試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
『菜々』は自分でそう説明してから、
「いやぁん、ですぅ」
カァツ、と顔を赤くする。
それを隠すためか、ボトルを自分のグラスに注ごうとするが……滴がチョロチョロと垂れただけ。
――コイツ!全部飲んぢめーやがった!!
あまつさえこの“うわばみバニー”は空になったボトルをふらふらと、オレの顔を見ながら寂しそうに振ってみせる。えぇい、分かったよ。もう!
最初にシャンパンを頼んだ兄サンが通りかかったので、モエのお代わりを注文。
するとこの黒服はソファーに居る『菜々』を見て眉をひそめ、
「お客様――ちょっと」
オレを呼び、ソファーから引き離してフロアの片隅へ。
そこからは、夜も深まってゆくにつれ次第に煮え立ってゆく【紅いウサギ】が見渡せた。
幾セットものパーテーションに来客と侍る着飾ったフロア・レディ。
酒器を盛りだくさんに乗せたパレット片手に回遊する黒服やバニーたち。
耳障りにならない程度の音量で演奏する電子楽器の一団。
フロア・レディのドレスに手を差し込み、バーコードをハタかれるジャケットも居れば、カツラがズレているのにも気づかず、必死に嬢をくどいている“お忍び”僧侶らしきものまで。
そして――また一人。
フロアをおとずれ、イブニング・ドレスに席まで案内される、やり手風な若いスーツ姿。
青年の黒服がヒソヒソと、
「イイんですか?あの
「乗りかかった船だ。仕方ないサ」
「マジで!やめといた方が……」
「ふふっ、こうなったら成り行きさ。どう転ぶかタノしみだ」
「待ってて下さい――ジブンが“巧く”段取りつけます」
そう言って、この青年は肩から何やら使命感めくもの発散し、一礼して去ってゆく。
ソファーにもどると『菜々』が不満そうに、
「なぁに?ナイショ話なんかして!」
「それよりも、いま言った“コワい機械”――ってなんだい?」
「……それは――」
彼女は、キツそうなバニー・コートの間に指を入れる。
ユサユサと具合を直し「フゥッ」と息をつくと、いかにも申し訳なさそうに、
「この店の“ウラ”は――これ以上くわしく言えないんですぅ。うっかりイロイロ喋ると【お仕置き】されちゃったり。最悪“ウラ”に連れてかれて、そこ専属のフロア・レディにされちゃいますから。コワいとこなんですよ?このお店。系列店ではいちばんスゴいとこらしいですワタシも聞いたハナシですけど」
「怖くないのかね?こんな店で働いて」
「規則さえ守っていれば大丈夫だって、先輩のお姉ぇサンも言ってくれてますしぃ。何よりバイト代がいいから離れられません。ドリンクはタダだし、バーゲンセールの情報も入るしエステやネイルサロンの割引もあるんですよ?」
――なるほど。こうやって女の子たちを手なずけてゆくんだな。
オレは連中のやりかたに感心する。
それよりィ!と彼女は少し怖い顔をして、
「さっき、
「あいつ、って。さっきの黒服か?――シャンパン銘柄の相談だよ」
「アイツ、ちょっと前までズイブンしつこかったんですよぉ?」
「ハハァ。言い寄られたな?」
『菜々』は肩をすくめ、ゆるやかに首をふった。
薄暗い店の中で、耳朶に下がるイヤリングがキラキラと輝いて。
「更衣室の前で待ってたり、店の外で待ちぶせしたり
高卒、という言葉に力を入れる彼女。
「……ナルホド。バニーさんは高学歴がお好き。か」
やはりこの娘も、いまどきの唯物的な娘だ。
マスコミの“刻印付け”による脊髄反応を、だれも責められまい。
「チーフ・レディ経由で苦情をいれたら、どうにか収まったんですけどぉ……」
「なんだ?そのチーフ・レディッてのは」
「『小枝子』サマたちのクラスを、このお店ではそういいます」
「なんだ、『小枝子』のようなランクはいっぱい居るのか」
「このお店では、あと『麗華』サマがいらっしゃいます。きょうはお休みですけどォ」
なるほど、変わりばんこで営っているというわけだ。
「はァん?『麗華』さまが――どうしたってェ?」
いきなり卓のわきで声がかかった。
みれば、イブニング・ドレスを着た、盛り上げ髪のフロアレディが二人、ニヤニヤとこちらを見下ろしている。
「失礼しまぁす。グランド・フロア所属の『みほと』でぇす」
「同じく『しをん』です。お愉しみ頂けてますでしょうか?」
なんだ?呼びもしないのに二人もきたぞ?とオレは仏頂面になりかけるが、うつむく『菜々』と、こちらにウィンクする『しをん』を見て、ハハァと思い当たる。
――コイツら、さっきの兄チャンに言われて来たな……?
