試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【一般版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃     (2)

 

 まさか……とオレ思わず上ずった声を出して、

 

「逮捕しちゃった?んです……か」

「なんですかその“しちゃった”ってェのは」

「いえその……」

 

 信号が変わり発進するが気が動転して、客を見つけ急な車線変更をしてきたタクシーにぶつかりそうになる。

 オレは運転をあきらめ、路肩にレンタカーを寄せた。

 助手席の銭高を見ながら、

 

「で……もう留置場に?」

 

 まさか、と銭高は苦笑し、

 

「そうなったら苦労はせんのですが。「あるバーに今日の20時ごろ現れる」というタレコミが――タレコミは分かりますな?――が、ありまして。今からそこに向かうんです」

「ドコですそれは!」

 

 思わず助手席に身を乗り出してしまう。

 

「……どうしたんですか、いったい。そんな必死になって」

「いや、その」

 

 まさかコレからオレが轢き殺すので逮捕するなとも言えない。

 相手の疑わしそうな視線に屈せず、必死に言いつくろう。

 

「私の腹に風穴を開けてくれたヤツですよ?興味あるじゃないですか」

「それにしては、ナニかすいぶん必死のような……」

「しかし――イイんですか?一般市民である私なんかが捜査に加わったりして」

 

 オレは話の流れを変えようと、関係ない方へ水を向けた。

 

「こういうの、規則に抵触するんじゃ……」

犯人(ホシ)を逮捕するなら何でもアリがワタシのモットーです!」

 

 ニコチン臭い息を吐きながら銭高は気炎をあげた。

 

「だから何度も戒告処分を食らい、警部補に降格されたんですな。しかしそれが何です!」

 

 オレは運転席側の窓を細目に開けた。

 

「上役の顔色をうかがうのはキャリアどもだけで十分だ!!警察ってのは犯人(ホシ)を捕まえてナンボですぞ!そうじゃありませんかな、アァ!?」

「……まぁ……確かに」

 

 相手の機嫌を損ねぬよう、オレはあたり障りのない応えをする。

 

「今まで家庭などかえりみずに営ってきました。そのハテが、コレです!」

 

 えっ、と脇をむくと助手席の峻厳たる顔が対向車のライトに一瞬、浮かび上がる。

 その残像を目の奥に焼き付けながら、オレは指示された場所へ車を走らせた。

 (ふる)い時代の男の顔が、たしかにソコにはあった……。

 

 

 商店街はずれにある“しもた屋”風味な家のシャッター付き車庫にレンタカーを入れるよう指示された。

 慎重にバックで入ると銭高が車から出てサビだらけのシャッターを下ろす。

 エンジンを切ると銭高が車を降りて、どこかへ行った。

 オレもそれにならいドアを開けて暗闇ごしにまわりを覗う。

 

 ヒンヤリとした空気にこもる、ホコリっぽい気配と古い味噌のような匂い。

 それに、わずかだが肥料の臭気。

 いずれにせよ、打ち捨てられた場所であることは間違いなさそうだ。

 

 パッ。

 

 頭上の裸電球が灯った。

 明るいところで見ると、車庫のうらぶれた感じがいっそう引き立って見える。

 

 錆びだらけの三輪車。

 空のビール・ケース。

 古い農協のポスター。

 内容物不明の梱包品。

 

 もとは、何の商売をしていたのだろうか?

 銭高が車庫に帰ってきて、トレンチ・コートについたクモの巣をはらう。

 

「この家は?勝手に停めてイイんですか?」

「あらかじめ家主には、借りることを認めてもらってますぞ?」

「手ぎわのイイことで」

 

 だが、つづく銭高の言葉に耳をうたがった。

 

「まぁ、ワザと誘発させた交通違反のモミ消しと引き換えにですがな」

「……えっ?」

「チョロいもんでしたが」

 

 オレは絶句する。

 

 海外ではこのテのタイプは珍しくないが、まさか今どきの日本でも生存しているとは。

 なるほど、コイツは犯人逮捕のためなら何だってやりかねない。敵にすると厄介な相手だ。

 

 ボロボロなシャッターの新聞投入口から見れば、なるほど斜め前にある酒場の入り口が良く見えた。

 脇には通用扉があるので、イザとなれば、ガラガラという派手な音を立てず行動に移れるだろう。

 

