試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
余計な人間が去ったあとの客間は、奇妙な緊張に包まれた。
お互いに相手を凝視したまま、手持ちのカードをいつ切り出そうか、考える風。
「どうです?このコニャックは」
「悪くありませんね。ジャン・フィユーは良心的な銘柄だ」
「同感ですな。ときに――」
ここで小男は、いったん言葉を切ってから、
「贈りものは、届きましたかな」
「えぇ……きわめて奇妙な代物が」
もう思い出したくもない映像。
「孕めっ!」
「ニクン!」
「ホルヨー」
……などと罵られながら、肛〇をズボズボと〇される目標。
しかし今回の目的の一つが、この件だ。
避けて通るわけには、いかなかった。
そういえば、とオレはいきなり不味くなった酒をひとくち。
「ほかの襲撃者たちは――どうなりました?」
小男の顔に一瞬だけ、冥い笑みがよぎった。
「それについては「言わぬが華」でして、な」
小男はコニャック・ソーダを飲み干すと、今度はテイスティング用の小さなグラスを二脚取り出し、それぞれに生のブランデーを注ぐ。
メイドたちが用意していったチョコレート菓子に手をつけて、
「いかがです?おひとつ。それとも甘いモノは不可ませんか?」
「ブランデーとなら、嬉しいですね」
「そうでしょう」
我が意を得たりと言わんばかりに小男は相好を崩す。
それは奇妙な光景だった。
いずれも腹に目論見を抱えたふたりの男が、いっけん平穏そうに酒を傾けているんだ。
いつ、相手が切り出してくるか。それに対してどう対応するか。
細い鋼線のような緊張が、豪華な応接間めいた客室に張りめぐらされてゆく。
「さて、どうしたものですか」
小男がとうとう観念したかのようにタメ息をついた。
困りましたな、とオレもそれに応じる。
「正直なところ――」
相手は口中にひろがる
「マイケルさん。あなたはどうしてもあの小僧の命が欲しいのですか?」
――来たな……。
オレは困惑の表情を、ブランデーの香りを楽しむフリで、グラスの陰にかくした。
とりあえず、予備的な調査でオレは一歩はずして“威力捜索”をする。
「あのディスクですが……アレはあなたの趣味ですか?」
「滅相もない!」
小男はあわてて否定した。
「例の兄ィたちの趣味ですよ。ずいぶんと気に入ってしまったようで……」
「……イケませんな」
グラスを小卓に置くと、オレはソファーにゆっくり寄りかかって、非難するように相手の顔を
しかし――内心ではホッとしていた。
小男自体が“あのガキ”にご執心だと、今後の展開がチッとばかり難しくなる。
相手は奇怪な顔を哀しそうにくもらせて、
「どうしても“始末”したいとおっしゃる?」
「それが当初の約束でしたね?」
オレは尊大になって相手の怒りを呼ばないよう、ソファーから身を乗り出すと、
「ヤツが何をしたか。知らないはずはありますまい」
「…えぇ」
「少年法の陰に隠れて女性をおのれの欲望のまま暴行して」
「……」
「中には絶望して自殺した
小男の沈黙。
おれはそれに畳みかけるように、
「復讐を!彼女たちが叫びます。
――コレ以上、無辜の涙をながす娘たちが出ないように!」
復讐を!親御さんが叫びます。
――コレ以上、悲憤に身を焦がす親たちが出ないように!」
一介の兄キたちの趣味では――もはや収まらないのです!とオレはやや声を大きくする。
「いや――ごもっとも――ごもっとも……」
小男は、ブツブツとうつ向いて呟いた。
やがてなにを考え付いたか、その瞳にフイと輝きを取りもどし、
「では――では、あの小僧が!」
「ふむ」
「もう二度と女性を襲わない、襲えないとしたら……どうです」
「……ご説明を」
小男は卓上のボタンを押した。
ややあって、どこからかスピーカーが女性の声で、
≪コンシェルジュ・デスクです≫
「ワタシだ。『サムソンの間』の“馴致”記録を、持ってきてくれ」
≪かしこまりました≫
「いったいヤツは今どういう状態にいるんです?」
「完全に、我々の監視下にありますよ」
まったく、とオレはふたたびソファーに背をつけ、
「ヤツの玉をケリ飛ばして、
すると小男は何を思ったのか、小気味よさそうに笑った。
「どうしたんです?」
「いや、ナニね。残念ですが……それはもう不可能ですな」
「と、おっしゃいますと?」
目の前の相手は小さなバスケットからクルミをつまみあげた。
そしてオレの方を見ながら思わせぶりに器具をつかい――パキッ!