二人は、テーブルの乱れを整え、新たに持ってきたシャンパンをテーブルにセットしてする。
「『ナナ』!どうなの!?チャンとお客様に楽しんで頂いてる?」
「こないだみたいにアンタだけカパカパ呑んでちゃダメなのよ!?」
そういうと、オレの尻を動かし、『菜々』の両側に陣取った。
どうやら『菜々』は彼女たちが苦手らしい。緊張した面持ちで、ずっとうつむいたまま。
『みほと』がシャンパンを開けた。
そして新しく持ってきた、いかにも端麗なバカラのグラス四脚に、等分な具合で注ぎ入れる。
――と、一瞬!
一脚のグラスの中に、何か錠剤のようなモノを入れるのを、オレは目の隅にとらえた。
ニンマリと笑みを交わすフロア・レディたち。
うつむいたままの『菜々』は、当然これに気づかない。
彼女らは、グラスをそれぞれに置いた。
アヤしい一脚は、『菜々』の前に押し出される。
「カンパァ~イ」と軽薄な女どもの黄色い声。
普段のオレならぶち切れそうなシチュエーション。
だが、今回ばかりは興味ぶかく推移を見守らざるをえない。
新参のふたりは、
「いいね――さすが。飲み方がキレイだ」
褒められた二人は、顔を見合わせ、笑いあう。
「どうだ、なんか腹減ってないか?」
「えぇ……でも」
「ねぇ?」
結局「サーモンのマリネ」と「エビのカクテル」をとりよせ、二人に供する。そして三本目のモエを注ぐころには、口のカルいこの二人から店のことを大分知るようになってきた。
女たちの階級のこと。
店の“ウラ”部門のこと。
権力のあるパトロンのこと。
最近は暴力団の抗争がらみなこと。
そして――。
どんな貞淑な人妻も、そこに入れられたら最後、強制的に「淫乱マゾ豚ペット」(いっておくが彼女たちの言葉だ)にされてしまう“コワい機械”のこと。
彼女たちがどぎつい口紅の彩る唇で店の内情を得意げに話すうち、『菜々』の具合がおかしくなってきた。
トロンとした目をして、反応がにぶい。
「『菜々』どうした?眠くなったか?」
「にゃぅぅん……」
ドレスをまとう女たちの
さては先ほどグラスにいれたクスリの効果か……。
『しをん』の方が、彼女の耳に口をよせ、イヤリングをチリチリと唇で弄びながら、
「あらあらぁ。どうしたのぉ?『ナナ』ちゃぁん。酔っちゃった?」
「ダメぢゃないの!お客様の前なのに、そんなにボンヤリしてェ?」
『みほと』は、あろうことか『菜々』の滑らかそうな太ももをゆっくり撫で上げると、たどり着いたイエローなバニー・スーツのおまたにズぃ!と、やおら指を差し入れた。
「ひゃぅん……ッ!」
抵抗しようとするなメガネっ仔バニーは、哀れにも両側から性悪な女たちに腕を押さえつけられ、ソファーに拘束されて身動きできない。
『みほと』は、衣装の中に差し入れたゆびを更に奥へ。
彼女のだいぢなところを
「ほうら、お豆もこんなにボッキしちゃって……イヤらしい
『みほと』の女を喜ばす巧みなテクニックにより、『菜々』を縛めるバニー・スーツの“おまた”部分に、たちまち妖しげなシミがうかび、発情したメスの臭いがたちこめる。
力の籠らない視線と呆けた口もとでイヤイヤをする『菜々』。
『しをん』の手で引き下ろされるバニー・スーツの背中ファスナー。
白い乳房が(ふ~苦しかった♪)とばかりユサリ、こぼれ出て。
小枝子と違って嬲られたことのない薄い色の乳首が、恥ずかし気に直立している。
「ま!見てよ、このカマトトぶった乳輪の色!」
「許せないわね?“お飾り”つけちゃおうか?」
勃起した『菜々』の乳首をコリコリと責め苛み、あむっ、と甘噛み。
細く尖らせた舌が耳の孔を犯し、熱い息が吹きかけられる。
つねり、愛撫し、さすり、くすぐり。