 リヤのドアをあけて持ってきたバッグを床に出すと、銭高は何やらゴソゴソと引っ張り出し、組み立てはじめる。

 折りたたまれていた三脚が引き延ばされ、そこに一眼レフが載ると、接続したケーブルを助手席に置いたパソコンへとつないだ。さらに電源コードをレンタカーにつなぐ。

 

「しっかし、なんつーか。ホコリっぽい場所ですねぇ……」

「なんの。こんな張り込み場所は、極上の部類ですぞ?」

 

 やがて“見張りの城”が完成したことに満足げな表情で、

 

「雨に濡れながら延々見張ることをおもえば、なんちぅコトもないのですテ」

「そんな張り込みをして、身体コワしませんか?」

 

 壊すようなら!と銭高はハナで嗤い、

 

「それはまだ()()()()()()が足らんのです!」

 

 ノーパソの画面が生き返り、いくつか操作をすると、外の映像が出る。

 

 ズーム。

 輝度調整。

 画像処理。

 

 『スナック 思い出』の看板がクッキリと。

 

 再開発中の区域にあたるため、シャッターを閉じている店が多い。

 通行人もまばらで、たいていは勤め帰りとみえる足早な人影だった。

 

「犯人たちは、21時に現れるというタレコミです」

「ふたりとも?」

 

 しっ!と銭高が口にゆびをあてた。

 カツカツとアスファルトをならし、シャッター前の通りを女性らしき足音が通り過ぎてゆく。その間の沈黙。

 

「……ひとりは、確実ですな」

 

 声をひそめ、このトレンチ・コート姿の狩人は声ひくく答えた。

 

「出来るなら、ふたりいっぺんがイイんですが」

「片方だけ捕まえると、相手が警戒しませんかね?」

 

 そこなんですわ、と銭高はうなずいた。

 

「ま、状況によりけりですな」

 

 オレは腕時計を見た。

 

 ――あと一時間……か。

 

「さ、電気をけしますぞ。ふだん明かりのついてない場所が目立つとマズい……」

 

 銭高は通用口わきにあった古風なスイッチを下げた。

 暗闇が戻ってくると、ポッカリ空いたシャッターの新聞入れから街灯の光が入ってくる。

 ようやく一息ついてみると、いまの自分がおかれた非日常性にようやく気付く。

 現役の警察官と一緒に轢殺目標を待ち伏せとは。

 すこし前のオレに聞かせても、おそらく絶対に信じないようなシチュエーションだ。

 

 と、オレの携帯が鳴った。

 画面を見れば、轢殺を見のがした青年からだった。

 おっ♪なにか分かったか?と期待を込めて画面をひらく。

 

≪拝啓

 お問い合わせの『BAR1918』の件、報告が遅くなりまして申し訳ありません。

 各方面に検索をかけましたが、以下の事項しか確認できませんでした≫

 

 そんな文章の後で、

 

 ・会員制のバーであること。

 ・一部で違法薬物の取引が行われている噂があること。

 ・営業時間、休日は不定期であること。

 ・ときおり、店の外に何台も黒塗りが停まることがあること。

 ・先の勢力のどちらに与しているかはわからないこと。

 

 そしてまたもや最後に、情報提供者への賞金として10万ばかり必要であることが書かれている。

 あの野郎、とオレは暗いガレージの中で舌打ちした。

 

 ――まさか自分のポケットに入れているだけじゃないのか……?

 

 と、さらにメール。

 

≪大変申し訳ありませんが、週明けの月曜までにお願いできませんか≫

 

 コイツ。

 着服するならまだしも、何かヘンなことに首ィ突っ込んでいるんじゃなかろうな。

 あるいは性懲りもなく、またどこからか強請(ゆす)られているとか……。

 

 どうしました?と銭高が車のドアを開きながらすこし警戒した声で、

 

「言っときますが、どこかに連絡するのは、この張り込みが終わるまで遠慮いただきますぞ?携帯も電源を切っておいて下さらんか」

 

 そう言って助手席にもぐりこみ、モニターの画面に顔を照らす。

 立っているのもしんどいので、オレも運転席にもどり、ドアをあけっぱにする。

 

「ドアをしめて下さらんか」

「は?」

「臭いで人がいるのがバレるかもしれませんからな」

「におい?」 

 

 ルーム・ランプの灯りのもと、銭高がトレンチ・コートの内ポケットから青いパッケージのタバコを取り出すのが分かった。

 

