試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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 それから。

 

 廊下を幾度も曲がりうす暗い通路をとおる。

 護衛のガードする大きな扉を抜け、殺風景な店の楽屋裏へ。

 ついには緩やかなスロープで、オレたちは地下らしき所へとむかう。

 

 やがて両開きの戸の前で、一行は止まった。

 と、内側から戸がひらきニコチン臭い空気がおしよせる。

 

 大部屋と言っていい中を一瞥し、オレはウッと息をのんだ。

 頭の中で【SAI】が鳴らした『仁〇なき戦い』のさわりが鳴り響いたような。

 

 部屋の中にはこのご時世、よくぞここまで集めたというほどの、一見して“武闘派”とわかる兄ィたちが集結し、恐ろしいほどの目力(めぢから)でこちらを(ニラ)んでいる。

 

 小男は悠然とその中に歩み入り、中央の大きなデスクにどっしりと腰を据えた。

 頭上には何のギャグか【誠意】という扁額が架けられて。

 

「さて。たしか“おり入っての話”というのが――あるのでしたな?」

 

 彼は、中に集う10人ほどの男たちを見回しつつ、

 

「さ、はじめてくれ。わたしがココの主人です」

 

 

             *  *  *

 

 

 『マゾ美』が、自分の裸をかくすために羽織るジャケットの前をギュッと閉じて、ひしとオレの腕に取りすがるのを感じる。

 

 ――よし……。

 

 それで覚悟が決まった。

 男は守るものがあれば強くなれる。

 

 オレは広間の異様な雰囲気にのまれないよう一つ深呼吸。

 そして、心に余裕をもたせるため、あえて磊落(らいらく)な態度をとりつつ、小男の方に、

 

「あのゥ。ココにいらっしゃる、()ッかなそうな方々は?」

 

 なんじゃボケェ!!

 コトバに気ィ付けんかぃ!!

 しばくど貴サン!分かっとンか!

 

 武闘派の兄ィたちから口々に凄みを込めた罵声がとぶ。

 

 ――うわァ……コイツら全員、まとめて轢き殺してぇぇ……。

 

 【SAI】ならば、よろこんでジョン・ウー風な鏖殺(おうさつ)をみせるだろう。

 あるいはひとり、またひとりと、ジワジワ消してゆくだろうか。

 たぶん、直近に見たシネマに影響された殺し方に違いない。

 その時のBGMは、一体どんなモノを使う気だろう?

 

 オレがそんな事を考えたときだった。

 一団の中から低い声が飛んだ。

 

「待てぇ。この男の目ェ――よぉ見てみィ?」

 

 一団のなかで、とくに強面な兄貴が周囲を制した。

 

「こいつ、カタギの目やないぞ?極道の目ェしとる」

 

 チッ、とオレは心中舌打ち。

 こんな時に【SAI】が居れば……。

 連中をまとめて異世界の馬糞にでも転生させてやるのに!

 

「……ホンマや。いまウチらに殺意むけよった」

 

 ピリッ、と大部屋の空気が引き締まる。

 ポン刀(日本刀)を抱えていたレスラー体型のひとりが、

 

「アニキぃ――なんヤの?このおヒト」

 

 小男が、オレに対して(?)と眉毛を上げた。

 オレはそれにうなづくと、ひと言。

 

「……『武蔵連合』」

 

 ザワリ、と大部屋の気配がカミソリのような鋭さをもって冷える。

 あからさまに、その空気には敵意と殺意がまじって。

 

 ほんとうに、この兄サンたちは判りやすい。

 まさに、ザ・武闘派という雰囲気。

 よく今の時代に存在してるよ。

 金融ヤクザが全盛の昨今。

 肩身セマかろうに。

 

「なんや“武蔵”の連中が、どうかしたんかィ(にい)チャン」

「おんどれまさか“武蔵”ィ言うんちゃうやろなァ?」

アッコ(あそこ)の糞ボケどもとウチらはチャウぞ?」

 

 オレは、言うだけ言わせてガスの尽きたところを狙い、

 

「“クラーケン”というガキ共の集団をご存知ですか?」

 

 そこでまたザワザワする兄ィたち。

 

「なんやソリャ。タコかいな」

「そういや『タッコング』言うンがおったなァ?」

「アホ、いつの話しとんねん」

「セブンかの?」

「『新マン』や、ちゅうねん!」

 

 そのとき兄サンたちの中から、

 

「あぁ『蔵悪拳』な。武蔵の連中がケツ持ちしとる、ガキどもの集団や」

 

