試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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 ハッ!とオレは嗤った。

 

「このご時世に傭兵だ?どこで戦うんだッての」

「なんでもアフリカまで行くんですって」

「アフリカ!PMC※かぁ?――ご苦労なこッた」

 

 だが、そう(あざけ)るはしから、自分のなかには鮮烈なイメージが沸き起こる。

 

 横転した車両。

 燃えるガソリンの臭気。

 断末魔の姿をとどめ、干からびた死体。

 放棄された村と、略奪された倉庫、商店、教会。

 

 ブカヴ

 キンシャサ。

 レオポルドビル。

 第10コマンド部隊

 ドラゴン・ノワール作戦。

 

 聞いたことのない単語の羅列。

 合図。砲声。エンジンの唸りと機銃掃射……。

 

 オレはネクタイを緩め、ガブリと卓上の水を飲んだ。

 美味い……水筒に錠剤をぶち込んでシェイクした泥水とは違う。

 

「どうしまして?――お汗が……」

 

 気が付けば、心配そうな顔をした小枝子がオレの額をふいていた。

 

「大丈夫?どこかお悪いのではなくて?」

「なんでもない。こないだから、すこしヘンでね」

 

 フロアの隅にいた黒服を小枝子は呼びつけ、水のお代わりを持ってこさせる。

 周りをみると、ゆらめく深海の底のようなフロアに客がポツ、ポツと入り始めていた。

 

「お仕事のしすぎではなくて?お身体には、気を付けて頂きませんと……」

「ヘッ、オレもヤキが回ったのかもしれん」

「イヤですわ、貴方――心細いこと仰らないでくださいな」

「なぁに。もう十分生きたよ」

「わたしはどうなるのよ!」

 

 おやっ、とオレは心中首を傾げる。

 いつの間にか、夫婦の会話になってしまっていた。

 だが、まぁそれもいい。ひさびさに亭主を演じるのも悪くない。

 それが、この(おんな)の手管だとしても、載せられて悪い気はしなかった。

 

 ダイニング・ワゴンの上にシャンパンと小料理を並べる銀色の皿を乗せ、例の青年がフロア・マネージャーとともにやってきた。

 

 お待たせ致しました、とマネージャーは青年に(テーブル)をセットさせ、自分はクラッシュ・アイスヲ満たしたクーラーからシャンパンを抜き出し、エチケット(ラベル)を示して銘柄を確認させる。

 

 テイスティング。

 過去に飲みなれた味が、口の中に広がってゆく。

 百貨店の売り場には6~7万で売っているものが、ここでは50万。

 だがそれは、自分の中に意味もなく湧いた不吉な戦場の印象を祓うには十分だった。

 

「注いでくれ――」

「私は結構よ?これから忙しくなるのだから、酔っては仕事にならないわ?」

 

 いつのまにか、口調もなれなれしく。

 

「そう言うなよ……少しは付き合ってくれ」

 

 オレはマネージャの手からボトルを奪い、いかにも繊細なフルート・グラスを彼女の前にしつえらえ、風味豊かな泡を注ぐ。

 

「美人と一緒に飲める機会なんて、そうはないんだからサ?」

「ま。おじょうずネ?」

 

 御用があったらお申しつけ下さい、と気を利かせた店の男たちは去り、再び二人だけになった。

 シャンパンが効いたのか、オレはビニール張りの猫脚ソファー(こういうところも上辺だけの一流店だ)にグッタリと身をあずけた。

 先ほどのイメージによるダメージ(おっと、シャレてしまったぜ)が、意外に深刻だったらしい。

 

「お仕事、たいへんそうですねぇ」

「ま、会社に属しているとはいえ独立採算の“事業主”みたいなものだからな」

「あら、事業部長サンなの?」

 

 さてね――とオレは苦笑してグラスを干す。

 

 以前はその地位に一番近い男だといわれたものだが。

 いまじゃ単なる殺し屋……じゃない轢殺屋だ。

 まったくこの世はどう転ぶか分からない。

 

