換し、オレはトラックへともどった。

 

「ヤレヤレ、後世畏るべし、だ」

『どうしました?マイケル』

「今どきの子は現金だ、ってコトさ」

『それを言い出したらマイケル』

「なんだよ」

『アナタも本格的な“オジさん”の仲間入りですよ?やれやれ安心しました。どうやら元のマイケルのようですね』

 

 

 神社を出ると、張り込みもムダとあきらめをつけたオレは手当たり次第にゲーセンを回り、あのとき半殺しのメに遭わせたガキ共でも居ないかと捜索する。だがそれらしい一団は見当たらない。それどころか、覚えのあるトレンチコートを遠くに見かけ、あわてて退散するしまつ。

 ドレッドが立ち寄るとされる『ジーミ』の店の前までいくが、相変わらず定休日の札がかっていた。ソッと扉を開けてみるが、やはり鍵がかかっている……。

 

 改めて店を観察。

 狙いはJAZZ-BARらしかったが、どうも造りが日本風だ。

 上にかかる看板を見て納得。

 下手くそな筆でマイルス・ディビスらしき人物がペットを吹いているその周りでは、古い看板が完全に塗りつぶされておらず、うっすらヒラメやタコが踊っていた。おそらく潰れた海鮮茶屋の居抜きで入ったのだろう。

 

 ふと、オレは背中に視線を感じた。

 振り向けば、道路を挟んだ向かいの店舗から誰かがコチラをのぞいている。

 オレの視線にサッ、と窓辺から人影がうごき、ブラインドが閉じられ、照明が消えた。

 痩せた小男のようだった。すくなくとも「おサル」やドレッドのガタイではない。

 さりげなくその建物にかかる看板をみると、

 

 『BAR1918』

 

  ――もしかして、この店と関係があるのか?

 

 携帯を上着のポケットから出し、いかにも「“食べナビ”で調べてますよ」という仕草をしながら他の飲食店などを物色しつつ、その場を離れる。

 多少気を良くして偵察を終え、運転台にもどった時だった。

 携帯が鳴り、メールの着信を告げる。

 おっ♪あの娘仕事が早いなと画面の表示を見たオレは、思わずシートで跳ね上がった。

 

「――占めたッ!あの青年(ガキ)からだ!」

 

 ドキドキしながらトラックのインパネと携帯を有線で接続し、モニターに文面をうかべた。

 

≪拝啓

 お問い合わせの件、いままで調べられたところまで報告します。当方が各方面に――≫

 

 以下、クドクドと回りくどい文面をザッと見て要約したかぎりでは、

 

・『黒龍互酬會』は本家が関西系の広域暴力団で、その傘下となる二次団体。

 風俗店経営や違法薬物売買、みかじめ料等で手広くやっている。

 

・最近、ここに関東系の『武蔵連合』が復活をかけて進出し、縄張を争う。

 安価な違法薬物を武器に若年層に食いこみ、暴走族の“ケツもち”や風俗あっせんなど黒龍の縄張とする末端の“しのぎ”(儲け手段)を蚕食しつつある。

 

・『黒龍』は主に企業と風俗を、『武蔵』は違法薬物と飲食店の“もり”(用心棒)代。若年層からの情報によって女性を各方面の用途にあわせて“仕立て”送り込む一種の芸能事務所として、すでに半ば成功している模様。

 

 そしてあの青年はどこで調べたか知らないが、フロント企業や息のかかった店などを列挙していた。おそらく、そんなコトに詳しい裏サイトがあるのだろう。信じられないことにオレの知っている店や事務所。地上波のキー局などが、双方の陣営に分かれていくつも書かれている。

 

 ――う……。

 

 色々ある企業名や飲食店のうち、とくに二つの名前が目を引いた。

 

 【Le lapin Rouge】(紅いウサギ)と【ジーミの店】。

 

 前者は『黒龍』に。

 後者は『武蔵』に。

 

 なんとなんと。

 オレは思わずほくそ笑む。

 ドレッドとおサル、それに今回の目標が同じ穴のムジナである可能性が出てきたわけだ。ウマくいけば、あの憎い二人組まで辿れるかもしれない。

 

 と、ここで文末に書かれた要求に気づいた。

 

≪じつは情報ゲットするために、いろいろワイロつかいました。そのため必要経費としてコレだけをできるだけ早くこの口座に入金(いれ)てもらえると助かります。  敬具≫

 

 そこには、証券会社系のネット銀行口座。

 そして10万を少し超える金額。

 

 ――あの野郎、まさか……。

 