 と、比較的若手らしい物知り風な声があがった。

 

「族あがりの半グレで、ヤンチャしよる連中やぞ?」

「その中の関係者とみられる少年が、今週の金曜。ここに入ってきます」

 

 意外な言葉に、兄サンたちは

 

「ガキが?アホぬかせ!」

「この店ナメたらアカんぞ?」

「紹介状もない鼻タレなんぞ、入店(いれ)るかい!」

 

 まてまて、とオレは気の早いこの兄貴たちをなだめつつ、

 

「じゃぁ――その紹介状が『武蔵連合』の手によって偽造されたら?」

 

 オレの言葉に一団は呆気に取られて。

 

「あるいは、武装して店の鐡柵(てつさく)を乗り越えて、入ってきたら?」

「……なんや、出入りィあるちゅうんか」

「先週、3件の通り魔事件があったことは、ニュースでもご存知ですね?」

 

 ここで、オレは今まで知りえた情報を一気に開陳する。

 

 目標の少年が、バニー・ガールの強姦を目当てに店へと来店する可能性も。

 オレは携帯に目標である糞ガキの顔写真を3Dでうかべ、一座にしめした。

 

 騒ぎがまたまた大きくなる。

 こいつら、まるでスズメバチだ。

 本能と反射で活動してやがる。

 

「コイツ知っとる!ツレの知り合いに強姦(つっこみ)かましてくれたヤツや」

「**町のクスリのシノギ、荒らしてるのも、コイツやろ?」

「武蔵ァ“メス牧場(ハコもの)”持っとるウチと違ォて、女に飢えてるさかいナァ」

「えげつないコトするモンやな。カタギ(バラ)したんやろ?」

「で――変装して、だれを()りに来るいうんや」

 

 オレは、数拍の沈黙。

 そして、じゅうぶん大部屋の緊張を引き付けてから、

 

「ターゲットは――この子です」

 

 オレは、白衣とともに脇に立つ『マゾ美』を示した。

 

「なんや、オモテ()の“人形”やないか」

 

 スキンヘッドの黒シャツ金ネックレスが、好色そうな目を輝かせる。

 いきなり注目された『マゾ美』は、全員の視線を浴び、身の置き所がないように。

 

 だが――どうしたことだろうか。

 

 その実、裸体で衆人の注目をあびることが、まんざらでもないような含み笑い。

 それが証拠に、スーツの下のガーター・ストッキングな肢体を、前をチラリとあけてみせ、乳首のリングまで披露して。

 

 オォッ、と脂ぎった男たちの肉食獣な目つき。

 

「えぇやん!この子ドル箱になるで?」

「はよオッチャンの真珠チ〇ポ、試させてェナ」

「アホ。そないな素チン、やくだつけェ」

「しゃぶらせたなる口唇やナァ」

「ドク、もうクスリ漬けにしたンけ?」

 

 いえ、まだですと白衣の片方。

 

「いまは矯正洗脳の初期段階で、つぎにもう一度店の機械をつかって――」

 

 小男があわてて咳払い。

 

「話がそれたな。それで――キミはどうして欲しいんです?」

「この糞ガキの身柄が欲しい」

 

 ズバリ、ひとこと。

 ザワついていた大広間は、オレの言葉に再び静まりかえる。

 

「つまり、どういうことかな?」

 

 小男が、あくまで平静を保って、ヒソヒソ声のような勢いで尋ねた。

 それに対し、オレも声に感情を含めず、淡々と、

 

「言った通りですよ。こいつの身柄です」

「ほぉ?」

「このガキには、過去に何度も良家の娘さんが泣かされている――自殺をした子もいる。代償は、払わせないと」

「なんや、始末屋(ヒットマン)かいな」

 

 スキンヘッドの男が、ブツブツとオレの顔を見ながら、

 

「どこの組のモンや?ヒトん()縄張(シマ)で、勝手なマネさせへんぞ」

「ですから――こうして“ご注進”と“お願い”にアガっているワケです」

 

 イケませんな、と小男が断じるように、

 

余所(よそ)モノに、勝手はさせません。コイツの始末は、ウチでつけます」

「もちろん、ソレはかまわない。ただし()()()()()こちらに渡して頂きたい」

「処分はソッチでするちゅうンか」

「ホレ見ぃ、オレの言った通りや。コイツただ(モン)やないぞ」

 

 さっき、オレのことを「極道の目」といった声が、ドヤ声で。

 小男は、醜悪な顔をさらにゆがめ、机の向こうで何事か考える風。

 やがてフト、思いついたように、

 

