試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第20話:昼の受難者

              * * *

 

 

 

 そして――今。

 

 鷺の内医院に隣接する大きな私邸。

 どういうワケか、ふたたびオレはその応接間で、ふくれッ面をする『美月』――いや、ここでは源氏名ではなく“美香子”と呼ぼう――と肩をならべ、彼女の母親と、美しい目を吊り上げている姉の詩愛を前にしている。

 

 華奢なデザインをもつ壁の時計は14時を示していた。

 いろいろメンドウなことになりそうだったので、昼食の時間をワザと外したのだ。

 

 きわめて。

 極めて幸いにも、オヤジ――鷺の内医師――のほうは、今日まで学会とかで家を空けていた。

 まぁそれが美香子をワザワザ家に送る決心がついた理由なんだが。あのオヤジが同席する条件とあっては、この医院に近寄りたくもない。

 

 天井から凝った照明が下がる20畳ほどの部屋。

 あちこちにある象牙やヒョウの毛皮は本物だろうか。

 意外に“権勢趣味”というか、見てくれを重んじる性格が()て取れる。

 

「いったい何日家を空ければ済むと思ってるの!」

「だってぇ……お父さんが出てけぇ、って」

「ホントに出ていく人がありますか!」

「そぉ言われたンだもぉぉん。しょうがないぢゃぁぁん」

「プチ家出なんでもう流行らないわよ!それになに?そのしゃべり方は!」

 

 美香子は相変わらずどこか上の空な口ぶりで、のらりくらり。

 それに詩愛がジレて声を荒げ、応接間はケンアクな雰囲気なっていた。

 

 ――舌ピアスを外させておいてよかったな。

 

 姉妹の応酬(やりとり)を聞きながら、オレは密かに胸をなでおろす。

 

 ただでさえ厄介な美香子の立場が、家庭内でさらに浮いたことだろう。

 あとは風呂場などで、フトした拍子に乳首ピアスがバレなけりゃいいが。

 

 ――まさか、刺青(いれずみ)なんかしてないだろうなぁ……。

 

 姉と妹の噛み合わないやりとり。

 それを話半分に聞きながら、オレは美香子を眺めた。

 

 何にせよ、豊かすぎる赤毛が目立つ。

 ここに来るまでどれだけ注目を浴びたことか。

 往来や電車の中で、携帯カメラの気配が引きも切らなかった。

 どぎつすぎる化粧は、うす暗い店内では丁度よかろうが、白日のもとでは惨めにも。

 

 そんな性的なおもむきに改造されてしまった妹を前にして、『詩愛』は怒っているときの『シーア』そっくりな表情(かお)と剣幕で、

 

「まっ!たく!アナ!タは!……メイワク、ばかり、かけて!ホントに、もぅ!」

 

 座っている革張りソファーのひじ掛けを、言葉にあわせてバタバタと叩く。

 見覚えのあるイヤリングがキラキラと耀き、シルクめいた艶をもつ、普段着にしては妙に豪華な“ふくらみ袖付きブラウス”のタップリとしたフリルを飾る胸がタプタプと揺れて。

 

 ――シーアでは、こうはいかなかったなぁ……。

 

 母親の打ちしずんだ顔を横目に、オレは不覚にも彼女の胸もとをボンヤリと眺めた。

 

 あれは……いつだったッけか。

 エル・タリム川のほとりにある親族のエルフ村を訪問した時、ついウッカリ土産物を荷物の中に入れ忘れたときに見た彼女の剣幕に通じるような……。

 

 ハァッ、とため息をつきながら横を向きつつ、詩愛はヒートアップして汗をかいたのか、華やかなブラウスのボタンを優美な手つきで一つ、ふたつはずし、一粒のダイヤが飾られるプラチナらしきネックレス。それがしっとりと収まる胸もとをくつろげた。

 

「それに――マイケルさんのお(うち)にお邪魔してたんですって!?」

 

 オレのほうをチラ見して、やや声のトーンを落とした現代版シーアは、

 

「何日も何日も。ご迷惑じゃないの……恥ずかしい子!」

「いや、お世話したのは1日、というか半日だけなんです」

 