女同士の責めは苛烈で容赦がない。
力のはいらない『菜々』たいして二人の痴女は、
マシュマロのような胸をもむ。
どぎつい口唇と舌で相手の口を犯す。
額に、首筋に、胸に、キスの雨を降らす。
お豆を、おまたをくじり、メスの液をにじませる。
うしろの孔に侵入し、哀れなウサギの腰を浮かせる……。
≪樹液がわき出て花が咲いたわ
あなたのは芽生えたばかりのアカシデ
指を苔のなかで動かせてね
そこには薔薇の蕾がかがやいている≫※
そんな一節を思い出しつつ、オレは時ならぬビアン劇場を横目にして、エビにオーロラ・ソースなどをつけて頬張りながら、ちんポジを直しつつ残り少ないモエを賞味した。
さすがに周りのテーブルから注目を浴びたのだろう。
フロア・マネージャーが静かにやってきて、オレに向かい眉毛をヒョイと上げてみせる。
オレが肩をすくめるのを見て、場数を踏んだこの中年男はすべてを察したらしい。
テーブルに身を乗り出して店の雰囲気を壊さぬよう、ささやき声で、
「『みほと』、『しをん』!ま~たお前たちか。カタギの
「でも、お客様はお悦びのようよ?ねぇ」
「そうよそうよ。お持ち帰り部屋行きよ」
マネージャーはため息をついて、
「どうなさいます――お持ち帰りしますか?」
『みほと』がオレのほおに顔を寄せ、
「お客さま、
「お客サマが初モノ召しあがらないなら、アタシたちが食べちゃうケド?」
オレは期待をこめたビッチ共の視線。
マネージャーのこちらを値踏みするような瞳。
それらを等分に見くらべてから、
「分かった、分かった。とりあえず救護所はあるか?ひとまずそこへ」
「わかりました。『みほと』、『しをん』。お客様を、ご案内して」
オレはネクタイを緩めると上着を脱いで『みほと』に預け、フラフラと力の入らない『菜々』を立ち上がらせた。そして肩を支えながらゆっくりとフロアを抜け出し、この店の楽屋裏へと足を踏み入れた。
* * *
「お客様ぁ?コッチ、コッチ」
悪戯っぽそうな『みほと』の表情。
『菜々』に肩を貸しながら、オレが廊下を進んでゆくと、どういうわけか次第に辺りの雰囲気は豪華なものに。『しをん』の
「え。『みほと』?――【トラ箱】に連れていくんじゃないの?」
「なーに言ってんだか。“ウラ”のヤリ部屋、使っちゃおうよ。この時間は、まだ誰も居ないの知ってるんだ♪アタシこないだ“ウラ”でヘルプに入ったから」
「あ、だからかぁ。あのクスリも、そのときにチョロまかしたね?アンタ手癖ワルいもんねぇ」
「シッ!お客さん聞いてるじゃん。ダレにも言いませんよ、ねぇ?」
オレは苦笑いして「そうだな」と言うしかない。
救護室に行くんじゃないのか、訊こうとしたが、このまま成り行き任せで店の“ウラ”を探るのもワルくない。
「あ!そうだ――お道具どうしよう?」
「ヤリ部屋にあるんじゃないの?ローターやバイブくらい、あるっショ」
「えー、この子ギチギチの“ボンデ”にキメて、覚めたときの絶望っプリ観察したいのに」
「クスリの効果は?」
「まだチョットは大丈夫なハズ」
「そっかぁ。じゃチョコっと調達せんといけんね」
「“ウラ”のアタシの知り合いにタノんでみるわ」
「や~ん、夢が広がりんぐ。どうしよう?やっぱオシリの拡張かなぁ?」
アマいわね、とせせら笑う『みほと』
「まずは上の突起や下のヒダに、デカいピアスをキメてやるわ」
「そうね、奴隷身分に堕ちた自分を思い知らせてヤリましょう」
前をいく悪女ふたりはこちらを振り向いてニンマリとわらう。
「あぁっ……このナマイキな娘が、どんな絶望的な表情をするか」
「そうね。淫らに手を入れられたイヤらしい格好の自分を鏡で!」
