試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】 作:珍歩意地郎_四五四五
「ねぇーねぇー!コレいい!ご主人さまァ!」
洗練された静かなフロアで、甘えた声が響く。
帳簿をいじっていた売り場のお姉さんが、ギョッとしたように。
(バッ!ひと前でソレは や め ろ っ て ! )
オレは慌ててささやき、彼女を売り場から引き離した。
「えぇー。ぢゃぁなんて呼べばイイのょぉ?」
「ふつうにオジさん(トホホ……)でいいよ」
「う~ん……わかったぁ。じゃぁ“オジさま”だぁ」
「……ダダドムゥ」
「なぁにぃ?それ」
「いや……こっちの話」
連休二日目は、『美月』のために生活用品の買い出しとなった。
深夜、あるいは明け方になれば『美月』が帰ってきてオレのベッドにもぐりこむのだ。
仕方なく彼女のために、軍用の折り畳みベッドを購入しようと思いついた次第である。
今日も良く晴れた日だった。
百貨店が立ち並ぶ大きな駅まで出ると、肩をならべてデパートのフロアを上下して、彼女は歯磨きやおそろいのカップ、シルクのネグリジェ、バスタオル数本、スリッパなどをカードでガンガン買い込み、果ては化粧用の鏡台や、四方に釣帳用の柱がついたダブル・ベッドまで買
おうとするしまつ。
ダメダメダメ! とオレは腕を振って、
「折り畳みベッドを買うのだ!」
「えぇぇぇ。そんなぁぁぁ」
ショートの黒髪をゆらし、セクシーな唇をとがらせる『美月』
露骨にイヤな顔をして、体をフリフリする。
「ワタシたちのぉ、ラブラブ生活はどうなっちゃうんですぅぅぅ???」
「ないわ!」
まったくここでちゃぶ台があったら、どこぞのマンガのごとくひっくり返したくなる。
本来は“未成年略取誘拐”になりかねない危険をギリギリ冒しているのに!
すでに買い物の数はフタ桁になり、かさばる荷物は宅配送りの玄関置きとし、必要最低限の紙袋を抱える『美月』だった。
――でもまぁ……。
オレは詩愛との連絡を思い返して、ギリギリ“事案”にはならないのではないかという淡い期待をつなぐ。
一応、美香子が父親の怒りを避けるため、こちらに泊まらせているという報告をして、母上どのにも連絡を頼んでいる。しかし、その後の詩愛からのメール表題が辛辣なのだ。
・ワタシもそちらにお邪魔しに行こうかしら。
・料理は得意ですのよ?何がお好みでしょうか。
・父の妹に対する怒りは、なぜか倍加したようです。
・泊まらせるお相手を、お間違いではないのですか?
・察しがない殿方というのも、女にとって哀しいものですわね。
そしてとどめには、
・よもや間違いは、犯してございませんでしょうね……。
もうなにがナンだか、という感じだった。
こちらの心配も知らず、『美月』はデパートに置かれた姿見の前で、新しい黒髪おかっぱショートの効果をためしている。
「――にあうぞ、そのウィッグ」
「え~。いつもの赤いヤツがいいですぅ……」
そう。
業務用の赤毛ウィッグは、街中ではクソのように周囲の注目をあびる。
そこで、小男に頼み込んで彼女用に地味なショートカットのウィッグをいくつか融通してもらったらしい。
プラチ・ブロンドのベリショ。
金髪のウェーブ・パーマ。
薄いブルーのシャギー。
どうやら“ウサギ”のメーキャップ部から、かなりせしめて来たようだ。
だが、そんな市井にまぎれる努力も効果半分と言わざるを得ない。
女子高生風味。
彼女の整った顔立ち。
人工的なメリハリのスタイル。
ハデな化粧と、扇情的なものごし。
黒革製のSMチックなリング付きチョーカー。
まわりの好奇な視線やヒソヒソ声を呼ぶには十分すぎた。
なにより肩から掛けるのは、車が買えるほど高価なブランドバッグだ。
これにスーツを来た中途半端な若中年のオレが横にならぶと、どうなるか?
