試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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 そして――金曜の晩になった。

 

 午睡から目覚めたオレは、長くなった夕陽を浴びつつ、念入りにヒゲを剃る。

 熱水と温水のシャワーを交互に浴び、気合を入れ、鏡の前の自分の顔をニラんだ。

 

 ――勝負だぞ、マイケルとやら……貴様の本気を、見せてみろ!

 

 風呂から上がり、持っているスーツの中で二番目に良いものを着る。

 一番いいスーツは、先日の晩に香水まみれどころか“得体のしれない液”で一部カピカピにされてしまったので、仕方なくクリーニングに出したのだ。

 

 (これ、何のシミですか?とクリーニング屋の姉サンに訊かれた時の恥ずかしさったら!)

 

 しかし、特別な身なりはココまで。

 腕時計は荒事に備えて普段使いにもどし、現金もそんなに持たない。

 先日の晩は会計が80万円を突破したが、得られた戦果を思えば出来の悪いラノベのような上々の首尾だった。

 

 オレは一度事業所にもどるとトラックを借り出し、【SAI】の問いかけにも応えないまま街を黙って走って、【Le Lapin Rouge 】(紅いウサギ)の駐車場係に指定された目立たない場所に停める。

 

『いよいよ今晩決行ですか?マイケル?』

「……あぁ、そうだな。お前も……」

『はい?』

「お前も、ここから周囲を張っていてくれ」

『了解しました。最近は出番が少なかったから、わたしもヤキモキしてたところです』

「“管理当局”とひと悶着あったからな。なにかあったら知らせろよ?」

ヤボォール(りょうかい!)ヘルコマンダール(隊長どの!)

 

 ――やれやれ、コイツ今度はナニを観たんだか。

 

 パーキング・ブレーキを引く音が、いよいよ決戦開始な風味を告げる。

 オレは耳に【SAI】との連絡を保つためのインコムをつけ、トラックを降りた。

 

 金曜の夜。

 

 繁華街は、沸き立っていた。

 さまざまな電飾(ネオン)や、モニター。LEDのきらめき。

 店先で景気よく手を打ち鳴らし、呼び込みをする黒服の声。

 店へといそぐ、OLが着るには派手な、水っぽい格好をした“夜の蝶”たち。

 

 そんなお目当ての女性と同伴出勤の途中だろうか。

 若い娘に腕を取られて道をゆく中年サラリーマンが、ヤニ下がったシマリのない顔で。

 

 ――ふぅっ。

 

 夜の空気。

 さすがに緊張する。

 もしこっちの読みが外れたら一巻のおわり、いやそれ以上だ。

 ガラスの向こうで装具を固着させられた美女たちのイメージが頭からはなれない。

 

 

 『紅いウサギ』の仰々(ぎょうぎょう)しい鉄柵には、面識のない二人の黒服が立っていた。

 しかしオレが入り口のに歩み寄ると黙ってうなづき、耳のインカムで連絡をとる。

 中から内庭担当の上級な案内役がきて柵をあけ、オレを引き継いで店内へと導く。

 

 まだ客もチラホラなフロアを抜け、

  ひとけのない廊下をしばらく歩き、

   この前とは違う奥まった部屋に通された。

 

 そこにはモニターが何台もならび、店内のあらゆる場所をこきざみに巡回で映している。

 サテン・ホワイトの光沢ブラウスを着た女性たちがヘッド・セットを付け、その前で監視をしている光景。

 

「やぁやぁ“マイケル”さん。おいでなさいましたな?」

 

 小男が、この前の兄ィたちに囲まれながら、女性の監視要員を背後から観る位置に据えた小卓で上機嫌にオレを迎えた。

 

 上機嫌のハズだ。

 

 小卓の上には、シャンパンが三本。

 二本はバカラのシャンパン・クーラーに刺さり、

 一本はすでに小男の手に握られ、半分ほどが空になって。

 

「相変わらず、佳いお召し物ですな――この前ホドじゃないですが」

 