 オレの地位を誤解したのか、相手の目つきが少しうるんだように。

 空いたオレのグラスにゆるゆると注ぐ。ボトルをひねって注ぎ口の滴を切る手つきはさすがに年季が入ったものだった。と、同時に化粧でごまかしてはいるものの、手肌の衰えはさすがに隠せなかった。それでも三十の半ばは超えてはいまい。ズバリ32~3というところか。

 

 そんなの視線に気づいたのだろう。

 悪戯(いたずら)が見つかった子供のような目つきで、きれいに整えられた爪とマニキュアのピンク色な光沢が印象的な手の甲をさすりながら、

 

「そうよ?私だってもうイイ歳なんだから。そろそろ“女の幸せ”が欲しいわ?」

 

 ひょいパク、と小枝子はワザとだろうか。

 はしたなくも、銀の皿に並べたカナッペをつまむと、ひと口にほおばった。

 モグモグと口を動かしながら、笑って。

 不覚にも、それを見たオレはチョッと可愛いとさえ思ってしまう。

 

「キミみたいな女性なら、男どもが放っておかないだろう。引く手あまたじゃないか?」

「ヒャッヒンがあったのよ……」

 

 モクモグと小夜子は口を動かしながら。

 

「なんだぁ?あぁ、借金か」

「えぇそう」

 

 小夜子は煌くグラスを軽々と干した。

 そしてフゥ、と物憂げな眼をして、

 

「それを返そうと一生懸命頑張っていたら、いつのまにか婚期、逃して……」

「まだまだ。キミぐらいだったらこれからさ」

 

 オレはすかさずシャンパンをそそぐ。

 

「あっ、ちょっと」

「いいじゃねぇか――女房に逃げられたオレを慰めると思って」

「うそね、それ」

「嘘って?」

 

 彼女はグラスにボトルから黄金の滝を受けつつ、

 

「アナタって、そんなヤワなヒトじゃないもの。自由になってセイセイしたってお顔つきですよ?」

「まぁ、裏切られたんだからなぁ。女を見る目が無かったのか。あるいはオレがもうすこし、家庭にリソースを振ればよかったのか。でも考えてみてくれ……」

 

 オレの方も、グラスを干すと、酌をしようという相手の手をおさえて自分で注ぐ。

 ヤバい。“50万”が、すぐに無くなりそうだ。

 

 おまけに少し酔いも来たようだ。

 ワイン2本でも余裕のオレが珍しい。

 おそらくここ数日の張り込みによる疲れも出たんだろう。

 いいシャンパンと、すわり心地のいい革のソファーも大敵だ。

 

 自分の意に反して口が軽くなるのを感じつつ、オレは小夜子の眼を見ながら、

 

 

「自分の女に不自由な思いはさせたくはない。これは男の意地じゃなかろうか?

 服や化粧品、バッグや小物。エステにネイル。

 そんなものに囲まれてニコニコ楽に過ごさせてやりたかったが――

 現実はなかなか厳しい。稼ぎがなかなか追いつかないので、いきおい残業になる。

 そして仕事の成果をあげるほど、地位も上がり、仕事も降ってくる。

 

 会議――接待――出張。

 

 日曜はニコニコ家族と過ごすなんて夢のまた夢、絵空ゴトさ。

 それでもあのクソ女……失礼、モト妻は金が足りないという。

 あまつさえ家庭もちの男を見つけ、出ていった。

 まぁ、オレに魅力がないのが第一の原因なんだろうが……。

 ヤバイ。酒が不味いくなっ(ちま)うな。

 男のグチほど見っともねぇものはない……忘れてくれ」

 

 一気にそれだけ喋って、オレはぐったりと肩を落とした。

 コチラを向いて斜にソファーへともたれ、優雅に形のよい脚をくむ相手の瞳に同情が灯る。ピン・ヒールを脱いだ小夜子の足先が、おれのふくらはぎを(さす)った。

 

「よしてくれ――哀れみなんか、受けたくもない」

 

 だが、静かな義憤をこめた口ぶりで、小夜子はオレの目を見ながら、

 