父娘には見えない。
親戚という風でもない。
大学の教授とその教え子という風でもない。
そう。
ヘタをすれば違法な売れっ子JK風俗嬢と、それを囲う広域暴力団の若頭だ。
それが証拠に一度、補導員らしき中年の女性二人が近づいてきたが、こっちがガンを飛ばすとソソクサと去っていった。
「その黒いチョーカー、外したまえよ。首輪みたいに見えるぞ?」
「だからイイんじゃないですかぁ。ワタシはオジさまの……」
「わかった!わかったから……」
これ以上、公衆の面前で『メス奴隷』だ『ご主人様』だ言われてはタマらん。
ふと、オレは彼女が先般からひけらかすゴールド・カードを思い出し、
「おまけに大丈夫なのか?そのカード。キミん
「せいぜぇ使えるうちにィ、使っとけばいいのよォ!どうせお父さんのおカネなんだしぃ……!」
今日の彼女はクスリを点滴されていないためか、声にハリがあった。
これまでのようにフニャフニャした態度が減り、自我が感じられる。
初めて会ったときのイケイケな“美香子”が戻ってきたような。
「ドンドン使わなきゃぁ~!」
「……ハイハイ」
それからエスカレーターをどれくらい上下したことか。
ようやく買い物に一区切りがついたオレたちは、デパート内にあるレストラン街で、手近なイタ飯屋にはいった。
午後の遅い時間。
客のピークは過ぎたのだろうが、それでも土曜とあって店内は込んでいた。
オリーブ・オイルと美味そうな海鮮の匂いが漂って。
ようやくテーブルに来た、いかにもバイト然とした若い兄ちゃんから渡されたメヌを『美月』は覗き込み、
「えへへぇ……メス奴隷『マゾ美』は、ワイン頼んじゃいますぅ~」
隣に座っていた若いカップルが、ギョッとしたようにこちらを見た。
オレは冷や汗をかきながら、
「ダメだ!飲酒なんかさせたら――キミのお父さんに何て言われるか」
「えー」
「バイト先なんかで、飲んでないだろうね!んぅ?」
「フロア・マネージャーがダメだって」
「えぇ?」
「なんかアタシにだけは、ミョウにきびしいんだよぉ?」
「というと?」
「タバコも、お酒も、同席もダメだって……」
――おっしゃ!
10万払っただけの価値は、あったというものだ。
フロア・マネージャーは流石に信用にたる人物らしい。
会話が思ったより平和な方向に向かったんで、となりのカップルが緊張を解くのが分かった。しきりにネット対戦ゲームの話などをはじめる。
「オジさま。アタシ今日はこのまま、バイトにいっちゃいます」
「そうか?くれぐれも気をつけろよ?」
「なにを?」
「“人形”を見なかったワケじゃないだろう。『菜々』ちゃんも、アブなく人形にされるところだったんだぞ?」
「ナナ先輩が……?」
ちょっとビックリしたあと、落ち込んだ
「そう……」
パスタとアヒージョがやってきた。
湯気をしきりに立てて美味そうだ。
オレは心ならずもノン・アルコールのビール。
ちょっと目論見がある。それにもうすぐ会社の健康診断だ。
なるべくγ-gdpを減らしたいという思惑もある。
「この時間から店とはハヤいな。なんかあるのか」
「うん。新しいキャンペーンで準備があるからぁ。人手が欲しいんだってェ」
「ふぅん」
「だからぁ……ハぁイ。荷物おねがいィ」
「ん」
オレは両手いっぱいの紙袋を受け取ると、ノンアルコール・ビールを飲みつつ、目の前でアヒージョの熱さに苦戦する彼女を眺める。
本当に目立つ子だった。
姉の詩愛とは、美しさが真逆の方向を向いている。
姉が『蘭』だとしたら、この子は『薔薇』だ。