 3連休の初日。

 それにも関わらず、ガラにもなくヨソのお宅の家庭内で発生したモメごとの火消しに回ろうとした、お人好しでバカな自分を呪いながら、オレは姉妹の口論に割って入り説明をする。

 

「それまでは、そのぅ。知り合いの女友達の家だったそうですよ?」

「あら……それは……まぁ」

 

 そのひとことに、なぜか姉の剣幕が急にクール・ダウンして。

 気がつけば、美香子のこちらを見るうれしげな目つき。

 そして性懲りもなくオレのズボンのチャック周りをサワサワと。

 

「美香子!なんですその手は。マイケルさんからいい加減離れなさい!」

「このお方はぁ……アタシだけのご主人サマなんですぅぅ」

 

 そう言って、コイツはよせばいいのに羽振りのいいころに買ったオレの春物スーツへ顔を突っ込み、クンカクンカ。

 気のせいか、この様をテーブルごしに見る詩愛のボルテージが、また上がるような……。

 

 はいはい皆さん落ち着いて、と言わんばかりにオレは、

 

「とりあえず、今日この子に同道したのはですね。美つk――美香子さんが高校を辞められたということを聞いたからです。本当ですか?」

 

 主人が……と、ここでヤツれたような母親が、ようやく口を開いて、

 

「宅の主人が、怒っておりまして」

「その。あまり好ましくないところでアルバイトをしたことにですか?」

「それもありますが……」

 

 母親は涙に潤んだような目で、(みだ)らに改変されてしまった美香子を見つめた。

 

 しばらくの沈黙。

 沈鬱な硬い空気が辺りに漂い、きわめて居心地悪い。

 やがて、見るに堪えないと言わんばかりに母親は視線をそらせるや、

 

「こんな……“殿方の(なぐさ)みもの”のような(すがた)にされてしまって……」

 

 とうとう彼女の目から涙がこぼれ落ちる。

 

 しばらく豪華な調度品で飾られた応接室は、いたたまれない雰囲気につつまれた。

 ややあってから、姉の詩愛が妹の方にじりよると優しい声で、

 

「美香子?どうしてそんな――整形なんかしちゃったの?」

「……」

「――前のほうが、ズッと可愛かったのに」

「……」

「――お姉ぇちゃん前の“()っちゃん”が良かったな」

 

 姉の言葉にしばらく妹は黙っていたが、だって、とポツリひとこと。

 

「こっちの方がぁ……みんなカマってくれるモン」

「なんですって?」

「お父さんやァ、お母さん。親戚のぉ、ヒトまで……」

「うん」

「みんなぁ、おねぇちゃんばっか可愛がって……」

 

 そんなことないわよ、姉はとうとうテーブルを回りこみ、美香子のとなりに座って彼女の肩をやさしく撫でた。しかし彼女は「ウソだもん!」とその手を払いのけ、

 

「アタシがぁ、いくらガンバったって……みんな見てくんないモン!」

 

 エクステされた長いまつ毛がふるえ、パープルなアイシャドウに飾られる美香子の目に涙が溜まる。ぼってりした真紅な口唇(くちびる)が、いちどへの字に曲げられるや、

 

「アタシだって!ガンバったんだモン!お店に居ればぁ、みんな見てくれるんだモン!」

 

 そういうや彼女はソファーから立ち上がると、嗚咽(おえつ)をこらえながら足早に応接室を出ていった。

 

 沈んだ空気の中、詩愛がオレに頭を下げる。

 

「すいませんマイケルさん。いろいろお手数を……」

「いや、ナニ。私はいいんですがね?」

 

 オレはすっかり冷え切ったお茶を口に含んだ。

 

「部外者が言うのもナンですが。なんか、妹さんだけ扱いが……その」

 

 同じにしているつもりなのですがねぇ、と母親はレースのハンカチで目頭を押さえながら、

 