 ――『ゴロワーズ』なんか吸ってやがるのかよ……。

 

 しかもフイルターの無い“両切り”だ。

 どうりで臭いハズだぜ。

 

 

【挿絵表示】

 

「吸っても構いませんかな?……ん?」

 

 オレの返答を待つ間もなかった。

 金属の鳴る音がして銭高の顔が炎に照らされる。

 やがて黒タバコ特有のきつい香りが、車内に。

 

 においの――記憶。

 

 目隠しされた廊下で“サッチー”の印象を嗅ぎ当てたように、その匂いは……どこか遠く。ほんとうに遠くの光景を喚んできた……ような。

 

()()()()がバレてしまっては、台無しですからな?」

 

 フラッと頭が振れる。

 

 待ち伏せ……アンブッシュ……。

 意味の分からない単語の羅列。

 ガンシップのローター音。

 手製の爆弾を積んだセスナの来襲。 

 

 ふたりの男は車の中で黙然と時間をつぶす。

 

 ときおり、スナックに人が入るたび、銭高は画像をズームさせるが、どれもお目当ての人物ではないらしい。

 俺の方は黙ったまま、黒タバコの香りに誘われて、あるはずのない記憶が次から次へと頭の奥から現れるのを、まるでアヘンを吸った時に味わう幻視のように愉しみはじめていた。

 

 弾に当たらないと思い込まされ、バンザイ攻撃をかけてくる少年兵たち。

 

 タイトなロング・ブーツにギリギリなホット・パンツという、ダー〇ィー・ペアまがいの恰好をした、レオポルドヴィルをゆく夜の女たち。

 

 遠くで地響きのような音が轟いた。

 

「M101だ……」

「ハァ?」

「M101――105mm榴弾砲」

「何を言っとるんです?ありゃ雷ぢゃありませんか」

 

 俺は銭高の顔を不思議な思いでまじまじと見つめた。

 

「分からんのか?……近いぞ」

「はぁ?」

 

 ――そういえば……。

 

 ドレッドの、そして“おサル”のジョージの写真。

 今にして考えれば、どこか既視感があった。

 以前にも、あの二人の写真を見せられたような、そんな気がしている。

 

 暗いガレージの闇が、なま暖かい粘性をもって自分を包み込み、どこかへゆっくりと流してゆく……。

 

 

 

              * * *

 

 

「この男がそうなんですか?」

「そうだ。アルジェリアの闇商人。武器・象牙・コカインなんでもござれだ」

 

 前線基地の、急ごしらえな酒場だった。

 一階は迷彩服を着た男たちでごったがえしている。

 大きくあけ放たれた窓からは、熱を含んだ風が流れてきた。

 アフリカ大陸のこの場所は、夜になっても気温が少ししか下がらない。

 むしろ陽光に痛めつけられた樹木たちが息をつくのか、かえって湿度がまして耐えがたかった。

 

 CIAの軍事顧問だと紹介されたその人物は、そんな場所に全く不釣り合いなスーツ姿であらわれた。

 俺と同じぐらいの年代か。まだ40は行っていないだろう。

 マンハッタンの「ウォール・ストリート」かロンドンにある「ザ・シティ」の勤め人が瞬間移動でやってきたような印象。そんなものだから見た目がきわめて暑苦しい。Yシャツも開襟にすればいいものを、ご丁寧にネクタイまで締めている。七三分けの額にも玉の汗をうかべて。

 

 ――上着など脱げばいいのに……。

 

 それとも、その下に吊っている拳銃を見られるのがイヤなのか。

 どうもこの男はちぐはぐだ。どんな経歴を送ってきたのだろう。

 

 渡された数枚の写真。

 

 俺は唇をひん曲げて、そこにうつるドレッド・ヘアを眺めた。

 どれもこれも隠し撮りらしく、構図が安定していない。

 サングラスをかけた精悍そうな男。削げたようなほおが印象的だ。

 一枚の写真などは、見慣れない狙撃銃を手に現地の将校と話している。

 

「コイツが持ってる、妙な形ィした照準器付きの銃はナンです?」

 

 相手の男は写真をチラッと見て、

 

「スナイペルスカヤ・ヴィントゥーフカ・ドゥラグナヴァ」

 

 流暢なロシア語らしきものが帰ってきた。

 