 さすが。小男の目利きにブレはない。

 相手はと見れば、カッティングしたてのような冴えたスーツ。

 おそらくオレと競ったのだろう。ヤクザらしく、見栄っ張りなところがある。

 

「そりゃ、今回は荒事が控えているかもしれませんからね。そうそう良い()は着てこれませんよ」

「ウン、まぁ。そういうことに。しておきましょうか?」

 

 小男が醜怪な顔をしてやったりに歪め、美しい歯並びを見せる。

 簡単な身体検査をうけたのち、オレが小男の卓に座ると、

 

「どうですか?――ひとつ」

 

 相手はボトルを掲げてみせる。

 おそらくビンテージ年のものだろう。

 しかもヤツが直々に飲む代物だ。一体幾らだか。

 

「いえ、自分は車を運転(ころ)がして来ましたから」

 

 なんと!?とこの小男は目をむいた。

 

「そりゃ非道い!【Le Lapin Rouge(紅いウサギ) 】にハンドルを握ってお越しとは」

「ヤバイことになるかもしれないんですよ?酔ってなんか居られませんて」

「ここをドコだと思っておられる?わたしの館ですぞ?」

「……“館モノ”の最後って、どうなるかご存知ですか?」

「館モノ?なんですかソレは」

「いや、こっちの話です」

「フム、まぁいい。あとは向こうが現れるのを、待つだけですな」

 

 小男の口ぶりが丁寧だ。

 こちらを一風変わった常連として認めたらしい。

 

「こちらの手勢は、ここに居る方々のみで?」

「いや、別室に1ダースばかり控えとります……しかし、わたしだけ飲むのも間が持たない」

 

 おいアレを、と監視室の片隅にひっそりと佇んでいたチャイナ・ドレスの女に小男が命令。すると、女はどこからか象牙製と見えるチェス盤を捧げ持ち、テーブルに据えた。

 

「営業“だった”そうですな?――しかもヤリ手の」

「まぁ、そうですね」

「で、奥方に逃げられて、現在は独り、と」

「否定はしませんよ?」

 

 ゆずられた白い駒を並べながら、おれは素知らぬ風で。

 こちらの経歴を調べたと見える。

 だがヤクザ風情のコネで、どこまでオレの現在(いま)に食いつけるか、逆に興味があった。

 

「なら、わたしが警察(イヌ)がらみの人間じゃないことも、お分かり頂けたハズです」

「そう……そして相当なコネをお持ちのコトも、ね?」

 

 鷲ノ内医院コネクションのことを言っているのだろうか。あるいは別の?

 

「単なるケチな勤め人ですよ」

「物流関係らしいですな」

「まぁね?」

「失礼だが、身元を洗おうとして――果たせなかった」

「ほう」

 

 おそらくどこからか横やりが入って、自分の勤める事業所までたどり着けなかったと見える。

 それがどこなのか、こちらが知りたいくらいだった。

 駒を並べ終えた我々は、卓を挟んで黙然と向き合う。

 

「わたしは――ドコのどなたと対峙しているのかな?」

「世の中をニクむ、間抜けな「寝とられ男」とですよ」

 

 初手の駒をうごかす。

 

 チェスについては海外に派遣されたとき、ヒマをもてあます地元の没落貴族から手ほどきを受けたものだ。単なる貧乏老人の趣味と思ってお情けに付き合ったのだが、じつは尾羽打ち枯らしたようなその人物が、地元の“顔役”だったというしまつ。

 

 まったく人間、なんでも経験しておくべきである。

 いつ、どんなときにその経験が役立つか分からない。

 

 オレは今は亡きジィさんの得意技だったルビンシュタインの筋を思い出しながら応戦。

 盤面をニラむ小男も(フム……)と長らく考え込むようにして、

 

「しかも、なかなかの趣味をお持ちのようだ……」

 

 応じ手は、過去の譜面の通り。

 

今宵(こよい)、貴方がお()りにならないのが、残念だ」

「今晩は決戦の日ですからな。こうして駒を動かしていも、どこか集中できない」

 

 オレは、ミスった手をうった時の予防線を張る。

 白と黒の精緻な象牙製な駒が、盤面を争って。

 