「いろいろムズかしい年ごろですから……」 

「お父上は、どうなんです?わざと厳しくしてたりはしませんかね?」

「宅の主人は、いろいろと理想が高ぅございますから、なかなか」

「私だって、そんなに父に贔屓(ひいき)にされているつもりはありませんのよ?」

 

 詩愛がブラウスの胸ボタンを元にもどしながら、

 

「むしろ怒られている方が多いくらいですわ」

「能力の高い方にはありがちなことです。とは言え……」

「私が暴行――いえ、もうハッキリ言いますわ。強姦されたとき――」

「詩愛、おまえ……」

 

 うろたえた母親の声。

 オロオロと、両腕を空にさまよわせて。

 

「いいの、お母さん。この方にはもう言ってあるの」

 

 それに対して、今はもう吹っ切れたような口ぶりで、

 

「この方は、すべて分かって下さったわ?だから私、なんだか(ゆる)されたような気がするの――それでねマイケルさん。妊娠検査で病院から家に戻ってきたとき、父が私に言った最初の一言が、なんだか分かります?」

「……いえ」

 

 やはりまだ苦しいのだろう。

 その時のことを思い浮かべたらしい詩愛の声が、すこしふるえる。

 

「あのね?「おまえにスキがあるから、そんなコトになるんだ」……ですって」

 

 応接間に、また沈黙が降ってきた。

 

 三者三様、バラバラの目線で、それぞれの思いにふけるありさま。

 オレは冷たくなった茶をまたすすると、

 

「たぶん、お父さんは悔しかったんでしょう。せっかく手塩にかけた娘が、こんな無情な仕打ちを受けるのが」

「あるいは――」

 

 詩愛がそのあとをすぐに引き取って、

 

「この強姦事件で、せっかくの有利な縁組がフイになり、相手の家の力筋(コネ)を利用できなくなって、怒っていたのかもしれませんわ」

「詩愛――それは不可(イケ)ません」

 

 母親があわてて(いさ)めた。

 

「それこそ邪推というものですよ?」

「どうですか。お母さんの妹の件だって――」

 

 詩愛!

 

 驚いたことに、母親が急に声をあらげた。

 それに対してフン、とばかりに詩愛は冷たくソッポをむく。

 上品な彼女らしくない風情。

 やはり姉妹か。ちょっと美香子に似て。

 

 ナニかありそうだと気づいたオレは、

 

「いったいどうなさったんです?――奥様らしくもありませんな」

「いぇ、ねぇ」

 

 お見苦しいところを、と母親は軽く首をふりながら困ったような微笑をうかべ、

 

「宅の醜聞に関するものですから……どうかご勘弁を」

「お母さんは、お父さんに忖度しすぎなのよ。いまは21世紀になって大分たつわ?言われっぱなしじゃ、女だっておさまらない!」

「詩愛――マイケルさんがご覧になってますよ?」

 

 マイケルさんだって、と彼女は(なお)も言いつのり、

 

「夫の言うことを、理不尽なものでもハイハイと聞く妻はどうかと思いますよね?」

「どうですか……」

 

 いきなり話を振られたオレは苦笑しつつ、とっさに、

 

「私は、夫を裏切らない妻なら、なんでもアリですがね……」

 

 こちらの履歴に思い当たったのだろう。

 ()ッ、という顔をして、目の前の女ふたりは打ち(もだ)す。

 我ながら、ナイス・リターンと心中ニヤリとしたオレは、

 

「では、私はお役目を果たしたようなので、これで。そして出来ればご主人に、あの子の――美つ、いえ美香子クンの復学を、認めるようにお二人からもお願いをしてみて下さい」

「申してはみますが……」

「でも、どうでしょう。あれだけ派手になってしまって」

 

 ふたりの女たちは顔を見合わせ、ため息をつく。

 

 と、こんな状況でオレの携帯が鳴った。

 音声通信。

 なんと事業所長の“アシュラ”からだ。

 

 ――やッば。なんかミスったか。

 

 交通費の清算をチョロまかして500円ばかり浮かし、ラーメンを食べたことが素早く頭に浮かんだ。あるいは監視といつわりマンガ喫茶で時間をツブして、日報をごまかしたことも。

 