「奥様は、欲張りすぎだったのよ」

「どうだかね」

「女ってワガママなものだから。貴方の厚意に、どんどん思い上がったんだわ。()()()()()()()、そんなことは絶対ないんだけど」

 

 彼女の口ぶりと語勢に、妙な力がこもるのを聴く。

 そこには、商売女ではない、心情の吐露すら混じっているような。

 今晩は“偵察”という目的を果たしたら、久しぶりにハメを外すのもイイかとフト考えたとき、次のなげやりな口調の言葉が、オレを現実に引きもどした。

 

「でもダメね。わたしは――この店のドレイだし……」

「――奴隷?」

 

 その時ひそかな躊躇(ためらい)が、小夜子の面をよぎった。

 

 

 どこか遠くを眺める、思いつめたような女のまなざし。

 濃く刷いた官能的な(あか)い口唇を、真珠を思わせるつややかな歯で噛んで。

 やがて彼女は、おもむろにイブニング・ドレスの胸をすこしくつろげてみせる。

 

 いかにもたわわな、静脈が透ける白磁を思わせる双丘。

 そのふくらみの頂には、残酷にも銀色の大ぶりなリングが。

 男に嬲られ尽くした茶色なイボ乳首をつらぬき、冷洌な輝きを魅せて。

 

 ゆがんだ“退廃”と風変わりな“美”が、まさにそこにはあった。

 

「それは……」

「この店の所有(モノ)という(あかし)よ?」

「証?むりやり付けられたのか……?」

「えぇ、もちろん」

 

 さも当然と言わんばかりに彼女は、

 

 

「目に見える契約としてね。下の方にも、いろいろ施術をされてるのよ?借金は返したけど、もうこんな身体じゃ……それに」

「それに?」

「心をね?『端女(はしため)』として……縛られてしまったの。非合法な精神科医による洗脳……わたしは、もう殿方に奉仕するための“性の奴隷”ですのよ?」

 

 口惜し気にブルッと小枝子は身を震わせた。

 思わずオレは手を彼女の肩にやり、なでさする。

 

 なよやかな――そして冷え切った肩だった。

 

「うふっ、ありがと。こんなに優しくされるの久しぶり」

「そうかい?」

「えぇ。それに、この世界で生きていると、あちこちに義理やら()()()()やらが出来て……」

「というと?コネとか。パトロンとか?」

 

 コクン、と初々しい少女のようにうなづく小枝子。

 

「家庭を望んだり、赤ちゃんが欲しかったときもあったけど――もう、こうなってはダメね」

「……抜けられないのか?」

「ムリよ――それに抜けてどうするの?貴方、責任取って下さる?」

 

 ふふん、とオレは鼻で笑う。

 この手の脅迫には慣れっこだ。

 ここは素直に(うべな)ってやればよい。

 それにこの女。ワルくはなさそうだ。

 

 

「キミが贅沢を言わず貧乏暮らしに耐えるのなら……あるいは」

 

 そのとき、この哀れな商売女の瞳に、希望の灯が灯ったように思えた。

 なんという奇跡!

 豪奢なイブニング・ドレスと商売用の濃い化粧を一瞬にして拭い去り、そのとき“独りの女性(おんな)”が顕れる。

 

 ほんの――ほんのひととき。

 自分が家庭におさまり、子供を育て、家事をする平凡な光景が思い浮かんだのだろうか。

 朝晩の送りむかえをし、休日には家族で外食などをし、ささいなケンカと仲直りを繰りかえす日常を考えたのだろうか。

 

 だが、やがて彼女の口もとに自虐的な微笑が浮かんだ。

 

「やっぱりダメね……わたしは、もう墜落しきっているもの」

「墜落?キミがか」

「そうよ。ね?『小枝子』って小さい枝の子って書くでしょ?まじめな鳥が巣をかけるには、枝が細くて(もろ)いのよ。それに――」

「それに?」

「今さら貧乏はできないわ――もう歳だし」

 

 女性が年寄りぶっているのは、面白いものだ。

 オレは苦笑しつつ、

 