* * *
届けられた数個のメモリーカードに入った映像は、オレ的に言えば、
――またヘンなもの見ちゃった……。
この一言に尽きるだろうか。
まったくこの店に関わると、イヤな記憶が順調に増えてゆく。
同時にあの“人形”がどうやって作られるか、その一端が興味深くうかがえた。
・泣きわめきながら頭を剃られる轢殺
・全身脱毛。および頭皮には何かの薬液処理。
・手術室にて、ネオジム磁石をサイコロの目のように埋め込み。
――そして……。
ネグリジェを着せられ、暴れるところを寄ってたかって顔に「黒塗り処理」の入った兄貴たちに押さえつけられ、大の字なりにされたところで一人がピタピタと、これ見よがしに手のひらへ打ち付けるハンマー。
股間に向けて振り上げられ……一閃。
なにか柔らかいものがつぶれた音。
泡をふき悶絶、失神する
すぐさま切除の処置がとられ、赤黒くなった残骸は股間から切り離される。
「コレを暴行された娘たちに見せてやりたいものですねぇ……」
オレは映像を見ながら無表情に呟いた。
「あるいは、自殺で娘を亡くした親たちに……」
「マイケルさん。アナタも相当タフですなァ」
小男は、そんなオレを見ながら別の感想を持ったらしい。
「ふつうの人間なら顔をそむけるトコロなのに……いや、そうか。あなたはヒットマンでしたな」
場面と日が変わり、再度押さえつけられる轢殺目標。
何をされるのか分かったのか必死になって暴れるが、あのガチムチの兄キたちが束になって抑え込んでいるのだ。到底かなうハズがない。
こんどはつぶされても失神はせず、野獣めいた絶叫だけが響く。
ふと“俺”は以前にも、こんな光景をどこかで見たような気がした。
――そう、あれは……。
こんなキレイな手術室じゃぁない。
糞尿と血の気配が充ちるサバンナの中の掘立小屋。
男たちの恐怖と汗の臭い。
手回し発電機から延びる端子。
敵のスパイの尿〇と肛〇に突っ込まれ……。
ふたたび響く絶叫と、その時の光景がシンクロする。
耳もとでうるさいツェツェ蠅の羽音。
ローデシア人が嬉しそうに回転させる発電機。
裏切り者の絶叫と痙攣。黒人の白い足裏が苦悶にふるえて。
酒場から斉唱される、ナチのSS軍歌を改変したフランス語の部隊歌。
♪俺たちはどうでもいいのさ
賞賛されようが
呪われようが
俺はいつのまにか自然に口ずさんでいる。
♪部隊は前進あるのみ
悪魔はそれを嗤うのみ
ハ!ハ!ハッハッハッ!