「すいません仕事の電話です――ちょっと失礼」

 

 オレは母親と姉に会釈してソファーを立ち上がると、応接室から廊下にでた。

 

 そこで旅行用スーツケースを抱えた美香子とバッタリ鉢合わせ。

 なんて格好だよ、とオレはため息をつく。

 

 黒のガーター・ストッキングにショーツが見えそうなマイクロ・ミニ。

 肩まわりがレースでスケスケとなったハデな白ブラウス。

 大きくあいた胸もとから見えるゆたかな谷間。

 背中もえぐれて、ノーブラが丸分かり。

 ホルターネックがイヤらしい印象。

 

(オマエ――なんだって……)

(しぃぃっ!しぃぃぃぃぃっ!)

 

 携帯は鳴りやまない。

 しかたなくオレは美香子が逃げ出さないよう、彼女のハデ目なブラウスをひっ掴んだまま、

 

「はい……モシモシ?」

≪やぁ。お休みのところ済まないね、マイケル≫

 

 陽気な声の調子はラーメン――じゃない交通費精算の件ではなさそうだ。

 

「所長!いったいどうしたんです?」

≪ナニね?君が暴力団に引き渡したという、あの目標(ターゲット)だけどネ≫

「はぁ……」

≪ヤツが酷い目に遭っている映像が、もうすこし無いかナ?と思って≫

 

 はぁ?とオレは思わずスッとんきょうな声を出した。

 

「……所長が、ソッチ方面の趣味だとは知りませんでしたな」

 

 ちがァう!と“アシュラ”は不満そうに、

 

≪アレを見せた……その、一部の方々から、好評でね≫

 

 好評?

 一部の方々?

 頭を乱舞する「?」マークをなんとか押しのけ、

 

「私としちゃ、ハヤくヤツを轢き殺して次に行きたいンですがね」

≪場合によっちゃ、轢殺をキャンセルしてもイイとまで()()()いるんだよ≫

 

 ――おっしゃっている……だと?

 

 オレの本能が、何気ないその言葉に非常な違和感を感じる。

 何かまた、(くら)い楽屋裏の構造がすけて見えるような。

 どれ。もう少したぐってみるか……。

 

「いちおう「轢殺をあきらめる」って相手に提示できるンなら、交渉の余地は出てきますがねぇ……」

≪そうか!ありがたい≫

 

「でもね?にしても今回は、舞台が高級店だけに内偵と活動でヤバい橋ィわたって“100万以上”自腹切ってるんですよ」

 

 オレはサリげなく金額を強調した。

 正確に言えば、税・サ込みで¥1,118,500.-だ。

 オッと、黒服どもにやったチップを忘れていたぜ。

 

「ここまで来たんだ。コイツはオレの戦場です。中途ハンパは――やりたくありませんな」

 

 しばらく携帯の向こうで沈黙があった。

 やがて、

 

≪対象が目標から外れれば……相手と映像の交渉ができるンだな?≫

「まぁ手札は増えるんで、駆け引きはしやすくなりますがね」

≪では、やってくれ。それと領収書を持ってくれば“作戦活動費”で落としてやる≫

 

 ――へぇぇぇえぇ!!

 

 さすがにオドろいた。

 いったい何がソコまで?

 ちょっと興味の出たオレは、もうすこし突いてやる。

 

「マァ、イイでしょう。ンで?なにか要望はありますかね」

≪要望だと?≫

「どういったタイプの映像を、先方は望んでいるんでしょう」

≪……そんなコトができるのか?≫

「単なるムチ打ちか、あるいはもっと残酷な映像か。それとも――」

 

 と、オレは一拍おいて、

 

「こう“腐”の奥様方がよろこびそうな、美的な()()()()の映像か」

 

 ふぅぬ、とアシュラの唸り声。

 

≪……わかった。あとでメールを入れる≫

 

 お早くお願いしますよ、とオレはクギを刺した。

 

「今晩、ヤツのところに行ってオレの腹に風穴あけた“例の二人組”のことを聞き出す算段なんですから――拷問してでもね」

≪……コワい男だ≫

 

 そういって連絡は切れた。

 オレは美香子のブラウスを放すと、ヒソヒソな怒鳴り声で、

 

(ドコ行こうってンだ!?)