「まだまだ!君ァこれからじゃんか。若い――まだまだ若い!」

「なによ。堕落した娼婦にムダな希望をもたせて……そっちこそ、ご自分をお年寄りみたいに」

 

 なぁに、とオレは残り少なくなったルイ・ロデレールを二人に注ぐ。

 そしてほとんど手の付けられていない料理が並ぶ(テーブル)をボンヤリ眺め、

 

「精神的に老けちまっているのは、本当なのサ」

「あなたって、ふしぎなひと……このわたしが、こんなにお喋りしてしまうなんて」

「見ろ。やっぱりオレが老けてるって事じゃないか。きっとキミのお父上みたいな心安さがあるのさ」

「お父さん、って私には居ないの。でも居れば、あなたみたいな人なのかしらねぇ……」

 

 その言葉の裏に、彼女の生まれの悲惨を感じたオレは、あえて突っ込まない。

 フルート・グラスをゆっくり傾け、鳴り出したピアノの弾き語りに耳を傾ける。

 

 古渡りのシャンソン。

          もの憂げな声が調和して。

 

 ――いい夜だ……しかし本来の目的を忘れるなよ、オレ。

 

 いつの間にか、フロアが込み始めていた。

 グラスの触れ合う音。低く談笑する気配。

 そこ此処(ココ)で、フロアレディの抑えた嬌声が沸いて。

 

 オレは最後のシャンパンを二人に注いだ。

 

「しかし、こんな値段でも流行っているんだなぁ。ヨーロッパ某所の世界的に有名な会員制料理屋にも通ったが、それでも酒の値段はココほどじゃなかったぞ?」

「でも、女の子たちは粒選りのはずよ?――時給で釣って、わたしが直々に査定したんだもの」 

「それは――まぁ、確かに」

「ふふっ、うれしい」

 

 小枝子は含み笑いを漏らし、謎めいた目つきで、

 

「もう二、三回通って頂ければ、このお店のウラの(かお)を見せて差しあげましてよ?」

「ほぅ?」

 

 さて、とオレは頭をいそがしく働かせて考える。

 

 ココの駒運びは微妙だ。直球ではなく、からめ手で攻める必要がある。

 あまりがっついて、根ほり葉ほり聞き出し、相手を警戒させないようにしなくては。

 

「……いいよ。表とかウラとか、あまり興味ないし」

「――面白い見ものですよ?初心(ウブ)な“女の子”が、私みたいな“メス”におちてゆくのは」

「興味ない。オレが興味あるのは、キミだけさ」

 

 オレは顔を寄せ、小枝子の首筋にキス。

 相手はうれしそうに体をよせ、乳首ピアスが飾る豊かな胸を、こちらに押し付けた。

 

「ま。心にもないことを……でも嬉しい」

「ほんとうサ。だって――」

 

 そこで、オレの言葉は立ち消えになった。

 

 フロアに現れた、黒いボンデージ・ドレスの女。

 水商売の女とも思えない、ごく普通のショート・カット・ヘア。

 

 はやくも熱をおび、退廃的な雰囲気をかもしだすフロアには全く似つかわしくないその人物は、赤い首輪をはめられ、リード代わりな細い鎖の端をレスラー“崩れ“ともみえる屈強な黒服に握られながら、うつむいたままフロアをよぎり、静々と店の奥へ向かい歩んでゆく。

 

 低い、冷やかすような口笛。

 談笑するトーンが止み、フロアが次第に静かになってゆく。

 抑えたヒソヒソ声すら耳につくようになって。

 

 全身のメリハリを強調した、身体をSM的に縛るようなデザイン。

 脚の付け根まで切れ上がった、きわどいスリットから(のぞ)く網タイツに包まれた脚。

 おそろしいほど(かかと)の高い、足首に鍵付きの枷(ストラップ)がついた深紅のヒール。

 スリットの合わせ目からは、二本の電気コードめくものが白く伸び、それがレスラー崩れの手元に続いて……。

 

 ――なん……だと?

 

 オレの眼に狂いがなければ、アレは銭高ンとこの……。

 

 

 

 




PMC:Private Military Company/民間軍事会社
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