思うに高校で彼女が浮いているのは、あまりに彼女が綺麗だからではないか。
べつに高慢というわけでも、性格が悪いわけでもない。
ただ父親との確執を引きずるせいか、すこし上っ調子なところがある。
――それさえなければ……。
親しい友だちも出来るだろうし、高校生活も楽しくなるだろうに。
今がいちばん大事な時期だというのに、こんなヘンな風俗店にハマって……。
――またヘンなことに巻き込まれなきゃイイが。
オレの目論見は、こうだ。
・まず、1週間ほど家から隔離する。
・その間に“紅いウサギ”店のメイク担当者の助けをかりて、彼女の化粧が薄くなるのをまつ。
・オヤジの怒りのほとぼりが冷めたところを見計らい、オレが彼女を同道して鷺ノ内医院に行き(イヤだなぁ……)オヤジに高校への復学をお願いする。
・復学の許可がとれたら、バイトを辞めさせ、高校生活に専念させる。
・万事、丸く収まったらオレは鷺ノ内家と縁を切り、轢殺稼業に専念する……。
どうだい、この絵に描いたように完璧な作戦は!
まぁ……サイアク見方を変えれば“画餅”ともいうが。
食べ終わってから、オレは駅の近くでレンタカーを借り、すこしばかりドライブする。
クソかさばる紙袋を、いくつもまとめて両腕からさげてヨタヨタと休日の人ごみを歩きたくはなかったのはもちろん、ハデな『美月』を街中で独りにして、ナンパ目的な若いガキどもの目に晒したくはなかったのが実のところほんとうの理由だ。
トランクにすべての紙袋をぶち込み、景色のいい広い道をトバす。
いつも重量級のトラックをコロがしていると、借りた小型車は木の葉のようだ。
気の抜けたエンジン音と質のカルい加速感。それがいかにも心もとなく思える。
頑丈な装甲にまもられた高い視点がいかにありがたいか。今さらながらに思い知った。
『美月』は窓を全開にして目を細め、
「わぁぁ、ドライブ新鮮ですぅ~!――うれし~ぃ」
「おいおい、ウィッグトバすなよ?」
「だいじょおぶょぅ。コレぇ、がっちり付いてるしぃ」
髪の毛を剃られ、ボウズ頭にされて悲しくはないのかなと思うが、ヘンにつついて泣き出されるのもコワいので黙っておく。あるいはいろんな髪形を試せるので面白いとでも思っているのかもしれない。
「なんだ、ふだん家族でドライブとか行かないのか?」
一拍、空白があった。
そして彼女は幾分しずんだ声で、
「アタシたちが子供のころにぃ、行ったっきりかなぁ……」
「あんな
屋内カーポートに並ぶメルセデスやアルファロメオ。
オープンの赤い軽は、詩愛のものだろうか。
「お父さんのは、ゴルフ専用だし、お姉ぇちゃんのは、テニスサークル用だもん」
「あぁ、あの赤いオープンカーね」
「……それはお母さんのお買い物用だぉ」
うひー。
金持ちは違うねぇ。
と、ルームミラーを見た時、オレの野生の感が警告を告げる。
すぅぅっ、とアオり気味に近づく銀色のセダン。
ブレーキを使わないよう、アクセルから足をはなしゆっくり減速。
お決まりの法定速度+10kmまでなんとか自然にもどす。
「どうしたのぉ?」
「覆面だ――たぶん」
「ふくめん?」
「覆面パトカーさ」
その予想は当たった。
信号待ちで二台並んだとき、目を疑った。
助手席に座っているのは、なんと銭高警部補どのだ。
だが、その“とっッあん”は腕を宙に振り、運転席の人物となにやら口論している様子。
すると――。
覆面はいきなりグワッと停止線を越えてオレのレンタカーの前に出た。
そして、運転席側の扉が開いてドライバーが出てきた。