小男がこちらを見る異様な視線に気づくが、それこそ知ったこっちゃない。
ブランデーをひと口含む。
コイツはダメだ――
もっと粗製の、蒸留したばかりのようなヤツでないと。
見たことも無い、しかしどこか懐かしい連中の顔が次々と浮かんで……。
気が付けば、映像は終わっていた。
どうでしょう、と小男は俺の方をみて、
「もうこれで、この少年も強姦は出来ません」
あわてて我に返った俺は、ずっと見ていたフリをしつつ、
「下品な言い方で失礼ですが“タマ”は無くしても“棒”はあるんでしょ?」
「じつは……それも近々に」
またしても。
小男の奇怪な、ほの暗い笑み。
「一気に処置をしてしまうのでは、ツマらないですからな」
そう言った後で、この人物にしては珍しく卑屈な調子で、
「もし――もしもですよ?この映像を進呈して、マイケルさん。アナタの依頼人が満足されるようなら……今回の件は……」
「いま、コイツはどこに?」
「それを知ってどうなさいます?」
「ひとつ、訊きたいことがあるんです……なに、時間はかかりません」
小男の顔が、急に用心深いものになる。
「処分されるつもりですかな?」
まさか!俺は苦笑しつつ否定する。
そして相手の目を見て、視線に意味合いをこめて、
「わたしは約束を守る男ですよ」
今度こそ、小男の顔が渋く歪んだ。
やがてふんぎりがついたのか、卓上のボタンを押し、
「青鬼班のうち二名ばかり連れて来てくれ」
≪――青鬼のダレにしましょう≫
「だれでもいい、2名ばかり選んでくれ」
乱暴に通話を切った小男は、
「お望みの人物は、“ウラ”の馴致エリアにおりますよ?でも一人では会わせられません。ワタシと護衛も同席します」
ご随意に、と俺は冷たく言い放った。
「ただし――そこで聞いたことは、絶対の秘密に願います」
護衛がやってきた。
先週の兄キたちとおなじくガチムチな体系だが、見覚えのない顔だ。
と――その顔が俺を見て、どういうわけか顔を赤らめる。
そこはかとなくアヤうい雰囲気。
「たいへん申し訳ありませんが、ここから先は目隠しをさせて頂きますよ?本当に当店の秘部なものでして……」
かまいません、と差し出されたアイマスクを俺はつけた。
しかし、その実(いよいよヤバくなってきやがった)と思ったのも事実だ。
「無礼のおわびに、私の肩におつかまりください――ご案内します」
それからどう歩いただろうか。
階段こそなかったものの、曲がりくねった廊下やアップ・ダウンのある長いスロープをいくつも通り、方向感覚は全く分からなくなる。
なんども人の気配とすれ違った。
つねに誰かから見られている視線を感じる。
いちど、香水の気配と行き交った。
匂いの記憶は強力だ。
すぐに頭の中に、銭高の助手である“サッチー”の姿が浮かぶ。
どうやら、おとり捜査はまだ続いているらしい。よくやるよ。
実に15分ほど歩いただろうか。
同じところをグルグル回ってた感じでもなかった。
目隠しを外した場所は、映画館の扉のようなものがいくつも並んでいる廊下だった。
鍵が開けられ、重そうな扉が引かれると、いかにも防音が効いてそうな造りだ。
中は先ほどまでいた居心地のいい応接間とは打って変わって、黒いビニールの内装。
壁にはX型の赤い十字架や、くさり付きの拘束具。天井からはホイスト・クレーン。
部屋の隅には、人が入るほどのカプセル状をしたあやしげな設備が口を開けている。
その中にはさまざまな拘束具や張り型。いろいろな形の責め具。
どうやら犠牲者を拘束し、責め苛みながら運搬する道具らしい。
何のことはない。
SM趣味の客を目当てにしたホテルの部屋そのものだ。
いや、現代的な異端審問官の拷問部屋とも言うべきか。
そのなかに、一人の“人形”にされた少女がいた。
黒い内装に映える、ピンク色なフレンチメイド服をまとわされ。
その姿が、テーブルから延びる金色のくさりに首輪でつながれている。
プラチナ・ブロンドのショートカット。
『梨花』と似たり寄ったりな、ドーナツ状のブ厚い
ただし、この少女はショッキング・ピンクに染められている。
ビーチボール状にふくらまされた乳〇。
くびれた腰と、張り出した尻まわりも同じ。
濃いめの化粧は、やはり刺青タイプのものなのか。
黒々としたアイラインと青いアイシャドウが印象的に。
俺たちを見るや、はかなげな微笑をうかべ椅子から立ち上がると、
「……
ドーナツ状の口がしゃべりづらいのだろう。
それでも媚びを含んだカワイイ声で、精一杯あいさつする風。
完全な“人形”に手術されてしまったオペレーター嬢より感情が見られる。
仕草も人間味があって違和感がないぶん、見ようによっては返ってこちらのほうが異様だ。
全体的にチョッとコケティッシュな、バービー人形処置された少女が、こちらを見つめている風にも感じられる。
小男は、俺のほうを向くと、重々しくうなずいて、
「さぁ――どうぞ」
「え……」
一瞬、何を言われているのか分からない。
奇妙な空白。
「で、ヤツはどこに?」
「……目の前に居るぢゃありませんか」