 それからどれくらい経ったか。

 

 飲みかけのボトルが空き、シャンパン・クーラーから三本目が滴を切って引き出され、それも半分空いた頃合いだった。

 そろそろコチラのキングが危なくなってきなと思った時、【SAI】からの連絡が入った。

 

《マイケル。店舗の建屋右手に侵入者です――3人。何らかの装備を背負っています》

 

 オレはモニターの並びを監視する。

 

「どうしました?あなたの番ですよ」

「ちょっと待って下さい」

 

 ――右手、右手……。

 

 と、一人の女性オぺーレーターが、モニター画像を一か所飛ばした。

 そこに一瞬、黒い三人の影が見えたような気が。

 

「まった!いまの画角、その18番と書いてあるモニター、もどして!」

 

 画像をトバしていた女性オペが(チッ……!)と舌打ちする気配。

 となりに座っていた者が手を伸ばし、コンソールを操作するや、こちらを振り向いて、

 

店主(ヂェンチュ)、侵入者です!右翼二階のバルコニー。3名!」

 

 コブ付きのザイルを使い、荷物を背負って張り出しを登る黒い影が、ズームで。

 練れた動きとスムーズさだ。

 まさか本職(自衛隊)を雇ったワケでもあるまい。

 あるいは、退職した本職のレンジャー()()()()

 

「ホントに来やがった!」

「太ェ野郎どもだ!」

「畜生!ただぢゃおかねェ!」

 

 等々、ののしり騒ぐ兄ィたち。

 それを制し、小男は悠然(ゆうぜん)と、

 

「ラフォルグと浜治に、手勢を五名つれて向かわせろ」

 

 とりあえずオレはホッとする。

 ほんとうに来てくれた。

 これであの得体の知れないガラス箱に入れられずには済みそうな。

 

 その時だった。

 

 燃える小屋の煙をかき回すローター音が、オレの耳に響いた。

 本隊の攻撃をかく乱させるためのアンブッシュ。

 周囲に跳梁する敵の独立戦闘ユニット。

 

 ――そうだ……あの時も……!

 

 ()の中で一瞬血が沸き立った。

 思わずイスを倒して立ち上がり、部屋を出ようとする一団に、

 

「まだだ!まだ――手を出すな!」

 

 思わず応戦を指揮する小隊長のような口ぶりで一喝する。

 

「……なんですと?」

「いまは、侵入者が配置についたところだ。監視だけにしておけ!」

 

 不思議な感覚。

 俺のなかで、閃きが次々とうまれる。

 

 浸透作戦の前哨戦だ。

 おそらく敵は相当手馴れている。

 あるいは軍事的なアドバイザーでもいるのか。

 

「ヤツらは外と交信しているハズだ。侵入成功の合図がないと、本隊が入ってこない」

「いったいなにを」

「口を閉じて命令に従え!!」

 

 俺はイライラとそう叫んだ。

 小男は、こちらをまるで、

 

 (得体のしれないヤツ……)

 

 とでも言うかのように、上から下までながめる。

 次いで腕組みをして唸りながら、出口でウロウロする兄ィの集団に、

 

「……行動はしばらく待つよう伝えなさい。コチラ側で、追って指示します」

 

 兄ィたちは戻ってくると、怪訝そうな顔で俺を見た後、モニターの画面を声もなく眺めた。

 その中で荷物を持った黒づくめの三人は、まるで勝手知ったるような図々しさでしなやかに動くと“美女シリ〇ズ”の天〇茂よろしく黒装束を脱いでスーツ姿となり、それぞれ近くの小部屋へと隠れる。

 

「……おまけに内部の配置は、敵にバレているようだな」

 

 俺は倒した椅子をもとにもどし、ドッカリと座り込んだ。

 兄ィたちの、多少畏怖をふくんだ俺を見る視線が心地いい。

 そして僧正(ビショップ)を手に、俺は件のオペレータを確認しつつ小男に知らせる。

 