(お店の寮ぉだよぉ……今晩のお仕事のためにぃ、寝とかないと……)

 

 ふところから小男に渡したのと同じ名刺を一枚彼女に差し出すと、

 

(オレの部屋に、さきに行っとけ。オレも今夜、店にいく)

 

 ぱぁぁぁぁぁっ!と美香子は、顔から擬音が出るくらいの明るい表情。

 名刺を大事そうに豊胸された胸元にしまいこみ、コッソリ玄関の方に向かった。

 

「分かりました!えぇ、ハィ――ハィ――それでは」

 

 通話が終わったようなフリを大声で言うと、オレは応接間にもどった。

 部屋では相変わらず母と娘がなにやら思案顔で話している。

 

「どうも失礼。いろいろ忙しくて」

「本当に申し訳ありません」

 

 で、先刻の件ですが……と母親は話題をもどし、

 

「美香子の派手さが無くならない限り、やはり復学のハードルは下がらないのではと」

 

 先ほどまでの会話。

 オレは急いで思いだしながらフゥムと腕組みをする。

 

「……お父上の印象も改善しないワケですな?」

「せめていまの風俗嬢みたいな顔でなくなればイイわよね?おかぁさん」

「それは……そうですけれど」

 

 白衣の男たちの言葉を思い出しつつ、オレは、

 

「かといって、またあの顔にメスを入れるとなると、いったん完成をしたものを、また壊すわけですからな。美香子クンの顔がクズれて、グシャグシャな印象にもなりかねません」

「そんな!」 

「……まぁ」

 

 母親が、またも涙ぐむ気配。

 

「ただ、あのカツラやメイクを抑えめにすれば、そう不自然なものじゃなくなるはずですよ?」

「でもあの口唇(くちびる)は――手術されたものなんでしょ?」

「目もとの化粧だって、皮膚を強力に染められて抜けないとか言うじゃありませんか」

「お乳だって……あんなに不自然に大きくされちゃって……」

「分かりました――分かりました」

 

 女たちの波状攻撃な心配をさばきつつ、オレは話をクロージングに持ってゆく。

 

「とりあえず手術元に何とかできないか、聞いてきます」

 

 母娘の緊張した顔が、ホッとゆるむ。

 その様にオレは後ろめたさを感じながら、鷺の内邸を後にした。

 グッタリ疲れて腕時計を見れば、時間は15時を回っている。

 

 ――あの娘を家に送るだけのハズが、とんだ災難だぜ……。

 

 寮に戻ると、オレの部屋の前で『美月』が旅行トランクをかたわらに、しゃがみ込んで爆睡していた。今夜の営業を意識して寝だめしているんだろうか。そういや朝も朝食を食べたあと、昼までウトウトしてたっけ。

 

 揺り動かして起こすと、彼女は眠そうに抱きついてきた。

 女の子の匂いが、濃く鼻先にただよう。

 

「店には?何時に出勤するんだ」

「うふん……9時ぃぃ……ぃ」

 

 部屋の扉を開けるや、彼女はオレをふりほどくと、ピン・ヒールを危なげに脱ぎ棄て、寝室へフラフラ向かってゆく。

 ボスッ、と布団が鳴る音と、スプリングの軋む気配。

 あとからソッと部屋をのぞいてみると、ベッドにうつ伏せで倒れこんだまま、黒いレースのショーツに包まれた尻をマイクロ・ミニから丸出しに、早くも規則正しい寝息をたてている。

 

 ――さぁて、と。

 

 軽い上掛けを『美月』の上にかけてやると、オレは台所に行って冷蔵庫から缶ビールを引き抜き、もの憂げにリビングでタブを鳴らす。

 

 ――あの小男と、どう交渉するか……。

 

 やわらかな午後の日差しを受けながら、あれこれとメールの文面を考える。

 

 

 

 

 




次回。

第21話:「夜の訪問者」に――続く。

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