「……は?」

「狙撃兵用のセミ・オートマティック式狙撃銃・ドラグノフ型。ソ連のイジェフスク造兵廠が生産している新型の銃だ」

「射程は?」

「900ヤード弱」

 

 ――約800メーターか……。

 

「ただし弾頭が重いのでドロップが激しい。熟練のスナイパーでないと」

 

【挿絵表示】

 

 

 撃ち負けるかな?と俺は部隊が運用する旧い狙撃銃を思う。

 だがウチの連中は、条件が良ければ1km先のメロンに当てる。

 結局は射手のウデ次第。勝負は互角、と言うところだろう。

 

「……で、この男を()れ、と?」

 

 軍事顧問どのは黙ってうなずいた。

 

 ――ケッ……。

 

 オレはすっかり氷が溶けて(ぬる)くなったジントニックを含むと、椅子に背を投げ出し、天井で回るファンを見上げた。

 

 人間が月に行こうかっていうこの1960年代に、軍の作戦をこっそり外れ、暗殺に行けという冒険小説じみたマネごとを?信じられん。

 基地司令の中佐は酒場の2Fにならぶ個室の一つに特殊作戦グループの中尉である俺を案内すると、そのあとは早々に姿を消した。

 たぶん火の粉が降りかかるのを恐れたんだろう。

 国連軍の上層部にゴマをする事だけがうまい官僚タイプ。

 

 

「なぁ、マイケル。いつまであんな野郎のケツを舐めてるんだぃ?」

 

 すこし前。

 傭兵グループのコマンド部隊大佐から中尉の肩章をはじかれ、

 

「ヤツが信用おけないのは知ってるだろう?仲間ァ引き連れてウチに来いよ。大尉の地位を用意して待っとるぞ」

 

 合同作戦の大休止時にコソッと言われたものだ。 

 

 そう。

 あの司令はイマイチ信用が置けない。

 だとしたら……この作戦は、どれだけオフィシャルな位置づけなんだ?

 

 任務完了と同時に、べつの部隊が俺たちを消しに来るのではタマらない。

 そのへんの担保は、キッチリとつけておかないと……。

 

「そしてこっちがジョージ・チン」

 

 オレの考えをよそに、相手はもう一枚。

 『マグショット(逮捕写真)』をトランプの札のように掲げてみせた。

 よく斬れる山刀を思わせるドレッドとくらべて、こちらはいかにもペラい印象。

 

「この“闇商人”の使い走りみたいなものだ」

「ソイツも殺れと?」

 

 七三分けが縦にうごいた。

 

「――できれば」

 

 ふぅぬ。

 俺は腕組みをする。

 気の進まない俺を鼓舞するように相手は、

 

「ヤツらはソ連の支援を受けたグループに守られて行動している」

本職(兵士)?」

「おそらく。君たちとの腕比べというわけだ」

「なんでクレムリンがこんな連中とツルんでるんです?」

 

 フッ、と情報屋の顔に嗤いが浮かんだ。

 

「ようは“赤い貴族”(ノーメンクラトゥーラ)どもの小遣い稼ぎだ。配給だけじゃ、豪勢な暮らしはできんからな」 

「象牙やコカインのために命を落としたくはないなぁ……」

「アカどもが憎くはないのかね?これも自由のための戦いだ」

 

 そういって、自分のコカ・コーラを飲んで口を湿らせ先をつづける。

 

「敵対する部隊の隊長は、カタンガ州生まれのベルギー人だ。そう、例によってベルギー」

「フン。ハマーショルドを()った連中か……」※

「その辺は、私の口からは何とも言えんよ?立場というものがあるからね」

 

 妙にかさばる大型の封筒を押し付けて、エリート風味な相手は立ち上がった。

 

「別途、連絡する。君たちが動きやすいよう後日、作戦が発動されるはずだ」

 

 そう言うと相手は軽くうなずいて小部屋を出ていった。

 

 暑い。

 風も止んでしまった。

 俺は開け放した窓から身を乗り出し、アフリカの闇に眼をこらす。

 

 と。射撃場の方で連続した射撃音がわきおこった。

 やや間をおいて、こんどはすこし発射速度が遅い連射。

 

 ――ヤツらだな?