 チラッとイヤな疑いが、頭をもたげざるを得ない。

 これをネタに、アイツめ幾らか余分に()()()()()ってンじゃないだろうな……。

 

 ――だが……まぁいい。

 

 ソレはすぐに頭を切り替えた。

 それならそれで、ダマされてやるサ。

 さっそくトラックの端末から、指定の口座に金額を振り込んだ。

 そして、送金したという返信ついでに、

 

≪それと、【ジーミの店】の向かいに『BAR1918』という店がある。『武蔵』と関係ないか、調べてくれ。風評や店の雰囲気なんかも分かると助かる≫ 

 

 まったく。

 こう出費がつづくのでは、虎の子の定期預金を解約しなくちゃならん勢いだなと思う。

 

 オレは考えをまとめるため、トラックを例の高台へと向けた。

 そして目の前いっぱいに広がる夜景を眺め下ろしつつ、いろいろな可能性を検討してみる。

 

 だんだん構図が見えてきた。

 

 轢殺目標(ターゲット)は、『武蔵連合』が抱える“半グレ”だろう。

 ヤツが『黒龍互酬會』が持っているハコ()にバイトで入店(はい)っている『ボニー』――もとい美智子に目をつけた。本人は彼女を“モノ”にしたら(あるいは強姦したら)“年少”に逃げ込んであとは野となれだろうが、ヤクザの世界はそうそう甘くはない。出てきたところを『黒龍』に消されるのが見え見えだ。最悪二つの団体の間で抗争が起きるかもしれない。

 

 ――いや、まて?

 

 ふと、オレは立ち止まる。

 そもそも単独で相手の牙城に乗りこんで、そんなことが出来るだろうか?

 すると仲間たちを引き連れて、店を襲う腹づもりなのか……どうやって?

 相手の、あの自身ありげな場慣れた物言いは、どこからくるんだろうか?

 

 そこまで考えたとき、オレは目標が狙う風俗店がどんなものか、全く知らないことに気づいた。

 なんてコトだ。()ともあろうものが、待ち伏せ場所を調査しないなんて!

 手始めにゴーグル・マップの画像で美香子に渡された名刺の場所をさぐるが、どうしたことだろう。店の入り口に通じる横道に矢印が出てこないで素通りしてしまう。

 

「なぁ【SAI】。たしか――店に行くのは週末だとか言ってたな……あの3件で、もう目標金額は達成しちまったんだろうか。遊ぶには、かなり高価(たか)い店らしいが」

『3件目で女性を襲っているところが気になります。目標からすれば“お遊び”みたいなものでしょう。前2件の犯行で調子づいたものかと』

「現金でリーマンがそんなに持ち歩いているかな?」

『クレジット・カードのスキミングや、保険証ないし日本国パスポートの換金とも考えられます』

 

 人工知能はオレの考えていたコトをズバリ補証した。

 

 やはり最悪、ヤツの“ヤサ”近辺ではなく、店で待ち伏せして後をつけ、轢殺する方法をとるしかないか?それに『ボニー』(美香子)のヤツが帰宅していないのも気にかかる。居るとすれば【Le lapin Rouge】の店内か、店が従業員用に借り上げている関連の部屋だろう。

 

「老人を襲うとか言ってやがった通話相手の方はどうだ?」

『もう一方は音沙汰ありません。独居老人への強殺(強盗殺人)という手段を使われますと死体の発見が遅れるため、ニュースとなって浮かぶのは時間がかかります』

 

 オレは、あの猥雑な話しっぷりから受けた先入観を棄てることとした。

 

 相手は少年法を隠れミノに生きてきた犯罪のプロだ。

 そこらそんじょのチンピラとは格が、なにより経験値が違うかもしれない。

 となると――自分の部屋を中心とする同心円の範囲では行動しない可能性がある。

 同心円の中心を、自分の(ねぐら)からズラすため、さらに遠へと動くかもしれない。となると範囲があまりにも漠然としすぎている……。

 

 オレはヤツの犯行マップを3Dで浮かべる。

 と、目の前一面に広がる夜景の効果もあいまって、まるで旅客機のコクピットのような効果をみせた。

 その中で推論は急降下し、あるいは急上昇し、果てはきりもみまで見せて。

 さんざん荒れた機動をしたのち、水平飛行にもどった時は(はら)が決まっていた。

 

 ――もうムリだな。これは店で待ち伏せする意外、方法はない。

 

 しかし、だ。

 それには、問題の風俗店を下調べしておかなくてはならないが、さて……。

 


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