シーム入りのストッキングにパンプス。
洒落たジャケットにタイト・スカート。
首に巻いたスカーフはエルメスだろう。
そして――その横顔。
“サッチー”か?と思うも少し自信がない。
それほどまでに彼女の印象は前に見た野暮さがなくなり、まるで別人のように。
まるでいっぱしのOL管理職か、役所のキャリアなイメージ。
銭高も助手席を降り、ふたりは覆面の屋根越しに、なにか盛んに言い合う。
プップー。
とうとう信号は青に変わり、オレの後ろに停まった商用ワゴンの男が焦れてクラクションを鳴らしはじめた。
二人はコチラを見る。
と、片方の顔がニマ~~とイヤな笑みを浮かべて。
マズい、とオレの防衛本能にスイッチがはいる。
「よし!オマエはもうイイ!署にもどってろ!」
小型車の室内からでも聞こえる銭高のドナり声。
そして背の高い男の方が覆面からなにやらカサばるバッグを引き出して肩にかけ、オレの車の方にちかづき、Aピラーを毛深いユビでコンコンとノック。
イヤイヤながら運転席のサイド・ウインドウを下げたこちらに、
「奇遇ですなぁ!こんなトコロで。ちょっと乗せてもらってイイですかな?」
ついで、お嬢サンこんにちわ、のダミ声がちな猫ナデ声。
サッチーの整った顔が運転席にいるオレを見据える。
そこでオレはハッと身構えた。
あの夜。
“紅いウサギ”で拘束され、浣腸とクリ責めにアヘ顔をさらしていた気配は、もやは微塵もない。むしろ最初の印象よりどこか冷たく、硬く。なにより洗練されたイメージに圧倒される。
そう。あたかも臆病な娘が、みにくい刺青を背中に彫られることで、図太い“魔性の女”に変貌するような……。
“紅いウサギ”でおとり捜査を行ううちに、生来もっていたセンスが磨かれでもしたのだろうか?
やがて彼女はあきらめたのか。
口もとに、この手の女性にしては見慣れない皮肉な笑みを浮かべると、蛇のような身ごなしで
「ちょっとお話を伺いたいんですがネェ……」
「この娘を送ってゆく最中なもので」
「ソコをなんとか」
銭高に退く気配はなかった。
喰らいついたら放さない豺狼の眼が、そこにはあった。
「それが済んだ後なら……まぁ」
結構!
銭高が勝手に手を車内に差し入れると、後ろのドアロックを外して入ってきた。
サスがきしみ、車体が一瞬、ゆらぐ。
扉が閉まると、たちまちコモるニコチンの体臭。
遠ざかってゆく覆面を、
「――チッ!」
忌々しげに舌打ちして見送るや銭型は、ふとオレの首の包帯を見て、
「その首は?どうされました」
「なに。ちょっと寝違えましてネ」
へぇぇ、と銭高の顔。
ヤバい。もっとまともなウソをつくんだったか。
血などは滲んでいないはずなので、大丈夫だとは思うが。
「それで……これから、ドチらへ?」
「**町でまで送ってこの子を下ろします」
「**区の?あんな繁華街、カネのかかる飲み屋と高級風俗しかないが……」
「この子が友だちと合流なんだそうで」
「――ごしゅj」
「ゴホァァッ!!!1111」
盛大に咳払い。
きわめて不味い。
ここで女子高生を部屋に囲っているなどと言うのがバレたら、逮捕をチラつかされた挙句、どんなムチャ振りされるか分かったモンじゃない。
「今日はお休みですかな――あぁ、ちょっと?すこしトバし過ぎですな?」
「警部補どのを乗っけているんだ。捕まったって大丈夫でしょ」
「知りませんぞォ?ワタシぁ」
「ねーねー、をぢさん。をぢさんって“ポリ”なの?」
「あぁ!?」
――もうカンベンして……。