「ご主人。つぶされたモニターがないか、チェック。巡回画像は手動でトバさないようオペレーターに指示してくれ。それと美香子……えぇと『美月』、いや『マゾ美』をココに呼んでくれ。ヤツらの狙いの一端は彼女だ。目標は手もとで保護しておきたい。あぁ、彼女が腰につける名札だが“『美月』”でないとダメだぞ?ところで――」

 

 オレは騎士(ナイト)を取られた代わりに相手の(ルーク)を襲いながら、

 

「店主。この建屋、防火設備は大丈夫なんだろうな?」

「……と、おっしゃいますと?」

 

 配下に電話で指示を伝え終えた小男は、向き直ると何か(ひる)んだような顔をしてこちらを見た。

 俺はそれを相手にせず、監視画像をとばしていたオペレータをじっと眺める。

 ポニーテールの、チョッとカワイイ子なのだが……。

 

「おそらく奴ら、火をつけてくるぞ」

「は!?」

「敵は混乱に乗じて、美香――『マゾ美』を奪う計画だ」

 

 そういうと、脳筋な兄ィたちはまたワンワン騒ぎ始める。

 

「そうはさせるけェ!」

「ぶっちめてやらァ!」

「“武蔵”のヤツラ、ただぢゃおかねぇ!」

 

 まて!落ち着け!とオレは兄ィたちを制した。

 

「ここでヘタに動いたら、何もかも台無しだぞ!」

「……じゃァ、ダンナ。どうすればイイんで?」

 

 兄ィのひとりがブスっと

 

「ヤツら早くブッちめてぇッス!」

「慌てなさんな。たっぷりカタぁつけさせてやるから……」

 

 俺は、自分でもどこから出てくるのか分からない余裕をもって、今後の対応策を脳筋のお兄様方に指示する。

 終わったあとの、全員の頷き。

 それはまるで地獄の悪鬼が襲撃の機会を手ぐすねひくように。

 

「いいか?諸君。反撃にはスピードとタイミングが重要だ、頼むぞ」

「オイすー!」

「任してくんなせェ」

「ひさびさにウデがァ鳴るの」

 

 最後にはサンマ傷を顔に奔らせた兄ィの嬉しそうな声。

 それから二手、三手。対応策を指示していると、黒服に連れられて『美月』がやってきた。

 

「ご主人さまァ!」

 

 

 ネオジム磁石で留められた豪勢なボリュームの赤髪をふりたてて、バニー・ガールが絨毯の上を駆けてくる。

 エナメル地なワイン・レッド光沢の具合がテラテラと。

 ボディの起伏をギッチリと縛り、各部を扇情的に盛り立てて。

 彼女はニコニコ顔で俺のかたわらに膝まづき、しなやかな肢体をネコのようにすりつけ、信頼しきった瞳でオレの顔を見上げる。

 

 整形手術とクスリの腫れ具合が引いたのだろうか。

 ポッチャリ気味だった顔の輪郭が、すこし収まった。

 だがジェ〇カ・ラビットめく印象と化粧はかわらない。

 そして――ボッテリとした肉感的な口唇は、そのままに。

 

「ご主人さまァ……」

「だいぶ、処置の効果も落ち着いたようですな。合併症もなし」

 

 うんうんと満足げに小男が頷いた。

 兄ィたちの何人かが、さりげなくチンポジを直す気配。

 

 全体的にみても、これがあの初々しい美香子とは思えない。

 完全に水商売の(おんな)へと改変された、いかにも男好きのする娼婦。

 イヤらしくメリハリの利いたボディは、ダッチ・ワイフを連想させる。

 あの轢殺目標が現れたとして、うまく彼女に目をつけてくれるか、心配だ。

 

 俺は『マゾ美』に改造された哀れな女子高生のほおを、やさしく指でなでた。

 

 ――アイツが……詩愛がこの子を見たら、なんと言うか……どんな表情(かお)をするだろうか。

 

「その()が初期に受けた洗脳施術、我々の系統とは違うので、どうも完全な除洗は難しいですな――王手(チェック)

 

 『マゾ美』が勝手に俺のチャックを下ろそうとする手をやんわりと遮りつつ、

 