はやくもこの女たちは自分の胸を揉みしだき、反対側の手をドレスの中に。
「それを想うと……」
「あぁッもうイキそう!」
「ちょっと、『みほと』くん?私のスーツくしゃくしゃにしないでくれよ?」
言われた片方のフロアレディは、オレの上着に顔をうずめ、スーハーと深呼吸。
「あぁっ♪オトコの匂い……!ダメ……もうイグっ!イグぅぅぅッッツ!」
ブルブルっ、とドレスをまとう柔らかい身体がふるえ、グッタリと壁に背をつけた。
「もう!『みほと』ずーるーい!アタシも」
オレも思わず、
「ちょっとぉ。そのスーツ
などと、てんで勝手なことをわいわい言い合いながら先に進む。
そのうち、辺りはますます豪華な雰囲気となっていった。
緋色のカーペット。
うす緑なロココ調の壁意匠。
間をおいて廊下に並べられた絵画。
それに――なにか香料のような、甘ったるい臭い。
一つの扉の前を通り過ぎたとき、
一瞬。そこに別の気配が混じって、消える。
なんだ、とフラフラする『菜々』を支えながら首を傾げた。
強いてたとえれば……それは尿と女の愛液が交じったような……。
前をゆく二人のモノではない。それは扉の方から臭ってきたのだ。
好奇心を抑えきれず、オレは『菜々』を近くにあった花瓶台の上をどかしてそこに座らせ、オレは豪華な意匠がほどこされた扉のL字型ノブに、
ガシャリ、と音がしてL字は下まで降りた。
見かけに反してクソ重い扉が、なかば自然に開いてゆく。
――開いている!
さきほど
部屋の中は真っ暗だ。音のぐあいからして、けっこう広いらしい。
廊下からの乏しい明かりでは、とても奥まで見とおせない。
ドロンとした薬湯のような、けだるい雰囲気。
そして――部屋の奥で人の気配。
チャリ……チャリと重そうな鎖が鳴る音。
なにかのバイブ音が、バラバラに間を措いて。
口にさるぐつわを咬ませられた時のくぐもった声。
灯りをさぐろうと半歩部屋に踏みこんだとき、遠くの廊下で怒声と物音が響いた。
オレは反射的に身を引いて、目の前の扉を渾身の力で閉める。
気が付けば、なんとあのビアン二人組もいない。
「そこ
廊下の彼方で爆発的に湧きおこった騒ぎが、みるみるコチラに近づいてきた。
赤色のモップのようなものがイノシシのように突進してくる。
やがてその赤毛のかたまりはオレにぶつかり、彼我ともに吹っ飛ばされた。
「痛ッてェ……」
見れば、赤色のモップと見えたのは、一見して大きなカツラとわかるウィッグを付けた全裸の女だった。
いや、全裸というには厳密にいえば語弊がある。
両手首、足首にクロームに輝く
ガーター付きの黒いストッキングに赤いピンヒールだけを履いたすがた。
それが廊下の明かりに白い裸体をヌメヌメと身をよじらせて、なんとも幻想的な景色。
「助かった!よく捕まえてくれた」
あとを追ってきた白衣の男たちが女の両腕をつかみ、邪険に引き起こす。
洋物のAV女優のような、濃い化粧が目立つ面差し。
濃いアイシャドウが飾る目のあたりも、トロン――と白痴ふうに。
両乳房には施術の目印だろうか、マーカーで形と数字が精密に書かれて。
「アブなかった!手術室から逃げ出しやがって、クソ
「脳オペのまえで良かったよ。キミは――見慣れない顔だな?」
つかまった女が顔を上げた。
トロンとしたまなざし。
ふっくらとした顔つき。
色ボケしたような表情。
チョッと見にはアニメのジェ〇カ・ラビットのような。
と――長い付けまつ毛がフルフルとふるえた。
次いで、マスカラに濃く彩られた眼から涙がハラハラとこぼれ落ちる。
イヤらしく整形された肉厚の口唇が、わななくようにふるえて。
そしてようやく一言、ハスキーな声で
「ご主人さまァ……」
※ヴェルレーヌ「女友達」窪田般弥訳