ちゃちなハンドルを握りながら、オレは心の中でガックリと。
早く目的地に連れていこう、とばかりオレは右足に力を込める。
「ポリとは!こりゃまたヒドいですなァお嬢さん」
銭高は
「ワタシたちァ!市民の生命、財産、安全を守っとるんですぞ?」
「のるまのコトしかアタマにないってセンパイから聞いた……」
「それは交通課です!」
「ともだちがぁ、ストーカーに付きまとわれて被害届だそ~としたら断わられたとかぁ」
「それは担当者が怠慢だったせいです!」
「エラいひとのこーつーじこは、見逃したり裁判しないんだよねぇ?」
「それは……アナタ……この子はいったい?」
銭高はルームミラーごしに渋面をむける。
ふふん。ちょっとイイ気味。
「スマン。その子は、すこしザンネンな子なんだ」
あぁ、と微妙に銭高が納得した気配。
「アタシざんねんな子じゃないモン」
「あ~ぁ~そうだね(ウヒャヒャヒャ)」
「……をぢさnお口クサぁい」
ふくれっ面した『美月』がボソリとひとこと。
これでいくぶん車内は静かになる。
オレは冷や汗をかいた背中をシートでズラし、コレ以上余計なことを彼女が言い出さないうちにレンタカーを飛ばして
『美月』は抱えていたバッグを肩にかけると、
「じゃぁ、また今夜ぁ」
そして助手席のドアの向こうから、
「よるぅ、迎えに来てくれるぅ?」
「……うぅ、分かった。メールしてくれ」
りょぉかぁ~~い!とニッコリ敬礼する『美月』。
「お嬢サン、あまりハメを外すんじゃありませんぞ!?」
びろびろぉ~~と顔をしかめてベロを出す『美月』。
「見た目はイイ娘なんですがなぁ……」
『美月』と入れ替わりに、銭高が助手席にのりこんでくる。
この小型なレンタカーは警部補殿には小さすぎたようだ。
シートを大目に倒し、頭をすこし傾げて、ようやく天井に触れないくらい。
時刻は、すでに夕方に差し掛かろうとしていた。
そろそろ道も込み始めるころになるだろうか。
「んで?ドコぉ行きます――男二人で、ドライブでもしますか」
「**区へ。あぁ、そのまえに一本先の横道を入ってもらえませんかな」
“赤いウサギ”の前の通りだ、とオレはすぐにピンとくる。
二人の男は黙ったまま、ゆっくりと店の前を通り過ぎた。
まだ時間が早いこともあって、店の鉄柵に松明は灯されておらず、入り口を守る2名の黒服の姿も無い。
清掃婦が空き缶などを拾いつつ、歩道をていねいに掃いているのが見えるだけだった。
銭高はソフト・ハットを目深にかぶり、まるでニラむように店の方を見ていた。
その背中からは警察官の闘志が、陽炎のようにもうもうと煮え立っているのが分かる。
いちど食らいついたらテコでも放さない猟犬のイメージ。
コイツにはなるべく関わりたくないんだが……。
正面を通過。
一通のどん詰まりにあるT字路を左に。
すると、おしぼり業者が車をとめ、カゴにはいった古いおしぼりとラップされたあたらしいものを交換している現場に行き当たった。
「あの店が、どうかしたんですか?」
「……」
「なんか真剣な雰囲気でしたけど」
銭高は答えない。
「なんか、脱税の調査とか?」
「どうして、そう仰るんですかな?」
「ほら、おしぼりの数で売り上げ申告の過少を見るとか……」
「ワタシぁ税金取りなんかじゃありませんぞ」
幾分大きなガラガラ声で、銭高は不満そうに、
「あくまで市民の安寧のために働いとります。それが!本官の誇りであります」
「……そりゃどうも」
「だが、そんな努力は報われん。誰も知ろうともせん」
「**区でいいんですね」
「んー」