 

 フフン、と笑いが浮かぶ。

 

 もと降下猟兵でカールグスタフm/45を振り回す低地ドイツ人。

 そして第1外人落下傘連隊を脱走したMAT49使うフランス人。

 この2人は同じ9mm口径で仕組みも似た得物の優劣を競い、いつも競り合っていた。

 おそらく、また腕比べをしているんだろう。

 

 2Fにある小部屋から、下を俺の従卒が歩いてゆくのが見えた。

 

「オタ!――オタ・ンクンダ!」

 

 名前を呼ばれた黒人の少年はしばらくキョロキョロ辺りを見回していたが、やがて酒場2Fの窓から身を乗り出す俺に気づいた。

 

 闇夜に真っ白な歯が二ッと浮かぶ。

 

「射撃場でバカ騒ぎしてるのはジャンとエグモントか?」

「ハァイ!小隊長サンたち、いつものとおりネ!!」

「いい加減にしておけと伝えろ」

「アイ・サー」

 

 小さな体が闇夜を走ってゆく。

                 

 俺は窓辺をはなれ、また椅子に座り込んだ。

 腰のホルスターに収めた拳銃が妙に重い。

 

 俺もヤキが回ったかな?とテーブルの上にあった写真をかき集めると、古馴染みの拳銃を抜き出し、滑動体(スライド)を引く。

 

 命令違反をした部下の処刑用にしか使ったことのない銃だった

 シングル・カーラムな弾倉から真鍮の輝きを持つ弾薬が“したり顔”をしてのぞく。

 

 ――なんか……疲れたな。

 

 戦いにも飽きた。

 酒にも飽きた。

 

 迫撃砲(モーター)の唸りにも。

 家ごと焼き殺される原住民の悲鳴にも。

 栄養失調で死んでゆく赤ん坊にたかるハエにも。

 

 俺は銃をホルスターに戻して、代わりに妙な持ち重りがする封筒を取り上げた。

 手にした封筒は、汗でたちまちフニャフニャになる。

 アゴに伝う汗ををはらい、舌打ちをした。

 

 ――まったくあの“ラングレー(CIA)”のアホ()。よくスーツなんか着込んだものだ。

 

 中央のエリートというものは、えてしてあんなものなのだろうか?

 野戦服のポケットからヴィクトリノックスを取り出し、パチンと折り畳みの刃を引き出すと、封筒の上を一気に切り裂く。

 

 

 中からはドレッドとチンにかんする資料。

 そして“前金”と付箋の貼られた20$札の束で5000$……。

 

 

 強烈な既視感に襲われて俺はとまどう。

 まえにも、どこかでこんなことがあったような。

 

 

 ――どこだっけ、あれは……ホテル?

 

 思いだせない。

 しばらく苦しんだすえ、とうとう俺は考える努力を放棄した。

 

 写真をひとまとめにして汗でふやけた封筒に放り込み、シワクチャの紙幣の上に飲み干したグラスにを重石に置いて小部屋を出る。

 

 階段を降りてゆくと、下の階では騒ぎが持ち上がっているのが分かった。

 酒場の明るい灯のもとで人垣ができ、その中で戦闘服を着たふたりの男がニラみ合っている。

 さらにそれを多くの兵士たちが離れたテーブルに座りながらニヤニヤと観戦する風。

 

 マイケル中尉どのだ!

 

 そんな声がして、ザワッと囲みがゆれ、十数名の兵士たちはバツの悪そうな顔をする。

 

「なんだ、みんなして――お前もか?ンダウ伍長」

 

 囲みの中で睨みあっていた大柄な黒人の下士官が、だってこの野郎が……と相手を示し、

 

「中尉どのが……腰抜けだって」

「こないだの市街戦、ありゃなんです!?」

 

 睨みあっていたもう一人のレスラー体格な金髪の若者が怒鳴った。

 

「少年兵の群れなんかにビビッたりして!」

「……酔ってるな?ベジドフ伍長。あれは怯んだんじゃない、深追いを避けただけだ」

「あんなクソ忌々しいガキども!サッサと火炎放射器で焼き殺せば良かったんです!」

 

 そうだそうだ!と2,3人の声。さらに同意のうめき声。

 

 あんな糞ガキども!思い知らせてやりゃぁイイんだ。

 みんな悪魔の口ンなかにほうりこんじゃえ!

 弾に当たらない魔除けがウソだって9mmでおしえてやるのさ!