「いいか?『マゾ美』。今夜キミは『美月』にもどれ。そら、その名札もそう書いてあるだろ?」

「いやッ。『マゾ美』のほうがいいのッ」

「これは“ご主人様”からの命令だ」

「……はぁぃ」

 

 頼んだぞ。フロアであのガキに呼び止められ、アタシ『マゾ美』ですなどと言われた日には、目論見がすべて狂ってしまう。

 

「よぅし、イイ子だ……」

「どうです。ウチの商品は。なかなかのモンでしょうが?」

「“武蔵連合(あいて方)”も施術者を揃えて、こういった娘をそろえ、同じような店を作ろうとしているのでは?」

 

 オレはクイーンで王手をかけてきた相手の騎士(ナイト)をとる。

 

「さもなきゃ、今回のような行動は起こさないでしょう」

人材(ヒト)が、おりませんな」

 

 小男が兵士(ポーン)を動かし、オレのクィーンを狙う。

 

「箱モノとカネは揃うでしょうが」

 

 そうはさせじと(ルーク)で潰して。

 

「この店だって、基盤を固めるのに数年かかったんだから」

「この店が燃えたら、人材はみんなそちらに行くでしょう」

 

 オレは白黒入り乱れる盤面を眺め渡し、

 

「すでに……内通者が居るようだ」

 

 相手のビショップを透かして、例のポニーテールな女性オペを見やる。

 

「そうはさせません!王手(チェック)――メイト(詰み)

 

 しまった!

 うっかりしていた。

 内通者に、気を取られた。

 オレは渋々自分のキングを倒す。

 

「だと……宜しいのですがね」

店主(ヂェンチュ)、予約のォ団体様でスぅ。お通ししますぅか?」

 

 オペレータの一人が、怪しげなイントネーションで通知する。

 

 俺は『美月』を押しのけ席を立つと、モニターのならぶコンソールへ。

 

 見れば入り口で、黒服二人が来客一団の先頭の者と話をしている。

 その中の一人。髪を黒く染め、スーツなどを着ているが……。

 

「オペレーター!この右端のヤツ、ズーム」

「え……」

 

 オペレーターの女性たちがとまどう雰囲気。

 小男が、広東語らしき言葉で再度命令。

 言われた通りに画面が変化。

 

 真ん中分けのジェルで固めた黒髪。

 似合ってないメガネ。

 ターゲットに、なんとなく似ているような。

 あまりに変わって一見しただけでは分からないが、ヌキ衣紋(えもん)となった微妙に合わないサイズのスーツなど着ているところは「振り込めサギの受け子」じみたウサん臭さがプンプンしてやがる。

 

「コイツかもしれません――おそらく例のヤツです」

「ホントに?確かなスジからの、紹介者だったんだが……」

「じゃぁ、その“確かなスジ”とやらをお疑いなさい。ソイツは敵だ」

 

 判断を仰いだオペレーターが困り顔で振り向き、

 

店主(ヂェンチュ)――?」

「中にいれろ」

 

 鉄柵の内側。

 招き入れられた一団の中で、一人が携帯電話をかけ何事か話している。

 そして――通話を切った。

 

「いいでしょう。2階の三人を――始末してください」

 

 オレの指示に、小男が兄ィたちに向けアゴをしゃくる。

 ソレッ!とばかり武闘派の筋肉ダルマな猟犬たちは部屋を駆け出して行った。

 

 ――なるべく静かに行動してほしいんだが……アレじゃ夜間攻撃はムリだなぁ。

 

 モニターを見ていると、侵入者が隠れた小部屋にむけて、分散した兄ィたちの一団が殺到してゆく。あっと言う間に勝負はつき、ボコボコにされ気を失った侵入者たちが部屋から引き出され、後ろ手に手錠をかけられるのが見えた。

 

 ややあって、モニター部屋のスピーカーに連絡。

 

『アニキぃ、確保しました。ヤツら灯油なんか持ってやがった!畜生』

 

 小男の地の顔が、浮かび上がった。

 奇怪な顔が、憎悪にゆがむ。

 