混み始めた道を、オレは銭高の言うままレンタカーを走らせた。
そのうちやがてヘンなことを言い出した。
しばらく大柄な体が助手席で窮屈そうにモジモジしていたかと思うと、
「アンタ――オンナをどう思う」
えっ、とオレは運転しながら銭高の横顔を見た。
ムッツリと押し黙ったまま、ガンコそうなアゴをギリリとさせて。
女ですって?とオレは思わず、
「珍しいですな。おカタそうな警部補どのが」
「本官は、べつに硬くなどありませんぞ――いや、硬いのかな……」
「女かぁ……女ねぇ……」
「アンタぁ、離婚なさったんでしょうが」
「そうですがナニか」
「オンナっちゅうモンは、その、ナンだ。信頼に足る人物だと思いますかな?」
「……答えは“イエス”であり“ノー”だ」
オレはデーモ〇閣下の言葉を借りて応じた。
「しょせん、見栄と安定を重視する生き物ですから。男とは根本的に違います」
「むぅ……」
「状況が変われば、豹変しますよ?ま、これはご存知の通り私の経験ですが」
「自分に有利となったら、約束をひるがえすと?」
「有利にならなくとも手の平かえし。私の記録を漁ったんでしょ」
思わず辛辣な口調になってしまう。
先ほどの光景。
“サッチー”と銭高の言いあらそい。
あの婦警の横顔に“女の執着”を見たような。
――おもしろい。いっちょユスってやるか……。
「銭高さんは、結婚してらっしゃる?」
「……」
「そういえば先ほどの女性……婦警さんですか、アレ」
そしらぬフリをしつつ、
「公務員にしては、ずいぶんと洗練されてますな」
「やっぱり――アンタも、そう思われますか」
いきなり食いついてきやがった。
どうやって釣ってやろうかな……そうだ二人の関係を突くか。
オレはわざとヒソヒソ声で、
「まさか――あの婦警サンと、不倫?」
ニヤニヤとするオレに警部補どのはまたも憤慨した口調で、
「バっ、バカ言いなさんな!ワタシはァ――」
「うん?」
「社会の範たるを、キモに銘じとります!」
「じゃぁ、警部補どのは独身なんだ」
「いまは!……そのぅ、独り住まいです!」
含みのある言い方だ。
「それで?あの婦警サンも独身、と?」
銭高は口の中で何やらゴニョゴニョと呻いて答えない。
ただ最後の方で『欲しい情報も寄越さないで』とも聞こえたような……。
「……なるほどネェ」
「ワタシたちのこたァどうでもいい!」
助手席のダッシュボードをごつい手でバンバン叩きながら警部補どのは、
「問題は、このガキどもです!」
車が信号待ちで停まったのを機に、銭高はトレンチ・コートの懐から二枚の写真を取り出した。
以前見たときより、フチが相当擦り切れ気味となっている。
よほどアチコチで出し入れしたのだろう。
ドレッド。
それに“おサル”のジョージ。
オレはそれを一瞥してから視線を前にもどし 横断歩道を渡ってゆく若々しいリクルート・スーツの一群を眺めながら、
「その2人が、どうしたんです?」
「見覚えがありますな!?アンタがこの写真をみたとき!反応があった。ワタシの目はゴマかされませんゾぉ!?」
「――そうですね」
ハァ!?と一瞬素っ頓狂な声を出す銭高。
「認めましたな!?」
「たぶん……としか言えませんが」
「どうして!もっと早く教えてくれなかったんです」
「自信が無かったからですよ。今になってみると……どうもそうらしくて」
「よし、それなら話は早い、行きますぞ!」
「行くってドコへ?」
「コイツらの顔を拝みに、ですよ」
ハァ!?と今度はオレが素っ頓狂な声を出す番だった。