「そういやお客人、その「人形」をほしがっておられたな?」

「私が欲しいんじゃない。ただ少しでも縁を持った娘が、人形やらメス奴隷とやらにされるのは、寝ざめが悪いものでね」

「さっきも言いましたが。その子にはもう資本が、かなりかかっています」

「ですから、こうして“情報”で、代金をお支払いしているワケですよ」

「500万ぶんの情報(ネタ)とも思えませんが?」

「もちろん――まだ情報はあります」

 

 なんヤさっきから!もったいぶって、と一団の中から(イラ)つく声。

 

「サッサと言うてみィ!」

 

 ほんとうにコイツらは武闘派だなぁ、とオレは呆れる。

 まさしく前世紀の遺物というやつだ。

 フロント企業や金融ヤクザ全盛の昨今、これら兄ィたちの出る幕はあるまいに……。

 

「その子の親。かなりの実力者ですよ?」

 

 だから?と小男。

 

「重要な人物の娘が、メス奴隷に手術・洗脳され、こんなトコで尻を振る」

「結構なコトじゃないですか」

 

 相手のゆがんだ表情が、満足そうに。

 ぶ厚いくちびるの端から、ヨダレをにじませて。

 

「それを元に強請(ゆす)れば、新たなパイプの出来上がりだ」

 

 一団から、下卑(げび)た嗤いの気配。

 

「話によれば、この子には姉が居るそうですな」

 

 小男はさらに言いつのり、『マゾ美』に歩み寄ると、オレのスーツの生地を調べるフリをしてして、前を少し開けた。

 シミ一つない白絹のような肌が、兄ィたちの目に。

 

「どうだろう?いっそおネェさんも、乳首にピアスなどをさせてみては」

 

 小男の言葉の尻馬にのって、調子づいた兄ィたちが、

 

「そりゃエェなァ。姉妹丼や!」

「おねぇチャンの方もドエロく改造したらえぇわ」

「きっと映えるでェ?この娘の姉サンやもの!」

 

 オレは、おおげさにタメ息をついてみせてから、

 

「そうなったら、ココは破滅ですねぇ……」

「なんでや、兄ィちゃん」

 

 オレはスキンヘッドの方を向き、

 

「というのも、その子の父親の、さらにバックが強力なのです。反社団体をツブす契機(きっかけ)が手に入るなら、おそらく平気でその父親を“切り”ますよ……」

 

 半分は、ハッタリだった。

 しかし、バックにいる人物は、弁護士事務所に直接カミナリを落とせる位なのだ。

 当たらずといえども、遠からずだろう。

 

「ひょっとして……」

 

 小男にその先まで言わせず、オレは人差し指を立てた。

 

「あなたの思っている地位の、もうひとつふたつ上を想像してください。裁判所にも、直接圧力をかけられる位のコネですから」

 

 さきほどまで、『マゾ美』の裸エプロンならぬ裸スーツにヨダレを垂らさんばかりだった(あに)ィ達だが、オレの話でこんどは一転、首から下げた漬物石のように、彼女を厄介者扱いにする空気。

 

「どうしたらエエんや?」

「素性ハッキリせんものを雇うからやろ!」

「はよ対策立てんと!金曜にァ、経団連のお客さんたち来ンのに」

 

 なぜだかオレにはピンときた。

 

 アンブッシュされた茂みの予感。

 “シンバ隊”※くずれの、ひくい合図。

 蟻塚の陰に隠された、75mm無反動砲……。

 

 ――そう、あの時も偽装された現地の案内人によって、部隊は死のワナに……。

 

 そんな出どころ不明な記憶がチラッと浮かんで、消えた。

 オレは背筋をのばし、部屋の中にいる兄ィたちを悠然と眺めわたす。

 どいつもコイツもアホ面しやがって。これじゃ何かあったら一発じゃないか。

 

 ヤレヤレだぜ、と()はおもむろに、

 

「その経団連の客たちって……以前(まえ)からの顔見知りなのかね?」

「いや?先日、ある方面から依頼された団体のお客サンですが?」

「人数は?」

「10人ぐらいと聞いてますが……」

 

 オレは()ッと小男をみつめる。

 バカだね、おまえはという笑いをこめて。

 すると、次第に相手の表情(かお)は、愕然としたものになってゆき、

 

「まさか――そんな……?」

 

 

 

 




※1960年代、コンゴ動乱で鳴らした反政府部隊。

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