「地下牢に連れていけ……じっくり()()()()やる!」

 

 別のモニターには、入店した一団が“表”のフロアにつき、大きな(テーブル)をわが物顔に占拠するところが見えた。

 尊大な調子で、さっそく高価な酒と料理を次々に注文する声が聞こえる。

 

 なぁるほど、と俺は笑った。

 

「どうせ支払いは発生しないと思って、タダ酒を飲むつもりだな」

「こういう連中は、そもそも酒飲みの風上にもおけません。断じて許せませんな!」

 

 小男は食いしばった歯のすき間から火を吐きそうな勢いでモニターを眺めて。

 頼むから落ち着けよ?と俺は相手を制しつつ、

 

「拘束した3人の携帯に、注意。そのうちOpen Fireの指令があるはず。ただし、十分飲み食いしたあとだろうが」

「なるほど……卓見ですなァ」

 

 もはやコチラに対し、完全にカブトを脱いだ感じの小男だった。

 だが俺は緊張を緩めず、上機嫌で飲みだしたモニターの中の一団を眺める。

 思った通り、例のひとりは誰かを探すのか、妙にフロアをキョロキョロと落ち着きがない。

 

 さて、とオレは手をうちならし、足元にしどけなく横座りとなってスーツの膝に寄りかかっているワイン・レッドのエナメル・バニーを見下ろすと、

 

「マゾ美――いや『美月』。オマエの戦場だ。モニター見てみろ」

 

 ワイン・レッドのバニーは、オレの股間をサワサワしながらダルそうに画面を流し目で。

 

「あそこでソファーから立ち上がって、周りのバニー・ガールを物色してる間抜けが居るな?ヤツのそばを、いかにも注文を受けて忙しいという風に通ってみるんだ」

 

 旦那、と小男の護衛に残っていた兄ィの一人から声がかかった。

 

「あのガキぃ、イワすのはアテ()でっせ?」

 

 オレは『美月』の腕を振りはらうと、立ち上がって相手に歩み寄る。

 いつのまにか、自分が轢殺モードになっているのを、俺は悟った。

 

「生きたまま、渡してくれねばイカんぞ?」

「保証できまへんな」

 

 その時、自分でもどうしたのか分からない。

 気が付けば、この武闘派の兄ィの金チェーンが揺れる胸倉を掴んで、自分の方に引き寄せていた。

 

 

 サバンナの草と土の匂いが鼻の奥に。

 

 ヴィニュロン短機関銃の軽い音が耳元で。

 

 死体の脂肪がパチパチと泡立って燃える気配。

 

 明晰夢の中で経験した、血なまぐさい“5月動乱”?

 

 それとも、過去にアフリカかどこかで嗅いだ時のものか?

 

 もはや夢と現実の経験が渾然一体となり、全く区別がつかない。

 

 

 部屋に緊張が満ちた。

 

 小男の護衛に残っていた他の兄ィたちは数舜、この状況に呪縛されたように。

 ややあって、部屋のどこからか、

 

「なンや――あのガキを救おうとしてるんかい?」

 

 オレは声の方を見やる。

 そしてゆっくりと首を振り、この兄ィの胸倉を放すと、

 

「ヤツを殺すのは……“俺”ってことですよ。それを間違わないで頂きたい」

「メス奴隷『美月』はどうすればイイんですかぁ?ご主人さまぁ」

 

 鼻にかかったような甘え声。

 それが一座の雰囲気を元にもどした。

 

「……なんや、モテよって」

「えぇのう、ご主人様は」

 

 どっと和みかかるところをオレは苦笑しつつ「緊張しろ」と諭してから、

 

「おそらく通りかかったら、後を付けてくるだろう。そうしたら西棟へ向かう通路に誘い込め。あとは――この兄さんたちの出番だ。適当に痛めつけ、こちらに引き渡してもらう。侵入した3人は、そちらに任せた。殺すなり臓器を取るなり、スキにすればいい」

 

 凶悪な一団が(得たり)と同時に頷く気配……。

 

 


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