 

 これには酒場から少なからず賛同の波が広がった。

 俺はすばやくその機先を制し、

 

「その先を考えたことがあるのか?……アぁ?」

 

 腰に手をやって、並み居る迷彩服姿の男たちを睨めわたした。

 コソコソと視線が逸らされる気配。

 

「火炎放射器でガキどもを焼くだと……?」

 

 タバコとアルコール、それに銃器くさい酒場の空気をめいっぱい深呼吸してから、

 

「ンなことしたら、十字軍気どりな銀バエ(マスコミ)どもの!恰好の餌食(ネタ)じゃねぇかッ!!」

 

 水を打ったように酒場は静まり返る。

 いままでBGMとして流していた古いタンゴの曲が、間抜けにもおもえるほど。

 バンドネオンの旋律の間にチリチリと鳴るレコードのキズが、ヤケに耳に付いた。

 

「あの時はガキを(おとり)に敵の本隊がせまっていたんだ。あそこでガキどもにかまけて時間をロスしてみろ。包囲・分断されてオワりだ……それに」

 

 様々な階級の眼が、こちらを向いていた。

 様々な肌の色も、同じく。

 

「ガキどもだっていつかは大人になるんだ。その時にオレたちのことを、どう思うか」

「どう思われたってイイじゃねえか」

 

 一群のなかから声がおこった。

 

「ドウセなにも出来やしねぇよォ!」

 

 果たしてそうかな?と俺は声の方を向いて、

 

「いまはガキでも、人材が払底しているこの国だ。警官になるヤツだっているだろう。役人になるヤツもな。あるいは政治家にだってなるかもしれない……その時こそ、俺たちは報復を受ける覚悟を決めなくちゃならん」

「簡単だぜ。ぜんぶ殺しちまえばイイだから」

 

 金髪の若者が叫んだ。

 

「ひとりも残さずによォ!」

「いいだろう!――全員ころすさ?」

 

 間髪をいれず俺はその大柄な金髪の青年に叫び返すと、

 

「だがその親族は?友人は?関係する人間は?俺たちに憎しみを抱くだろうソイツ等も全員殺すと言うのか?原爆でもつかうか!」

「……」

「少しは考えろ!そのアタマは飾りか!」

 

 金髪の顔が真っ赤に染まった。

 酒場に白けた雰囲気が漂うのをしおに、

 

「ジャマしたな、諸君――済まなかった」

 

 そう言ってきびすをかえし、酒場の出口へ向かう。

 背後で怒声がおこった。

 

 オレが振り向くのと、光るモノが突き出されるのが同時だった。

 とっさに身をひねって避けると、前のめりにバランスをくずした相手へ体重が存分に乗ったパンチを叩き込む。

 飲んだ酒を逆流させ、金髪は白目をむくと酒場の床にくずれ落ちた。

 

 おぉう……という言葉にならないどよめき。

 

 ――アホ臭い……。

 

 さっさと愚者の巣窟たる酒場をあとにする。

 

 闇の中、俺は自分の兵舎にむけて歩き出した。

 ふと上をみれば、天の川銀河が、これでもかというくらい美しく……。

 

 

 

              * * *

 

 

「もしもし……もしも~し」

 

 闇の中から誰かが声をかけてきた。

 

 聞いたことのあるダミ声。

 ゴロワーズの臭い

 感覚が潮のようにもどってくる。

 

 相変わらずの闇だ。

 だが、もはや蒸し暑くはない。

 しかし相変わらずゴロワーズの臭気は漂って……。

 

「おいアンタ――大丈夫ですかな?」

 

 声の方を向くと、ゴツい顔をした男がこちらを見ていた。

 見慣れない顔。

 見慣れない服装。

 どこの中隊だ、コイツは……。

 

 男は、俺の顔の前にヒラヒラと手をかざす。

 と、二重合焦式のピントが合うように、認識がハッキリしてきた。

 

「アンタ、目をあけたままブツブツとなにかしきりに言っていましたぞ?」

「なんて……言ってた?」

「紫外線がドウとか花園報謝がドウとか……」

 

 ようやく現実が追い付いてくる。

 

 見慣れぬ男は日本国警察の警部補に変わり、アフリカの夜の闇はガレージのなかの暗さへと退潮した。

 

 俺はメーター・パネルを見る。

 目の前のデジタル時計の青い灯は21:30を示して……。  

 

 

 




※1961年。
 当時の国連事務総長が、ナゾの飛行機事故で殉職したのは
 読者の皆様ご存知のとおり。

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